「Nothing」と一致するもの

interview with Eskmo - ele-king


Eskmo / Eskmo
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 絶えず拡大するポスト・ダブステップという宇宙のなか、グリッチもいま、新たなフェイズに突入している。フライング・ロータスの『ロスアンジェルス』を契機に、たとえばグラスゴーではウォンキー(グリッチとダブステップとチップチューンとの出会い)が生まれ、そしてサンフランシスコからはエスクモが登場した。自らをエスクモと、実に寒そうな名前を名乗る青年、ブレンダン・アンジェリードは比較的温暖なサンフランシスコを拠点とするトラックメイカー/プロデューサーである。彼はグリッチとアンビエント、IDMをシャッフルする。そして暗く幻想的でミニマルなビートによって、ある種のサイケデリック・ワールドを描いている。それはJ・ディラではなく、フォー・テットやボーズ・オブ・カナダに近い。
 ブレンダン・アンジェリードが音楽活動をはじめたのは、10年前の話だ。アモン・トビンらに影響を受けながらニューヨークでIDMスタイルの音楽を発表していた彼は数年前にサンフランシスコに引っ越している。そして、2009年に自主制作で発表したEP「ハイパーカラー」が〈ワープ〉の運営する配信サイト「ブリープ」で絶賛されると、フライング・ロータスが主催するパーティ〈ブレインフィーダー〉に出演を果たし、その評判を高める。
 そして昨年から今年にかけて〈プラネット・ミュー〉からは〈4AD〉系の霊妙さを孕んだ「レット・ゼム・シング(Let Them Sing)」を発表、さらにまた〈ワープ〉からはスプリットで、スワンが歌う天文学の歌をフィーチャーしたゴシック調のR&B「ランド・アンド・ボーンズ(Lands And Bones )」をリリースしている。この2枚のシングルで評判をさらに高めて、去る10月には〈ニンジャ・チューン〉から「人間と機械の境界線をぼやけさせるような音楽」とBBCに評されたアルバム『エスクモ』を発表している。
 取材に現れたブレンダン・アンジェリードは、実におっとりとした、清楚な佇まいの青年だった。

ロンドンのアントールドやジェームス・ブレイク、スキューバ、あと〈ヘッスル・オーディオ〉(ラマダンマンらが主宰するレーベル)やピンチ、彼らにはシンパシーを感じるよ。アントールドは最近知ったばかりなのだけど、彼は本当に素晴らしい。

ザ・レジデンツのTシャツを着ていますね!

エスクモ:彼らの『エスキモー』(1979年)というアルバムがすごく好きなのだけど、僕の「エスクモ」という名前はそこからインスピレーションを受けているんだよ。

ああ、なるほど!!

エスクモ:アルバムのなかで、シャーマンが氷の下に入るためにおまじないをして、氷の下に入って、まだそこから出てくるっていう曲があるのだけど、そういったシャーマニックな部分であったり、アイデアが面白いと思うんだ。彼らのコンセプトである、ポップなものを捻って何かを作るっていうやり方に、すごく共感しているよ。

彼らの作品はどれもコンセプチュアルなものですが、あなた自身の音楽もそうであると思いますか?  DJカルチャーやクラブ・ミュージックの文脈とは、また違うところにあるものだと思いますが。

エスクモ:今回のアルバムでは、レジデンツにシンパシーを感じたりする自分のパーソナルな部分と、エンタテインメントな部分、それはDJでみんなを喜ばせることであったりするのだけど、それらを上手く同居させることが出来たんじゃないかなと思っているよ。そういったことを僕は意識してやっているから、ある意味ではコンセプチュアルなものなのかもしれないね。でも、レジデンツからクラブ・ミュージックまでまたいで好きなのは、僕にとってはとてもナチュラルなことなんだ。うーん、上手く伝わるといいのだけど。

レジデンツのTシャツを着ているトラックメイカーなんて、なかなかいないと思いますけどね(笑)。

エスクモ:今日のステージを観てもらえば、もっと上手く伝わると思うな!(笑)。

そういえば、エイフェックス・ツインが初めて日本でDJをしたときに最初にかけたのはレジデンツなんですよ。

エスクモ:ワオ、それはナイスだね!

いまはサンフランシスコを拠点に活動しているんですよね。

エスクモ:うん、そうだよ。

〈ロウ・エンド・セオリー〉や〈ダブラブ〉など、あなたの地元であるUS西海岸のローカルなコミュニティから生まれたアンダーグラウンド・ヒップホップからの影響は勿論あると思うのですが、あなたの作るトラックからは、UKのグラスゴウのハドソン・モホークやラスティのような、ダブステップ以降のトリッキーなビートとの共振も感じられました。US西海岸とUKを繋ぐビートが出てきたことに、とても興奮したのですが。

エスクモ:正直に言うと、それがどういった経緯で生まれてきたのかは、僕にも上手く説明ができないんだ。普段は特定のジャンルの音楽を聴いているわけではなくて、フォークも聴くし、ジャズも聴くし、もちろん新しいビート・ミュージックも聴いているし。ただ、君が指摘したように、僕らウエスト・コーストとUKのシーンは通じ合っているところあると思う。具体的にどうというわけではないのだけど、マインドやアティテュードは近い気がするな。それはニューヨークのシーンにはないことだと思うんだ。

UKでシンパシーを感じるアーティストはいますか?

エスクモ:ロンドンのアントールドやジェームス・ブレイク、スキューバ、あと〈ヘッスル・オーディオ〉(ラマダンマンらが主宰するレーベル)やピンチ、彼らにはシンパシーを感じるよ。アントールドは最近知ったばかりなのだけど、彼は本当に素晴らしい。基本的に、僕が好きになったりマインドが近いなと思うのは、アッパーなものより、土台がちゃんと固められた落ち着いたものなんだ。


photo : Masanori Naruse
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僕がサンフランシスコに引っ越した理由のひとつは、「レッド・ウッド」という木が生えている森があるからなのだけど、そこに入ると多くのインスピレーションをもらうんだ。自分の音楽のアイデアはそこで生まれることもよくあるし、自然から受け取るものはたくさんある。


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あなたの作るトラックは、コズミックな音色のシンセを使いながら、下地にはトライバルなビートを敷いていたりしますよね。そういった相反するものが混ざり合うことで生まれるサイケデリックな世界観が面白いなと思いましたが、それはひとつのコンセプトであったりしますか?

エスクモ:そういったサウンド・テクスチュアに関しては、とくにテーマやコンセプトがあるわけではなくて、あれは自分のなかから自然と出てきた、自分にとってフィットすると思えるカタチなんだ。君が言った、テクノロジックなものとナチュラルなものを組み合わせる手法にしてもそうで、さっきもレジデンツとクラブ・ミュージックの話をしたけど、一見、まったく異なったものを組み合わせることに興奮を覚える人間なのかもしれない。この電話の音のように(と言って、近くに置いてあった電話をガチャガチャといじる)、フィールド・レコーディングもたくさんしているのだけど、デジタルとアナログを組み合わせることも、自分にフィットする手法だと思っているよ。

アルバムのなかにはヴォーカル・トラックも多くありますが、こういったシーンのなかでは珍しいですよね。

エスクモ:昔から自分の声はよく録っていたのだけど、いままでは、あくまでサンプリングのネタというか、曲のなかでチョップアップして使うためのひとつのマテリアルぐらいでしか考えていなかったんだ。でも、今回のアルバムでは「ネクスト・レヴェルに行かなければ」という気持ちが強くあって、こういった挑戦をしてみたんだよ。とは言っても、実際に自分の歌声を録るのは正直怖い部分もあったし、みんなに「ゲゲーッ!」って引かれるんじゃないかって、すごく冷や冷やした。だって、僕のいるシーンには、そんなことをやっている人はいなかったしね。でも、とりあえずそういったことは忘れて、自分のパーソナル部分に向きあって、いま、自分が何をしたいのか、何をしなければいけないのか、自分のなかの意識に正直に従って作っていくことにしたんだ。

なるほど。

エスクモ:仮に自分が音楽を作っていなかったとして、他の何かのアーティストだったとしても、自分がつねにやらなければいけないことは、ネクスト・レヴェルに行くことだと思うんだ。他人がどう思うかで自分に制限をつけてしまうのは絶対によくないことだから、とりあえず、自分がどう見られるかは置いておいて、自分が正しいと思うことに挑戦してみたんだよ。

もしかすると、自分はトラックメイカーというよりも、シンガー・ソングライターだという気持ちが強かったりしますか?

エスクモ:そうだね、ごく最近になってそう思いはじめたところだよ。

先ほどあなたもアントールドやジェームス・ブレイクのようなポスト・ダブステップのアーティストの名前を挙げていたように、いま、エレクトロニック・ミュージックのシーンは大きく変化している真っ直なかだという印象を受けます。そして、どこに向かっていくのかわからないという面白さがありますよね。自分たちがいるシーンについてはどう考えていますか?

エスクモ:いまのエレクトロニック・ミュージックのシーンはとても健康的だよね。健康的だからこそ、ドラスティックに変化し続けているわけだろうし。だからこそ、今後どうなっていくかっていうのは僕にもわからないのだけど、ジェームス・ブレイクもやっているように、ヴォーカルを取り入れたトラックがこれからどんどん増えてくるんじゃないかな。R&Bの要素を取り入れたり。

今年の夏にUKでは、マグネティック・マンの"アイ・ニード・エア"がヒットしました。もしかしたら、次はあなたのいるシーンからこういったアンセムが生まれてくるのでは、と思ったのですが。

エスクモ:正直なところ、マグネティック・マンは名前ぐらいしか知らなくて、そこまで追いかけていないんだ。家でエレクトロニック・ミュージックを聴くときは、静かなものを聴くことが多いね。ススム・ヨコタのような。昔はアッパーなものも多く聴いていたけど、最近は少し疲れてきちゃったみたいで。

音楽以外で影響を受けているものはありますか?

エスクモ:僕がサンフランシスコに引っ越した理由のひとつは、「レッド・ウッド」という木が生えている森があるからなのだけど、そこに入ると多くのインスピレーションをもらうんだ。自分の音楽のアイデアはそこで生まれることもよくあるし、自然から受け取るものはたくさんあるね。あとは家族や彼女、あ、昔の彼女も含むのだけど、そういった人間関係が音楽を作るときのインスピレーションに繋がることも多いね。

「レッド・ウッド」を求めてサンフランシスコに移住したというのは、あなたのロマンティストとしての資質がそうさせたのか、それとも、スピリチュアルなものに対する好奇心が大きかったのか、どちらでしょうか?

エスクモ:どっちもだね。スピリチュアルな部分にも惹かれたし、僕にはロマンティストな部分もあると思う。あと、これはすごく生活感のある話だけど、ご飯も美味しいし、過ごしやすい気候だしね。

リリックのなかでも、そういったスピリチュアルな部分であったり、ナチュラルな部分が描かれていて、幻想的なものが多いなと思ったのですが、それはあたなの出自であったり、トラックとの相互関係でそういったリリックを書くようになったのでしょうか?

エスクモ:リリックのテーマは大きく分けて、コンセプチュアルなものとごくごくパーソナルなもののふたつだね。"ウィ・ガット・モア"、"カラー・ドロッピング"、"ムーヴィング・グロウストリーム"、"マイ・ギアズ・アー・スターティング・トゥ・トレンブル"の4曲はコンセプチュアルなもので、他の曲はすべてパーソナルなことを歌っている。"ゴールド・アンド・ストーン"はその両方の要素があって、これは錬金術師のことを歌っている。"マイ・ギアズ・アー・スターティング・トゥ・トレンブル"は完全にコンセプチュアルなもので、ロボットを造る科学者がいて、彼が造ったロボットが誕生するときに科学者自身も誕生する、つまり、自分の生を実感するという内容だね。その反対に、パーソナルなことを歌った曲では、家族との関係であったり、コミュニケーションについて歌っているんだよ。

アルケミーなものに興味を持ったきっかけというのは何なのでしょうか?

エスクモ:自分にとって大きかった最初の影響は、15歳のときにハマったマジックかな。マジックと言っても、手品のマジックではなくて、魔法のマジックのほうなのだけど、あの頃はマジックについて書かれた本を沢山読んでいたね。あとは、自分が置かれている環境から常々影響を受けていると思う。悲しい出来事があれば、自分のマインドや身体をはじめ、いろいろなことが変わっていくだろうし。マインドが自分を変えていくのではなくて、環境が自分を変えていくものだと思っているよ。

では、あなた自身の音楽は、リスナーにどういった影響や効果を期待していますか?

エスクモ:具体的なものはないのだけど、それぞれがいろいろなことをそこから感じ取ってもらえればいいな。ミュージック・ヴィデオに関しても、こう受け取ってもらいたいという具体的なものはないのだけど、観て聴いた人がそこでモチヴェーションを感じてくれたり、何かをスタートするきっかけになれば幸いだね。


photo : Masanori Naruse
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日常生活ではよく音楽を聴く方ですか?

エスクモ:iPodのような携帯プレイヤーで聴くことはほとんどないかな。例えば、いまみたいに日本に来ているときは、見るもの聞くものに驚くことがたくさんあり過ぎるしね。家ではよく聴いているけどね。

最近は何をよく聴いていますか?

エスクモ:ミュー(Mew)やビーチ・ハウスをよく聴いている。ビーチ・ハウスはとくにシンパシーを感じるな。ナイス・ナイスみたいなバンドも好きだよ。

この度〈ニンジャ・チューン〉からアルバムをリリースする運びとなりましたが、その前に今年は〈ワープ〉からのスプリットと、〈プラネット・ミュー〉からシングルをリリースしていますよね。

エスクモ:とても光栄だし、本当にラッキーだと思っている。〈ワープ〉から一緒にスプリットをリリースしたエプロムとは本当に仲が良くて、よく一緒にサイクリングをしているよ。僕はバイクには疎いけど、彼は本当にクレイジーなぐらい詳しいんだ(笑)。サンフランシスコのシーンは、ロサンゼルスより規模が小さいから、大体みんな知り合いなんだ。よくみんなで一緒に遊びに行くしね。

動画サイトであなたのライヴ映像を観たのですが、ラップトップを操作しながらマイクを握って歌っていたのには驚きました。今日のライヴでもあなたの歌は披露されるでしょうか?

エスクモ:もちろんだよ! 最近は自分の歌声以外にも、その場でフィールド・レコーディングしたものをサンプリングしてループさせて使っていたりもするから、その辺も楽しみにしていてもらいたいね。きっと面白いライヴを見せれると思うよ。


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 その後のライヴでは、宣言通り自らの歌声を披露したり、フィールド・レコーディングやサンプリング&ループを駆使して、トリッキーなパフォーマンスを見せてくれた。彼のような「フライング・ロータス以降」のサイケデリックと「ハドソン・モホーク以降」のウォンキーの両方の影響下にあるモダンなグリッチ・ホップはいま、冒頭でも書いたように、突然変異を見せながら世界中のあちこちで増殖しつつある。舞台はUSとUKのみならず、フィンランドやスウェーデンの北欧のシーン(何と言ってもスクウィーの本場)、オランダ、あるいはスペインの〈ローファイ・ファンク〉とも共振しながら突き進んでいる。
 以下、この秋以降にリリースされた、シーンを象徴する5枚セレクトした。これらの作品をきっかけ深くディグして頂ければ本望です。

Post Glitch & Wonky

Rustie / Sunburst EP Warp

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UKでウォンキーの総本山と言えば、このラスティやハドソン・モホークらが所属するグラスゴウのアート・コレクティヴ〈ラッキー・ミー〉(https://www.thisisluckyme.com )だろう。この集団は、彼らのような新進気鋭のトラックメイカーをはじめ、アメリカン・メンのようなポスト・ロック・バンドから、グラフィック・デザイナーやフォトグラファーなどファイン・アートのクリエイターまで、多数のアーティストよって構成されている。ラスティとハドソン・モホークのふたりがすでに〈ワープ〉からデビューを果たし、〈ラッキー・ミー〉としても今年の6月にバルセロナで開催された〈ソナー〉にてショウケースをおこなっている。
1曲目"Neko"は、猫が膝の上でゴロニャンと狂ったように転がり回る姿が目に浮かぶ、珍妙なロウビット・サウンドを聴かせる。80~90年代のヴォデオ・ゲーム・ミュージック(実際に彼の曲のタイトルには「ピカチュウ」という単語が使われていたりする)と最新鋭のモダンR&Bを掛け合わせ、プレイステーションのコントローラーでチョップアップとスクリューを繰り返したかのような、子供の悪戯じみた彼のエクストリームっぷりは、予想の出来ない無邪気さという点でハドソン・モホークを上回っている。

Machinedrum / Many Faces Lucky Me

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〈ラッキー・ミー〉から1枚ご紹介。彼らは地元グラスゴーのシーンのみならず、ブルックリンのマシンドラムのような、北米の稀代なトラックメイカーまでもフックアップしている。マシーンドラムことトラヴィス・スチュアートは、これまでにもマイアミのエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈メルク〉よりアルバムを数枚リリースしている。ヴォーカルのカットアップによってメロディアスなビートを作り上げる独特の手法から、グリッチ・ホップ黎明期の裏の顔として、プレフューズ73らと並べて評価されている。 〈ラッキー・ミー〉からのリリースとなったこのEPでは、心機一転、シルキーで煌びやかなエレクトロ・ファンクから、下世話なベースラインが耳を惹くバウンシーなフィジェット・ハウス、つんのめるほどアッパーなゲットー・ベースまで、新たな挑戦が数多く見られる。このEPの直後には、ニューヨークの〈ノームレックス〉からアルバム『ウォント・トゥ 1 2?』がリリースされている。こちらはヴォーカルを多数フィーチュアしたメロディアスなトラックが多く締めている。

Daedelus/Teebs / Los Angels 6/10 All City

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グリッチ・ホップのイノヴェイター、デイダラスと〈ブレインフィーダー〉のティーブスによるスプリット10インチ。アイルランドのアンダーグラウンド・ヒップホップ・レーベル〈オール・シティ〉(オンラーのアルバム『ロング・ディスタンス』が最高)によるこのスプリット・シリーズでは、これまでにもデイム・ファンクやトキモンスタ、P.U.D.G.E.らが未発表の新曲を提供している。タイトルの通り〈ロウ・エンド・セオリー〉周辺の「いま」を切り取った最新のレポートとなっている。どちらもウエスト・コースト特有の煙っぽいサイケデリアが特徴的だが、よりアトモスフェリックでティーブスなそれは、まるで地下室の煙が天高く浄化されていくかのように、眩しいほどに乱反射を見せている。

James Pants / New Tropical Stones Throw

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ここ数年の〈ストーンズ・スロウ〉は、デイム・ファンクやメイヤ・ホーソンなど、70~80'sのスモーキーなソウル/ファンクをモダンに刷新するホットな新人たちを立て続けに送り続けてきたが、このエレクトロ・ブギーの王子ジェイムス・パンツもそのうちのひとり。このEPでは、エキゾチックな音色のホーンやマーチング・ドラムをサンプリングしたり、ガムランのビートを取り入れることで、無国籍ビートを生み出すことに成功している。他にもフットワークのような細かいハイハットのフレーズがあったり、キャスパやラスコなど〈サブ・ソルジャーズ〉周辺のトラックメイカーが得意とする、ウォブリーなベースラインが強烈なロッキン・バーストな曲があるが、彼はDJも相当狂っているようで、この支離滅裂なビートこそ持ち味と言える。

Slugabed/Ghost Mutt / Donky Stomp EP Donky Pitch

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ブライトンの新興レーベル〈ドンキー・ピッチ〉によるスプリットEP。スラッガベッドはすでに今年の春に〈プラネット・ミュー〉からデビューを果たしている。そのロウビットの電子音でカラフルに彩られたコミカルなエレクトロ・ファンクは、〈ランプ〉周辺のロウビットなダブステップ/スクウィー好きのビート・ジャンキーを中心に評価が高かった。ゴースト・マットはこのEPで初めて知った存在だが、まるでメロウな歌モノR&Bをアイコニカがリエディットしたかのような、セクシャルでメロディアスな輝きがある。

Chart by TRASMUNDO 2010.12.14 - ele-king

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PUNPEE presents

PUNPEE presents 『Mixed Bizness』 »COMMENT GET MUSIC
ELECTRONIC TRIBE -YEBISU NEW YEAR'S PARTY 2011-
会場 THE GARDEN HALL/ROOM
開催日程 2010年12月31日(大晦日) - 2011年1月1日(元旦)
時間 20:30 OPEN / 21:00 start (ALL NIGHT)
料金 ¥6,800(前売券/枚数限定)、¥8,000(当日券)
出演者

DERRICK MAY (Transmat/USA)
DJ KRUSH (JPN)
GILDAS (Kitsune/FRA)
EYE (BOREDOMS/JPN)
rei harakami (JPN)
DEXPISTOLS (ROC TRAX/JPN)
DAEDELUS (Ninja Tune/USA)
FORCE OF NATURE (mule musiq/JPN)
AOKI takamasa (op.disc/raster-noton/commmons/JPN)
TREAD a.k.a. HIROSHI WATANABE (JPN)

VJ:
SO IN THE HOUSE (JPN)
TAKI KOHEI (JPN)
LIKI (JPN,HKG)

 ところで、入手困難になっていたデリック・メイのベスト盤的2枚組『Innovator』の再プレスが決定しました。解説には、私(野田)が1992年に弘石雅和にリズム・イズ・リズムの曲を録音したカセットテープをプレゼンした話から書きました。それはともかく、まだ聴いてない人は必聴ですよ。
https://shop.beatink.com/shopdetail/023005000001/

 ちなみに今回の「ハイテック・ジャパン・ツアー」の日程は以下の通り。私の故郷の静岡でもまわします。日本でもっともずぼらな男に会うためにも、行けたら行こうっと。

HI-TEK-SOUL JAPAN TOUR 2011
DJ: DERRICK MAY (TRANSMAT/DETROIT)

12/31(金)-東京 ELECTRONIC TRIBE @YEBISU GARDEN HALL
www.electronic-tribe.com

1/2(日)-群馬 SPROUT @RAISE
www.s-p-r-o-u-t.com

1/7(金)-静岡 @JAKATA
www.jakata.jp

1/8(土)-大阪 @GRAND CAFE
www.grandcafeosaka.com

[Drum & Bass/Dubstep] #8 by Tetsuji Tanaka - ele-king

1. Commix / Re: Call To Mind | Metalheadz

-Drum n Bass, Dub, Techno, Dubstep, House-


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E王この概要を知ったとき、ドラムンベース界隈ではいままでになくまったく新しいコンセプトでリミックス・アルバムが発売される......と、その斬新なアイデア、これに関わっているメンツを見て嬉しく思う反面、ドラムンベースを代表するレーベル〈メタルヘッズ〉から初めてと言っていい、ドラムンベースがほとんど入っていない4つ打ちやダブステップがメインのコンピレーション・アルバムを発表したことで内心複雑な心境に陥った。良い意味でも悪い意味でも。多種多様なエレクトリック・ミュージックのなかにあって90年代、類稀な貪欲性を孕み、全ての音楽性を飲み込んで誕生したUK産のアンダーグラウンド・ミュージック・カルチャー、ドラムンベースが、この20年で下降線を辿り岐路に立たされているのは間違いない事実。とは言え、浮き沈みが激しく、また消えては生まれるクラブ・カルチャーにとって、ある一定のアンダーグラウンドな音楽的価値観を下げずによくここまでシーンを受け継いできたと賞賛すべきだろう。新たな10年代に向けて、共存するのもまたUK特有の雑食性ならではの必然的事変なのだから......。

 さて、コミックスは、ボーズ・オブ・カナダやオウテカなどエレクトロニカなバックボーンを持ち、陶酔性と流麗テクノ・ポップを下地とするディープ・ミニマルなインダストリアル感覚を空間的に落としこんだ、言うなれば新感覚ドラムンベースだ。LTJブケムのコズミック志向をさらにテクノよりのミニマリズムへと変え、ディープ・フロー旋風を巻き起こした功労者だ。
 肝心の内容も、まったく素晴らしく良い! このメンツにリミックスを依頼すれば当然だが、しかしよくもまあ、これだけの多士済々なメンツにリミックス・オファーを出したと脱帽する。ある意味この戦略は、ドラムンベースに触れていないリスナーにも広くアピールできる可能性を多分に擁している。
 その戦略は功を奏し、現在大ヒット中、アナログのEP1では、唯一のドラムンベースを担当したDブリッジのディープ・テックな"Belleview"リミックスからはじまり、ミニマル・ダブステップの雄、2562の別名義、ア・メイド・アップ・サウンドによる"Change"、さらにパンゲアやインストラ:メンタルがポスト・ダブステップ・リミックスを秀逸にリワークしている。
 EP2では、旬なテクノ/ミニマル・プロデューサーのリミックスで固められている。まずはベルリン・ミニマル・シーンを代表するマルセル・デットマン、カセム・モッセや〈ホット・フラッシュ〉のシーガなど、各プロデューサーの個性が十二分に発揮されている。
 先行リリースされた限定片面プレスの「Be True」のブリアル・リミックスはやはり一押しである。崇高なノイズ・スケープをダブステップと同化させ、緊迫感とインダストリアルな荒廃がリズムを主体としたダンス・ミュージックの概念に一石を投じている。分散化するダブステップにあって、一貫した核を変わらず有し、重苦しいサウンドスケープが幾重にも連なって続いていく......。当時革新的であったこの手法は、いまでもまったく色褪せず異彩を放っている。
 ちなみにCD盤にはデトロイトのURがリミックスに参加している。

 ......とにかく、エレクトリックな『Call To Mind』はこのリミックス盤でまったくの変貌を遂げている。もしお気に召したならオリジナル・トラックと聴きくらべることを推奨する。コミックスがいかに優れたプロデューサーなのかがわかるからだ。

2. Hatcha & Lost / Work Out | One Gun Salute - Dark Dubstep -


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 ハッチャと言えばダブステップのオリジネーターであり、ゴッドファザー・オブ・ダブステップ、生みの親的な存在として広く知られている。ドラムンベースで言うゴールディーのような存在で、テクノで言えばジェフ・ミルズのような存在かもしれない。この度、12月18日のカブキ&ジェナGとともに初来日がDBSで決まった。スクリーム、ベンガを見出したというそのレジェンダリーな貫禄のあるプレイは必見だ。
 彼のキャリアは、クロイドンの伝説的レコードショップ、〈ビック・アップル〉でバイヤーを務めたところからはじまる。第一次ジャングル/ドラムンベース・ブームが落ち着いた90年代後半からUKガラージのDJとして海賊ラジオ局で活動、ダブステップのルーツともなったダーク・ガラージをいち早く取り入れている。ホースパワー・プロダクション(野田さんが第一回目のダブステップ会議で紹介したレコード)やエルビーなど、クロイドン・プロデューサーを次々と紹介した。まだ10代のキッズだったスクリームやベンガを見出し、そしてサウンドはダブステップへと変異したのだ。
 2001年にはじまったパーティ〈FWD>>〉でハッチャはレジデントDJを務める。また、プロデューサーとしても活躍し、「ダブ・エクスプレス」など後の後世に多大な影響をおよぼす作品を送り出す。2004年には〈テンパ〉から初のミックスCDシリーズ『ダブステップ・オールスターズ vol.1』をリリース、その後の2006年の同シリーズの『vol.4』などのリリースを重ね、シーンの核として君臨している。2009年には自分のレーベル〈シン・シティ・レコーディングス〉を立ち上げ、目が離せない人物として活動を続けている。
 「ウォーク・アウト」は、新興レーベル〈ワン・ガン・サリュート〉から発表した「ヘンチ」のリリースで名を馳せたロストとの共作。テッキーでダークに仕立てたプロダクションで、オールドスクール・レイブ・サウンドだ。硬質なビートにダークな浮遊的シンセ、ダビーなベースライン、これこそオリジナル・ダブステップの基本姿勢だろう。この辺が彼を「ドン」と呼ばせる所以かもしれない。

DRUM&BASS SESSIONS 2010
DRUM&BASS x DUBSTEP WARZ X'mas Special !!!
Feat. DJ HATCHA / KABUKI & JENNA G
2010.12.18(sat) @ UNIT
open/start 23:30 adv.3,500yen door.4,000yen

3. Helixir / Undivided | 7even Recordings - Minimal Dubstep -


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 先月ラマダンマンを迎え、〈モジュール〉で〈Basement LTD〉が開かれた。これは〈セヴン〉レーベルのオーナー、グレッグ・Gが母国フランスではじめた自身のパーティを日本でリスタートさせたもの。筆者はラマダンマンの後に出演させて頂いた。ポスト・ダブステップを十二分に体感できた素晴らしいパーティで、大盛況に幕を閉じた。予想通りラマダンマンは、無機質なミニマル・ビーツをこれでもかと繋ぎ合わせた。次回開催は、12/10(fri))。〈テクトニック〉からネクスト・ダブステップを予感させるジャック・スパロー(以前のサウンド・パトロールでも紹介)を招いて開催される。アルバム『Circadian』が話題だし、必見だ!
 黴€
 これは、Fの『エナジー・ディストーション』に続いて、レーベルとしては2枚目となるアルバムを控えたヘリクサーの先行シングル。ヘリクサーことケビン・マーティン(ザ・バグの同姓同名ケビン・マーティンとは別人なのでお間違いなく)は、フランス出身で2008年、〈セヴン〉からの「ナルコティック・ダブ/スプリングズ&ワイヤーズ」でデビューしている。2009年にはレーベルを代表する作品「XPダブ」や「コンヴァリューション」を発表、Fと同じく硬質なミニマル・ビートで話題を集めている。そして、ダークでヒプノティックな無機質なトラックに傾倒している。
 「アトランティス」は聴けば聴くほど深みにハマッていく。細切れのスペーシーなシンセが揺れている。リズム自体はさほど存在感はない。キックが軽く鳴り響く程度。規則的にリヴァーブをかけたパーカッションがこだまする。
 スキューバやラマダンマン、Fなどのミニマル・ダブステップとは感覚が異なる。どちらかと言えば、この空間処理はブリアルに近い。新しくはないが、シャックルトンが彼の音楽性を賞賛しているように、シンプルなのだが奥深い。

4. V.A. / Tempa Allstars Vol.6 | Tempa- Dubstep, Minimal -


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 「スクリームは、もう過度期なのか?」と、セカンド・アルバムが発表されてそう感じる向きがあったのは、日本でのダブステップ熱がイマイチ乗り切っていないせいもあるだろう。本国UKではいまだ最高級の人気をほこっているし、マグネティック・マンのトラックがかかるや否や大合唱!!! となっている。筆者はドラムンベースの全盛期を知っているが、たしかにその当時の熱気をいまの日本のダブテップ・シーンに当てはめると物足りない感は否めない。インターネットで国際的に蔓延したダブステップだが、日本ではまだまだ感染しきっていない(だから2011年は大いに期待しよう)。
黴€
 さて、「テンパ・オールスターズ6」だが、ダブステップ界では馴染み深いメンツのなかにドラムンベースの気鋭プロデューサーがふたり参加している。ディープ・ファンクを支柱としているアリックス・ペレズとアイシクルだ。ディープ系を極めた彼らが新たなる視点を定めたダブステップ/ベースラインの矛先は、やはり波長が合うのだろう。違和感なくハマっている。アリックスに至っては、いい意味で期待を裏切るベースライン・ハウス的な4つ打ちを発表しているし。
 インストラ:メンタル、Dブリッジ、カリバーなどのドラムンベースのプロデューサーがダブステップのシーンで顔を見せているのは、音楽的な相性が良いからだろう。〈テンパ〉のサウンドは年々進化している......というか、少なからずトレンドを意識した内容に変わりつつあるのは、シーンの活性化が示す良い現われだろう。
 このなかでもやはりスクリームは別格だ。『アウト・サイド・ボックス』のようなポップ・フィールド志向を試みたと思えば、今回ではシンプルなポスト・ダブステップの。テンパは今、古き良きオリジネーター・サウンドの原点に立ち返っているのかもしれない。その証拠に....フォースカミング・リリースが、あのホースパワー・プロダクション久々の復活によるサード・アルバムなのだから。

5. SCB / Hard Boiled VIP / 28_5 | SCB- Minimal, Techno -


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 ポール・ローズ(スキューバ)のミニマルが止まらない。リリースを増すごとにベルリン・ミニマル色が増している。しかも、ここのところのリミックスがどれも秀逸とくる。原曲が良いからどう加工してもかっこいい。「ハード・ボイルドVIP」もグルーヴィーな切れがあり、ある展開を施す曲中からのシンセ使いが金属的なスネアと調和してリフレインする。最終的には彼自身の音楽性として上手く纏まっている。とにかくプログラミング・センスが良い。
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最近リリースしたスキューバ・リミックス・シリーズも紹介しておこう。「Scuba Remixes Pt.1」は、"Tracers"をスコット・モンテイスことデッドビートによるミニマル・ダブ・リミックスからはじまり、"On Deck"をファルティーDLがエレクトロ・ポップに仕上げている。「Scuba Remixes Pt.2」では、オウン・ミックスによる続編だ。尺が続いていれば先がこうなっていたという具合。"You Got Me(I Got You)"がよりダンサブルなアップテンポになって、"Before(After)"はスローテンポが"その後"の解釈を表している、美しいエレクトロニカなダウンテンポだ。
「Scuba Remixes Pt.3」は〈アップル・ピップス〉からの「Untitled/Digest」で一躍ポスト・ダブステップの新星として躍り出たジョーによるミニマル・ラインをピアノの旋律で妖しくも刺激的に奏でる"So You Think You're Special"、そして叙情的なオリジナルにエレクトリックなシンセを走らせるデッドボーイの"Before (Deadboy Remix)"が収録されている。これらリミックスをディスク2にした2枚組の『トライアングレーション』がリリースされるので、これも要チェックだ!

6. Prototypes / The - Cascade / Need The Love | Infrared- Drum n Bass -


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 Jマジック率いる〈インフラレッド〉、久しぶりのシングルがスマッシュ・ヒットとなった。プロトタイプス――ブライトン出身のニックとガービーによるユニットで、彼らの作品は軒並みフロアで爆発的ヒットを飛ばしている。エナジーが迸るトランシー・レイヴ、エピック・サウンドを完璧に操るエレクトリックなフロア志向のビッグ・アーティスト久々の誕生! と嬉しく思いながら、筆者もヘビープレイ中だ。とにかく毎回使っているほど、フロアでのレスポンスも良く、突き抜けた爽快感やドライヴ感がある。そしてエクスタシーに辿り着く、マス・ヒプノシス感もある。筆者はこれを「切なく走る」と表現している。
 A面の"カスケイド"はカットラインにリミックスを依頼するなど、ドラムンベースやダブステップ、エレクトロ、ベースラインをまたいで支持されている。〈インフラレッド〉の他に〈ショーグン・オーディオ〉や〈ヴァイパー〉などシーンのトップ・レーベルからもサポートされている。

 彼らの良いところは、何と言っても遠慮なく疾走感があるところ。"カスケイド"は親しみやすく、レイヴ・トランシーな、開放感あるヴォーカル・チューンだ。"ニード・ザ・ラヴ"は切ないヴォーカルとエレピが全面的に導入された幻想的なJマジックのヒット曲"クレイジー・ワールド"のアンサー・バック。
 ディープ・フローな作品がトレンド化しているいまのシーンにとって、メジャー志向のヒット路線に走るプロデューサーを揶揄する風潮があるのも事実だ。今年、2002年に〈グット・ルッキング〉からのファースト・アルバムでフューチャリスティック・ドラムンベースを打ち出し、2006年自身のレーベル〈720ディグリー〉からのアルバムリリース以来、4年ぶりに発表したブレイムの『ザ・ミュージック』がメジャー路線に偏ったために各メディアから酷評されている。メジャーよりでR&B調のダブステップに走ったのがその原因かもしれない。が、フランジャイルな時期だからこそ、レイヴとともに発展したドラムンベースの変化が面白いように変わっていく。2010年はドラムンベースにとってアンステイブルな年......このことはまた年間評論フラッシュバック2010-ドラムンベースで触れるとして......プロトタイプスは、その壁を打ち崩せる新世代のレイヴ継承者だ!

7. Black Sun Empire / Lights And Wires | Black Sun Empire- Drum n Bass -


iTunes

 オランダのドラムンベース・シーンをダークでドラッギーで、危険極まりない荒廃サウンドで包み込むトリオ、それがブラック・サン・エンパイア。2000年に「ボルテージ」でデビュー以来、オランダのドラムンベースのシーンを暗黒ノイズスケープへと変革させ、現在エレクトロ・シーンでも活躍しているノイジアと共に代表格として数々の作品を世に送り出している。『アンデンジャード・スピーシーズ・パート2』以来、レーベルとしては3年ぶりとなるアルバムがこの『ライツ&ワイヤー』だ。

 これでもかと言わんばかりの影響力を秘めた暗黒電子音が狂気乱舞するサイバー・サウンドは、まったく変わっていない。......地を這うようなベースライン、彼らのダーク・サウンドの中心には現代のエクスキューショナーじみた残酷性、ブラック・マジックのような危険な陶酔性......もある。マス・クリエーションを必要としてきたドラムンベースの方向性を相反する不適合な感覚が面白い。一貫したサウンド・シンフォニーは、いまだに人気を博している。
 今回の共演者も実にシンプルなラインナップで、グリッドロック、ジェイド、SPL、ナイムフォとサウンド、指針をぶらさないよう計られてるようだ。近年の彼らはダブステップにも接近している。サブ・レーベル〈シャドウス・オブ・ザ・エンパイヤー〉を作るほど力を入れている。そして、陰をチラつかせる不穏なマッシブ・ビートを展開するプログラミングは『ライツ&ワイヤー』でも聴くことができる。UKの陽に対する陰とでも言えばいいのか......。

Rihanna - ele-king

 奄美大島で生まれた松村正人がヒッピーにならなかったように、バルバトスで生まれたリアーナは、ラヴァーズ・レゲエが似合う自然派の美少女として彼女を売り出そうとした〈デフ・ジャム〉の期待を裏切るかのように自らの意志でソフト・セルを選び、そして"SOS"で使った。彼女の最初のアルバムの題名が『太陽の音楽(Muisc of The Sun)』だったことを思えば、それは挑戦的な行為だったと言える。ソフト・セルはポスト・パンクの時代に「夜が待ち遠しくてたまらない」と歌った、頽廃的なシンセ・ポップで知られるふたり組で、18才になる彼女は陽光を浴びながらワンピースを翻すことを止め、ハイエナジーが鳴り響く夜のダンスフロアへと向かったのだ。それが「エラエラエラエラ~」と歌った夜の雨の"アンブレラ"の大ヒットへと結実して、さらにセクシャルな"ドント・ストップ・ザ・ミュージック"へと展開する。そう......IDチェックのことを考えれば、『グッド・ガール・ゴーン・バッド』はそれなりに不良のポップだ。
 『レイティッド・R』はバランスを崩してまでもポップ・アイコンとしての彼女のイメージをさらにダークに拡張したシンセ・ポップだったが(『NME』は彼女の暗い領域について語る上で、ニコまで持ち出す始末)、5枚目のアルバム『ラウド』は良くも悪くも均整が取れている。『レイティッド・R』のような驚きはないが、『グッド・ガール・ゴーン・バッド』のように全曲シングル・カットできるような、親しみやすい作品だ。

 まずは、二木信が喜びそうな主題の"チアーズ(ドリンク・トゥ・ザット)"からはじめるか......。この曲を歌ったおかげで、22才の彼女は「酒を飲むのでしょうか」と質問されているそうだが、アメリカ社会はしかし酒に対して厳しい。日本がゆるすぎるとも言えるが、まあ、リアーナの"チアーズ(乾杯という意味ですね)"はそういう意味では二木的な愛国心を満たしてくれる曲とも言える。
 僕がもっとも好きな曲は、ドレイクをフィーチャーした"ホワッツ・マイ・ネーム"ではなく、ラテンのソウルみなぎる"マン・ダウン"だ。レゲエのリズムを思い切り打ち出している曲はセカンド・アルバム以来だが、しかしこの曲における彼女はセクシャルな闘牛士だ。「ラム・ババババム、ラム・ババババム、ラム・ババババム、ラム・ババババム~」、もしこの曲がシングル・カットされたら絶対にゲットしよう。
 アルバム1曲目のハイエナジー"S & M"も悪くはない。いまさら彼女のサドマゾ的な展開は驚くには値しない......が、それにしてもカリブ海出身の彼女はユーロダンスが本当に好きだ。僕の想像では、それはカリブ海への多くの先入観(太陽と海)に対する、彼女のいつもながらの牽制である。トランシーなダンス・ナンバー"オンリー・ガール(イン・ザ・ワールド)"もそうだ。これはパリのハウス/エレクトロのプロデューサー、サンディ・ヴィーによる曲だが、今回のアルバムでは"ホワッツ・マイ・ネーム"と並んでキャッチーなポップスとなっている。
 バラードの"フェイディング"とアコースティックな"カリフォルニア・キング・ベッド"、ソローなR&B"スキン"も魅力的な曲だ。が、トリニダーディアンのニッキー・ミナージュをフィーチャーした"レイニング・メン"が......M.I.A.を意識したビートの曲とはいえ、さらに良い。もっともアルバムにおける最大の曲はエミネムをフィーチャーした"ラヴ・ザ・ウェイ・ユー・ライ Pt.2"である。エミネムの手の付けられない憤怒は、このよくできたポップ・アルバムにおいて唯一、荒波を立てている。
 リアーナは彼女のハードルを越えて、いまのところコンスタントに良いポップ・アルバムを作っている。それは週末のための少々幻覚性のポップである......しかし、ジャケのリアーナはとても22才には見えない。

Chart by JETSET 2010.12.13 - ele-king

Shop Chart


1

GALA DROP

GALA DROP OVERCOAT HEAT »COMMENT GET MUSIC
'10年大躍進プロデューサーTiagoのディープ・サイドが堪能出来るGolf Channel新作!!Chida氏主宰ene、DFAと引く手数多のリリース・ラッシュを掛けるポルトガルはリスボンのTiagoが、Prins Thomas主宰Internasjonal Spesial発"Night of the Bath"でもタッグを組んだ相棒Pedro AlcadaとのユニットGala DropでGolf Channelに参戦。サイケデリック!!

2

KIMONOS

KIMONOS S.T. »COMMENT GET MUSIC
180g重量盤ゲートフォールド・UVコーティング・ジャケット、インナー・スリーブに歌詞・対訳記載。Zazen Boysの向井秀徳と若き異形SSW、LEO今井による衝撃のニュー・ユニット、Kimonosがフル・アルバムを完成!!新曲8曲に加え、LEO今井のインディ時の名曲"Tokyo Lights"と、さらに細野晴臣の"Sports Men"のカバーまでを収録!!

3

FLOATING POINTS ENSEMBLE

FLOATING POINTS ENSEMBLE POST SUITE / ALMOST IN PROFILE »COMMENT GET MUSIC
Floating PointsバンドによるダブルサイダーがNinja Tuneから登場!彼がルーツとする伝統的な音楽をダンスミュージックにではなく、生楽器を用いてそのまま作品に落とし込んだ、彼の音楽IQの高さを証明した衝撃作!

4

NATHAN FAKE / DJ KOZE

NATHAN FAKE / DJ KOZE XMAS RUSH / MI CYAAN BELIEVE IT »COMMENT GET MUSIC
やっぱりPampaは最高です。エレクトロニカ通過後のイイ感じのポップ・センス。当店ではレーベル史上最高の売り上げを記録中の前作Axel Boman"Holy Love"に続く本作は、Border Communityが世に送り出した天才Nathan Fakeと主宰Kozeによるスプリット。

5

THE MACHINE

THE MACHINE REDHEAD »COMMENT GET MUSIC
Redio Slave変名プロジェクト、The Machineによる3枚組み12インチ!呪術的なアフロイズムを背景に持つようなアングラな民族音楽をベースに繰り広げるドープなパーカッシヴ・DJツール!!

6

LUVRAW & BTB

LUVRAW & BTB ヨコハマ・シティ・ブリーズ »COMMENT GET MUSIC
2010年の記録的な熱帯夜を席巻した金字塔的作品が遂に限定アナログ化!ご存知ハマのクルーPan Pacific Playaのトークボクサー・デュオ、Luvraw & BTBのアルバムが遂にジャケ付2LP化! 先日のシングル"On the Way Down"を買い逃したアナタにも朗報です!

7

TETE

TETE ROTOR EP »COMMENT GET MUSIC
I:Cube & Frank Wiedemann a.k.a. Ameによる新ユニット、第1弾!!ロングセラー中のEmmanuel Jal、Culoe De Songに続きInnervisionsからウルトラ・ディープなピュア・エレクトロニック・ハウスが登場!!

8

NOTTZ

NOTTZ YOU NEED THIS MUSIC »COMMENT GET MUSIC
誰もが認める実力派プロデューサー、Nottzの待望過ぎる1stソロ・アルバムが登場!!メジャー、アングラ、そしてジャンルをも越えた超豪華なゲスト陣を迎え、彼らしいソウルフルなネタ使いとレンジの広いバラエティに富んだプロダクションが堪能できる傑作!

9

JESSE BOYKINS III

JESSE BOYKINS III B4 THE NIGHT IS THRU / AMOROUS »COMMENT GET MUSIC
孤高のネオ・ソウル・シンガー、Jesseの新曲はあのMachinedrumとの一曲!さらに前作『Beauty Created』から"Amorous"をB面にカップリング収録しています。ハズレなしのAlalaレーベルらしい強力な一枚!

10

AMBER OJEDA

AMBER OJEDA HERE I AM »COMMENT GET MUSIC
要注目! ジャズ・ポップ・ボーカリストの要素を全て持ち合わせたニュー・ディーヴァ!Giovanca、Norah Jones、Nina Vidalの要素を持つUSで今最も注目されるダイヤの原石、ニュー・ディーヴァAmber Ojedaによる珠玉の全9曲。

Various Artists - ele-king

 エクシーが「〈ナイト・スラッグス〉! 〈ナイト・スラッグス〉!」とうるさいので、ディプロの編集したダブステップのコンピレーションを紹介しよう。〈ナイト・スラッグス〉のコンピレーションは、若い人にまかせた。あれはやっぱ、週末あっぱらぱ~になって踊りたくて踊りたくて仕方のない若者のいわばゲットー系、新種のハウス・ミュージックでしょう。〈ナイト・スラッグス〉の主宰者のひとり、エルヴィス1990(L-Vis 1990)は〈マッド・ディセント〉からもシングルを出しているし......という強引な展開からはじめよう。

 2010年の後半にはジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンウッド〉までもが、このシーンを無視することを止めて、ダブステップ/グライムのコンピレーションCDを発表している。ジャジーな連中にも通用するとにらんでの企画だろうけれど、それでは〈マッド・ディセント〉のアプローチはどうかと言えば、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンドのブレンド、ポップと硬派のシャッフル、いかにもディプロらしい企画である。
 アルバムはブリストルのジョーカーとジンズによる"リ・アップ"からはじまる。メジャー・レイザー、スクリームやラスコ、ベンガやキャスパ......といったコマーシャルな連中、そしてジェームス・ブレイクやアントールド、ゾンビーやスターキーといったアンダーグラウンドな連中、そして口汚い南部のラッパー、リル・ジョン......などを並列させる。カナダのダブステッパー、DZやストックホルムの女性ダブステッパー、リトル・ジンダーのように、ここ数年の国際的な広がりも見せている。ダブステップというと、暗くアングラな印象を抱いている人がいまだにいることに驚くが(まあ、たしかに今世紀初頭の世界的に暗いムードを反映しているとも言えるのだけれど)、しかしここ2~3年はパーティ・ミュージックとして世界のさまざまな都市に広がっている。ディプロは彼なりの視点を持ってシーンにアクセスしてこの編集盤を選曲しているが、ポイントはまさにそこだ。そしてそれは、彼のこの10年の冒険――バイリ・ファンク、ボルチモア、ダンスホールなどの延長にあることがわかる。
 あるいは、メジャー・レイザーのスクリームによるリミックス、UKのドクター・P"スウィート・ショップ"のようなピアノ・ハウスとダブステップのレイヴ的結合、ラスコのキラー・トラック"コックニー・サグ"のパンク的アティチュードなどなど......ディプロから見える多様性をうまく展開している。ジェームス・ブレイクに関しては、〈ヘムロック〉からのデビュー・シングルの"スパーリング・ザ・ハウス"を選んでいる点も気が利いている。

 アルバムのクローサーはラスコによるグライミーな歌モノのハウス"ホールド・オン"。2010年に〈マッド・ディセント〉からリリースされたヒット・シングルだ。ダブステップのまさに(日本を除く)インターナショナルな成功を象徴させる1枚である。

ECDPOPO - ele-king

 前作から4ヶ月というインターバルで届いたシャンテ・アンソニー・フランクリンによる2作目はタイトル通り、相変わらず空を飛んでいる。実に優雅な低空飛行(意味、分かってますよね?)。
 ヒップホップの話題作が2010年の前半はドレイクで、後半はニッキー・ミナージュがぶっちぎりだったということは、なかなか興味深く、いわゆるマッチョイズムがシーンの頂点に立たなかったことを意味している。もちろん、グッチ・メインやワカ・フロッカ(磯部くんがレヴュー予定)など、それらが衰えたわけではないし、数ではきっと適わないはずなんだけど、それでも、ブラック・マッチョがその年の顔にならなかったということはヒップホップが誰のものであるかを考えさせる契機にはなりうる。ドレイクの過剰なセンチメンタリズムもさることながら、ミナージュは若い女の子たちに「セックス・アピールは必ずしも人生に必要なものではない」というメッセージを放ち、マッチョイズムとそれを補強するシステムに大きな打撃を加えている。リル・キムが焦りまくってミナージュをディスまくっているのも仕方がないというか、もしかしたらここ何年かで何かが大きく変化する可能性もなくはない(ミナージュに関して詳しくは近刊『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク篇』を参照)。
 肩の力が抜け切ったカレンシーの存在感はそのような地図の中にあって、やはりマッチョイズムに対してボディブローを効かせる位置にいる。フラジャイルでどこか幻想的な導入からブルージーで退廃的な曲の数々を聴き進めるうちに、いつの間にか不信感で固まったような静けさへと落ちていく。ヘルツォークが『バッド・ルーテナント』で描いたようなヴィコディン漬けのニュー・オーリンズではなく、それこそ洪水の底に沈んだJ・G・バラードの終末観が似つかわしい。実にクールである。前作よりも格段にスタティックな仕上がり。

「マッチョではない」といえば、ECDが神戸のPOPOとジョイントした『ECDPOPO』もあまりに腰砕けで、いわゆる脱力の極を行っている。トランペット2にオルガンという構成のPOPOがまずは墨絵のようにミニマムで、恐れ入るほど音数が少ない。自己主張のない音というのは日本ではひとつの様式美のようになっているところがあり、何かを伝えようとするのが音楽なんだから、違和感を感じることも少なくはないのだけれど、これにECDのラップがのることで、まったく印象は異なってくる。ヤング・マーブル・ジャイアンツのような空間認識。ECDのラップが留守番電話に残されたメッセージのように必要なことを語り掛けてくる。大事な要件を。コソコソと。......あのバンドを思い出す。思い出さない。忘れよう。忘れない。
 "ROCK IN MY POCKET"や"関係ねーっ!"といったお馴染みの曲があからさまな厭世観を剥き出しにし、新たなインパクトとともに僕の体内へと侵入してくる。そして、全8曲が終わっても「メッセージは以上です」とはいってくれない。メッセージはまだほかにもあるらしい。

[soul & dubstep] - ele-king

 2010年の2月にアルバム『アイム・ニュー・ヒア(I'm New Here)』で素晴らしい復活を果たした詩人、ギル・スコット・ヘロンだが、来年早々そのリミックス・アルバムのリリースが予定されている。しかも......アルバムをすべてをザ・XXのジェイミー・XXがリミックスするという企画だ。

 たしかに『アイム・ニュー・ヒア』は、ブリアルをはじめとするダブステップからの影響を取り入れていた作品だったけれど、それを丸ごとジェイミーが手を加えるとなると話はまた別だ。彼が2010年の来日時にDOMMUNEでプレイしたDJは、現在のUKのダンス・サウンド(ダブステップ、ファンキー、グライム、ウォンキー)を親切に手際よくパッケージしたもので、僕にとっては忘れがたいものだった。

 まずは手はじめに"NY・イズ・キリング・ミー"のリミックスが届いている。さあ、聴いてくれ。UKファンキー以降のビートを取り入れたこの音を聴いてしまったら......君はジェイミーのビートとスコット・ヘロンの声から逃れられなくなるだろう。

 

Primal Scream - ele-king

 プライマル・スクリームの『スクリーマデリカ』が発売されたのは1991年のことだ。1990に先行してリリースされた「ローディッド」と「カム・トゥゲザー」をリアルタイムでチェックしていた僕は、この2枚の時点で面食らっていた。ファースト・アルバムでは12弦ギターの美しいアルペジオを中心とした60'sサイケデリック、セカンド・アルバムではMC5やザ・ストゥージズのようなガレージ・パンクだったプライマル・スクリームだが、それらのシングルではハウスのビートを取り入れていた。そして、それが唐突に思えなかったのは、海の向うのイギリスではなにかとてつもないことがおきていることを感じとっていたからだった。

 1987年のスミスの解散から1996年のオアシスの『モーニング・グローリー』がリリースされ、そしてブリットポップが終わるまでの10年は日本のUKインディ・ロック・ファンにとって幸せな時代だった。多くの新人バンドは最初の数枚のシングルで注目されると、すぐに国内盤のリリースが決まっていた。来日するタイミングも早かった。来日はおろか、もはや国内盤もめったなことではリリースされない現在の状況とは大きな違いだ。その10年のあいだは、日本とイギリスの距離はいまより近かったのである。
 ニューウェイヴやネオアコ、ギター・ポップのシングルを毎週チェックしていた僕は、スミスのデビュー以降、どこかすっきりしない空気に息苦しさを感じていた。しかし、1988年のストーン・ローゼズの「エレファント・ストーン」をはじめ、インスパイラル・カーペッツの「プレイン・クラッシュ」やハッピー・マンデイズの「W.F.L」あたりから、いままでとは違う空気を感じていた。そしてその翌年、ストーン・ローゼズのデビュー・アルバムが発売されてからというもの、新しいスタイルの12インチ・シングルが都内のレコード店の壁を変えていった。
 僕が初めてロンドンに行ったのもこの時期だった。1989年の12月、ヴァージン・メガストアもタワーレコードもHMVも、壁一面がストーン・ローゼズの「フールズ・ゴールド」、808ステイトの『90』、ソウルIIソウルの「キープ・オン・ムーヴィン」、そしてデ・ラ・ソウルの『3フィート・ハイ・アンド・ライジン』で埋め尽くされていた。ダンスの季節が到来したのだ。
 1990年になると、僕は毎週2回はZEST、WAVE、CISCOそれにLiverpool、レコファン、Vinylなど渋谷、新宿のレコード店をぐるぐる回った(まさかHMV渋谷がなくなる日がくるとは夢にも思わずに)。あの時代、同じようにレコード店を回遊していた人は少なくない。
 『スクリーマデリカ』に収録曲された4曲、"ローディッド""カム・トゥゲザー""ハイヤー・ザン・ザ・サン""ドント・ファイト・イット、フィール・イット"は、そんな毎日のなかで巡り会った。当時はまだイギリスでなにが起こっているのか知るための情報源はなかった(もちろんインターネットなど一般的ではなかった)。レコード店の棚にならんだ12インチ・シングルと『NME』が頼りだった。幸せな時代だったのかもしれない。何が起きているのか想像することがほんとに楽しかったから。
 "ローディッド"と"カム・トゥゲザー"の幸福な肯定感、"ハイヤー・ザン・ザ・サン"のダブとハウスのサイケデリック、"ドント・ファイト・イット、フィール・イット(闘うな、感じろ)"のソウルフルなダンス......。アンドリュー・ウェザオール、ポール・オークンフォルド、テリー・ファーリー、ジ・オーブ、ボーイズ・オウン、アシッド・ハウス、エクスタシー......そしてクラブ・カルチャー。

 そしてあれから20年が経った。『スクリーマデリカ』はスタイルがころころ変わるプライマル・スクリームの作品のなかで、もっとも時代の空気をパッケージしたアルバムだ。当時は5曲が発表済みの音源だったこともあって、寄せ集めのアルバムという評価もあったが、いまになって思えば、だからこそ優れたアルバムなのだ。アルバムを作るためにレコーディングされたのではなく、1曲1曲彼らが突っ込んだパーティで気付いたアイデアを随時形にしていく過程がはっきり見てとれるからだ。今回の渡英ではボーイズ・オウンのテリー・ファーリーにこの時代のことを詳しく取材してきた、いずれアップするのでチェックして欲しい。
 

 11月26日、20年目の"スクリーマデリカ・ライヴ"。当日は本格的な寒波がイギリスを包んで、本格的な冬のはじまりとなった。会場のオリンピアは幕張メッセのような展示場で、コンクリートの床に高い天井を擁している。
 開演が7時半と書かれていたので、7時過ぎに会場に着いたのだけれど、場内にはまだほとんど人がいなかった。8時を過ぎたところでステージにメンバーが登場するものの、会場はようやく半分強が埋まっている程度だった。
 それでもバンドは演奏をスタートする。前半は『スクリーマデリカ』以降のヒット曲中心の構成だったが、どうも盛り上がりに欠ける。"カントリー・ガール"や"ジェイルバード"、そして"ロックス"、オーディエンスは余裕でビール買ったり、待ち合わせの相手に電話したり、てんでばらばらにその場所にいる。
 いままで何度も見ているロックンロールなプライマル・スクリームによる40分程度のステージがまるで前座のようにあっけなく終了する。そしてアンドリュー・ウエザーオールのDJらしき音が小さく流れはじめる。途中でチアメン・オブ・ザ・ボードの1974年のアルバム『スキン・アイム・イン』に収録の"モーニング・グローリー"から続く8分のメドレーが流れる......この高揚感のあるソウル/ファンクはウエザーオールが『スクリーマデリカ』制作時の参考にした曲としてラジオ番組で紹介していた。
 

 コズミックなソウルが鳴り響くなか、ステージ全面のスクリーンに『スクリーマデリカ』の巨大なロゴが映される。ステージ上手には6人編成のゴスペル・コーラス、下手には4人編成のブラス・セクションを従えて、メンバーが登場する。アンドリュー・イネスが"ムーヴィング・オン・アップ"のイントロを弾き出す。場内からは大歓声があがり、観客の様子は打って変わって、どんどん前に突進する。そして大きな会場は一瞬にしてパーティ会場へ変貌した。
 
 誰もがこの瞬間を待っていたといわんばかりに弾ける。あっけにとられていた僕も思わず笑い出してしまった。バンドのメンバーにもわかっていたようで、演奏の熱がまるで違う。ボビーも踊り、オーディエンスを煽る。
 2曲目の"スリップ・インサイド・ディス・ハウス"のダンス・ビートがはじまった。去る4月にベーシストのマニはこう話している。「『スクリーマデリカ』は打ち込みの曲をカラオケのように使うのではなく、当時のマルチテープから、それぞれのパーツを抜き出して、ちゃんとライヴでやるためにアレンジをするんだよ」。"スリップ・インサイド・ディス・ハウス"は過去、ライヴ演奏はしていないはずだ。
 3曲目の"ドント・ファイト・イット、フィール・イット "でデニス・ジョンソンが登場する。彼女が「ラマラマラマ・ファファファ~」を歌うとフロアはどよめき、ティンパレスのフィルからキックとベースが入るとはやくも肩車があちこちで立ち上がる。僕も自然と笑いがこみ上げてくる、こんな楽しさまったく想像してなかった。
 4曲目はアルバムの曲順なら"ハイヤー・ザン・ザ・サン "だが、ここで"ダメージド"、"アイム・カミン・ダウン"、そして"シャイン・ライク・スターズ "とバラードが続く。90年代初頭のパーティ・ライフのアフターでチルアウトするために良く聴いた曲がいまはライヴで演奏されている。
 続いて"イナー・フライト"、ステージ後方の巨大なスクリーンがサイケデリックに変化する。洗練された映像が曲にあわせて揺らめいてゆく。僕がこの音とヴィジアルのほんとうの意味を知ったのは『スクリーマデリカ』の発売から5年後だったけれど......。

 ここまで来るともうあとは3曲しか残っていない、"ハイヤー・ザン・ザ・サン"のイントロが響く、鼓動のようなキックとオーロラのようなシンセがすべての感覚をさらってゆく。宇宙に投げ出されてしまったような浮遊感のなかでボビーのヴォーカルがもう戻れなくてもいいと言っているように聴こえる。あまりのトリップ感のなかで呆然としていると"ローデッド"のサンプリングが静寂を破る。コーラスが高らかに歌われ、ホーンセクションが鳴る。もうこの最高のパーティもあと2曲で終わってしまう......。
 "ローデッド "は伝えてくれている、「それははじめからわかっていたこと、終わりであり、はじまりでもある」、そんな答えにならない問いかけが心にこだまする。まわりは仲間同士で肩を組んだり、抱き合ったり、思い思いにたしかめ合っている。
 ラストの"カム・トゥゲザー"はもうはじめから大合唱だった。この曲で歌われている通りのフィーリングのすべてが溢れている。20年前のプライマル・スクリームがセカンド・サマー・オブ・ラヴの歓喜に素直に飛び込んだように。
 "カム・トゥゲザー"が終わって会場内には明かりが付く。それでもオーディエンスの合唱はやまない、会場の外に出て、通りの向かいにあるパブでは外まで人が溢れながら、そしてここでも合唱している......。

「キスして/どうかどうかキスして/僕を持ち上げて、世界の外側に出して欲しい/トリップさせて/どうかどうか僕をトリップさせて/僕を持ち上げて、星に乗せて欲しい/いまや僕たちは完璧に自由/さあ、おいで/僕に触って/それがありあまるほどのすべてだ」"カム・トゥゲザー"

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