「Nothing」と一致するもの

CARRE x SAKURA KONDO 〈GREY SCALE〉 - ele-king

 はじめて僕がロサンゼルスはエコーパークに部屋を間借りした頃、夜な夜なジョイントの煙にくすぶられてはネオン管の光に魅せられ自転車で近所を徘徊していたわけだが、気づけば毎度近所のギャラリーから聴こえる爆音に引き寄せられて、頭のおかしな連中と夜が更けるまで騒ぐハメになったし、当時の自分にとってその馬鹿馬鹿しい体験は強烈なものであった。

〈GREY SCALE〉──都内を勢力的に活動するインダストリアル・デュオ、CARREとヴィジュアル・アーティストであるSAKURA KONDOによる〈KATA〉でのエキシビジョンに足を運び、そんな過去の体験が更新されてゆくのを強く感じた。本展はSAKURA氏による平面作品へのCARREのサウンド・トラックである同名タイトルの音源発売を記念したイヴェントであり、彼女のグラファイトとアクリルを主とした大小さまざまなモノクロームのグラフィック作品に囲まれ、CARREのMTR氏による巨大構造体が中心に据えられた〈KATA〉の空間で期間中限定的に彼らがパフォーマンスを行なうというものであった。

 CARREの二人から本展で彼らが6時間ブッつづけでパフォーマンスを行うと聞いたときは耳を疑った。僕も彼らも親交が深い、オルタナティヴ・メディアであるヴィンセント・レディオの協力もあり、その姿はブロード・キャストでも配信されていたのでお茶の間からも彼らの底無しの集中力を体感できたわけだが、いやはや常軌を逸していた。僕はゆるりと自宅にて作業をしながらその様子をチラチラとうかがいながら会場に向かったのである。

 クライマックスを向かえる終盤に会場に到着してなるほど、今回の彼らのロングセットが単なる無茶な試みではないことを実感した。CARREのサウンドもSAKURA氏の平面作品も抽象的ではあれど、観覧者がそこから得るイメージの輪郭はいっさいぼやけることはない。それはサウンドトラック/サウンドスケープといった凡百の雰囲気系表現とは確実に異なる力強い存在感だ。そこには彼らの確固たる美意識や思想が見事に自然な形で具現化されていた。ゴリゴリと机上でドローイングを増幅させつづけるSAKURA氏の横で、NAG氏がベース/ドラムマシンで丁寧に紡ぐBPM70に満たない低速かつ金属的な音像、MTR氏が奏でる特異なシンセジスによって形成されるCARREのサウンドは重くはあれど不思議と楽観的である。聴者は表面的な感情の先にある混沌の海原を心地よく漂流するハメになるのだ。この日の彼らのセットは普段よりも流れるように展開していったと僕には感じられたが、後でCARREの二人と話したところ、6時間という尺が精神・肉体にもたらす変化が如実に表れたに過ぎないとのこと。どうやらCARREもSAKURA氏も3人とも休憩無しで完走したようなので、あの場を訪れた人々と彼らの心身が渾然一体となった表出を僕は幸運にも目撃できたのだと確信している。

 今回の〈GREY SCALE〉展での彼らの試みは、単なるエキシビジョン+パーティーといった形式的な企画とは異なる揺るぎない完成度を誇るマルチな現場提供に成功した。すべての人間に対して開かれた現場でありながら、日常に埋もれがちな大切な“気づき”やクロスオーバーするシーンに溢れるインスピレーションの泉だ。まーたやられたよ畜生。そう思いながらクロージング・パーティーに彼らの演奏を邪魔しに行ったのは省略。

 MTR氏主催によるレーベル、〈マインド・ゲイン・マインド・デプス(MGMD)〉より間もなくリリースされる『GREY SCALE』、毎度期待を裏切ることのない最高のパッケージングと国内最高峰のライヴ・エレクトロニクス・サウンドにぜひとも触れてほしい。

 数年前にも同じ話題で記事を書いたが、5月上旬は、文芸界のCMJと呼んでいる、ペン・ワールド・ヴォイス・フェスティヴァルがNYで開催される。5月は文芸月なのだ(https://worldvoices.pen.org/)。

 https://worldvoices.pen.org/event/2015/02/19/monkey-business-japanamerica-writers-dialogue-words-pictures

 その時期に合わせ「日本で有名なのは村上春樹だけではない」と、古典と新作の枠を越えつつ、新しい声を拾い広めていく文芸誌『モンキービジネス』も日本からNYにやって来た。
 ポール・オースター、リチャード・パワーズなどの翻訳者としても知られる柴田元幸氏が責任編集する『モンキービジネス』(英語版と日本語版あり)は、今年英語版の第5版目を刊行した。それにともない4月末〜5月上旬にかけ、ミッドウエストからNYで講演ツアーを行ったのだ。1年に1回、今回で5回目である。

 NYは、ブック・コート、アジア・ソサエティー、マクナリー・ジョンソン、ジャパン・ソサエティーの計4回の講演が行われたが、どの日も少しずつ参加する作家が違い、本格的な講演会だったり、カジュアルな本屋だったりで、『モンキービジネス』や作家をいろんな角度から知ることができる。毎回緊張感がありながら、先生たちのユーモアも交わう知的な講演会だった。

 ペン・フェスティバルのプログラムの一環としての、5/4のアジアン・ソサエティーでの公演。
https://asiasociety.org/new-york/events/monkey-business-japanamerica-writers-dialogue-words-and-pictures

 ノリータの本屋さん、マクナリー・ジョンソンでのカジュアル公演。
https://mcnallyjackson.com/event/evening-monkey-business-kelly-link-ben-katchor-and-others-8pm

 上2講演に関してのレポートである。編集長の柴田元幸氏とテッド・グーセン、編集のローランド・ケルツに加え、漫画家のベン・カッチャー、作家のケリー・リンク、絵本作家、イラストレーターのきたむらさとし氏、小説家、翻訳家の松田青子氏が参加。日本、アメリカ、ロンドン(きたむら氏は30年間ロンドン在住、現東京在)を背景とする文化的、文学的な会話を通し、それぞれの作品をリーディング(日本語、英語)、漫画、紙芝居などで紹介した。


柴田元幸氏とテッド・グーセン


テッド・グーセンと松田青子氏

ベン・カッチャー

 ベン・カッチャーの漫画は、今はなき『ニューヨーク・プレス』という新聞で、きたむらさとし氏の作品は子供の時読んだ絵本で、よく見かけていたので、今回作家本人に会えるのはかなりの特別感があった。

 リーディングだけでなく、グラフィックを重視した、漫画、紙芝居は、耳からだけでなく、目でも訴えかけることができる。講演をよりバラエティーに富んだ物にしていた。アメリカ人にも日本人にも、手作りの紙芝居は珍しく(カーテンが手動で開くようになっている!)、3作品の発表が終わった後の温かい拍手から、今は亡き物を讃えるのは、文学も音楽も同じと納得した。
 紙芝居の内容は、氏のロンドン背景もあり、イギリスの絵本を紙芝居に仕立てた感じ。主人公が暇なライオンの床屋で、人気のライオン・ロックンローラーが散髪に来て、友だちの象のイラストレーターと、ああでもないこうでもないとロックンローラーの髪型のネタを練る。コンサートでその髪型を見たファンたちが、暇だった床屋に殺到する、という内容だ。
 きたむら氏の淡々とした声と、そして癖あるキャラクターがリズミカルに動き、社会を程好く風刺している所が大人のための紙芝居と言っても良さそうだった。


きたむらさとし氏

 ちなみに『モンキー・ビジネス』の霊感の源は、チャック・ベリー不朽の名作「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」。
 「誰もが知る日々生きることのかったるさをあれほどストレートに歌って、それであれほどユーモラスかつ解放的になっている芸術作品を僕は他に知らない。あの名作の解放性を我々もめざすのである、なんて大きなことはとうてい言えないが、いちおうあのスピリットをはるか向こうに見えてきている導きの星だということにしておこう」
 という柴田先生の姿勢は、この最新号にも十分に表れている。

 この英語版も翻訳者のおかげか、英語が苦手な人にも読みやすいし、アメリカ人の友だちにも「いまいちばん面白い文芸誌」だと薦めやすい。私はすでに、自分が死んだ後幽霊になり、自分の夫の行方を観察する、川上未映子の「the thirteenth month」(十三月怪談)に夢中だ。読み進めていけば、もっとお気に入りが増えるだろう。
 音楽が聴こえる文芸誌から、新しい出会いがあった。

 全ての講演の情報は以下の通りです。
https://monkeybusinessmag.tumblr.com/post/116878099492/monkey-business-issue-5-midwest-and-new-york

https://mobile.twitter.com/monkeybizjapan

The Automatics Group - ele-king

 数々の有名EDMのトラックから低周波のみをサンプリングし抽出することで、まるでグルーヴの残滓を再生成するかのように快楽的なミニマル・ダブを生みだすこと。これが本作の目論見である。いわば「極限のサンプリング」によるサウンド生成。

 ジ・オートマティックス・グループはヨーク大学の音楽研究所の一員、テオ・バートのプロジェクト。本作は〈アントラクト〉から200部限定で2011年にリリースされた『サマー・ミックス』(E130)の国内盤である。
 〈アントラクト〉はエクスペリメンタルなサウンド・アート的な作品を送り出しているレーベルだが、音楽の形式性に束縛されない自由なリリースを継続しており、本作もレーベルにしては異質の(それゆえこのレーベルらしい)ミニマル・ダブ・アルバムとなっている。乾いた砂塵のような持続音と、偶然と構築のエラーから生まれたマイクロスコピックな電子音、再蘇生したようなキックなどからなるトラックは、とても快楽的だ。まさに2015年の夏に相応しいテクノといえる。ベーシック・チャンネルをオリジンとし、Gas(ウォルフガング・ヴォイト)、ヤン・イェリネック、ディープコードなどに連なる洗練されたミニマル・ダブの系譜にあるアルバムだ。

 だがよく聴いてみると、いわゆるミニマル・ダブとは低域の作り方が異なっているようにも思える。端的にいって音が軽いのだ。その「軽さ」ゆえ、聴覚に直接的にアディクトする感覚もある(音量の増大によってトラックのコンポジションを起こっているように聴こえる)。となると、やはりEDMのサウンドを抽出し、そのサウンドによってトラックを組み上げていったことが、とても重要なことに思える。
 つまり、「EDMのトラックから抽出したコンセプチュアルな音響生成によって生まれたこと」を考慮すると、〈アントラクト〉のレーベル・カラーどおりのサウンド・アート作品にも聴こえてくる/思えてくるわけだ。これは2010年代ならではの「音響彫刻」作品なのではないか。
 すると砂丘の砂塵のように乾いた快楽的な音が、デジタルサウンドの残骸のようにも感じてくるから不思議だ。仮想の人工楽園で展開される開放的な死後の世界のような無常観が、ディスプレイのむこうに再現される、そんな同時代的なアイロニー感覚を感じるのだ。また、EDMのアーティストの名を羅列した「だけ」の曲名にも強いアイロニーを感じる。まさに「デス・オブ・レイヴ」!

 このような独創的なアルバムを2011年にCD作品としてリリースした〈アントラクト〉の先駆性も驚きだが、それを2015年にアナログ再発した〈デス・オブ・レイヴ〉、さらに国内CD盤リリースに踏み切った〈メルティング・ボット〉の同時代的な嗅覚も素晴らしい(国内盤「JP」はボーナス・トラックが1曲追加され、計5曲収録の決定盤となっているのでお勧め)。アルバムのアートワークもこの国内盤に合わせ、〈アントラクト〉の近年のリリース作品のフォーマットにリメイクされている。

 それにしてもベーシック・チャンネルといいGasといい、ミニマル・ダブのサウンドが、まったく古くならないのは何故なのか。テクノロジーの進化と直結している電子音楽が、数年でそのサウンドが古くなってしまうことが多いなか、ミニマル・ダブの耐久度の高さは異常なほどだ。単なるサンプリングではなく、原型をとどめないほどにサウンドを加工することから生まれる音の快楽性、低音重視という聴覚の普遍性を接近しているからか。
 本作は、高度に完成されたサンプリング/エディットの美学であるミニマル・ダブに、EDM(の残骸)を利用するというアイロニーによって介入している点が重要なのだ。まさに2010年代敵な「デジタルの残骸」の活用。ここにヴェイパー以降、2010年代的な「新しいアイロニー/ニヒリズム」があるといえば、いい過ぎか……。

 むろん、普通に聴いても最高のミニマル・ダブ/テクノであることは繰り返すまでもない。この夏、そんな「世界の終わりのダンス・ミュージック」を聴きまくりたいものだ。

 昨年『ザ・レフト―UK左翼セレブ列伝』という本を書いた。
 で、5月7日に行われた英国総選挙の前後、そこで取り上げた著名人たちにも動きがあったので拙著の続編としてまとめてみたい。

 まず、マンチェスターのサルフォードから国会議員に立候補した元ハッピー・マンデーズのベズ。彼はリアリティー党という政党を立ち上げ、今年1月に選挙委員会に登録しようとしたが、以前リアリスト党という政党が存在したことが判明し、有権者の混乱を招くかもしれないので改名せよと選挙委員会から命じられ、ウィー・アー・ザ・リアリティー・パーティー(俺らがリアリティー党だ)という党名に変更している。
 のっけからトラブルに見舞われた船出となったが、立候補者3名のミニ政党にしてはさすがに注目を集め、BBCニュースの小政党特集にも招かれ、ベズが党首インタヴューを受けた。吉本新喜劇のヤクザ役が着るような派手なストライプのスーツを着て登場したベズは、緊張していたのかラリってたのか判然としない目のとび方で、「フラッキングに反対ならマラカスを振れ」、「全ての人に変革を、それも今すぐに」という党の選挙スローガンについて語った。目つきはヤバいしスーツは池乃めだかみたいだし、ってんで完全にイロモノ扱いされていたが、ベズはインタヴューの中で、自分が政党を作って立候補したのはみどりの党がマンチェスターでは弱いからだということを明かした。
 みどりの党のお膝元といえば我が街ブライトンだが、各選挙区で勝利した政党のカラーで色分けされた英国マップを見ていると、ロンドンは赤(=労働党)だが、それより南の地域は見事にブルー(=保守党)一色であり、最南端のブライトン&ホーヴ市だけが赤とグリーン(=みどりの党)になっている。よって「ブライトン&ホーヴは南部のスコットランド。独立すべき」などと言う人もいるが、みどりの党の国会議員キャロライン・ルーカスは、拙著『アナキズム・イン・ザ・UK』に登場する底辺生活者サポート施設のアドバイザーを務めていた人だ。みどりの党は、「エコお洒落なミドルクラスのための政党」と呼ばれた頃とは違い、近年は反緊縮や貧困廃絶のカラーを強く打ち出している。
 北部の労働組合が強い地域は今でも労働党が幅を利かせているので、ベズが立候補したサルフォードでも約2万1000票を獲得して労働党議員が当選した(ベズは約700票で落選。8候補者中6位)。が、ブレア以降、著しく保守党寄りの政策をとるようになった労働党にベズは不満を感じており、SNP(スコットランド国民党)やウェールズ党と組んで反緊縮、反核の左翼連合を組んだみどりの党への強い共感を表明している。
 投票日の夜、ベズは地元紙にこう語っている。
 「これは単なる始まりだ。今年は勝てなくとも、俺たちが重要だと思っている問題への人びとの認識を高められたと思う。同時に、俺は人びとにもっとみどりの党に投票してほしい。彼らのマニフェストは俺たちと非常に似ている」
 他党への投票を訴える党首というのもなかなか新鮮だが、みどりの党さえベズを受け入れる勇気があれば、次はグリーンのマラカスを振っている可能性もあるのではないか。

 べスの政党同様、ケン・ローチのレフト・ユニティーも今回は全滅した。10人の候補者を立てたが、最も多くの票数を獲得したべスナルグリーン&ボウ選挙区でも949票となかなか厳しい。レフト・ユニティーは著名人候補者を1人も立てなかったし、ケン・ローチを前面に出してメディアを使う戦略も取らず、地味な草の根の選挙運動を行ったので、一般的にはまだその存在を知られていない。若いスクワッターやフディーズと、ゴリゴリの社会主義タイプの中高年の両方を党員に抱える政党なので、意見の衝突もあるようだが、あくまでもストリートで支持者を獲得して行こうとする方針では一致しているようだ。
 ベズとは対照的に、ケン・ローチはSNP、みどりの党、ウェールズ党の国内左派ブロックは屁温いと感じているようで、ギリシャのシリザ、スペインのポデモスへの共感を示し、「国境を超えた反緊縮連合VS大企業に支配されたヨーロッパ」のイメージを構想している。
 「緊縮の終焉は新経済の誕生を意味する。それがシリザやポデモスが求めていることだ。これはヨーロッパ規模で行わねばならない。大企業支配への対抗勢力を作らねば」
 「産業を計画し、生産を計画すれば、国民全員の雇用を実現できる。すべての子供たちに社会に貢献する権利を与えなければいけない。安定した生活を得て、家庭を作ることを計画でき、人生を計画する権利を一人一人の子供たちに与えなければ」
とマニフェスト発表記者会見で語ったローチは、SNPやみどりの党、ウェールズ党の国内左派連合については
 「反緊縮での連携は良いことだ。しかし、これらの党は社会民主主義政党だ。彼らは庶民に有利に働くように市場を操作することは可能だと思っている。僕はそうは思わない」
と発言している。
 EU離脱、スコットランド独立問題などのナショナリズムの気運が高まる英国で、ケン・ローチの欧州主義は時代に逆行する古めかしさを感じさせるが、逆に「今」ではないからこそ「未来」を見ているのかもしれない。

 今回の選挙で大きな注目を集めたのが革命の扇動者ラッセル・ブランドだ。彼は投票日直前に労働党のミリバンド党首を自宅に招いて公開インタヴューを決行し、現在の労働党に足りないものを率直に助言した。それを知った保守党のキャメロン首相が「ラッセル・ブランドは単なるジョークだ」と発言し、右派の新聞が「コメディアンにまで頼らねばならないピエロを首相にはできない」とミリバンドをこき下ろしたものだからラッセルは激昂、「現代の政治への最大の抵抗は投票しないこと」というスタンスから劇的なUターンを見せ、投票日の3日前に「緊急事態発生:革命のために投票を」と題した映像を900万人のツイッター・フォロワーたちに送った。彼は映像中でこう呼びかけた。
「もし君がスコットランドに住んでいるなら、すべきことはもうわかっているだろうし、もし君がブライトンに住んでいるならみどりの党に投票してくれ。だが、それ以外の人びとは労働党に投票して欲しい。なぜなら、ミリバンドはまだ我々の言うことを聞こうとするからだ。一番危険なのは他者に耳を傾けない首相だ」。
 しかし、保守党が過半数の議席を獲得して勝利した直後、衝撃を受けたラッセルはもう政治からは手を引くと宣言し、右派メディアが自分とミリバンドのインタヴューを利用して大騒ぎしたことが労働党のマイナスイメージに繋がったとして、「選挙をクソみたいな結果にした責任の一端は自分にもある」と反省した。が、すぐに気を取り直し、キャメロン首相の勝利演説を鋭く批判する映像を発表し、「これはポスト・ポリティクスの時代の始まりだ。人びとが政治から離れ、自分たちでオルタナティヴなシステムを創造する時代が来る」と発言している。

 最後に、スコットランドとSNPの躍進が大きくクローズアップされた今回の選挙で、そのとばっちりを受けた人物としてJ・K・ローリングに触れておきたい。スコットランドは左翼的思想と燃えるようなナショナリズムを両立させている地域だが、後者のほうは結構えげつない部分もある。スコットランド在住のローリングは昨年の独立投票で反対派に回ったので、一部のSNP支持者たちから「裏切り者」「スコットランドで生活保護を受けながらハリポタを書いたくせに、その恩を忘れたか」と迫害された、という話は『ザ・レフト』に書いたところだ。
 で、SNPが労働党の議席を奪って選挙に大勝すると、勝利の美酒に酔う一部のSNP支持者たちが再びローリングいじめを始めた。
 「親愛なるJ・K・ローリング様。わが国は95%がSNP支持者になりましたが、まだご無事でおられますか」「労働党支持の糞ビッチは出て行け」「労働党のクソどもはくたばれ。スコットランドでは貴様ら左翼の時代は終わった。特にお前だ、J・K・ビッチ顔」など、数多くの口汚いツイートが寄せられたが、中でも面白いのは最後のつぶやきで、これなどはSNP支持者には自分たちを右翼だと思っている人もいるということを端的に示している。はっきり言って彼の地ではもう誰が右なのか左なのかわからない状況なのではないか。というか、SNPは右にも左にも足をかけているから支持が飛躍的に伸びるのだ。両方カバーできるのだから無敵である。
 で、彼女をビッチと呼んだり、容姿をからかったりする愛国者たちのツイートをJ・K・ローリングはこう制した。
 「インターネットは女性憎悪的な虐待を行う機会を提供しているだけではありません。ペニス増大器具もこっそり買えたりしますよ」
 彼女の反撃はイングランドでは痛快だと評価され、メディアに大きく取り上げられた。一方、スコットランドの新聞のサイトでは、ローリングを批判した人びとが彼女のファンからネットで集中攻撃を受けているという話が大きく報道されていた。
 昨年から、この国では「ソリダリティー」という言葉がよく聞かれるようになってる。が、どうも今のところ民衆のソリダリティーはナショナリズムの枠組みの中にしか存在しないように感じられる。愛国主義がソリダリティーの位置にすっぽりスライドしているというか。
 だとすれば、それは同性愛者たちが炭鉱労働者たちと団結した『パレードへようこそ』のあのソリダリティーとは異質のものであろうし、新しい夜明けが来るように感じられた選挙前のムードが実はまったくの勘違いだったのも、それと無関係だとは思えない。

interview with Prefuse 73 - ele-king


Prefuse 73
Rivington Não Rio + Forsyth Gardens and Every Color of Darkness

ElectronicHip Hopabstract

Tower HMV Amazon iTunes

プレフューズ73の帰還。これは2015年のエレクトロニック・ミュージックにおける「事件」といってもいい出来事だ。

 プレフューズ73=ギレルモ・スコット・ヘレン。彼は90年代のDJシャドウ、モ・ワックスなどのアブストラクト・ヒップホップと2000年代以降のフライング・ロータスを繋ぐ重要なミッシングリンクである。時代はプレフューズのファースト・アルバム『ボーカル・スタディーズ・アンド・アップロック・ナレーティヴス』(2000)以前/以降と明確に分けられる。彼は偉大な革命者だ。エレクトロニカとビート・ミュージックを繋げることに成功したのだから。その革命者が帰還した。これを「事件」と呼ばずして何と呼ぼうか。

安易なクラブ・ミュージックみたいな音楽が氾濫するようになって、嫌になってしまった。

 事実、プレフューズ73名義の作品は2011年にリリースされた巨大な万華鏡のような『ジ・オンリー・シー・チャプターズ』以降、リリースはされていなかった。なぜ、プレフューズは沈黙したのか。それは私たちリスナーにとって大きな謎だった。しかしどうやら、彼の沈黙は「怒り」でもあったようだ。彼はこう語る。「同じような音楽を作っている連中が増えたのも事実だ。スクリレックスが悪いとは言わない。けど皆が彼の真似をはじめて、それまでのエレクトロニック・ミュージックが否定されたような気がしてしまった」と。こうも述べている。「安易なクラブ・ミュージックみたいな音楽が氾濫するようになって、ツアーしたときにも共演するアーティストがそういう連中ばかりになって嫌になってしまった」。そして「エレクトロニック・ミュージックがしばらくつまらなくなった」とも。

2013年10月にロサンゼルスでレコーディングをスタートさせて、結局2014年9月まで時間がかかってしまった。

 むろん、ギレルモ・スコット・ヘレンは活動を止めていたわけではない。彼は「活動休止をしていたわけではなくて過渡期だった」と語っている。そのかわりティーブスやマシーンドラムなどのアーティストと活発なコラボレーションを行い、自身のレーベル〈イエロー・イヤー・レコード〉を主宰した。また、昨年にはプレフューズ73として来日もしている。「今回のリリースに関しては、作品を急に出そうと決めたわけではないんだ」と語る彼は、プレフューズとして機が熟するのを待っていたのだろう。そして新しいスタートの準備を着実に進めていた。
 彼は大長い時間かけて録音・制作を行っていたのだ。制作期間は「2013年10月にロサンゼルスでレコーディングをスタートさせて、結局2014年9月まで時間がかかってしまった」と語っている。その成果が1枚のアルバム『リビングトン・ナオ・リオ』にまとめられたというわけだ。
 むろんアルバムを聴けばその時間も納得できるはず。精密で聴きやすく、ビートも深く、なおかつポップだ。今回は音質にもこだわったようで非常にクリアなサウンドが実現している。アルバムに時間がかかったぶん、EP『フォーサイス・ガーデンズ』と『エヴリカラー・オブ・ダークネス』(日本盤はアルバムとEPをまとめて2枚組にしている)は、スムーズに制作できたようだ。驚くべきことに数多くのアウトテイクも存在するという!

テクニックでありきではなく、作るべき音楽が先にあり、ごく自然に出てきたというわけだ。

 そして、古巣〈ワープ〉から離れ、ハウシュカやウィリアム・バシンスキーなどを擁する〈テンポラリー・レジデンズ LTD〉からアルバムとEPを発表する。その新レーベル移籍の理由をこう説明する。「(テンポラリー・レジデンズ運営の)のジェレミーは近所に住んでいて、すごくいい奴なんだ。〈ワープ〉は大きなレーベルで、長年〈ワープ〉からリリースしてきたから、今回はもう少しこぢんまりしたレーベルからリリースしてみたくなった。所属しているアーティスト数も多くないのでやりやすいね」。巨大レーベルに委ねるのではなく、自らの手の届く中で着実に作品をリスナーに送り届けること。そこには彼なりに「自由」への希求があるのだろう、
 その「自由」も追い風を受けるかのように、新作においては、〈ワープ〉後期においては抑圧していたビートと、封印していたヴォーカル・チョップが復活している。これぞまさに初期プレフューズを彷彿させるマイクロ・エディット・ビート/サウンドだ。彼自身は、それら「復活」については、「意図的でない」とさらりと受け流している。「今回のビートを作っている最中に自然にまたそれが出てきたんだ」。つまりテクニックでありきではなく、作るべき音楽が先にあり、ごく自然に出てきたというわけだ。

ニューヨークに住むようになった最初の頃を連想させるタイトルなんだ。

 この新作には『サラウンデッド・バイ・サイレンス』(2005〉以降のアルバムにあった重苦しさはない。ギレルモ・スコット・ヘレンも「『サラウンデッド・バイ・サイレンス』以前の作品のように満足のいく仕上がりだ。俺は自分の音楽に対して批判的になりやすいけどこの3つの作品は自分でも聴き返すし出来に満足している」と語っているほどだ。
 本作には、新しいスタート/新しい人生をはじめるかのようなフレッシュさに満ち溢れている。現在、彼はニューヨークを生活の拠点にしているというが、不思議なアルバムタイトルもこの街に関係しているようだ。「ニューヨークに住むようになった最初の頃を連想させるタイトルなんだ。ニューヨークのロウアー・イースト・サイドのリヴィングトン・ストリートに“ABC No Rio”というコミュニティ・センターがあるんだけど、プレフューズ73として音楽を作りはじめたときにこのセンターの近くに住んでいた。いまもその近くに住んでいる」。

自分にとってのいい音楽と悪い音楽をもっとクリアに判断できるようになったわけさ

 続けて彼はこうも述べている。「このアルバムにはとくにコンセプトはない。コンセプトを先に決めると束縛されたような気持ちになるから」。そう、あくまで自由。あの重厚な『ジ・オンリー・シー・チャプターズ』の迷路を抜けた先に、このような陽光に満ち溢れた音楽世界がまっていたとは誰が予想できたか。間違いなく、プレフューズ73=ギレルモ・スコット・ヘレンは帰ってきた。
 「宇宙をしばらく旅して、地球に戻ってきて、自分にとってのいい音楽と悪い音楽をもっとクリアに判断できるようになったわけさ」。そう語る彼の「いま」のサウンドに迷いはない。清冽でメランコリックで、ポップで緻密でクリアだ。この2枚組のアルバムは、偉大なるビート/エレクトロニック・アーティストの新しいスタートなのだ。

Modest Mouse - ele-king

 モデスト・マウスとはアイザック・ブロックの眼光の鋭さである。アーティスト写真をはじめて見たときから、エラくこちらを睨みつけるコワモテの兄ちゃんだなと思っていたら、ライヴのときもその顔のまま歌い叫んでいてちょっとぎょっとしてしまった。そして、それ以来モデスト・マウスを聴くことは、ブロックの視線を浴びることなのだと感じるようになった。

 8年ぶりのアルバムだということが必ず言及される本作『ストレンジャーズ・トゥ・アワセルヴズ』だが、その点では何も変わっていない。というか、20年以上のキャリアを持ち、メジャーでのヒット作『グッド・ニュース・フォー・ピープル・フー・ラヴ・バッド・ニュース(悪いニュースが好きなひとたちへの良いニュース)』、2004)、『ウィ・ワー・デッド・ビフォア・ザ・シップ・イーヴン・サンク(我々は船が沈む前に死んでいた)』、2007)を経たいまでも、丸くならない。そこにあるのはいつも怒りと悲しみである。ちょうどすぐ上の世代が狭義のオルタナティヴ・ロックだったという出自も関係しているだろうが、しかし、ヴェテラン・バンドが……インディ出身の人気メジャー・ロック・バンドが、いまだに怒りをたぎらせているように見えるのはちょっと普通ではない。モデスト・マウスがいつまで経ってもインディ然としているのはそのためだろう。

 本作はまず、ひたすら怒鳴り散らすようだった前作とはちがい、深いメランコリーが帰ってきていることが大きなトピックだ。人類を大量自殺するネズミに見立て、「進め! 進め! 進め! 進め!」と笑いながら唾を飛ばして叫んだ前作のオープニングとは対照的に、物悲しくも優しいメロディが広がるタイトル・トラックで幕を開ける。「俺たちはツイてる」……という歌い出しが全然ツイてるように聞こえないのがモデスト・マウスらしい。「実に誠実に努力して来たのに忘れてしまうのさ/俺たちは忘れてしまうんだ」。

 アルバム全編を通して、そのモデスト・マウスらしさが炸裂する。変わらない……『ピッチフォーク』には「よく知られるモデスト・マウス・サウンドのグレイテスト・ヒッツ・ヴァージョンの類」と書かれているが、その変わらなさをどう捉えるかが本作の評価の分かれ目だろう。たしかに先行シングル“ランプシェイズ・オン・ファイア”に顕著だが、管弦楽器をふんだんに配し、パンク・ロックを演奏する楽団となったバンドのテイストは以前から定着していたものだ。なかには“ピストル”のようなふざけたラップ・チューンのようなものもあるが、それだって以前“タイニー・シティズ・メイド・オブ・アッシェズ”でやっていたことの変型ヴァージョンだと言える。

 だが、そのコアにある怒りと悲しみゆえに、この変わらなさは頼もしさと同じであるように自分には感じられる。ペーソス溢れる弾き語り調の“コヨーテ”で、ブロックは「人間は連続殺人鬼のように振る舞う」と歌うが、彼は必ず自分を含めたものとしての(「人間」というより)「人類」の愚かさについて描写する。歌詞には皮肉と厭世感が溢れ、ブロックは開き直ったように、あるいはあざ笑うかのように、ときには諦めたように、それを茶化した発声をする。「俺たちはあらゆる霊長類のなかで一番セクシー/自分たちの魅力をのびのび発揮しよう」と歌う“ザ・ベスト・ルーム”は、けれどもその曲自体のパワフルさと独特のグルーヴによって、怒りとも悲しみとも断定できない複雑さを孕んでくる。ときにヤン・シュヴァイクマイエルのようにグロテスクなほど風刺的で、ときにアメリカン・ニューシネマのように反骨精神に満ちている。

 「生活は良くなる、未来は明るい」と繰り返す経済学者や指導者の類にとって、アイザック・ブロックの言っていることはちょうど不気味な預言者が告げる不吉な未来のようなものだろう。けれどもこのバンドがいまも人気を博しているという事実は、「未来はない」ことを一度噛みしめることが痛切に求められていることではないか? “ビー・ブレイヴ”では「俺たちはやめない/やめるつもりもないし やめることもできないし/とにかくやめない」という宣言がなされる。そのとおり、バンドはいまも新人のようにハードなツアーを組み、夜ごと「勇気を出せ」と叫ぶパンク・チューンを叩きつけている。

Goku Green - ele-king

 まるでジャクソン5時代のマイケルが鼻歌混じりにラップしているかのような甘い歌声。精鋭プロデューサーたちによるレイド・バックしつつもタイトなビート。天衣無縫でフレッシュな感性が、すぐれた音楽的な洗練とともにパッケージされている。あえて名前をつけるとすれば、平成生まれの悪童による「ヒッピー・ラップ」。
 16歳でデビューし、すでにこれまで2枚のフル・アルバムをリリースしている北海道、旭川市在住の19歳、GOKU GREENの最新EP『ACID & REEFER』は、収録された5曲すべてが、ウィードによる酩酊感を表現した、いわゆる「ストーナー・ラップ」。太巻きのブラントを吹かす、童顔のスヌープ・ドッグ? けれども、ギャングスタ的な悪ぶりやハスリングの焦燥はまったく感じられない。そこで、タイトルの「ACID & REEFER」を文字通りに解釈してみるなら、むしろこれは「ヒッピー・ラップ」だ、ということになる。
 伝わってくるのは、酩酊をもたらすハーブの煙への、ただただ純粋な愛。ともすればハードコアで間口の狭いものになりがちなテーマが、天性の音楽的センスによって、希有なポップネスを獲得している。たった5曲のEPとはいえ、驚くべきことだ。

 本作についてまず目を見張るべきは、その音楽的な進化/深化だろう。ジャズ・スタンダード”CRY ME A RIVER”を歌う女の声に導かれるオープニング・トラック、“OVER”からして破格の出来だ。不穏なベースラインともたつくビート、ピッチを落としたスクリュード・ヴォイスがダウナーな酩酊感を誘い、濃い紫煙の世界に一気に引き込まれる。続くのは、トリップへの愛情を「きみ」への清楚なラヴ・ソングとして昇華させた“LOVELY”、雪深い北国の不良高校生たちのストーナー・サークルの部活動を描く“STONED CLUB”。どちらもPRO ERA以降の90’Sリバイバルを意識したビート・メイク。LiL OGI、WATT、OMSBのプロデュースするトラックのうえで、歌のような、ラップのような、子音や母音を気まぐれに、だが正確なタイミングで抑揚させる独特のヴォーカルが心地よく耳をくすぐる。秘密基地をつくる少年じみた無邪気さと、初恋に似た高揚感、そのすべてがハーブの煙へと注がれるリリックの内容もなるほど衝撃的ではある。しかし、真に驚嘆すべきは、この怖いもの知らずな感性が、熟練と呼んでいいほどの音楽的な洗練を伴って表現されていることだ。若さを売りにした勢いまかせのギミックはここにはない。散りばめられたソウルの断片がトリップをもたらし、自由自在に跳躍する歌声がこのうえないユーフォリアを演出する。この音楽そのものが、まるでアムステルダムのコーヒー・ショップに並ぶチョコレート菓子のようだ。甘くて、濃厚で、体に入れるとくすくすと笑いがこみ上げて、こわばった意識をリラックスさせる。

 だが、満ち溢れる多幸感とは別に、このEPには確かに、「ここではないどこか」への逃避願望が忍びこんでもいる。当然だ。もしもアメリカの一部州やヨーロッパの都市ならば、ちょっとした冒険に過ぎないはずの火遊びも、ここ日本では大事を招きかねない。
 自分の心から愛する生の形式が、社会や国家から徹底して拒絶されていること。誰かへの純粋な愛が、そのまま同時に、自分と周囲の世界とを隔てる壁になってしまうこと。だから、これは決して若気の至りでも、青春の過ちでもない。異人種間の婚姻が禁止されていた時代に、肌の色の違う恋人を愛してしまった人間や、同性愛が強く抑圧された社会で、同性愛者として生きる人間と同じ、孤独な愛を知る者の表現だ。彼の声にはどこか、亡命者の感覚がつきまとう。

 その意味で素晴らしいのは、雪深い北日本の地方都市に生まれ育った少年の夢想と逃避願望が見事に凝縮された、"まるでCALI"。地元旭川の短い夏の気候が、湿度の低いカリフォルニアに似ている、との話を聞いて執筆したというこの曲で、制作時点ではカリフォルニアを一度も訪れたことがなかったGOKU少年は、「まるでカリフォルニア」と繰り返し口ずさむ。旭川の何気ない夏の一日が流れるようなフロウで描写され、想像上のカリフォルニアに重ねられる。ネオンカラーの多幸感とともに、切なさが押しよせる。好きな相手ができて、だけどその恋は許されない。だから少年は秘密を持つ。暗号を織り込んでラヴレターを綴り、それでも才能ゆえの大胆さで、やっぱり本音を喋ってしまう。禁じられている相手への愛を、煙にまかれた美しい歌にして告白してしまう。
 ヒッピーの聖地、カリフォルニアの地を踏んだことのないGOKU GREENが口にする「まるでカリフォルニア」というフレーズは、ひどく無邪気で、だからこそ胸を打つ。足がもつれるまで煙に酩酊して見つけた、夢の場所。北海道の地方都市と、アメリカ西海岸のあいだのどこか、たぶん太平洋上に浮かぶ雲のなかに存在するユートピア。まるでカリフォルニア。でも、ここはカリフォルニアじゃない。

 いまや世界的な企業となったAPPLEの創業者スティーヴ・ジョブスが、アイデアの重要な源泉のひとつとして若き日のLSD体験をあげていたのは有名な話だ。そもそも、ヒッピーの源流である1960年代末の「サマー・オブ・ラヴ」は、LSDやマリファナの使用を通じてオルタナティヴな社会を求める世界的な運動だったわけだし、80年代末、エクスタシーという新種のドラッグの出現をきっかけにイギリスで勃興した「セカンド・サマー・オヴ・ラヴ」は、レイヴ・カルチャーという若者たちによるアンダーグラウンドなムーヴメントを生み出した。これに対してGOKU GREENが歌うのは、「おれ」と「きみ」だけの、あるいは気心の知れた仲間たちとだけ共有される、プライベートなユートピアだ。それでも、まだ10代の少年が作り出す、この濃い煙にまみれた音楽を、日本の新聞社やテレビ局が「地元愛を歌うラップ」だとか「10代の心の声」だとかの紋切り型の視点で取り上げることは、やはり難しいだろう。ここは世論調査で成人の過半数が大麻の合法化を支持し、実際にいくつかの州で合法化され、オバマの高校時代の大麻吸引のエピソードが半ばジョークとしてシェアされるアメリカではない。

 ひるがえって、現在の日本のラップ/ヒップホップを取り巻く社会状況をみてみれば、たとえば学校指導要領にヒップホップ・ダンスが取り入れられたり、現役の中高校生たちのあいだでフリースタイル・バトルが人気を博したり、こうした現象は、多くのアーティストおよび関係者による地道な啓発のたまものだ。時代遅れの風営法への抵抗としてプロモートされた「健全な遊び場」としてのクラブのイメージ刷新も、不当な法律の運用に抗議するための必然のプロセスだった。これまでアンダーグラウンドな性格が強かった日本のクラブ・カルチャーが、ビジネス面でも社会的な責任の面でも、大きな転換を迫られているのは間違いない。
 だが、ラップ/ヒップホップがそもそも、レコードからの勝手な盗用=サンプリングによってそのビートを作り出したことを忘れてはならない。グラフィティ・ライターたちは警官に追われながらスプレー缶によるヴァンダリズムで街の壁をイリーガルな美術館に変え、ダンサーやラッパーたちは、しばしば暴力と隣り合わせの路上のバトルのなかでそのスキルを磨く。このカルチャーはやはり、マリファナの煙が漂うサウス・ブロンクスの公園の非合法なブロック・パーティで生まれ、ギャングのボスだったアフリカン・バンバータによって哲学化されたものなのだ。決してこの国の官僚や政治家たちの好む、ご都合主義の健全さに回収されてしまうものではない。いまはネクタイを締めたかつての不良たちは、そのジレンマを誰よりもよく知っているはずだ。
 そう考えると、最終曲に客演としても参加している、〈BLACK SWAN〉、〈9SARI GROUP〉の強面の後見人たちの姿は、ちょっと感動的ですらある。GOKU GREENは、昨年3月に志半ばで急逝した、〈BLACK SWAN〉の創設者であり、名だたるA&Rだった故佐藤将氏が最後に発掘し、育て上げようとしていたアーティストだった。カーリーヘアをなびかせるこの少年は、先行する開拓者たちのバトンを引き継ぐ、最年少の走者でもあるのだ。

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 いまを生きる若い世代にとっては、きっと最高なドキュメンタリーのようなEPで、とっくの昔に青春を終えて仕事や家庭を持った大人にとっては、忘れたはずの危険なノスタルジーを刺激する、ちょっとあんまりな作品かもしれない。GOKU GREENはもうすぐ、 かねてからの望みを実現させて、カリフォルニアに移り住むそうだ。 新天地で新たなキャリアをスタートさせることになった彼にとっても、このEPはたぶん特別なものになるんじゃないかと思う。才気ばしった10代にとっては少しばかり窮屈な環境が、この美しい白昼夢のような、空想上のカリフォルニアを生んだ。世の中でも身の回りでも、色んなことが起こる。誰かが死んだり、友達が逮捕されたり、突然の別れ、遠い国やすぐ近くから飛び込んでくる災害や戦争、嫌な事件のニュースに疲れて、息が詰まりそうなとき、この音楽はそっと、その孤独な背中によりそう。まるでカリフォルニアのようで、カリフォルニアじゃない。現実には存在しないからこそ、永遠に輝く極秘のユートピア。甘い声が導く。時計が止まる。煙のなかに美しい恋人の顔が浮かぶ。どんなときでも呼吸ができる。

1999 年にリリースした『Eureka(ユリイカ)』は先鋭化と細分化きわまった90 年代音楽の粋を集めた作品であっただけでなく、その実験とポップの相克のなかにつづく2000 ~ 2010 年代のヒントを散りばめた、まさに世紀を劃す大傑作だった。

このアルバムでジム・オルークはシーンの中央に躍り出た。
多面的なソロワーク、秀逸なプロデュースワークに他バンドへの参加、映画音楽にゆるがない実験性を披露した電子音楽の傑作群、さらに2006 年来日して以降の石橋英子や前野健太とのコラボレーション―以降の活躍はだれもが知るとおりだ。

そして2014 年5 月、ジム・オルークは個人名義の「歌ものアルバム」を発表する。
そこには『ユリイカ』以後の年月に磨かれた何かが凝縮しているにちがいない。
それについて訊きたいことは山ほどある、というより、このアルバムを聴き尽くすこと、ジム・オルークを多面的に知ることは音楽の現在地を知ることにほからない、のみならず、おしきせの90年代回顧を覆す問題意識さえあきらかになるはずだ。
ジム・オルーク、新作を語り尽くす~超ロング・インタビュー
10人の批評家による新作大合評、関係者によるコメンタリー、本人監修による(もっとも完全にちかい)ディスコグラフィ

初回版のみフジオプロが描きおろすジムさん肖像画ハガキが綴じ込み付録!

JAMES WELBURN - ele-king

 夏の訪れをバシバシに感じるこの頃、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。久々の大連休ゲットで有り得ないほどスパーク、怒濤のパーティー三昧で酩酊、失禁など、やらかしまくったゴールデンウィークも終わり、五月病のズンドコで連続無断欠勤から解雇、発狂、逮捕などといった話はよくありますが、そんな真性五月病のあなたに社会復帰を徹底的に打ち砕くオススメのレコードでも紹介しましょうか。

 〈ミアズマー(Miasmah)〉をご存知だろうか? ベルリン在住のノルウェジャン、エリックによって運営される〈ミアズマー〉は、レコード・レーベルとグラフィックデザイン・スタジオの両軸から洗練された耽美主義的、退廃芸術的な世界を展開する、根暗系音楽愛好家にはお馴染み(?)の「会社」(レーベルではなく、カンパニーと呼ぶことにこだわりがあるらしい……)である。発足は、90年代のデモ音源カルチャーへの返答として、エリック自身のソロ音楽活動であるSvarte Greinerの63ものフリー音源を公開したことに由来する。Svarte Greinerは〈タイプ・レコーズ(Type)〉発足初期から定期的に音源をリリースしているのでご存知の方も多いのでは? 〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉以降、ちまたに氾濫するようなノワール・ファイ・サウンドの源流にあるものを、ポスト・クラシカル的バックグラウンドから発信したレーベルだと言っても過言ではないだろう。

 2006年、〈タイプ〉に感化されたのかどうかは定かではないが、同時期より〈ミアズマ〉はレーベル運営を本格化させ、サウンドスケープを主としたエリックの美意識と共鳴するアーティストのフィジカル・リリースを開始している。レーベルの良質なリリース群から浮かび上がる、アンビエントであり、ブラックメタル/ドゥームメタルであり、ノイズであり、ポスト・クラシカルであり、しかしそのどれにも寄り添うことがなく、激情とも絶望とも狂気とも言えない、その真の意味でグレーな暗黒世界観は、完全なる異端といえる。

 〈ミアズマ〉からの最新リリースであるドローン・ノイズ作家のジェームズ・ウェルバーンのこのアルバムもしかり。本作はベテランであるザ・ネックス(The Necks)のドラマーであるトニー・バック(Tony Buck)との見事なコラボレーションであり、タイトかつヘヴィ極まるドラミングとドゥームゲイズ的なドローンが色即是空、空即是色の関係性を創りあげている。近年の再結成スワンズファンからエンドン、カズマ・クボタなどのポスト・メタル/ノイズファン、インダストリアル・テクノ経由でドローンにうつつを抜かしているファンからシューゲイザー野郎までさまざまなリスナーにアピールできそうだ。


Jim O’Rourke
Simple Songs

Drag City / Pヴァイン

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「オビがナイス」とのお褒めをいただいております『別冊ele-king ジム・オルーク完全読本』、ジムさんの新譜とともにいよいよ本日発売です。

 お伝えしていたとおり、初回版には、赤塚不二夫生誕80周年という記念すべき年を迎えるフジオプロさんが描き下ろしてくださった「ジム・オルーク肖像画ポストカード」が綴じ込まれています! これでいいのだ! 最高の一枚、ぜひ店頭にてお手に取ってご覧ください。

 それでは目次を大公開。新作『シンプル・ソングス』を語り尽くす超ロング・インタヴューに大合評、バンドメンバーおよび関係者が語るジム・オルーク、貴重な「完全?」ディスコグラフィに、過去記事の再録など、一冊まるごとジム・オルークづくしの永久保存版。

Tribute To Jim O’Roruke~ジム・オルークに捧ぐ 五木田智央

『シンプル・ソングス』と現在の考えを語る
~ジム・オルーク ロング・インタヴュー 佐々木敦+松村正人

『シンプル・ソングス』合評 北沢夏音、木津毅、畠中実、細田成嗣、松山晋也、吉田ヨウヘイ

証言1 石橋英子 私たちはジムさんのトリックにもりこまれて、そのときを一生懸命に生きている 松村正人

証言2 山本達久 好きなドラマーは誰ですか? 即答で「ジョン・ボーナム」って(笑) 細田成嗣 写真=小原泰広

ジムさん、タコでやりましょう! 山崎春美

ジムと歌 湯浅学

ジム・オルークと電子音楽 川崎弘二

ミュージック・コンクレートを呼びさませ 三田格

古い音信 佐々木暁

プロデュース・ワークをふりかえる 岡村詩野

証言3 坂田明 ジムが座長で、俺は花形 松村正人

ジム・オルークの特殊性 岸野雄一

即興者ジム・オルーク 細田成嗣

オルーク、ビルドゥングスロマン 虹釜太郎が語る90年代のジム・オルーク ばるぼら

アメリカから来た日本人 細野晴臣とジム・オルーク 中矢俊一郎

再録 ジム・オルークの選ぶ日本の作曲家15 ジム・オルーク

対談 五木田智央×ジム・オルーク 松村正人 写真=小原泰広

証言4 前野健太 僕の中のジム・オルーク革命 磯部涼

ジム・メイクス・サウンズ ジム・オルークの音響学 國崎晋

内容と形式がたがいを満たし合う ジム・オルークと映画 品川亮

証言5 須藤俊明 めちゃくちゃバンドです。バンド以上かもしれない 松村正人

証言6 波多野敦子 どう混ざり合い、ちがうものになれるか 松村正人

ジム・オルークのニホンゴ 渡邉美帆

再録 対談:ジョン・フェイフィ×ジム・オルーク トニー・ヘリントン

資料 ディスコグラフィ

表紙写真=タイコウクニヨシ
扉写真=菊池良助
目次・表3写真=中村たまを


■ele-king別冊 3号 ジム オルーク完全読本 -all About Jim O'Rourke-

編集:松村正人
判型:菊判 / 144頁
ISBN:978-4-907276-32-4
価格:本体1,700円+税
発売:2015年5月15日

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