「Nothing」と一致するもの

Autechre - ele-king

 さすがにこの新作でオウテカにはじめて出会うというひとは少ないとは思う。だが、『エクサイ』はすべてのリスナーに、はじめて彼らの音と出会ったときのことを思い出させるだろう。

 僕の場合、リアルタイムでの出会いが01年の『コンフィールド』であり、ただ面食らった、そんな印象を覚えている。決定的だったのは翌年の『ガンツ・グラフ』で、そこで奔放に暴れまわる金属音の生み出す躍動を「ファンク」と呼ぶのなら、サウンドの実験は何かしかめ面のものではない、決まった枠組みからはみ出そうとする獰猛な力のためにこそあるのだと......気づかされ、そして勇気づけられた気分だった。
 もちろんその後の作品も順に追ってはいたのだが、僕が惹かれたのはむしろ、遡って聴いていった過去の作品群であった。『LP5』から『キアスティック・スライド』へ、『トライ・レペテー』から『アンバー』へ、そして『インキュナブラ』......そこにあった(そしてゼロ年代にはあまりなかった)アンビエンスや美が、オウテカの進歩への欲求によって姿を変えていった道程が逆算的に浮かび上がるようでスリリングだったし、何よりも時間を忘れて聴覚をすべて預けたくなるような快感がたまらなかった。そして、彼らが影響を公言するマントロニクスにも、その後ようやく出会うこととなった。
 当たり前の話だが、音の歴史はリスナーに対して不平等である。オウテカのように20年のキャリアを通してつねに前に進み続けてきたようなアーティストとは、いつ、どこで出会うかによって聴こえ方が変わってくることも大いにあるだろう。だが、それが少し覆されたように思えたのが前作『オーヴァーステップス』で、そこでは初期の彼らの美しい和音やメロディ、アンビエンスが、オウテカが長い時間をかけて歩んできた音を踏まえた上で合流しているように聞こえた。それまでの数作では頭ひとつ出た出来だったといまも感じるし、そこには何か、時間の蓄積がオウテカという究極の進歩主義者にも及ぼすものがあったのではないか......と勘ぐってみたくもなった。

 『エクサイ』は2枚組の2時間を超える超大作で、結果として、ここではリスナーにかなり平等に近い立場がはじめて与えられているのではないだろうか。ここには初期を思わせる美しいメロディがあり、あるいはアシッド・ハウスめいたトリップ感があり、インダストリアルなランダム・ビートがあり、エレクトロへの忠誠がある。図式的に大作イコール集大成、と言いたいわけではない。それらオウテカを象ってきた要素たちが順列組み合わせではなく接続されミックスされ、実に複雑な混合体として生み出されている。1枚目の2曲目"irlite(get 0)"に端的に表れているが、10分に及ぶ組曲めいた構成のなかでインダストリアルとアンビエントとノイズとファンクが重なり合いすれ違い、混淆する。それはまるで、時系列を無視してオウテカのディスコグラフィを行き来するかのような、そしてオウテカの持つ多面性と複雑さをさらに推し進めた形で味わうような体験だ。明言できる統一されたムードはない。BPMもムードも音色もバラバラ、非常に振れ幅の広いアルバムだ。比較的1枚目は曲ごとのカラーがはっきりとしているが、不穏なダウンテンポ・エレクトロ "bladelores"における余韻たっぷりの長音で1枚目が幕を閉じても、『エクサイ』は終わらない。そこから2枚目へと突入し、さらなるオウテカの深淵へと入り込んでいく。かなり進んだところで出くわす、通して13曲目の"spl9"などは『ガンツ・グラフ』を容赦なく鋭利にしたようなメタリックかつカオティックなファンクで、長旅を気楽に楽しむことなど出来やしない。
 さらに言えば『エクサイ』は、オウテカの歴史だけに留まる作品ではない。"T ess xi"のスペイシーな電子音にはデトロイト・テクノが遠景に見えるようだし、"jatevee C"にはたしかにかつてのレイヴのようなアシッディな感覚がある。もちろん、オールドスクールのエレクトロはもはや切り離せないほど深く根を張っている。新しい音好きのB-Boyだった彼らの出自の、その過去まで時空はワープする。いったい何度聴けば全貌を掴めるのだろうか。オウテカが交錯させてきた聴覚体験の道のり、その記憶と出会い直し続けるような濃密さがここにはある。

 けっして気楽に聴けるアルバムではないし、オウテカで2枚組という時点で尻込みしてしまう人間も少ないないだろう。けれども、これはアーティストがエゴによって理性を失った結果の作品ではない。2枚組にした理由を訊けば、ロブ・ブラウンははっきりとこう答えてくれた。「今の時代、どの音楽も短いものばかりだ。それとは対極にあるものを作った」
 その意味では、頑固なショーン・ブースとロブ・ブラウンのふたりはその精神性においてまったく変わっていない。『エクサイ』は、リスナーの音への探究心を挑発し、そして信頼してきた彼らの20年の結実である。険しい道のりを経てようやくたどり着く(ボーナス・トラックを除く)ラスト・トラックの"YJY UX"がはじまった瞬間の慄然とするほど美しさは『LP5』の幕を閉じる名曲"Drane2"を想起させ、しかしそこにノイズとファットなビートが合流することで、わたしたちがまだ知らない領域へと連れて行ってくれる。『エクサイ』は、消費主義を徹底的に拒絶する大がかりなトリップだ。膨大な過去が2時間のなかで行き交い、そしてオウテカは、さらなる音の冒険を進めることを迷わない。

〈シュラインドットジェイピー〉の肖像 - ele-king

 97年に設立され、ひとつの哲学のもとに独自のIDMを模索しつづけてきた国内レーベル、〈シュラインドットジェイピー〉。2011年よりほぼ毎月のペースでリリースされてきた21タイトルをele-kingの視点でご紹介しよう。主宰である糸魚健一のブレない音響観やアート・ワーク、繚乱と展開される各アーティストのサウンド・デザインを楽しみたい。国産のエレクトロニカやIDMの水準をしっかりと感じ取ることができるだろう。

 倉本諒、デンシノオト、橋元優歩、野田努、松村正人、三田格によるレヴュー21タイトル掲載ページは、以下からご覧いただけます。
https://www.ele-king.net/special/shrine.php


■Pick Up

intext - fount
SRCD025

言語=フォント=シニフィアンの「美」が、形式=デザインの「美」へと遡行し、そこからサウンド=音響・音楽が生まれること。京都在住の外山央・尾崎祐介・見増勇介らによるこのエレクトロニクス・サウンド・アート・プロジェクトのミッションは、テクスト・フォント・デザイン・サウンドのマッピングを拡張していくことで、電子音響作品における「形式の美」を刷新する試みのように思えた。電子音の清冽な持続、陶器のような質感のクリッキーなリズム、記憶を解凍のようなサウンド・コラージュ。それらが精密に重なりあい、一切の濁りのない清流のようなサウンド・レイヤーを生成していく。そのサウンドのなんという美しさ! (デンシノオト)

plan+e - sound-thinking
SRCD038

レーベルを主催するサイセクス(PsysEx)とアームチェアー・リフレクションによるアティック・プランに萩野真也が加わって名義が短縮され、さらにE(Ekram)こと古舘健をフィーチャーした即興ユニットの1作目。前半はムーヴ・Dのディープ・スペース・ネットワークを思わせつつ、音数を減らしていないラスター・ノートンというか、ドイツ産にはない情感が随所から滲み出してくる。あるいはマッシヴ・アタックをグリッチ化したような泥臭さをそこはかとなく漂わせ、無機質な音だけで構成されているとは思えない豊穣なニュアンスへと導かれるとも(闇のなかを手探りで進んでいるのに、どこか安心感があるというか)。後半は発想の源がさっぱりわからない“cycloid”や、雅楽(?)にジャズを持ち込んだ“bon sens”など意外な展開が目白押し(後者は今西玲子を琴でフィーチャーし、法然院で録音)。全9曲、似たようなパターンはまったくなく、アンビエント係 数の高い“thinking reed”や“cosmology”にしてもなかなか一筋縄ではいかないややこしさに満ちている。つーか、またしてもピッチフォークあたりに「日本人はなんでオウテカばっかり聴いて、自分の国の......」とか嫌味を書かれそうな予感も? (三田格)

Toru Yamanaka - sextant
SRCD027

睦月、如月は例年僕の生体バイオリズムが最も降下を記録するシーズンである。それは自身のなかと外の世界に最も顕著なズレが生じることを意味する。芸術表現における主たるモチヴェーションのひとつはこのズレを補正することだ。この『セクスタント』には彼の内省的事柄を音像とその配置によって丁寧に具現化していく根源的行為が各トラック毎に完遂されていて、それが聴者の心象から新たなるスケッチを描き出す。セクスタント(航海計器)はいかなる聴者の内なる大海原にても正確な航路を導き出してくれるに違いない。〈shrine.jp(シュラインドットジェイピー)〉なる独自のブランディングを施されたリリースをハイペース継続している現代型のレーベルが畑は違えど存在しているということは、いい加減正月ボケから目を醒ますべきだと僕に告げているのかもしれない。(倉本諒)

ieva - il etait une fois
SRCD036

最初にヘッドフォンで聴いて、数分後、このアルバムにすっかり魅せられた。イエバによる『Il Etait Une Fois(昔々)』は、聴覚による想像的景色の万華鏡だ。まどろみを誘い、夢と記憶の茂みをかき分け、日々の生活では忘れている感情の蓋を開ける。アンビエント・ミュージックはこの10年で、より身近な音楽となった。ただ、そう、ただ耳を傾けさせすれば、景色は広がる。そして、フィールド・レコーディングとミュージック・コンクレートも、アンビエントにおいてより効果的な手法として普及している。クリスチャン・フェネスやクリス・ワトソン、グレアム・ラムキン、あるいはドルフィン・イントゥ・ザ・フューチャー......本作もこうした時代の新しい静寂に連なっている。女性ヴォーカルの入った最高に美しい曲が2曲あるが、それらは歌ではなく、あくまで音。フィールド・レコーディング(具体音)の断片たちが奏でる抽象的で想像的な音楽のいち部としてある。まったく、なんて陶酔的な1枚だろう。(野田努)

polar M - the night comes down
SRCD022

エレクトロニカにおけるアンビエント以降の音楽/音響はいかにして成立するのか。京都出身のpolar Mことmuranaka masumが奏でる音のタペストリー/層は、この「難題」に対して柔らかな返答を送っているように思えた。電子音響のクリスタルな響き。ヴォーカル・トラックが醸し出す透明な感情。ロード・ムーヴィのサントラのようなギターの旋律。ガムランでクリッキーなビート。これらの音が緻密にエディットを施され音楽作品として成立するとき、「音楽/音響」の対立は綺麗に無化されていくのだ。まるで氷の密やかに重なり合うような結晶のようなデジタル・サウンド。ずっとずっと浸っていたい。(デンシノオト)

Psysex - x
SRCD030

〈shrine.jp(シュラインドットジェイピー)〉主宰のPsySex(サイセクス)こと糸魚健一をはじめて知ったのは、まだ雑誌に勤めていたとき、〈涼音堂茶舗〉の星さんにファースト『Polyrhythm_system exclusive message』をご紹介いただいたときなので、もう10年になるが、PsySexはこの間、一貫してユニット名の由来でもある“ポリリズム - システム”、つまり揺らぎやズレを内包した機構の構築をつきつめてきた。それはIDMの金科玉条というよりシステム自体の自律性であり、そのベクトルに沿いながらPsySexは〈daisyworld〉や〈12k〉〈port〉〈imagined〉などのレーベルとリンクし、アルヴァ・ノトやAtom TMと親交を深めたが、軸は揺らがなかった。まったくブレない。アルバムごとの表情はもちろんちがうし、テクノロジーの変遷を無視するわけにはいかないが、PsySexのビートとノートとサウンドの化合物は、白地図上の国盗りゲームのようだったIDMのトレンドとはハナから距離をとっていた。『x(テン)』はその10年目の経過報告であり、時空間上に音を置いていくやり方に円熟の旨味さえ感じさせる。ストイシズムのなかに滲むものがある。アブストラクトなのにギスギスしていないのは〈shrine.jp〉の諸作にも通じるものであり、PsySexという機構はそれらとの連関のうちに語られるべき何ものかに拡張しつづけている。(松村正人)

intext - ele-king

 言語=フォント=シニフィアンの「美」が、形式=デザインの「美」へと遡行し、そこからサウンド=音響・音楽が生まれること。京都在住の外山央・尾崎祐介・見増勇介らによるこのエレクトロニクス・サウンド・アート・プロジェクトのミッションは、テクスト・フォント・デザイン・サウンドのマッピングを拡張していくことで、電子音響作品における「形式の美」を刷新する試みのように思えた。電子音の清冽な持続、陶器のような質感のクリッキーなリズム、記憶を解凍のようなサウンド・コラージュ。それらが精密に重なりあい、一切の濁りのない清流のようなサウンド・レイヤーを生成していく。そのサウンドのなんという美しさ!

ダイナミズムとアンビエンスが作り出す、
壮大なヴァーチャル・サウンドスケープへの旅。


intext(インテクスト)はアート・プロジェクトへの参加、音と映像によるライブ・パフォーマンス、デザインワークや出版など、あらゆる境界を越境して活動するグループ。メンバーは外山央、尾崎祐介、見増勇介。外山はsoftpadのメンバーでもある。 本アルバムはこれまでにライブ・パフォーマンスなどを通して、そのサウンドが高く評価されてきたintext待望の初音源。全編を通してダイナミズムとアンビエンスが作り出す壮大なヴァーチャル・サウンドスケープを旅するようなイメージが繰り広げられる。 実際に彼らが旅をした際に収集した音素材を引用したり、それらをカットアップして原型のわからない状態まで加工後使用しているのだが、コンテクストを引き剥がすような技法を用いているにもかかわらず、旅・移動のイメージに帰結することで成立しているパラドキシカルな文法が興味深い。 また作曲にグリッド・システムなどデザインのロジックを持ち込んでいるが、異なる分野のロジックを持ち込み、置き換え、類型を破ろうとするアプローチに、専門的ミュージシャンではない彼ら独自の視点を読み取ることができる。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

plan+e - ele-king

 レーベルを主催するサイセクス(PsysEx)とアームチェアー・リフレクションによるアティック・プランに萩野真也が加わって名義が短縮され、さらにE(Ekram)こと古舘健をフィーチャーした即興ユニットの1作目。前半はムーヴ・Dのディープ・スペース・ネットワークを思わせつつ、音数を減らしていないラスター・ノートンというか、ドイツ産にはない情感が随所から滲み出してくる。あるいはマッシヴ・アタックをグリッチ化したような泥臭さをそこはかとなく漂わせ、無機質な音だけで構成されているとは思えない豊穣なニュアンスへと導かれるとも(闇のなかを手探りで進んでいるのに、どこか安心感があるというか)。後半は発想の源がさっぱりわからない"cycloid"や、雅楽(?)にジャズを持ち込んだ"bon sens"など意外な展開が目白押し(後者は今西玲子を琴でフィーチャーし、法然院で録音)。全9曲、似たようなパターンはまったくなく、アンビエント係 数の高い"thinking reed"や"cosmology"にしてもなかなか一筋縄ではいかないややこしさに満ちている。つーか、またしてもピッチフォークあたりに「日本人はなんでオウテカばっかり聴いて、自分の国の......」とか嫌味を書かれそうな予感も? 

97年に設立され、ひとつの哲学のもとに独自のIDMを模索しつづける国内レーベル、〈シュラインドットジェイピー〉の特集記事はこちらから!

https://www.ele-king.net/special/shrine.php

Toru Yamanaka - ele-king

 睦月、如月は例年僕の生体バイオリズムが最も降下を記録するシーズンである。それは自身のなかと外の世界に最も顕著なズレが生じることを意味する。芸術表現における主たるモチヴェーションのひとつはこのズレを補正することだ。この『セクスタント』には彼の内省的事柄を音像とその配置によって丁寧に具現化していく根源的行為が各トラック毎に完遂されていて、それが聴者の心象から新たなるスケッチを描き出す。セクスタント(航海計器)はいかなる聴者の内なる大海原にても正確な航路を導き出してくれるに違いない。〈shrine.jp(シュラインドットジェイピー)〉なる独自のブランディングを施されたリリースをハイペース継続している現代型のレーベルが畑は違えど存在しているということは、いい加減正月ボケから目を醒ますべきだと僕に告げているのかもしれない。

猥雑さと崇高さの融合。京都の地下シーンをリードし続ける山中透が、コンポーザーとしての魅力を余すところなく発揮した傑作。

山中透は80年代より活動する作曲家、レコーディング・エンジニア、プロデューサー、DJ。Foil Records主宰。ダムタイプに結成当初から2000年まで音楽監督として参加し、代表作『S/N』をはじめ多くの作品で音楽・音響を手掛ける。また1989年より続くドラァグクイーン・イベントDiamonds Are Foreverを主催するなど、常に京都の地下シーンをリードしてきた。 本アルバムはクラブ・ミュージックとフィルム・ミュージックを組み合わせたような、独自のバランス感覚で構成されており、山中がコンポーザーとしての魅力を余すところなく発揮した作品となっている。
抑えのきいたグルーヴからジャジーなシンコペーションへと変化するリズムが印象的な"Birdy"、ヴァイブとオルガンのフレーズがクールなファンクネスを作り出す"Slide Show"など、随所に散りばめられたブラック・ミュージック特有の律動は極めてフィジカル。また荘厳なパイプオルガンの旋律が、強烈なエモーションを生み出す"Barnard 68 Part 2"に代表される、猥雑さと崇高さの融合も作品の重要なファクターとなっている。 リミックスにAUTORAやSPDILLなどでも活躍するspeedometerことJun Takayama、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDの石川智久が参加。マスタリングはMAGIC BUS Recording Studioの沢村光が手掛けている。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

ieva - ele-king

 最初にヘッドフォンで聴いて、数分後、このアルバムにすっかり魅せられた。イエバによる『Il Etait Une Fois(昔々)』は、聴覚による想像的景色の万華鏡だ。まどろみを誘い、夢と記憶の茂みをかき分け、日々の生活では忘れている感情の蓋を開ける。アンビエント・ミュージックはこの10年で、より身近な音楽となった。ただ、そう、ただ耳を傾けさせすれば、景色は広がる。そして、フィールド・レコーディングとミュージック・コンクレートも、アンビエントにおいてより効果的な手法として普及している。クリスチャン・フェネスやクリス・ワトソン、グレアム・ラムキン、あるいはドルフィン・イントゥ・ザ・フューチャー......本作もこうした時代の新しい静寂に連なっている。女性ヴォーカルの入った最高に美しい曲が2曲あるが、それらは歌ではなく、あくまで音。フィールド・レコーディング(具体音)の断片たちが奏でる抽象的で想像的な音楽のいち部としてある。まったく、なんて陶酔的な1枚だろう。

フィールド・レコーディングにより切り取った日常の情景と音楽を重ねたアンビエント・アンサンブル。

ieva(イエバ)ことSamuel Andréはフランス出身の音楽家、作曲家、映画作家。2000年からコンピューター・インターフェイスのデザイン研究を開始し、音楽と映像に関するクリエイティヴな活動を続けてきた。これまでにアメリカ、ポルトガル、フランスなどのレーベルから音源を発表している。映画作家としては2002年にthe Aquitain Film Music Competitionの実験映画部門を受賞。現在は京都を拠点にライブ及び創作活動を行っており、過去に自身のレーベルPollen Recから、京都で集音した素材を用いたアルバムをリリースしている。 サウンドワークでは、フィールド・レコーディングにより切り取った日常の情景と音楽を重ねることで、ノスタルジックな感情や、謎めいたイメージを想起させるような作品を制作している。 本作でも車の走る音、鳥の鳴き声、シンセやヴォーカルのフレーズなどによる繊細なアンサンブルが、穏やかな朝の情景を描き出す"a wind away"、ブランコが揺れるような音、人の声、ノワール調の音楽が物語性を呼び込む"an empty swing"など、様々なイメージをもつ楽曲を堪能することができる。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

polar M - ele-king

 エレクトロニカにおけるアンビエント以降の音楽/音響はいかにして成立するのか。京都出身のpolar Mことmuranaka masumが奏でる音のタペストリー/層は、この「難題」に対して柔らかな返答を送っているように思えた。電子音響のクリスタルな響き。ヴォーカル・トラックが醸し出す透明な感情。ロード・ムーヴィのサントラのようなギターの旋律。ガムランでクリッキーなビート。これらの音が緻密にエディットを施され音楽作品として成立するとき、「音楽/音響」の対立は綺麗に無化されていくのだ。まるで氷の密やかに重なり合うような結晶のようなデジタル・サウンド。ずっとずっと浸っていたい。

ギターを中心に奏でられる情感溢れるメロディーと、深いアンビエンスが静かな夜にいざなう。

polar M(ポーラ・エム)こと村中真澄は京都を拠点に活動するミュージシャン、ギタリスト。関西屈指の電子音楽イベントnight cruisingを中心にライブを行い、これまでにHome Normalのサブ・レーベルNomadic Kids Republicよりアルバム『northern birds』をリリースしている。ソロ以外にダンスとの共演、映像作品への楽曲提供など幅広い範囲でコラボレーションをしており、京都の様々な分野のアーティストから信頼を寄せている。
セカンド・アルバムとなる本作では、ギターを中心に奏でられる情感溢れるメロディーと深いアンビエンス、卓越した編集センスで静かな夜に沈み込んでいくようなサウンドスケープを描き出している。また前作や、自主制作CD-R作品『Headlight to Midnight』などを通して確立してきた音質・音圧のクオリティーと、アルバム全体で1つのストーリーを描き出すような構成力が一つの達成をみせている。 ゲスト・ミュージシャンとして"the night comes down"にMille Plateauxのコンピレーション『Clicks & Cuts 5.0』に参加するなど、国内外で評価される京都のユニットrimaconaの柳本奈都子がヴォーカルで参加。polar M初の歌ものとなっている。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

PsysEx - ele-king

 〈shrine.jp(シュラインドットジェイピー)〉主宰のPsysEx(サイセクス)こと糸魚健一をはじめて知ったのは、まだ雑誌に勤めていたとき、〈涼音堂茶舗〉の星さんにファースト『Polyrhythm_system exclusive message』をご紹介いただいたときなので、もう10年になるが、PsysExはこの間、一貫してユニット名の由来でもある"ポリリズム - システム"、つまり揺らぎやズレを内包した機構の構築をつきつめてきた。それはIDMの金科玉条というよりシステム自体の自律性であり、そのベクトルに沿いながらPsysExは〈daisyworld〉や〈12k〉〈port〉〈imagined〉などのレーベルとリンクし、アルヴァ・ノトやAtom TMと親交を深めたが、軸は揺らがなかった。まったくブレない。アルバムごとの表情はもちろんちがうし、テクノロジーの変遷を無視するわけにはいかないが、PsysExのビートとノートとサウンドの化合物は、白地図上の国盗りゲームのようだったIDMのトレンドとはハナから距離をとっていた。『x(テン)』はその10年目の経過報告であり、時空間上に音を置いていくやり方に円熟の旨味さえ感じさせる。ストイシズムのなかに滲むものがある。アブストラクトなのにギスギスしていないのは〈shrine.jp〉の諸作にも通じるものであり、PsysExという機構はそれらとの連関のうちに語られるべき何ものかに拡張しつづけている。

ユニークな音階を持つリズムと、視覚的なグルーヴ・センス。
深化し続けるポリリズムの最前線。


shrine.jpのレーベル・オーナーで、関西を代表する電子音楽家糸魚健一によるソロ・プロジェクトPsysEx(サイセクス)通算5枚目となるアルバム。これまでに細野晴臣のdaisyworld discsなど、国内外問わず多くのレーベルから作品をリリース。また京都のMETROを拠点として積極的にライブを行っており、DJ iToy名義や、電子音響インプロヴィゼーション・ユニットplan+eのフロントマンとしても活動している。
本作はリズムがもつユニークな音階、ストイックなグリッジと粒立ちのいいキックに見え隠れする意表を突くウワモノのチョイスなど、PsysExサウンドの特長をクリアに伝えるアルバムとなっている。またミドルテンポの曲を多く収録することで、リズムの軌道が見えるかのような独自の視覚的グルーヴ・センスを引き立たせており、グルーヴのビジュアライズを示唆する効果を生み出している。
ハイライトは国内外で評価され続けるアーティストAoki Takamasaとの共作"841"。当たりの柔らかさとシャープネスを合わせもったAoki Takamasaの個性がバランスよく反映された、ハイセンスなダンスチューンに仕上がっている。
糸魚はplan+eとしてもshrine.jpからアルバムをリリースしている。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

higuchi eitaro - ele-king

 最近になってジュークにスタイルを改めた大阪の中堅グループ、サタニックポルノカルトショップ周辺からグリッチ・タイプによる本人名義の1作目(これまでに自主レーベル=ネジやドイツのエレクトロトンなどからCDRをリリース)。アン-ジェイムス・シャトンを思わせるリーディングのカット・アップを皮切りに、オフ・ビートでスウィングし続ける変り種(最後まで地に足がつかないというか、延々と惑星探査船とかで低空飛行しているような気分)。ひとつの方法論から様々なヴァリエイションを生み出しているという意味ではデザイン的な発想なんだけど、その方法論がはっきりいって、ものスゴくオリジナルといえる(説明のしようがない)。

エラー構造とデジタル・ノイズを軸とした、 電子音楽のシュルレアリスム。

京都在住のアーティスト樋口鋭太朗が、2005年にshrine.jpからリリースした同名CD-R作品(SRCDR016)の再発盤。shrine.jpからは、他に2枚組CD-R作品『E-D-/K+I+』(SRCDR020/SRCDR021)をリリースしている。またdagshenma名義でも活動しており、これまでに大阪のレーベルnunulaxnulan/nejiなどから多数のCD-R作品を発表してきた。
本名名義の作品はリアルタイム音響合成とアルゴリズミック・コンポジションに特化した、オブジェクト指向型のプログラミング環境SuperColliderにより作曲している。Max/MSPのようなGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)型ではなく、言語型プログラミングなので、直感的でない分アクシデンタルな効果を誘発しやすい。
本作でも全編を通して、Autechreの流れを汲むようなエラー構造、グリッジなどのデジタル・ノイズを軸としたシュルレアリスティックな電子音楽を展開している。
樋口はdagshenma名義でもshrine.jpからアルバムをリリースしている。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

armchair reflection - ele-king

 ポップ&ファニーなサウンドが幾層も重ねられ、聴き手を人形アニメのような世界に連れて行ってくれる作品だ。しかしその可愛らしい音響の奥深くに耳を澄ますと、その音のウラにある音のザワメキを感じ取ることができる。まるでドローンやノイズのような世界を裏返すような音。それもそのはず、本作は、curtain of cards名義で多数の作品をリリースしている大堀秀一の作品なのだ。大堀秀一といえばPsysExとのplan+e(リリースされたばかりのアルバムも最高!)も参加している、幅広い音楽性に裏打ちされた音へのこだわりは本作のサウンドの隅々にも感じられる。

テクノ・ポップとトライバルなサウンドを取り入れたファンタジックなエレクトロニカ。

curtain of cards名義で活動する京都在住のアーティスト大堀秀一による別名義ソロ・プロジェクトarmchair reflection(アームチェア・リフレクション)。これまでにcurtain of cards名義で東京の音響レーベルCommune Discから多数リリースしており、電子音響インプロヴィゼーション・ユニットplan+eのメンバーとしても活動している。 本作は2002年にshrine.jpからリリースした同名CD-R作品(SRCDR007)の再発盤。ロボットヴォイスと、拍子はずれなオルガンの音色が無垢なサウンドを作り出す"the paratrooper"、東南アジアの民族音楽をポップに消化したようなリズムが楽しい"small speaker"と"sculpture"など、アルバム内に様々な音楽性が混在。ドローンやノイズを用いたミニマムな音作りを得意とするcurtain of cardsのサウンドとは一線を画す、テクノ・ポップとトライバルなサウンドの要素を多分に取り入れたファンタジックなエレクトロニカ作品となっている。 当時の関西には東京中心のメジャー・シーンや、ストイック過ぎる前衛シーンへの反動によって、童心に立ち返るようなイメージの音楽を制作するアーティストが多数存在していた。本作はそういった時代の空気を捉えた一枚となっている。
大堀はplan+eとしてもshrine.jpからアルバムをリリースしている。
(中本真生/UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

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