「Nothing」と一致するもの


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 フリー・モラル・エージェンツが拠点とするロング・ビーチにはサブライムがいたが、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどLAをはじめとして西海岸にホットな拠点を持っていたいわゆる“ミクスチャー・ロック”には、メタルとヒップホップなどジャンル上のミクスチャーという側面とともに、エスニシティやカルチャーにおけるミクスチャーという側面がある。ザ・マーズ・ヴォルタなどをここにストレートに分類するのはためらわれるものの、中心のひとりオマー・ロドリゲス・ロペスがプエルトリカンであり、ラテン・ミュージックを血液としながら、一方でチリ・ペッパーズのフリーやジョン・フルシアンテらを迎え、オルタナのマーケットでシリアスにプログレッシヴ・メタルを展開してきたことを鑑みれば、彼らもまた十分に「ミクスチャー」的な要素のひとつを肥大化させた存在と考えることができるかもしれない。

 フリー・モラル・エージェンツは、そのオマーや相方のセドリック・ビクスラー・ザヴァラ、そしてフルシアンテらとともにマーズ・ヴォルタの黄金期を支え、デ・ファクトやロング・ビーチ・ダブ・オールスターズ等でもオマー、セドリックとともに活動してきた鍵盤奏者、アイキー・オーウェンスが率いるセッション・グループだ。彼はメンバーの多くが黒人であることにもプライドを持っていると述べるが、そこにリプリゼントされているのはブラック・ミュージックというよりも、やはりもっと“ミクスチャー”なものである。若く瑞々しい問題提起があるわけではないが、熟達したテクニックとミュージシャンシップによって音楽的な芳香を放つ彼らは、ニュー・メタルやラウド・ロックの筋骨隆々としたイメージとはかけ離れながらも、そうした音の周辺から生まれ、それをダンス・ミュージックやクラブ・カルチャーに結びつける存在としてじつに堂々たる存在感がある。ジャズロックの煙たさと艶やかさ、サイケデリックなセッション、這うようにして迫ってくるグルーヴが、夜の鷹のように鋭く魅了する。アルバム後半にゴシックなシンセ・ポップまで開陳するリーチの長さは、鍵盤奏者としてのオーウェンスの幅でもあるだろう。過去のシングル「ノース・イズ・レッド」(2010年)ではトニー・アレンにリミックスを依頼しているが、本作ではLAビート・シーンの俊英としてその登場がいまだ鮮やかに記憶されるハドソン・モホークが登場し、ミュータントなミックスを生んでもいる。
フル・アルバムとしては4年ぶりとなる本作は、そうしたセッション・バンドが録音物への注意と興味も深めた結果として、とても充実した盤となった。こだわりのアナログ録音も、曲によってはとても意外に感じられるだろう。

LAに住むと、エレクトロニック・ミュージックに囲まれていると感じるよ。LAビート・シーンの大ファンだし、僕らにしてもLAのロック・シーンよりLAビート・シーンで認められている。

フリー・モラル・エージェンツにおいては、あなたはバンド・マスターのような役割を果たしているのですか? あなたのバンドなのか、それとも独立したミュージシャン同士のセッションがコンセプトなのか、どちらでしょう?

アイキー:俺がフリー・モラル・エージェンツの創立者なんだ。ラインナップが固まってから、本当にバンドになったんだ。いまでも、俺が作品のプロデュースを担当して、全体の作品の美学や方向性を決めているよ。

ヴォーカルもそうですが、アンサンブルや楽曲自体から、あなたがかつて活動されてきたマーズ・ヴォルタ等のバンドが持つストイシズムとは異なった豊満さを感じます。あなたがフリー・モラル・エージェンツにおいて目指すものはどんなことでしょう?

アイキー:メンディー(・イチカワ)と出会った日から、このバンドのリード・シンガーになってもらいたいと思った。彼女のヴォーカル・サウンドを意識して、このバンドのサウンドを決めているんだ。

あなたがたにはLAのアンダーグラウンド・カルチャーへの愛を感じますし、地元に根づいた活動をされていると思いますが、それがハドソン・モホークなどのアブストラクトなダンス・ミュージックに結びつくのが素晴らしいと思います。彼にリミックスを依頼したことにはどのような意図があるのでしょうか?

アイキー:俺らは全員、エレクトロニック・ミュージックのファンなんだ。とくにLAに住むと、エレクトロニック・ミュージックに囲まれていると感じるよ。LAビート・シーンの大ファンだし、僕らにしてもLAのロック・シーンよりLAビート・シーンで認められている。

あなたがたの魅力はライヴやセッションにおいて真価が発揮されるのではないかと思いますが、アルバム制作にはどのような意味がありますか?

アイキー:年齢を重ねるにつれ、レコーディングの重要性が増している。俺がレコーディングした作品こそ、後世に残していく作品なんだ。俺らの作品は、グループそして個人的に俺らの経験を反映しているんだ。最近は、自分がどのようなアートを残していくのかをとても意識している。

制作する音楽のなかに、あなたの血としてのルーツやアイデンティティはどのくらい意識されているのですか?

アイキー:黒人であることは、フリー・モラル・エージェンツにおける俺のアプローチに多大な影響を与えてる。まず、このメンバーを選んだことが、このバンドにおいて不可欠だった。黒人のインテリジェンス、センス、音楽性の交差点は、俺たちの音楽において極めて重要なんだ。このバンドのメンバーのほとんどが黒人だということだけじゃなくて、黒人男性としての俺たちの生き方も重要なんだ。

”Requiem”には具体的な対象がありますか? とても印象的なブラス・アンサンブルですが、どこか無国籍的で、よるべない魂に捧げられるかのようなはかなさを感じました。

アイキー:この曲は、バルセロナに住んでいるまだ生きている女性に捧げられた曲なんだよ。

2010年のシングル「ノース・イズ・レッド」にはトニー・アレンのリミックスが収録されていますが、これはあなたがたがどのような音楽に経緯を払い、意識をしているのかをよく物語っていると思います。どのような経緯でこの話が決まったのでしょうか。また、彼のあなたがたへの反応をどのように感じましたか?

アイキー:トニー・アレンにはまだ実際に会ったことはないんだ。彼のレーベルに連絡をしたら、親切にも彼はリミックスを引き受けてくれた。ライヴをやるとき、俺たちは彼のヴァージョンを演奏しているんだ。彼のヴァージョンの方が熟成したサウンドで、簡潔なんだ。彼はこの曲を次のレヴェルにまで進化させてくれた。

このメンバーを選んだことが、このバンドにおいて不可欠だった。黒人のインテリジェンス、センス、音楽性の交差点は、俺たちの音楽において極めて重要なんだ。このバンドのメンバーのほとんどが黒人だということだけじゃなくて、黒人男性としての俺たちの生き方も重要なんだ。

「フリー・モラル」を掲げるのはなぜでしょう? 自由を倫理として掲げているのか、倫理からの自由を謳っているのか。また、それはあなたの芸術に対する姿勢ということになりますか?

アイキー:「Free moral agency(自由道徳的選択)」というのは、神学/哲学的な概念であって、人間には自由意志があることを意味している。アーティスト、家族の一員、友だち、恋人、労働者として、自分たちが正しいと思うことに基づいて行動することができる。人間同士の絆を強くしたり、人に親切にしたり、どの音符を使いたいかなどを選択することができる。俺たちは毎日このような決断をしている。成功をすることもあれば、失敗することもあるけど、毎回選択は自分たちがしているんだ。どういう選択をするかによって、優れたアーティスト、息子、兄弟、人間になることができる。

一方でKORGのファンでもあるそうですね。KORGとあなたの音楽との関わりについておうかがいしてもいいですか?

アイキー:KORG CX3 Organがいちばんのお気に入りだし、メインで使用してるキーボードなんだ。micro KORGとmicro XLも気に入ってる。この作品『チェーン・アンフィニ』では、JUNO60とエフェクトをかけたWurlitzerを多用している。1980年代半ばのYAMAHA PSRや70年代のエレクトロニック・チェンバロも多用してる。

アートワークについてはこだわりがありますか? マーズ・ヴォルタやロング・ビーチ・ダブ・オールスターズなどには、ヴィジュアル自体が音やそれが体現するカルチャーの一部というようなところがありますが、フリー・モラル・エージェンツのアートワークについてのコンセプトはどんなものなのでしょう?

アイキー:今作のアートワークを手がけたのは、マティース・イバラという地元のミュージシャン兼アーティストなんだ。彼のアートのスタイルは、今作のサウンドを反映しているんだ。この作品のサウンドは、前作に比べると無駄をそぎ落としたミニマルなサウンドなんだ。このアートワークもそうだけど、間近で見ないとクリアに見ることができないんだ。このアートワークが好きなのは、人の反応が好きか嫌いか二手にはっきりわかれるからなんだ。あと、ロングビーチの最近のグラフィティを反映したスタイルでもあるんだ。

ロング・ビーチでは最近何がおもしろいですか?

アイキー:いまのロングビーチの音楽シーンは本当に最高だよ。ブラインド・ジョン・ポープやデニス・ロビショーのようなアヴァンギャルド・フォーク・アーティストもいるし、ワイルド・パック・オブ・カナリーズみたいにノイズとドゥワップを融合させているバンドもいる。ダフト・パンクをさらにダーティでヘヴィにしたファットバーフのようなアーティストもいれば、素晴らしいソウル・シーンもある。フリー・モラル・エージェンツのベーシストであるデニスは、〈グッドフット〉というクラブ・イヴェントを運営していて、地元の連中はみんな教会のように通っているよ。決まったサウンドがないから素晴らしいシーンなんだ。それぞれのアーティストが個性を持っているんだよ。

R.I.P. フィリップ・シーモア・ホフマン - ele-king

 『ブギーナイツ』(97)は70年代終わりのポルノ業界を舞台にしており、そこでは雑多な人間が集まって形成する擬似家族的なコミュニティが描かれている。それぞれの事情でカタギの生き方を外れてしまった人間たちの、かろうじて彼ら同士をつなぎ止める何かを。いまキャストを見返すと、ジョン・C・ライリー、ウィリアム・H・メイシー、アルフレッド・モリーナ、ルイス・ガスマン……ああ、最高の脇役俳優たちが山ほど出ているではないか。そこにフィリップ・シーモア・ホフマンもいた。それは僕がようやくロウ・ティーンと呼べる年代に差し掛かった頃にこっそりとはじめて観たR-18映画であり、そこでその男はあまりに哀れな、しかし正体不明の愛らしさを備えたゲイ青年を演じていた。現実の世界よりも海の外の映画のなかに「彼ら」を探していた自分は、その男の存在、彼の悲しさに目を奪われずにはいられなかったのだ。色白でムチムチした体格の、タンプトップ姿の青年に。
 シーモア・ホフマンは『マグノリア』(99)にも出ていた。それは『ブギーナイツ』に続いて、ポール・トーマス・アンダーソンという次世代のアメリカを映画を担っていくことが約束された若き才能の野心が爆発した一本で、ひとりで映画館まで観に行った中学生の僕は、この監督と未来をともにできることを予感して誇らしく思ったものだ。事実、『パンチドランク・ラブ』(02)というチャーミングで小さな一本を撮ったアンダーソンは、(シーモア・ホフマンは出演していないけれども)映画史に残る傑作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)をモノにしたあと、『ザ・マスター』(12)では巨匠然とした風格すら漂わせている。そして、それはフィリップ・シーモア・ホフマンの存在そのものによって支えられた映画でもあった。アンダーソンの次作はトマス・ピンチョン原作の『LAヴァイス』だ、輝かしい未来はなお、約束されている……。
 それなのに彼と出会ってわずか15年、僕はただ動揺し、うろたえ、混乱を抑えることができない。これから先、ポール・トーマス・アンダーソンの映画にフィリップ・シーモア・ホフマンの姿がないなんて、そんなことがあり得るのだろうか?

 もちろん、アンダーソンとの最高のタッグ以外でも、その男はさまざまな人物に毎度生まれ直すように扮してみせた。しかし振り返ってみれば、『ハピネス』(98、トッド・ソロンズ)のオナニー野郎にしても、『フローレス』(99、ジョエル・シューマカー)の愛情に満ちたトランスジェンダーにしても、あるいはトルーマン・カポーティの独特の発話を会得しオスカーを手にした『カポーティ』(05、ベネット・ミラー)にしても、この世の生きづらさに肩身を狭くしているような、自身のなかの複雑さに身動きが取れないような、どうにも具合の悪そうな人間ばかりを演じてきたように思える。レスター・バングスになって主人公を導いた『あの頃ペニー・レインと』(00、キャメロン・クロウ)では、自分たちのことをアンクールだと定義して、だからこそ観客たる僕たちを映画へと向き合わせた。主演した『脳内ニューヨーク』(08、チャーリー・カウフマン)は、自身の内面に降りて行けば行くほど人格も人生も分裂していくような、まさにシーモア・ホフマンにしか纏えない滑稽さと侘しさを孕んだ作品だった。
 映画のなかのシーモア・ホフマンの不恰好さや不具合や哀れさを思うとき、彼の死因がヘロインのオーバードーズだという報は、あまりにもいたたまれないものだ。けれどもそれは、僕たちには理解できない特別な問題を彼が抱えていたことを示しているわけではないように、自分にはどうしても感じられてしまう。なぜなら、そのアンクールさ、その悲しさは、僕たちが身に覚えのあるものばかりだからだ。一貫してスターではなくアクターであり続けたその男は、スクリーンこそが生き場所だった。だとすれば、画面のなかに彼を見る僕たちも、そこに自分の居場所を与えられていたのだろう。

 この20年間のアメリカ映画を観てきた人間にとって彼は、気がつけば身内のような存在になっていた。まさか、こんな別れ方をするとは誰も思っていなかったよ。誰も。スクリーンのなかで老いていくはずだった僕らの大切な友人は、もう永遠に喪われてしまった。プリーズ、レスト・イン・ピース、フィリップ・シーモア・ホフマン。僕たちはせめて、時間とフィルムを巻き戻そう。あの、なんとも居心地の悪そうな笑顔が再生されるはずだ。



私の好きなフィリップ・シーモア・ホフマン

天野龍太郎
1. パンチドランク・ラブ(02)
2. ザ・マスター(12)
3. ブギーナイツ(97)
4. カポーティ(05)
5. ポリー my love(04)

木津毅
1. ブギーナイツ(97)
2. ハピネス(98)
3. ザ・マスター(12)
4. マグノリア(99)
5. あの頃ペニー・レインと(00)

松村正人
1. 脳内ニューヨーク(08)
2. ハピネス(98)
3. ブギーナイツ(97)/マグノリア(99)
4. チャーリー・ウィルソンズ・ウォー(08)
5. あの頃ペニー・レインと(00)

三田格
1. 脳内ニューヨーク(08)
2. パンチドランク・ラブ(02)
3. ハピネス(98)
4. あの頃ペニー・レインと(00)
5. カポーティ(05)

失敗しない生き方 - ele-king

 どこかぎこちなくも、何かしらの確信をもって沈黙を破るリズミックなイントロ。瞬間、「ああ、これだ」と思った。ふとした偶然で出会った同時代の一曲が、それまでコレクションしてきた過去の名曲群の総重量と釣り合ってしまう、あの一瞬のスリル。
以来、SoundCloud上で30回、自主制作のCD-R『遊星都市』のヴァージョンで60回、そして待望のフル・アルバム『常夜灯』のヴァージョンですでに40回は聴いているのだが、どこにそれほどの仕掛けが施されているのか、じつは、いまだにわからないでいる。わからないで書いているのか、と問われればそれまでだが、しかし、わからないからこそこれほど繰り返し聴いているのだとしか言いようがない。そう、“月と南極”と名づけられた、この4分にも満たないポップ・ソングの秘密は、近づくほどに遠い。

 失敗しない生き方。世間ではシティ・ポップの新勢力と目され、自らはベッドタウン・ポップを標榜するこの6人組は、森は生きているとの2マンに掲げられた主題――「ぼくら、20世紀の子供たちの子供たち」――を肩肘張らずに体現したようなバンドだ。「僕たちは歴史から切れた存在ではない」という主張それ自体が、そもそもヴィターリー・カネフスキーのフィルモグラフィーからの引用、というメタ・メッセージになっているのだが、ジャズとロックンロールと渋谷系が一緒くたになったような音楽(“クックブック”が端的な例だ)を奏でる彼らは、歴史の重みに触れつつも、その遺産を食いつぶすだけでは納得がいかないと言わんばかりにもがいている。フリーキーに、あるいはどこまでもポップに輝きながら。
 メイン・ヴォーカルである蛭田桃子の声は、侵しがたい少女の不安定さを孕みつつも、蠱惑的な色をも放ってやまない(ライブでは絶叫に近いシャウトも)。やや安易な例示になるが、ひょっとすれば野宮真貴にも、フルカワミキにも、やくしまるえつこにもなれる逸材かもしれない。が、作詞を担当する天野龍太郎(ギター、ヴォーカル)が、先達のマネゴトを許さないのが面白い。ただ黙読されるべく書かれたような、いや、そこに無作為に浮かぶ無数の場面・映像を凝視されるべく書かれたような天野の歌詞は、即興の文学とでも言うべき異形な詩情を放っている。それは映画にさえ似ているのだ。しかも、そのある種の難解さを蛭田の歌い回しはまったく感じさせないのだから、いったいどちらに主導権があるのか、判断に困るところ。
 かと思えば、天野は作曲面には関わっていない。それはキーボードの今井一彌と、サックスの千葉麻人に委ねられた仕事となっている。ごく大雑把に言えば、今井の作曲からは渋谷系ライクな端整なポップ・ソングが生まれ、千葉の作曲からはロックンロール以前、エルヴィス・プレスリー以前のアメリカが薫る(このふたりが共作するとラグタイム風のスキット曲“ラグタイム”が生まれるので不思議だ)。このわりとハッキリとした分業体制から生まれる緊張、特定のメンバーがバンドをコントロールしない・できないという不全感が、ある共同性をもってグルーヴするときのイタズラめいた魔法の気配を、僕は“月と南極”の、あのイントロのなかに聴き取ったのだと思う。

“私の街”や“煙たい部屋で”、タイトル曲“常夜灯”に挿入される嵐のようなノイズ、あるいは彼らのポップ・サイドをリードする“月と南極”や“終電車”において、大サビが用意されてもよさそうなタイミングで吹き込まれるサックス・ソロの大胆さまでをも差し置いて、アルバム『常夜灯』は、もしかしたらとてもクリーンなポップスとして受け取られるかもしれない。“海を見に行こうよ”や“魔法”といったナンバーには、ソング・オリエンテッドな抑制がたしかに効いている。ここには、このバンドが大きくなっていく可能性を示す、いい意味での気取りが感じられて愛らしい。
 しかし、僕が観たライヴで彼らを包んでいたのは、清潔さではなくもっと灰汁を含んだ何か――夜の猥雑、ニヒルな笑い、酒の臭い、煙草の煙、街の喧噪とドア一枚だけ隔てられた秘密と静寂、といったものだ。まるで投げやりな音程、いつ破綻するともわからない演奏、それは壊れたジューク・ボックスが奏でる狂ったポップスのようだった。以来、シティ・ポップにしろベッドタウン・ポップにしろ、彼らの呼び方としてしっくり来ていない自分がいる。あれは、廃業したグランドキャバレーに住まう元専属ジャズ・バンドたちの亡霊を思わせた(風林会館でのライヴを是非とも実現してほしいところ)。

 ところで、このユニークなバンド名の由来は、書店の自己啓発本コーナーからのインスパイアだという話だったが、ああ、そうだ。いまは物語のないシニカルな時代なんて言われるけれども、夢や希望なんてものをいくらそれらしい口調で語ったところで、そんなものは最初から数百円も出せば買えてしまうのだった。とすれば、「音楽を止めて戸を開け/それでも/朝の幻を借りに出ようよ/今」(“月と南極”)と歌う失敗しない生き方は、なぜそこで音楽を止め、なぜ幻と分かっている朝に繰り出していくのだろうか。そんなことを考えながら、また再生ボタンを押す。どこかぎこちなくも、何かしらの確信をもって沈黙を破るリズミックなあのイントロが、また鳴る。瞬間、僕は「ああ、これだ」と、また思うのだろう。


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会場限定発売!
toe / collections of colonies of bees ジャパン・ツアー2014 記念Tシャツ完成!
*各会場のみでの販売になります。数に限りあり!お早目にどうぞー!

まずtoe と collections of colonies of bees (以下コロちゃん)のカップリング・ジャパン・ツアーは2009年に行なわれ、更に言うとコロちゃんの全身バンドであるpeleは02年に来日しtoeと共演。更に更に「toe//pele」、そして「toe//collections of colonies of bees」名義でスプリット・シングルもリリース。そしてコロちゃんの最新アルバム『SET』の解説をtoeの山嵜廣和氏が執筆していて……と、この二バンドは本当に仲良し。そしてお互いをリスペクトし合っている訳です。そんな友情が本当に眩しいカップリング・ジャパン・ツアーが再びみなさんの前で始まってしまいます。繰り広げられる抱擁の嵐にみなさんも号泣するに違いない!ハンカチ持ってお越しください。

【toe】

 もはや説明不要。日本が世界に誇る最高のインストゥルメンタル・バンド。2000年に結成され、そのアグレッシヴかつエモーショナルかつダイナミックかつ繊細なサウンドで世界中のファンを虜に。昨年行われたアメリカ・ツアーはもちろんソールドアウトを連発。
https://www.toe.st/


【collections of colonies of bees】

 今なおポストロックのスタンダードとして君臨しているミルウォーキーの伝説的バンド、peleのサイド・プロジェクトとしてスタート。pele解散後に本格的始動し、これまでに6枚のアルバムを発表、更に二度の来日も。pele直系のポップでシャープなロック・テイストと、エレクトロ~ミニマル・アプローチ、そしてシューゲイズなエッセンスまでもがマッチしたインストゥルメンタル・サウンドは唯一無比。ちなみに主要メンバーはBon IverとのプロジェクトVolcano Choirでも大回転中。
https://www.collectionsofcoloniesofbees.net/




ライヴとの連動シリーズ、「Beckon You !!」 スタート!!!!
作品を購入→ライヴに行ったら会場でキャッシュ・バックしちゃいます!!


注目のアーティストを中心に作品とライヴを連動させちゃうのがこの「Beckon You !!(来て来て〜おいでおいで〜の意)」シリーズ。
1/22リリース、collections of colonies of beesの最新アルバム『SET』貼付のステッカーを公演当日にお持ち下さい。その場で500円をキャッシュバック致します。もちろん前売り券でも当日券でもオッケーです!


ele-king presents
toe / collections of colonies of bees Japan Tour 2014

3/4(火) 渋谷TSUTAYA O-nest (03-3462-4420)
adv 4,500yen door 5,000yen (without drink)
open 18:00 start 19:00
*2014.2.11~チケット発売
チケットぴあ(Pコード:P:223-557)
ローソンチケット(Lコード:70044)
e+

3/5(水) 名古屋APOLLO BASE (052-261-5308)
adv 4,500yen door 5,000yen (without drink)
open 19:00 start 19:30
*チケット発売中
チケットぴあ(Pコード:P:223-442)
ローソンチケット(Lコード:46308)
e+

3/6(木) 心斎橋Music Club JANUS (06-6214-7255)
adv 4,500yen door 5,000yen (without drink)
open 18:00 start 19:00
*チケット発売中
チケットぴあ(Pコード:P:223-509)
ローソンチケット(Lコード:52170)
e+


*各公演のチケット予約は希望公演前日までevent@ele-king.netでも受け付けております。お名前・電話番号・希望枚数をメールにてお知らせください。当日、会場受付にて予約(前売り)料金でのご精算/ご入場とさせていただきます。


主催・制作:ele-king / P-VINE RECORDS
協力:シブヤテレビジョン ジェイルハウス スペースシャワーネットワーク 
TOTAL INFO:ele-king / P-VINE RECORDS 03- 5784-1256
event@ele-king.net
www.ele-king.net


toe、collections of colonies of beesも出演!!

Booked!
https://booked.jpn.com/index.html

3/8(土)新木場STUDIO COAST(03-5534-2525)
toe / cero / mouse on the keys / ROTH BART BARON / NINGEN OK /
collections of colonies of bees(US) / ペトロールズ / LAGITAGIDA /
YOLZ IN THE SKY / グッドラックヘイワ / Climb The Mind / VIDEOTAPEMUSIC /
STUTS / THE OTOGIBANASHI’S / DJみそしるとMCごはん / Slow Beach
……and more

*こちらの公演は「Beckon You !!」対象外となります。

日本先行発売!!
コレクションズ・オブ・コロニーズ・オブ・ビーズ 『セット』


PCD-20291
定価2,000yen(without tax)
Release:2014.1.22
解説:山嵜廣和(toe)


1. G(F)
2. E(G)
3. B(G)
4. C(G)
5. D(F)
6. F(G)

Moodymann - ele-king

 結論から言えば、本作『Moodymann』はここ最近のムーディーマンのなかでは抜きんでている。まず何よりもこれは『Black Mahogani』以来の大きなリリースであり、ここ数年のベスト盤的な内容で、彼の集大成でもある。これからムーディーマン(デトロイトの、カルト的な人気をほこるハウス・ミュージックのDJ/プロデューサー)を聴きたいという若い方がこの文章を読んでいたら、迷うことなく本作を手にするがいい。
 というか、このところのムーディーマンは、2012年の『Picture This』をのぞけば、長くもなく短くもないミニ・アルバムをヴァイナルのみの限定盤としてリリースしている(2008年の『Det.riot '67』、2009年の『Anotha Black Sunday』、昨年の『ABCD』……)。これらはすべてが予約で売り切れるほどの競争率なので、本当に好きな人/レコードのためには努力を惜しまない人しか聴いてないと思われる。今回もアナログ盤(12曲)に関しては予約でショートしているが、数週間後にCD(27曲)も出た。要するに、『Moodymann』は久しぶりに手に入れやすいアルバムで、『Picture This』からの再録(アンプ・フィドラーとのまったく素晴らしい“Hold It Down”)、2008年のホセ・ジェイムス“Desire”のリミックス、CDにはくだんの限定盤からの数曲も再録されている。さらにCDにはEPで発表した曲もいくつか再録していて、ラナ・デル・レイ“ボーン2ダイ”のリミックスまで入っている。CDはお買い得だ。
 ムーディーマンは同郷のアンドレスとも似て、ハウス・リスナーのみならずヒップホップのリスナーの耳も惹きつけている。彼のリズム&ブルースのセンスゆえに、ハウス・ミュージックという枠組みを超えて、幅広いリスナーにアピールしているのだろう。現代のような音楽が売れない時代に、こと洋楽への関心が弱まっている日本において、ハウスを扱っているすべての輸入盤店で発売直後に「SOLD OUT」とするムーディーマンの人気は、異例中の異例だ。

 昔、シカゴでハウス・ミュージックが生まれたとき、熱狂した多くのダンサーたちが「教会みたいだ」などという科白でその感動を表したエピソードは知られている。アフリカ系アメリカ人の教会は、──筆者も1度だけ行ったことがあるが──、宗教の現場というより共同体の集会場だ(デトロイトにおいては、奴隷制時代に奴隷を逃がす隠れ家でもあった)。大勢で歌って踊って、それもかなりハードに踊って、神父は、今週は寄付金を公園の壊れたブランコの修繕に使ったとか、建設的な報告する。そうした身近な人びとの集まっているにおいが、そしてデトロイトは破産したというニュースとは裏腹のファニーなアーバン・フィーリングが、尽きることのない地元愛が、果てしないセクシャルな衝動が、ファンキーな笑いが、ムーディーマンの音楽には注がれている。ラナ・デル・レイのリミキサーに抜擢されたほどの人物だが、基本、アンダーグラウンドの音楽家なので、誰しもが彼にアクセスできるわけではない。しかし、それでも彼の音楽は大衆音楽であり続ける。大衆は必ずしも多数を意味しない。むしろ多数の専制に逆らっている、少数派を大切にするという意味において「民衆」の音楽だと言えよう(……数日後には憂鬱な都知事選だ)。
 そして、おっさん節の道化たアートワークが時代錯誤でどんなにダサかろうと、この音楽は──勝ち負けの音楽ではなく──共同体の音楽なので、おおらかに受け止められる。アホだなーと笑っても、音楽がうまいので、文句は言わせない。『Moodymann』の、ハウスから広がる多彩な展開(R&B、ファンク、ジャズ、8ビートの速いピッチの曲などなど)は、彼のキャリアを顧みれば自然な成り行きだ。それは成熟するデトロイト・ハウスの現在でもある。1曲、ファンカデリックの名曲“コズミック・スロップ”をがっつりサンプリングしている曲がある。そして、CDの中面の写真に写っている彼のスタジオのシーケンサーの上には、プリンスの『1999』のカセットが、どーんと、意味ありげに、結局のところこれが彼にとっての最良のポップ作品のひとつであると主張するかのように、置いてある。

丸屋九兵衛 - ele-king

 先日、インドネシアに行ってきたんですよ。バリ島とジャカルタと併せて10日くらいの旅。ジャカルタではマージナルというパンク・バンドの住居兼コミューンみたいなところを訪ねて大変貴重な経験をしたのだけれど、それはまた別な話なのでどこかで書く予定。
旅行に際しては、いわゆる有名なシリーズのガイドブックを買ったのだけど、やはり普通のガイドブックというのは最大公約数をターゲットにしてるものだから、どうしても限界がある。どこのクラブやライヴハウスが盛り上がっているのかとか、中古レコードはどこで買えるのか、言葉はわからなくてもマンガくらいはどんなものがあるのかチェックしてみたい、映画はどんなものが作られてるのだろうか、等々、そういうことが知りたいじゃないですか。

 で、一方で台湾というと、まあ親日的でご飯が美味しいという程度の印象しかなかったのだが(あとはまあ、むかし映画が盛り上がってたな、という記憶があるくらい)、最近友人が岸野雄一さんと一緒に台湾に行ってレコードを掘るのにハマっているというのでにわかに興味を覚えたところなのである。そんな矢先のこの本の刊行は大変嬉しかった。

 一言で言うと、『bmr』編集長にして無類の雑学王である丸屋九兵衛氏による偏愛的台北ガイド。「ビッグ・イン・ジャパンを語らない」(具体的には杏仁豆腐とか小龍包とか)というコンセプトが本文中でも明らかにされているように、あくまでも現地ではこれが熱いという視点でセレクトされているところがいい。あと、「住むように旅したい」というスタンスにも共感する(インドネシア旅行は移動が多くて1箇所2~3泊とかだったからいまひとつ食い足りなかったのだ)。そういうところに旅の醍醐味を見るタイプの人であればきっと重宝するだろう。
 読む前はもっとカルチャーに特化した感じなのかなと思っていたのだけど、食についての情報が充実しているのもありがたい(夜市で売られるさまざまな串焼きの写真を見ているだけでも行ってみたくなる)。そうそう、本書の最大の特徴は著者と「現地有志」による大量の写真である。眺めているだけでも現地の熱気が伝わってくる。
 また、日本統治時代から戦後の蒋介石政権、中国との関係など、ストリートカルチャーの背景にある歴史をしっかりおさえて解説してくれるところも世界史マニアのこの著者ならではだろう。

 もちろん偏愛的である以上、自分の関心事に100%応えてくれるわけではない。たとえばぼくの興味の対象である古いロックのレコードや、ノイズ~エクスペリメンタル・ミュージックについての情報はまったく得られない(そのかわり、ヒップホップやR&B、グラフィティにスニーカーやキャップなどについては面白いことがたくさん書いてある)のだけれど、それはまあこの際大した問題ではない。
 どの街でもたぶんそうだけど、上っ面な部分に触れるだけではなくもっとディープなカルチャーに触れようと思ったら、最初の一歩がなかなか大変なのだ。そこのところを上手く手引きしてもらうことができれば、あとは自分でどんどん世界を広げていくことができる。ほんと、ジャカルタにもこういう本があったらよかったのになー。

 かつては、パリでいえば『パリのルール』、ロンドンだったらカズコ・ホーキの『ディープなロンドン』、アメリカであればファビュラス・バーカー・ボーイズの『地獄のアメリカ観光』、韓国なら幻の名盤解放同盟の『ディープ・コリア』といった名著がこれまでに刊行され、大いに参考にしたり妄想を膨らませる助けになったりしてきたわけなのだが、こうして見るとほとんど全部古いのでそろそろアップデートしたものが読みたい気がする(どれもだいたいいま読んでも面白いと思うけど)し、アジアでのレコード・ディギングが進むいまなら、ソウルやバンコクなどいろんな都市の「カオスガイド」をもっともっと読みたい、そしてレコードや本を買いに行きたいと思う。

ピークが終わらない! - ele-king

 ピークが終わらない! いまもっとも勢いのあるDJ/プロデューサーのひとり、Seihoが〈ラッキー・ミー〉のオベイ・シティとジャパン・ツアーを開始する。〈ラッキー・ミー〉といえば、ハドソン・モホークや彼の別プロジェクトTNGHT、マシーンドラムなどの作品をリリースし、〈ワープ〉や〈プラネット・ミュー〉に近接するセンスでシーンを掘削するグラスゴーのアンダーグラウンド・ダンス・レーベル。Seihoとの相性もばっちりだ。
 2月7日の大阪公演を皮切りに、福岡、名古屋をまわり、最終日は10日@代官山〈Unit〉。自身のレーベルを運営し、順調にリリースも行い、各地を飛び回って夜を彩るSeiho、その活躍は今年も止まらない。彼あるところに音の祭あり。Seihoの移動式祝祭日に飛び込もう。

■詳細
https://www.perfect-touch.us/seiho-obey-city/
https://2-5-d.jp/news/12146/

■Seiho + Obey City / Way Cool Winter Japan Tour 2014

東京公演
日時:2014年2月10日(祝前日)23:00-
場所:Unit
数量限定前売りチケット:https://peatix.com/event/28151/view
出演:
Obey City
Seiho
DJ WILDPARTY
Metome
PARKGOLF
The Wedding Mistakes
SEXY808
Pa’s Lam System
Hercelot

-Sound Clash-
LEF!!!CREW!!!
HyperJuice
TREKKIE TRAX


Suphala - ele-king

 タブラというこのマイナーな楽器における世界的に著名な奏者といえば、やはりザキール・フセインの名を挙げねばならないだろう。彼は民族楽器と呼ばれるものをその伝統の檻から解き放ち、種々のアーティストと交流しつづけることでいまもなお絶大な影響力を保っているのであるが、その父アラ・ラカもまたタブラの使い手であり、こちらは祝祭と狂乱の奇蹟としていまだに語り継がれているあのウッドストック・フェスティヴァルにおいて才能をいかんなく披露していたのだった。この偉大なる親子に師事したスファラはタブラを扱う「正統」な後継者とも呼べるのであろうが、そのことは北インドの歴史を背負いつつも、それが根づこうとする圧力には抗いながら音楽を奏でているということを意味する。彼女の名義による4枚めのアルバムが、鬼才ジョン・ゾーンの主宰する〈ツァディク〉から、先鋭的な女性の音楽家に注目する「オラクルズ」シリーズの一環としてリリースされた。周知のようにこのレーベルにおいては、実験のための実験に堕することのないいわば快楽に対して開かれた音楽が数多く出されており、本作品もまたタブラがもつユニークな音色とその連なりが生みだす躍動感がダイレクトに聴く者を刺激する、爽快なアルバムに仕上がっている。

 スファラはインド系移民の両親のもとにアメリカ合衆国でこの世に生を享けた。それは生誕からして、ある民族に固有な血の流れが伝統として育まれる領域に、安住することを許されていなかったのだとも言える。この宿命的なタブラの後継者は、1枚めのアルバムにおいてエレクトロニクスを大胆に導入してみせ、つづく2作品ではハスキーな低音とクリアーな高音が特徴的な自身の声をも駆使することで新たな境地を切り拓いたのだったが、本作品に至ってようやく、彼女によるタブラの演奏それ自体が前面に押し出された音楽が生みだされることとなった。それはたとえば、1曲めの“インタールード”に参加した新世代のジャズ・ヴォーカリストであるホセ・ジェイムズの歌声が、まるで声明のような唸りを持続させることによって、歌い手を焦点化することを徹底的に回避しようとしていることからも窺えるだろう。歌というものは、あらゆる楽器を後景に退かせる強度をもっている。実際、前2作において歌い手をフィーチャリングした楽曲では、スファラがどれほど魅惑的な打撃を行おうとも、それらはどうしても歌声を脇で支える役目から前に出ることはできないでいた。しかしここにおいて聴かれるのは声を基層とすることで際立つタブラの響きであり、その鋭いリズム感覚なのである。

 続く楽曲においても、その中心は常にスファラとタブラの間に生まれる即物的な緊張関係におかれている。旋律を奏でるということがメタファーではなく具体的に、それもスティールパンのようにあらかじめ設えられた音高を組み合わせるのではなく掌の微妙な力加減によって実現できるこの特異な打楽器から聴かれるのは、奏者の肉体と呼応する音の流れ。まさにスファラの掌が歌う。それはタブラに触れ、撫でまわし、一方で烈しく叩きつけるという北インドの身体性を、ニューヨークの地下水脈を掘り起こすようにして実現するという重みをもっている。そうして8曲めの“エイト・アンド・ア・ハーフ・バーズ”に至ったとき、音の質感がガラリと変わることに聴き手は驚かされる。この楽曲はスファラの3枚めのアルバムのある楽曲を、彼女と同様にインドの歴史を背負ったピアニストのヴィジェイ・アイアーがリミックスしたもので、いわばスファラとタブラが織り成す緊張関係を解剖台の上におくことでつぶさに観察できるようにしたものとなっている。さらに最後の楽曲である9曲めの“ヴァシカラン”では、ザキール・フセインとユニットを組んでもいるベーシストのビル・ラズウェルによって、本アルバムそのものがリミックスの素材にされる。聴き手はこれまでの体験を辿り直しながら、記憶と記録のあわいへと投げ込まれることとなる。

 本作品に限ったことではないのだが、スファラが奏するタブラには、不思議と異国情緒の響きがない。彼女は打撃という非楽音=ノイズの瞬間的な発生、もしくは曖昧な輪郭をもったまとまりによって生まれる音の微細な固有性といったものを際立たせ、そして歌わせる。ピアノ、トランペット、サキソフォンなどの西洋楽器によるエスニックな旋律を、タブラの「都会的」な音色とリズムが先導する。このことはしかし伝統の脱色を意味することはない。彼女の音楽はあくまで特定の民族楽器に独自な語法に定位しつつ、そこに堆積した時間の澱みを凝固させることなく現在の文化の中へと鋳直すことで、伝統の再活性化を図ろうとするものであるからだ。だからかつて世の中を賑わせたようなワールド・ミュージックといったたぐいの、表層的なエスニシティの乱用とは異質なものでもある。そしてこうした試みの内実は、彼女によるタブラの演奏が中心におかれることでやっと明確化されたのだ。このように考えたとき、本作品は単に若手の先鋭的な女性タブラ奏者が名だたるジャズメンとセッションを繰り広げたというだけでは収まりきらないような、伝統と革新の往還運動がもたらす悦びを、聴き手に届けてくれるのである。

East India Youth - ele-king

 ロック・ミュージックはたぶん、若者が自身を表現するのに一番に思いつくチョイスでなくなってからずいぶん経ってしまったのだろう。「ドリーミー」な自己を表現するのに適した音がこの数年ではっきりしたからだ。シンセサイザーによるポップ・ミュージックは様々なヴァリエーションを生みながら、あらゆる夢を描き分けることを野望しているようにすら思える。そして、このイースト・インディア・ユースの「ドリーミー」は……頭が沸いている。
 東インドの若者を名乗り、ラップトップ・ミュージックをやっているこの青年も時代が違えば、ギターを持ったシンガーソングライターだったかもしれないし、あるいはバンドを従えてたかもしれない。それだけソング・ライティングはしっかりしているし、別の言い方をすれば特別凝ったことをしているわけではない。ちゃんとしたエモーショナルなメロディがあるし、線の細い声ながらしっかりソウルを乗せて歌っている。けれども、シンセ・サウンドによるアンビエント・ポップの意匠を纏うことによって、はじめて到達できた領域があるのだろうとも同時に感じる。想像でしかないが、彼は音楽を通して自分のなかへなかへと潜り込むことを欲望しているのではないか。

 ウィリアム・ドイルによるソロ・プロジェクト、イースト・インディア・ユースのデビュー作『トータル・ストライフ・フォーエヴァー』はひどく内面的で、そしてそれは統合失調的に混乱しているように聞こえる。支離滅裂と言ってもいいぐらいだ。だが、ドイルはその矛盾こそをある種の自己だと定義しているのだろうか、自己紹介となるはずのファースト・アルバムにはさまざまなサウンドが散らかっている。じわじわと音量が上がってまた消えていくオープニング、“グリッター・レセッション”におけるビートレスのシンセ・サウンドから何やら大仰だが、テーマ・トラックの“トータル・ストライフ・フォーエヴァー I”のアトモスフェリックなシンセ・ノイズを通り抜ければ、イーヴン・キックによるアッパーなシンセ・ポップ“ドリッピング・ダウン”へと突入する。上モノが不自然なぐらいにキラキラしていて、かと思えば、続く“ヒンターランド”では攻撃的なミニマル・テクノを披露する。“ヘヴン、ハウ・ロング”で「天国までどのくらい?」と切なく苦しそうに何度も歌い上げたかと思ったら、アウトロではハイ・テンポで執拗な反復を繰り広げる。総じて幻想的でアンビエント的な音楽だが、ムードは共通していても、それは極めて危ういバランスで保たれている。ちゃんとチルウェイヴとジェイムス・ブレイクよりも後の音をやろうとしているけれども、ドローンやノイズがここに現れてもそれは「いまの音を取り込んでやろう」などという利口さによるものではないように思える。
 「誰かを探している」と切なげに繰り返す“ルッキング・フォー・サムワン”にしても、また、アルバムに散見される賛美歌やゴスペルの要素にしても、そこで描かれる像はいかにもフラジャイルで内省的な青年の姿だ。大げさな言い方だが、宗教音楽的に妙に荘厳な音には何らかの救済への欲求が響いているようだ。けっしてカジュアルな音楽ではない。

 思い出すのはジェイムス・ブレイクのファースト・アルバムだ。あのレコードには、自身にしか理解できない内面の吐露とエモーションと、未発達であることを隠そうとしない幼児性があった。『トータル・ライフ・フォーエヴァー』もまた、ドイル本人がようやく発見した彼が封じ込められており、そしてそれは歪な形のままで転がり落とされている。この未完成な佇まいがゆえに、しかしながら、これから先へのスケールを感じさせる才能の登場だ。

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