「Nothing」と一致するもの

20 Guilders - ele-king

 ユーロ貨幣がなかった時代のオランダ旅行のとき、ギルダー紙幣の鮮やかなデザインに感心した。20ギルダーで何が買えたか思い出せないが......とにかくギルダーのお札は綺麗だと思った。とくにヒマワリがデザインされた黄色い紙幣が好きだった。やけにサイケデリックに見えた。
 日本では、サイケデリック・ロックはあらかじめアンダーグラウンドであることを強いられている。いま思えば90年代が特別だったのかもしれない。ボアダムス、コーネリアス、あるいはスーパーカーなど、彼らはポップフィールドでそれをやったものだった。が、基本的にサイケデリック・ロックは表舞台には出てこない。例えばの話、ドラッグ・カルチャーに関しては語ることさえ気兼ねされ、そうならざる得ない空気がこの国にはたしかにある......が、しかし、そんな抑圧のなかでもサイケデリック・ロックへの情熱がこの国からなくなったことはない。

 これは田畑満とスズキジュンゾによる20ギルダーズによる正式なファースト・アルバムだ。そのアートワークが60年代の、ローリング・ストーンズやスモール・フェイセイズで有名なUKのレーベル〈デッカ〉のパロディになっていて、CDの盤面にもモノラルが一般的だったあの時代の「STEREOPHONIC SOUND」という表記がデザインされている。実際アルバムの音はザ・バーズ(というか、ストーン・ローゼズといったほうが若い人には通じるか......)を思わせる"片翼の影"や"エマニュエルは別"、西岡由美子(Americo)のコーラスをフィーチャーした、60年代のローリング・ストーンズを彷彿させる"ストロベリー・キッス"など......キャッチーな曲が並んでいる。ふたりのギタリストは打ちひしがれながらおかしみのある言葉で60年代後半のサウンドを21世紀の日本の風景に落とし込むが、それはこのアルバムの前菜である。
 メインディッシュは、それぞれが演奏するギターが黄昏時の雲のように柔らかく重なる"デアー・パピ"、あるいは息を呑むほど美しいアコースティック・ギターの掛け合いによる"震える声、沈む部屋"あたりだろう。これらは......喩えるなら、大衆居酒屋をコーヒーショップに変換するかのような、素晴らしい陶酔を運んでくれる。とくに"震える声、沈む部屋"は最高のアシッド・フォークで、この曲が収録されているだけでもアルバムには価値があると言えるだろう。そして真のクライマックスは"風が"という曲だ。ラッパーが描写する都市生活者の孤独な叙情を彼らはサイケデリック・ロックによって表現していると思われるこの曲は、本物のボヘミアンとして生きる彼らのコズミック・ブルースのようだ。エモーションを全開にしたギターが、街を吹き抜ける風のように舞っている。最後の"母の日のアダム"はアルバムの締めくくり相応しい、チルアウトなフィーリングのフォーク・ソングである。ちなみにCDのインナーには居酒屋でポーズを取るメンバーの写真があるが、これは......間違ってもパブ・ロックの類ではない!

 アシッド・マザーズ・テンプルSWR&梅津和時による『サックス&ザ・シティ』も、この国のサイケデリック・アンダーグラウンドの底力を見せつける1枚だ。AMT&SWRは、ボアダムスと並んでアニマル・コレクティヴやブラック・ダイスなどブルックリンのシーンに影響を与えたルインズの吉田達也、想い出波止場のベーシストであり、赤天やZoffyなど多数のユニットに参加している(夏の間は山小屋の管理人をしてるという)津山篤、そして(ATMの中心人物として知られる)河端一という強力な3人によるプロジェクトで、サックス奏者の梅津和時を加えたここでの演奏は、リスナーをフリー・ジャズとサイケデリックのカオスの海へ放り投げる。
 その恐るべき『サックス&ザ・シティ』は2009年のライヴ演奏を吉田達也が編集/カットアップした作品で、全8曲にはその緊張感が巧妙に刻まれているようだ。いわばコズミック・ミュージックのハードコア・ヴァージョンのような趣があり、アルバムのアートワークには20ギルダーズ同様にユーモアがあるものの(2ndアルバム『Stones, Women & Records』のエロティックなジャケの続編)、それって猫を被っているんじゃないのかと疑いたくなるほど音からはすさまじい熱量を感じる。あるいはそれは、ストラッグル・フォー・プライドのエネルギーとも交わるような激しさを持っているけれど、とにかく僕がこのアルバムを聴いて鼓膜に焼き付けられるのはビートだ。それはバンド全体が醸し出すうねるようなリズムで、若い人がこれを聴いたらバトルズでさえも可愛らしく思えてしまうかもしれない。音が怪物のように暴れているのである。

 情報筋によれば、現在はサイケ奉行というバンドが注目株のひとつだそうだ。ギター&ヴォーカルに津山篤、ベースが20ギルダーズをリリースした〈Gyuune Cassette〉レーベルの須原敬三、鍵盤がPARAの西竜太、ドラムがボガルタ(元ZUINOSIN)のNANIというメンツで、サイケデリックと時代劇との華麗なる融合が聴けるという。そのコンセプト自体がサイケデリックとも言えるのだが、僕は昔、ロックの醍醐味とはサイケデリックにあると信じ、そしていまでもそう思っているところがあって、まあ、なにはともあれ、この殺伐とした国でもサイケデリック・サウンドがこうして動いていることを素晴らしく嬉しい事実であると感じます。裸のラリーズの膨大なコレクションを自慢する松村正人を差し置いてこんなことを言うのもおこがましいのですが......。

Gil Scott-Heron - ele-king

 ギル・スコット・ヘロンでもっとも好きなアルバムは、僕の場合は『ウインター・イン・アメリカ』(1974年)だ。コモンをはじめ多くのアーティストに引用されたアップリフティングな『イッツ・ユア・ワールド』(1976年)や名曲"ウィ・オールモスト・ロスト・デトロイト"を収録した『ブリッジ』(1977年)も大切なレコードだし、初期の3枚は言うまでもなく捨てがたいけれど、1枚だけ選べと言われたらブライアン・ジャクソンといっしょにやった"冬"を選ぶ。理由は、9.11直後に初来日を果たしたムーディーマンがライヴにおいてこのアルバムを引用したからで、そのときの強烈な印象がある。世界は本当に冬を迎えている。お先は真っ暗である。シスターズ&ブラザース、この世界は最悪である。ギル・スコット・ヘロンとムーディーマンは執拗にそう語りかける。しかもタチの悪いことにそのダウナーな音楽は、おそろしくユーフォリックである。

 『ウィ・アー・ニュー・ヒア』は、1年前にリリースされた16年振りのアルバム『アイム・ニュー・ヒア』のリミックス盤だ。リミックスを担当したのはザ・XXのDJ/トラックメイカー、ジェイミー・XX。『アイム・ニュー・ヒア』が、『イッツ・ユア・ワールド』のようなジャズ・ファンクのスコット・ヘロンなどではなく『ウインター・イン・アメリカ』的な低空飛行だったから、そのアルバムとザ・XXの音楽を知っている者からすれば決して突拍子のない人選ではない。"私は新しくここにいる"という言葉を思えば、20歳を越えたばかりの才能あるロンドンのDJにリミックスを託すというのは、未来があるという意味において良い企画だと思う。スコット・ヘロンは好きだがザ・XXなど知らないというオジサンたちには刺激が強過ぎるかもしれないけれど、ザ・XXは好きだがスコット・ヘロンを知らない若いリスナーにとっては興味深いアルバムとなっている。実際のところ昨年末、このサイトで"ニューヨーク・イズ・キリング・ミー"の(リミックス・ヴァージョンの)PVを流したらずいぶんと反響があった。「ニューヨークは私を蝕んだ/私は生きながら死んでいた」と回想するその孤独な曲のバックは、ポスト・ダブステップ的な展開のビートに差し替えられ、カウンター・カルチャーの時代を生きた詩人による『アイム・ニュー・ヒア』はブリアル以降の最新の"冬"の音楽と接続した。

 結論から言えば、『ウィ・アー・ニュー・ヒア』は素晴らしい......本当に格好いいアルバムだ。情熱的で、ファッショナブルでもある。ジェームス・ブレイクのデビュー・アルバムにとって最強のライヴァルがいるとしたらこのリミックス盤かもしれない。アルバム冒頭の"アイム・ニュー・ヒア"はポスト・レイヴ・カルチャーの廃墟のなかでずしんと重たいベースを響かせる。"ホーム"の暗いダブ、"ラニング"の重量級のダブステップ、スコット・ヘロンがかすれた声で歌う"マイ・クラウド"ではゲットー・テックめいたビートを試み、"ザ・チャーチ"はブレイクビーツ、"ユア・ソウル・アンド・マイン"ではミニマル・テクノの高揚感を取り入れている。つまりアルバムは、昨年のドミューンでみせた見事なDJプレイそのもので、タイトルが主張するようにすべてが"新しくここにいる"。

 2009年5月の『ガーディアン』に「私たちが忘れた反抗と政治の歌」という記事があった。そのなかの1曲に、スコット・ヘロンのもっとも有名な"ザ・レヴォリューション・ウィル・ノット・ビー・テレヴァイジット"が紹介されている。当時の北米の街中で勃興したブラック・パワーと深く共振したその曲は、本当に切実な民衆蜂起はテレビでは放映されないと告げた。つい先日のエジプト市民による民衆蜂起がリアルタイムで伝えられなかったように......ある意味、いまでもテレビほどアテにならないものはない。およそ40歳も年下の青年の手によって再構築された『ウィ・アー・ニュー・ヒア』を聴いていると、スコット・ヘロンの言葉は21世紀になっても必要とされているのだと痛感する。

いつも走りたくなる
逃げてるんじゃない
逃げ場なんてない
あるのならとっくに見つけていた
なぜ走るのか、走ることのほうが容易いからだ
"ラニング"

Twin Shadow - ele-king

 チルウェイヴと呼ばれる動きに自分はやや微妙な距離を置いているのだが、やはり気になることには変わりない。本来ならばどんな好きな音を鳴らしても許されるであろう現在のアメリカのシーンに、これだけシンセ・ポップが溢れかえっているのはちょっと異様なことであるように感じつつ、しかしひょっとしたらこのなかから飛び抜けた存在が現れるかもしれない......という予感も覚えるからだ。

 ツイン・シャドウを名乗るドミニカ共和国生まれでフロリダ育ちのジョージ・ルイス・ジュニアも、そんな期待を抱かせるひとりである。そのファッションとか作っているヴィデオ(とくに"スロー")とかを見て、これはゲイ的なセンスではないだろうか......と勝手に思っていたのだが、ガールフレンドがいたとかいるとかでどうもそうでもないらしい。意識的に参照しているということかもしれない。ゲイ的な感性の持ち主のノンケというのはときどきいるが、とにかく乱暴に言えば、ツイン・シャドウはそのキャラの濃さにおいても目立っている。実際のところ、チルウェイヴには音の厳密な定義がないわけで、このような個性を何となくそこに埋もれさせてしまう危険性があるとも言える。

 宅録による80s風シンセ・ポップという観点から言えばまさしくチルウェイヴそのものなのだが、グリズリー・ベアのクリス・テイラーがプロデュースをしていることもあり、もちろんハイファイではないがロウファイであるようにもさほど感じない。リズムの音の質感や音の強弱がしっかりと際立たせられており、ポップ・ソングとしての体裁がきちんと整えられているのだ。洗練されてもいる。そしてシンセ・ディスコ・ビートが刻まれるなか、ジョージ・ルイス・ジュニアがアクの強い歌声でエモーショナルに歌い上げる......それはよく言われるようにたしかにモリッシーを連想させるものだが、音域によってはデーモン・アルバーンのように聞こえる箇所もある。いずれにせよ、フロリダの明るい空ではなく、英国の曇天を思わせる歌である。モリッシーがザ・スミスと同時代のシンセ・ポップで朗々と歌っているようなものだ。それがブルックリンから出てくるというのが、実に2010年らしい話である。
 物憂げにシンセの和音が漂うオープニング"タイタンド・デストロイド"では恋人との別離を嘆き、うっとりするように心地良い"ホエン・ウィ・アー・ダンシング"では「お願いだから私たちが踊っているあいだは放っておいて」とコミュニケーションを拒絶し、ニューウェイヴ色がかなり強い"スロー"では「僕は愛なんて信じたくない、恋もしたくない」と歌い上げる。ファンキーな"シューティング・ホールズ"も同様にアンニュイで......かなりの部分でアルバムはメランコリーやセンチメントに支配されている。それは伝統的な〈4AD〉の音とも繋がっているものだ。それを雰囲気に流されることなく、当たり前にポップ・ソングとしてエモーショナルに響かせることに徹していることこそが本作の魅力だろう。そう、失恋や別離の悲しみに耽溺するための、昔ながらのポップ・ソング......。少なくとも僕にとって、これはチルアウトのための音楽ではない。気持ち良くまどろむのでもなく、もちろん現実に向かっていくのでもなく、それとはまた別のところで、自分のか弱さや後ろ向きな感情を許すためにこういう音楽を欲するときがたしかにある。

 なかには"イエロー・バルーン"のように比較的明るさを感じるナンバーもあるが、それにしても「さあみんな 思い切りハメを外すんだ/太陽の光に顔をさらさないようにして」という、夜の月の光のもとでの明るさなのだ。あるいは、"フォー・ナウ"における「君が去っていった日よりも晴れていた日なんてあっただろうか?」という呟きのように、晴天はむしろ悲しみを助長するものとして呼び覚まされる。それらの感傷は、このツイン・シャドウに辿り着くまでに彼が失った様々なものを反芻したことの表れだろう。ベストはラストのタイトル・トラック"フォーゲット"。穏やかな温かさに包まれたこのバラッドで、彼は「これがそのすべて/これが僕の忘れたいと思っているすべてだ」と、過ぎ去ったものをゆっくりと葬送することを願望しながらアルバムを終わらせる。このデビュー作は、ジョージ・ルイス・ジュニア個人のベッドルームでの感傷に決着をつけるものとして本人に機能するのではないだろうか。そしてそれは、聴き手にも作用するかもしれない。
 とすると、ツイン・シャドウはチルウェイヴに片足を突っ込みながらも、完全にそこにいるとはやはり断定しにくい。ヴァリエーションのひとつだと言われてしまえば現時点ではそれに反論しきれない音ではあるが、今後は80s風のシンセ・ポップを離れる可能性も十分に考えられるし、別のところに向かうべき人だと思う。他の音を手に入れることで、もっと複雑なエモーションを歌う術を身につけていくことだろう。それまでは、僕たちはこの『フォーゲット』を聴きながら己のセンチメントに浸ることを許されている。新しい場所に進む前の、最後のモラトリアムのようなアルバムだ。

HAIIRO DE ROSSI / Goodbye Kidz HipHop - ele-king

 2011年、音楽における"プロテスト"は何処にいった? 何処にもいかない。ここにある。シミ・ラボに引き続き、ele-kingが注目する若手ラッパー、ハイイロ・デ・ロッシの新曲。昨年末話題となったポリティカル・ラップ「WE'RE THE SAME ASIAN」以来の新曲で、彼は今日の日本のドラッグ・カルチャーのネガティヴな側面を容赦なく浮き彫りにしている。
 今週末に、二木信による彼のインタヴュー記事がupされます。乞うご期待!

DRUM & BASS SESSIONS 2011 "BUKEM IN SESSION" - ele-king

 ドラムンベース・シーンのビッグパーティー"BUKEM IN SESSION"が2年振りに日本で開催決定! ドラムンベースの神様と称され、90年代にエレクトロニック・ミュージック界を席巻した歴史的名曲"ミュージック"、"ホライズン"でその絶対的地位を確立した超大物が待望の再来日を果たす。ジェフ・ミルズと双璧を成すその圧倒的な存在感とテクニックを要し、DJシーンの主流がデジタルに移行するなか、ひたすらアナログ、ヴァイナルにこだわり続ける孤高の天才ブケムがMCコンラッドと繰り広げる究極のDJパフォーマンス、それが"BUKEM IN SESSION"。当日は、"DBS"15周年カウントダウン第一弾目の幕開けに相応しくブケムの4時間を越す東京オンリー・プレミアム・ロングセットを披露。前回の公演では、すさまじい集客動員を記録、DBSの新たなレジェンド・ナイトに記憶され、今回も最高の一夜になること間違いなし。
 脇を固めるのが、UKの人気ドラムンベース・レーベル〈W10〉主催でアジムスをリミックスした「The Brazil Project」(Far Out)も話題のダニー・ウィーラー、日本からはシーンを代表するDBSのトップレジデントDJで本サイトの連載でもお馴染みの3デックス・マスター、テツジ・タナカが強力サポート。
 さらにサルーンでは"AUDIO SUTRA SOUND"主催でジャズ・ブラザーズの"ヤマ"主導によるメインフロア級のラインナップを揃えたダブステップ・ナイトを開催。テクノ層のみならず、全エレクトロ二ック・ミュージック・ファンにオススメする必見のユニット公演。混雑が予想されるのでお早めにご来場を!
experience for the next level....free spirit!

Drum & Bass Sessions 2011
"Bukem in Session"

feat.
LTJ BUKEM feat. MC CONRAD
DANNY WHEELER
TETSUJI TANAKA

vj: laser : SO IN THE HOUSE

B3/SALOON : AUDIO SUTRA presents
SAHIB A.K.A.YAMA/DJunsei/DJ Nu-doh /Nick Stone + MILI / MAMMOTHDUB

https://www.dbs-tokyo.com
https://www.unit-tokyo.com

2011. 2.12 (SAT) @ UNIT
open/start 23:30
adv.3500yen door 4000yen


LTJ BUKEM (Good Looking, uk)

"Music"、"Horizons"をはじめとする歴史的名曲を生み、ドラム&ベースを創造したパイオニア、そしてオリジナルなサウンドと超絶的なテクニックで進化を続ける至高のDJ。91年の設立以来、スピリチュアルかつエモーショナルな独自の音楽宇宙を創造するGood Looking Recordsを主宰し、多くの才能を世に送り出す。2000年の1st.アルバム『JOURNEY IN WARDS』は偉大なるブラックミュージックのエッセンスをテクノロジーで昇華し、21世紀のソウル・ミュージックを逸早く提示する。レーベル運営においては『EARTH』シリーズ、サブレーベルCOOKIN'等、ドラム&ベースにとどまらない多様なアプローチを見せ、LTJブケムの世界は拡がり続ける。そしてDJとしてMCコンラッドと共に世界各国をツアーし、今日のグローバルなドラム&ベース・ムーヴメントに最大級の貢献を果たし、シーンの最前線に立ち続けている。08年の"Switch"、09年の"Atmospherical Jubilancy"と新曲の発表もあり、アルバムリリースが待たれる。最新MIX CDは『FabricLive 46』(09年)。
またGood Lookingから新たにMIXシリーズ『MELLOW YELLOW』がはじまる。
www.myspace.com/therealdannyltjbukem

MC CONRAD (Good Looking, uk)

ヒップホップ・シーンでの活動を経てLTJブケムと知り合い、以来20年近く活動を共にしてきたMCコンラッド。絶妙にコントロールされたハイテンションなMCでクラウドに深いインスピレーションを与える彼の存在は〈Good Looking〉のパーティ"PROGRESSION SESSIONS"に不可欠なものとなり、世界各国で熱烈な支持を受けている。自身のプロジェクト/レーベル、〈WORDS 2 B HEARD〉を主宰し、ドラム&ベースにおけるMC/ヴォーカルをアートフォームに進化させている。 代表的なレコーディング作品に『VOCALIST01』、『LOGICAL PROGRESSION -LEVEL4』があり、彼のオリジナル・スタイルが堪能できる。MAKOTOとの"Golden Girl"、TOTAL SCIENCEとの"Soul Patrol"、FURNEYとの"Drum Tools"等のコラボレーションも話題を集めた。
www.myspace.com/mcconradw2bh

interview with Alex Paterson - ele-king


オーブ
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 「コケコッコー」からはじまるのが『アドヴェンチャー・ビヨンド・ジ・ウルトラワールド』だ。もういちど言うが、あれは、不衛生なレイヴ会場のラヴインにとっては完璧なBGMだった。"リトル・フラッフィ・クラウズ"は20年後のいまも名曲であり続けている。
 ハウスとヒップホップのブレンドで設計されたその音楽は、当時、いちぶの批評家からは「レイヴ世代のピンク・フロイド」などと評されていた。『ウルトラワールド』が発表された1991年の前の年には、アレックス・パターソンが関わったザ・KLFの『チルアウト』が話題となっているが、そのアートワークはピンク・フロイドの『原子心母』のパロディだった。また、『ウルトラワールド』では『アニマルズ』のジャケットのモチーフとなったバターシーの発電所が極彩色に染まっている(ガトウィック空港から電車でロンドン市内に入るとその脇を通るので、初めて見たときは「お、ピンク・フロイド!」、と思ったものだった)。さらにまた、リミックス・アルバムの『ジ・ウルトラワールド・イクスカージョンズ』では発言所が宙でひっくり返っている。"バックサイド・オブ・ザ・ムーン"という曲名もある。ライヴ・アルバム『ライヴ93』では羊が空を飛んでいる。つまり......人がオーブとピンク・フロイドを関連づけてしまうのも無理のないことだった。
 だが、多少なりともオーブの音楽に遊んだことのある人なら、アレックス・パターソンの背後にあるのがパンクとダブ、ハウスとテクノ、もしくはヒップホップであることを知っている。彼はスティーヴ・ヒレッジと何度も共演しているが、基本的に彼はヒッピーが嫌いな元パンク野郎だ。ゆえにオーブにとって11枚目のオリジナル・アルバム『メタリック・スフィアーズ』にデヴィッド・ギルモアが参加しているという事実は、すんなり納得できるものではないけれど、充分に興味を抱かせる話ではある。
 もうひとつ『メタリック・スフィアーズ』において興味深いのは、アレックス・パターソンにしては珍しく、ストレートに政治性が出ていることだ。そもそもデヴィッド・ギルモアに誘われて参加したという、アメリカ政府に告訴されたイギリス人のハッカーを支援するチャリティ・ソング"シカゴ――チェンジ・ザ・ワールド"を契機にはじまったのが今回のプロジェクトだ。こうした経緯を思えば当たり前かもしれないけれど、どちらかといえば世界を斜めに見ていたオーブのアルバムから「君が正義を信じるなら/君が自由を信じるなら/人間はそれぞれ人間らしい暮らしをすればいい」などという直球な言葉が聴けるのは、感慨深いといえば感慨深い。ピンク・フロイドからの誘いには乗りたくなかったけれど、その政治的な目的において同意し、その結果、オーブとデヴィッド・ギルモアのコラボレーションは実現したと、それが本当のところだろう。そしてそれは悪くない結果を生んだ。前作の『バグダッド・バッテリーズ』と比べると、欧米のメディアの評もすこぶる良い。
 
 『メタリック・スフィアーズ』の音楽には、10年以上におよぶオーブの音楽旅行(ダブ、サイケデリック、エクスペリメンタル、ドラムンベース、デトロイト・テクノ、ポップス、ミニマル・テクノ......)において、昔ながらのチルアウト部屋に戻ってきたようなレトロな感覚がある。全2曲のなかでは、アレックス・パターソンが得意とするダブのベースラインが響き、ハウスの催眠ビートが脈打っている。ドアを開けると汚いレイヴァーがストーンしている......まあ、自分もそのなかのひとりだったわけだが、その懐かしいレイヴな感じは、デヴィッド・ギルモアのメロウなギターの音色によってさらに強度を増している。
 あるいはこういう言い方もある。『ウルトラワールド』はポップ・アート的だったが、『メタリック・スフィアーズ』はエモーショナルな作品だと。メランコリックなはじまりがあり、平和な場面があり、アップリフティングな展開がある。それがこのアルバムの魅力で、部屋でかけていると気分を上げてくれる理由だ。
 去る1月20日、ライヴ公演のため日本に到着したばかりのアレックス・パターソンに会って、話を聞いた。肝心なところのいくつかは、例によって、曖昧にされてしまったけれど、少々疲れ気味だったアンビエント・ハウスのドクターは、基本的には最後まで真摯に語ってくれた。

『メタリック・スフィアーズ』は棺桶に釘を刺すための釘のうちの1本。帽子に付ける羽根のうちの1本である。もしくは、終わりのはじまりで、はじまりの終わりでもある。そしてギタリストをフィーチャーしたトリロジーのひとつでもある。

最初にオーブで来日したときにホテルで会っているんですけどね。細野晴臣さんのイヴェントに出たときです。およそ20年前ですかね。

アレックス:そのときのライヴのことはよく覚えていないんだけどね。

僕はよく覚えているんですけど、昼過ぎかな、あなたとスラッシュ(当時のメンバー)がジャックダニエルのボトルを片手に現れたことを(笑)。

アレックス:ジャックダニエル? 

覚えてない?

アレックス:覚えてない。

その次は『UFOrb』の頃かな。ポリドールというレコード会社の一室で取材して......。

アレックス:ジャックダニエルは?

そのときのあなたはコーヒーを飲んでいましたよ(笑)。

アレックス:それは良かった。ちなみに今日はジンジャエールだから。

ハハハハ。

アレックス:たまにジャックダニエルも飲むんだけど、日本ではほとんど飲まない。ちなみに僕の本当の最初の来日はジャックダニエルの前だよ。リヴェンジで来たのが最初だ。

ああ、そうでしたね。

アレックス:知ってるでしょ。ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーのベーシストだったピーター・フックのバンドだよ。

DJとして来たんですよね。

アレックス:僕は覚えているよ。なぜかって、そのとき僕は病気で、調子が悪かったから。だから覚えているんだよ。

なるほど。それでは質問をはじめたいと思います。あらためてお伺いしますが、『メタリック・スフィアーズ』は長いオーブの歴史のなかでどんな意味をもつ作品ですか?

アレックス:棺桶に釘を刺すための釘のうちの1本。帽子に付ける羽根のうちの1本である。もしくは、終わりのはじまりで、はじまりの終わりでもある。そしてギタリストをフィーチャーしたトリロジー(3部作)のひとつでもある。

トリロジーというと?

アレックス:ロバート・フリップ(1994年、FFWD名義の作品)、スティーヴ・ヒレッジ(1992年の「ブルー・ルーム」、1997年の『オーブリヴィオン』、2007年の『ザ・ドリーム』)、そして最後がデヴィッド・ギルモアになるわけだ。

なるほどー。棺桶の釘であり、帽子の羽根という比喩は、それだけ『メタリック・スフィアーズ』が重要な作品であるということを意味しているんでしょうか?

アレックス:違うね。もっとも重要なのはファースト・アルバム(『アドヴェンチャー・ビヨンド・ジ・ウルトラワールド』)だ。オーブとして自信を持って名作だと言えるのは、1991年に発表したファースト・アルバムだね。バンドがはじまるとき、デビュー作はつねにベストでなければならない。『ウルトラワールド』がなければ『メタリック・スフィアーズ』は生まれていなかった。『ウルトラワールド』にはクリエイティヴ面における100%の自由があった。レコード会社の人間から「ああいうのを作れ」「こういうのを作れ」などと指図されなかった。しかし、その後はいろいろと指示されるようになった......。

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1992年、ブリクストン・アカデミーでピンク・フロイドがライヴをやるときに、ニック・メイソンが「オーブもいっしょにやらないかい?」と誘ってくれたんだけど、僕は「ファック・オフ」と言って断った。「死ね」と。「俺はパンクなんだ」と言った。


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あなたがプロダクションに関わったと言われているザ・KLFの『チルアウト』と『メタリック・スフィアーズ』を関連づけることは可能ですか?

アレックス:『チルアウト』はKLFだよ。

部分的なんですけど、『メタリック・スフィアーズ』で、あなたのアンビエント・サウンドのうえにメロウなギターが入る箇所を聴いていると、『チルアウト』を思い出すんですよね、『チルアウト』はジャケもピンク・フロイドだし。

アレックス:オッケー、そういうことね。でも、『チルアウト』はサンプリング・ミュージックだよ。そういう意味では『メタリック・スフィアーズ』とぜんぜん違う。だから今回は、余計な(著作権をめぐる)トラブルも起きなかったからね。

なるほど(笑)。まったく違いますか?

アレックス:うん。アンビエントという点では同じだけど、『チルアウト』はサンプリング・ミュージックで、『メタリック・スフィアーズ』は演奏している。そしてKLFはビル・ドラモンドとジミー・コーティによるもので、オーブは僕だ。僕はDJとして彼らにネタを提供した。そういう観点で言えば、2枚は完璧に違う。『メタリック・スフィアーズ』ではサンプリングによってプレスリーが歌うことはないけれど、ギルモアが本当に歌っている。

アレックス:(日本盤のライナーをしげしげと眺めながら)あれ、ここにもKLFと書かれているぞ!

歴史について書いているんですよ。『チルアウト』はたしかにKLFの作品だけど、あなたの存在が大きかったからですよ。

アレックス:実はわりと最近、KLFが100万ポンドのギャラを得て、その自叙伝が出版されたんだけど、本のなかで「どうやって『チルアウト』という名作が生まれたのか」という章があってね、そこに詳しく記されている。ビルとジミーから頼まれて、僕も当時の話を細かく喋ったから読んでみてよ。DJとしてトランセントラル・スタジオに招かれて、ひと晩10時間のセッションをやった。それをカットアップして、そして名作が生まれたという、その伝説が描かれているんだよ。ちなみに本のなかには僕とスティーヴ・ヒレッジとの出会いについても描かれているよ。ある晩、僕は6枚のレコードを同時にかけていたんだけど、そのなかの1枚がスティーヴ・ヒレッジのレコードだった。その場にスティーヴもいて、それでいい友だちになったんだよね。

なるほど。『メタリック・スフィアーズ』に戻しましょう。

アレックス:そうだね。

作品がリリースされて時間が経ちますが、反応はいかがでしたか? 

アレックス:ポジティヴで良い反応を得ているよ。

とくに面白かった感想があれば言ってください。

アレックス:メディアの評判も良かったんだけど、マイスペースを通して知った、購入者からの意見が面白かった。興味深いことに、北欧、あるいはチェコやポーランドのリスナーからの感想が多くてね......これもピンク・フロイドのおかげかな?

ハハハハ。

アレックス:ガイ・プラットってわかる? 

誰でしょう?

アレックス:ファースト・アルバムでベースを弾いている旧友だが、ロジャー・ウォーターズがピンク・フロイドを脱退したあとにベースを弾いたのが彼だった。今回のアルバムでキーパーソンがいるとしたら、彼だ。ユース、ガイ・プラッド、そして僕の3人は、子供の頃からの連れで、同じ学校に通っていたんだ。そんな彼がオーブのあとにピンク・フロイドに入って、今回のデヴィッド・ギルモアに繋がるわけだよ。

なるほど。

アレックス:実は、いちどだけピンク・フロイドをサンプリングしたことがあって、ジョン・ピール・セッションで"ア・ヒュージ・エヴァー・グローイング・パルセイティング・ブレイン"をやったときに"シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド"を使ったんだよね。当時その演奏がすごく好評で、リクエストは最多だったそうだ。で、サンプリングの許可を得なければならなかったんだけど、そのときもガイ・プラットが話を付けてくれた。そして......1992年、ブリクストン・アカデミーでピンク・フロイドがライヴをやるときに、ニック・メイソンが「オーブもいっしょにやらないかい?」と誘ってくれたんだけど、僕は「ファック・オフ」と言って断った。「死ね」と。「俺はパンクなんだ」と言った。これはいままで誰にも言ったことがない秘話だよ。面白い話でしょ?

ハハハハ。たしかに面白いですね。それでは、あなたとピンク・フロイドの関係をはっきさせたいので、敢えて訊きますね。あなたは子供の頃、ヒッピーが嫌いなパンクスでしたよね。パンクに傾倒し、ダブやレゲエが好きで、デトロイトやシカゴのアンダーグラウンドな音楽に関する知識が豊富なDJでした。しかし、『ウルトラワールド』では、ピンク・フロイドの『アニマルズ』のアートワークを引用しました。

アレックス:あの発電所は、たまたま同じ駅だったんだ。同じ街(バターシー)に住んでいたからああなったのであって、ピンク・フロイドの真似じゃないよ。クラフトワークだって発電所をアートワークに使っているよ。

"バックサイド・オブ・ザ・ムーン"という曲もあります。そして、多くの人はその音楽のなかにピンク・フロイドと共通するものを感じました。90年代初頭は、オーブはレイヴ世代のピンク・フロイドなどど形容されていましたよね。

アレックス:20年前の話だね。

そう、20年前の話。で、実際はどうなんですか? あなたとピンク・フロイドっていうのは。

アレックス:まったく興味がなかった。もし関連性があったとしても、それが売りになるとも思えなかった。しかし......当時乗らなかったボートに僕は19年目にして乗ってしまったわけだ。『メタリック・スフィアーズ』で残念なことは、すべてを自分でコントロールできなかったことだよね。

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地球をテーマに......どうやって地球ができたのかをテーマに僕がオペラを書いているんだけど、それと関連している。そのことがあって、『メタリック・スフィアーズ』というタイトルに惹かれたんだよね......そう、つまり......ああ、僕はパンク野郎じゃなく、ヒッピーだったんだ! いま気がついたよ!


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アルバムにおけるデヴィッド・ギルモアの役割はどんなものだったのですか?

アレックス:ギターを弾いた。

はい。

アレックス:あとヴォーカル少々、そして......消えた。

ハハハハ。

アレックス:アルバムがリリースされてから数か月後、(ギルモアと)共通の知り合いのサッカー選手と話す機会があったんだよ。そうしたら、彼がこう言うのさ。「デヴィッド・ギルモアがいままで作ったアルバムでいちばん楽だったと言っていたぞ」って。僕は「そりゃあ、当たり前だ。あいつは3時間しかいなかったんだから」と言ってやった。「1日もいなかったんだぜ。それは楽だろう」ってね。

あなたが彼にディレクションしたことがあれば教えてください。

アレックス:いいや、何も......ていうか、僕はスタジオには立ち会ってないから。ユースは立ち会っていたよ。とにかくミスター・ギルモアはピンク・フロイド的なギターを弾いた。弾きまくった。まあ、マニュエル・ゲッチング的なミニマルな箇所もちょっとだけあるけどね。

コンセプト的にはデヴィッド・ギルモアが入る前からあなたのなかではできあがっていたんでしょうけど、前作『バグダッド・バッテリーズ』からの連続性はあるんですか?

アレックス:あるよ。

それは環境問題とリンクしているんですか?

アレックス:ていうか......『バグダッド・バッテリーズ』は、2000年前のバグダッドの話がモチーフになっているんだけど、『メタリック・スフィアーズ』は2800年前の南アフリカに実際にあったメタリックな造形物なんだよ。ググればすぐにわかるよ。500個も出てきたらしい。

あなたは、そのメタリック・スフィアのどんなところに興味を抱いたのでしょう?

アレックス:それは子供に名前を付けるようなもので、今後のオーブの方向性を表すようなものとして『メタリック・スフィアーズ』と名付けた。いまはまだ詳細を話せないんだけど、ロンドンのコヴェント・ガーデンにあるオペラハウスで、僕が関わるプロジェクトが進んでいる。それは地球をテーマに......どうやって地球ができたのかをテーマに僕がオペラを書いているんだけど、それと関連している。そのことがあって、『メタリック・スフィアーズ』というタイトルに惹かれたんだよね......そう、つまり......ああ、僕はパンク野郎じゃなく、ヒッピーだったんだ! いま気がついたよ!

ハハハハ。ちなみに"メタリック・サイド"が何を意味し、"スフィア・サイド"は何を意味しているのでしょうか? 

アレックス:とくに意味はないけど、Aサイド、Bサイド、Cサイド、Dサイドと分けるよりはふたつに分けたほうがいいだろうと。CDでは1面しかないんだけど、こうすればふたつに分けられる。もっと詳しく話そう。実はアルバムには10曲入っている。しかし、iTunesでそれをバラにダウンロードすると、アルバムという作品の意味がなくなってしまう。アルバムとして聴いてもらえなくなる。レンブラントやピカソの絵が1枚ではなく、部分部分を切り取ったら作品として成立しないでしょ。そういうこともあって、"メタリック・サイド"に5曲、"スフィア・サイド"に5曲収録した。で、1曲の値段で5曲を売るという、これなら買う人にとってもハッピーでしょ。それにピンク・フロイドは長年、iTunesと闘ってたよね。彼らもアルバムとして聴いて欲しいからそうしたんだけど、これはそういう意味で良いアイデアだと思った。

ふたつの世界観を表しているわけではないんですか?

アレックス:とくにない。半分に分けているだけで、中間点とも言える。"メタリック・サイド"の曲が"スフィア・サイド"でまた出てきたりしているだろ。

グラハム・ナッシュの"シカゴ"のような曲を現在取り上げることの意義をどう考えますか?

アレックス:"シカゴ"は僕たちのカヴァー・ヴァージョンだよ。

"ヒム・トゥ・ザ・サン"では、サンプリングされていますね。この曲は当時の新左翼(シカゴ・エイト)への共感を歌っているそうですが、アルバムのメッセージを代弁していると言えますか?

アレックス:代弁している。つまり希望だ。

希望?

アレックス:よりよい世界への希望だよ。

なるほど。

アレックス:ミスター・ギルモアならアルバムのタイトルを"ヒム・トゥ・ザ・サン"にしたかったろうね。まあ......今回はミスター・ギルモアとは電話やメールでしかやり取りしてないからね。もしこんどいっしょにやる機会があれば、時間を作ってじっくり会ってからやりたいよ。

会ってないというのはびっくりですね。

アレックス:会ったことはあるんだけど、今回のプロジェクトでは会っていない。21世紀のファイルシェアリングのお陰だ。

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僕にとって自由はとても重要な意味を持つ。そういう意味で、ゲイリー・マッキノンのハッカーとしての活動に共感するのさ。イギリス人の彼は、アメリカ政府から政治的に「とんでもないヤツ」という話になって、逮捕された。そして逆に洗脳されて、アメリカ政府のためにハッキングさせられたりもした。


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ちなみに今回のプロジェクトの契機となった、ゲイリー・マッキノンというハッカーを支援するチャリティ・ソングへの参加について話してもらえますか? あなたは政治的な事柄に関しては、それなりに慎重な態度で接してきたと思いますが、あなたをその気にさせた理由はどこにあったのでしょうか?

アレックス:僕も歳を取ったってことさ。

なるほど。

アレックス:もともとはチャリティー・ソングに参加して欲しいとミスター・ギルモアから話があった。そして彼はギターを弾いて帰っていった。しかし、そのあと僕とユースは余った音源を使ってアルバムを作ってしまった。ミスター・ギルモアはとてもびっくりした。なんでこんなことになっているんだ、と彼は思った。それをマネージャーが入って、なんとか話を付けた。その9ヶ月間、いろいろ僕たちのあいだで話があった。

ゲイリー・マッキノンというハッカーに関してはどうなんですか? どんなシンパシーがあったんですか?

アレックス:共感があった。やりたいことを自由にやるという点に共感するんだよ。僕にとって自由はとても重要な意味を持つ。そういう意味で、ゲイリー・マッキノンのハッカーとしての活動に共感するのさ。イギリス人の彼は、アメリカ政府から政治的に「とんでもないヤツ」という話になって、逮捕された。そして逆に洗脳されて、アメリカ政府のためにハッキングさせられたりもした。

なるほど。自由......ですか。先ほど、あなたの口から「希望」という言葉を聞いたときもびっくりしたんですよね。

アレックス:ありがとう。

昔のあなたはそういう言葉をユーモアで包み隠すところがあったじゃないですか。

アレックス:んー、はははは、そうだっけ?

逆に、あなたのなかで世界に対する危機感が募っているということでもあるんでしょうね。世界はどんどん悪くなっているっていう。

アレックス:いまの時代、希望はより持ちにくくなっていると思う。イギリスの政府を見てもそうだよ。税金をいくら使っても世のなかはよくならない。それなら国民にお小遣いとしてばらまいたほうがよほどマシだ。あと僕は音楽家だから、できれば人びとに希望を与えるようなことをしたいと思っているんだ。それが今回の方向性を決定づけているね。

なるほど。そういえば今回トーマス・フェルマンが参加してませんね。

アレックス:彼はいまバンクーバーだかモントリオールのシンフォニーの仕事で忙しいからね。でもまたいっしょにやる可能性はあるよ。

ユースといっしょにやった理由を教えてください。

アレックス:うん、彼は素晴らしい仕事をしてくれたな。

あなたは20年以上にも渡ってコンスタントに作品を出し続けていますが、なぜ、それができるのでしょうか?

アレックス:この世を去ったときに、自分が生きてきた証として作品を残したいんだ。家族のためにもね。

では最後の質問ですが、ジョン・ライドンが昨年『ガーディアン』の取材で「実はピンク・フロイドは好きだった」と告白していますよね。読みました?

アレックス:知ってる。その記事は僕も読んだ。まさか......だよね。パンクがヒッピーの音楽をぶっ壊したんだと思っていたから、その記事のジョンの発言にはホントにがっかりしたよ。

Chart by JET SET 2011.01.31 - ele-king

Shop Chart


1

MOODY AKA MOODYMANN

MOODY AKA MOODYMANN FREEKI MUTHA F CKER »COMMENT GET MUSIC
エレクトロ大御所2組によるリミックスを収録したKDJ最新作が到着!!KDJ37番"Det.riot '67"収録の大人気トラック"Freeki Mutha F cker"の未発表エクステンデッドVer、さらにModel 500 & Egyptian Lover(!)による2リミックス、'07年にデトロイトにてライブ・レコーディングされた"California"の計4トラックスを収録。ファン待望のKDJ最新作です。お見逃し無く!!

2

TIN MAN

TIN MAN NONNEO »COMMENT GET MUSIC
Donato Dozzyによるウルトラ・ディープ・リミックスは必聴!!L.Aの注目レーベルAbsurd Recordingsが新シリーズ"Acid Test"をラウンチ。第1弾はGlobal A、Keys of Lifeといったレーベルからの作品がカルト人気のマニアック・アシッド・メーカーTin Man。

3

SLOW MOTION REPLAY PRESENTS DUNK SHOT BROTHERS

SLOW MOTION REPLAY PRESENTS DUNK SHOT BROTHERS HOLIDAYS / PROPS »COMMENT GET MUSIC
Slow Motion Replayによるマッシュアップ専科プロジェクト第1弾!注目のシリーズ第1弾は、"Holiday Rap"ミーツ・サルサ的ラテン・ヒップホップと、"Props Over Here"のウェストコースト・ファンク・ミックス!

4

SKYMARK

SKYMARK DEEP SOUL REVISITED VOL.2 »COMMENT GET MUSIC
バルセロナのビートメイカー/鍵盤演者=Skymark待望のサードアルバムが登場。J Dilla『Donuts』を彷彿とさせるソウルフル・ショートトラック集は、良質なサンプリングソースを独自に料理した職人技が垣間見ることができます。

5

CUT COPY

CUT COPY TAKE ME OVER »COMMENT GET MUSIC
待望のニュー・アルバムからの先行シングル・カット、UK流通盤12インチ!!アルバム"Zonoscope"は2月初頭のリリース予定。こちらは約1ヶ月早く発売のリード・シングルです!!オリジナルに加え、Azari & III、Thee Loving Hand(Tim Goldsworth)によるリミックスを収録!!

6

ALTZ

ALTZ SLOWCRAPZ »COMMENT GET MUSIC
Black Smokerミックス・シリーズの2011年1発目は奇才、Altzが担当!2010年にHoncho Soundからリリースされたミックスとは対極に位置するかのうような、エレガントで大人な一時を演出するユル~い1枚です。

7

CHROMEO

CHROMEO HOT MESS »COMMENT GET MUSIC
最新アルバム"Business Casual"からのカットとなる、La RouxのElly Jacksonの甘いヴォーカルをフィーチャー!!UK/Backyard盤12インチです。

8

CRIMEA X

CRIMEA X RE:PROSPECTIVE »COMMENT GET MUSIC
Bjorn Torske Remix収録の前作に続く、鬼豪華陣営によるグレイト・リミキシーズ!!Ajelloの片割れDJ RoccaとJukka Reverberiによるレフト・フィールド/コズミック・ディスコ・デュオ"Crimea X"の過去作リミキシーズ。Luke Abbott(Border Community), Daniele Baldelli, Alex Smoke,Tempelhofの大御所~新鋭四方が手掛けた、コズミック~テック・ハウスまで即戦力必至かと思われるクロスオーヴァーな楽曲ズラリ!!

9

SOFT MEETS PAN

SOFT MEETS PAN ICHIGOICHIE / LUNAR REMIX »COMMENT GET MUSIC
久々GrooveboyのEP第2弾は何と"Is It Good to You"のリワーク!そしてさらに、Side-BにはSade"Love is Stronger Than Pride"をスムーズなビートダウンに仕立てた技ありリワークも収録。

10

THOMAS FEHLMANN

THOMAS FEHLMANN TITAN ONE / DFM »COMMENT GET MUSIC
マーラー"交響曲第1番ニ長調-巨人"リメイク!!昨年10月にカナダはモントリオールにて行われた地元の交響楽団とのジョイント・ライヴ音源をベースとした荘厳なオーケストラル・アンビエント"Titan One"。おずおずと4/4ビートが現れる瞬間には鳥肌が立ちます。

Oorutaichi - ele-king

 オオルタイチのライヴで印象に残ったのは、その奇妙なトリップ感だ。ナンセンスだがアップリフティングであるという独特のノリはなるほどイルリメと似ているが、彼の場合はスラップスティックめいたグルーヴのうえに中性的な声による甘いメロディが重なって、そして......決しておさまりが良いとは言えない叙情性がほうき星のように尾を引いているところが特徴的だ。音符は伸びて、消えていく。
 また、ダークサイドというものがほとんど見あたらないその音楽は、間違ってこの惑星に漂着してしまった宇宙人の音楽のように浮いている。磯部涼は『ゼロ年代の音楽』のなかでオオルタイチの『Yori Yoyo』(2005年)について「彼の才能は広義のワールド・ミュージックを解体/編集するセンスにあるように感じられる」と分析し、「細野晴臣の正当な後継者」と結論づけているが、3年ぶりの3枚目となった今作では細野晴臣的エキゾチズムを残しつつも、ボアダムスという別の宇宙にもまたがっているようなのだ。
 実際のところオオルタイチの音楽には、イルリメとボアダムスの溝を埋めるようなところがある。イルリメが大量の言葉を乱用しながら言葉など信用していない素振りを見せるのとは対照的に、オオルタイチはヤマツカ・アイのように言葉のコミュニケーションをあらかじめ捨てている。さもなければレジデンツとエイフェックス・ツインをブレンドしたような、アメリカでエメラルズが目指すところとは別の、ベッドルームのコズミック・ミュージックを広げている。そしてアルバムにはヤマツカ・アイのリミックスも収録されている......。
 その曲、シングルとして先行リリースされている"Futurelina"がまず素晴らしい。こんなことを書くとまたしても「子供の音楽だ」と指摘されそうだが、"Futurelina"にいたってはアフリカ・バンバータの宇宙船で繰り広げられる赤ちゃんのレイヴ・パーティである。派手で目まぐるしく変わる展開は......僕にメリー・ノイズを思い出させる(電気グルーヴの前身の前身)。コニー・プランクのシーケンスが東南アジアのディスコで鳴っているような"Shiny Foot Square Dance"やOOIOOのOLAibiをヴォーカルに迎えたポップ・チューンの"Coco"も面白い。カンが砂場で遊んでいるような"Vofaguela"、ひっくり返ったパスカル・コムラードのような"Sononi"、レジデンツがメロウなシンセ・ポップをやったような"Linking Pi"、酔っぱらったコーネリアスのような"Permanent Candy"......アルバム『コズミック・ココ、シンギング・フォー・ア・ビリオン・イムス・ハーティ・パイ』の収録曲はどれもがチャーミングに輝いているが、とりわけ"Merry Ether Party"は印象深い曲である。アルバムにおいて唯一メランコリックな響きを持つそれは、宇宙人たちが泣き叫んでいるようだ。気がついたらどこにも居場所がなかった......こんな星からは一刻も早く離れたい......オオルタイチの宇宙語を訳せばこんなところではないのだろうか。

 アルバムにはヤマツカ・アイのリミックスのほかデイダラスのリミックスも収録されている。前者にいたっては言うまでもなくそれがリミックスだとわからないほどの親和性を見せている。西海岸のビートメイカーによる再構築は、ドリーミーなダウンテンポとして気怠い昼下がりの陽光のなかに溶けていく。それはこの音楽がまだ追求していない可能性をほのめかしている。

Photodisco - ele-king

 さて、年の瀬に勤務先の店に入荷し、完全無名、ライヴ活動等もいっさいないというこのアーティストの自主制作盤が、店頭演奏のみで3週間としないうちにプレス分すべてを売り切ってしまったときには驚いた。もちろん自主盤のため定価も安い。だが、店で流してこれだけお客さんからのレスポンスのある作品は稀だし、このアーティストの場合はファン・コミュニティも、ひょっとしたらファンさえもまったく存在しなかったのだ。ひっそりと淡々とひとりで録り貯めていた音源が、レコードを買いにきた音楽リスナーの耳を刺激し手に取らせた。筆者が作品につけた手書きポップの見出しはこうだ。「日本のチルウェイヴはフォトディスコからはじまる」

 日本のチルウェイヴについて考えよう。いや、日本で成立し得るチルウェイヴについて考えよう。ウォッシュト・アウトトロ・イ・モアのフォロワーをただ日本人のなかに見つけ出すのでは面白くない。というよりそれでは誤謬が生じるだろう。そもそもチルウェイヴとは、音の性質ばかりでなくそのなかば確信犯的なエスケーピズムをめぐって賛否の議論を巻き起こしてしまうほど社会に対してカウンターな要素を持っている。「お前たちの音楽はただの催眠ポップだ。引きこもってないでちゃんと外を見なさい」という大人の叱責に対して、「そうだけど、それがどうしたの?」「ていうか、これはむしろ新しい現実への対処法なんだけど」と若者がやり返すのがこの議論の構図である。この問題が日本ではどのように展開されうるのか。
 「エスケープ」に関しては世界に冠たる文化をもつ日本。オタク大国、ネオテニー・ジャパン、大人になれない子どもの国。においては、多くのジャンルにまたがって繊細なエスケーピズムの実践がある。セカイ系的世界観の汎ジャンル的な浸透はまさにその最たるものだ。「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(きみとぼく)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、"世界の危機""この世の終わり"などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」という東浩紀的なセカイ系解釈を採用するならば、音楽シーンでは浜崎あゆみらメジャーな量産型ポップスはもちろん、ゼロ年代後半に多数現れた国内シューゲイザー・バンドにもっともそれが色濃いのではないだろうか。「具体的な中間項」とは社会や国家を指し、それらをすっ飛ばしていきなり「セカイ」と自分とを短絡してしまう感覚は、単純に社会からの退却・脱却を意味している。彼らの多くが鳴らす音は妙に深刻で、トゥー・マッチなエモーションがあり、それでいて空虚である。ドリーミーで逃避的という点ではチルウェイヴに通じるところがあるが、チルウェイヴにはその名の通り「冷めた」感覚があり逃避的な態度について自覚的な部分がある。ジャパニーズ・シューゲイザーの多くは自己劇化に対するこうした客観性を持たないことで、惜しくも批評性を獲得し損ねていると言えるだろう。

 フォトディスコの音には不思議にすべすべとした感触がある。本作はローファイではないがチルウェイヴ、シンセ・ウェイヴと名状でき、またタフ・アライアンスなど〈シンシアリー・ユアーズ〉周辺のスウェディッシュを思わせるトラックから、いわゆるニカ風のサウンドまでが静かに詰め込まれた初リリース音源である。
 この作品では「劇/激」という感覚が徹底的に刈り取られている。だが抑揚のない平坦な音楽かと言えばそうではない。ヴォーカルのないゆるやかなダンストラックやまぶしいようなエレクトロ・アコースティックを主体としながら、1曲ごとに非常にメロディが立っており、映像的な広がりを生んでいる。映し出すのは2000年代の東京の風景。細かい光の粒があふれるようにわずかに感傷がにじむ。カラーでハイビジョン撮影の無声映画を観るかのようだ。静かなのに躍動する。これには仕掛けがあって、一聴したところメモリー・テープスなどのシンセ・ポップを彷彿させるトラックも、実際にはエフェクトをかけ加工されたギターが用いられていることが多い。シンセではなくギターを使用することで微妙な動きを出しているのである。"フェイク・ショウ"や"トウキョウ・ナイト"などがその例だ。また、"言葉の泡"や"盆踊り"にうかがわれるややしっとりした情緒は、透明感の高いエレクトロ・アコースティックによってとても清潔に磨かれている。そう、エモーショナルなのに抑制され、自己完結しない。これは高い美意識によって注意深く選別された感傷のコレクションなのだ。

 フォトディスコによってシネマティックに映し出された2000年代/東京は、たとえば下北と言うときに感知されるような濃密なイメージや匂いはさっぱりとトリミングされ、つるりとしていて流動的、自分をめぐる物語ではなく、ただそこに生きる人びとの数だけ淡い感傷が散らばっている。数少ない歌モノも、言葉は限られ、メロディや音の質感以上には何も語らない。そして私は、この感傷こそが、日本型チルウェイヴのキーワードになると考えている。さらに言えば、いかに感傷を自覚的に用いるかといったことが、だ。
 感傷とはやっかいなものである。感動とは違って、はっきりとした対象を持たなくても生まれる感覚だ。情動のように、それに肉体が駆動されてしまうような激しさもない。外来の概念なのかもしれないが、日本的と言えば非常に日本的なものである。桜や雪のように「淡々(あはあは)」としていて、その感覚のなかでどれだけ陶酔的に自己完結していても、そのうちなんとなく消えていく。感傷のアルゴリズムは、社会からあからさまに退却するのではなく、社会のなかで社会とは無関係でいられる磁場を張ることを可能にするだろう。退却すればその行為と結果についていずれ責任が問われるが、感傷しているだけなら何の摩擦も軋轢も生まない。それはエスケープの方法が豊富で飽和している日本ならではの、オルタナティヴな方法であり表現ではないだろうか。同時に、ロックの心臓ともいえる「自分/俺のかけがえのなさ」「世界/社会への違和感」というテーマの危うい両義性に対する批評として、使えるカードにもなるだろう。

 フォトディスコの感傷はきわめて高品質である。ダンス・サイドのトラックに控えめに潜んでいる切なさもそうだが、"言葉の泡"でやや開放的に展開されるギター・アルペジオや、リフレインされる歌メロはより巧妙だ。淡い情感を持ったJロック風の楽曲だが、日本のインディーズについてまわるいなたい雰囲気がきれいに拭き取られている。実際、海外のアーティストだと思って問い合わせを受けることが多い。それがいいことかわるいことかはともかく、仕組まれた感傷が施されているということが重要である。ただ意識に涼しい、心地よい音であるのではなく、その底に冷たい観察眼を感じさせるところがよい。だが、1曲だけ、そうした態度や「ロック」への距離感を破る楽曲があって興味深い。"レヴェリー"の渾身のギター・ソロはパロディだろうか、マジだろうか。高音域で軋むギターは、本作中の特異点である。かなり長いフレーズをノン・ブレスで歌いきるようなこのパートを聴いていると、ロックへの批評と親しみが不可分になった熱い高ぶりを感じる。スマートなだけではないアーティストとしてのソウルや、自身の出自がロックであるということが、1曲限定で刻みつけられることで、作品に奥行きが与えられている。じつに不思議なアーティストだ。

 さて、寡聞にして知らないが、他に日本から発信されたチルウェイヴ問題への回答はないのだろうか。日本だからこそ生まれるチルウェイヴがまだまだ考えられるはずだ。鉱脈はあるのだから、どんどん掘られ面白い音が生まれてきて欲しいと思う。

Shackleton - ele-king

 ついに......(アマゾンによれば)2月7日発売予定のジェームス・ブレイクのアルバムを聴いた。ブリアルの"アーチェンジェル"を契機にはじまったと言えるポスト・ダブステップにおいて、ジェームス・ブレイクはその闇のなかのトップランナーだ。ブリアルの背中を見ながら、しかしブリアルとは別の領域を開拓している。ダークスターがシンセ・ポップでやったことをジェームス・ブレイクはR&Bでやっている......とも言える。いわば死のR&B、祝祭的な愛の歌の裏側に広がる墨汁のように真っ暗な世界のR&B......である。それを思えばシャックルトンの闇はいくぶんお茶目だ。ハロウィーンであり、妖怪大戦争であり、お化け屋敷であり......ダブステップとミニマル・テクノを最初に繋げたと言われる2007年のリカルド・ヴィラロボスによるリミックス・ヴァージョンの名前が"アポカリプソ・ナウ・ミックス"(地獄の黙示録の駄洒落)だったように、彼には微妙なユーモアがあるにはある。

 シャックルトンは......ダブステップのオリジネイターたちの排他主義の外側からやって来たイノヴェイターだ。この一匹狼は、2005年にアップルブリムと共同で設立した〈スカル・ディスコ〉を拠点として、早くからテクノとの接続を試みている。スキューバと連動し、そしてリカルド・ヴィラロボスと重要な繋がりを持った。ミックスCD『Fabric55』は、全22曲が彼のオリジナルであり(いくつか未発表もある)、そういう点でも、あるいまたこの音楽がミニマル・テクノの発展型であるという意味においても、いまのところ同シリーズでもっとも評場の良かったヴィラロボスによる『Fabric 36』と対比されるであろうアルバムである。

 彼の怪奇趣味を反映した曲名やヴィジュアルはさておき、シャックルトンの音楽を特徴づけるのは多彩なアフロ・パーカッションとそのポリリズム、ダブのベースライン、そして不気味きわまりない亡霊の声だ。ホラー映画を楽しむ人なら問題なくこのトリップ・ミュージックを面白がるだろう。もっとも前半のハイライトである"後ろ向きの思考"~"死は終わりにあらず"~"死の男"あたりの薄気味悪さに驚いているようではないダメだ。その先の、"ストリングスの男"~"氷"~"破壊された精神"における魑魅魍魎のトランス・サウンドによる目眩こそがこのCDの本当の醍醐味である。メロディはほとんどない、不協和音というよりはパーカッションと効果音のコンビネーションによるミニマル・テクノで、昨年来日したときのDJもこんなにすごかったっけ? と思ったほどすごい。果てしなきバッド・トリップの荒野だ。

 そういえば〈モジュール〉に来たときに本人に「ハルモニアのリミックスが良かったよ」と言ったら、しばらくクラウトロックについて熱心に話してくれた。まわりがうるさくて何を言っているのかわからなかったけれど、この音楽の背後からホルガー・シューカイとポポル・ヴーと、あるいはジャー・ウォーブルなんかを引き出すのは難しいことではない。......だとしても、このミックスCDが差し出すのはポップの実験主義ではなく、われわれを縮み上がらせるための恐怖である。

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