「Nothing」と一致するもの

V.A. - ele-king

 ダンスのモードがハウスに回帰していることもあって、ele-kingでは、『ハウス・ディフィニティヴ 1974-2014』を刊行する。「ディフィニティヴ」シリーズは、表向きにはカタログ本で売ってはいるが、実は年表でもある。歴史なのだ。そういう意味で、むしろ1977年と1987年の違いもよくわからない人にこそ呼んで欲しいし、1975年と1985年の違い、章のタイトルの意味するところを面白がっていただきたい。

 さて、『ハウス・ディフィニティヴ 1974-2014』の刊行にともなってクラシックと呼べるハウスのアルバム、計3枚がリリースされる。〈DJインターナショナル〉のレーベル・コンピレーション、フィンガーズ・インクの『アナザー・サイド』、ザ・トッド・テリー・プロジェクトの『トゥ・ザ・バットモービル、レッツ・ゴー』の3枚だが、ここではそのうち2枚を紹介しよう。

 『ザ・サウンド・オブ・DJインターナショナル-アンダーグラウンド』は、ハウス黎明期における最重要レーベル、〈DJインターナショナル〉(そのプラネット・レーベル〈アンダーグラウンド〉)の編集盤だ。〈DJインターナショナル〉とは……、レゲエにおいて〈トラックス〉が〈スタジオ・ワン〉なら〈DJインターナショナル〉は〈トレジャー・アイル〉だと手っ取り早く説明しているのだが、つまり、ハウスというジャンルの誕生においてそれだけ大きなレーベルということだ。

 1985年、〈トラックス〉の後を追って設立した〈DJインターナショナル〉は実に多くのクラシックを残している。たとえばチップ・Eの“ライク・ディス”。DJが2枚がけしたくなるこのトラックのベースラインと「ララ、ララ、ラ、ライクディス」という声ネタは、80年代初頭のディスコ・パンク・バンド、ESGの“ムーディー”からのサンプリングで知られている。これはネタ探しのマニアの話ではない。このようにハウスとは、そもそもシカゴ・ハウスとは、フランキー・ナックルズ、ロン・ハーディらのDJプレイとその熱狂に感化された当時の若い世代が既存の音源をサンプリング(ジャック)して作った音楽だった、ということだ。ファースト・チョイスの有名な“レット・ノー・マン・プット・アサンダー”をジャックしたスティーヴ“シルク”ハーリィの“ジャック・ユア・ボディ”然り、ハウスは他を盗むことからはじまった。
 が、ハウスは、盗むだけの音楽に終始しなかった。スターリング・ヴォイドの“イッツ・オールライト”は1989年にペット・ショップ・ボーイズにカヴァーされ、そしてジョー・スムースの“プロミスド・ランド”もまた1989年にスタイル・カウンシルによってカヴァーされている。シカゴ・ハウスは、早々と、ポップ・ソングとしても認められていたのである。

 『ザ・サウンド・オブ・DJインターナショナル-アンダーグラウンド』には、1985年の、英国でナショナル・チャートの1位となるほどの大ヒットを記録した歴史的な曲“ジャック・ユア・ボディ”から、先述の“ライク・ディス”、“イッツ・オールライト”や“プロミスド・ランド”、ファーリー・ジャックマスター・ファンクがプロデュースした女王ロリータ・ハロウェイ(ジェシー・ウェアやアルーナ・ジョージの大先輩)の“ソー・スウィート”、再評価が高まっているE.S.P.“イッツ・ユー”、そして1990年のヒップ・ハウス──ファンキーなラップ入りのハウスで、ゲットー・ハウスの青写真とも言える──のミックス・マスターズの“イン・ザ・ミックス”まで、厳選された12曲が収録されている。そのなかには、先日再発されたばかりのフランキー・ナックルズの初期の名曲、美しく切ない“オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ”も含まれている。
 〈トラックス〉レーベルは現在も再発が盛んで、12インチもコンピレーションも入手しやすい状況にある。が、同じくらい重要な〈DJインターナショナル〉の編集盤はいまのところない。音楽的な観点で言えば、解説にも書いてあることだが、オリジナル・シカゴ・ハウスの王道とも言えるレーベルなので、ディスクロージャーで踊っているマサやん世代はもとより、往年のハウス・ファンにも聴いて欲しい。

 フィンガーズ・インクの『アナザー・サイド』は、もっとも初期のハウス・アルバムの1枚で、ジャックしながら生まれた、パーティのためのハウスにおいて、最初に音楽的な洗練を目指した作品だった。
 学生時代はジャズ/フュージョン・バンドのドラマーとして活動していたラリー・ハードを中心に結成されたフィンガーズ・インクには、天才的なヴォーカリスト、ロバート・オウエンズが在籍していた。1988年にUKの〈ジャック・トラックス〉からリリースされたこの傑作は、いちど海賊盤が出回ったことがあるものの、正規のリイシューはいちどもなかったので、今回は待望の再発と言える。
 『アナザー・サイド』には、オリジナルのヴァイナル盤にのみ収録された、当時の大・大・大名曲も収録されている。“ミステリー・オブ・ラヴ”、“キャン・ユー・フィール・イット”、そして“ブリング・ダウン・ザ・ウォール”。これらの曲は、いま聴くとデトロイト・テクノの、ホアン・アトキンス(エレクトロ)とは別の、大きな影響だったとも思える。
 1987年以降のハウスには、アシッド・ハウスという実験的なサブジャンルが生まれ、やがてドラッギーな音の響きが強調されていく。ラリー・ハードが探求したのはそうしたドープ・サウンドではなく、ディープ・サウンドだった。のちにディープ・ハウスと呼ばれる音楽の、発火点のひとつである。
 とはいえ、『アナザー・サイド』をいま聴くとヨーロッパのニューウェイヴ系シンセ・ポップからの影響の強さをあらためて感じる。両性具有的なオウエンズのヴォーカリゼーションとハードの妖美なシンセサイザーは、題名通り「もうひとつの側」の世界を思わせるには充分で、“アイム・ストロング”や“ディスタント・プラネット”のようなアルバムの代表曲から滲み出る異様なまでの官能的なムードは、いまもリスナーを危うい領域に誘い込む。リル・リスにしてもそうだったが、当初のディープ・ハウスとは、ハウスのセクシャルな特性を掘り下げたものだった。

※同時発売されている、ザ・トッド・テリー・プロジェクトの『トゥ・ザ・バットモービル、レッツ・ゴー』(1988年)は、オリジナル・シカゴ・ハウスを最初に変革した作品である。NYで、ヒップホップを背景に持つ彼は、派手なサンプリング/DJミキシング(そしてラテンの香り)を駆使して、ポスト・シカゴ時代──まさにマスターズ・アット・ワークの登場を準備している。

R.I.P. 佐藤将 - ele-king

 インディ・ヒップホップ・レーベル〈ブラック・スワン〉のオーナーで、元〈Pヴァイン〉のA&R/ディレクターの佐藤将さんが3月5日に亡くなった。享年40歳だった。佐藤さんが亡くなって1か月近くが経とうとしているが、熱心な日本語ラップ・ファンや若い日本語ラップ・リスナーの人たちにこそ佐藤さんの功績を知ってほしいという気持ちは増すばかりだ。

 音楽業界におけるA&R(Artist and Repertoire)という職業は、たとえるならば、出版業界における編集者のようなもので、才能あるアーティストを発掘し、その才能を育て、作品を世に送り出すのが仕事だ。アーティストにアドバイスし、ときにプロデューサー的役割を担う。寝食をともにし、ときにはカネを貸すこともある。そうやって、いっしょに遊んで、飲んで、仕事をして、音楽を作っていく。
 アメリカの音楽専門サイト『COMPLEXMUSIC』は、昨年2月に「The 25 Best A&Rs in Hip-Hop History」という記事をアップしている。1位は〈ジャイヴ〉のCEOであるバリー・ワイスで、2位にドクター・ドレ、3位にディディ、4位にリック・ルービン、9位にRZAがランクインしている。
 そうしたUSのシーンとは産業の規模やA&Rの捉え方において差はあるものの、日本語ラップでこの手の企画をやれば、ベスト10に間違いなく入るのが佐藤さんという人物だった。いや、番外編の1位を飾る人物であると評した方が的確かもしれない。「佐藤さんは番外編の1位ですよ」と仮に伝えることができたならば、佐藤さんは体を斜めに構え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、皮肉のひとつやふたつでもくり出しながら喜んでくれたに違いない。佐藤さんはそういう天邪鬼なところのある、最高にマニアックな人だった。変態や変わり者やはぐれ者、少数派への異常な愛というものがあった。狂気と正気のはざまから産み落とされる芸術=ヒップホップを愛していた。それが、佐藤さんの最大の魅力であり、A&Rとしての武器であり、個性だった。

 佐藤さんのもっとも重要な功績をふたつ挙げるとすれば、MSC『Matador』(2003年)とSCARS『THE ALBUM』(2006年)を世に送り出したことだろう。2000年代のインディ・ヒップホップの方向性を決定づけた、それぞれ個性のまったく異なるMSCとSCARSというハードコア・ヒップホップの二大巨頭をいち早く評価し、シーンを揺り動かす傑作を生み出した。
 昨年末に〈リキッドルーム〉で、本当にひさびさに観ることのできたMSCのほぼフル・メンバーでのライヴの数日後に電話で話したとき、普段は辛辣で、そう簡単にMSCを褒めない佐藤さんが珍しく「MSC、やればできるじゃん! ライヴ、ヤバかったよね! 今後いい感じになってほしい」とうれしそうに語っていたのが印象に残っている。MSCが本格的に再始動するのをいちばん楽しみにしていたのは、佐藤さんだった。
 〈ブラック・スワン〉を立ち上げてからは、ゴク・グリーンをデビューさせている。また、レーベル・オーナーとしての苦悩をユーモラスな自虐精神と恨み節で語った鼎談記事をレーベルHPにアップしてもいた。

 時代の変化に伴う経済的理由はおおいにあるだろう、大きなお金を生まないアーティストに時間や労力を惜しみなく使い、運命共同体のように歩んでいくA&Rはいまや少数派となっている。
 そういう意味で佐藤さんは、反時代的で、反骨心のあるA&Rだった。シビアなポリティックスが渦巻くヒップホップ・シーンのなかで、一筋縄ではいかないアーティストや、レーベル/メディア関係者らと粘り強く対峙しながら、どれだけ茨の道であろうと、自分の信じる、おもしろい! ヤバい! というヒップホップをしつこく探究したA&Rだった。それだけに愚痴やディスもはっきりと言う人で、偏屈なところもあったけれど、大人の常識のあるビジネスマンでもあった。だからこそ、信頼もされた。

 なによりも最後は自分の惚れたアーティストの良き理解者であろうとしたし、ヒップホップを心の底から愛し、A&Rという仕事に誇りを持つ、永遠のヘッズだった。佐藤さんはドープなシットをたくさん残してくれた。僕たちはこれからも佐藤さんの残したヒップホップを聴きつづけるでしょう。本当にいままでお疲れさまでした。安らかに。

Hecker - ele-king

 フロリアン・ヘッカー。ドイツ人サウンド・アーティストである。彼は、1996年にウィーンの〈メゴ〉より、精密さと獰猛さが同時に封じ込められた最初のアルバム『IT ISO161975』をリリースし、電子音響/グリッチ・ムーヴメント初期において静かな波紋を生みだした。以降も〈メゴ〉や〈エディションズ・メゴ〉を中心に〈リフレックス〉などからも相次いで作品を発表。中でも03年の『サン・パンダモニウム』(〈メゴ〉)は、無秩序な電子ノイズが光の束のように炸裂する傑作であった(2011年に〈パン〉からアナログ盤としてリイシューされた!)。さらには、刀根康尚(『パリンプセスト』)やラッセル・ハズウェル(『ユーピック・ワープ・トラックス』)などともコラボレーションも繰り広げるなど、まさに00年代の電子音響シーンにおいて最重要人物のひとりといっていいアーティストである。

 そして、2009年に〈エディションズ・メゴ〉からアルバム『アシッド・イン・ザ・スタイル・オブ・デヴィッド・チュードア』をリリース。この作品によって、電子音楽史とグリッチ以降の電子音響のコンテクストを繋げ、90年代から00年代までの自身のキャリアを見事に総括した。2010年代に突入後も世界各地でインスタレーション作品の発表や、〈エディションズ・メゴ〉から、ロビン・マッケイ編集による哲学者クァンタン・メイヤスーらのテキストを収録したブックレット同梱のボックス・セット『スペキュレイティブ・ソリューション』(2011)、ヴァイナルのみでのリリースの『キメリゼイション』(2012)をリリースするなど、その活動はさらに活発化している。ここ日本においても、2013年に東京都現代美術館で開催された“アートと音楽”展へ作品を出品。そのミニマルかつ明晰なインスタレーション/サウンドは同展の中でも一際ユニークなものだった。

 さて、そんなヘッカーの作品をひと言で言い表すと、非音楽的な音響作品となるだろうか。彼のサウンドは、音楽的な「快楽」から意識して遠く離れようとしているように思える。同じヘッカーでも、ティム・ヘッカーが快楽的なドローン/アンビエント作品を生み出しているのとは対照的だ。より正確にいえば「楽曲」的であることから離れている、というべきかもしれない。その意味で彼の音楽は「音楽」ではない。いわば空間の中に存在するオブジェのような音響作品である。それは彼がインスタレーションも制作しているアーティストだからという側面だけではない。そもそも彼のデビュー・アルバムからしてすでに楽曲的ではなかった。電子音の振幅・レイヤー・持続・運動の横溢であった。では楽曲的とはどういう意味か。ここでは音が時間軸のなかである意図を持って配置されている連なりとしておく。ゆえに楽曲において音は構造に従属する。そして構造は反復を要請する。しかしヘッカーの作品は構造よりも運動に軸足を置いているように思える。構造は反復を要請するが、運動は生成を導くものだ。その運動を生成と言い換えてもいい。彼の音楽は音がその都度、運動=生成していくことによって作品として成立していくものなのだ。

 そして重要なのは、その生成が人間によるライヴ演奏ではなく、プログラミングなどの極めて数学的/工学的なシステムによって生まれている点である。そして近年のヘッカーはその数学的なサウンド生成システムに、人文的な思想的なエレメント(メイヤスーのテキストをCD『スペキュレイティブ・ソリューション』のブックレットに収録する先進性!)をもレイヤーさせている。つまり世にいう人文系/理解の差異に、音響というブリッジを敷くことで、その3つを繋げ、新しいアートの形を模索しているようにも思えるのである。

 本作は哲学者/文学者であるReza Negarestaniの台本の朗読に音響的工作を施すことによって成立している極めて実験的な作品である。もっともReza Negarestaniとのコラボレーションは本作が初でない。2012年に〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた『キメリゼイション』は、Reza Negarestaniのテキストとコラボレーションをしたアルバムであった。Reza Negarestaniによって英語/ドイツ語/ペルシア語のテクストが執筆され、それぞれが朗読・録音・エディットされたヴァージョンを制作し、3枚組のアルバムとしてリリースしたのである。そのインスタレーション版は、世界有数のアート・フェスティバルである〈ドクメンタ(13)〉で、インスタレーション版が公開され話題を呼んだ。つまり『キメリゼイション』は、サウンド・インスタレーションであり音響作品でもあった。同時にそれらを包括する意味では新しい時代の実験歌劇ですらあった。

 本アルバムも同様にReza Negarestaniの台本を朗読する「ヒンジ」を2曲収録している。『キメリゼイション』と違う点は、「自然」と「文化」を主題とした台本が同時に朗読されている点である。その朗読によって、テキストが、ときに朗々と、ときに淡々と、ときに人間的に、ときに機械のように読み進められていく。そして、その言葉の肌理には微細/大胆なデジタル・エディットが施されているのである。私たちは、抑制のついた語りによって、まるで朗読にメロディがあるような感覚も抱くことになるし、同時に言葉/声の残滓にエレクトロニクスなグリッチ・ノイズがレイヤーされていることよって、声と言葉の肌理=音を聴くことにもなる。そう、言葉/声の残滓のエディットを「音/響」とすること。そして、その「ヒンジ」2曲(これらが朗読者も違う)を挟むように“モジュレーション”というエレクトロニクス・サウンド作品がアルバム中央に置かれている。このトラックは、いかにもヘッカー的な電子音響作品である。音の持続に加え、その弾むような非反復的なリズムが横溢しているからだ。それは歴史と実験のあいだに置かれたビリヤード盤のような音である。文化と自然への朗読。電子音による弾けるような音。それらの交錯。

 つまり、人の声と電子の音は、本盤においては同等に存在している。それらに共通する質感は、音楽的ではない音響作品としての感覚である。つまりは人の声と電子の音のエラー/グリッチ的生成。エラー特有の「複雑さ」を経由した強靱な「単純さ」。それはいわばジル・ドゥルーズの語るゴダール的な「と」と「どもること」のサウンド化のようですらある。ヘッカーの作品が「音楽」の形式から遠く離れるのは、非反復的な音の運動=生成による。それゆえ、私たちの耳は音楽的快楽ではない「新しい音楽」を耳に摂取することになるのではないか。それは朗読という「私たちの音楽」から生まれたものでもある点にも注目したい。

 このサウンドの快楽から遠く離れた音と声を肌理を聴取することによって、あなたの、そして世界の、サウンド・パースペクティヴは変化していくだろう。エラー/グリッチによる運動の自律的生成によって。かつてデヴィッド・チュードアは電子音を自然に近づけたようとした(「レイン・フォレスト」!)。しかしヘッカーは自然のように/生物のように自律する電子音響を生み出しているのだ。その意味で、かつてデヴィッド・チュードアにオマージュを捧げたアルバムを作り出したヘッカーらしいアルバムである。

 つまり、ヘッカーは、本作においても、音楽/音響における偶然と必然という「賭け」を、朗読という時間軸上に再度マッピングし、世界の偶発性そのものを、サウンド力学の中で再生成させようとする試みを実践しているのである。当然、その運動においては、常にエラーが巻き起こる。それもまた彼の音楽の重要なエレメントになる。本CDは、その「成果」をわれわれに報告する最新報告書か論文のようなアルバムだ。ヘッカーは私たちの耳にあるロゴスを告げるだろう。音楽の進化は、お決まりの快楽を超えて聴くことの定点を拡張する点にこそある、と。ヘッカーの活動が常に刺激的なのは、その点にある。そう、「音楽」を超える音楽へ……!

Angel Olsen - ele-king

「あなたも孤独? あなたも孤独なの? ハイ・ファイヴ! わたしもよ!」(“ハイ・ファイヴ”)

 エンジェル・オルセンは孤独について歌っている――キュートな顔でギターをかき鳴らし、喉を震わせ、時に力を込めてビブラートをかけつつ、ソプラノと芝居がかった低音を行き来しながら唯一無二の歌声を絞り出している。荒削りなベースとくぐもった音色のドラムスがビートを刻むなか、スワンプふうのギターはひずみ、ルーズにゆらいでいる。
 「孤独な誰かとともに(わたしは)ひとりで座っている」。孤独を安売りすることもなく、安易につながることで自己を溶融してしまうこともなく、彼女はその「誰か」とふたり、互いに孤独を守りつつ力強くハイ・ファイヴを交わそうとする。「孤独であることについて書かれた曲としてはもっとも陽気な曲」とピッチフォークにあるように、“ハイ・ファイヴ”はつまりそういう曲だ。ある個体と別の個体とが互いに個であることを認めあいながら存在する、という当たり前のことではあるが、ある面ではだんだんと曖昧化してしまいそうなことがここでは歌われている、のではないか。

 カフェで働きながらソロ活動とボニー・プリンス・ビリーのツアーへの帯同で活躍の場を広げていったエンジェル・オルセンは、2010年にカセットEP『ストレンジ・カクタイ』を、2011年にアルバム『ハーフ・ウェイ・ホーム』を〈バセティック・レコーズ〉からリリースしている。『ハーフ・ウェイ・ホーム』により知名度を上げた彼女は、内省的でアコースティックなサウンドやその歌唱法から、ヴァシュティ・バニヤンやジュディ・シル、そして初期のレナード・コーエンが引き合いに出されてきた(今作ではそこにキャット・パワーやシャロン・ヴァン・エッテンの名が加わる)。
 転機となったのは日本の小さなインディー・レーベル、〈シックスティーン・タンバリンズ〉からのリリースとなった7インチ“スリープウォーカー”で、A面の“スウィート・ドリームズ”において彼女はローファイでラウドなガレージ・ロックへと転向している。

 〈ジャグジャグウォー〉からのリリースとなった今作『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』では、エレクトリック化、ロックンロール化をさらに推し進めている。先行曲“フォーギヴン/フォーゴットン”や、エンジェル・オルセン自身「ルー・リードっぽい」と語るヴェルヴェット・アンダーグラウンドふうの“ハイ&ワイルド”などにそれは端的に表れている。他方、“ホワイト・ファイア”や出色の“エネミー”など、過去作に近いアシッド・フォーキーなアコースティック/エレクトリック・ギターの弾き語りももちろん収められている。
 プロデューサー、エンジニア、ミックスを担当しているのはジョン・コングルトン。今年に入ってからすでにクラウド・ナッシングスの『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』やセイント・ヴィンセント(2009年の傑作『アクター』以降はデヴィッド・バーンとの共作盤も含めて全作に関わっている)のセルフ・タイトル作のプロデューサーであり、5月にリリースされるスワンズの『トゥ・ビー・カインド』のレコーディング、ミキシングを担当するなど八面六臂の活躍を見せる売れっ子だ。


 エンジェル・オルセンは自らの内面を深く覗きこみ、時には自己と対立しながらも内なる風景からなにかを掴みとって曲を書いている。孤独で、エゴイスティックな隘路にも陥りかねない作業だ。だが、彼女は次のようにも(実に哲学的な言葉で)語っている。「もし自分の思考に夢中になれなかったとしたら、他者と有意義な交流が持てるかしら? 自分自身との孤独な時間を、そしてただ存在しているということを楽しむのは重要なことよ。なぜなら“存在”はそれだけでクールなことなのだから」。
 エンジェル・オルセンの音楽は内省的ではあるがしかし、上の言葉にも表れているとおり彼女の楽曲たち(しばしば「子ども」と喩えられる。いくつかのインタヴューでは「子宮 womb」という言葉も象徴的に使っている)は開放的で肯定的な空気をたしかに呼び込んでいる。『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』の冒頭で繰り返されるのは「いまわたしはひとり/あなたはそばにいない」という言葉なのだが、それでもこの曲は“アンファックザワールド”と名づけられている。
 世界を軽々しく拒否しないこと。フィッシュマンズは「窓はあけておくんだよ」(“ナイトクルージング”)と歌ったが、エンジェル・オルセンは「ときには窓を開けない?」(“ウィンドウズ”)と僕たちを誘う。「光ってそんなに悪いものかしら?」と、神秘的なギターやオルガン、ピアノの音に包まれながら、ゆらめくハイ・トーンへとエンジェル・オルセンの声は美しく伸びていく。

Jazz The New Chapter - ele-king

 本書は、2000年代以降のジャズを積極的に紹介した音楽ガイドである。監修をつとめた柳樂光隆は、『クロスビート』の最終号に「ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズのファミリー・ツリー」という記事を書いているが、本書はその記事をさらに展開した本だと言える。ジャズの新しい潮流をフォローした内容なので、最近のジャズに明るくない人などは、ぜひ新しい音楽と出会ってほしいと思う。僕自身も、聴いていない盤はこれから順々に聴きたいと思っている。しかし本書の意義はそのようなディスクガイド的側面だけにとどまらない。本書は、単なる音楽紹介以上に意欲的で挑発的で批評的だ。

 重要なミュージシャンとしては、やはりロバート・グラスパーが挙がる。グラスパーは、『Black Radio』シリーズがヒップホップなど一部のクラブ・ミュージックのファンに支持されている一方、ジャズ・リスナーからは批判も多く、それ自体挑発的な存在である。したがって、グラスパー的な視点から見たジャズの見取り図は、やはり挑発的に映るのかもしれない。いや、ジャズ・プロパー以外から見てもじゅうぶんに刺激がある。

 僕は2000年あたりからDJをはじめ、ヒップホップやR&Bを聴くことも多かったのだが、本書を読んで驚くのは、現在のジャズ・ミュージシャンらが、コモンやJ・ディラ、ディ・アンジェロなどに対して、自分とぜんぜん違った受け取りかたをしていたことだ。たとえばディスク・レヴューの、コモン『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』の欄には、グラスパーが“セロニアス”(J・ディラのプロデュース作)をよくカヴァーしている、と書かれている。しかし『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』(2000)が発売された当時、ラジオやクラブで流れていたのは、圧倒的に先行シングルの“ザ・シックス・センス”だったと記憶している。
 僕の同アルバムに対する印象もそのあたりばかりだ。DJプレミアのプロデュースだし、90年代東海岸ヒップホップのノリで聴いていたのだ。同じように、モス・デフ『ブラック・オン・ボース・サイズ』(2002)では“ウミ・セズ(Umi Says)”が名曲とされているが、当時のクラブヒットは、断然“ミス・ファット・ブーティー”のほうである。“セロニアス”も“ウミ・セズ”も、ビートが控えめで、とくに大きいフロアでは地味になってしまいそうな曲である。当時の僕なんかからすれば、他の曲を差し置いてこれらがフィーチャーされることに驚くのだが、グラスパー的な価値観からすればむしろ、細かく緻密なビートや、ウワモノとビートのアンバランスな関係が刺激的だったのだろう。

 したがって、そのような実験的なトラックを作りつづけたJ・ディラに対して、グラスパーらの注目が集まるのは必然であり、だからこそグラスパーたちは、そのJ・ディラのトラックをライヴでシミュレートする。このことは村井康司・原雅明・柳樂鼎談で詳しく語られているが、グラスパーがジャズ・シーンにおいて挑発的だったのは、プレイヤーの技術を、インプロヴィゼーションではなく、J・ディラ的なビートの影響下で発揮させたことだろう。インプロに価値を置かないから、ジャズ・ファンからは物足りないものに映ってしまう。ゆえに批判も多い。しかしそこには、既存の評価軸ではなかなか捉えきれない力学が働いているのだ。

 本書はこのように、既存のジャズの評価軸では捉えきれない力学を丁寧に紐解いている。グラスパーとヒップホップの関係は、ほんの一例である。さまざまなミュージシャンがさまざまな音楽に啓発されている。したがって、グラスパーに限らず、現在のジャズを語るには、J・ディラやLA・ビートシーンのことを知らなくてはならないのだ。いや、クラブ・ミュージックだけでなく、ジョン・マッケンタイアのことだってアニマル・コレクティヴのことだって知らなくてはならないのだ。本書は、現在のジャズが周辺ジャンルと絶え間なく交通していることを解釈的・実証的に示しているが、「Introduction」で柳樂が喧嘩を売っている(!?)ように、この作業自体、インプロヴィゼーションを中心化するジャズ批評に対して論争的である。もっと言えば、インプロ中心主義で紡がれたジャズ史を、一気に再編成しよう目論んでいるようである。その点が、とても批評然としている。

 でも考えてみれば、このようなジャンルを越えた音楽史の再編成は、いつでも起こっていると言えるのかもしれない。ジャズ・プレイヤーがジャズだけを聴いているわけはないし、ロック・ミュージシャンがロックだけに閉じこもっているわけもない。あるいはDJは、つなぎやすい曲を無節操につないでいく。僕自身、ジャズやロックを網羅するようなところまではぜんぜん及ばないが、ニック・ドレイクとミルトン・ナシメントとファラオ・サンダースを並列的に聴くような感じはある。それらは、別々のレコード棚から見つけてくるので別々の音楽かのように思い込んでいたが、案外そうでもないのかもしれない。実際、DJとしての僕も、それらをひとつにつなげようとする。グラスパーがコモンやニルヴァーナの曲を演奏するのも、ダニエル・ラノワのバンドが“リング・ジ・アラーム”(テナー・ソウのダンスホール・クラシック!)を取り上げるのも、同じような感覚なのだろう。『Jazz The New Chapter』は、まさにそのような感覚から出発している。ヴァラエティ豊かな執筆陣も、このようなジャンル越境的な感覚を共有している人たちなのだろう。

 今後、ジャズ批評が本書以前/以降という区分のもとで語られることを願う。論争も起こってほしい。そのくらい本書は、ジャズ・シーンに対して批評的に介入していると思う。そしてこの批評的介入は、ジャズに限らない。ヒップホップのファンは、ヒップホップの系譜のひとつとしてグラスパーを聴かなければならないし、オルタナティヴ・ロックのファンは、オルタナティヴ・ロックの系譜のひとつとしてティグラン・ハマシャンを聴かなければならないのかもしれない。だから、あらゆる音楽リスナーに読まれてほしい。そのとき、『Jazz The New Chapter』は、今度は最良のディスクガイドとして現れるはずだ。とりあえず僕は反省して、コモンの“セロニアス”でも聴き直そう。

Man From Tomorrow - ele-king

 GWの5月5日/6日に、フランスの映像作家ジャクリーヌ・コーによるジェフ・ミルズのドキュメンタリー・フィルム『Man From Tomorrow』のプレミア上映がおこなわれる。
 ジャクリーヌ・コーは、ピエール・アンリやピエール・シェフェールと並ぶフランスの(電子)現代音楽家、リュック・フェラーリのドキュメンタリー『resque Rien avec Luc Ferrari』(2003年)、デトロイト・テクノに思想的な影響を与えたラジオDJ、エレクトリファイン・モジョを追った『The Cycles of The Mental Machine』(2007年)、ジョン・ケージ、ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒなどの60年代のミニマル・ミュージックをテーマにした『Prism’scolors,mechanicsoftime』(2009年)といった作品を発表している。ジェフ・ミルズの『Man From Tomorrow』は、今年2月2日、パリのルーブル美術館オーディトリアムにおけるワールド・プレミア上映では、入りきれない人が続出する程の盛況を博したという。電子音楽ファンにとっては、興味津々の上映だろう。
 東京:5/5(月・祝)、京都:5/6(火・祝)、上映後にはジェフとコー監督によるスペシャル対談もあり。東京分前売り券は先週より発売を開始しています!
 
 なお、ジェフ・ミルズは映画の同タイトルのDJツアーを同時期に開催。東京・名古屋・大阪の3都市を回るツアーは2012年10月ぶり。

『Man From Tomorrow』
U/M/A/A https://www.umaa.net/news/p681.html

■上映日程
タイトル:「Man From Tomorrow」(マン・フロム・トゥモロー)(2014年、フランス、40分)
監督:ジャクリーヌ・コー / 出演:ジェフ・ミルズ / 音楽:ジェフ・ミルズ

【東京】
日程:2014年 5月5日(月・祝)
会場:ユーロスペース(渋谷) https://www.eurospace.co.jp
時間:21:00 スタート 
 上映後トークショーあり: ジェフ・ミルズ、ジャクリーヌ・コー(通訳:門井隆盛)
問合せ・詳細:ユーロスペース TEL: 03-3461-0211  https://www.eurospace.co.jp

チケット: 前売:1600円/当日:1800円
4/4(金)10:00よりチケットぴあにて前売り開始 Pコード:552-935
チケット購入に関する問合せ:チケットぴあ TEL: 0570-02-9111 https://t.pia.jp/

【京都】 <同志社大学 日・EUフレンドシップウィーク>
日程:2014年5月6日(火・祝)
会場:京都市・同志社大学寒梅館クローバーホール
時間:18:00開場/18:30開演
 上映後トークショーあり: ジェフ・ミルズ、ジャクリーヌ・コー (通訳:椎名亮輔、下田展久)

チケット:料金:500円均一(当日のみ)*同志社大学学生・教職員無料
主催:同志社大学今出川校地学生支援課、同志社大学図書館
協力:Axis Records
詳細URL: https://d-live.info/program/movie/index.php...
問合せ:同志社大学今出川校地学生支援課 tel 075-251-3270 e-mail: ji-gakse@mail.doshisha.ac.jp


■ “Man From Tomorrow”について

 近年、音楽だけにとどまらず近代アートとのコラボレーションを積極的に行い、フリッツ・ラング『メトロポリス』への新たなサウンド・トラックや、パリ、ポンピドゥーセンターにおけるフューチャリズム展に唯一の生存アーティストとして作品を提供してきたジェフ・ミルズ。

 テクノ/エレクトロニック・ミュージックによる音楽表現の可能性を広げる彼が、現代のミニマル音楽(John CageからRichie Hawtinまで)に造詣が深く、デトロイトのElectrifying Mojoのドキュメンタリー『The Colours of the Prism, the Mechanics of Time』などでも知られる仏映画監督フランス人映像作家、ジャクリーヌ・コーとタッグを組んで今回発表する映像作品『Man From Tomorrow』は、なぜ彼が音楽を作るのか、テクノとは何のために存在するのかという疑問の答えを解き明かす映像による旅路だ。

 通常のドキュメンタリーとは一線を画したフィルムを作りたい、という二人の意思を実現していくためにジェフとジャクリーヌは1年以上に渡る話し合いを重ね、コンセプトを共有した。アーティスティックでエクスペリメンタルなこの映像の中には、ジェフの考えるテクノのあり方、音楽制作の過程、彼の想像する未来、また、大観衆の前でプレイする際に感じる不思議な孤独感(「One Man Spaceship」で表現しようとした宇宙における孤独感に通じるものでもある)などのすべてが凝縮され、同時に、テクノ・ミュージックの醍醐味を、DJイベントとは異なったスタイルで表現する試みでもあるという。まさにジェフ・ミルズの創造性・実験的精神をあますところなく体現する作品だ。

 『Man From Tomorrow』は今年2月2日、パリのルーブル美術館オーディトリアムでワールド・プレミアを行った後、ニューヨーク(Studio Museum of Harlem)、ベルリン(Hackesche Hofe Kino)にて上映を重ね、4/19にはロンドン(ICA)での上映を予定、その後、東京・京都での上映となる。

https://www.jacquelinecaux.com/jacqueline/en/documentaire-man_from_tomorrow.php


■Man From Tomorrow 各国PRESSより

デトロイト・テクノの魔術師ジェフ・ミルズとフランスの映画監督ジャクリーヌ・コーのコラボレーション作品は、ミルズの音楽と人生をユニークな方法で描きだし、彼の作品、思考そして想像力を通して 夢のような旅へと私たちをいざなう
── Institute of Contemporary Art (UK)

 ミルズの音楽がすばらしい。緊張感、飛躍感があり、しかししなやかな音はスタイリッシュでダークな映像と完璧にマッチしている」「このジャクリーヌ・コー監督のフィルムはルーブル美術館という最高峰のロケーションでプレミア上映が行われたが、それもミルズの最近のアート活動からすればひとつの小さな出来事だったのかもしれない
──『The WIRE 』(UK) by Robert Barry


■JEFF MILLS “MAN FROM TOMORROW” JAPAN TOUR event information

●名古屋公演 2014.05.02(金) @CLUB JB’S 名古屋  
OPEN:23:00
DJ:JEFF MILLS、APOLLO(eleven.)
LIGHTING:YAMACHANG
SOUND DESIGN:ASADA
info: www.club-jbs.jp

●大阪公演 2014.05.03(土) @LIVE & BAR ONZIEME  www.onzi-eme.com
OPEN:21:00
DJ:JEFF MILLS、KEN ISHII、SEKITOVA、LOE、and more
VJ:COSMIC WORLD、KOZZE
info: www.onzi-eme.com

●東京公演 2014.05.04(日) @AIR 
OPEN:23:00
DJ:JEFF MILLS -Opening till Closing set-
info: www.air-tokyo.com


■JEFF MILLS(ジェフ・ミルズ)

1963年デトロイト市生まれ。
デトロイト・テクノと呼ばれる現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえるジャンルのパイオニア的存在。高校卒業後、ザ・ウィザードという名称でラジオDJとなりヒップホップとディスコとニューウェイヴを中心にミックスするスタイルは当時のデトロイトの若者に大きな影響を与える。 

1989年にはマイク・バンクスとともにアンダーグラウンド・レジスタンス(UR)を結成。1992年にURを脱退し、NYの有名 なクラブ「ライ ムライト」のレジデントDJとしてしばらく活動。その後シカゴへと拠点を移すと、彼自身のレーベル「アクシス」を立ち上げる。1996年には、「パーパス・メイカー」、1999年には第3のレーベル「トゥモロー」を設立。現在もこの3レーベルを中心に精力的に創作活動を行っている。

Jeff Millsのアーティストとしての活動は音楽にとどまらない。シネマやビジュアルなどこの10年間、近代アートとのコラボレーションを積極的に行ってきている。2000 年フリッツ・ラングの傑作映画「メトロポリス」に新しいサウンド・トラックをつけてパリポンピドゥーセンターで初公開した。翌年にはスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」にインスパイアされた「MONO」というインスタレーションを制作。2004年には自ら制作したDVD「Exhibitionist」を発表。このDVDは HMV渋谷店で洋楽DVDチャート一位を獲得するなどテクノ、ダンスミュージックの枠を超えたヒットとなった。

2007年、パリのケブランリー博物館内展示の音楽担当やシネマテークでのシネミックスイベント (“Cheat” by Cecil B Demille / “Oktober” by Sergei Einstein / “Woman In The Moon” by Fritz Lang) などの功績が讃えられ、フランス政府より日本の文化勲章にあたるChavalier des Arts et des Lettresを授与。その後もポンピドゥーセンターでイタリア、フューチャリズム100周年記念の展示で唯一生存アーティストとして映像作品を展示したり、2012年には「Dancer Sa Vie」というエキシビションでJosephine Bakerをモチーフにした映像作品を展示。

同2012年には主催アクシス・レコーズの20周年記念として300ページにおよぶブック「SEQUENCE」を出版。2013年には日本独自企画として宇宙飛行士、現日本科学未来館館長毛利衛氏とのコラボレーションアルバム「Where Light Ends」をリリース。同時に未来館の新しい館内音楽も手がけた。

2014年、Jeff Mills初の出演、プロデュース映像作品「Man From Tomorrow」が音楽学者でもあるジャクリーヌ・コーの監督のもとに完成。パリ、ルーブル美術館でのプレミアを皮切りにニューヨーク、ロンドンの美術館などでの上映を積極的に行っており今秋からは世界中の映画祭にて上映される予定である。

■Jacqueline Caux (ジャクリーヌ・コー)

 フランス生まれの映画監督/音楽学者。長編ドキュメンタリーや短編エクスペリメンタルフィルムなどを制作し、各映画祭にも参加。レクチャーやキュレーションなども手がける。リュック・フェラーリに関する著書「リュック・フェラーリのほとんど何もない」は日本語訳本も出版されている。

主な作品:
« Contes de la Symphonie Déchirée » (“Tearen Symphonie Tales”) (2010年、54分)

Luc Ferrariの”Symphonie Dechiree” (音楽作品)をもとにしたフィクション
«Prism’scolors,mechanicsoftime» (2009年、96分)

1960 年代中盤から21世紀初頭における半世紀にわたるアメリカ、ミニマル音楽の歴史を探求。
John Cage, La Monte Young, Terry Riley, Steve Reich, Philip Glass, Meredith Monk, Pauline Oliveros, Gavin Bryars, Richie Hawtinが参加。
« The Cycles of The Mental Machine » (2007 年、57 分)
モーターシティ、デトロイトにおけるテクノの発祥を追うドキュメンタリー。”Electrifying Mojo”という謎めいたラジオDJ、Underground ResistanceのMike Banks、Carl Craigが参加。
« Presque Rien avec Luc Ferrari » (2003年、48分)

フランス人音楽家 Luc Ferrariの肖像。シューレアリズムからテクノ、そして具体音楽への道。

www.jacquelinecaux.com



Moodymann - ele-king

 4月29日、東京晴海で開催される「Rainbow Disco Club」に出演するために来日するムーディーマンですが、東海、関西、北陸方面のツアーも決定しています。
 最近では、新しい12インチ「Sloppy Cosmic」(Pファンク・ネタの曲+新曲)が予約の段階ですでにショート。相変わらずの人気を見せつけているムーディーマン、折しも、ハウス・ミュージックが加速的に逆襲している今日ですから、ここは注目したいところです!

■MOODYMANN JAPAN TOUR 2014

4.25(金)名古屋 @Club Mago
4.26(土)金沢 @MANIER
4.27(日)大阪 @Studio Partita(名村造船所跡地)
4.28(月)岡山 @YEBISU YA PRO
4.29(火/祝)東京 Harumi Port Terminal @Rainbow Disco Club


■MOODYMANN JAPAN TOUR 2014

4.25(金)名古屋 @Club Mago
- AUDI. -

Guest DJ: Moodymann
DJ: Sonic Weapon, Jaguar P
Lighting: Kool Kat

Open 23:00
Advanced 3000yen
Door 4000yen

Info: Club Mago https://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F
TEL 052-243-1818


4.26(土)金沢 @MANIER
MUSIC BUNNY - MOODYMANN JAPAN TOUR 2014 -

Guest: Moodymann
DJ: DJ YOSHIMITSU(S.E.L/MusicBunny), BONZRUM(S.E.L/MusicBunny), Diy(everyday records/MusicBunny/HI-LIFE), U-1(HI-LIFE)
Lighting: etenob!

Open: 22:00
Advanced: 3500yen
Door: 4000yen

Info: Club Manier https://www.manier.co.jp
金沢市片町1-6-10 ブラザービル4F
TEL 076-263-3913


4.27(日)大阪 @Studio Partita(名村造船所跡地)
- CIRCUS & AHB PRODUCTION presents
MOODYMANN JAPAN TOUR OSAKA SUNDAY AFTERNOON SPECIAL -

Moodymann
MOODMAN(HOUSE OF LIQUID/GODFATHER/SLOWMOTION)
MARTER(JAZZY SPORT)
AHB Trio+TeN(A Hundred Birds)
DJ AGEISHI(AHB pro.)
DNT(FLOWER OF LIFE/POWWOW)
DJ BANZAWA(Soul Tribe/Radical Soul)
DJ QUESTA(COCOLO BLAND/HOOFIT/PROPS)
MASH(Root Down Records/HOOFIT)
YASUHISA(TetralogisticS)
KAITO(MOLDIVE)
FUMI(LMIRL)

Lighting: SOLA
PA: KABAMIX

Open:15:00 - Close: 23:00
Advanced: 3500yen
Door: 4000yen

Info: CCO クリエイティブセンター大阪 https://www.namura.cc
大阪市住之江区北加賀屋 4-1-55 名村造船所跡地
TEL 06-4702-7085

circus https://circus-osaka.com
大阪市中央区西心斎橋1-8-16
TEL 06-6241-3822


4.28(月)岡山 @YEBISU YA PRO
Guest DJ: Moodymann
DJ’s: hysa, TETSUO, flying jukebox, fxtcmatty, York, YOSHIDA, Nakamura, SOW

Open: 22:00
Advanced: 3000yen
Lawson Ticket: L-code 61913
Door: 4000yen

Info: YEBISU YA PRO https://yebisuyapro.jp
岡山市北区幸町7-6 ビブレA館 B1F
TEL 086-222-1015


4.29(火/祝)東京 Harumi Port Terminal @Rainbow Disco Club

Info: Rainbow Disco Club https://www.rainbowdiscoclub.com
東京都中央区晴海5-7-1(晴美客船ターミナル)

Total Tour Info: AHB Production www.ahbproduction.com


■Moodymann (KDJ, Mahogani Music / From Detroit)

 ミシガン州デトロイトを拠点に活動するアーティスト、MoodymannことKenny Dixon Jrは、レーベル〈KDJ〉と〈Mahogani Music〉を主宰し、現代そして今後のインディペンデント・シーンやブラック・ミュージックを語る上で決して無視出来ない存在である。
 1997年、デトロイト・テクノ名門レーベル〈Planet E〉からファーストアルバム『Silent Introduction』をリリースし、その後UKの名門〈Peace Frog〉よりアルバム『Mahogany Brown』,『Forevernevermore』,『Silence In The Secret Garden』,『Black Mahogani』をリリース。
 『Black Mahogani』の続編『Black Mahogani Ⅱ ~ the Pitch Black City Collection ~』では、もはやStrataやTribe、Strata Eastといったブラックジャズ〜スピリチュアルジャズをも想わす作品を発表し、その限りない才能を発揮し続けている。  また、J Dillaの未発表作をYANCEY MEDIA GROUPとMahogani Musicとで共同リリースし、J Dilla Foundationに貢献した。 2014年1月にはKenny Dixon Jr.名義でのアルバム『MOODYMANN』をリリース。5月23-25日の3日間渡り、デトロイトにてSoul Skate 2014を開催する。

www.mahoganimusic.com
www.facebook.com/moodymann313
www.facebook.com/blackmahogani313


 

SHOUKICHI KINA-PASCAL PLANTINGA - ele-king


喜納昌吉/パスカル・プランティンガ - 忘んなよ
スエザン・スタジオ

Amazon

 1970年代の、沖縄民謡の大衆化の起爆剤となった音楽家、喜納昌吉は、これまでもライ・クーダーと共演したり、デヴィッド・バーンのレーベルから編集盤をリリースしたりと国際舞台でも活躍している音楽家だが、先日、ノイエ・ドイッチュ・ヴェレ(1980年代ジャーマンのニューウェイヴ)のレーベルとして知られる〈アタ・タック〉のアーティスト、パスカル・プランティンガとの共作を日本の〈SUEZAN〉(https://www.suezan.com/)レーベルから発表した。しかも、ミキシングはノイエ・ドイッチュ・ヴェレを代表するひとり、ピロレーターが担当。7インチ・レコード2枚とミニCDという特殊セットでのリリースだ。タイトルは『忘んなよ(わしんなよ)』。豪華ゴールドエンボスの見開きジャケット仕様。
 このコラボは、もともと沖縄音楽に傾倒していたパスカル・プランティンガが、何度も沖縄を訪れるなかで実現した企画。喜納昌吉の歌と演奏をパスカルが録音、その音源にドイツでパスカルが楽器の音を加え、それをピロレーターがミキシングしたものである。与那国島の洞窟の水がしたたる音などフィールド・レコーディングの成果も録音されている。
 沖縄音楽は、喜納昌吉が世界的にヒットした頃から、ワールド・ミュージックとして国際的に知られているが、ドイツの電子音楽と出会った『忘んなよ』は興味深い作品となった。アートワークも素晴らしいこの作品は、500枚の限定リリースである。

■喜納昌吉:(きな しょうきち、1948年6月10日)
 ウチナー・ポップを代表する沖縄音楽界の最重要人物の一人。喜納昌吉&チャンプルーズを率い、70年代から数々のヒット曲をもつ。「ハイサイおじさん」「花〜すべての人の心に花を〜」など多くの人々から親しまれている歌も数々ある。「すべての武器を楽器に」のメッセージを届ける平和活動家でもある。

■PASCAL PLANTINGA:(パスカル・プランティンガ)
 オランダ人ミュージシャン。80年代中ごろからヨーロッパを拠点に音楽活動を開始、ドイツのインディ・レーベル、〈Ata Tak〉の大ファンだったことから、レーベルを主宰するバンド、デア・プランらとの交流をはじめる。ピロレーター、フランク・フェンスターマッハー(ともに元デア・プラン)のユニット、A CIRTAIN FRANKのアルバムへの参加のほか、ソロ・アルバム『Arctic Poppy』を2005年に〈Ata Tak〉レーベルより発表。
 ベース奏者であるが、基本的なエレクトロニクスは一人で操るマルチプレイヤー。彼自身の出発点であるエレクトロミュージック、ニューウェイヴだけでなく、エキゾチカにも造詣が深く、晩年のマーティン・デニーとも交流があった。何作品かの映画音楽を手がけているほか、近年は沖縄音楽に傾倒し、幾度となく訪れている。


Raspberry Bulbs - ele-king

 はたして〈BEB(ブラッケスト・エヴァー・ブラック)〉をモヤシ系メタル・レーベルと呼ぶことに語弊があるだろうか。たとえば〈BEB〉が発足した2010年前後、メタル志向なアンビエントや限りなくポストロックに汚染されたメタルは完全な飽和状態にあったわけで、当時僕はこういったかたちでそれがUKのテクノ・シーンと迎合してゆくとは思わなかった。または、ある種これがブルズム(Burzum)→ザスター(Xasthur)の流れにあるワンマン・ブラックメタルの系譜の現在系とも捉えられる……云々と、バーネット+コロッチアのLPのおかげでもう完全にメタル/ハードコア目線で考えてしまう。

 アレックス・バーネット(Alex Barnett)とフェイス・コロッチア(Faith Coloccia)はそれぞれオークイーター(Oakeater)とエヴァーラヴリー・ライトニングハート(Everlovely Lightningheart)──当時からなんちゅー名前だよって思ってましたが──のバンド時代からの長きにわたる交流を経てお互いに影響を与え合ってきた。どちらのバンドもパッシヴ楽器やコンタクトマイクによって採集したオーガニック・ノイズが印象的なポポル・ヴー系のユニットという点ではとても共通項の多いバンドであった。フェイスのエヴァーラヴリーはすでに活動を停止し、現在はマミファー(Mamiffer)やハウス・オブ・ロー・カルチャー(House of Low Culture)等のユニットで活動している。フェイスのテープ・マニピュレーションにヴォーカル、短波レディオがバーネットによるミニマルかつヘヴィなシンセループと美しい調和を成すこのレコードは、使用された豪華絢爛なヴィンテージ・シンセも相まってか、いままで以上に洗練された彼らのサウンドをリッチに聴かせてくれる。彼等のバッグ・グラウンドの多くはもちろんブラックメタルやドゥームメタルによるものだが、それを極端にサタニックな方向に(とはいえじゅうぶんドス黒いんだけども)走らず、独自の灰色世界を構築しているのが特徴だ。イエロー・スワンズ時代から交流の深いガブリエル・サロマンのソロ作品とも共鳴する世界観とも言えるだろう。

 ……にしても、〈BEB〉が提示するヴィジョンは昨年暮れにヨーロッパを放浪して完全なトレンドと化していることを見せつけられたわけだが、それはUSのAscetic House(エセティック・ハウス)に代表されるようなミニマル/ニューウェーヴからパワエレ/ノイズにEBMといったノリとも微妙に違う、テクノからのメタル/ハードコア思考のゼロ年代のドローンへの回答のように聴こえる。“真実ならば、打ちのめしたい”のリフレインが異常に耳に残るレイム(Raime)のふたりによるポストパンク・バンド、モイン(Moin)のEPやヤングエコー(Young Echo)の3人によるキリング・サウンド(Killing Sound)など同一メンバーによる異なる手法のユニットは、かつてのゼロ年代のドローン・ドゥームのムーヴメントをもろに彷彿させるし、電子音楽ファンよりもその手のファンに受けていることは間違いない。

 毎度黒/ピンクのアートワークとバンド名がかなりゲイなラズベリー・バルブス(Raspberry Bulbs)も最近の個人的なヘヴィロテだ。以前ここでも取り上げたヴィレインズと並ぶマイ・フェイバリットUSBMであったカリフォルニアの伝説、ロウ・ノイズ・ブラックメタルバンド、ボーン・アウル(Bone Awl)のドラマー、マルコ・デル・リオがNYへと拠点を移し、当初はソロとして始動したこのバンド。マルコによるコンセプチュアルなアートワークやヴィジュアル・イメージに、リリック&ヴォーカルと、77ボアドラムやダモ鈴木'sネットワークでもドラムをプレイするジム・シーガル(Jim Siegel)との完成度の高いソングライティングは、このバンドをアンダー・グラウンドに収まらないコンテンポラリーな存在にしていることはたしかだ。

 個人的に〈BEB〉ほど自分の暗黒音楽史を現在に繋いでくれるレーベルはなかなかないなぁなどといまさらながら感慨に耽りつつ……こういったジャンルに縛られず、パーソナルなヴィジョンが共有されるようなレーベルやイヴェントがもっと日本でも盛り上がればなぁと期待しつつ……つーか俺やっぱ暗いなぁ。そういえば春だもんなぁ……。

 フランキー・ナックルズが亡くなったというニュースが私たちのもとに飛び込んで、あらためて彼の功績を振り返り、彼の曲を聴きなおすたびに、とにかく悲しいという気持ちばかりが溢れて仕方がない。直前のマイアミでDJした際の動画には、クラウドに愛され、名前をコールされる最高の瞬間が残されていた。(Frankie Knuckles || Def Mix @ The Vagabond || Miami || March 2014 )そこでプレイされていたのは「僕が居なくなってから、君は僕の愛を恋しくなるはずだよ」と歌うルー・ロウルズ“You'll Never Find Another Love Like Mine”を原曲にした彼の未発売音源……。彼は過去の経歴ばかりにスポットが当てられるけれども、ここ数年の楽曲制作はとくに活発だった。糖尿病を抱えていた自身の身体状況を自覚して、最後の力を振り絞っていたのかと、つい憶測してしまい、とても胸が痛くなる。彼はハウスを生み、「ハウスが生まれた意義」を、きっちり守り続けて人生を全うした。その生々しく輝かしい功績に触れていきたい。

 1955年、彼はブロンクスで生まれた。コマーシャル・アートとコスチューム・デザインの勉強をしていたが、学生のころからスクール・メイトのラリー・レヴァンと一緒に足繁くクラブに通いはじめる。ニューヨークの条例で入場可能な年齢に達していなかった彼らは補導されたり、ときにはラリーがドーナツを盗んで警察に捕まったりしながら、当時劇的に変化していたダンス・ミュージックのナイト・シーンを全身で吸収していた。ニッキー・シアーノがレジデントDJをしていた〈ザ・ギャラリー〉に通っていた彼は、高校生だったため入場料も満足に払えなかったのが功を奏して内装のアルバイトに採用され、そこでニッキーのDJスキルや、パーティがどんなふうに回っていくのかといった、作り手側の仕組みを学んだ。彼が最初にDJをしたのは71年、16歳のとき。ラリー・レヴァンと切磋琢磨しながら、キャリアを重ねてゆく。ラリーが〈パラダイス・ガラージ〉のオープンに向けて準備をしている76年、ラリーに〈ウェアハウス〉でDJの声が掛かる。だが、ラリーが断ったため、2人を少年の頃から知っていたオーナーはフランキーに声を掛けた。77年3月〈ウェアハウス〉のオープニング・パーティをフランキーは成功させた。ところが移住を決意してシカゴに戻った7月には〈ウェアハウス〉はガラガラの状態になっていた。だが、彼が他の店で素晴らしいプレイしたことが評判を呼び、活気を取り戻す。当初は黒人の同性愛者が大半だったが、彼が白人同性愛者中心のクラブでのギグを引き受けたことや、店側のオープンな姿勢もあって、次第に人種や性的趣向の隔たりを越えた場所になっていった。1500人以上が集まっていても、馴染みの仲間が集まる雰囲気があり、シカゴの人びとにとって、大切なスポットだった。

 だが、黒人の同性愛者を象徴するディスコ・ミュージックが音楽シーンを席巻した当時の状況を忌み嫌う人びとが現れ、反ディスコ運動が起こった。ロック愛好者の白人ラジオDJの声かけにより、79年7月、「disco sucks」をキャッチフレーズに大量のディスコ・レコードをシカゴの球場(コミスキー・パーク)に集めて爆破したのをきっかけに(その様子がテレビで放映されたことも追い風となり)、反ディスコ運動は爆発的に加速した。その根底にあるのは明らかに人種そして同性愛に対しての嫌悪であり、シカゴの街に暗い影を落としていく。それでも、黒人で同性愛者のフランキーは、皆の居場所である〈ウェアハウス〉を守り続けていく。彼は、ディスコやフィリー・ソウルなどの客に馴染みのある曲だけでなく、ディペッシュ・モードやソフト・シェル、ブライアン・イーノ&デヴィッド・バーンといったエレクトリックなテイストも積極的に取り入れた。そして、例えば曲のピークにさしかかる直前の2小節を繰り返すなどのエディットを施したり、あらかじめリズムを打ち込んだテープを一緒にミックスするなど、誰もが知っている曲に手を加えて聴かせ、ソウルフルでありつつも実験的なスタイルでクラウドの心をつかんでゆく。いつしか、フランキーのスタイルを「〈ウェアハウス〉でかかっているような音楽」と人びとが口にするようになり、〈ウェアハウス〉が略されて、ハウス、と名付けられた。現在、〈ウェアハウス〉跡地前の標識にはこう記されている。「HONORARY "THE GOD FATHER OF HOUSE MUSIC" FRANKIE KNUCKLES WAY」。

 82年11月、興行的には大成功を収めていたが、あまりに人が集まりすぎて犯罪も起こるようになり、「安全な場所ではなくなった」と判断したフランキーは〈ウェアハウス〉を去り、自身の店、〈パワー・プラント〉を83年にオープンさせる。この頃にはデトロイトのデリック・メイから購入したTR-909をDJプレイに組み込むなどDJスタイルもさらに進化し、同じ年に彼がアレンジを施したファースト・チョイス「Let No Man Put Asunder」(インストとアカペラ)がリリースされる。〈パワー・プラント〉は長くは続かなかったが、ファースト・チョイスのエディットを気に入っていたジェイミー・プリンシプルがフランキーに声を掛けて交流が始まり、87年、フランキーの初期傑作とされる“Your Love”が生まれた(この曲を〈トラックス〉が勝手にリリースした経緯があり、本人は遺憾の意を示している)。

 シカゴのスタイルは、当時人気を博した〈ミュージック・ボックス〉のDJ 、ロン・ハーディの影響もあり、次第にトラック中心になっていく。フランキーのソウルフルな音楽を中心にプレイするスタイルを、「上の世代の人間が聴く音楽」といった評価の声も出始めたという。〈パワー・プラント〉閉店後の87年、フランキーはNY在住のデイヴィッド・モラレスを紹介される。この年は〈パラダイス・ガラージ〉が閉店した年で、エイズが同性愛者や麻薬常習者に感染が広がり、差別が広がるだけでなく、仲間の死や、不治の病への圧倒的不安が大きな混乱を引き起こしていた時期でもあった。88年、フランキーはNYに戻り、モラレスのプロデューサー集団、デフ・ミックス・プロダクションに加入する。エリック・カッパーやテリー・バリスと共作し、この頃からピアノとストリングスを組み合わせた、流麗で哀愁溢れるフランキーの表現世界が確立されてゆく。まず88年にモラレスとの共作でア・ガイ・コールド・ジェラルド“Voodoo Ray (Paradise Ballroom Mix)”を手掛け、89年にフランキーは「Tears」をリリース。サトシ・トミイエを世に送り出し、ヴォーカリストとしてのロバート・オーウェンスを広く認知させた。そして91年には、ハウスの不朽の名作、「The Whistle Song」をリリース。 共作のエリック・カッパーは、制作時間は20分で、デモをフランキーがプレイした際に、ホイッスル(口笛)で作ったのかとお客さんに訊かれたのがきっかけで、このタイトルになったというエピソードをインタヴューで話している。この頃からメジャー・レーベルからのリリースも頻繁になり、ルーファス&チャカ・カーン“Ain't Nobody (Hallucinogenic Version)”、ジャネット・ジャクソン“Because Of Love”、ダイアナ・ロス“Someday We'll Be Together”、アリソン・リメリック“Where Love Lives”、マイケル・ジャクソン“You Are Not Alone / Rock With You”といったリミックスを手掛け、デフ・ミックスの黄金時代をモラレスなどと共に築き上げた。ディスコは確かに、あのシカゴの球場での事件から失速したかもしれない。けれども、ディスコと同じようにメロディアスで、黒人同性愛者によって作られたハウスが表舞台に返り咲いた。「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」というフランキーの言葉は象徴的であり、そしてとても誇らしげだ。何しろ、彼こそがその軌跡を作ってきたのだから。またDJにおいては、92年にNYにオープンした〈サウンド・ファクトリー・バー〉において毎週金曜日を担当し、DJルイ・ヴェガとバーバラ・タッカーがオーガナイズする毎週水曜日のパーティ〈アンダーグラウンド・ネットワーク〉と共に、この箱の伝説を作り上げた。

 94年2月号の、雑誌『リミックス』のインタヴューで、フランキーはこう答えている。「ここ2年くらい、たくさんのダンス・トラックが出たけど、心に残ったものはあんまりないんだ。音楽を作るならやっぱり人の心になにか残さないと。それも一過性のものじゃなく、人びとにずっと覚えてもらえるもの。ただのバカ騒ぎのBGMを作ったって仕方がないんだよ。力強い作品を作っていくことこそ、ダンス・ミュージックを生き残らせていくただひとつの道だからね。それが僕の役割だと思っている。メッセージのある、いつまでも人の心の中に生きていく音楽」
 フランキーには、自分が作るべきものが明確に見えていて、それが揺るぐことはなかった。だが、00年代に入る頃から、彼は制作のペースを落としてゆく。それは、ハード・ハウスやテクノ、トランスなどのサウンドが台頭し、デフ・ミックスの代名詞といえる華やかでメロディアスなスタイルが、ダンス・ミュージックの中心から離れてきた時期と重なる。彼の信じるスタイルを、世の中が必要としなくなったと、彼自身が感じていたのだ。だが、08年にヘラクレス&ザ・ラブ・アフェアの“Blind”のリミックスを依頼され、それがヒットしたのを契機に、制作への意欲を取り戻していく。11年には“Your Love”のジェイミー・プリンシプルとの共作“I’ll Take You There”がヒット。この曲から、エリック・カッパーとのプロジェクト、ディレクターズ・カット名義でのリリースが中心となる。彼はこの時期には糖尿病を患っていて、12年の〈リキッド・ルーム〉での来日公演の時点で、すでに足の一部を切断していた。 それでも彼はDJをしに世界中を回ることをやめなかったし、とくに昨年の楽曲制作の膨大な数には目を見張るものがあった。

 ハウス・ミュージックとはなにか、という問いに一言で答えるのはとても難しい。けれども、フランキー・ナックルズという人間の存在こそが、ハウスだったのだと、いま彼の人生を振り返って思う。差別の強風に堂々と立ち向かい、自身の美意識を貫き、聴くものに生きる力を与え続けてきた彼こそが、ゴッドファーザー・オブ・ハウスの称号に相応しい。私たちに素晴らしいハウス・ミュージックの数々を届けてくれて、本当に有難うございました。


 以下、フランキーの数々の楽曲から10曲選ばせて頂きました。リリースされた年代順に掲載しています。文中で触れた楽曲はあえて外しましたが、“The Whistle Song”は06年、“Your Love”は今年の1月に新しいヴァージョンがリリースされていますのでここで触れさせて下さい。5曲目の“Whadda U Want (From Me)”は、Frankie's Deep Dubがロフト・クラシックスですが、歌の入ったFrankie's Classic Clubもエモーショナルです。文頭に触れたフランキーが今年のマイアミでプレイした楽曲を、最後に紹介しました。

■Frankie's Classics selected by Nagi

Jago - I'm Going To Go (Remix) - Full Time Records (1985)

Sounds Of Blackness - The Pressure (Classic 12" Mix With Vocal Intro) - Perspective Records (1991)

Lisa Stansfield - Change (Knuckle's Mix) - Arista (1991)

Denitria Champ - I've Had Enough (Frankie's Favorite Version) - Epic (1993)

Frankie Knuckles - Whadda U Want (From Me) - Virgin (1995)

Chante Moore - This Time (The Bomb Mix) - MCA (1995)

Un-Break My Heart (Frankie Knuckles - Franktidrama Club Mix) - LaFace (1996)

Frankie Knuckles - Keep On Movin - Definity Records (2001)

Candy Staton - Hallelujah Anyway (Director's Cut Signature Praise) - Defected (2012)

Kenny Summit, Frankie Knuckles & Eric Kupper - Brawls Deep - Good For You Records

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