「Nothing」と一致するもの

interview with Daniel Miller - ele-king

 電子音楽好きで〈ミュート〉を知らない人間はまずいないでしょう。もしいたら、それはブラジル代表の試合を見たことがないのにサッカー観戦が好きだとぬかすようなもの。僕にテクノを教えてくれたのは石野卓球という名前で知られている男だが、彼が10代のとき、このレーベルに心酔していたことをよく憶えている。〈ミュート〉がまだマニアックなレーベルだった時代だ。君たちがまだ生まれる前、電子音楽自体がポピュラーではなかった時代、信じられないかもしれないけれど、音楽をやるのにドラマーがいなかったことが考えられなかったという太古の昔の話だ。
 ポストパンク時代のUKには魅力的なインディ・レーベルがいくつもあった。〈ラフ・トレード〉、〈4AD〉、〈ファクトリー〉、〈チェリーレッド〉、そして〈ミュート〉だ。
 レーベルは、1978年、ダニエル・ミラーがザ・ノーマル名義の7インチ・シングル「T.V.O.D. / Warm Leatherette」を発表したことにはじまる。コルグのシンセサイザーとテープマシンを使ったミニマルなその曲は、エレポップの夜明けとして、インダストリアルの青写真として知られることになる、いわばポストパンクの記念碑的な作品だ。歌詞は(ゲイリー・ニューマンの“カーズ”と同様に)J.G.バラードの『クラッシュ』からのインスピレーションで書かれている。つまり車に性的興奮を覚えるという、ちょっといかれた曲だ。そしてこの曲は、2年後グレイス・ジョーンズ(当時のディスコ・クイーンですよ)にカヴァーされ、アメリカでもヒットしている。……にも関わらず、ダニエル・ミラーは、わりとあっさりアーティスト業を廃業して、自身の情熱をプロデューサー業とレーベル運営に注いでいる。
 そして、いや、だからこそ〈ミュート〉の輝かしい歴史が幕を開けた。エレポップの先鋭ファド・ガジェットをはじめ、ノイズ/アブストラクトの先駆者ボイド・ライス、プロト・ハウスのヤズー、80年代の黄金時代のニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズとマーク・スチュワート、声の冒険者ディアマンダ・ギャラス、シンセポップの急進派アイ・スタート・カウンティング、インダストリアル・ダブ/ヒップホップのレネゲイド・サウンドウェイヴ、旧ユーゴスラビア出身のいかついインダストリアル集団ライバッハ、EBMの代表格ニッツァー・エブやミート・ビート・マニフェスト、80年代末からのワイヤー……再発やライセンスでは、カン、クラフトワーク、スロッビング・グリッスル、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン……名前を挙げるのはこのくらいにするけれど、レーベルの根幹にはクラウトロックとノイズがありながら、〈ミュート〉はポップ・フィールドでも成功を収めている。デペッシュ・モードとイレイジャーを筆頭に、最近でも、本国では国民的な存在のゴールドフラップや若い世代を代表するポリー・スカッターグッドなど、このレーベルがポップスを忘れたことはない。レフトフィールドな電子音楽とエレポップの開拓者としての大衆派路線の両道を貫きつづけて35年、なのである。
 この度、東京の〈トラフィック〉が〈ミュート〉とレーベル契約を交わした。まずは11月6日、ダンスビートを我がモノとした時代のキャバレ・ヴォルテールの再発が3枚(80年代の傑作『ザ・クラックダウン』と『マイクロフォニーズ』、政治的な問題作『カヴァナント、ソード・アンド・アーム・オブ・ザ・ロード』)、そしてイレイジャーのクリスマス・アルバムが出る。
 〈ミュート〉一筋35年の男、ダニエル・ミラーに電話をした。


ザ・ノーマル、1979年のライヴ模様。

〈ラフ・トレード〉、〈4AD〉、〈ファクトリー〉、〈チェリーレッド〉なんかはみんな質が良かったね。お互いが目標だった。一緒に何かをすることはなくても、同時期に存在していたということがとても大切だったんだと思う。

現在も〈ミュート〉レーベル全体のディレクションはあなたが見ているのですか?

ダニエル・ミラー(以下、DM):そうだね、ミュートというひとつのチームではあるけど、もちろん僕のレーベルだからいまでもディレクションを見ているよ。どちらかというと、いまはレーベルのクリエイティブ方面に重点を置いているかな。

レーベルが生まれたのが1978年ですから2013年は実は35周年記念だったんですね。いまでも〈ミュート〉のカラーがありますし、レーベルのコンセプトは変わっていないようにも思いますが、いかがでしょう?

DM:レーベルをはじめた当初に築き上げたコアとなる僕らの価値観は35年経ったいまでも変わっていないと思う。音楽の面で言えば、前に進んだし、扱うサウンドの幅も広がったけどレーベルのコンセプトは当初から確固たるものだ。

35年前のことは憶えてらっしゃいますよね? どのようにレーベルがはじまったのか話せてもらいますか? 

DM:いわゆる「レーベル」というものは実在しなくて、僕が自分の音楽をリリースするっていうところからはじまった。最初からかしこまってレーベルをはじめようという計画があった訳ではなかったんだ。自分のシングルをリリースする、それくらいのものだった。でもそれからすぐに実際にレーベルを立ち上げて、自分の好きなミュージシャンの音楽をリリースしたら楽しいんじゃないかって思うようになった。

レーベルを大きくしたいという野心は最初からあったのでしょうか?

DM:質のいいレーベルにしたいという気持ちはあったけど、レーベルを大きくしたいという野望はとくにはなかったな。クリエイティヴ面に強くて、所属アーティストの面倒をきちんと見るレーベルにしたかった。こういう価値観を元に大きくなるんだったらいいよね。

〈ミュート〉は現在の多くのレーベルにとって目標になっていますが、あなた自身にとって目標としたレーベルはありましたか?

DM:これといって目標にしたレーベルはなかったけど、僕がはじめたくらいの時期に出て来たインディ・レーベル、例えば、〈ラフ・トレード〉、〈4AD〉、〈ファクトリー〉、〈チェリーレッド〉なんかはみんな質がよかったね。お互いが目標だった。一緒に何かをすることはなくても、同時期に存在していたということがとても大切だったんだと思う。だから、僕はこういったレーベルをリスペクトしてたし、仲間意識もあった。僕の目標はどこにもないレーベルを作ることだった。他のレーベルもそうで、似たり寄ったりのレーベルを作るのではなく、本当の意味での新しいレーベルを作るのが皆のゴールだった。

ザ・ノーマルの「ウォームレザーレット」は僕もいまでも持っていますが、当時それなりにヒットしたと思います。ザ・ノーマルとしての活動をしなかった理由は何だったのでしょう?

DM:ははは、ありがとう! そうだね、実際のところ自分自身をミュージシャンとかソングライターとして見たことはないんだ。その当時のエレクトロニック・ミュージックに対して自分の中のステートメントを表現したかっただけで、自分のことをいわゆるレコーディング・アーティストとして見たことはない。むしろ、その当時僕のやっていたことを引き継いでやってくれるようなアーティストたちと一緒に何かやっていきたいと思っていて、それをあえて自分自身で続けていこうとは思わなかった。

レーベル運営やプロデューサーに徹しようと思った理由も?

DM:うん、だからひとつ前の質問で答えた通りだね。

エレクトロニック・ミュージックというコンセプトは最初からあったと思いますが、あなた自身、どんな影響からその方向性を選んだのでしょう? 

DM:レーベルをはじめる以前からエレクトロニック・ミュージックのファンだった。フューチャリスティックだったし、音楽的にも前に進んでいると思っていたからね。でも、その当時エレクトロニック・ミュージックっていうのは限られた人だけの音楽という感じでもあったんだよ。なにしろ機材はすごく高価で、ギターを買うみたいな感覚で気軽にシンセも買えるというわけにはいかなかった。
 しかし、その当時、日本のKORGとかROLANDなんかのシンセのブランドが出て来てね。そういえば、僕が初めて手にしたシンセはKORGのものだったな。お気に入りのシンセでいまでも持ってるよ。それで、新しい世代がエレクトロニック・ミュージックを気軽にはじめられる時代が来たと感じて、さらに音楽を前進させてくれると信じた。
 僕は常日頃から音楽を前に進めたいと思っていて、エレクトロニック・ミュージックがその答えだと確信した。ただそれまでは、さっきも言ったように機材が高価すぎて誰もが出来ることではなかった。だから、手頃なシンセが出て来て、自分でレコードもリリースできる環境が整ってきはじめて、僕はエレクトロニック・ミュージックが限られた人だけのものじゃないし、大それたプロダクションも必要なくて、ミニマルに作り上げることが出来るっていうことを証明したかった。

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でっちあげバンド、シリコン・ティーンズのアー写。


ザ・ノーマル時代のダニエル・ミラー。

日本のKORGとかROLANDなんかのシンセのブランドが出て来てね。そういえば、僕が初めて手にしたシンセはKORGのものだったな。お気に入りのシンセでいまでも持ってるよ。それで、新しい世代がエレクトロニック・ミュージックを気軽にはじめられる時代が来たと感じて、さらに音楽を前進させてくれると信じた。

カンやクラフトワークのバックカタログを契約して、ザ・レジデンツとも契約をされましたね? このあたりがあなたのルーツなんでしょうか?

DM:そうだね、とくに60年代後半から70年代中盤までのドイツのバンドには個人的に大きな影響を受けた。彼らの音楽に出会っていなければMuteは存在しないとも言える。それくらいの影響力だったし、僕にとっては音楽とのライフラインでもあった。その当時、イギリスやアメリカの音楽はつまらなかったんだけど、ドイツでの音楽的な動きはすごく面白いと思った。

自分のレーベルからカンやクラフトワークを出すことは、やはり感慨深いモノがあるのでしょうかね?

DM:その通り、信じられないような気分だった。彼らと話し合って、彼らの音楽を再度世に出すということは本当に名誉なことだったよ。

スロッビング・グリッスルのようなラジカルな作品を出しながら、イレイジャーのようなポップ・ヒットも出しているのが〈ミュート〉の特徴だと思いますが、この10年ではゴールドフラップがレーベルのポップ・アーティストを代表していると思います。あなたから見てゴールドフラップの魅力はどんなところにあるのでしょう?

DM:その当時の、(ゴールドフラップの)アリソンのボーイフレンドが彼女のデモテープを持って来てくれたんだけど、聴いた瞬間に虜になって、最初のコーラスの部分で契約したいと思わせる程のインパクトだった。彼女の声から、アレンジ、サウンド、曲に至るまですべてがパーフェクトで、一瞬にして恋に落ちたような気分だった。本当に即決だったんだ、最初のコーラスで決めたくらいだから。契約後リリースしたアルバムは、全てすばらしい出来だったから、僕の判断に間違いはなかったね。

まだ日本では有名ではないのですが、ポリー・スカッターグッドの魅力についてもあなたの言葉で紹介してもらえますか?

DM:ポリーは素晴らしいライターでストーリーテラーだ。彼女の曲にはストーリーが詰まっている。いまでこそ彼女は20代だけど、契約当初はまだティーンエイジャーで、彼女の歌詞がすごく良くて魅了されたんだ。それまで音楽を聴き込んできたわけではないようだから、よりいっそう興味をひかれたのかな。そのせいか、新しい手法やサウンドに対してもオープンなスタンスを取っている。1枚目と2枚目のアルバムを聴いてもらうとわかるけど、その頃彼女はまだ自分のスタイルを確立していなくて、いろいろなやり方を試していた過程にいたからかなりスタイル的に異なる仕上がりだった。彼女は有望なパフォーマー、ソングライター、シンガーだよ。

キャバレ・ヴォルテールのバック・カタログを契約した経緯について教えてください。

DM:90年代初頭くらいから彼らとは一緒にやっていて、僕らは常にバックカタログをリイシューすることによって良い音楽を絶やさないようにしている。そうすれば、人の心のなかで生き続けるから。パッケージし直して、リイシューしたり、ボックスセットを出したりね、このプロセスは彼ら(キャバレ・ヴォルテール)だけではなく、バックカタログを出しているすべてのアーティストに言えることで、良い音楽、僕らが大事にしている音楽を世に出し続け、人の目に触れるところに置いておくことが大切だと思っている。カンや他のアーティストについても同じこと。

キャバレ・ヴォルテールの再発をダンス・ミュージックにシフトしてからの『ザ・クラックダウン』以後3枚のリリースからはじめた理由は何でしょう?

DM:彼らの初期の方のアルバム(5~6枚)の権利はあったけど、後期のアルバムに関して最近まで僕らには権利がなかったから。去年くらいにようやくバンドから権利を得て、リリースに至った。

これで、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、スロッビング・グリッスル、そしてキャバレ・ヴォルテールと、ノイズ/インダストリアルのビッグ3をリリースしていることになると思いますが、あなたの彼らに対する思いを教えてください。

DM:ノイバウテンは自分たちのレーベルでリリースしてるけど、〈ミュート〉でも彼らのバックカタログは何点かリリースしてるね。こういったアーティストと長年一緒に仕事ができるのは本当に喜ばしいことで、それが〈ミュート〉としてやりたいことでもある。僕の個人的な好みがこういったバックカタログにも反映されてる。ポップ・ミュージックも好きだし、エクスペリメンタルなサウンドも好きだしといったように。自分の好きなアーティストとこうやって長年やっていくのは決して容易いことではないけど、とてもいい経験だ。

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現在のダニエル・ミラー。(photos : Erika Wallsm)

Carter Tuttiはスロッビング・グリッスルのメンバーだったし、長い付き合いがある。別にポストパンク時代のものがすべて良いっていうわけではないよ。それほど良くもないバンドももちろんいたし。でもその時代のバンドでいまでも格好いいバンドもいるのはたしか。

ヴィンス・クラークやデペッシュ・モード、ニック・ケイヴなど有名どころもそうですが、他にもライバッハ、バリー・アダムソン、ブルース・ギルバート、ボイド・ライスのように地味ながらずっとリリースし続けているアーティストがいますよね。彼らのような人たちはレーベルにとってファミリーみたいなものなんでしょうか? 

DM:断っておくとデペッシュ・モードとニック・ケイヴはもううちではリリースはしていないけどね。もちろんイレイジャー、ヴィンス・クラーク、ゴールドフラップなんかはいまも出している。ライバッハやボイド・ライスなんかはずっと一緒にいるからね、そりゃもう家族みたいなもんだ。彼らが良い音楽作り続ける限り、それを世に送り出したいと思う。こういったアーティストたちとともに歩んでいくことも僕自身大切なことだと思っている。

来年はライバッハの新作が控えていますが、彼らのような東欧のベテランの作品に対する新しいリアクションにはどんなものがありますか?

DM:彼らにはいまだに世界中に熱狂的なファンがたくさんいるね。ライバッハに対してだけではないけれど、すべてのアーティストに対して新しいオーディエンスをつけたいと思っていて、それによってリリースを続けていければと思っている。ライバッハに関しては、新しいリアクションというのは目立ってあるわけではないけれど、彼らが活動をし続けていることを見られるのはみんな喜んでいるよ。

再発もので、意外なほどセールスの良かった作品やアーティストがいたら教えてください。

DM:全体的に見ると、カンだろうね。89年からバックカタログのリリースを続けているけど、コンスタントにものすごく良く売れている。バックカタログの売り上げの中では常にカンがダントツだね。これにはいつも僕も驚かされるよ。と、同時にもちろんうれしくも思うけどね。

亡くなったフランク・トーヴェイの編集盤を2006年に出していますね。彼はレーベル初期を代表するアーティストでしたが、彼はどのような人物でしたか? 

DM:フランクは僕がレーベルを立ち上げて初めて一緒に仕事をしたアーティストだ。Fad Gadgetとして契約をした。だから彼にはとても思い入れがあったし、彼との関係は特別なものだった。フランクとは友だちから紹介してもらって、デモを聴いたんだけどそれがすごくよくてね、実際会ったら意気投合した。クリエイティヴで、心優しくて、ユーモアのセンス溢れるやつだった。長年一緒にやっていたあいだ、途中で音楽活動をやめて、プロダクション方面にいったりしたけど、またアーティストとして活動をしはじめてた矢先に亡くなってしまったので、ものすごく悲しかったし、残念だった。彼と一緒に仕事ができて心から良かったと思ってる。

昨年もCarter Tuttiの『Transverse』を出していましたが、やはり、ポストパンク時代のアーティストには特別の思い入れがあるのでしょうか? 

DM:そりゃ、もちろん。Carter Tuttiはスロッビング・グリッスルのメンバーだったし、長い付き合いがある。別にポストパンク時代のものがすべて良いっていうわけではないよ。それほど良くもないバンドももちろんいたし。でもその時代のバンドでいまでも格好いいバンドもいるのはたしか。クリス&コージー(Carter Tutti)はもちろんそうだし、その当時から一緒にやってるワイヤーも素晴らしいしさ(Duet Emmo名義で共作もしている)。ポストパンクの時代から変わらずいいバンドがいるのは間違いない。

80年代にくらべて、音楽の力は弱くなったと思いますか?

DM:80年代に比べたら、60年代のほうがより多くの選択肢があったと思う。ただ、いま、音楽がこういった時代よりもより強いインパクトを与えることは可能だと思う。現在に比べてその当時は音楽に対して深い思い入れを抱くこともできたんだけど、いまはいろいろな選択肢があることによって絞りきれなくなっている。だからこそ、アーティスト自身や、アーティストが作る音楽そのものがよりいっそう強いインパクトを与えて、昔のような人の心の掴み方をしなければならない。結論から言うと、音楽の力は80年代に比べると弱くなっている。もちろん、それを覆す可能性もおおいにあると思うけど、あの当時のようにはいかないと思う。さっきも言ったようにいまは選択肢がありすぎるから。

インターネットの普及によって、ミュージック・ビジネスはこの10年で大きな変化のなかにあると思います。あなたは現在の変化をどのように見ていますか? 

DM:インターネットの普及によって出来ることはかなり広がった。それにはもちろん音楽も含まれていて、レコーディングの技術が生まれてから現在に至るまでの膨大な量の音楽に誰でも気軽にアクセスが出来るようになったし、この変化はポジティヴなものだと僕は思う。ただ、さっきも言ったけど、こういう技術の発達によって選択肢がぐんと広がった以上、一歩先を行くには、音楽自体がよりいっそう強いインパクトを与えなければいけないと思う。

新しいサブレーベル〈Liberation Technologies〉について教えてください。このレーベルのリリースにはMark Fellのような比較的新しい世代の実験的なアーティストが目に付きますが、今後、どのような展開を予定しているのでしょうか? 

DM:僕らは長年エレクトロニック・ダンス・ミュージックにも携わっていて、〈ミュート〉のサブレーベルでもある〈Nova Mute〉からはスピーディー・Jやリッチー・ホウティン(プラスティックマン)なんかのタイトルをリリースして来た。僕はダンス・ミュージックが好きだったし、その世界に居続けたかったから、その辺の音楽に詳しいやつと一緒に〈Liberation Technologies〉をはじめたんだ。まずは12インチのリリースやダウンロード・アイテムをリリースすることからはじめた。ジャンルはとくに特定せずに、それを越えて常に前に進み続ける音楽を出していきたかった。はじめてから1年くらい経つけど、立ち上げてよかったと思ってる。とても満足しているし、ネクストステージをどのようなものにするか考えているところだ。

長年、ミュージック・ビジネスに関わっていて、音楽が嫌いにはなりませんでしたか?

DM:いや、音楽自体を嫌いになったことはいちどもない。仕事上で音楽を聴かなければいけないのはたまにつらかったりもするけど。レーベル運営者としての音楽に携わることと、いちファンとして音楽に触れることはまったく別物だから。音楽業界自体は僕は好きではないんだけど、アーティストと仕事をすることはとても楽しいし、彼らのヴィジョンを形にする手助けが出来るのもうれしい。長年やっていればつらいこともあるけれど、ほとんどの部分においてはレーベルをやっていて良かったと心から思るし、いまでもそう思えていることが大切なんじゃないかな。

DJはやられているんですか? 

DM:うん、年に10回程、だいたい月1回のペースで。かけるのはテクノだね。

日本には、〈ミュート〉に影響を受けたアーティストが少なからずいますが、日本人アーティストを出しようなことはお考えではないですか?

DM:まだその機会に恵まれたことはないんだけれど、いいアーティストがいればもちろん! ボアダムスとは何かやろうと思ったこともあったけれど、実現はしなかった。そこまで詳しいわけではないけれど、日本の音楽は好きだしね。日本だけではなく世界中のアーティストに興味があるよ。

2013年にリリースされた作品で、あなたにとって良かった作品をいくつか挙げてください。

DM:いい質問だね(笑)! 良かった作品は間違いなく、〈ミュート〉からリリースした作品だ。ゴールドフラップのアルバムがダントツで良かった。自分のレーベルからアーティストを選ぶのは好きじゃないんだけど、ゴールドフラップのアルバムは群をを抜いてたからね。レーベルをやっていて難しいのはさ、自分が手がけている音楽以外のものを聴く暇がないんだ。だいたい毎年、クリスマスの時期になると数週間時間が出来るから一年を振り返っていろいろ聴けるんだけど、いまの時点だと〈ミュート〉からリリースされたものかな(笑)。

Keith Rowe / Graham Lambkin - ele-king

 ここ10年、若い人らの音楽を聴いていて思うのは、みんなうまいなあということ。演奏がうまい。しっかりしている。真面目だ。松村だ。そんな風に感心するいっぽうで、型にハマり過ぎているんじゃ……と思うときがある。
 音楽だけの話でもない。最近はたまに電車のなかで絵を描いてらっしゃる学生さんを見かけるが、そーっとのぞき見すると、まあ、たいてい誰もが似たような絵柄で、でもたしかに電車のなかでジャクソン・ポロックみたいなことしていたら危ない人かもしれないし。何にせよ、下手でもガッツのあったドーハ世代が好きで、技術を捨てることができたパンク/ポストパンクとか、あるいは素人ディスコなどと揶揄されたハウスなんかに感化されている人間は、うまさというものを否定はしないけれど、型にハマり過ぎていると何かと警戒しがちでいけない。
 AMMの影響は、今日にいたって、さらにまた、地味~に地味~に浸透し続けているように感じる。「最近はAMMみたいなのばっかりだからさ」と松村がいつもの調子でぼやいていたが、ノン・ミュージシャンというコンセプトの下地がなければポストパンクもああはならなかったろうし、実際コーネリアス・カーデューの再発盤は、レコード店の、もはや現代音楽でもフリーでもなく、もっとガキんちょが集まるようなポップなコーナーにある……いやいや、でもこういうのは、背伸びしたいガキんちょだからこそ聴くものだよな。基本、人間おっさんになれば趣味はますます保守化するし、若いからこそ、がんばって、無理して背伸びして、自分が入り込めない世界に侵入したいと思うもの。グラハム・ラムキンも、イギリスに住んでいた若い頃にAMMを聴いて、多大な影響を受けている。
 『Making A』はラムキンとキース・ロウとのコラボレーション作品である。作品においてロウはギターを使っていない(彼はギターを発信器のように使うことで知られている)。クレジットには「コンタクト・マイク/オブジェクト(物)/フィールド・レコーディング」とある。いっぽうラムキンの担当は、「コンタクト・マイク/オブジェクト(物)/ルーム(部屋)」。楽器を使わず、ただここには音がある。そして、ここには作者の存在感さえもない。姿を消したふたりの男が残した音のみが鳴っている、そんな感じだ。柔道で言うところの空気投げ……というのは我ながらひどいたとえだが、しかし『Making A』を聴いていると、万がいち長生きできたら、人生のどこかで、自分もビル・ドラモンドのように音楽をまったく聴かないという年月を過ごしてみたいという願望に駆られるのだった。

 そのキース・ロウとのコラボレーション作品もあるベテランの中村としまる(ノーインプット・ミキシング・ボード奏者で知られる)、そしてKen Ikeda(〈Spekk〉や〈Touch〉からの作品で知られる)、そして伊達伯欣 (畠山地平とのOPITOPE、コーリー・フラー とのイルハで知られる)の3人による『Green Heights』(リリースはフランスの〈Baskaru〉)は、まったく美しい時間を誘発してくれる。四方八方散っていく音色は、彼らがこの作品を楽しみながら作ったことを告げているのだろう。リラックスした音楽だが、いわゆるリラクゼーション系の爽やかな、パッケージされた「さあ、リラックスして下さいね〜」とは違う。フェネスを美術館から引っ張り出しながら、3人の男が静寂という畑を耕しているような、そんなこと思わせる。休日の昼間に聴こう。気配が変わる、しかもたぶん良い方向に。
no non-music, no life...

大人気コラムニスト、ブレイディみかこのロングセラー・エッセイ集。
“壊れた英国” から私たちが学ぶべきものとは?

拡大するアンダークラス、
年老いたパンク、
トニー・ブレアに骨抜きにされたロック。

アナキーな社会というのが、革命家が夢見たような世界ではなく、
すべてのコンセプトや枠組みが風化した後の
無秩序&無方向なカオスだったとすれば……?

気鋭のコラムニストが混迷の時代に打ち込むブリリアントな一撃!

混迷の時代に、読む者を熱くさせる
当世一のパンク・コラムニスト、
その原点となる初期名エッセイ集。


「海外に住む日本の女たちは、多かれ少なかれパンクなのだ。日本女性であることも大事にし、リアルな人生に突き動かされ、つらぬかれた!」菊地凛子さん(女優)

Machinefabriek - ele-king

 オランダ人電子音響作家、マシーンファブリックことルトガー・ヅイダーベルト。彼は2004年に録音作品をリリースして以降、厖大な数の作品を発表し続けている(その数は100に匹敵する)。作品の完成度、リリース数といい、いわば電子音響シーンの00年代を代表する音響作家と言っても過言ではないが、同時に彼の全貌を掴むことは困難を極める。

 なぜなら、彼のリリースしてきた録音物はとにかく厖大だからだ。〈12k〉などの著名レーベルからノン・レーベルまで、とにかく出してきた。CD、レコード、カセット、データ……。それらの録音媒体を横断しながら、彼の音響は日々、増殖を重ねていく。つまり作品数そのものが、アーティストとしての存在価値にも繋がっているようにも思える。マシーンファブリックの音響は時にナイフのように鋭い。が、その鋭利な音響が、不意に、その線と面が歪む瞬間がある。まるで生命のように? であれば作品もまた生命のごとく増殖しなければならない。リリース方法もまた作品でありコンセプトを体現するものだ。ゆえにさまざまな録音媒体を横断しながら、彼の音響は増殖を重ねていく。

 となればコラボレーション作品も重要だ。ひとりからふたりへ。その増殖的創作はマシーンファブリックの音楽性の本質とはいえないか。近年も既にヤン・クリーフストラ、ロムケ・ヤン・クリーフストラらとのユニットCMKK『ガウ』、バナディラとの共作『トラヴェログ』、サンジャ・ハリスとの共作『マシン・ルームス』などが‎相次いでリリースされている。そして10月には、セルジオ・ソレンティノとの作品『ビネット』も発表されるのだ。

 日本人実験映画作家、牧野貴の作品(『イン・ユア・スター』など)への参加にも注目したい。牧野貴はまさに日本を代表する実験映画作家である。瞳の網膜を強烈に刺激するその作品は世界でも高く評価されているが、氏の作品において音楽・音響は重要であり、事実、彼の代表作にはジム・オルークが音楽を提供しているのだ(紀伊國屋書店からDVDがリリースされている)。マシーンファブリックは『イン・ユア・スター』という作品の音楽を手がけており、同作品の音楽は3インチCD-R作品として限定リリースもされた。この電子音響、エレクトロニカ、実験音楽、実験映画など、ジャンルを越境する活動はじつにスリリングである。

 それらのコラボレーションは、重要なソロ・ワークスへ確実にフィードバックされているように思う。本年も既に多数の作品がリリースされているが、なかでも注目したい作品は〈アントラクト〉からリリースされた『ドイプファー・ワーム』と、今回取り上げる〈ハーバル・インターナショナル〉からリリースされた『ストロームツーン II』だ。前者『ドイプファー・ワーム』はシンプルにして複雑な運動をするアナログな電子音が空中を蠢くかのようなサウンド。ヘッドフォンで聴くと脳内に電子音が直接的にアジャストするかのような快楽に満ち溢れている。対して『ストロームツーン II』は、より多層的なエレクトロニクス・サウンドによってコンポジションされた作品に仕上がっているのだ。

 じつはこのアルバム、2012年にごく少数のみリリースされた2枚組の7インチ、ヴァイナル盤『ストロームツーン アハト/ネゲン +ティエン/エルフ』に収録されたトラックを中心に、未発表曲を合わせた作品集なのである。アルバム名に「Ⅱ」とつけられているのも、そういう意味であろう。だが聴いてみると分かるのだが、本作はレア・トラックの寄せ集め的なアルバムではまるでない。近年の彼の作品のなかでも抜群に高い完成度を誇るアルバムである。

 霧の向こうで唸るような低音から、鼓膜を震わす微細な音響の揺れ。それらが、上下左右の音響空間にダイナミックに重ねられていく……。雰囲気としては2011年に日本発売した『ディオラマ』に近いが、あの作品よりも音響は太く、そしてアトモスフェリックだ。淡い震動からはじまる“ストロームツーン・タイ”からすでに特別な響きがはじまっている。そして何より8曲め“ストロームツーン Zes”を聴いてほしい。00年代の電子音響的手法が、2013年的な音響の磁場のなかで交錯する瞬間が、はっきりと聴き取れるはずだ。柔らかい音と、研ぎ澄まされた音。硬質な金属がある瞬間にグニャリと曲がってしまうような感覚。

 この「進化」は、たとえば、ティム・ヘッカーの新作『ヴァージンズ』と共鳴しているとも思える。それはどのような共鳴なのか。生々しくも物質的な電子音響が、単なる即興的な音響の運動だけではなく、かといってコンポジションしているだけでもなく、むしろそのふたつが交錯することで生まれる電子音響における新しいノイズ、新しいドローン、新しいサウンドの共鳴である。ティム・ヘッカーは、その新しい音楽をボーダー・コミュニティのポストクラシカルな音楽家たちと作り上げた。マシーンファブリックもまた多くのコラボレーション作品を通じて、濃密な電子音響作品を生み出したのだろうか。

 もちろん、ふたつのサウンドはまるで違うものである。ティム・ヘッカーはヨーロッパの歴史の終焉を音響で描く。対してマシーンファブリックは人間以降のポストヒューマンな世界観を音響で鳴らしている。正反対といっていい。だがこれらの繊細かつダイナミズムなサウンドの奔流と質感に、2012年から2013年という時代の潮流を聴きとることは難しいことではない。そう、電子音響におけるドローン/ノイズは、今も進化のただなかにある。人工生命のように。

 本作はアートワークも素晴らしい。レベッカ・ノートンというアーティストの作品だ。面と線が多層的に折り畳まれながらも、分解と生成を繰り返す、そんな本作の音響の様子が見事にヴィジュアルで表現されている。レベッカ・ノートンのアートワークは7インチ盤『ストロームツーン/Negen+Tien/Elf』に続いての起用。アートワークもまた本シリーズにおいて、欠かせない重要なエレメントということもわかってくるだろう。

泉まくら - ele-king

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泉まくらに影響を与えた日本語ラップ10枚

餓鬼レンジャー 『UPPER JAM 』
降神 『望~月を亡くした王様~』
メシアTHEフライ『MESS -KING OF DOPE-』
meiso 『夜の盗賊 』
SEEDA 『街風』
サイプレス上野とロベルト吉野 『ドリーム』
MINT 『AFTER SCHOOL MAKIN' LOVE』
ラッパ我リヤ 『ラッパ我リヤ伝説』
DJ MASTER KEY 『DADDY'S HOUSE vol.2』
田我流 『B級映画のように2』

- ele-king

 アイム・ノット・ア・ガン(I'm not a gun)なるデュオが2000年代初頭に姿を現したときの清新な印象を忘れられないという人はいないだろうか。抑制された叙情をたたえ、清潔な手つきで差し出されるあのウォーミーなIDMは、その後も損なわれることなく2010年の『ソレース』まで引き継がれている。
 さて、その片割れであるギタリスト(相棒はご存知、ジョン・テハーダ)、Takeshi Nishimotoによる来日ツアーが来月からはじまる。リリースしたばかりのソロ作『ラベンダー』のお披露目ともなるであろう同ツアー、渋谷O-nestではTo Rococo Rotのロバート・リポック(Robert Lippok)がベルリンから駆けつけ、サポートを行う予定だ。見逃せないコラボレーションになるだろう! 〈flau〉主宰にして誰もが愛さずにはいられない国産エレクトロニカの重要アーティスト、ausの出演にも期待が募る。




■11/14(thu)@shibuya O-nest
lavandula japan tour

出演:
Takeshi Nishimoto (I’m Not A Gun)
Robert Lippok (To Rococo Rot)
aus

開演:
OPEN: 19:00 / START: 19:30

料金:
ADV: 3000 / DOOR: 3500 (ドリンク別)
TICKET 発売中 チケットぴあ212-468 / ローソンチケット75699 / e+ / O-nest

info:O-nest 03-3462-4420

アメリカ西海岸発、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの重鎮、John Tejadaとの共同プロジェクト「I'm Not A Gun」や、レーベル「CCO」からのソロ・リリースなど、日欧米を駆け巡る世界的に著名なベルリン在住ギター・プレイヤー、Takeshi Nishimoto。リリースしたばかりのソロ・アルバム『lavandula』(sonic pieces)を携え、ベルリンのアート・コーディネイション・チーム「onpa))))」との共同企画で11月に来日ツアー(全国8ヶ所)を実施。渋谷O-nestでは、今回のアルバムにサポートとして参加したTo Rococo Rotの重要メンバー、Robert Lippokもベルリンから同行し、Takeshi Nishimotoのライヴをサポートする。彼のワールド・プレミアムなギター・サウンドとRobert Lippokの織り成す電子音のそれぞれのライヴは、会場全体に流麗で甘美的狂気のサウンドを醸し出すこと必至。Takeshi Nishimoto そして Robert Lippokのレアなソロ・ライヴ・パフォーマンスをぜひ体験しよう。


Erasure - ele-king


イレイジャー
Snow Globe

Mute/トラフィック

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 日本で暮らすアラフォー、アラフィフ世代にとって、イレイジャーといえば「ビートUK」じゃないでしょうか。もうとにかく、イレイジャーがシングルを出すとUK1位。アルバムも1位……という感じで、ヒットし続けたのでした。『ザ・サーカス』(1987年)、『ジ・イノセンツ』(1988年)、『ワイルド!』(1989年)や『コーラス』(1991年)のようなアルバムは、まさにシンセポップのお手本です。しかもヴォーカルのアンディ・ベルはゲイとしても有名で、音を担当しているヴィンス・クラークといえば、あなた、デペッシュ・モードのオリジナル・メンバー、ヤズーの仕掛け人、つまり、〈ミュート〉レーベルはこのヴィンス・クラークという天才を発掘したがためにレーベルとして大きくなったと言える、そんなすごい人なのです。  最新アルバム『スノウ・グロウブ』は実に通算15枚目のアルバムです。5曲の新曲と8曲のクリスマス・ソング・カヴァーという構成になっています。  ファンの方々はご存じだったかもしれませんが、昨年、アンディ・ベルのパートナーだったポール・ヒッキーがエイズで亡くなられました。新作には、そんな悲しみを乗り越えるかのような、力強いさ、深いエモーションがあります。そして6歳になったヴィンス・クラークの息子を祝福するかのように、温かい電子音をバックにクリスマスの歌が歌われています。  日本で暮らすアラフォー、アラフィフにとって、イレイジャーといえば「ビートUK」じゃないでしょうか。ヴィンス・クラークと同じように小学生ぐらいのお子さんのいる方も多いはず。今年は、エレポップの天才が送るクリスマス・アルバムを聴きながら、「あのね、お父さん(お母さん)が若かった頃にね……」などと教えてあげるのもいいかもしれませんよ。


Jake Bugg - ele-king

 1枚目があれほど鮮烈なデビュー作となったからには(そしてブリテンの音楽業界人、中年文化人たちから激烈に支持されたからには)、11月発売のジェイク・バグのセカンド『Shangri-La』に大いなる期待と危惧が寄せられるのは当然のことだ。

 プロデューサーにリック・ルービンを迎えたことから、ジェイクは米国を意識した“ビッグになるため”のアルバム作りをしているという推測は、『NME』をはじめとするメディアが何ヶ月も前から書いてきたことだ。
 「俺と俺のギター」の段階は終わった。これからが本番だ。みたいなことを業界の大人たちが書き煽るなかで、若き青年ジェイクのこころは不安定に揺れたりしていないのだろうか。

 というおばはんの心配を粉砕してくれた、というか大笑いさせてくれたのが、新曲“SLUMVILLE SUNRISE”のPVである。このPVは、(遂に日本公開された『ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オブ・ストーン』でわが祖国の音楽ファンの涙腺を決壊させている)シェイン・メドウズが監督を務め、ベニー・ヒルを髣髴とさせるレトロ調ドタバタ・コメディの映像になっている。彼の代表作『This Is England』シリーズのロル(ヴィッキー・マクルアー)が“Two Fingers”のPVでジェイクの母親役を演じていたので、そのうちシェイン・メドウズも出て来るんじゃないかとは思っていた(実際、カメオ出演までしてジェイクが乗ったボートを担いでいる)が、「来たか」という感じのコラボである。

 曲の終了後、『This Is England』シリーズのスメル(ロザムンド・ハンソン)とジェイクの掛け合いがあるのだが、ジェイクはアルバム・デビュー後こそストレート・ジーンズと黒シャツ、黒ジャケットのシャープなイメージでキメているが、実際このPVのようなヤバめのジャケットを着てChav色を漂わせていた時期もあったので、どこか初心に帰った感もある。また、吃驚したのが、ジェイクが俳優としても大変な逸材であるということで、このまま『This Is England』シリーズに出て欲しいような醒めた目つきの北部のChavっぷりを見せている。

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 今夏、BBCが放映したワーキングクラスの歴史を辿るドキュメンタリーを見ていたら、英国で初めてワーキングクラスがクールになった時代として1960年代の映像がふんだんに出て来た。そのなかで、英国初のワーキングクラス出身モデルだったツイッギーが大きくフィーチャーされ、それまでは上流階級の子女に独占されていたメディア、アート、ファッションといった世界にワーキングクラスの若者たちが進出を果たし、それがスウィンギング・ロンドンに繋がった60年代は、労働者階級が史上もっとも格好よかった時代だと語られていた。

 英国の現代のメディアやアート、ファッション(&ミュージック)といった分野は、60年代以前と同じようにミドルクラスの子女に独占されている。それはジュリー・バーチルなども指摘している点だ。そう考えれば時代は後退したのかもしれないが、そのなかで「恐るべき子供たち」と呼ばれているジェイク・バグやストライプスといった若者たちが60年代を髣髴とさせる音を奏でているのは興味深い。

 が、しかし、60年代のクールなワーキング・クラスが英国に蘇ることはない。なぜなら、現代のワーキング・クラスは社会に忌み嫌われるアンダークラスに変貌を遂げているからだ。アンダークラスやChavは、英国の「クールでないもの」のすべてを象徴しているため、ジャージを着て公営住宅地をふらふらし、妊娠中の女と居間に座っている無職の青年をPVで演じて見せるアーティストなどいない。そんな低みにまでロック・ミュージシャンが降りていってはいけないのだ。なぜなら、ロックとはクールで高尚でアーティスティックで地べたの人間など反映しないものでなくてはならないからだ。

 What the fuck are you talking about?(クソふざけんな)

 という爽快な一撃をこのPVには感じた。わたしが大笑いしたのはその点である。喜ばしいことに、ジェイク・バグのセカンド・アルバムを心配する必要はまったく無さそうだ。

Forest Swords - ele-king

 2000年代において「ウィッチなもの」はまずフリー(ク)・フォークの周辺に姿を現した。森ガールからさかのぼること5年前後。たとえばジョアンナ・ニューサムを、たとえばココロージーを取り巻くウィッチな――オカルトチックな雰囲気は、世を離るための装置として強烈な印象を持っていた。森へ、森へ。戦争のさなかでもあったアメリカ内部では、それはひとつの逃走でもあり闘争でもあっただろう。ドリーミーなどと甘いものではない、時期は少し後のものになるが、『イース』(2006年)の異様な肖像画に浮かんでいるのは、この世をつめたく切り離す微笑ではなかっただろうか。
 フォレスト・ソーズの音楽は、すこし、その頃のドロドロとして危なげな森とウィッチネスを思い出させる。

 UKはリヴァプールのプロデューサー、マシュー・バーンズによるユニット、フォレスト・ソーズ。2010年にリリースされた前作EP『ダガー・パース』を覚えている方も多いことだろう。ポカホーンテッドのようにずぶずぶなダブとギター・サイケデリック、クラムス・カジノの亡霊じみたスクリュー、またハウ・トゥ・ドレス・ウェルのR&Bやそのシミのように抜けにくく忘れ去り難い音像、などなどの印象に重なって、バーンズの音の世界はよどみ、滞り、ひたひたと現実の感触を腐食させていく。呪術的で間の多いビートとヴォーカル・サンプルもあわせて考えれば、ウィッチ・ハウスの傍流としてとらえられても当然だろうし、ファースト・フル・アルバムとなる今作は〈トライ・アングル〉からのリリースである。この線で現在もっとも充実したかたちを提示するための条件をずらりと揃えている。

 一方、往時のブルックリンの実験主義的なムードに含まれていたようなトライバル志向も、バーンズの音楽にとって重要な要素だ。なかでも近世~近代日本の表象が好んで用いられていることは、彼のなかのトライバリズムを大きく特徴づけている。日本趣味というよりも小泉八雲趣味というか、逝きし世の面影に寄せる興味のようなもので、前作と今作のジャケットに色濃いのは、芸者富士山ネコミミではなくて、開国ののちさまざまに失われていこうとする、あるいは開かれていこうとする、小さく、あわれ(あはれ)な存在や風俗である。ウィッチはウィッチでも、名も無き髷の日本女性を立てたところに、なんとなくではあるけれどもバーンズの問いかけがある。大きなちからの陰に、あるいは大きな時代の流れの陰に消えていくものへまなざすことが、彼のサイケデリック・ミュージックでありウィッチ・ハウスの芯ではないだろうか。“オンワード”の乾いた打撃音を、その隙間の反響音を聴いていると、知らないはずの郷愁と、それがあるはずの、ここではない世への思慕に胸がしまってくる。そして“ギャザリング”で反復されるヴォーカル・サンプルが、どこか木挽き歌のような掛けあいを生みながらピアノの旋律とキック音を招じ入れるとき、彼のアルバムは架空の風土記のように、この世のネガとして光を透過させる。

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