「Nothing」と一致するもの

CAN - ele-king

 発掘がつづいていたCANのライヴ音源シリーズ。これまで1975年のシュトゥットガルト、同年のブライトン、翌76年のクックスハーフェンでのパフォーマンスを収めた計3枚がリリースされてきているが、いよいよダモ鈴木在籍時、黄金時代のレコーディングの登場だ。ずばり73年のパリ録音。タイミング的には『Ege Bamyasi』(72年)のあとにあたる。おそらくファンのだれもが待ちわびていただろう1枚、2月23日発売です。日本盤はしっかり歌詞対訳つき、イアン・F・マーティンによる解説もあります。逃すなかれ。

ついにダモ鈴木在籍時、CAN全盛期のパリでのライヴ盤がリリース!

CANのライヴ・シリーズ第4弾『ライヴ・イン・パリ 1973』、2024年2月23日発売!

このシリーズは、結成メンバーのイルミン・シュミットとプロデューサー/エンジニアのルネ・ティナーが監修し、貴重なアーカイブ音源を現代の技術と繊細な作業により最高のクオリティで見事に復元した。今回のアルバムは、1973年のパリ公演を収録したもので、キーボード&シンセにイルミン・シュミット、ドラムにヤキ・リーベツァイト、ギターにミヒャエル・カロリ、ベースにホルガー・シューカイ、そしてダモ鈴木がヴォーカルをとっており、ダモ鈴木にとって、バンド最後期でのライヴ出演となった。

アルバムは2枚組CDでリリースされ、オリジナルのライナー・ノーツは、ジャーナリストのウィンダム・ウォレスが執筆し、日本盤にはその対訳が付属する。

■ダイジェスト音源
https://youtu.be/_fAqv3-4o-o

■Pre-Order
iTunes
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本作のブックレットには、ジャーナリストのウィンダム・ウォレスが執筆したライナーノーツが掲載されている。今回の作品についてウォレスは次のように述べている。「『ライヴ・イン・パリ1973』について、私がお伝えできることはほとんどない。そして、ここが問題の核心なのだが、そんなことはどうでもいい。実にどうでもいいことなのだ。日の光を浴びてよくなる夢など、ほぼないと言っていい。これも例外ではない。誰が細かいことを知りたいだろう? トリビアやささいなことが必要だろうか? 彼らがどうやってこれを成し遂げたのかは知らないが、これこそが、私がようやくCANを聴けるようになるまでに、いつも想像していたCANの音そのものだったのだ。」

CAN は1968年にケルンのアンダーグラウンド・シーンに初めて登場し、初期の素材はほとんど残されていないかわりに、ファン・ベースが拡大した1972年以降は、ヨーロッパ(特にドイツ、フランス、UK)で精力的にツアーを行い、伝説が広がるにつれ、多くのブートレッガーが集まってきたのだ。『CAN:ライヴ・シリーズ』は、それらの音源の中から最高のものを厳選し、イルミン・シュミットとルネ・ティナ―による監修で、21世紀の技術を駆使して、重要な歴史的記録を最高の品質でお届けするプロジェクトである。

本作品は1973年5月12日、パリのオランピア劇場で行われたCANの変幻自在なパフォーマンスを収録したものであるが、ここで特筆すべきは、CANライブシリーズの中で初めてダモ鈴木がヴォーカルとしてフィーチャーされた作品ということである。1970年から1973年まで、CANはイルミン・シュミット、ヤキ・リーベツァイト、ミヒャエル・カロリ、ホルガー・シューカイの中心メンバーに、日本の即興演奏家でヴォーカリストのダモ鈴木が加わって活動。1970年、彼らは鈴木がミュンヘンの路上で演奏している最中に偶然出会い、その後すぐにCANに加入することになるのだが、1973年のこのパフォーマンスの数ヶ月後、彼の放浪心は再び彼を旅に導くことになった。

ライヴシリーズ最新となる今作では、CANのバンド・キャリアの中でも特に重要な段階を目撃することができる。彼らの最も称賛されたアルバムである『タゴ・マゴ』と『エーゲ・バミヤージ』は、後者がパリのパフォーマンスに影響を与えたものである。録音自体は、スプーン・レコードの保管庫内から見つかり、協力的なファンから送られた録音を組み合わせて編集され、このシリーズのすべてのアルバムをまとめ上げた、創設メンバーのイルミン・シュミットとプロデューサー/エンジニアのルネ・ティナーによって21世紀になって日の目を見ることになる。

1960年代末に結成され、それからおよそ10年後に解散したCANは、催眠的なグルーヴと前衛的な楽器のテクスチャの大胆な融合により、彼らを史上最も重要で革新的なバンドの一つにした。そして今回のライヴシリーズ作品は、このバンドのまったく異なる視点を明らかにする。シリーズ一連のジャム・セッションでは、おそらくおなじみのテーマやリフ、モチーフが浮かび上がり、そこらじゅうに漣(さざなみ)のように広がるが、それらは時折渦巻く人混みの中で一瞬だけ認識される顔のようだ。別の場面では、オフィシャルにリリースされたアルバムには収められなかった音楽が聞こえてくる。これらのライヴ録音では、CANはスタジオの作業よりもさらに極端な領域、穏やかなアンビエントドリフトロックから、かつて「ゴジラ」とあだ名された白色矮星の音響メルトダウンまでに挑戦している。そして、メンバー同士が共有する非凡な音楽的テレパシーが聞こえてくるのである。

このライヴ・シリーズは、英誌Uncutのリイシュー・オブ・ザ・イヤーで1位、MOJOで2位を獲得したライヴ盤『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』(LIVE IN STUTTGART 1975)、『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)、そして『ライヴ・イン・クックスハーフェン1976』(LIVE IN CUXHAVEN 1976)の3作が発売されている。

■オリジナル・アルバム概要
https://bit.ly/3mfeLxK

■商品概要
アーティスト:CAN (CAN)
タイトル:ライヴ・イン・パリ 1973 (LIVE IN PARIS 1973)
発売日:2024年2月23日(金)
2枚組CD
品番:TRCP-308-309 / JAN: 4571260594104
定価:2,700円(税抜)/ 解説:イアン・マーチン
紙ジャケット仕様
海外ライナーノーツ: ウィンダム・ウォレス
対訳付

Tracklist
CD1
1 Paris 73 Eins
2 Paris 73 Zwei
CD2
1 Paris 73 Drei
2 Paris 73 Vier
3 Paris 73 Fünf



■プロフィール
CANはドイツのケルンで結成、1969年にデビュー・アルバムを発売。
20世紀のコンテンポラリーな音楽現象を全部一緒にしたらどうなるのか。現代音楽家の巨匠シュトックハウゼンの元で学んだイルミン・シュミットとホルガー・シューカイ、そしてジャズ・ドラマーのヤキ・リーベツァイト、ロック・ギタリストのミヒャエル・カローリの4人が中心となって創り出された革新的な作品の数々は、その後に起こったパンク、オルタナティヴ、エレクトロニックといったほぼ全ての音楽ムーヴメントに今なお大きな影響を与え続けている。ダモ鈴木は、ヴォーカリストとしてバンドの黄金期に大いに貢献した。2020年に全カタログの再発を行い大きな反響を呼んだ。2021年5月、ライヴ盤シリーズ第一弾『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』を発売。同年12月、シリーズ第二弾『ライヴ・イン・ブライトン 1975』を発売。2022年10月、シリーズ第三弾『ライヴ・イン・クックスハーフェン 1976』を発売。そして、今回その第4弾となる『ライヴ・イン・パリ 1973』をリリースする。

www.mute.com
http://www.spoonrecords.com/
http://www.irminschmidt.com/
http://www.gormenghastopera.com

Fred again.. & Brian Eno - ele-king

 2023年は多くの魅力的な音楽が生み出された一年だった。その総まとめについてはぜひ年末号をお読みいただきたいけれども、ただ、タイミングがあわずレヴューしそびれてしまった作品が少なからずあることが心残りで……というわけで、気持ちが落ちつく1枚を紹介しておきたい。昨年5月にリリースされたフレッド・アゲイン‥とブライアン・イーノによるアンビエント・アルバムは、新年早々気の滅入る出来事がつづいている現下のお伴にも適した内容だと思う。

 フレッド・アゲイン‥ことフレッド・ギブスンは10年代末ころに頭角をあらわしてきたロンドンのプロデューサーだ。貴族の家系出身という珍しいルーツのもち主でもある。リタ・オラ、エド・シーランといった億単位の再生数を稼ぐメインストリーム勢の楽曲に携わる一方、ストームジーを手がけたりUKドリルのヘディ・ワンと共作したり、積極的にストリート文脈とも交わろうとするその振れ幅は、自身のバックグラウンドに反抗しているかのようにも見えて興味深い。多くの人びとがアンビエントに心奪われたパンデミック中にはそれと真逆ともいえるダンス・サウンドに挑戦、『Actual Life』3部作(2020~2022)でハウス/UKガラージのアーティストとして一気に知名度を高めることになった。その手腕は2023年に出たロミーのアルバムでも存分に振るわれている。
 そんな彼の音楽キャリアにおける転機は早くも10代に訪れている。16歳のとき、ギブスンはある家族の友人からご近所さんのアカペラ・グループの稽古に招待されることになったのだが、そのご近所さんこそまさかのブライアン・イーノだったのだ(イーノは合唱好きとして知られる)。かくしてアンビエントの巨匠と接点を有した彼は、2014年のイーノ・ハイド『Someday World』に参加、演奏者としてのみならず共同プロデューサーとして大抜擢されてもいる。

 それから9年。45歳差コンビによる共同名義のアルバムがついに実現されることになった。ピアノやささやかなノイズなどを後景に、ヴォーカルが控えめにことばを投げかけていくアンビエント作品である。“Enough” や “Chest” のように大味なメロディがやや主張しすぎるトラックがある一方で、UKガラージもしくはダブステップの影響だろうか、声のサンプルを切り刻んだ “Safety” や “Cmon” の実験は聴きごたえがある。御大のほうはサポートに徹している印象だが、“Pause” のピアノづかいなんかは彼のアンビエント作品を想起させなくもない。
 音響的にもっとも成功しているのは “Secret” だろうか。レナード・コーエン “In My Secret Life” の一節が引用されるこの曲ではギターらしき音にもこもこした具体音や鍵盤が重ねられ、独自の穏やかな時間を味わわせてくれる。つづく “Radio” も顔だろう。チェロをバックに漂流する音声サンプル、消え入りそうなギブソンのヴォーカル──どこか『World Of Echo』を想起させ、これは現代にアーサー・ラッセルを蘇らせる試みといえるかもしれない。同曲ではCOVID-19に斃れたカントリー・シンガー、ジョン・プラインの “Summer's End” が引用されており、その「帰っておいで」という悲しげでありながらどこかあたたかみを伴ったフレーズは、最終曲 “Come On Home” でも再利用されることになる。パンデミックなのか戦争なのかわからないけれど、失われたたいせつななにかを痛切に訴えているような1曲だ。

 アンビエントが盛んになった時期にハウスに挑み、逆にダンス熱が最高潮に達しているポスト・パンデミックの現在、静穏を求めるかのようなアンビエント作品を送り出すギブソンの活動からは、たんにあまのじゃくというだけではない、アティテュードのようなものが読みとれる。そういう意味では、本作がフォー・テットのレーベルから出ている点も見過ごせないだろう(キーラン・ヘブデンはマスタリングも担当している)。それは、すでにメインストリームで大成功を収めている彼が、いまだインディペンデントなシーンとの接点を失っていないことの明確な証だからだ。
 ついでに昨年のイーノについても振り返っておくと──『トップボーイ』のサントラはもちろんのこと──やはりその反戦メッセージを忘れるわけにはいくまい。爆撃開始から11日後の10月19日には即時停戦をもとめる公開状に署名、同月21日からはじまったキャリア初のソロ・ライヴ・ツアーでもパレスティナとイスラエル双方の人民に曲を捧げ、11月13日には自身が議長を務める「戦争やめろ連合(StWC:Stop the War Coalition)」(ちなみに副議長はジェレミー・コービン)のサイト(https://www.stopwar.org.uk/)で「わたしたちはどんな道徳的世界に住んでいるのでしょう」と、まるで歌のようなリフレインを含む声明を発表している。いわく、「これは、ユダヤ人対それ以外のひとびと、という話ではありません。ユダヤ人であろうがなかろうが、平和を信じる人民対戦争を信じる人民、という問題なのです」。75歳にしてこの活動量に熟考。頭が下がるばかりだ。

 相変わらず戦争はつづいているし、能登地震に羽田空港の事故に秋葉原の刺傷事件にイランのテロにアイオワの銃乱射にと、新年早々まったく心休まらぬ日々がつづいているわけだけれど、短絡的な条件反射とか、あるいは自分からオンラインに悲しみを浴びにいく「ドゥームスクローリング」はひとまずやめて、じっくりこのアルバムに浸ってみることをおすすめしたい。

編集後記(2023年12月31日) - ele-king

 一年前のいまごろはまだマスクを装着するのが大多数にとっての日常だった。新型コロナウイルス感染症の5類への移行が今年の5月8日。もちろん、すでに2022年の時点でいろんなものがリスタートしていて状況は整いはじめていたし、ヨーロッパなどではもっと早くからそうなっていたわけだけれど、2023年は日本でも前年とは比較にならないほどたくさんのライヴやパーティ、フェスが催され、多くの人びとが外での興行を楽しんだのではないかと思う。パンデミックへの反動がこの列島でも本格的に爆発したのが2023年だったのではないだろうか。とくに若い世代のあいだでダンス熱が高まったことは記憶にとどめておきたい事象だ。
 ということはしかし、じきそのカウンターも訪れるということにちがいない。それがどういったかたちになるのか予言することなど不可能ではあるものの、もしかしたら2024年は新たな音楽の波が押し寄せてくるかもしれない。ともあれこの「カウンター」という考え方は、なんでも「 “サブ” カル」扱いされる現代にあって、けっこう重要なんじゃないかと思う。
 振り返れば今夏はひとつの出来事が起こったのだった。テイラー・スウィフトのヴァイナルにプレスミスがあり、まったくべつの音源が収録されていたのだ。かわりに盤に刻まれていたのはロンドンの〈Above Board Projects〉による90年代半ばのUK産エレクトロニック・ミュージックを集めたコンピ『Happy Land』。冒頭キャバレー・ヴォルテールを聴いたスウィフティーズのひとりは大いに戸惑い、事態をSNSに投稿、それを見たフォロワーが「呪われているから止めろ」と助言するにいたる。
 なにもかもが並列化されフラットになり、そこに優劣はなく、各々がそれぞれの趣味を追求すればいい時代──そんなふうに言われるようになって久しいけれど、じつはそうではなかったということをこの事件はほのめかしている。多文化相対主義の行きつく果ては結局、市場で圧倒的な力を持っている「コンテンツ」を楽しむ感受性こそが正しいものとして、勝者として君臨する世界だった、と。でなければ「呪われている」なんて単語は出てこない。これは逆にいえば、まだ「呪われている」ことが有効でもあるということで、つまりオルタナティヴな世界を想像することはいまなおじゅうぶん可能だということではないだろうか。
 つい先日90歳で亡くなったイタリアの哲学者はこんなことを言っている。
 

芸術は、価格に還元された単一性にさまざまな特異性からなるマルチチュードを対置するという意味において、反市場なんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』廣瀬純+榊原達哉+立木康介訳、月曜社、2007年、106頁)

 専門用語があってよくわからないけれど、でもなんとなくわかる。市場の感受性に還元されない音楽だってありうるんだ、と。そんなわけでわれわれはオルタナティヴな音楽をサポートするメディアとしての役割を来年もしっかり果たしていきたい。2024年はどんな音楽と出会うことができるのか、いまから楽しみでならない。

 2023年、ele-king books は27冊の本を刊行している。協力してくださった多くの方々、購読してくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。2024年もele-kingならびにele-king booksをよろしくお願いします。

 それではみなさん、よいお年を。

♯1:レイヴ・カルチャーの思い出 - ele-king

 2023年、少し嬉しいかもと思ったのが、日本におけるレイヴ・カルチャー再燃(しているらしい話)だった。え、まさか、ほんと? 人間歳を取ると無邪気さが減少しシニカルになり、老害化することは自分を見ていてもわかる。文化とは、上書きされ、アップデートしていくものだし、ぼくはこんにちの現場を知らないから、そもそも「再燃」について何か言える立場ではない。しかしぼくにも言えることがある。いまから30年以上前の、オリジナルなレイヴ・カルチャーの話だ。当時のリアル体験者のひとりとして、その場にいた当事者のひとりとして、それがどんなものだったのかを(ある程度のところまで)記しておくことも無益ではないだろう。
 かつて、それがレイヴかどうかを判断するのは簡単だった。足がガクガクになるほど踊ったあとの朝の帰り道に、あるいは数日後に、「ところで誰がDJだったの?」、これがレイヴだった。たとえば、クラブでもフジロックでもなんでもいいのだが、そこに行ったライターないしは匿名SNSユーザーがレポートする。●●のライヴは素晴らしく、とくに●●をやってくれるのは良かったとかなんとか。レイヴ・カルチャーは、業界で慣習化された「お決まりの」解説には収まらない。なぜなら、レイヴにおいては、誰のDJが良かったとか、あの曲が良かったとか、そんな男性オタク的な価値観などどうでもいいし、そもそもDJはロックスターではなかった。固有名詞で重要なのは、強いて言うなら、そのパーティ名であり、さもなければ、いっしょに踊った●●や、名前も知らないけどハグし合った●●のことのほうなのだ。
 こう書くと、アホみたいに思えるかもしれないし、実際、レイヴ・カルチャーのような、音楽に対する肉体的な快楽反応を卑しくみる向きは、当時もあったし、いまだにある(なぜだろう)。ほんとうの意味での知的な音楽を作るのは困難だが、同じように、いやひょっとしたらより難しいのは、いろんな種類(階級/人種/ジェンダー)の大勢の人間をいっぺんに快楽主義のどつぼにはめることのほうかもしれない。レイヴ・カルチャー黎明期に、NMEのあるライターは、ディオニソス精神の塊(ハードコア)のようなこの文化を極めて暗示的に、そしていかにも左派的ではあるがことの本質を次のように紹介した。「我々は、喜びをもういちど、国家に対する犯罪としなければならない」

 「みんな」といっしょになって、ぶっ飛んで、無心に踊るということ、レイヴ・カルチャーとはなんともシンプルな話であって、しかもじつはすべてが新しいわけではもなく、古い文化の応用でもあった。スガイケンではないが、民俗学的にいえば、それは日本古代における酒の力を借りながらの精霊との夜通しの踊り(通称花祭)に源流があるのだろうし、当然のことながらそのための音楽を提供してくれたアメリカ北部の三都(NY、シカゴ、デトロイト)の黒人ダンス文化には大いに借りがある。あるいは、「週末の夜ために生きる」UKの70年代ノーザン・ソウルなどは明らかにそのアーキタイプと言える。もっともよく混同されるのが、ディスコ/クラブ・カルチャーとどこが違うのかという点だ。たとえば、ベルリンのベルグハインの話を聞いたとき(話でしか知らないのだが)、いまいち共感を覚えなかったのは、レイヴは客を選別しなかったからだ。ダンス・カルチャーという同じ分母を持ちながら、レイヴはクラブ・カルチャーにありがちな徒党性や選民意識をもたなかった。レイヴ・カルチャーの論客のひとりにサイモン・レイノルズがいるが、彼は1992年に〈Warp〉がリリースした『アーティフィシャル・インテリジェンス』について、あのウィットに富んだアートワークで重要なのは、アンビントを楽しんでいるリスナーが「ひとり」である点だと指摘した。すなわちそれ(彼の皮肉を込めた言葉でいえばアームチェア・テクノ)は、「レイヴによる大衆的な交わりや社会的なミキシングを諦めた、あるいは卒業した人たちのためのサウンドトラックだ」と苦々しい感想を述べている。
 こうした意見は、レイノルズやマーク・フィッシャーのような左派の、オウテカやミカ・ヴァイニオなら認めるが“アシッド・トラックス”のとんでもないミニマリズムやハードコア・ジャングルの実験性をアートとして認めることのできないでいる人たちへの憤りを内に秘めた、レイヴの側からの一方的な見解にみえるかもしれないが、レイヴ・カルチャーにおいて、庶民(common people)を巻き沿いにしたことがこの文化のラディカルな核心部分であったことは間違いない。ここ日本でも、1992年に新橋に集まった経験をお持ちの御仁たちにはわかるだろう。作品性や作家性という、クラシック音楽的ないしはロック評論的な基準からは一億光年離れたところにあって、真の意味で主役は人びと(common people)であるという解放感と喜び。パンクは大衆文化史においてもっとも重要な出来事だったと思うが、ひとつ問題点があったとしたら、否定の先にある理想とする社会を描くことがおろそかにされたことだった。ヒッピーは理想とする社会を描いたが、怒りを欠いた(パンクによって否定された)ブルジュア・ボヘミアンへの道も準備している。パンクは、ヒッピーをあまりにも嫌ったばかりに理想に対するシニシズムの回路を補完してしまったが、ポスト・パンクへと展開するなかでより身体的な音楽、ダンス・ミュージックをどん欲に取り入れていったことはあとから大きな意味を持った。レイヴ・カルチャーが革命だったのは、それ以前のふたつの革命(ヒッピーとパンク)をいっきに繋げてしまったからである。

 しかしながら、歴史が教えるとおり、われらE世代の革命はそんなうまいこと話は進まず、短命に終わった。AIシリーズ以降とはまさにポスト・レイヴの時代、自意識過剰なアート志向とパラノイアックなダーク志向、さもなければファンク(デトロイト)と官能(シカゴ)を欠いたトランス化、サイケ化、ニューエイジ化、幼稚化の時代へと突入する。群島化したそれぞれの島にはそれぞれの魅力もあったが、上記のすべてを包含していたのがレイヴだったと言えるのだ。庶民(common people)は、ロックやジャズやヒップホップと同じ、主役の座を退いてただのオーディエンスになったし、アナキストにもラディカリストにもなれなかったぼくは作家性と作品論という旧来の世界に結局は戻った。その終わり方についてはまた別の機会に書くことがあるかもしれないけれど、とにかくまあ、それはいちど終わった。

 終わったけれど、それを経験できなかったのちの世代のリスナーには、AFXやBrialがいまでもアルバムよりEPにこだわっていることを思い出して欲しい。彼らはアルバムが作れないのではなく、作らないのだ。レイヴ・カルチャーは音楽界におけるアルバム単位の評価という制度もどきを相対化し、より手頃で生なシングル(12インチ)主義によって成り立っていたからだ。リチャード・D・ジェイムスはもともとはコーンウォールのレイヴDJだった(だから “ディジュリドゥ”を作れたのだ) 。リアルタイム世代ではないBrialにいたっては、レイヴを彼なりに思弁的に表現しているではないか。彼らがいまでもジャングル(レイヴが生んだ最高の音楽スタイル)と匿名性(スターはいない)に執着するのは、古きレイヴへの敬意であり、捨てきれない夢をそこに抱いているからだろう。日本でも、再開した〈Metamorphose〉や〈Rainbow Disco Club〉のような野外イベントには、多かれ少なかれ、なんらかのカタチでその精神が継承されている。
 いまにして思えば、ほんの一瞬のできごとではあったが、我々はたしかにあの時代、そこにいる全員と心の底から生きている喜びを分かち合える、都市のなかの解放区、コンクリートに包まれた桃源郷の一部だった。しかし、繰り返すが30年前のレイヴ・カルチャーは終わった。だが、その「夢」は終わっていない。レイヴ・カルチャー再燃、ぼくは引退して久しい、アポロン的でソフトコアな、アームチェア・テクノに興ずる老人だが、OBとしてちょっと嬉しい。

Mariam Rezaei - ele-king

 快適さは怠惰という不幸な副産物をもたらす。ハイテクは、以前には手の届かなかったものを手にするアクセスへの入り口であり、また同時に、もはや現代人には関係ないと思われる過去の素晴らしい発明を略奪する。ターンテーブルはそのひとつだ。現在、どれだけのクラブにターンテーブルがあり、どれだけのDJがその使い方を知っているのだろうか? 手を挙げてください。
 アーティストとしてのDJは、90年代の人びとにとっては馴染みある呼称だった。単なるビート・メーカーではない。さまざまな場面でアーティストが機材を酷使し、シンプルだが神秘的な機材から次の刺激的な音を求め永遠とスクラッチしているのを見るのは珍しいことではなかった。クレート・ディギング世代は法則に従って生きていたが、その法則のひとつは、法則など存在しないということだった。初期のDJ(dis)はこのこと(this)を知っていた。彼らは、ミキシングとスクラッチがマッドマックス的行為であって、多くの効果を生み出すことができるという可能性をわかっていた。ラップDJはオリジナルの科学者で、スクラッチDJは核爆発をうずまかせる物理学者だった。大友良英、クリスチャン・マークレー、DJ Q-bert、DJスプーキーなど、世界中の数多くのDJが針とレコードの西部のガンマンだった。しかしそれも、CDJの影で止まった。

 マリアム・レザエイ(https://mariamrezaei.com/)はいま、廃墟と化したレコード・カルチャーのなかを孤独に歩いている。ミキシングとは、ただボタンを押すことだと思い込んでいるSDメモリーカードの怠け者DJたちに食われそうになっているのだ。しかしだからマリアムは、レコード科学者という埃まみれのマントを手にした英雄なのだ。だいたい一人でいることの喜びは、自分自身のサウンドを自分のものとして育てることができる。

 甘美な香りを漂わせ、同好の士を惹きつけ、さらに成長するための庭とする。『Bown』はトリプティクスの一部であり、ユニークなサウンド・マニピュレーションだ。数曲を除くと、トレードマークのDJらしい音は聴き取れない。なので、誰がどの音を作ったのか推測するゲームとしても面白い。
 学問の世界のように文脈が重要であるならば、楽器としてのターンテーブルが重要な意味を持つだろう。しかしながら、Youtubeでの扱いもない、あまりよくわかっていない新規リスナーにとっては、これといったDJサウンドが不在の本作の、音楽をありのまま享受することに繋がる。それはある意味幸運で、その多様な魅力を楽しむことができるのだ。
 同じようなトラックはほとんどなく、コラボレーターがそれぞれのトラックに異なるテイストで触れる甘美な虹のような効果を生み出すのに一役買っている。ターンテーブルの美しさは、それを包み込むレコードとそれに続く操作によって輝く。この作品は、マリアムがソースを凌駕し、独自の技巧でそびえ立つ砂音の城を築くために到達した高みをもって印象的で、それはヴァイナル熟練者の豊かな成果なのでだ。

music for Gaza : パレスチナを考える - ele-king

 パレスチナ問題にまつわる痛ましいニュースが日々目に飛び込む2023年、今年は暗澹たる気持ちを抱えたまま年を越すことになりそうだ。それでも、ガザ地区への連帯を示し少しでも行動しようとするのであれば、バンドキャンプなどでリリースされているいくつかのドネーションを目的としたコンピレーション・アルバムに耳を傾けてみてはいかがだろうか。
 2023年12月6日に〈naru records〉よりリリースされたコンピレーション・アルバム『A Better Tomorrow For Palestine』は、日本人もしくは日本を拠点に活動するアーティストの協力のもと制作された。SUGAI KEN、Mars89、食品まつり a.k.a Foodman、Prettybwoyなど錚々たる面々が参加し、若手からは〈PAL. Sounds〉を主宰するE.O.U、〈みんなのきもち〉の中核的存在Ichiro Tanimotoも連帯を示している。また、オンライン上でDJミックスやポッドキャストなどを展開するプラットフォーム・radio.syg.maによる『IN SOLIDARITY WITH PALESTINE』には愛知のエクスペリメンタル・デュオNOISECONCRETEx3CHI5が参加。ここ日本でも、たしかにパレスチナの惨状に寄り添う試みが広がっているようだ。
 ほかにも、フランスのアーティストを中心に立ち上げられたコンピレーション・アルバム『Free Palestine VA01』、イタリアのアーティストを中心に結成された〈International Artists For Gaza〉によるシリーズ『IAFG - Vol. 1, 2』など、DIYでの営みのなか自然に育まれてきた世界中のバンドキャンプ・コミュニティでこのような支援の形を発見できる。ぜひ一度目を通してほしい。

naru records『A Better Tomorrow For Palestine』(日本)

2023年12月6日リリース
https://narurecords.bandcamp.com/album/a-better-tomorrow-for-palestine

SARAB | سراب『IN SOLIDARITY WITH PALESTINE』

2023年12月19日リリース
https://radiosygma.bandcamp.com/album/in-solidarity-with-palestine

V.A『Free Palestine VA01』(フランス)

2023年12月11日リリース
https://freepalestineva.bandcamp.com/album/free-palestine-va01

International Artists For Gaza『IAFG - Vol. 1』『Vol. 2』(イタリア)


2023年11月30日、12月20日リリース
https://iafg.bandcamp.com/album/iafg-vol-1
https://iafg.bandcamp.com/album/iafg-vol-2

Friction : フリクション - ele-king

 これは来年春の目玉となりそうなリイシュー。日本のパンク/ポスト・パンクを切り拓いたフリクションの登場である。まずはその代表作の1枚、坂本龍一がプロデュースしたことでも知られる……というか、日本のロック史において10本の指に数えられる決定的な1枚の『軋轢』(1980)がアナログ盤で再発される。
 と同時に、これまた貴重かつ素晴らしいライヴ盤3タイトルも一挙にアナログ化。プロデュースされていない生身のフリクションを切り取った、荒々しい『'79 Live』、進化するフリクションの素晴らしい演奏を収めた『Live at "Ex Mattatoio" in Roma』、そして、初アナログ化の『Live - Pass Tour '80』。5月から6月、怒濤のリリースにそなえよう。

フリクション、ヴァイナルでのリイシュー・プロジェクトが始動。歴史的名盤『軋轢』と、当時の演奏を記録したライブ盤がアナログ盤で蘇る。

日本のロック/パンク史を語る上で欠かせない不世出のバンド、フリクション。80年にリリースされたジャパニーズ・パンク史に燦然と輝く傑作『軋轢』をはじめとする諸作を、アナログ盤でリイシューするプロジェクトが始動。
まずは『軋轢』をはじめ、京都・磔磔における初期の演奏を収録した『'79 Live』、レック、ヒゲ、ツネマツ時代の悼尾を飾る、神奈川大学でのパフォーマンスを収めた『Live - Pass Tour '80』、
2作目『スキン・ディープ』リリース後、ローマのジャパン・ジャパン・フェスティヴァルでの伝説のライヴ『Live at "Ex Mattatoio" in Roma』のライブ盤3タイトルのリイシューを予定。
『'79 Live』と『Live at "Ex Mattatoio" in Roma』はアナログでのリイシューは初、『Live - Pass Tour '80』は初アナログ化となる。

<商品情報>

SSAP-019 フリクション / 軋轢
¥4,000+税
4995879-60839-5
2024/05/15 Release
日本のロック/パンク史を語る上で絶対に欠かすことのできない歴史的名盤。
PASSレコード第一作、そしてフリクションの記念すべき1stアルバム『軋轢』、久々のLP再発。


SSAP-020 フリクション / 79ライヴ
¥3,000+税
4995879-60840-1
2024/06/19 Release
『軋轢』の4ヶ月前、あの3人は疾走していた
ジャパニーズ・パンク史に燦然と輝く傑作1stアルバム『軋轢』をリリースする4ヶ月前の1979年12月、京都・磔磔におけるフリクションのライヴ・パフォーマンスを捉えた『79ライヴ』。
フリクションのベスト・パフォーマンスとして語られてきたこのライヴは、80年に私家盤10インチLPという形で発表された、ごくわずかのマニアのみが体験し得たもの。レック自ら「奇跡の演奏」というこの伝説のライヴ、待望の初10インチ再発。


SSAP-021 フリクション / ライヴ PASS TOUR '80
¥4,000+税
4995879-60842-5
2024/06/19 Release
レック、ヒゲ、ツネマツ時代の悼尾を飾るパフォーマンス 日本のロック史にする屹立する比類なき孤高のアンサンブル
レック(b/vo)、チコ・ヒゲ(ds)、ツネマツ・マサトシ(g)の3人によるフリクション、1980年の神奈川大学におけるライヴ・パフォーマンスの完全編集・決定盤。
『ゾーン・トリッパー』発表の翌96年にリリースされ、『_ed ’79 Live』が入手困難だった(2005年に『79ライヴ』としてCD化)当時、初期フリクションのライヴ・パフォーマンスを知るものとして新旧のァンから大歓迎されたものだが、
その『79ライヴ』からわずか半年後の演奏にも関わらず、このトリオがおそろしいほどの進化・深化を遂げていたことがはっきりと見て取れる。尋常ならざる突出ぶり、ソリッドさ、タイトさは凄まじいというほかない。
あまりにも危険な、非情なまでにスリリングなライヴ・アルバム、待望の初LP化。


PLP-7414  フリクション / ライヴ・イン・ローマ
¥4,000+税
4995879-07414-5
2024/05/15 Release
東京ロッカーズから遠く離れて……
1984年、イタリアはローマでのライヴ
リリース当時、各方面に物議を醸した歴史的問題作、フリクション第二作『スキン・ディープ』(1982年)の代補となる作品と言っていいかもしれない。
『スキン・ディープ』と同じラインナップ――レック(b/vo)、チコ・ヒゲ(ds)、茂木恵美子(g)、シュルツ・ハルナ(tp)――で、パンクでもニュー・ウェイヴでもない未曾有の瑞々しさで聴衆を圧倒した、
1984年の夏にローマで開催されたジャパン・ジャパン・フェスティヴァルにおけるフリクション伝説のライヴ。翌85年にプライヴェイト盤としてリリースされたその伝説のドキュメントを初のLP再発。

KOD Vol.1 TRACKLIST - ele-king

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world’s end girlfriend - ele-king

 命を賭して音楽に向き合っている人が好きだ。ここで言う命というのは、埃や小銭にまみれた決してきらびやかではない、暮らしそのものを指している。「命を懸ける」というのは刹那的に燃え尽きることではなく、ひたすら続く人生のすべてを費やすということで、人生を薪にくべて音楽を生み出すようなある種の狂気性に裏打ちされた行動をひたすら取り続けることだと僕は考えている。

 そういったことを粛々と遂行し続けられるアーティストは、いつか歴史に対し垂直に立ち、記念碑的な作品をたびたび生みだす。2023年9月9日、7年ぶりのフル・アルバムとして満を持して世に放たれたworld’s end girlfriendの新作『Resistance & The Blessing』はその条件を満たしていると確信できる内容だった。たとえ YouTubeの有名音楽レヴュアーが本作に最低点の1点を与えようと、その素晴らしさは揺るがない。もちろん好みや時代の要請によって、本作をどう捉えるかは大きく変わってくるだろうけれど。

 ショート・レングス全盛の、わかりやすさこそ正義とされる時代と相反する約144分、35曲入、LP4枚組/CD3枚組の大作というパッケージングもさることながら、(2020年代にまったく異なる形で復権を果たした)ブレイクコア、(こちらも姿化を変えて復活した)トランス、ボーカロイド、グラニュラー・シンセシスといったトレンドを包摂しつつも、それらとは相反するプログレッシヴ・ロックやシンフォニック・メタル、モダン・クラシカルといったような、現行のヴァイラル・チャートとは距離のあるジャンルが本作の美学を主柱として支えている。

 そう、本作『Resistance & The Blessing』のサイズは、2020年代のインディ電子音楽の地平にとってあまりにも巨大である。とてもカジュアルには向き合えそうもない(だから、最低得点?)。けれど、『Resistance & The Blessing』にはworld’s end girlfriend=前田勝彦氏の命が込められているはずだから、作品が重さを帯びるのは当然のことだ。なにしろ、7年もの間ライヴ活動を休止し、ひたすら作り続けられたアルバムであり、本人をして “最高傑作” と断言する大作である。怪作と受け取る人が出現するのも無理はないだろう。本作は隙間なく敷き詰められたひとりの音楽家の美学と全身で向き合うことを余儀なくされるような作品なのだ。もちろん、そのような要素を抜きにしても、音像そのものを遺跡を見にいくような感覚で誰もが楽しめるはずなのだけど。

 サウンドデザインの面に目を向けると、本作にはジャンル/美学を含む、広範にわたる要素が散りばめられている印象を受ける。それはまるでworld’s end girlfriendが辿ってきた足跡すべてを回想するように。とはいえ、僕の「WEG体験」は非常に断続的で、ずっと追い続けてきた人々のそれと比べて乏しいものだ。どちらかといえば、world’s end girlfriendそのものより、ひとりの愛好家のCD棚を見せてもらうような感覚で〈Virgin Babylon Records〉のリリース作をバラバラにダウンロードしていくうちに、たびたび現れるオーナー本人の作品、といったような距離感で接していた。最初に触れたのは、BandCampでName Your Price配信されている『dream's end come true』(2002)と『Hurtbreak Wonderland』(2007)あたりだったろうか。ブレイクコア~ポスト・ロック~アンビエントをシームレスに繋ぐようなそのサウンドスケープを、コロナ禍で沈みきっていた時期にたびたび求めた。

 だから、「そういう人間がWEGのすべてが込められた『Resistance & The Blessing』を評してよいものか?」という葛藤があり、それが9月発売の本作をこうしていま取り上げている一因になっている。本作と向き合うことの難しさに大きなプレッシャーを覚え、心中の感想はどれも独立してまとまらない。それでも何度も振り返り、整理を続けていくと、「エピック・コラージュ」とされるジャンル群との結びつきが徐々に浮かび上がった。

 「エピック・コラージュ」とは、デコンストラクテッド(脱構築)・クラブから派生した非クラブ・ミュージック的なサンプリング・ミュージックを指すジャンル定義であり、数多のサンプルを文脈から切り離し新たな文脈を創り出すような音楽性を持つ作品群に適用されるものだ。そこにはたとえばアンビエント、グリッチ、ノイズ、映画音楽、ニューエイジ、非音楽などさまざまな文脈を持つものが重層的に重なり合っており、そして「エピック」という語句が指すようにしばしば壮大なスケールを感じさせる。

 また、近いものに「プランダーフォニックス」と呼ばれるジャンルがあり、こちらも成立こそ1980年代ごろまで遡るものの、2023年現在はサンプリングを主としたその技法(もしくは精神性)だけが取り残され、また新たな枠組みができあがりつつある(デスズ・ダイナミック・シュラウド.wmvやウラ、そして日本からは冥丁やMON/KUといったアーティストの作品が、音楽レヴュー・フォーラムのRate Your Musicにより分類されている)。こういった定義に本作『Resistance & The Blessing』を当てはめてみると、アプローチ的にはかなり近しいものを感じた。プランダーフォニックスはその名称に、Plunder(略奪)とPhonics(音声)という「剽窃的サンプリング」といった負のニュアンスを帯びているジャンルであり、もちろん『Resistance & The Blessing』にそのすべてが当てはまるというわけではない。けれど、2016年末のウェブ・インタヴューにて「world’s end girlfriendを変えた5枚の音楽アルバム」として、プランダーフォニックスの先達とされるDJ シャドウ『Endtroducing.....』が紹介されていたりと、(おそらく)WEGの音楽を構成する一要素として考えられるはずだ。

 メタルやプログレッシヴ・ロック、エレクトロニカ、ブレイクコア、シューゲイザー、グリッチ、脱構築、そういった物事すべてを通過して向かった先がどこであったのかはいまだ結論が出ないというのが正直なところだ。けれども、本作が我々に与える音と奔流は、インスタントな喜怒哀楽を超えたなにかを心の奥底に焼き付けようとする。クラシカルなピアノの演奏に始まり轟音のスーパーソー(トランス・ミュージックの肝であるシンセサイザー・サウンド)に終わる “FEARLESS VIRUS” から “Dancing With me” のグリッチ・ベースとも呼ぶべき脱構築的サウンドに突き落とされる中盤の流れや、“Ave Maria” のラスト1分の痛いほど耳を刺す轟音のフィードバック・ノイズはもはや快楽というより苦悶に近い。しかしその先にはたしかな解放感が待っている。

 なお、この作品の基本設定は

「人間がこれまで幾千幾万の物語で描いてきたふたつの魂、それらの物語が終わったその先の物語」
「ふたつの魂が何度も何度も輪廻転生し続ける物語」

とworld’s end girlfriend本人より説明されている。そして、

「これらの魂は男女、同性、親子、友人、敵、様々な姿で、様々な時代と土地を生き、出会いと別れ、生と死を繰り返し、物語は続きます。」

とも明言されている。だから1曲目は “unPrologue Birthday Resistance” で、35曲目は “unEpilogue JUBILEE” なのだろう。誕生を喜ぶことも、終わりを迎えて救済されることも両方拒んでいるアルバムというわけだ。人にも音楽にも、続きがあるということだろうか。苦悶に近い陶酔の果てに現実へと突き放されるような本作の視聴体験を、厳しさと捉えるか優しさと捉えるかでまた、聴いたあとに見えてくる景色や考える物事も変わるような気がする。僕はこの大作を前に、結局音の先に人を見出してしまった。エピックな大作でありながら、個々人の持つ美意識や感情=つまりは生に訴えかけるパーソナルなメッセージを独り発信するworld’s end girlfriendのことが、さらに好きになった。

みんなのきもち - ele-king

 東京の若きトランス・パーティー・クルー〈みんなのきもち〉が、環境音楽とアンビエントに特化したレイヴ・シリーズ〈Sommer Edition〉の第三弾を新年1月3日に東京・新木場某所の倉庫を舞台に開催する。

 〈Boiler Room Tokyo: Tohji Presents u-ha〉への出演も話題となったが、活動の主軸は完全自主で不定期開催するレイヴである。匿名通話アプリを用いたシークレット開催(〈Sommer Edition〉のような特定の催し以外、今後の開催は地下化するともアナウンスされている)や、今回のようなアンビエント・レイヴなど、その内容は決して「ハイパー」という惹句ではひとくくりにできない2020年代以降の電子音楽の可能性を提示するものだ。

 〈Sommer Edition〉はトランス、ヒップホップ、ポスト・クラブ(デコンストラクテッド・クラブ以降の脱構築的・実験的なクラブ・ミュージック群)など様々なジャンルをアンビエント/環境音楽というフォーマットに落とし込む実験的なレイヴ・パーティー。クラシックのコンサートから着想を得て、ダンス・ミュージックやクラブという文脈から離れた場で新たな音楽鑑賞のスタイルを提案することを目指しているとのこと。寝ても座ってもいいし、踊ってもいい。個々人がサウンドスケープの膜に包まれながら、気ままに過ごせる集いの場を日の入り/日の出の時間にあわせて提供する。現在ベルギーより来日中のポスト・クラブ・アーティストBugasmurf(f.k.a buga)のほか、ヘッドライナーとなるアーティストの出演もアナウンスされている(こちらは1月1日に追加解禁)。

 目まぐるしいスピードで移り変わり続ける世の中だからこそ、速度のベクトルには回収されない音楽が自然と求められる。ユースの熱意と感性が新たに掴み取ったアンビエント・ユートピアに興味を抱いた方は、新年のはじまりを彼らに委ねてみてはいかがだろうか?

〈みんなのきもち〉Sommer Edition Vol.3
Wednesday January 3rd, 2024 3PM
東京都江東区新木場3-4-7 / 3-4-7 Shinkiba, Koto-ku, Tokyo-to, Japan
ADV ¥3,000 / DOOR ¥4,000
Ticket link: https://0103se3.peatix.com

Lineup (A to Z)

Secret Guest (1月1日公開)
ast midori
Bugasmurf (BE)
botsu vs nul
gpu Angel Nyx
堀池ゆめぁ
LSTNGT
Shu Tamiya
VIO-SSS

※このイベントは違法に、またはその可能性がある上で開催されるものではありません。安心して参加してください。
※開催後の中断/中止があった場合の返金対応はいたしません。ご了承ください。開催前の中止については返金対応を行います。
※薬物、その他違法性のあるものの持ち込み禁止。見つけ次第警察に通報します。
※会場、および周辺での事故、事件には責任を負いかねます。
※未成年の入場可。

〈みんなのきもち〉

東京を拠点に活動するレイヴ・クルー。実験音楽からヒップホップ、ボーカロイドまでをもルーツに持ち、トランス・ミュージックを主軸としたさまざまな要素を取り入れ新しいスタイルを確立。イベント・オーガナイズの他に、DJや照明演出も手掛ける。2021年の発足以来、ブリュッセルやベルリンのインディペンデント・レーベルとのコラボ・ショーケースや、シンガー・松永拓馬のリリース・パーティーなどを開催。またDJユニットとしても様々なイベントに出演し、〈Boiler Room〉からアンダーグラウンドのパーティーまで幅広い場所に出演。

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