「Nothing」と一致するもの

interview with Nick Cave - ele-king


Nick Cave & The Bad Seeds
Push the Sky Away

Bad Seed Ltd/ホステス

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 げっそり痩せた彼は、黒髪を後ろになびかせて、マイクを握っている。真っ白い肌、そして燃える瞳で、地獄の烈火のごとく憤怒する。本とドラッグを貪りながら、旧約聖書の言葉を使って、不浄な愛の歌を歌う。
 ニック・ケイヴといえばロックの象徴派として名高いひとり、リディア・ランチに「最高の詩人」と呼ばれた男だ。トライバル・リズムのゴシック・パンクの最重要バンドのひとつ、オーストラリアから登場したバースデー・パーティのヴォーカリストとして、彼は野蛮な生のあり方をまざまざと見せつけた後、1983年にはバッド・シーズを結成、翌年に最初のアルバム『フロム・ハー・トゥ・イタニティ』を発表している。
 ゴシック・パンク/ノーウェイヴの冷たい熱狂をブルースの叙情性へと繋げたこのバンドのオリジナル・メンバーには、アインシュツルツェンデ・ノイバウテンのブリクサ・バーゲルド、のちにデヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』のサントラを手がけるバリー・アダムソンがいた。バースデー・パーティ時代からの相棒であるミック・ハーヴェイは、一時期バリー・アダムソン、そしてクリス・ハース(DAF~リエゾン・ダンジュールズ)たちと一緒にクライム・&ザ・シティ・ソリュージョンとしても活動している。また、バンドには途中からウォーレン・エリス(ダーティ・スリー)も参加している。

 映画監督のヴィム・ヴェンダースはケイヴについて「彼の内面におけるすべての混乱と不安定さにも関わらず、彼の歌は純粋な愛への渇望と平和への憧れに向けられている」と説明しているが、80年代のバースデー・パーティ~バッド・シーズは、青々しく思春期的な、ディオニソス(酔いどれ)的な、ランボー(地獄の季節)やボードレール(悪の華)的な、極限的な、「内面におけるすべての混乱と不安定さ」を音楽として表現していたと言えるだろう。

 バースデー・パーティ時代の、トライバル・ビートと彼の魅力的な呪詛による"ズー・ミュージック・ガール"(1981年)、吸血鬼とのセックスを歌った"リリース・ザ・バッツ"(1981年)、バッド・シーズとしてのデビュー・シングルに収録されたエルヴィス・プレスリーの素晴らしいカヴァー曲"イン・ザ・ゲットー"(1984年)、ドラマチックな"ザ・マーシー・シート(恵み座)"(1988年)、黄金のように美しい"ザ・シップ・ソング"(1990年)、暗黒のブルース"ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)"(1992年)......ニック・ケイヴにはすでに驚異的な名曲がいくつもあるが、50歳を越えてもなおグラインダーマン名義で激しく歌い、そしてバッド・シーズとしても作品を作り続けている。先月リリースされた『プッシュ・ザ・スカイ・アウェイ』は、ガレージ・ロック色の強い『ディグ、ラザルス、ディグ!!!』(2008年)以来の、15枚目のアルバムとなる。
 以下、坂本麻里子さんによる貴重なインタヴューをお届けしましょう。

バッド・シーズの〝重み〟ということだね。その重みには気力をそがれかねない、と。しかし俺は歌詞を書いたところでスタジオに入るし、自分の側の用意はそれで整っている。今回は俺自身も前もって準備した歌詞に満足していたし、かなりこう「自分の務めは済んだ」という感じだった。

取材:坂本麻里子

ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズとしては5年ぶりの新作になりますが、グラインダーマンを経て再びバッド・シーズに戻り、彼らとスタジオに入ったときはどう感じましたか。

ニック・ケイヴ(NC):まあ......グラインダーマンも顔ぶれは同じだからね(笑)。

ええ。でも違うバンドではありますし。

NC:でも、同じとは言っても面子に多少違いはあるわけで、あれは......ある種ほっとさせられたというか。俺たちは今回、3週間スタジオに皆で住み込んだんだよ、文字通りの共同生活だった。だから連日連夜スタジオで過ごすって調子で、(作業が終わると)階上の部屋に上がって寝て、起きるとまたスタジオに戻り作業を再開と、3週間そんな感じだった。素晴らしかったね! とにかく喜びであり、またある意味救われもしたな、彼らのようにグレイトな連中と一緒だったわけだから。

そういう「住み込み」スタイルのレコーディングはこれまでにも経験済み?

NC:いやいや、まさか! 以前の俺たちにやれたとは思わないよ(笑)。

若い頃は互いと寝食を共にするなんて我慢できなかった?

NC:まあ......自分たちが若かった頃は、(自分たちだけではなく)外の世界に頼らざるを得なかった、そういうことだろうね。でも今回はその必要を感じなかった。スタジオから出ることすらなかったからね。

あなたは以前「名声があり、長い歴史と遺産を持つバッド・シーズをやるのは責任とエネルギーを伴う」とおっしゃっていましたが、久々のバッド・シーズとしての活動に気後れは? グラインダーマンのように身軽なバンドの後ではとくにそう感じたのでは? と思いますが。

NC:ああ......そうだね。思うに、バッド・シーズの〝重み〟ということだね。うん、そこは君の言う通りだ、その重みには気力をそがれかねない、と。しかしいったん俺たちがスタジオに入ってしまえば──俺は歌詞を書いたところでスタジオに入るし、自分の側の用意はそれで整っている。今回は俺自身も前もって準備した歌詞に満足していたし、かなりこう「自分の務めは済んだ」という感じだった。俺にしてみると......俺の仕事というのは、実際のところ俺が自分のオフィスで歌を書いているうちに作業が終わるようなもので。で、スタジオに入ると俺はそれらの歌をレコーディングすべく他の連中の手に委ねる、と。
 だからある意味彼ら(バッド・シーズ)の作品でもあるんだよ。共同分担の作業だし、協同作品という。だからなんだよ、ある意味とても満足感があるのは。それにまあ、彼らが自分の歌をダメにすることがないってのは、俺も承知しているしね。

信頼があるんですね。

NC:そう。彼らのことは信頼してる。

前作『Dig, Lazarus, Dig!!!』はギターがメインの、バッド・シーズにしてはロックな作品でした。恐らく(近い時期にファーストが録音された)グラインダーマンの影響もあったかと。

NC:なるほど、そうかもな。

それもあってロック寄りで多彩な作品になったと思うのですが、対して新作『Push The Sky Away』はまったく毛色の違うアルバムですね。

NC:それはまあ......ギタリスト(ミック・ハーヴェイ)が脱退したわけだから。ハハハハハッ!

(笑)ええ、それはそうですけども、この作品はこれまでとはまったく違うところから生まれたアルバム、という印象なんです。非常に美しい作品ですが、同時に未知の何か、という。

NC:そう思う? そう言ってもらえるのは嬉しいね。というか、ある意味俺たちもそう感じるよ。おそらく『Dig, Lazarus, Dig!!!』というのは、君が言うほど「グラインダーマンに影響された」というものじゃないにせよ......でも、グラインダーマンとバッド・シーズのメンバーは一部被っていたし、グラインダーマンに参加した連中は「やってやろうじゃないか! グラインダーマンでああいうことができるなら、俺たち(バッド・シーズ)だって同じようなことをやって構わないだろ!!」みたいな調子で。だから誰もがいつもよりもっとハードに演奏したりとか、そういう作品になったわけ。しかし、俺たちがもっとも避けたかったのは、同じようなレコード......グラインダーマンみたいなレコードをもう1枚作るということで。で......まあ、こういうレコードを作ろうと狙ったわけではないし、最終的にこういう出来になった、というだけなんだよ。
 ただ......思うにスタジオ、俺たちがこのレコーディングに使った綺麗なスタジオのことだけど、あの場所はすごくこう、ある意味奇妙な、マジカルな効果を俺たちにもたらしたと思う。そうは言ってもレコーディング・スタジオなんだけど、そこはもともとはフランス国内で第二の収集数を誇るクラシック音楽のレコード・コレクションを収蔵する場所でね(プロヴァンス:サン・レミにあるLa Fabrique Studios)。要は田舎にある豪邸なんだけど、室内の壁はこう......オーク材の美しい棚でできていて、そこにアナログ・レコードがびっしり詰まっているんだ。どこもかしこもね。スタジオのコントロール・ルームにしても......まあ、スタジオってのは大概ひどい場所なんだよ。でもあのスタジオのコントロール・ルームは図書館みたいな雰囲気で、そこに大きなデスクがデンと置かれてるっていう。あのスタジオの写真はネットでも見れるけど、あそこはとても、とても特別な場所で......そうだね、このレコードにはあの場所の何らかの魔法がかかってる、そう思うな。

美しいと同時に薄気味悪く、心に残っていくレコードですよね。もしかしたら、そのスタジオにあるたくさんのアナログ・レコードの古い霊が作品に入り込んだのかもしれません(笑)。

NC:ああ。そうかも、そうなのかもね? だからまあ、俺が言わんとしていたのは......要するに俺は、あそこにいるのが心底好きだったとういうこと。あのスタジオを去る時は悲しくなったくらいでさ。自分は基本的にスタジオが大嫌いな人間なのにね。スタジオに入るのは苦痛だよ。

それはどうしてですか?

NC:スタジオって場所の持つ性質のせいだよ。まあ......もちろんどのスタジオもそうだとは言わないけど、スタジオというのは概してこう......とてもソウルに欠けた感じの場所になり得るわけ。だから俺はいつだってスタジオから離れたくてしょうがないっていう。それで俺はスタジオ内ではすごくじれったくなるし、「さあ、さあ、さあ、さあ! やっつけよう」みたいな感じになるタイプなんだ。他の連中に聞いてみればいいよ、ほんと、スタジオ内の俺に付き合うのは悪夢だから。なのにあのスタジオには、何かがあったんだな......とにかくそこにいたくなる、そういう場所だったという。

歌詞を書き、ベーシックなアイデアを持ち込み......と、あなたが土台を敷いた上にスタジオで他者=バッド・シーズが加わる。その結果として音楽はあなたが予期しなかったものにもなりかねないわけですが、この新作は特に、あなたとしても最終的な内容に驚かされたんじゃないでしょうか?

NC:ああ。俺たち全員驚いたと思うよ......というのも、スタジオに入って1週間後にはすべてのレコーディングを終えていたんだよ。しかしその時点ではまだ、いったいどんな作品をレコーディングしたのか自分たちでも皆目分かっていなくてね。というのもとにかくすべてレコーディングしていって、それらを聴き返すって作業をしなかったから。それがどんなものだったかというと......(今作の)プロデューサーのニック・ローネイはちょっと不安がっていたね。
 というのも、あの時点でレコーディングした音源はどれもこう......これといったコーラス部もないし、横にえんえんと伸びていく感じの、なんというか流れに任せて漂っていくという風だったから、彼(ニック・ローネイ)もそこは気にしていて。しかも俺たち自身も何がレコーディングとして残ったのか分かっていなかったわけで、とにかくいったん腰を落ち着けてすべてを聴き返してみることにしたんだ。そこで俺にもやっと「ああ~、なるほど......こういう類いのレコードなのか」とわかったという。だからもう、そこでいきなり「よし、オッケー」みたいになったわけだ。でまあ、うん、自分でも作品にはとても満足している。本当にハッピーだね。

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かつてのレコードの長さから考えてみれば、これは実は短いレコードってわけじゃないんだよ。CDのフォーマットという尺度で考えると短い、というだけの話であって。過剰なまでに膨れ上がったというか、ときに終わりがない代物だよな、CDってのは。


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Push the Sky Away

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今回の作品向けに曲は多く書きましたか? 9曲入りと、前2作に較べて短いアルバムだと思いますが。 

NC:まあ、俺たちはいつだって簡潔なレコードを作ろうとしていると思うけどね。レコードというのは......だからかつてのレコードの長さから考えてみれば、これは実は短いレコードってわけじゃないんだよ。CDのフォーマットという尺度で考えると短い、というだけの話であって。過剰なまでに膨れ上がったというか、ときに終わりがない代物だよな、CDってのは。で、俺のレコードはすべて基本的には簡潔なちょっとしたもの、という。だから......入れようと思えば入れられた曲は他にあったけど俺たちはそのままにしておくことにした。

なるほど。1枚としてのまとまりに非常に配慮した作品で、これら9曲は分ちがたく結びついた、まるで家族のような曲群です。この9曲が自ずとアルバムにまとまっていった、ということなんでしょうか?

NC:ああ、その通り。たとえばとても美しい、"Give Us A Kiss"という曲があったんだ。誰もがいい曲だ、最高だと気に入っていた曲なんだけど、アルバムにどの曲を入れるか考えたときに、どうにもあの曲が作品の流れを壊してしまうんだよね。あの曲はまあ、実は俺のファースト・キス、ガキだった頃の初めてのキスについて歌ったもので。とにかくそういうことについての曲だったんだ。そこでなんというか、あの曲に後ろに引きずられることになるわけだけど、このレコードは実際過去を振り返る作品じゃないし、とにかく前へ、前へとゆっくりと進んでいるものなんだよ。だから、あの曲は入れずにおくことになった。入れようと思えば入れられた曲は他にもあったということだね。

個人的にこの作品はニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの新たなはじまりを告げる作品ではないかと思います。非常に成熟し抑制された内容ですし、逆に言えば確信がなければここまで削ぎ落としたサウンドは出せないだろう、と。

NC:ああ。しかしまあ、さっきも話したようにまず俺たちは何もかもレコーディングしてみたんだよ。そこから腰を落ち着けてそれらの音源を聴き返す時間をとった、と。その時点での音源は君たちにいま聴いてもらっているフォーマットと実質変わりがないんだ。ところが俺たちは「ギターを足してみよう」だのなんだの......そこに音を加えはじめてね。ちょっとパーカッションも入れようかとか、数日間をあれこれやりながら費やしたわけだ。で、またあらためて皆で音源を聴き返してみたところ、結局そこからまた数日かけて足していったものをすべて取っ払うことになったという。というのも、何かしら......とにかくあれらの僅かな数の楽器がまとまって響く、その様がとても力強かったんだ。

おっしゃる通り音数は少なく、メロディは繊細で侘しく......と、このミニマムな作品はあなたの音楽の美しいエッセンスを提示してもいます。意図的なものではないのでしょうが、なぜこういう「純化されたバッド・シーズ」とでもいうべき方向性になったんだと思いますか?

NC:うん......まあ......俺たちがどうして今回こういう音になったのか、自分でも分からないんだ。ただ、俺たちが何か加えるたびに何かが損なわれていく感じがした、そこだけは分かっていた。何もかも......と言っても多少のオーヴァーダブはやっていてアコギはちょっと重ねたけど、俺にとってのこのレコードの美しさ、このレコードに驚かされる点のひとつというのは、ギターがほぼ皆無に等しいところでね。
 もちろん"Higgs Boson Blues"みたいな曲ではギターも鳴っているけれど、本当の意味でのいわゆる「ギター」が存在しないんだ。空間をすべて満たしてしまうようなギター・プレイがまったくないっていう。何かにギターを加えるとたちまちギターはすべてを固定して、空間を占領していってしまう。すっかりギターを取り除けば、とにかく......つねに音楽のなかに空間が存在することになる、というか。そこは今回俺たちが思い切りやった点だね。

そうやって削ぎ落とされたレコードですが、ただシンプルなだけではありません。とても細かくディテールに富み、考え抜かれた作品だと思います。

NC:そうだね。

ループやエレクトロのニュアンス、羽根のように軽いバッキング・コーラス、奇妙かつ不気味なノイズといった様々な質感の音にも引き込まれるわけですが、アルバム向けのバイオによれば「楽器以外のオブジェを使って生み出した音」も使ったそうで。具体的にはどんな楽器を使ったのですか。

NC:バイオの書き手がそう書いたのかもしれないけど、俺は知らないよ。

ああ、そうですか。あの箇所を読んで「スコット・ウォーカーみたいに、吊るした肉をぶっ叩きでもしたのかな?」と想像してしまったんですが。

NC:いやいや、肉は叩いてない(笑)。そういうんじゃなくて......そうだな、アインシュトゥルツェンデ・ノイバウテンのレコードみたいなことはやっちゃいないよ。ベルリンに住んでいた頃に彼らのレコーディングを見に行ったことがあってね。スタジオに入ったら、彼らは「ジュルル・ジュルル・ジュルルッ!」って感じの音に耳を傾けてるところだったんだ。それでコントロール・ルームに目をやると、肉屋から仕入れて来た臓物、内蔵だのなんだのが山積みされてた。

ひえええ!

NC:で、あごにマイクを括り付けられた犬どもがその臓物にガツガツ食らいついてたっていう(笑)。その様子を見ながら、ノイバウテンの連中は(眉をしかめ真剣そうな表情で)「こりゃいい、いい音がとれた!」って調子で。

(笑)しかし、非オーソドックスな楽器は何か使ったんですか?

NC:まあ、そこらへんはすべてウォーレン(・エリス)の仕業なんだよ。ほんとその手の音は彼が仕切っていて......でも、そういった音の数々を彼がどうやって仕込んでくるのか、それは俺には謎のままなんだ。

彼がいろんなトリックや楽器をスタジオに持ち込んで来る、という?

NC:いや、いや、いや、そうじゃない。彼があらかじめどこかでレコーディングしてくるんだよ。だから、彼がスタジオに来て(掃除機に似た音を真似る)「ブシュゥゥゥン......!」と何かしらの音を再生して、俺に聴かせるわけ。で、俺は「あ、それいいな。ちょっと待った、そのまま続けて」って調子でそのサウンドにあわせてピアノを付けていく、そんな感じで俺たちは曲を書いている。だから俺は彼が持ち込んで来るループだのノイズの正体が何なのか知らないんだ。でもある時彼の機材から「グィィィィ......ン、グィィィイ......ン!」って聞こえる音が出て来て、俺は「コオロギみたいな音だなぁ」と(笑)。
 ってのも彼は家でトカゲをいくつか飼っていて、その餌として生きたコオロギを与えてるんだ。奴の家に行ったことがあるから知ってるんだけど、彼はいち度コオロギをしまってある箱を落っことしたことがあって、以来コオロギは彼の家中に居着いてしまったっていう。

(笑)。

NC:だからウォーレンの家に行くと、聞こえるのは「イッ・イッ、イッ・イッ!」っていうコオロギの鳴き声ばかりというね。というわけで彼はそのコオロギを録音してスピードを遅くし、ビートを被せたりなんだりしてあの音を作り出したわけだ。

彼が様々な色の音を提供する、と。

NC:まあ、今回に限らず彼はこれまでもそうやってきたけどね。

で、そこからあなたは取り組んでいる歌にぴったりのサウンドを見つけていく、と。

NC:というか、それはスタジオ内での作業とは限らなくて、たとえば彼がループを送って来ることもある──ループを俺にメールしてくるわけ。それを自分のオフィスにあるサウンド・システムで流しながらピアノを付けていく、と。それは「ウン・ウン・ウン・ウン・ウンンン......」みたいなリズムというときもあるし、俺はそれにあわせてピアノを弾いてみる。"Wide Lovely Eyes"みたいな曲はそういうリズム感のあるループ(コン、コン、コンとテーブルを指で叩く)があって、俺がそこにピアノをつけて歌を書いていったものなんだ。そんな風にやっているんだよ。

今作の歌詞とあなたの歌唱は侘しく、哀歌という趣きすらあります。とはいえもっとも印象的なのは作品全体に一種の「疲れ」を感じることです。「人生のむなしさに対する疲労」とでもいうか......。

NC:人生のむなしさ(苦笑)?

私の解釈に過ぎませんが、なんらかの疲れが感じられるんです。

NC:そうかもね?

これらの歌詞のインスピレーションはどこから来たんでしょうか。

NC:さあな......どの歌も、それぞれに違う類いの曲だしね。それに何であれ、インスピレーションがどこから湧いて来たのか、それは俺にもわからないんだよ。
 というのも歌の元来のインスピレーションというのは、本当にちょっとした事柄やさほど意味のないごくありきたりな何かから出て来ることもあるわけでね。とにかく仕事に取り組むところから生まれるんだ。何もせずにダラダラしながら(椅子にどっかと腰掛け、天井に向けて両腕を伸ばす仕草をする)何かが自分にもたらされるのを待つ......っていうんじゃなく、歌詞のある一行をつなぎ合わせ、次には他のラインをあれこれと吟味してみて、それらを並べてみたらどうなるかやってみる、と。そういう細かい仕事なんだよ。

たとえば"Jubilee Street"という曲は、ブライトン(ニック・ケイヴが現在住んでいる街)に実在するジュビリー・ストリートにちなんだ曲なのかな、と思ったんですが。

NC:ああ。でもあれは......実際のあの通りは、歌に出てくる同じ名前の通りとは全然別ものなんだ。だから俺はあの(実在の)通りについての歌を書いたわけじゃない、という。実を言えば俺は他の通りとあの通りとを混同していて、ブライトンのジュビリー・ストリートがどこに当たるのかを知った時は「ああクソッ......これがジュビリー通りか。図書館のあるあの通りかよ!」って感じで(笑)。

すごくモダンな建築の図書館がある通りですよね。

NC:そうそう。だから、あれは別に実際のジュビリー・ストリートについて歌った歌じゃないんだ。でも他の人間に教えられたんだけど──俺はその事実は知らなかったんだけども──あのジュビリー通りというのは再開発された地域だそうでね。その以前はいかがわしい、赤線地帯めいた通りだったんだ。そうとは知らなかったけど、結局のところ自分は正しかったということになるな(笑)。

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ベルリンに住んでいた頃にノイバウテンのレコーディングを見に行ったことがあってね。スタジオに入ったら、彼らは「ジュルル・ジュルル・ジュルルッ!」って感じの音に耳を傾けてるところだったんだ。それでコントロール・ルームに目をやると、肉屋から仕入れて来た臓物、内蔵だのなんだのが山積みされてた。


Nick Cave & The Bad Seeds
Push the Sky Away

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こんな風に緻密でさりげなく、ニュアンスに満ちたレコードを作れるバンドはなかなかいないと思います。あなたとバッド・シーズの間のケミストリー、クリエイティヴな相乗効果は現在ベストな状態にある、過去でも最高の状態だと言えるでしょうか?

NC:そうだね。このレコードを作っている時に、何かが起きていたんじゃないかと俺は思っていて......障害物が一切なかったんだよ。とにかくこう、何かしら「宿命」めいたところがあったという。かと言って夢見がちな戯言を並べるつもりはないけども、本当に俺たちは......俺たち全員の中に、とにかく「何かが起きてるぞ」って感覚があったんだ。レコードを作るのは、時として──俺はこれまで山ほどレコードを作ってきたわけだけど──時としてレコード作りというのは忌々しい「闘い」なんだよ。まさに戦場で、いろんな人間たち、様々な思惑、そしてあれこれの予定等々に対して常に闘い続けるって調子なんだ。
 ところが今回はそうじゃなかった。このレコード作りにおいては何というか全員が同じ空気を吸っていた、という。うん......ある意味不思議なくらいエゴが欠けたレコードなんだよ、これは。今回はドラムがとても美しくて......トミー、トーマス・ウィドリアーがそのほとんどをプレイしている。以前は彼がドラムを担当していたけど、ジム(スクラヴノス)がそこに取って代わったわけだよね。でも今作ではドラムのほとんどをトミーが叩いているんだ。彼のドラムのタッチは非常に軽いものだから、その意味でも助けられたね。

この繊細で侘しい作品を聴いていて、ふと「これはニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズにとっての『On The Beach』(ニール・ヤング/1994年)かもしれない」と感じました。

NC:まさか!(満面の笑顔)......(照れくさそうに)冗談はよせよ!!

いや、マジな話です。

NC:(笑)わかった......最高だな。あれは俺のフェイヴァリット・レコードだからさ。

そうなんですか、それは知らなかった。

NC:そう言ってもらえてとてもハッピーだよ。

とくにあの作品の"Ambulance Blues"や......

NC:うん。それに"On The Beach"、アルバムのタイトル曲ね。ああ、そうだね......たしかに......嬉しいな(ひとしきり微笑む)。でもたしかに"On The Beach"という曲は、たとえば"Higgs Boson Blues"なんかのなかに何かしらの......うん、あのレコードからある程度影響を受けてる、というのは俺も感じる。だからそう言ってもらえるのはとても嬉しいよ。

『On The Beach』のとくにアルバムB面は、ただ静かに聴き続けられると同時に聴くたび何か発見がある、そこがとても好きです。あなたの新作にもそれと同じ性質があると思いました。

NC:まあ、彼(ニール・ヤング)があれらの曲をレコーディングしたときにはあるやり方ってのがあったらしいからね。自分の作品がそれと似たものなのかどうかはわからないにせよ、彼のやり方には何というか「ファースト・テイク」めいたところがあるんだよね、本当に。だから歌のなかで何が起こっているのか、それを発見していく感覚があるというのかな。それでも曲は前へ前へと進んでいくわけで、ときたま彼が生まれて初めてこの歌を歌ってるかのように聞こえることがあるんだよ。だからとても生々しい。
 で、俺たちのこのレコードもそれと同じと言いたいわけじゃないけど、たとえば"Higgs Boson Blues"はワン・テイクで録ったんだ。俺としてもあの歌がどんな風に展開していくか分かっちゃいなかったし......だから、俺たちはあの曲を前もって何度もプレイし練習したことがなかったという。

あれはアルバムのなかでもベストな1曲だと思います。

NC:ああ。すごくいいよな。俺も気に入ってる。

今回のアルバム・ジャケットですが、過去数作に較べ象徴的でミステリアスなものですね。コンセプトを教えてもらえますか。

NC:というか、コンセプトはないんだよ。あの写真は偶然の産物で......

「偶然撮影された」全裸女性を含む写真、ですか??

NC:(笑)わかった、わかった。だから、写真のあの女性は俺の妻なんだ。撮影されたのは俺の自宅の寝室。妻はフランス人写真家のドミニク・イサーマンと雑誌向けの写真撮影をやっていたところでね。妻はたまにモデルもやるんだ。で、あの時彼女は撮影の合間に衣装を着替えているところで、裸だったんだ。マントを着ての撮影をやったところで、そのマントの下は全裸だったという。で、ちょうど彼女がマントを脱いだ時に俺が「ハーイ、どう、うまくいってる?」なんて調子で寝室に入って行ったんだけど、ドミニクに「あっちに行って窓を開けてちょうだい!」と命令されて。寝室の雨戸はすべて閉め切ってあったからそれを俺が開けに行って、外の光が部屋に入ってきた途端スージー(・ビック/ニック・ケイヴの妻)はまぶしそうに顔をそむけた。その光景にドミニクが「パシャ! パシャ! パシャ!」とシャッターを切っていったという。それが済むと俺は部屋から追い出されたんだけどね、彼女達は撮影を続けようとしていたから。
 で、後になってドミニクの撮影したスージーの写真を見返していたら、窓を開けた時のあの写真に出くわして「おぉ!」みたいな。とても綺麗だし、かつミステリアスな、そういう類いの写真だったわけだ。そこで俺たちはこの写真をレコードに使おうじゃないか、と思いついたという。写りがいい写真だから、スージー本人としてもハッピーということでね(笑)。
 それでも12歳の子供をふたり持つ身としては、彼らの母親が素っ裸でレコード・ジャケットを飾るという事実に対処し切れていないけどね(笑)! しかしまあ、うちの子供も慣れるしかないか......名の知れた両親を親に持つ弊害のひとつだよ。

でしょうねぇ(笑)。

NC:得することだって他にあるしね。

ここしばらくバッド・シーズ、グラインダーマンの他に映画スコア、小説執筆等様々なプロジェクトも盛んです。まだやったことのないことで、チャレンジしたいのは? オプションや機会はいくらでもあるようですが。

NC:(軽く咳払い)というか、実はその選択肢をもっと狭めたいと思っているんだ。なんというか、俺はヤマアラシか何かみたいに「それっ!」とありとあらゆるチャンスを掴んでいったわけだけど、それはただ他の連中が俺にこれをやってほしい、あれをやらないかと依頼するようになったからなんだよ。で、その多くというのは......「自分はなんでこの仕事をやってるんだ?」みたいな。
 だから、たとえば俺は突如として映画脚本家になったわけ。なんでそうなったのかは自分でも分からないんだよ。何やかやでそういう風になって、いまや俺には映画脚本家としてのキャリアみたいなものまである。脚本家になりたいなんて、これっぽっちも思ったことはないのに。だから、そういったもろもろの多くを今後はやめようかと思っているんだ。間違いなく映画はそうだな......あれはもう......映画ビジネスってのは本当にひどい世界だから(顔をしかめる)。

来年はバッド・シーズのファースト・アルバムから30周年になります。

NC:......ああ。そうなんだってね。

何かアニバーサリーの企画はありますか?

NC:来年なんだ?

はい。

NC:うーん......(さして興味がなさそうに)まあ、何かするべきなのかもな。バッド・シーズの30周年?

ファースト『From Her To Eternity』は1984年リリースですね。

NC:そうねえ......でかい再結成ショウでもやる? ブリクサ(・バーゲルド)にミック・ハーヴェイに、アニタ・レーンも呼び寄せるとか(笑)。どうだろうな、もしかしたらね。ってのも、昨日誰かにそう言われるまで俺自身来年で30年になると気づいてなかったんだよ。

取材:坂本麻里子

interview with Kenichi Hasegawa - ele-king


長谷川健一
423

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 2010年の『震える牙、震える水』はうたものあるいは弾き語り“群”、といういい方が正しいかはわからないが、在京都のシンガー・ソングライター、長谷川健一は、そろそろそうなりつつあった歌手たちのなかでも異彩を放っていた。静かで美しく透き通った歌の数々に、私はその3年前の〈map/comparenotes〉からの2枚同時リリースのミニアルバム「凍る炎」「星霜」を見過ごしていたのを悔やみつつ、まだこんな歌い手がいるのか、京都という街はまことに底知れぬものよ、と詠嘆調で独りごちたのである。そこから2年、長谷川健一のセカンド『423』は、初期集成的な位置づけの前作からさらに進んだ歌の地平にある。世界観とかいう知った顔の言葉ではない、奥行きのある情景があり、歌のなかに暮らすひとびとの目からそれを描く。目に映る光景は移動していくが、ロード・ムーヴィ的というのではなく、1曲目のタイトルにもなっている“あなたの街”が歌のなかに突如現れるような感じである。音楽は前作よりも、余白をつくり、石橋英子(ピアノ)、山本達久(ドラムス)、波多野敦子(ヴァイオリン)、石橋英子ともう死んだ人たちの面々が色を、しかし淡色の色を添える。プロデュースはジム・オルーク。今回、インタヴューして、長谷川健一の音楽遍歴を知って聴き返すと、前作から今回にかけて、多大な影響を受けたというジェフ・バックリィやフリージャズの要素は完全に声と音と言葉の響き合いに昇華されていることに気づく。そしてやがてそれらさえ歌になってふりそそぐのである。

基本というヘンですが、何かが足りないからひとりというのではなくて、ひとりでつねに100パーセントという感じを、ジェフ・バックリィに感じたので、ひとりでやることに抵抗はなかったです。

長谷川さんの前作『震える牙、震える水』を拝聴しまして、めずらしいタイプのシンガーだと思いました。こと日本においては、といういいかたをしていいかはわかりませんが、昨今のフォーク・ブームには長谷川さんはあまりそぐわない存在なんじゃないか、と思いました。

長谷川:だと思います(笑)。

歌の歌い方にしろ、歌に描かれている世界にしろ、そういうものがどこから来たのか気になりました。歌いはじめたのはいつくらいからだったんですか?

長谷川:大学出るころなので、15年くらい前ですかね。

1976年生まれですよね。

長谷川:そうです。もともと歌謡曲だったり、そういうものは聴いていたんですけど、フリージャズとか即興とか、わりとそういう音楽にのめりこんだ時期があって、それが二十歳すぎとかですかね。

フリージャズというと、ジャズの十月革命とか〈ESP〉とか、そういった感じですか?

長谷川:阿部薫がすごいなと思ったんです。そういうひとたちをたどっていって、現役のフリージャズのミュージシャンを観に行ったりしました。高木元輝さんとか、観に行ったちょっと後に亡くなったり、そういったこともありました。

フリージャズを聴いて弾き語りをはじめるのもめずらしいと思いますが、ちなみにハセケンさんはそのとき楽器をやられていたんですか?

長谷川:オヤジがずっとクラシック・ギターをやっていて、中学2年のころ、ガット・ギターをもらったんです。家にさだまさしの本があって、弾いてみたいんですよ。“秋桜(コスモス)”だったと思うんですが、あんまりおもしろくなかった。それでちょうど高1のころに尾崎豊が死んだんです。それまで知らなかったんですが、聴いてみたら、気に入って、『弾き語り全曲集』を買ってきたら、シンプルにつくっている曲が多かったんですが、なかには本人が歌ったものに、アレンジャーか何かがピアノで合わせたんじゃないかな、という曲もあるんですね。そういった曲のコードを全部ギターに置き換えているものもあるので意外と複雑だったりもする。和音をひと通りそこで覚えて、そうしているうちに曲をつくりたいなと思うようになったんですが、フリージャズも聴いていたので、好きな音楽とやりたい音楽をどう折衷するか、という課題がめばえました。いま思えば、折衷しなくてもいいんですけど(笑)。

たしかに(笑)。

長谷川:若かったのかもしれません(笑)。それまで僕は宅録していたんですね。ベースとかほかの楽器も全部自分で入れていたんですけど、バンドは組んでいませんでした。それで、テープをあげたひとに、ライヴやらないんですか、といわれて、じゃあやろうか、と。消極的に(笑)、はじめたんです。人前で歌ったことがないので、恥ずかしいし、技術もなかったので、ムチャクチャ練習しました。そのころから、ファルセットを使っていたんですね。ジェフ・バックリィはご存知ですか?

もちろんです。

長谷川:僕はジェフ・バックリィが大好きなんですね。他にはブラック・ミュージックとかが好きなので、男の裏声って好きだったんですけど、いざ弾き語りとか、うたものを聴いているひとの前で出て歌ったときに、なんだこれは、という反応があったんです。15年前ですから、平井堅とか森山直太朗とかがラジオで流れる時代でもなかった。そのときから声質は変わりましたが、スタイルはあまり変わっていないんですね。

好きな音楽の影響から自然とそうなった?

長谷川:家で音楽を聴きながら歌ったりしているうちに、わりと普通にそうなりました。自分でも曲をつくっているうちに自然にできたというか。そこはあまり意識してはいなかったです。高いところを歌うから高い声を出すんだ、という単純なものでした。

曲のイメージに身体を合わせていったんですね。

長谷川:身体を改造していくというか(笑)。

ジェフ・バックリィの『グレース』が出たのは90年代前半(1994年)ですよね。

長谷川:はっきり憶えていないんですけど、ジェフ・バックリィがデビューしたとき、テレビで“グレース”が少しだけ流れたんですね。7時54分とか、番組の合間の数分の音楽番組だったと思います。それを聴いて、不思議な音楽だな、と思ったんです。高校生のときは『ロッキング・オン』を読んでいて、そこに情報が載っていたので、CDを買って聴いてみたら、すごかった。彼はバンド・サウンドでもやっていますけど、彼の弾き語りがすごい表現力だと思ったんです。ひとりでこういった世界観がつくれるんだ、と。そういうのが最初にあったので、出発がひとりだったんです。

それが指針になった?

長谷川:基本というヘンですが、何かが足りないからひとりというのではなくて、ひとりでつねに100パーセントという感じを、ジェフ・バックリィに感じたので、ひとりでやることに抵抗はなかったです。

バンドを組む必然性は感じなかったということですね。

長谷川:バンドというよりも、まわりには即興をやっているひとが多かったんですよね。バンドを組んで、歌ものをやっているひととはあまりつきあいがなかったんですよ。

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京都にずっと住んでいるからできた歌だという気はします。空気というかテンポというかリズムというか......ほかの土地に住んだことがないのでわからないですけど、大阪に住んでいたらこの歌はではなかったような気がしますし、東京でもちがったと思います。


長谷川健一
凍る炎

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長谷川健一
星霜

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長谷川健一
震える牙、震える水

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2007年に〈map/comparenotes〉から「凍る炎」「星霜」を出されましたが、これは小田(晶房)さんから声がかかったんですか?

長谷川:その前に船戸(博史)さんとライヴすることが多くなったんです。

船戸さんと知り合われたのは?

長谷川:僕が好きで観に行っていたんです。最初に観たのは、船戸さんと羽野昌二さんとサビア・マティーン(SABIR MATEEN)という黒人のリード奏者のライヴを観に行ったんですね。

「ふちがみとふなと」ではなく。

長谷川:そうなんですよ(笑)。そっちのほうがポピュラーだと思いますが、最初の認識はむしろフリージャズの船戸さんでした。僕はろくでなし(JAZZ IN ろくでなし/京都のジャズ・バー)によく行っていて、そこで船戸さんと登敬三(サックス)との演奏を観たりしていたんですね。そのとき、聴いてみてください、といって自作のCD-R渡したんです。船戸さんのファンだったので、いっしょにできたらいいな、と思ったんですね。CD-Rを渡したら、じゃあ今度いっしょにやる、といってもらったので、そこからですね、船戸さんといっしょに演奏するようになったのは。船戸さん経由で小田さんに伝わったみたいですね。

憧れのミュージシャンといきなり演奏するのも大変じゃなかったですか?

長谷川:誰かといっしょに演奏したのが、船戸さんがはじめてだったんですよ。どうしたらいいかな、と思ったんですが、船戸さんは合わすところは合わせてくれるし、合わさないところは合わさないで、ただまあ(僕の歌は)コード・チェンジが細かいので、合わないと気持ち悪い部分も出てくるんですね。そこは失敗もありましたし、ちょっと練習をして解消した部分もありました。

フリージャズの素養が自由な合奏スタイルに役に立った、と。

長谷川:きっちりしたポップスをやりたいという思いもなかったですからね。それなら、船戸さんにお願いする必要もありませんから。

それから順調にライヴをやるようになっていくんですよね。

長谷川:2002年とか2003年ですかね。そのころ、ライヴは月1回はやっていたんですけど、じっさい仕事もしていたのでいろんな地方に自由に行ける感じではありませんでした。やっぱり前のアルバムが知名度というか、ほかの地方に行くきっかけにもなったとは思います。

前作『震える牙、震える水』はそれまで培ってきたものを見せる集成的なものだったのかと思ったんですが。

長谷川:そうですね。曲も小田さんのところから出したアルバムと重複していてもいいから集大成的にしましょう、という意図はありました。

その次となると、『423』では逆にいえばリセットをしたともいえるわけですよね。『423』をつくるにあたって、最初に考えたのはどういうことなでしょうか?

長谷川:このアルバムは去年の夏に録音して、その前の夏には、バンド・メンバーの(石橋)英子さんたちに渡そうと思って自分でデモを録っていたんですね。曲自体は前のアルバムを録音し終わったときからつくっていて、歌いこむ時間もありました。デモをつくって、その後にジム(・オルーク)さんとやろうかという話になったんで、環境を整えるのに時間がかかったんです。レコーディングをどうするか、どこでするのか、プロデュースをジムさんにほんとうにお願いするかどうか、そういうことを考えるのにすこし時間がかかりました。

『423』には『震える牙、震える水』からひきつづき、石橋英子さんや山本達久さんが参加していますが、彼らと知り合ったのはどういう経緯ですか?

長谷川:〈map〉のアルバムを出したときに、東京でライヴをして、そのときに来てくれたお客さんにディスク・ユニオンで働いている男の子がいるんですけど、彼が突然僕のライヴを企画してくれたんです。その内容というのが、英子さんと(山本)達久くんといっしょに僕の曲を演奏する、というものだったんです。僕はそれまでふたりに面識はなかったので、どうなるのかなと思っていたんですけど、なんとかなるだろう、と。当日東京に行ってリハをしてライヴするみたいな感じだったんです。彼らも合わせるというとなんですけど、なんとでもしてくれるひとたちじゃないですか(笑)。船戸さんもそうですけど。そのときにはアルバム(『震える~』)をつくる話があったので、じゃあいっしょにやってくれませんか、ということになったんですね。

その編成が長谷川さんのなかでしっくりくるものがあった?

長谷川:ピアノが入るというのが初めての経験だったし、ああやっぱりいいな、と思いました。

それは装飾的な音があるといい、ということですか? それとも和声的な意味で?

長谷川:そのときははっきりわからなかったんですけど、ずっとひとりでライヴしているので、完結しているんですよ、やっぱり。弾いている和音もそれで完結しているんです。そこにピアノで同じコードを弾かれても、僕は自分でも、開放弦を多く使ってわりと微妙なコードを弾いているので、合わない部分もあるんですね。英子さんは自分で歌も歌っているし作曲もする方なので、フレーズをその都度作曲しながら入れてくるような感覚でおもしろかったんです。奥行きが生まれるんですよね。

英子さんにしろ達久くんにしろ、歌を咀嚼し即興しますからね。

長谷川:はじめて演奏した曲でいろんなことができましたから。すごい早いなって(笑)。僕がはじめてやっている曲もすぐに合わせてきて、それがかたちになるのがすごいな、と思いました。これでちゃんとリハーサルしたら、もっとすごいものになるな、という手ごたえはありました。前のアルバムはその段階だとしたら、『423』ではアレンジャー、プロデュースするひとがいたほうがいいんじゃないかということで、ジムさんにお願いしたんですね。

ジムさんには事前にどういった話し合いをしたんですか?

長谷川:事前にはとくにはなかったです。レコーディング中にいわれたのは、演奏が呼吸をしていない、といわれたことが二度ほどあって、それはどういう意味なんだろう、と思ったことはありました。漠然とした表現じゃないですか? 自分なりにこういうことかな、と思って、もう一度やったらOKだったので、「ああ、合ってたんだ」と思ったことはありました。ジムさんとしては、個人のもっているリズムが訛っているところを自然と出すようなことなのかな、と自分なりに解釈したんですが。

録音はスムースに進みましたか?

長谷川:準備が1日と録音が3日でした。

収録曲はデモの段階のものがすべてなんですか?

長谷川:全部そうです。

ある程度の期間、ライヴで歌いこまれた曲というわけですね。

長谷川:そうですね。

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ゴスペルとか賛美歌が好きで、賛美歌なんかは日本語のものとかをライヴで歌ったりするんですけど、宗教とか祈りというものと切り離せない音楽というのはいまとちがう高みに連れて行ってくれるような気がするんです。


長谷川健一
423

Pヴァイン

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いろんなひとに訊かれたと思ったんですが、アルバムのタイトル“423”は由来はどういうところにあるんですか? 同名の楽曲も収録していますが。

長谷川:アルバム・タイトルは曲名からとろうと思っているんです。曲名は曲を書いてから決めるんですけど、なんとなく、ひとが生きることという漠然とそういう意味合いがある歌かなと思って、“人生”とかつけると重苦しい、というか演歌みたいなので(笑)、スフィンクスのナゾナゾってあるじゃないですか?

ああ、ハイハイする赤ん坊から成人になって、杖をつく老人になるというあれですね。

長谷川:その答えが「人間」じゃないですか。そうやって数字で表したら重苦しい意味から逃れられると思ったんですね。

長谷川さんの言語感覚は、私はすごくおもしろいと思うんですね。ハセケンさんの歌は世界というか何かの塊のようなものをもっていて、そのなかに登場人物が複数いて視点が切り替わる、その移動の仕方が自由だし多様だと思うんです。最初にもいいましたが、そこがほかのシンガー・ソングライターとは異質だと思うんです。それはどういったところで培われた、とご自分では思われますか?

長谷川:その質問は今日はじめてですね(笑)。

俗な質問ですが、好きな本や作家などいますか?

長谷川:僕はあまり本は読まないですが、いっとき中上健次は読みました。即興をよく聴いていたときは、哲学とか......間章のライナーノーツとかわけわかんないじゃないですか(笑)。でも何が書いてあるのか知りたいと思ったので、アルトーとかセリーヌとか、あんまりわかんないんでけど(笑)、読んでみたことはありました。まわりに現代詩をやっているひともいて、そういう本に載せてもらったこともあるんですが、いいのかな、とは思っていました(笑)。僕にとっての歌詞は発声してなんぼのものなんです。詩でもあるんですが、完全に意味が通っている必要もないだろうと思っていて、どこかしら余白があって、聴いているひとが意味付けをして、聴くひとの数だけ歌があればいいと思っています。井上陽水さんなんかもそうだと思うんですが、なんのことかはわからないけど、でも強烈なイメージがはっきりある。

井上陽水さんの歌詞はそれでもイメージの像は結びやすいと思うんですね。ハセケンさんの歌詞はもうちょっと散文的だと思います。聴いてみると美しく清澄なものとして通り過ぎるひともいると思うんですね。

長谷川:そうですね。

その言葉を自分のなかで噛みしめていくとナゾが深まる、そういった歌だと思いました。

長谷川:ありがとうございます(笑)。でもそういった意図はあまりないです。でも、なんていうんでしょう、京都にずっと住んでいるんですが、京都にずっと住んでいるからできた歌だという気はします。空気というかテンポというかリズムというか......ほかの土地に住んだことがないのでわからないですけど、大阪に住んでいたらこの歌はではなかったような気がしますし、東京でもちがったと思います。ただ、京都に住んで自然に書いたらこうなった、というだけのものではあるので、どういうふうにしてやろうというのはないですね。

京都への愛着と反対に嫌いな部分はないですか?

長谷川:好きも嫌いもないんですよ(笑)。これからもずっと住むと思うんで。それでも観光客のひとたちが見ない部分は見ているんだろうし、京都市内にもいろいろややこしい地域もありますからね。排他的な部分もありますから。

東京に出てくる、といういいかたは好きではありませんが、そういった気持ちはないんですか?

長谷川:そうですね。

そうするとなにかが変わってしまう?

長谷川:そこまでかたくなに思っているものはないんですけど、このペースで歌を書いてきたので、この先もこういう感じでいくんだろうな、という漠然とした思いです。

土地ということで思いだしたんですが、私は奄美の出ですが、奄美のシマ唄は裏声を多用するんですね。そういったロックとかポップスとか以外の音楽からの影響はありますか?

長谷川:そこまでコアに音楽は聴いていなかったですが(笑)、ゴスペルとか賛美歌が好きで、賛美歌なんかは日本語のものとかをライヴで歌ったりするんですけど、宗教とか祈りというものと切り離せない音楽というのはいまとちがう高みに連れて行ってくれるような気がするんです。そうじゃないひとももちろんいると思うんですけど。そういう部分がやっていてもつくっていても、意識しているのかもしれませんね。

歌詞のなかにも「神」という言葉が出てきますが、それは宗教心なんでしょうか? それとも、ゴスペルや賛美歌からの影響の名残りでしょうか?

長谷川:僕が賛美歌に興味をもったのはあくまでも音楽の形態として、なんですね。でもそこになにかただの音楽じゃないものがくっついている気がして。「神様」という単語はちらほら出てきますが、キリスト教徒でもないですし、神がどうのこうの、という話できる人間でもないんですけど、なにか大きなものがあるんじゃないかな、という気持ちはあります。人間がわからない大きな存在があるかもしれない、それくらいの思いはあります。

歌を歌っているときは、そういうものの存在と向き合っているんでしょうか?

長谷川:歌っていて恍惚とする瞬間はありますが、分析していくと、昨日下北沢のleteというお店でライヴをしたんですが、そこではマイクを使わないんですね。ヴォーカルをどうするか、どうしたらよく聞こえるか、と考えたんです。そこで定期的に2年以上やっているんですが、最初はあまりやり方もわからないんです。ライヴハウスにはかならずマイクがありますし、それに頼ってきているんです、どうしても。でもナマでふとやると、どうしたもんかな、というところを考えたんですよ。で、やっぱりナマなので、出ているものしか聞こえないですし、単純にマイクがないということは音が小さいものだということで、声を張るんですけど、だからといってそれがいいわけでもないし、小さくたって聴かせ方はあると思うんですね。そこでライヴを続けているうちに、声の響かせ方、身体をどういう向きにしたら声が通るかとか、そういうことを考えるようになったんです。

マイクがあるとそういったことをあまり考えないですからね。

長谷川:そうなんですよ。モニターもありますし。出ている音というものも、部屋でやっているのと同じようにしか聞こえません。僕の地声は倍音成分がわりと出ていると思うんですよ。で、何回か感じたんですけど、頭蓋骨がものすごく響いている感覚がありとても恍惚となった瞬間があったんです(笑)。

それはオフ・マイクになったときの歌というのを一度考えないとたどりつかない境地かもしれませんね。

長谷川:そうですね。勉強になるというか。ためになりますね、ナマでやっているのは。ギターも声もナマだし、コンディションがすごく出ますし。

音楽の最先端の技術はごまかす方向にも転用できますからね。

長谷川:波形から変えられますからね(笑)。

さっきのジムさんの話もそうだと思うんですよ。音楽が「呼吸」する感覚。その点について、あらためてどうお考えになりますか?

長谷川:生きている呼吸ってひとそれぞれだと思うんですよ。自分のものは自分のもので、換えられないじゃないですか。ブラック・ミュージックをそのままやったって、それはつくったものだし、借りてきたスタイルだし。自分なりのテンポだったり訛りだったり呼吸でしかできないことはありますよね。借りてきたものだとおもしろくないし、自分を出さないと意味がない、と思うんです。そこは隠す、というか、直さなくていいんだな、ということはコーディングで感じました。

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呼吸ってひとそれぞれだと思うんですよ。自分のものは自分のもので、換えられないじゃないですか。ブラック・ミュージックをそのままやったって、それはつくったものだし、借りてきたスタイルだし。自分なりのテンポだったり訛りだったり呼吸でしかできないことはありますよね。


長谷川健一
423

Pヴァイン

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立ち入った質問になりますが、『423』に“子供の国”という曲があります。お子さんはいらっしゃいますか?

長谷川:(しばし沈黙し)はい。(子どもが)いるといないとでは視点がちがうと思うんです。自分と世界があるという関係から、さらにもうひとつちがう視点が生まれて、そこから見ると、この広い世界を僕を通じて見ているように感じるんですよ。それは自分の世界が広がることだと思うんですよね。そうすると言葉もやっぱり変わってきますし、震災以降、現実的な問題として、食べ物ひとつとってもどうしたらいいんだろうということがありますし、それをそのまま歌ってもしょうがないので、自分なりにそれまでやってきたスタイルでなにかできないかな、と思って、いちばん出ているのがそれだと思います。

まだできたばかりで恐縮ですが、今度こういうものをつくっていきたいというのはありますか?

長谷川:これ以降も曲は書いているんですけど、次は自分でもアレンジをやってみたいと思います。ジムさんにお願いして、アレンジしてこんなに曲が変わるんだ、奥行きやふくらみがあるんだということがすごく勉強になったので、自分でもやってみたいなと思います。歌は大きくは変わらないと思いますけどね。

それは楽しみですね。

長谷川:失敗するかもしれませんけど(笑)。

フリージャズとフォークを合体させて、三上寛+山下洋輔みたいになったりしませんかね(笑)?

長谷川:(笑)そのへん、浅川マキさんなんかすごく上手にやっていたと思いますけどね。フリージャズと歌謡曲というか歌唱というか。

浅川マキさんはそうなんですよね。浅川マキさんは情念深いイメージですがーー

長谷川:そこをみんな好きで聴いていると思うんですよ。

でもすごく洒脱なんですよね。本多俊之さんとかとやっていたときとか。

長谷川:船戸さんとやったときも、そういうのは頭にあったんですよ。歌とジャズでかっこいい音楽として。

わかります(笑)。ちなみに、いまは弾き語りをやっているミュージシャンは多いですが、ハセケンさんがそのなかで共感をもてるひとは誰かいますか?

長谷川:大阪にASAYAKE 01というひとがいて、このひとは弾き語りでブラック・ミュージック的な音楽をやるんですけど、オリジナリティがあって、すごいと思います。歌もすごい上手だしブレないし、ヒップホップみたいなものをギターで演奏して歌も歌うんですが、キワモノで終わっていなくて、うたものとしてものすごくいいんですよ。メロディもいいし。でも全然評価されていなくて、もったないと思いました。

ハセケンさんのギターのスタイルの影響はーー

長谷川:それもジェフ・バックリィが大きいですね。チューニングだったり、カポの位置とか。でも弾き方は我流なんですよ。わりと3、4弦が鳴らないような弾き方をすることが多いんです。歌と即興をやっていたときは、ギターの弦を5、6弦だけにして、演奏していたことが一時期あったんです。ギターの2弦とヴォーカルがあるので、いちおう三和音ができますよね。メジャーもマイナーもできる。それで聴くに堪える曲を書けているだろうか、と自分を試すつもりだったんですけど、あまりにストイックすぎておもしろくなくなってきて(笑)、結局また弦を6本張ったんですけど、その経験から必要な音、そうじゃない音がわかるようになったんです。ベースがこれだからこれを鳴らしてとか。ギターの弦が6本あるから、つねにそれを全部鳴らさないといけないわけでもない。弾き語りってムダな音が意外と多いと思うんです。ジャガジャガやっているだけといいますか。そこから必要な音だけ鳴らせばいいというので、なんとなく、1、2、5、6弦を弾くスタイルができたんです。むかしの古いブルースで同じ弾き方をしているものがありました。あとポール・マッカートニーと同じ弾き方だといわれたことがありました。

ティムよりジェフ・バックリィなんですね。

長谷川:僕はわりとそうですね。わかりやすさではジェフのほうが上だと思いますね。お父さんのほうは新しいサウンドをめざしたひとなんじゃないかな、と思います。息子は完全にギター一本で歌ってどうだ、というわかりやすさが魅力ですね。

ご自分のなかでは新しいサウンドより、自分の歌を追求していきたい?

長谷川:そうですね。いい曲を書きたい欲求のほうが高いです。

いい曲とはどういう曲ですか?

長谷川:ひとそれぞれだと思うんですが、自分がいちばん好きで美しいと思っている曲で、ライヴをやるので、何度歌っても飽きない歌ですね。

われわれはアルバムの取材だと、よくコンセプトといいますが、ハセケンさんの場合、それよりも1曲1曲を大切にしていきたいということですね?

長谷川:そうですね。自分がいいと思った曲をまとめて出したい、聴いてほしい、という感じです。

★本作発売を記念したリリースツアースケジュールも一挙発表!
チケット詳細や各出演者情報等、随時更新予定!是非チェック!

423 Release Tour
3.10(日) 京都 UrBANGUILD
3.23(土) 京都 タワーレコード京都店(インストアライブ)
3.24(日) 豊橋 grand space quark
3.30(土) 東京 タワーレコード新宿店(インストアライブ)
4.7(日) 名古屋 K.D ハポン
4.13(土) 広島 眠り猫
4.19(金) 富山  nowhere
4.20(土) 福井 gecko cafe
4.21(日) 松本 瓦レコード
5.2(木) 東京 青山CAY
5.11(土) 山形
5.12(日) 青森
and more...

 マン・マンというバンドをご存じだろうか? 日本ではあまり知名度はないかもしれないが、アメリカではけっこう有名だ。彼らはフィラデルフィア出身、中年男5人組のエクスペリメンタル・ロック・バンド、結成は2003年だ。
 ドラマーのパウ・パウは、インディ好きにはたまらない、ニード・ニュー・ボディアイシー・デモンズなどのバンド他、ボアドラム、チボマットの羽鳥美保氏とも共演している歴の長い凄腕のドラマーである。
 長年追いかけているパウ・パウを通じてマン・マンを知った。彼が参加するバンドなら間違いないと軽く見に行くと、メイン・プロジェクトかと勘違いするほどの人気の高さと、インディ・ロック・ファンだけでなく、一般の人もすんなり入ることのできる許容範囲の広さに驚く。
 ブルックリンを歩くとそこかしこの壁やお店のトイレなどにタグ付けされているし、大手スポンサーのフェスティヴァルやショーにも頻繁に出演している、お茶の間でも人気のあるバンドなのである。詳しい経歴はこちらを参照
 最近、ネコ・ケースも所属する〈アンタイ〉から作品を出している。

 マーク・デマルコ、シャウト・アウト・ラウド、スターズ、ジェイミー・リデル、マーニー・ステーン、ジョニー・マー(!)級のバンドがプレイする、ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムスバーグという、東京で言えば、フィーヴァーぐらいの規模の会場はソールドアウト。マン・マンは、すでに10数回見ているが、いち度たりとも「今回はまあまあだったな」というときがない。
 1回1回全力疾走である。そういう意味ではオブ・モントリオールとかぶるところがあるが、マン・マンはもっと男臭い。オーディエンスは80%男だ。以前、〈ブルックリン・ボウル〉という会場にマン・マンを見に行き、別の日に同じ会場にヤング・フレッシュ・フェロウズ(80年代、シアトルで結成されたオルタナティブ・バンド)を見に行ったらお客さんが、かなりかぶっていた。マン・マンは数あるUSインディ・バンドのなかでも実力派なのだ。

 メンバー全員がさまざまな楽器(ピアノ、クラリネット、ムーグ、サックス、トランペット、フレンチホーン、ドラム、フレンチホーン・ジャズベース、バリトンギター、鉄琴、マリンバ、メロディカなど)を演奏し、曲により楽器を変えるフレキシブルさ。鍋やヤカン(やお客さんの頭)が打楽器として演奏されるときもある。

 キーボードとドラムが前、後ろにギター、ベース、キーボード(やその他)という形態。ヴォーカルのライアンはキーボードを弾いたり、スタンド・アップ・マイクでドラムの上に立って歌ったり、船長さんになったり、エイリアンのマスクを被ったり、エンターテイメントに決して手を抜かない。さらにドラムセットのアートペイント、ドラムやマイクにつけられたクリスマス・ライト、ステージの装飾、歌も演奏もとてもマン・マンらしく個性的で、ショーを見たあとは、運動会を見に行った後のような、心地良い疲労感がある。

 アメリカで人気のあるバンドは、大抵がライヴの良いバンドだと思う。こちらのオーディエンスはライヴが悪かったら即座に反応する(悪ければすぐに帰ったり、演奏は無視してしゃべりだす)、ライヴが良いバンドは演奏力はもちろん、エンターテイメント性、ユーモアのセンス、そしてコマーシャル的でなく、心から「良い!」と思えるのが共通点である。
 言葉で説明しても、ヴィデオで少し見ても、そのバンドを実際見たことにはならない。百聞は一見にしかず。日本で人気があるインディ・バンド、たとえばダーティー・プロジェクターズ、アニマル・コレクティヴ、ディアフーフ、この並びにマン・マンも入ることは間違いないのだが、やっぱり中年男5人ではダメなのだろうか......。

CORNELIUS - ele-king

 NHKの番組のことは知らないので、純粋に1枚のCDとして、コーネリアスの新作として聴いた。家でかけていたら妻が知っていた。たまに子供と一緒に番組を見ていたらしい。CDは名目上は「デザインあ」という、子供向けのテレビ番組のサウンドトラックとなっている。

 コーネリアスと子供の相性は抜群だ。コーネリアスの音楽、とくに『69/96』~『ファンタズマ』あたりには、ぬぐい去ることのできない子供っぽさがある。そして、それら作品の魅力は、子供性にあると言ってもいい。それは、消費文化の渦中で、ブルース・ハーク(60年代、子供と電子音楽をつなげた先達)をレアグルーヴとして聴いてきた世代の感性による賜物であり、あるいは、そう、一時期のエイフェックス・ツインとも近しい感覚でもある。
 この20年、とくにエレクトロニック・ミュージックにおいては、子供は重要な主題となっている。アシッド・ハウス~テクノ~トリップホップと聴いてきた世代がボーズ・オブ・カナダを過大に評価した理由は、みんなそろそろいい歳になりかけているとき、そのまま順当に大人になってしまうことへの抗いがあったからだろう。つまり、90年代はコアなテクの・レーベルとして一目置かれていた〈ファット・キャット〉がアニマル・コレクティヴを発見したのは必然だったのだ。彼らは、自分のなかの子供性が人生の苦難を乗り切る際にどれほど役に立ったのかを知っているので、それを自分の手札として取っておきたかったに違いない。

 『NHK「デザインあ」』は......コーヘイ・マツナガとコーネリアスのコラボではない。この組み合わせは、両者の子供性と国際性から見ても、あっても良いとは思うのだが、そこまで日本の音楽シーンに流動性はないので、嶺川貴子、大野由美子、salyu × salyu、やくしまるえつこ......といった小山田圭吾と親しい人たちが参加している。
 『NHK「デザインあ」』は......彼のお手の物といった、器用な、声のチョップド&ルーピング&エディティング、ちょっとファンキーで、軽快なエレクトロニック・ダンス・ミュージック、温かいアンビエント、そしてマルとかシカクとか、音とかリズムとかメロディについて歌っているシンセ・ポップ、アコースティック・ギターの揺らめき......クラフトワークで言えば『アウトバーン』のB面、あれを子供番組のためにアレンジしたような感じ......ではない。あれをコーネリアス流に展開した......と説明したほうが正確だ。聴き手を年齢で制限する作品ではない。
 小山田圭吾ならではの清潔感と緻密な音細工がある。基本的にこのアルバムは『ポイント』と(そしてsalyu × salyuと)同類だとも言える。空間を愛して、瑞々しい世界にときめいている。その証拠にアルバムのいたるところには、「あ」「あ」「あ」と、驚きなのか陶酔なのか、「あ」という発語が聞こえる。いろいろな「あ」がある。「あ」は子供にはフックとして通じる。

 先日僕は、アナログ・フィッシュという社会派ロック・バンドの取材をした。話の最後のほうで、理想とする社会はなんでしょうか? という問いを彼=下岡晃に投げた。僕自身そのときは、老人が安心して過ごせる社会とかなんとか、もっともらしいことを言った。
 それからその晩、吉祥寺で、こだま和文、水越真紀、松村正人と会った。奇しくもこまだ和文から「野田が理想とする社会はなんだ?」と訊かれた。酔っていたので、倉本諒の合法化と国籍の自由化という無責任なことを言った。水越真紀から倉本諒の合法化について突っ込まれた。
 それでは、コーネリアスが理想とする社会を考えたとき、何が思い浮かぶのだろう......、子供が幸せな社会か......ある意味「いい人」になっている小山田圭吾は、本気でそう言うかもしれない。
 『NHK「デザインあ」』はそういうアルバムだ。彼自身の子供性は、ここでは、子供たちとの共生に注がれている。デトロイト・テクノもいまでは子供のために人肌脱いでいる段階に来ているわけだが、かつてブルース・ハークが発見したように、エレクトロニック・ミュージックに子供へのアプローチのしやすさがあるのはたしかだ。
 『マダガスカル』や『カンフー・パンダ』を見ても(その内容はともかく)共通しているのは、子供を育てるのは生みの親ではなく社会だという認識なので、アメリカではこれからも、子供と電子音の文化は拡大していくんじゃないだろうか。そのことを考えてみても、コーネリアスが思いつきでこのアルバムを作ったとは思えないのだ。

monotronの表情(かお) - ele-king


KORG コルグ 手の平サイズ アナログ・シンセサイザー monotron

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KORG コルグ ディレイ搭載 手の平サイズ シンセサイザー monotron DELAY

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KORG コルグ 2オシレーター搭載 手の平サイズ シンセサイザー monotron

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エクストルーパーズ ザ・バウンデッド サウンドトラック

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 2010年にコルグ社より発売された手のひらサイズのアナログ・シンセサイザー「monotron」、そして翌年に発売されたその兄弟機「monotron DUO」と「monotron DELAY」。大きさも価格も手軽ながら本格的な機能を備えている点が人気を呼び、ネット上でもユーザーによる多数の動画レヴューを観ることができる。

 だが、その実作への応用をリアルに理解できる動画・紹介記事はこれをおいて他にはないだろう。コルグ公式ウェブサイトにおいて現在公開されている「KORG x CAPCOM」コラボ記事だ。

 ここでは株式会社カプコンでゲーム・ミュージックの制作を担当する北川保昌氏と青木征洋氏のインタヴューを読むことができるのだが、そのなかで「monotron」の使用について具体的に触れてられていておもしろい。

 使用されている作品は、「マンガデモ」など斬新な演出でも話題を呼ぶゲーム『エクストルーパーズ』。両氏がROCK-MENとして手がけた同作だが、「monotron」の使用がゲームの展開自体にいかに表情をつけているのかがよくわかる。「pitchblack+」や「KAOSS PAD QUAD」への言及もあり、ゲーム・ファンのみならず、機材ファンや実作者にも興味深い内容ではないだろうか。

 カプコンの公式サイトでは、ゲーム内の該当シーンと音、そして実際にどのような操作がなされているのかを動画でも確認することができる。「自分にもやれるんじゃ......!?」という興奮とともに、あなたも通販サイトでポチッとやってしまうかもしれない。

■SOUNDBYTES : KORG X CAPCOMインタビュー|KORG INC.
https://www.korg.co.jp/SoundMakeup/SoundBytes/capcom/


とくに下記サイトで観られる動画では「monotron」をリアルに感じることができるだろう。

■KORG × CAPCOM ‹ CAP'STONE|カプコンサウンドチーム 公式WEB
https://www.capcom.co.jp/sound/topics/korg-x-capcom/


株式会社コルグ
https://www.korg.co.jp

アナログ・リボンシンセサイザー「monotron」
https://www.korg.co.jp/Product/Dance/monotron/

エクストルーパーズ公式サイト
https://www.capcom.co.jp/ext/

エクストルーパーズ ザ・バウンデッド サウンドトラック
https://www.capcom.co.jp/sound/discography/cpca-10280/

Chart - JET SET 2013.03.04 - ele-king

Shop Chart


1

Autechre - Exai (Warp)
ご存じ名門Warpを代表する重鎮デュオAutechre。'10年リリースの前作『Oversteps』以来となる待望の新作が遂に登場です。なんとAutechre流トラップやジュークも搭載っ!!

2

Jamie Lidell - S/T (Warp)
名門Warpが誇る説明不要のエレクトロ・ファンク天才Ssw Jamie Lidellが、Beckをプロデューサーに迎えた傑作『Compass』以来3年振りとなる5th.アルバムを完成

3

Blue Hawaii - Untogether (Arbutus)
ご存じGrimsらのリリースでお馴染み、カナダはモントリオールを代表するレーベルArbutusから、美麗ハーモニーを得意とする男女デュオBlue Hawaiiによる強力2nd.アルバムが登場です!!

4

New York Ska-jazz Ensemble - Step Forward (Brixton)
ニューヨークのジャズ・スカ・バンドNysjeの人気盤が嬉しすぎるアナログ化。"Take Five"等のジャズ名曲カヴァーからヴォーカル曲まで、全11曲を収録!

5

Carmen Villain - Lifeissin (Smalltown Supersound)
Smalltown Supersound発のニューリリースは、一流モデルとしても知られるCarmen Villainのデビュー作!B面にPrins Thomasリミックスを収録。

6

Bell Towers - Tonight I'm Flying (Internasjonal)
Roman Warfers名義での活動でも知られるメルボルンを拠点に活動を繰り広げるBell Towersによる久々となる最新作が、Prins Thomas主宰"Internasjonal"より待望のリリース!

7

Spirit Of The Black 808 - Dirty Jointz (Eargasmic)
現行シカゴ・ディープハウス・シーンを代表する人気レーベル"Eargasmic Recordings"からの最新作17番、地元シカゴで暗躍してきたというSpirit Of The Black 808なるミステリアス・アクトによる'97年制作楽曲を12"リリース!

8

V.a. - Movin 2 Fast (Whiskey Disco)
Sleazy Mcqueenが指揮するニューディスコ/リエディット~ビートダウン系人気レーベル"Whiskey Disco"の2013年第一弾リリースは、リエディット・シーン新旧気鋭4組によるワイルドなディスコ・ロック~ビートダウン・ハウスを主体とした即戦力リエディッツ!

9

K-def - One Man Band (Redefinition)
11年発表のアルバム『Night Shift』や、Slice Of Spiceからの蔵出し音源3部作も話題となったJuice Crew出身のビートメイカー・K-defが、またしても素晴らしいインスト作を届けてくれました!

10

Mayer Hawthorne - How Do You Do?-12x7" Box Set (Universal Republic / Fat Beats)
傑作アルバム『How Do You Do』の限定7インチBoxセットが登場。12枚の7インチにアルバム収録曲12曲、B面にはそのインスト・ヴァージョンを収録。さらに並べると1枚の写真になるピクチャー・スリーヴ仕様で、ディスプレイ用のシートも付属という豪華仕様!!完全限定盤です。

Cankun - ele-king

 松村正人が愛してやまないレコメン系という音楽がありますが、プログレッシヴ・ロックが複雑骨折を起こしたまま頭だけはどんどんよくなって、いまひとつ爽快感には欠けることも意に介さず、やがて月日は流れ去っていくうちに、当然のことながら時代の迷子と化していったものが、なぜか〈ノット・ノット・ファン〉と結びついてトロピカル・モードで蘇ったのがカンクンことヴァンセン・ケレの4作目といえるでしょう。奥歯にモノがはさまったような南国のイメージから思いがけない楽園の諸相が浮かび上がり、いってみればティピカルな表現は使わずにいつのまにかトロピカル・ムードが構築されていく。どこことなく植民地的で、さらりとアンニュイな気分。こんな説明でなるほどーと思ったあなたはちょっとおかしいですが、知識のある方はヘンリー・カウやエトロン・フー・ルルブランがサン・アローのカヴァーをやっているところを想像してみましょう。マスタリングはサン・アローとコンゴスのジョイントにも参加していたM・ゲッデス・ジェングラス。レーベルはコーラの新作やデス・アンド・ヴァニラをリリースした〈ハンズ・イン・ザ・ダーク〉です。そう、サン・アローは、さすがにもうワン・パターンね~とか言いはじめた人には、これこそネクスト・レヴェルといえるでしょう。フランスからエスプリを交えたサン・アローへの回答というか。



 アーチャーズ・バイ・ザ・シーの名義ではアンビエント・ミュージックもやっているので不思議というほどのものではないんだけれど、これまでカンクンの名義ではサン・アローが悪魔の沼に沈んだようなことをやっていたので、ここへ来て、そうか、あの混沌とした音の渦の中心にはサン・アローがいたのかということがようやく判明できるだけのスキルに達したということであって(あー、でも、それがわかってくると、いままでの意味不明なおとぼけムードが、急に愛おしい試行錯誤の連続だったと感じられてきたりして)、ようやくスタート地点に来たと思ったら、いっきにサン・アローも飛び越していたと。そして、いいがかりでもつけるようにトロピカル・ファンクに絡みつくレコメン系のムダな装飾音がいちいち音響の快楽を増幅させ、まるでキッド・クリオール&ココナツからコーティ・ムンディがパレ・シャンブールのセカンド・アルバム『ルーパ』をプロデュースした、その先を見せたくれたような錯覚に陥るのである。サン・アローよりもドラミングが乾いていて、全体にスウィング感のあるところは〈ZEレコーズ〉も彷彿させる。大人の遊びですよね、つまり。サン・アローにはそこはかとなくある求道的なシリアスさもきれいに薄まっています。

 アベノミクスが輸入盤の価格をじょじょに押し上げ、大量の失業者を置き去りにするかどうかというご時勢に、トロピカルといえば〈ノー・ペイン・イン・ポップ〉からデビューしたLAの新人も悪くなかった。そう、ヴァイナル・ウイリアムスなのに僕はCDを買ってしまった(アナログは売り切れだった)。ははは。これは、リヴァーブをかけまくったキュアーか、南国気分のハウ・トゥ・ドレス・ウェルなのか。「チルウェイヴ通過後のサイケデリック・ロック」とポップには書いてあったけれど、なるほど最後の方ではサイケデリック・ロックを剥き出しにする部分もなくはない。しかし、ほとんど全編が重量感のないノイ!(か、むしろラ・デュッセルドルフ)が煙のなかを疾走していくスタイル。カンクンのような抑制は一切なく、うっとりとした演奏が続くあたりはやはりアメリカである。バカみたいだけど、やはりこういうのも楽しい。それは否定できない。



 オープニングは「東京->スマトラ」。オリヴァー・ストーン監督『野蛮なやつら』を観ていたら、インドネシアが楽園のイメージとして強くプッシュされていて、中国から引き上げられた資本が現在はインドネシアや東南アジアに振り向けられているので、かつての映画産業が持っていた観光の要素としては正しいイメージの配布が行われているなと思ったりもしたけれど、ライオネル・ウイリアムスが宅録でつくりあげた音楽もすべてがその楽園のイメージを補完するものになっている。植民地というよりは宗主国で、アンニュイではなく単に甘酸っぱいアドレッセンスの放出。「アラブの春」はいつのまにか「アラブの冬」に変わり、今年は「アラブの夏」がやってくるとかいわれてるけれど、ウエスト・コーストを覆ったバリアリック・ムーヴメントはぜんぜん波の引く気配がない。もう、4年ぐらい続いている。

Blue Hawaii - ele-king

 グライムスを生んだカナダのD.I.Yなアート・スペース〈アルバタス〉から、ブルー・ハワイのセカンド・アルバムが届けられた。彼らの名は2010年のデビュー作(『ブルーミング・サマー』)において、当時ピークを迎えつつあったチルウェイヴの一端として知った方も多いのではないだろうか。2013年を迎えるいま、その多くは次の方向を模索しながら、あるいはアンビエントへ、あるいはハウスへ、R&Bへ等々とさまざまに拡散する状況を迎えているが、たとえばトロ・イ・モワハウ・トゥ・ドレス・ウェル、そしていくつかのレーベルがそうであるように、より自らのアイデンティティを深く彫り出しながらテクニックの洗練を目指すものが多いことは間違いない。

 ブルー・ハワイもまたその例外ではない。彼らの場合は、〈4AD〉的な幽玄、スタンデルプレストンのアシッディなヴォーカルに焦点が絞られつつある印象だ。エレクトロニックなアシッド・フォークと言ってしまってよいかもしれない。"デイジー"のようにミニマルなビートを追求したダンス・トラックもあるが、リンダ・パーハックスのポスト・チルウェイヴ版といった趣もある。要するに、歌もの志向を強めたエレクトロニックなサイケ・アルバムに仕上がっており、迷いないディレクションがなされていると感じる良盤だ。

 さて、ブルー・ハワイは男女デュオであるが、今作『アントゥゲザー』のジャケット写真には多少驚かされる。いや、これが映画DVDのアートワークならば驚くには当たらず、「何か恋人たちの物語なのだろう」で終了なのだが、アー写から判断するにこれは本人たち自身なのである(ですよね?)。加工が施されているとはいえ、モデルではなく自身らが抱き合うフォトグラフを用いるのは、それなりに勇気を必要とすることではないだろうか。しかもトリオ以上の編成におけるふたりならともかく、デュオ中のふたりという他者性を容れない関係性や、視点が相互の間で完結する抱擁のコンポジションが意味するところは、本作が愛をめぐるコンセプチュアルなアルバムであるか、彼らがとにかく愛しあっているか、しかない。そこで急に男女デュオという編成が気になりはじめる。

 インディ・シーンにおいて男女や夫婦のユニットは多く見かけるが、ピーキング・ライツやハラランビデスのようにドープなフィーリングを持った夫婦デュオの一方には、ピュリティ・リングやハウシーズのようにペアかどうか曖昧な、そのあたりみずみずしい微妙さを残した年若いアーティストたちもいる。男女デュオがパートナー同士であることは、そうでない場合とはやはり異なってくるのではないだろうか。男女ペアで過度な接触を生みながら行われるアイス・ダンスなどを見ていると、競技者同士がつきあっている場合、互いをプライヴェートに知るからこそ生まれる表現やアドバンテージがあったりするのではないかという気がしてくる。デイデラスとそのパートナー、ローラ・ダーリントンによるユニット、ザ・ロング・ロストなどは、非常にインティメットで睦まじいムードのドリーム・ポップ作品をリリースしている。彼らのアルバムほどラブラブであることが全面化されていて、かつそれがストレートに音を研磨している作品は珍しいが、ブルー・ハワイの今作には、色合いは違えどそれに近いものを感じる。

 と思っていたら、国内盤のライナーにふたりがカップルであることが明記されていたので膝を打った。しかも、トラックメイカーであるアレックス・アゴー・コワン(男性側)が、ラファエル・スタンデルプレストンに片思いをしていたという顛末まであえて明記されているから素晴らしい。ナイスな解説だ。このことは、ゴシップであるようでいてじつは本質的なトピックなのだ。スタンデルプレストンのヴォーカルをいかにコワンのトラックがサポートし、彼女が光となるように注意を払っているか、そのことを裏付けるようなエピソードである。もともとブレイズのヴォーカルとしても知られる存在だが、キャリアの有無を超えて、コワンの音やビートメイクには彼女への憧れや優しさのようなものがにじんでいる。自らは影として、歌がより自由に、より遠くまで届くためにふるまうときに最大値を示す、というような......。トラックメイカーのエゴは相応には必要なものだが、サポートするという非エゴイスティックな行為に全エゴが振り向けられるというあり方は、やはりカップルならではの持ち味ではないかと思う。前作よりもエディット感が出ていて、ベース・ミュージックからの影響もスマートに消化され、かなりテクニカルなものではあるのだが、この「出すぎない美」の正体はなるほど相手への想いであったかと納得した。

 そのわりにタイトルが『アントゥゲザー』、詞がいやに暗鬱な調子を帯びているところもなかなか好みだ。さまざまに拒絶と保留の態度を描写し、「刑務所の愛」とまで形容しながら、「わたしはもっとあなたを愛しに来た」と結ぶなんというヤンデレ。グライムスが天を舞う小悪魔だとすれば、スタンデルプレストンは地を這う天使というところだろうか。「アン」をつけることでしか「トゥゲザー」を表現できない彼女の詞は、彼女のヴォーカルのなかにほんとうによく表現されている。

ふたたび浮かび上がる巨影 - ele-king

 明日はいよいよアンディ・ストット東京公演を目撃することができるわけだが、マンチェスターのアンダーグラウンド・ヒーロー、デムダイク・ステアの再来日もまた外すわけにはいかない。〈ファンダーズ・キーパーズ〉の一員でもあるショーン・キャンティ、ドーター・オブ・ザ・インダストリアル・レヴォリューションとしても知られるペンドル・コーヴンの片割れMLZによる同ユニット。行き過ぎた音の発掘屋と絶対零度なドローンの使い手が、われわれに見せてくれる風景とは......。
 紙ele-kingも絶賛準備中の次号は「新工業主義(ニュー・インダストリアル)」特集。ちょうど1年前にも本誌ではきっちりと記事を組んでいるが、ひきつづき彼らの活躍やその意義を次号の特集内にてもキャプチャーしていきたい。シーンに横たわる黒々とした巨影、デムダイク・ステアふたたびの公演を見逃すな!

2013.03.19 TUE
root&branch/UNIT presents DEMDIKE STARE

<UNIT>
DEMDIKE STARE (MODERN LOVE, UK) LIVE A/V
DJ NOBU (BITTA/FUTURE TERROR)
MLZ (MODERN LOVE, UK)
STEVEN PORTER (10LABEL/SEMANTICA RECORDS/ WEEVIL NEIGHBOURHOOD) LIVE

<SALOON>
COMPUMA
Shhhhh

OPEN/START : 23:00
CHARGE : ADV 3,000yen / DOOR 3,500yen(TIL 24:00 3,000yen)
※未成年者の入場不可・要顔写真付きID

TICKET : 【一般発売】3/3(SUN) on sale
Lawson Ticket / e+ / CLUBBERIA ONLINE SHOP / TECHNIQUE

INFO : 代官山UNIT 03-5459-8630

Andy Stott、DeepChird等と並びUK、Modern Loveレーベル所属の代表アーティストとしてマニアから絶大なる指示を得るDemdike Stare。2011年末からリリースを開始した1000枚限定のアナログ4部作をコンパイルしたダブル・アルバム『Elemental』も話題のダーク・エクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの最先鋒の再来日が決定。
当日はDemdike Stareのライブに加え、Demdike Stare、Pendle Covenのメンバーでありソロでも数多くの作品をリリースしているMLZがDJとしてもプレイ。日本からはFuture Terror、Bittaを主宰し現在最もその動向が注目されるDJ NOBUのDJとSuvrecaの主宰するSemantica Recordsのカタログにも名を連ねるSteven Porterが貴重なLive Setで参加。更に階下のSaloonではワールド・ミュージックから現代音楽までを網羅するCompumaとShhhhhが特異な空間を演出する。





コーネリアスの「あ」 - ele-king

教育テレビ......といまは言わないのだろうか、NHK Eテレにて放送中の教育番組「デザインあ」が東京ミッドタウン内21_21 DESIGN SIGHTに出現している。同番組の内容が展覧会として再組織されており、番組が掲げる「デザインマインドの育成」というテーマに沿って、音や映像を中心にさまざまな展示がなされた楽しい空間だ。ディレクターには総合指導を行なう佐藤卓、番組制作にかかわる中村勇吾に加え、コーネリアスの名も見える。音をめぐってコーネリアスが2つのコーナーを手掛けていることもあり、音楽ファンにも楽しめそうな場所である。館内では撮影も可能。いちはやく春休みを迎えたかたは行ってみられたい。


企画展「デザインあ展」

■会期 : 2013年2月8日(金)〜2013年6月2日(日)

■休館日 : 火曜日(4月30日は開館)

■開館時間 : 11:00〜20:00(入場は19:30まで)
*3月23日(土)は六本木アートナイト開催に合わせ、通常20:00閉館のところを特別に24:00まで開館延長します(最終入場は23:30)

■入場料 : 一般1,000円、大学生800円、中高生500円、小学生以下無料
*15名以上は各料金から200円割引
*障害者手帳をお持ちの方と、その付き添いの方1名は無料
その他各種割引についてはウェブサイトをご覧ください

■会場 : 21_21 DESIGN SIGHT

21_21 DESIGN SIGHTでは、2013年2月より、「デザインあ展」を開催いたします。NHK Eテレで放送中の教育番組「デザインあ」を、展覧会というかたちに発展させた企画です。

展覧会のテーマは、「デザインマインド」。日々の生活や行動をするうえで欠かせないのが、洞察力や創造力とともに、無意識的に物事の適正を判断する身体能力です。ここでは、この両面について育まれる能力を「デザインマインド」と呼ぶことにいたします。

多種多様な情報が迅速に手元に届く時代を迎え、ただ受け身の生活に留まることなく、大切なものを一人ひとりが感じとり、選択し、そして思考を深めることの重要性が問われています。その点からも、豊かなデザインマインドが全ての人に求められているといえるでしょう。

次代を担う子どもたちのデザインマインドを育てること。大人もまた、豊かな感受性を保ちながら、デザインマインドを養うこと。本展では、音や映像も活かしながら、全身で体感できる展示を通して、デザインマインドを育むための試みを、さまざまに用意いたしました。

展覧会のディレクションは、NHK Eテレ「デザインあ」で総合指導を行なう佐藤 卓をはじめ、同番組に関わる中村勇吾、小山田圭吾の3名。デザインマインドを育むこととともに、デザイン教育の可能性に注目した、子どもと大人の双方に向けた展覧会をどうぞご体験ください。

■主催 : 21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団、NHK エデュケーショナル

■後援: 文化庁、経済産業省
■特別協賛: 三井不動産株式会社
■協賛: 株式会社 佐藤卓デザイン事務所
■協力: 株式会社アマナ、株式会社アマナイメージズ、キヤノン株式会社、キヤノンマーケティングジャパン株式会社、ジャパンマテリアル株式会社、ベンキュージャパン株式会社、マックスレイ株式会社、ヤマハ株式会社
■展覧会ディレクター: 佐藤 卓、中村勇吾、小山田圭吾
■参加作家: 阿部洋介(tha ltd.)、岡崎智弘、緒方壽人(takram design engineering)、折形デザイン研究所、studio note、Perfektron、plaplax、山田悦子(むす美)、他
■展覧会グラフィック: 林 里佳子(佐藤卓デザイン事務所)
■展覧会会場構成協力: 五十嵐 瑠衣
■21_21 DESIGN SIGHTディレクター: 三宅一生、佐藤 卓、深澤直人
■同アソシエイトディレクター: 川上典李子



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