「Nothing」と一致するもの

DBS presents PINCH Birthday Bash!!! - ele-king

 この日ユニットに集まった人びとは、ピンチが2台のターンテーブルの前に立っていた150分間に一体何を期待していたのだろう。やはり、彼がシーンの立役者として関わったダブステップか? それとも、彼の新しいレーベル〈コールド・レコーディング〉で鳴らされる、テクノやUKガラージがベース・ミュージックと混ざり合った音だったのだろうか? ピンチがフットワークを流したら面白いな、なんて想像力を働かせていた人もいたのかもしれない。
 実際に会場で流された音楽は、それら全てだった。
 
 ジャー・ライト、エナに続いたピンチのステージは、テクノの轟音とともにはじまった。そこに重低音が混ざるわけでもなく、リズム・パターンが激しく変化するわけでもなく、ストイックな四つ打が会場を包み込んでいく。
 ピンチがロンドンでダブステップの重低音を体感し、それをブリストルへ持ち帰り自身のパーティを始めるまで、彼はミニマルやダブ・テクノのDJだったのだ。ここ1年でのピンチのセットのメインにはテクノがあるわけだが、自分自身のルーツに何があるかを理解しないうちは、新しいことなんぞ何もできない、と彼は証明しているようにも見える。
 〈コールド・レコーディングス〉から出たばかりの彼の新曲“ダウン”はまさにテクノと重低音、つまりピンチ過去と現在が混ざり合った曲だ。
 先日発売された同レーベルの初となるコンピレーション『CO.LD [Compilation 1] 』は、去年の4月からレコードでのみのリリースをまとめたものになっており、参加しているエルモノ、バツ、イプマン、エイカーという新進気鋭のプロデューサーたちは、自分たちを形作っているジャンルの音を現在のイギリスのシーンに置ける文脈のなかで鳴らしている。
 例えば、イプマンはダブステップの名門レーベル〈テンパ〉や〈ブラック・ボックス〉からのリリースで知られていたが、〈コールド・レコーディング〉から出た彼の曲“ヴェントリクル”では、テクノの要素が前面に押し出されており、意外な一面を知ったリスナーたちを大きく驚かせることになった(イプマンがレーベルのために作ったミックスではベン・クロックが流れていた)。
 「アシッド・ハウス、ハードコア、ジャングル、UKガラージ、ダブステップ以降へと長年続く伝統からインスピレーションを受けた、進化し続ける英国のハードコア連続体の新たなムーヴメントのための出口」が〈コールド〉のコンセプトだが、ピンチ自身と彼が選んだプロデューサーたちは、伝統から学ぶスペシャリストである。このコンピを聴くことによって、それぞれのプロデューサーたちの影響源だけではなく、彼らの目線を通してイギリスのクラブ・ミュージックの歴史までわかってしまうのだ。 

Pinch-Down-Cold Recordings


Ipman Cold Mix


 開始から30分ほどして、流れに最初の変化が訪れる。ピンチは若手のグライムのプロデューサーであるウェンによるディジー・ラスカルのリミックス“ストリングス・ホウ”をフロアに流し込んできた(彼のミックスの技術はずば抜けて高く、色の違う水が徐々に混じっていくようなイメージが浮かぶ。手元にはピッチを合わせてくれたり、曲の波形を可視化してくれるデジタル機器は一切無く、レコードのみだ)。今年に入りアコードをはじめ、多くのDJにサポートされてきたアンセムはオーディエンスたちにリワインドを要求させたが、「まだ早いよ!」といわんばかりにピンチは4つ打へと戻っていく。

Dizzee Rascal-Strings Hoe-Keysound Recordings


 ちなみに、この日流れていたテクノも面白いチョイスだった。「うおー! これDJリチャードの〈ホワイト・マテリアル〉から出たやつだ!」という情報に富んだ叫び声が聞えてきたのだが、DJリチャードはジョーイ・アンダーソンやレヴォン・ヴィンセントと並ぶ、アメリカ東海岸のアンダーグラウンド・シーンにおけるスターだ。彼らが作る曲はときに過剰なまでのダブ処理が施され、リズムにもヴァリエーションがあるため、ベース・ミュージックのシーンでもたびたび耳にすることがある(ペヴァラリストのセットにはしばらくレヴォン・ヴィンセントの“レヴス/コスト”があった)。
 おそらく、アメリカで育った彼らも、スコットランド生まれブリストル育ちのピンチと同じようにベーシック・チャンネルのうつろに響くミニマル・テクノを聴いてきたのだろう。国境を越え、似たルーツを持ち違った土壌で生きるプレイヤーたちが重なり合う現場には驚きと喜びがつきものだが、この夜はまさにそんな瞬間の連続だった。

DJ Richard-Leech2-White Material


 とうとう、この日最初のリワインドがやってくる。ピンチがマムダンスとともに〈テクトニック〉からリリースした“ターボ・ミッツィ”が流れるとフロアが大きく揺れ、DJはレコードを勢いよく、そして丁寧に巻き戻す。だが、直ぐに頭から曲は始まらない。ピンチは拳で自分の胸を叩いて、フロアに敬意を示す。するとイントロのシンセサイザーがじわじわとフロアに流れ始めた。気がつくと、フロアはオーディエンスではなくパーティの熱気を作り上げるDJの「共犯者」で埋め尽くされていたのだった。

Mumdance&Pinch-Turbo Mitzi-Tectonic Recordings


「Yes, I’m」という声ネタとハンド・クラップが鳴り始めた瞬間、フロアの熱気はさらに上がる。それは、ブリストルのニュー・スクールの優等生であるカーン&ニークの“パーシー”を、ふたりが成長する土壌を作り上げたピンチが流すという、感動的な場面でもあった。世代から世代へと時代は嫌でも変わっていくものだが、この日34歳の誕生日だったピンチはその変化を楽しんでいるようだった。
 ラストのダブステップからジャングル、フットワークという流れにいたるまで、フロアをDJはロックし続けた。曲が鳴り止むとピンチはフロアへ合掌し、オーディエンスとゴス・トラッドに拍手の中で150分間のロング・セットは幕を閉じた。

Kahn&Neek-Percy-Bandulu

TechnoGrimeBass Music

V.A.
CO.LD [Compilation 1] 

Cold Recordings/ビート

Amazon HMV Tower

PANIC SMILE - ele-king

 かれこれ十年以上も前になるだろうか、前職である一部上場企業をさっさと辞め、雑誌編集のヤクザな世界(大手出版社はもちろんそうじゃないと思いますよ)に足を踏み入れて数年経ったある日編集部へ私宛に男性から電話があって、相手の会社名がよく聞きとれなかったのでインディ系のレーベルの方だと思い、会ってみたら先物取引の勧誘であった。これからは大豆がいいという。私は〈ベアーズ〉あたりで頭角をあらわしはじめた大豆なるバンドのことかと思い耳を傾けたが、どうやらモノホンの大豆である。ひとめ見たときからおかしいとは思ってはいた。彼はピンストライプが入った濃紺のスーツを着ているではないか。かくいう私はむくつけき長髪である。会話は終始かみあわず、「どうでしょう、60万お預けいただければ損はさせません」といわれ、ない袖は振れやしないので断るしかなったが、結論にいたるまでの私たちのぎこちなさはキャプテン・ビーフハートと彼のマジック・バンドを彷彿させないこともなく、金さえあれば大豆に賭けてみようという気に――なりはしなかっただろうが、不意に襲う逃げ場のない違和、異化、断絶は自他の境界線を引き他者を際だたせる。個人情報がどこかで錯綜し彼はきっとまだ私が上場企業の社員だと思っていた。うすうす途中からは勘づいただろうが、みなさんも経験されたこともあるかもしれませんが、だからといって突然打ち切るわけにもいかないので軟着陸を試みるしかない。ありふれた日本的な日常のひとこまといわれればそれまでだがしかしその大気のなかでくすぶったものはなにか。

 パニック・スマイルは1992年の結成から、吉田肇、保田憲一、石橋英子とジェイソン・シャルトンの第4期の布陣が散会するまで、影に日向に日本のオルタナティヴ・ロック界をひっぱってきた。活動休止した2010年3月の〈we say foggy! vol.7〉は、私はバンドで対バンさせていただいたので袖から彼らのライヴを観た。吉田肇のギター・リフで幕を開け、互いに明後日の方向を向きながら一歩も引かぬ演奏は3作目『MINIATURES』以降の完成形に近づき円熟にいたるかに見えたが円熟の境地に安住しない/できないのもまたきわめて彼ららしい。
 お休みのあいだ、バンドは吉田+保田の双頭体制になり、保田をベースからギターへコンバートし、新たにスッパバンドのDJミステイクをベースに、ドラムに松石ゲルを迎え、パニック・スマイルは4年ぶりの8作め『Informed Consent』を発表する。冒頭“Western Development2”の4小節のギター前奏につづき切りこんでくる変拍子アンサンブルはこれまでの延長線上にありながらプレイヤーの記名性に寄りかからないシンプルな構造に終始し、まことに若々しいのは技法や語法をぎりぎりまで削ぎ落とし空間が露わになったせいだろう。福岡で産声をあげたときから22年の年月をかけて原点に回帰したといい条、その軌道は螺旋を描くから現在位置は原点の上にある。ビーフハート的でありながらフォールを思わせペル・ユビュのように物体的なオルタナティヴ。それらをひとつも知らなくてもまったく問題ないノーウェイヴ。そのような音楽がこんな日本の大気のなかでも生まれうる、というか、そことの軋轢が推進力となる熱を生んだのか、吉田肇は“Devil’s Money Flow”で「とっておきの マネーフロー(中略)こっちに選ぶ権利がない こっちに選ぶ権利がぜんぜんない」(“Devil’s Money Flow”)と歌う。先物取引ばかりかあらゆる投機、蓄財、利殖、詐欺のたぐい、政治的決定、食べるものから着るものはいうにおよばず読む、聴く、観る、さらに飲む、打つ、買うにもシステムは還流し、参加する気も実感もないのに知らぬまに搦めとられ細部まで完璧にコンロトールされる、まさに「悪魔のマネーフロー」。“Informed Consent”“Antenna Team”“Nuclear Power Day”アルバムの歌詞はそこらへんに転がっている欺瞞を暴くが、ことさら告発調というより素朴かつ長閑であり、空転しながら孤高の違和を発しつづける。坂本慎太郎が『ナマで踊ろう』で刷毛で二の腕の裏をふれるように描いた現実をパニック・スマイルは隣家のベランダから怒鳴るように音にする。怒りと笑いに痙攣するグルーヴがおよそ半時間の『Informed Consent』を貫くが、終曲“Cider Girl”がシュワシュワとこの世の大気のなかに消えぬ間に再生ボタンを押してしまうのは盟友AxSxEのプロデュースもふくめ、あるべき場所にあるべきものがあるからである。
 吉田さんのヴォーカルもすげーいいですね。おかえりなさい。

Container - ele-king

 別件で来日直前取材中のスカル・カタログ(元ソーン・レザー、来日ツアーがもう目前だ)いわく、最近の電子音楽なんてコンテイナー(Container)以外聴かねぇ! とのこと。なんだか妙に腑に落ちる。
 一口にインダストリアル・リヴァイヴァルと言っても、その曖昧な言葉だけではもはや昨今のサウンド相関図を描くことなど到底できやしない。たとえばここ10年のドローン/パワー・アンビエントに感化されたハード・テクノやミニマル・テクノ、ニューウェイヴやミニマル・ウェイヴからEBMまでのネオ・ゴスへの流れ、ウルフ・アイズ的なUSノイズ・ロックのビートへの邂逅……などなど、すべてが互いに影響を受けながら、しかしそれぞれに異なるシーンの中から育まれているのだ。
 コンタイナーのレン・スコフィールドはロケンローな魂を極端なかたちで解放する生粋のUSノイズ・ロック・デュードであった。コンタイナー名義で彼が熱心に探求するロウ・ボディ・ミュージック、ハード・ミニマル・シンセ・パンクとも呼べるサウンドは、制作にストイックに向き合う姿勢、硬質な音を追求するミニマルなシンセ/ドラムマシン使い、いろんな意味で硬派だ。昨年のアイタルとのUSツアーは、異なるフィールドとはいえ、USアンダーグラウンドからダンスフロアを揺らしまくった意義のあるものであったにちがいない。

 そしてもうひとつ、エム・エクス・ノイ・マックもまた生粋のUSノイズ・ロック・デュードだ。

 けっこう昔の曲なんですが、最近突然ヴィデオがアップされたので頭のおかしい人のために貼り付けておきます。3ピース・バンド形態となり、ジャムではなくソングをプレイしている新生ウルフ・アイズが最近何かのインタヴューで「俺らはノイズだったことなんかねぇ! トリップ・メタルなんだ!」と吐き捨てていたことがどうにも印象的で、USノイズというカテゴリーに収められていた連中の多くは、そう、単純にロケンローな魂を極端なかたちで解放してきたに過ぎない。くどいようだけども。
 エム・エクス・ノイ・マックことロバート・フランコも明らかに全身全霊でロックしてる危ない男であり、その洗練された鉄槌感には毎度恍惚とさせられる。かつてのバンド、エンジェル・ダスト(Angeldust)での相方であったネイト・デイヴィス、エアー・コンディショニング(Air Conditioning)のマット・フランコのとんでもない極悪メンツで結成されながら最高の癒しサウンドを奏でるフランシスコ・フランコを聴けば彼のポテンシャルの大きさがいかに大きなものなのかを知る一助にもなるだろう。

第20回:ヤジとDVとジョン・レノン - ele-king

 先日、通勤バスの中で新聞を広げていると祖国の話題が出ていた。東京都議会で女性議員に対して性差別的なヤジが飛び、国内で大きな話題になっているという。『ガーディアン』紙のその記事は、日本が男女平等指数ランキングで常に下位にランクされている国であることを指摘し、ジェンダー問題の後進国だと書いていた。まあ、ありがちな「東洋は遅れてる」目線の批判的な内容である。
 こういう記事が出ると、「女性が強い英国では絶対にあり得ない」「アンビリーバブル」みたいなことを英国在住日本人の皆さんがまた盛んに言い出すんだろうな。と思った。わたしも10年前ならそう思っていた。
 が、今はそうは思わない。

                 ******

 BBC3で『Murdered By My Boyfriend』というドラマが放送されてちょっとした話題になった。「恋人に殺された」というタイトルの当該ドラマは、パートナーの青年にDVを受け続けて最後には亡くなってしまった若い女の子の実話をドラマ化したものだ。
 17歳で同年代の青年に出会い、すぐに妊娠して子供を産んだ少女が、嫉妬深くて幼稚なパートナーから家庭内で暴行され続け、4年後には殴り殺されていた。というストーリーは、英国のある階級では「あり得ない」話ではない。英国内務省が2011年に発表した資料によれば、英国でもっともドメスティック・ヴァイオレンスの被害に遭っているのは16歳から24歳までの女性だそうだ。このドラマのモデルになった事件では、恋人を殺した青年は、生活保護受給者でありながら血統犬のブリーダーをやって不法に収入を得ていた貧民街の男だった。
 例えば、ブライトンの病院やチルドレンズセンター(地方自治体運営の子供と親のためのサポートセンター)などのトイレに入ると、個室の内側にA4サイズのナショナルDVヘルプラインのポスターが貼られている。
「あなたはドメスティック・ヴァイオレンスの被害者ですか?虐待されている女性を知っていますか?」
というスローガンと共に、幼児の手を引く若い女性の後ろ姿の写真が印刷されている。まさに『Murdered By My Boyfriend』のストーリーみたいなポスターだが、そうしたイメージが使われているということは、やはりDVの被害者には子持ちの若い女の子が多いということだろう。
 英国における若きシングルマザーの数の多さはこれまでブログ(&拙著)で何度も書いてきた。日本では、「出来たら始末しちゃえ」というのがティーン女子の一般的対処法だったと記憶しているが、英国の場合は、何故か産む。といっても、わたしはミドルクラスから上の人の生活様式は知らないので、労働者階級だけの話かもしれない。が、わたしの知っている世界では、十代の女の子たちは堕胎より出産を選ぶ。
 それは先の労働党政権がシングルマザーに優しい福祉制度を確立したせいもある。ぶっちゃけ、無職者に子供がいれば、すぐ役所から家をあてがわれ、生活保護も貰えるという時代が長く続いたので、下層社会の女子には、就職や進学しない代わりに子を産んで生活保護受給者になるというライフスタイルのチョイスが存在したのである。
 キャリアを持つ女性たちが子供を産まなくなった代わりに、十代で妊娠したシングルマザーたちが生活保護を受けながら続々と子を産み続けて行く様は、この国では階級による女たちの分業がはっきりと出来上がっているようにも見えた。ミドルクラスの女たちは外で働き、下層の女たちは生活保護を貰いながら子供を産み増やす。実際、シングルマザーへの優遇は人口の老齢化に歯止めをかけるための国家戦略だったのではないかとさえ思えてくる。UKでは2011年に1972年以来最高の新生児出生数が記録され、過去40年間で最高のベビーブーム到来と騒がれたが、ヨーロッパでそんな報道があったのはこの国ぐらいのものだろう。

 英国の女は強い。というイメージが、マーガレット・サッチャーに代表される上層の働く女から来ているのは間違いない。確かにあの階級の女たちは、時代錯誤なセクシスト発言でも受けようもんなら言った男を完膚なきまでに叩き潰すだろうし、彼女たちが肩パッドで武装して戦って来た歴史があるからこそ、英国の上層の男たちは滅多なことは言えないのだ。
 が、同じ英国でも、下層の世界はまるで違う。
 下層社会には、家庭で「ビッチ」、「雌牛」、「淫乱女」と呼ばれて殴ったり蹴ったりされている女たちもいる。底辺託児所に勤めていた頃、顔の傷のあるアンダークラスの女たちを何人も見た。裏庭で恋人に蹴りを入れられている女性も見たことがある。彼女たちの子供は、そんな母親の姿を見ながら育つ。子供のために良くないとわかっていながら、早くこんな生活は清算しなければと思いながらも、彼女たちはいつも顔に傷を負っていた。そして彼女らの子供たちは成長し、母親を殴った男たちと同じことを自分の女にするようになる。その、乾いた現実の反復。
 いったいぜんたい、ここはほんとうに女が強い国なのだろうか。

                 ******

 以前、職場で顔に青痣をつくって出勤してきた若い保育士がいた。目の下のあたりが広域に青くなっている。寝ぼけて階段から落ちて手すりに顔をぶつけたと言っていた。彼女は20歳のシングルマザーで、同世代の恋人と同棲している。
 一見してぎょっとするような青痣だったので、彼女はオフィスに呼ばれた。保護者たちの反応を心配して、マネージャーが当惑しているようだった。
 10分ほどして、彼女は憤然としてオフィスから戻って来た。
 「しばらく自宅待機しないかって言われた。痣がひどくて子供たちが怖がるかもしれないから、もう帰れって」
 「・・・・それって、有給の自宅待機だよね、もちろん」
 「ノー。自分の有給休暇を使って休めって言われた」
 「違法でしょ、それ」
 「うん。だから帰らない。働く」
 彼女はそう言ってプレイルームに玩具を並べ始めた。
 その日、子供を預けに来たミドルクラスの母親たちが彼女の痣を見た時の表情は忘れられない。明らかに誰もがDVによるものだと思っている様子で、ハッと驚いてから憐れみを示す表情になる人もいたが、「こんな人間に子供を預けて大丈夫だろうか」という不安を顔に出す人、あからさまに嫌悪感を示す人もいた。
 医師やプレップ・スクールの教師といった高学歴の働く女たちの「顔に青痣のある女はうちの子には触らないでほしい」的なリアクションは、ある意味、日本の都議会で飛んだヤジぐらいあからさまで野卑だった。
 女という性をすべて一まとめにして「シスターズ」と叫ぶフェミニズムはいったいどれほど現実的なのだろう。少なくともUKでは、たいへんに嘘くさい。

               *********

 ジョン・レノンが「一番嫌いなビートルズの曲」と言った歌がある。
「他の男と一緒にいられるぐらいなら
 死んでくれたほうがまし
 用心したほうがいい
 俺は分別がなくなるから」

 『Run For Your Life』は、英国では今でもDVを連想させる曲として語られる。レノンは、この曲の歌詞ははプレスリーの『Baby Let's Play House』にインスパイアされたとものだと言った。
 が、晩年には「書いたことをもっとも後悔している曲」とも発言している。

 亡くなる数年前、彼は最初の妻を殴っていたことを暗に認めるような発言をした。『プレイボーイ』誌のインタヴューでこう言ったのである。
 「僕は自分の女に対して残酷だったことがある。肉体的な意味で、どんな女性に対しても。僕は殴る人間だった。自分を表現することができないと殴った。男とは喧嘩し、女は殴った」

 英国には「強い女とジェントルメン」の構図とは全く別の世界が存在している。
 その世界は上のほうが先に進めば進むほど後方に取り残されて行く。格差が広がれば広がるほど、進んだ世界と遅れた世界のギャップは大きくなる。
 警察の発表によると、2013年第4四半期でDVの件数は15.5%増えたそうだ。

The Encyclopedia of Kroutrock - ele-king

 ジュリアン・コープの真似をすると、「僕はかつてクラウトロッカーだった」。英米のポップ・ミュージックのクリシェに飽きたとき、クラウトロックは、穴に落ちたアリスのように、何か特別な世界に迷い込んだかのようにワクワクしたものだ。60年代末から70年代前半にかけてのジャーマン・アンダーグラウンドが繰り広げた音の実験は、淫らなほどサイケデリックで、信じがたいほどのフリーク・アウト・ミュージックで、あり得ないほどの単調さと最高のギミックで、聴いている人の想像力をどこまでも拡大する。そして、ただそのジャケットを手にしただけでも興奮する。こうして人はクラウトロッカーへの道を歩みはじめるのだ……

 もともとクラウトロッックとは、1960年代末から70年代前半にかけてのウェスト・ジャーマン・アンダーグラウンドへのアイロニカルな表現として、イギリスのメディアが使った言葉だ。カエルを食べるフランス人をフロッギー(カエル野郎)と呼ぶように、キャベツの酢漬けを食べるドイツ人のロックをクラウト・ロックと呼んだのだ。
 いまではにわかに信じられないだろうが、1970年代は、アングロ・アメリカンこそがロックだった。ピンク・フロイドを擁するUKは、ヨーロッパにおいてコネクトしていた国だったが、しかし、ジミヘンもスライもVUもザッパもマイルスもアメリカだ。そんな情勢において、ドイツのロックがすぐさま発見され、そしてすぐさま正当な評価を得ることはなかった。
 が、1974年にクラフトワークの「アウトバーン」がヒットしたこと、カンやタンジェリン・ドリームがドイツ国外で成功したこと、UKのグラム・ロッカーがドイツに目を向けたこと等々、さまざなな要因が重なり、道は開けていった。それはパンク・ロックによって再評価され、やがてハウス・ミュージックやテクノにおいても再々評価された。クラウトロッカーは増え続け、いつの間にかドイツ以外の国の音楽でも、マシナリーなドラミングのミニマルなロックをクラウトロックと形容するようになった。

 著者の小柳カヲルは、クラウトロックの書き出しを、モンクスからはじめている。アングロ・アメリカ圏からやって来たガレージ・バンドこそが、クラウトロックにおけるミッシング・リンクだと言ったのはジュリアン・コープだが、ドイツ在住の米兵による、酩酊した、デタラメなこのガレージ・バンドは、こんな歌詞をわめいている。「俺たちは兵隊が好きじゃない。何故、ベトナムの子供たちは殺されなければいけないのか? ジェイムス・ボンド? 誰だそれは? 止めてくれ」
 また、モンクスとは別の局面では、ご存じのようにカールハインツ・シュトックハウゼンがいた。この電子音楽の父は、ザ・ビートルズの1967年の『サージェント・ペパーズ〜」のジャケにも登場しているように、その影響はポップ・カルチャーの世界にも及んでいた。また、1968年にフランク・ザッパがおこなったドイツ・ツアー、同年にリリースされたVUのセカンドなどもオリジナル・クラウトロッカーに影響を与えてた。1968年には、ベルリンではタンジェリン・ドリームが、ミュンヘンのコミューンではアモン・デュールが、ケルンではカンが始動している。1969年にはクラフトワークの前身のオルガニザッツィオーンが最初のアルバムを出している。
 
 『クラウトロック大全』は、パンク〜ポストパンク〜(テクノ)を通過した今日からの視点によって編集されている。よって、オリジナル・クラウトロッカーが最初のピークを終えたあとの、80年代のノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニューウェイヴ)の時代までを範疇としている。とくにコニー・プランクとホルガー・シューカイのふたりは、この時期までたくさんの良い仕事をしているのと、クラウトロック以降/ダンス・カルチャー以前の西ドイツのアンダーグラウンドのアーカイヴが日本ではまだされていなかったこともあり、思い切って、この機会に取りあげてみた。
 また、ドイチュラントという国が、近世までは、バイエルンだとか、ブランデンブルクだとか、地方分権だった時代が長かったため、それぞれの地方への帰属のほうが強い側面がある。よって、本書ではクラウトロックを分類する際に、年代順でもアルファベット順でもなく、都市ごとに分類している。

 ひと昔前は、クラウトロックを聴くには、マメにその手のレコード店を歩き回り、そして、見つけたら、ときには思い切って大枚をはたく必要があったが、いまでは掲載している作品の多くが入手しやすい。これを機会に、ひとりも多くのクラウトロッカーが生まれることを期待している。
 なお、ディスクユニオンで買うと先着でクラトロック・ポスター+ポストカードがもらえて、タワーレコードとHMVで買うとノイ!のポストカードがもらえる。ちなみに、本の表紙はクラウス・ノミではなく、コンラッド・シュニッツラーです。(野田)


 ※著者の小柳カヲル氏が主催する〈SUEZAN STUDIO〉からは、先日、ノイエ・ドイチェ・ヴェレの名門〈Ata Tak〉に残された数々のシングル・レコードを1枚のCDと3枚の7インチ・アナログ・レコードに収録したボックス・セットをリリースしたばかり。デア・プランの7インチの、モーリッツ・RRRによる素晴らしいアートワークが復刻したのです。

 目下、海外では「YouTubeからインディ・ミュージックがいなくなる?」という議論が起きている。
 YouTubeがサブスクリプション(定額制)サービスをはじめるという話は、ご存じの方も多いだろう。サービス開始にあたって、YouTubeは、メジャーよりも悪い条件での契約( The Worldwide Independent Network (WIN)によれば『フェアは言えない条件』)をインディ・レーベルに強いているというのだ。そして、新しい契約に合意しないインディ・レーベルは、コンテンツを取り下げられてしまう状況にあるという。
 このところ、ほとんどの海外(音楽)メディア──『ガーディアン』から『ピッチフォーク』がそのことを話題にしている。有料化自体を反対する『GIZMODO』のようなメディアもある。
 こうした動きに対して、XLをはじめとするインディ・レーベルは反対の動きを見せ、アメリカのインディ・レーベル連合A2IMは米連邦取引委員会に抗議、契約の不当性を問うているという。また、レディオヘッドのエド・オブライエンは、今回の衝突のもっとも危惧すべきこととして、『ビルボード』に以下のようなコメントを寄せている。「インディ・アーティストとレーベルは、音楽の未来の最先端にいる。彼らを規制することは、インターネットをスーパースターとビッグ・ビジネスのために構築するという危険を孕んでいる」
 たとえば、日本では洋楽が売れなくなった……などとこの10年よく言われる。たしかに旧来の産業構造においては売れなくなったのだろうが、これはインターネットの普及によって消費のされ方が大ヒット依存型から脱却したに過ぎないのではないか、ということを本サイトをやっていると感じる。たとえば、アジカンを好きなマサやんがアルカを聴く──前者はともかく後者のような実験的な音楽は、ネット普及前の世界では、それなりにマニアックな店に行かなければ聴けなかったが、いまでは簡単にアクセスすることができる。ひと昔前なら「売れないから」という理由で店から閉め出された多様性は、この10年、より身近なところに来ている……はずだった。
 何にせよ、インディ・ミュージックのファンにとって、今後の動向が気になるところだろう。(野田)

Hundred Waters - ele-king

 ピッチフォーク系列の映画サイトであるザ・ディゾルヴでは絶賛されTMTではボロカスに書かれたスパイク・ジョーンズの『her』だが、そのあまりにフワフワとした物語と映像に、ジャ・ジャンクーの『罪の手ざわり』において返り血を浴びながらナイフを握りしめる労働者の女に喝采を送った僕などは「どんだけ傷つきたくないねん」と朦朧とした頭でツッコまずにいられなかった。しかしながら題材的にもムード的にも現代的であることは間違いなく、そしてそれをもたらしているのは主人公が恋するOSのスカーレット・ヨハンソン演じる「声」である。デジタルの海のなかで抱ける官能とメランコリアがあるとすれば、そのもっとも手っ取り早い触媒は生々しい発話であるだろう。コンピューターの声としては妙に艶っぽいヨハンソンの囁きは、インターネット時代のその後の近未来において唯一たしかな人間臭さとして響いていた。まあ、さすがにあのセックス・シーンはないなーと思ったけど。

 フロリダ出身の4人組バンドであるハンドレッド・ウォーターズはおそらく、そうした声の響きがもたらす現代性に自覚的だ。はじめに聴いたときは、これは紙版『ele-king』vol.6における特集「エレクトロニック・レディランド」の続き、すなわち女性ソロ・ユニットの作品だと思ったのだが、そのくらいヴォーカルのニコール・ミグリスの声がバンドのコアとして成立している。生音を使いながらエレクトロニカの方法論で作られたトラックはデジタル的にカッチリとしているが耳触りは徹底してオーガニックで、いわばラップトップ時代のフォーク・ミュージックだ。フォークトロニカという呼び方ももちろんできるわけだが、しかしフォー・テットの『ポーズ』~『ラウンズ』時代をそのジャンルのピークとするならば、ハンドレッド・ウォーターズにはもっと歌に対するはっきりとした志向が感じられる。ほかのIDM、ラップトップ・アーティストのように声を加工し素材として使っても不思議ではない音楽ではありながらも、そうはしないことが肝だ。

 なぜかスクリレックスのレーベルと契約した2枚め。2010年代のアーティストらしく音楽的語彙は豊富で、10年前くらいのビョークやムーム、フォー・テットを思わせるエレクトロニカが中心にはあるが、もちろん今様のアンビエント・ポップの感性を備え、“アニマル”のようなダンス・トラックではトライバルな風合いもあるのでバット・フォー・ラッシーズや、遠景に6、7年前あたりのギャング・ギャング・ダンスが見えてくるのもおもしろい。が、たとえば中盤のハイライトとなる“ブロークン・ブルー”~“チャンバーズ(パッシング・トレイン)のひたすら幻想的で物悲しいメロディがアルバムの色彩を深めていることを思えば、トラックの多様性はあくまでバンドのスペックである。夜空にきらめくような音色を携えながら放たれるコケティッシュなニコールの声が響かせようとしているのは、このデジタル時代のエクスタシーだ。それは『her』の取ってつけたような(疑似)恋愛よりも、僕にははるかにロウなコミュニケーション欲求に聞こえる。オープニングの1分少しのアカペラ風トラックはもっともチャーミングな小品だが、そこで彼女はすでに「わたしに愛を見せて」と宣言することからはじめているのだから。

クラウトロック大全 - ele-king

ロック史における謎、壮絶な実験、
クラウトロックとノイエ・ドイチェヴェレの大カタログ、ついに刊行!

今世紀に入ってから、ますます影響力を発揮しているクラウトロック──レディオヘッドからデトロイト・テクノにまで絶大な影響を与えた1970年代のドイツ・ロック。いまだ根強い人気を誇り、いまだ再発盤のリリースが絶えず、プログレッシヴ・ロック世代から、オウガ・ユー・アスホールに代表される若い世代にまで、幅広く聴かれ続けている。70年代末からはじまるノイエ・ドイチェ・ヴェレも、パレ・シャンブルグの再結成ライヴが大盛況だったように、いまだにカルト的な人気が高い。『クラウトロック大全』は、60年代末クラウトロック黎明期から80年代初頭のノイエ・ドイチェ・ヴェレまでの主要作品、700枚以上を紹介。ポストパンク/テクノを通過した視点で捉え直す待望の1冊!

Ulises Conti - ele-king

 アンビエントにつまらない作品が多いのは、無理もないことなのだ。アンビエントとは、ベーシック・チャンネルのミニマル・ダブのように、ジェフ・ミルズのハード・ミニマルのように、ラモーンズのパンクのように、アシッド・ハウスのように、誰にでもわりと簡単にそれらしい音を鳴らせるというひとつの発明でもあるので、それらしい音が氾濫する。
 そもそもアンビエントは、つまらないから面白いとも言える。つまり、すっきりしない、高揚感がない、抑揚がない、退屈である、ゆえにアンビエントにつまらない作品が多いという言い方は矛盾である……はずなのだが、やはり面白くないモノは面白くないし、しかし誰にでもそれなりのモノが作れてしまうというのは、モノ作りの観点から言えば、それだけ優秀な発明だったということでもある。

 今週末に刊行される『クラウトロック大全』の仕事をしながら、僕は部屋で久しぶりにハンス・ヨアヒム・レデリウスのアルバムを10枚ほど聴いた。そして、今年で80歳を迎えるこの老人の作品が好きだったなーと思いに耽っていたわけである。クラスター(元Cluster/現Qluster)のメンバーとして、電子大衆音楽黎明期の先達のひとりとして知られるレデリウスだが、ソロにおける彼の作風は、近年ではモダン・クラシカルと言われているもので、ピアノやオルガンの響きを活かした簡素な演奏に特徴を持っている。
 アルゼンチン音響派の新世代と言われるウリセス・コンティの新作は、実にハンス・ヨアヒム・レデリウス風である。素朴なピアノ音が活かされているし、シンプルなトーンが歌のように聴こえるところも似ている。曲にはフィールド・レコーディング(遊園地、子供たち、昆虫、バスケットボール、鐘楼の音……などの生活音)の成果が混ぜられ、他の曲ではギターが弾かれ、ときにはもうひとつピアノが重なる。あくまでシンプルな構成だ。レデリウスのように曲も長いわけではない。なにせ27曲、曲名は、“A”“B”“C”“D”……とアルファベットがコンセプトになっているらしいとのことだが、長くて3分、短ければ30秒、多くが1〜2分の曲が並んでいる。
 アルバムの題名は「ギリシャ人は、星は神が人々の話を聞くための小さな穴だと信じていた」という意味だと言う。ロマンティックだが、実際この音楽は、多分にメランコリックでありつつ、控え目にロマンティックだ。

 いまはW杯の真っ直中、コンテクストを抜きにして、「アルゼンチン」という国名すらも特別に響いてしまうかもしれない。アルゼンチンの、ボスニアヘルツェゴビナとの試合の後半は見事だったし、苦戦したイラン戦でのメッシのゴールも素晴らしかったが、そんなこととウリセス・コンティの音楽が関連づけられるわけではない。このアルバムは彼曰く「ドイツとアルゼンチンのあいだ」で生まれている。プロデューサーは、ブエノスアイレスのエレクトロニック・ミュージク・シーンにいるひとり、Ismael Pinkler(アパラットのレーベル・コンピにも参加している)。僕がレデリウスを感じたのも、酷く的外れでもなかったようだが、この作品もある意味ではつまらない音楽で、要するに、決着のつかない音楽、クライマックスや結末があってはならない音楽なのである。ゆえにクオリティの高いアンビエトであり、W杯と結びつけるわけにはいかない。


Eddi Reader
Vagabond

Reveal / ソニー・ミュージック

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 エディ・リーダーの来日公演がいよいよ間近に迫ってきた。私自身もとても楽しみにしている。5月に日本盤が発売となった5年振りのニュー・アルバム『ヴァガボンド』も(毎度のことながら)じつに素晴らしい作品だったからなおさらだ。

 エディの魅力とは何なのだろう。いつも何気な〜く聴いてしまっていて、正直なところこれまで彼女の魅力について深く考えたことがなかったけれども、第一の魅力がその歌声にあることは明白だ。無邪気な少女性と大らかな母性のちょうど中間を行く、伸びやかなその声の魅力はなにものにも代え難い。陳腐な表現だが、まさに心洗われる声だ。

 そしてもうひとつ。「何気な~く」聴いていると述べたけれど、いま思うに、その何気なく聴けてしまう感じこそが重要なのではないか。はっきり言って彼女の音楽には革新性と呼べるものはないし、刺激的とも言い難い。じゃあ保守的で退屈なのかと問われれば、断じてそんなことはなく、むしろいつも瑞々しい感動を与えてくれる。ひと言で言えば、彼女の音楽は純度100%の“グッド・ミュージック”なのである。奇をてらうことなく、ただ実直にいい歌といい曲を届けようというその姿勢は、フェアーグラウンド・アトラクション時代から現在に至るまで1ミリもブレていない。そして、そんな彼女に裏切られたことはいまのいままで一度もない。言うなれば、彼女のもうひとつの魅力とは、この上ない「安心感」だと思う。

 私だって、常日頃は刺激的な音楽を探し求めている。だが、それと同時に、何も考えずただ気持ちよく身を委ねることができ、かつ充足感を与えてくれる音楽の存在というのも非常に大切にしている。私は後者のような音楽を、最大限の敬意と愛着を込めて“障らない音楽”と勝手に呼んでいるのだが、この“障らなさ”を実践できる音楽家というのはじつはなかなかいない。いや、ただ障らないだけのイージーリスニングみたいな音楽ならそこら中に転がっているわけだが、そこに充足感までを求めるとなると、これがじつに貴重なのだ。そんな中で、エディ・リーダーは私にとって“障らない音楽”界のヒロインなのである。繰り返しになるけどこれ、めちゃくちゃ褒めてますからね。

 エディのライヴの思い出というと、私にとっては2005年のフジロックが挙げられる。当時のタイムテーブルはもうすっかり忘れてしまったし、他にも刺激的なアクトを多数観ていたはずだが、もはやその記憶も薄れてきた。だが、あのとき苗場の山に響いた彼女の歌声の清らかさだけは、鮮烈な記憶としていまも脳裏に焼き付いている。これが私にとって初の生エディ。それまでも作品は愛聴していて、その素晴らしさは十分享受しているつもりでいたが、いやいや甘かった。ステージでの彼女の歌は本当に生き生きとしていて、バンドとともに作り出すアットホームな雰囲気も最高。野外での開放感も相俟って、ラストの“パーフェクト”の大合唱ではその多幸感のあまり感極まったのを覚えている。もちろんライヴにおける彼女にもギミックなど一切ない。飾らないステージにシンプルなバンド、あとは歌だけだ。それで十分。ライヴでの彼女の魅力は、間違いなくアルバムを超えていた。

 さあ、今年もエディ・リーダーが日本にやってくる。今回はフェアーグラウンド・アトラクションでの来日時にこけら落としを行った名古屋〈クラブクアトロ〉の25周年アニバーサリー公演を含む東名阪のツアーだ。

 また、新作『ヴァガボンド』の日本盤リリースに加え、来日を記念して、フェアーグラウンド・アトラクション3作とエディの初ソロ作の計4タイトルが紙ジャケット仕様の完全生産限定盤として再発された。
(詳細 https://www.sonymusic.co.jp/artist/EddiReader/info/438207

 彼女のことだから、今回も素晴らしいステージになるのは間違いのないところだろう。そして、ひょっとしたらアニバーサリーイヤーならではのサプライズもあるかもしれない。思いっきり期待して、あとわずかに迫ったその日を待とうじゃないか。

■エディ・リーダー ジャパン・ツアー

大阪公演
6月28日(土)
Umeda CLUB QUATTRO
18:00開演
前売り¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)スマッシュウェスト06-6535-5569

名古屋公演
6月29日(日)
Nagoya CLUB QUATTRO
“Nagoya Club Quattro 25th Anniversary”
18:00開演
前売り¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)クラブクアトロ 052-264-8211

東京公演
7月1日(火)
Shibuya CLUB QUATTRO
19:30開演
前売り ¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)スマッシュ 03-3444-6751

チケット発売中
https://smash-jpn.com/live/?id=2109

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