「Nothing」と一致するもの

Titus Andronicus - ele-king

 ノー・フューチャー――誰もが聞き飽きたその台詞を、もしくは若い世代にとってはたんにポップ・ミュージック史の教養として知っているその言葉を、いままたわめき散らすのがタイタス・アンドロニカスというバンドである……それも何度も。いちパンク・バンドが全29曲・93分2枚組のロック・オペラ・アルバムを作る力がいまも残っていたことに感嘆しつつ、しかしそのじつ、コンセプトはこの一枚に留まるものではない。ファースト・アルバムから繰り返してきた“ノー・フューチャー”のタイトルを引き継ぎつつ、この大作は幕を開ける。

 タイタス・アンドロニカス――シェイクスピアのもっとも暴力的な戯曲から取られたバンド名だ――の名前が大きく浮上したのは、これもコンセプト・アルバムめいたセカンド『ザ・モニター』(2010)だった。ガレージ・バンドが復権するなか「ブギウギ・パンク」とも表現された彼らは登場時からひときわみずみずしい存在感を放っていたが、そこではっきりと異質さを示すことに成功したのだ。リンカーンの演説のサンプルから幕を開ける同作は南北戦争をモチーフとしており、スピルバーグの『リンカーン』よりも少しばかり早く、アメリカの歴史における「連帯」を回顧しながら現代においてパンク・コミュニティが持ちうる連帯感をほのめかしてみせた。が、そのいっぽうでアルバムに散らばっていたのは「お前はいつだって負け犬だ」「どこもかしこも敵だらけだ」といったような皮肉や恐怖、不安と諦観であり、それはおもにフロントマンのパトリック・スティックルズの内面の混乱と厭世感から発生している。雄々しいコーラスとパワー・コードで押し切るようなフレッシュさや若々しさ、ときに大陸的なニュアンスが加味された泥臭く逞しい音を持ちながら、それらはどうにか正気でいるためのアンセミックでやんちゃなパンク・チューンだった……タイタスは、そんな危うさを纏いながら走りつづけた。「ノー・フューチャー」はスティックルズとバンドにとってたんに引用ではなく、ヒリヒリとした実感として表現されていたのだ。

 4枚めとなる本作もその続きで鳴っていて、バンドは疾走をやめることはない。これをよくできた知的なコンセプト・アルバム、あるいはロック・オペラとするのがやや躊躇われるのは、理路整然としたストーリーが綴られているわけではないからだ。神経が衰弱した男のパニックが、取りとめもなく語られていく……というか、叫ばれる。それらの多くはスティックルズ自身の切実かつ個人的な問題であり、たとえば前作『ローカル・ビジネス』(2012)でも取り上げられていた感電事故の体験がここでも繰り返されている。何度も同じ言葉や場面が繰り返したりその間を行ったり来たりする様は、リアルに精神疾患的だ。
 が、それらはすべて電撃が迸るようなパンク・ソングに変換される。使用される楽器はより多様になり曲によって味付けを変えていくが、しかし汗が飛び散る熱は消えることはない。パブ・ロック色をやや増しつつ、同郷のスプリングスティーン & E・ストリート・バンドを思わせるソウル、ガイデッド・バイ・ヴォイシズの哀愁、ザ・ポーグスのような酒臭いトラッド感……先のパンク・バンドやガラージ・バンドを取り込み、知恵とエネルギーにしてみせる。「俺は狂っちまおうが気にしない/俺は狂っちまった/7、8、9回も」とピアノを弾きつつ軽快に歌われる“アイ・ロスト・マイ・マインド”はビリー・ジョエルのようだとさえ指摘されているほどだが、ときに冗談のようにお茶目にメロディアスに、語り手の憂うつと混乱は歌われる。1枚め、ドッペルゲンガーとの出会いについてまくしたてる1分に満たないガレージ・トラック“ルック・アライク”から2度めの“アイ・ロスト・マイ・マインド”、そしてピアノとストリングスがゴージャスな“ミスター:Eマン”へと至る、血管がブチ切れそうな怒涛の流れは勢いだけでも圧倒されるが、その後の“ダイムド・アウト”のヴァイオリンとギターの絶唱ですべてが昇華する。その高揚感、全能感、開放感……高らかに挙げられるパンク・キッズの拳が見える。フォークロアの引用やポーグスのカヴァーを挟んでくるトラッド色が強めの2枚めでも、狂気に落ちる不安が不意にどこからともなく現れて暴走する――「I’m going insane!!!」

 どう考えても自分が負け犬に思える人間にとって、ほんとうはノー・フューチャーという言葉はいまもクリシェでもたんなる教養でもない、ギリギリと身に迫るものであるはずだ。タイタス・アンドロニカスはそのやけつくような痛みを忘れることができず、目を逸らすこともできず、だから狂いそうだと繰り返す。いまの世のなかでいったい何がまともなのか、このアルバムを繰り返し聴いている僕にはわからなくなってくる……だが、このパンク・ソングたちが胸を打つのは、それらが苦闘そのものだからだ。未来なんてまるで見えない場所で、もがき苦しむことをやめられないことこそがこの音楽の燃料となって、一瞬の炎が立ち上がっている。

interview with SEALDs - ele-king

 デモで政治を変えられるか? 橋下某に言われなくたって、そんなの無理だと分かっている。だけどデモに変えられるものはたしかにある。それは人びとの、つまり「主権者」の考えや心だ。そして、つまるところそれだけが民主主義を護っていく。
 イラク反戦デモをやっていた時、日本のデモはしょぼかった。警察がデモ隊の隊列を250人ずつに分けさせるのでしょぼく見えたということもあったけど、全体の人数だって欧州の都市に比べたら全然少なかった。それでも、世界のどこかでもっと巨大なデモが起きていることが遠い国の私の勇気にもなった。そういう効用がデモにはある。ので、私はなるべくデモの「アタマ数」になろうと思ったのだった。
 「シーズルのデモは新しい」と言われる。この15年くらいだけど、アタマ数になって来た私から見れば、いつのデモだって新しかった。やってる人たちだって若くなっていってた。「左翼は互いの違いについて語り合うばかりで、ひとつにユナイトしないから勢力を失い、世の中を変えることが出来なくなった」(ブレイディみかこ『ザ・レフト』)──これは英国の映画監督ケン・ローチの言葉だと言うが、日本でもまったく同じだ。いつだって新しいデモがでてくるたびに、なんだかんだと“苦言”が登場するんだ。
 SEALDsは「見せ方」にものすごく拘っている。広告代理店みたい? いや、こう見えてもいままでのデモだってそういうこと考えてはいたんだ。だから「画期的!」と思えるのは、そういうところでもなくて、名前でも素顔でも露出しまくる彼らの“素”が琴線に触れることではないかと私には思える。デモは政治でもあり、ポップ・カルチャーでもある。その効力は緩やかだが、デモのない社会の民主主義は衰えていくばかりだ。
 92年生まれの奥田愛基、牛田悦正、小林卓哉、95年生まれの植田千晶に聞いた。国会はもう最後の攻防、強行採決はまもなくだろう。そのことも含め、デモについて、安保法制について。
 大学生の彼らの、高校生のデモ参加者への視線が、大人たちのSEALDsへの視線と重なり、温かく緩やかな「ユナイト」の兆しに思えた。

僕自身が得たものは……安保法制にやたら詳しくなった(笑)。日本国憲法も全部ちゃんと読んだことなかった気もするし、安保法制に関しても、なんのこと話してるんだろうと思っていたことが、いまは国会を聞きながら「あー、ここは質問しないんだ」「(この議論は)ここで終わっちゃうんだ」ということが分かるようになった。ということは、だいぶ詳しくなったということじゃないかと思います。──奥田

──まず、この間、安保法制反対のデモンストレーションをして来て、個人的に得たものと、この社会が得たと思えるものについて、それぞれの考えを聞かせて欲しいんです。

奥田愛基:得たものかー。失くしたものだったらいっぱいあるんだけど(笑)。時間とか……。

──それは次の機会にぜひ(笑)。

牛田悦正:僕は哲学の研究者になりたいんですけど、なにかを研究する時は観察者視点で上からものを見てでやることになるんです。でも運動に参加して、行為者になって、“よく分からなさ”というか、“先が見えない中で動く”という視点を獲得したというか……。なんかギャンブルなんですよね。上から観察するのは分かりやすい、“分かる”ためのことなんですが、実際にプレイヤーとして、行為者になって率先してやる時には先が見えないし、よく分からない。でも分からない中で、「それが原因なの?」みたいなことが原因となって社会が動いていく。ということを学んだと言うか……抽象的なんですが。
 どうです? (奥田に向かって)助けてくれ。

奥田:あと社会が何を得たか。

牛田:あ、社会が何を得たかっていうと、やっぱり自分が主体になるということ。当事者になって動こうという人が増えて来たことは社会的にとても良いと思っています。

──当事者として動く、ということはいままでは実感としてなかったということですか?

牛田:いや、それまでも実感としてはあったんですけど、思想の流れと言うか、日本社会全体の気持ちのあり方としては、人びとが上から目線でものを見て、たとえば「しばき隊とレイシストがいる、それぞれの正義がある」というようなものの見方から、そうじゃなくて自分が当事者であるという、地に足がついた感じですね。

奥田:以前は、コレクティヴ(集団的)に動くということには抵抗があったんですね、みんな。客観的な事実がないとダメだというような。

牛田:僕なんか、最初のデモの前日のミーティングでは最悪だったもんね。「なんだお前ら、デモやんの?」みたいな感じで。「その前にまず勉強とかした方がいいよ」なんて言ってた。

奥田:そうそう。それを「まあまあ」って。

牛田:やってみて、デモ、大事だなって(笑)。僕の政治哲学観が出来たっていうか。政治と哲学とは別のもの、つまり哲学というのは判断しないんですよ。本当にこれが正しい、全部完璧に正しいとなるまで判断しない、とにかく考える。で、悩む。でも政治っていうのは、確実に間違う。なにかに賭けてみる、決断をする瞬間のことを、僕は政治って考えていて、観察者としてじっくり考えることと、ある局面では選択する──そのふたつを行き来するということを、最近カール・シュミットとかを読んで思ったことです。

奥田:僕自身が得たものは……安保法制にやたら詳しくなった(笑)。日本国憲法も全部ちゃんと読んだことなかった気もするし、安保法制に関しても、なんのこと話してるんだろうと思っていたことが、いまは国会を聞きながら「あー、ここは質問しないんだ」「(この議論は)ここで終わっちゃうんだ」ということが分かるようになった。ということは、だいぶ詳しくなったということじゃないかと思います。
 あと、高校生を含めて、(政府や法案について)「立憲主義を分かっていない」とか「憲法違反だ」とか語り始めた。立憲主義のシステムをちゃんと理解できる人が世界中にどのくらいいるのか分からないですけど、いま日本では、憲法と権力者の関係性みたいなことがこれだけ連日ニュースで流れている。──それでも安保法制は必要だという人もいるけれど、でも、なんで憲法違反なのか、なんで憲法違反だとダメなのかということを意識したことはなかったんじゃないかと。立憲主義という言葉の意味が分かる人が、この数ヶ月ですごく増えたと思うんです。
 なんでそう思うかと言うと、礒崎さんっていう内閣補佐官がTwitterでつぶやいたんですが、立憲主義という言葉を知らなかったんですよ。東大法学部を出た人が立憲主義を知らなかった。「法の支配という言葉は分かりますが、立憲主義は…」って。つまりその人は法律と憲法の違いが分からないんですよ。そういう人が、この政府を含めて多かった。野党の人だって、これまで「立憲主義」という言葉をこんなに使ったことなかったんじゃないかと思うんで、そういうことも社会が得たことの一つかな。
 単純に怒る、声を上げることが良くなったということもあるけど、一方で牛田くんが問題としている「客観的な事実だけじゃダメなんだ」ということ。個別的な怒りから、客観的な、普遍的な知識まで手に入れつつあるんじゃないかな。民主主義についても「民主主義は数じゃないんだ」ということをTVで一般的に言える。以前、国会議事堂の駅を上がって行くと、「みんなで決めたことはたいてい正しい」という広告があったんだけど、「選挙に行けばいいじゃん、お前たち」という意見がバカっぽく見えて来ちゃった。それまでは「選挙に行けばいい」と言われると、「ああ、なんて真っ当なんだ」という感じだったけど。普通にTV見てても、そういうことに「選挙だけじゃなくて、こういうの(デモ)も大事ですよね」って言い返してくれる人がけっこういる。しかもお昼の情報番組で。これにはすごくびっくりしました。夢みたい。ほんとは当たり前のことなんですけどね。

──それを言わせるだけのものを見せ続けたということでしょう。

牛田:「僕が得たもの」でさっき言えなかったこととつながるんですが、学者とか「エラい」って言われてた人たちも実はたいしたことないんじゃね?ってことが分かって来た。

奥田:おぉぉぉー。 やばそ。

牛田:ほんと、そうなんですよ。学者が言ってることよりも、Twitterでごちゃごちゃ言ってる人の方が正しいことがいっぱいあるんですよ。僕はもう、反知性主義ですから(笑)。

2010年くらいには、みんな脱原発デモに一度は行ったことあって、だけど若い人が溜る場所はなかった。──奥田

そうです。そういう場所がないから紛れちゃう。それはそれでいろんな話を聞けて楽しかったんですけど。──植田

──植田さんはどうですか? ところで植田さんは何歳なんですか?

植田千晶:19です。高3の終わりくらいからデモにいくようになって、友だちが増えました(笑)。それまで、たとえば「秘密保護法って言うヤバいやつがあるんだよ」って友だちに言う時、なにも言えなかった。説明がヘタなんです。いまは一緒にやってる同年代の仲間がいるというのはすごく大きなことです。私は写真を撮ってるんですが、初めて行った脱原発のデモでは撮ってても緊張してた。年代が上の人ばっかりだから、友だちになってもずっと敬語を話してる。可愛がってはくれるんですけど、本当の意味で“楽しむ”というのとは違った。(特定秘密保護法反対の)SASPLのデモで抗議やってて、初めて“楽しいな”って思ったんです。それまでは抗議しても、いつも「法案通っちゃった」「原発再稼働しちゃった」「悔しい」という感情が大きかったけど、初めてポジティヴな気持ちで出来たんです。それが自分にとっては、成功体験……まだ「止めたぞ」という意味では成功していないけど、自分にとっては……大人の人がやってるものに参加させてもらってる感じだったのが、自分たちでやるということで得たものです。

奥田:2010年くらいには、みんな脱原発デモに一度は行ったことあって、だけど若い人が溜る場所はなかった。

植田:そうです。そういう場所がないから紛れちゃう。それはそれでいろんな話を聞けて楽しかったんですけど。
 あと、いまSEALDsで本を作っているんですが、普通に大学だけ行ってたらやらないだろうなということができて、それも楽しい。面白い経験をしてるなって。デザインもやってて、そういう勉強ができる学校みたいなところです。牛田くんに面白い本を教えてもらったり、そういう“知の給食おばさん”みたいな人がいっぱいいる。
 社会に関しては、以前、下北沢のライヴで出会った女の子と連絡先を交換してたんですね。こないだTBSかテレビ朝日の報道番組で私のインタヴューが使われたみたいで、その子がそれを見たって半年ぶりに連絡をくれた。その子が言うには、そういう政治的なことって(自分とは)無関係なことだと思ってたけど、千晶ちゃんがインタヴューで話してたことを聞いて、全然無関係じゃないと思ったんだと言ってくれた。自分の友だちが言ってるとリアリティーが増すということってあるじゃないですか。私の世界、社会にとってはそういう変化がありました。

──なるほど。小林くんはどうですか?

小林卓哉:自分の日常と路上に出る行為のバランスの取り方っていうか、自分たちはこの安保法制を“本当に止める”ということでやってるんですけど、仮にこの法案が止まっても止まらなくても、日本に生きてる限り、問題はたくさんある。たとえば奨学金だったり、あるいは原発だったり。そういう問題があった時に、フットワークを軽くしとくっていうか、自分の日常がいくら忙しくても、サッと、たとえば国会前に出て来られる、そういうフットワークの軽さが身に付いたと思います。
 初めてデモに行ったのは2011年の9月11日、脱原発のアルタ前のデモで、特定秘密保護法の時のSASPLのデモには、牛田に誘われて行ったんです。学生がやるって言うからどんなものかと思って……。サウンドカーって最初に見るとびっくりするじゃないですか。機材もすごくて。これを学生が手配したんだって、この人たちの行動力に感心しちゃった。すごい人たちがいるな、デカい音が出てるぞって(笑)。

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国会前に来てる人で絶望してる人はいないと思うんですよ。だってあんだけ、若い人たちが国会前にいて、当事者として、主権者として、この社会を見直そうとしてるんでしょ。もう希望しかねえじゃん、って俺は思ってる。──牛田

──そもそもこの法案に反対するいちばんのポイントはどこですか? それぞれの思うところを聞かせて。

小林:憲法違反なところがいちばんのポイントですね。権力というのはモンスターみたいなもので、手放しにしとくと暴走するんですよね。で、その権力の一個上にある法が憲法なわけですけど、これを権力がないがしろにするということはどういうことなんだと。政府に「憲法守れ」なんて言わなきゃいけない状態がすごく悲しいですね。

植田:今年の4月くらいにアベちゃんがアメリカに行って来たじゃないですか。その時に──いや、その前があったかもしれない問題(自衛隊幕僚長と米軍幹部の会談問題)がいま出て来てますけど──「夏までには決めてきますんで」って勝手に約束してきたことに、ほんっとにマジかちんと来ました。「勝手に決めるな!」って。

牛田:今の二人の話はそれぞれのシュプレヒコールに反映されてるんです。小林は「憲法守れ!」って言ってて、アチキちゃんは「勝手に決めるな!」って言ってる。これが二つのダメなところで、一つはプロセス。法案の通し方自体が民主的じゃない。それから法案の中身も立憲主義的じゃない。過程だけじゃなく中身も違憲でダブルにダメなんですよ。
 だから何がダメ?って聞かれても、全部ダメって言うしかないんですけど、それが最大の問題です。それからたとえば「中国の脅威」とか、安全保障の政策としてもおかしいってことを、これから奥田くんが言います。

奥田:(笑)コバタクが言ってるのは、国家権力というのは暴力装置で、暴力を唯一使えてコントロール出来る機関なんですよね。だから警察の存在を否定する人はいない。自衛隊はグレイだけど、でもたとえば北朝鮮が攻めて来た時にも発砲しちゃいけないと思ってる人もいないんですよ。ただし、その(今回の法整備によって)ストッパーが無くなることは、ただ単に“武力行使出来るようになる”ことよりもヤバいこと起こってくると思うんです。つまり憲法の歯止めがないままに一内閣が決定しちゃうことでどんな戦争にも参加できてしまう。武力行使に関して、いつ出来るか、どういうふうに使うかということを、ぶっちゃけ内閣に一任しちゃうという状況は、「国家が集団的自衛権を使えるとか武力行使を出来る」ということよりとは次元が違うおかしさだと思う。
 安全保障上の議論で言っても、たとえば今回、兵站=後方支援の活動をするということですけど、後方支援の活動と言ったら、国際法上、武力行使と一体なわけなんですね。“武力行使と一体”ということは、即ち憲法九条に反しているんです。しかも兵站活動は戦場ではいちばん狙われる。兵站を叩いて最前線をすっからかんにするというのが戦場のセオリーなわけで、政府が「後方支援だからいいじゃないか」というのは間違っている。たとえば日本に攻撃してる敵国の後方で補給部隊が支援してる時、普通はこれ(補給部隊)を攻撃するじゃないですか。でも今回の政府解釈だと、「兵站活動は武力行使じゃないので攻撃してはならない、攻撃できない」と言い始めたんです。それって国防上で考えてもおかしいでしょう。本来、個別的自衛権で両方対応できるのに、それを個別的自衛権で対応しませんって言い始めたということは、むしろ国防上も危なくなるんじゃないですか? 
 それから、後方支援やPKOでも武器を使えるようにするということで、これから武器を揃えなきゃいけない、訓練しなきゃならないのに「軍事費は上げない」って言ってるんです。嘘だと思いますけど、軍事費を上げないまま海外に派兵していくことになると、結果的に日本の国防や周辺領域に関しては使える予算が減るわけですよね。海外の戦争に行くことで自国の防衛が手薄になる?
 というふうに、相手の議論に乗ってあげるとしても、「中国が、北朝鮮が」って言ってることと、作られようとしている法律がかなり違うんじゃないですか。
 僕がいちばんまずいと思ってるのは、「新三要件があるから歯止めが利きます」と言ってることも、こないだのDOMMUNEでも”カッパくん”というのが紹介したんですけど、新三要件の第二と第三が法律に明文化されてない。つまり法律の専門家が見たら、パッケージで言ってることと法律の内容があまりにかけ離れているからこれは無理だと。
 憲法学者の人たちも、たぶん彼らがここまで言うことってないと思うんですよ。「“民主主義を守れ”というけど、民主主義がどうあれ憲法は憲法です」というのが彼らの役割なんで。それがいま奇跡的に立憲主義と民主主義が一致しちゃってる。一緒の立場で言える、というのは、それだけ状況が悲惨だと言うこともであるんですけど。
 だって、立憲主義の説明を憲法学の権威に言わせなくていいんじゃないか問題っていうか、そんなこと公民の教科書に書いてある。それがいま、大まじめに政府が「合憲です」「こういう解釈もあります」とかこじつけようとしてる。でも、彼らがそれを自覚的やっているのかということも、僕は最近疑っているんです。確信犯なのか本当にバカなのか? またバカとか言うと産経新聞に怒られるからなるべくバカって言わないようにしてるんですけど、確信犯だとしたら国民をバカにしてると思うし、天然なら、あまりにも憲法上の議論や安全保障の議論を理解してないんじゃないかと思いますね。

牛田:それを確信犯だとしても分からずにやってるとしても、こないだ山口二郎さんが言ってたんですけど、ジョージ・オーウェルの『1984』に出て来たニュー・スピークだって。言ってることとやってることが完全に違っているんだけど、それを聞かされ続けると「あら、できちゃうんじゃない?」みたいになってしまう。スチャダラパーのボーズも「安倍さんはめちゃくちゃなこと言ってるのに嘘つき過ぎてて、だんだんほんとっぽくなってくるから怖い」って言ってた。

奥田:SEALDsへの反論で、武藤議員とかも「日本が攻められたらどうするんだ?」と言うけど、日本が攻められたら現在の政府解釈の個別的自衛権で対応できますよって。そうじゃなくて、日本が攻められてもないのに攻撃するのはダメですよね、って言ってるのに。

──ものすごく詳しいですね。政府や政府よりの論者は「反対派は法案も読んだことがない」「戦争とか徴兵とという単語に情緒的に反応している」と繰り返していますけど、そこも彼らは見誤ってますね。みんなで勉強するんですか?

奥田:勉強会とかするんです。こないだ密着取材をしていたNHKの人に言われたんですよ。「SEALDsの主要メンバーの方が、ぜったいに議員とかより安保法制について詳しいよ」って。「この件についてどう思います?」って聞いてもちゃんと答えられる議員はあまりいなくて、コメントが使えないことがけっこうあるんだけど、SEALDsで同じように聞いても使えなかったコメントはないから。…て言うことは(笑)

──最後の質問ですが、おそらくはまもなくこの法律は成立してしまうと思います。だけど、その時に絶望しないために必要なことってなんだと思いますか?

奥田:これで通って絶望する人って本当にいるのかなあ。絶望したってポーズをする人はいるだろうけど…。だって日本社会でももっともっと悲惨だったことっていっぱいあるじゃないですか。もともと声を上げようが上げまいが通ると言われていたわけだし。だって絶望的な社会でしょ、そもそも。
 たとえば俺たちが生まれたのは90年代の初めで、バブルは崩壊してた。小学校の時に見せられたのがホリエモンのビデオで、「ホリエモンみたいになりなさい」って言われた(笑)。社会が相手にしてくれないから、自分で生きていくしかない。「ホリエモンを見てみなさい、君たちがゲームで遊んでる間にホリエモンは自分でゲームを作ったんですよ、エラいでしょう?」って言われて、「たしかになあ」と(笑)。90年代の終わり頃に見た映画とかも、なにもかもぐちゃぐちゃになってみんな死にました、みたいなものが多かったし、そういうのが面白いと思ってた。小学校のときは「バトルロワイヤル」があったし、「エヴァンゲリオン」はもうスタンダードになってた。自分の命と引き換えに世界も終わるとか。何が正常かよくわからないと言うか、この世界が安定してて、「自由とか平和とか大好き」なんていってるけど、そいつの“日常”大丈夫?みたいな…。まったくアナーキーの歌詞じゃないけど、「核兵器、戦争反対、でもどうする明日のご飯代」(Anarchy - Moon Child feat. Kohh)という感じで、きれいごと言ってるやつよりも、本音でいかに悲惨だって言ってるやつの感覚の方が超真っ当だよね。

牛田:で、だけど俺らは悲惨じゃない、というところを説明した方がいいよ。

──あ、悲惨じゃないの?

奥田:だから逆にいうと、悲惨なことがスタンダードであって……

牛田:そうそうそう。

小林:閉塞感のネイティヴなんだよね。

──閉塞感のネイティヴなんだ。

牛田:超いい言葉、それ。

奥田:バブルから経験してそれがあった、というんじゃなくて、生まれた時からずっとダウンだった。で、ダウンの中で面白いものあるよね。

牛田:ダウン極めて行くと面白いよね(笑)。大人が絶望絶望言ってると、「分かった分かった」って。俺ら最初からそれだったから。最底辺から始まってるんで、あとは上がるしかないっしょ。

──ポーズで絶望するやつはいるかもって言われたけど、いまのおとなも過去に何度も何度も失望して絶望もして、でもなにかあればまた誰かから立ち上がり始めて、でもまた負けて、というふうにして、そしてまた国会前に来てたりするんですけどね。

奥田:自分自身が社会的なことに向かっていけたのはいつ頃からなのかはけっこう分かんなくて、高校3年前ではぶっちゃけ、どうなろうが楽しいことは楽しいし、それが本音だったかどうか今となっては分からないけど、社会がどうなろうが関係なかった。なんにも期待してなかった。

小林:俺もそうだった。

──高3で何が起きたの?

奥田・牛田:震災ですよ。

奥田:震災が起きた時に、どんな映画とかどんな小説よりも断然、現実の方が悲惨。そのあとには、「日本社会はありとあらゆるものが終わった」みたいな話がポーズにしか見えなくなった。

牛田:そうそう。でも国会前に来てる人で絶望してる人はいないと思うんですよ。だってあんだけ、若い人たちが国会前にいて、当事者として、主権者として、この社会を見直そうとしてるんでしょ。もう希望しかねえじゃん、って俺は思ってる。

──それはねえ、憎らしいほど見抜かれてる(笑)。

植田:たとえこの法案は通ったとしても、私の生活はまだ続いていくから絶望してる場合じゃないんですよ。バイトしなきゃ。稼いで生きていかなきゃいけない。

──そうして、生きていく限りは「主権者」だと。

植田:そう。この社会とつきあっていかなきゃいけないわけだから、そうやって絶望する暇があったら、ご飯を食べたい(笑)。

牛田:時間のムダなんですよ、絶望するのは。

──たしかに。そうやってどんだけムダにして来たか。

牛田:でも絶望してる人たちって、諦めきれない人たちでもあるでしょう。この絶望的な状況を諦めきれないっていうか。俺らは最初からそうなんで受け入れてる。社会がダメなんてことは当然で、もう諦めてるんですね。

奥田:震災の後、「ヒミズ」が映画になって、見ちゃったら絶対落ちるだろうと思ってみなかったんだけど、結局見ちゃって、でもラストが漫画と全然違ってたんで、あとで園さんに「どうしてああいうふうにしたんですか?」って聞いたら、「希望に負けました」って言われた。諦めることを諦めたって。

牛田:“諦めることを諦める”って超重要なんですよ。絶望なんてくだらねえなって笑い飛ばす。

奥田:「守りたい普通」とか「守りたい日常」とか言ってたけど、すでに日常だいぶヤバいぞって。日常自体が壊れている。それでも生きていかなきゃいけないんだっていうのが勝つ(笑)。

──絶望も捨てたもんじゃなかったんだ。

奥田:今日、高校生がコールしてたけど、彼らはもうこういうことすらいわないんだろうなって思う。社会が絶望的で、とか、バブル崩壊がどうしたとか。
内向的で鬱屈的な高校生とか、俺らが読んでたものにはスタンダードだったけど、あの子たち見てると、もうこれが当たり前で、絶望的な中でも、また絶望しても立ち上がれちゃう。
ただ、少子高齢化とか年金のこととか、くそみたいなことばっかりだけど、それが新しい状況とも思わないんだろうな。

──SEALDsも、安保法制だけで終わる予定ではないんですね?

奥田:そうです。安保法制が通ろうが通るまいが、主権者であることには変わりないし、民主主義の問題は俺たちの問題であることも変わらない。安保法制だって、通ったあとも俺たちの問題なんですよ。次の選挙も、結局その主体は俺たちなんだと、そのことが信じられるんであれば、絶望する必要ないでしょう。まだやることいっぱいある。

牛田:安保法制通ったあとで、みんな死ぬわけじゃないから。


※この新しいヴァイブを感じたければ、今週金曜日(9/11)、18:30~21:30、国会議事堂前へ。

HOUSE OF LIQUID - 15th ANNIVERSARY - ele-king

 目下注目のバンド、ゴートの今年出したアルバム・タイトルが『リズム&サウンド』、そう、ベルリンのミニマルにおけるひとつの頂点となったベーシック・チャンネル(レーベル名であり、プロジェクト名)の別名義からの引用である。ボクは、そして彼に、つまりゴートの日野浩志郎に、ベーシック・チャンネルのふたりのうちのどちらにより共感を覚えるのかと訊いたら彼は「モーリッツ」と答えたのだった。(もうひとりのオリジナル・メンバー、マーク・エルネトゥス派かと思っていたので、この答えはボクには意外だった)
 モーリッツ・フォン・オズワルドは、トリオとして、今年は、アフロビートの父親トニー・アレンの生ドラミングをフィーチャーした新作『サウンディング・ラインズ』をリリース、相変わらずのクオリティの高さを見せたばかりだ。注目の来日となる。

 なお、共演者には、先日素晴らしいアルバム『Remember the Life Is Beautiful』を出したばかりのGONNO、そして、日本のミニマリスト代表AOKI takamasaとベテランのムードマン

9.18 fri @ LIQUIDROOM
feat. dj
Moritz Von Osawld
GONNO (Mule Musiq, WC, Merkur, International Feel)
MOODMAN (HOUSE OF LIQUID, GODFATHER, SLOWMOTION)
feat. live
AOKI takamasa (Raster-Noton, op.disc, A.M.) and more to be announced!!

Open/ Start 23:00
Advance 3,000yen, Door 3,500yen (with Flyer 3,000yen), 2,500yen (Under25, Door Only)
Ticket Outlets: PIA (273-309), LAWSON (71728), e+ (epus.jp), DISK UNIOIN (Shibuya Club Music Shop/ Shinjuku Club Music Shop/ Shimokitazawa Club Music Shop/ Kichijoji/ Ochanomizu-Ekimae/ Ikebukuro), JET SET TOKYO, Lighthouse Records, TECHNIQUE, clubberia, RA, LIQUIDROOM
※ 20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため、顔写真付きの公的身分証明書をご持参ください。
You must be 20 and over with photo ID.
Information: LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net

9.19 sat @ 大阪 心斎橋 CIRCUS
出演:Mortitz von Oswald, DJ Yogurt (Upsets, Upset Recordings), SEKITOVA
Open/ Start 22:00
Advance ¥2,500, Door ¥3,000 共に別途1ドリンク
Information: 06-6241-3822 (CIRCUS) https://circus-osaka.com

モーリッツ・フォン・オズワルト・トリオ
サウンディング・ラインズ


Pヴァイン

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Teen Daze - ele-king

 カナダのヴァンクーバーからティーン・デイズが登場したのは2010年頃。折しもチルウェイヴが話題に上りはじめた頃だった。2012年にファースト・アルバム『オール・オブ・アス, トゥギャザー(All Of Us, Together)』、セカンド・アルバム『ジ・インナー・マンションズ(The Inner Mansions)』を立て続けに発表するが、当時は日本のメディアも盛んにチルウェイヴを扱い、ウォッシュト・アウト、トロ・イ・モワ、ネオン・インディアン、ブラックバード・ブラックバードらのフォロワーにティーン・デイズを位置づけた。しかし、チルウェイヴ・ブームの賞味期限はとても早く、メディアは手のひらを返すように口にしなくなった。もちろん、彼らの音楽が終わったのではなく、それぞれの新たな歩き出しにチルウェイヴという言葉が追い付けなくなっただけのことで、トロ・イ・モワのその後の活動にもそれは顕著だ。

 ティーン・デイズに話を戻すと、ドリーム・ポップやハウス的な要素も取り入れた『オール・オブ・アス, トゥギャザー』と『ジ・インナー・マンションズ』は、大枠で言うならエレクトロニカ~アンビエントとなるのだが、ポスト・チルウェイヴ期の2013年作『グレイシャー(Glacier)』は、甘くドリーミーな前2作に対して、ビターでどこか枯れた味わいを感じさせるものだった。季節なら秋から冬のイメージで、実際にこのアルバムは冬を意識して作ったものだそうだ(表題は「氷河」の意味)。もともとギターの音色を効果的に用いるプロダクションだったが、そうした方向性にギター・サウンドはうまくマッチし、同じアンビエントでもいままでのエレクトロニックな部分から、アコースティックな部分への比重が増したことを感じさせた。そもそもギターでロックをやっていたティーン・デイズの、よりルーツ的なところが表れたアルバムだったのかもしれない。

 そして、2年ぶりの新作『モーニング・ワールド(Morning World)』はさらにオーガニックな作品だ。いままではベッドルームでの宅録作業だったが、今回はバンド・スタイルを志向し、サンフランシスコのスタジオ録音。デス・キャブ・フォー・キューティー、セイント・ヴィンセントともコラボするジョン・ヴァンダースライスらと共同制作している。“インフィニティ”や“ピンク”に顕著だが、ポップかつ骨太なロック・サウンドが目に付き、新生ティーン・デイズを強く印象づける。表題曲や“ライフ・イン・ザ・シー”は夏の終わりをイメージさせるマリン・フレーヴァーなサーフ・ロック調ナンバー。“イット・スターツ・アット・ザ・ウォーター”ではお得意のギター・リフが軽快に刻まれる。個人的なアルバム・ハイライトはストリングス使いが素晴らしい“ヴァレー・オブ・ガーデンズ”、どっしりとしたドラム・ビートに雄大な世界観がマッチした“ユー・セッド”、レイドバックしたフォーキー・ロックの“アロング”で、最後の夜想曲“グッド・ナイト”を含め、いままでとはまた異なる形でアンビエントの概念を示したアルバムではないだろうか。

小原泰広、写真展 - ele-king

 10年ほど昔、都内のとある中古盤/古本屋に入ったら、壁一面にSFPというハードコア・バンドの写真が貼ってあって、それを撮っていたのが小原泰広だった。以来、『remix』時代を入れて、けっこう長きにわたって撮影をお願いしている。
 小原といえば、基本、ハッセルブラッドというお洒落なスウェーデンのカメラにモノクロのブローニーフィルムを入れて、しかし時代錯誤的なまでにがっつりした、無骨な写真を撮る男だ。DJで言えば、いまどき重たいレコードケースを運ぶようなもので、重たいカメラバッグを持って、いちいちフィルムを回している。デジカメどころかスマートフォンでバシバシ撮るようなこの時代に、刃向かっているのか馴染めないだけなのか……あるいは、そうでもしなければ撮れない何かがそこにはあるからなのだろう。

 小原泰広の写真展が恵比寿リキッドルームの上、KATAにて開催される。ele-king読者にはお馴染みの彼だが、ele-kingに載っているアーティスト写真とはまたひと味違った、写真家・小原泰広の世界が待っているだろう。どうぞ、足をお運びください。

2015.09.16 ~ 2015.09.23
YASUHIRO OHARA PHOTO EXHIBITION『BUSINESS DEVELOPMENT』

会 期 : 2015年9月16日(水) – 9月23日(水祝)

営業時間 : 13:00 – 20:00

入場料 : 無料

会場 : KATA (東京都渋谷区東 3 -16 – 6 LIQUIDROOM 2F)
会場では、ZINEやグッズの発売もあり。

EVENT
9/16(水) OPENING PARTY 18:00- DJ STRAWBERRYSEX OVERALL
9/20(日) 15:00- DJ COMPUMA CHANGSIE AKINOBU MAEDA
9/23(水) CLOSING PARTY 15:00- DJ 2MUCH CREW and more

(イベントの日は22:00まで)

Profile
小原泰広(オハラヤスヒロ)

1976年愛知県出身
2002年東京造形大学卒業
2004年から3年間のアシスタントを経て
2007年フリーランスフォトグラファー

音楽誌やカルチャー誌、CDジャケット、広告等で活動 

-info-
KATA https://kata-gallery.net
LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net

Gonno - ele-king

 クボケンが言うことを要約すればタサカのアルバムは政治の季節を象徴するものであると。で、だったら、ゴンノの10年ぶりのセカンド・アルバムはいま現在のどこにヒモ付いているのだろうか。
 
 ゴンノは、いまや世界で知られる日本人DJのひとりである。彼はボイラールームに出演しているし、ジェフ・ミルズのリミックスも手掛けている。今作も、ピッチフォークにレヴューが載ったせいで、海外での売れ行きがいっきに伸びているというし、そしてそのレヴュアーの言ってることを要約すればこれは今日のバレアリックを象徴すると。それでさらに売れるわけだから、バレアリックという単語にはまだヒキがあるということなのだろう。まあ、バレアリックというのは、いつの時代でもクラバーを魅了する定番スタイルなのだろうね。
 たしかに本作には〈コンパクト〉が『ニュー・エイジ・オブ・アース』をカヴァーしたようなところがあり、ダンスではなく、家聴きが相応しい、極めて陶酔的なアルバムだ。ぼくのように生活に追われている人間には、なかなかこのような境地にはいく機会がないけれど、しかしだね、ハードな時代とはいえ、こういう音楽もまた絶対に失ってはいけない。

 友人たちからさんざん推薦されていた映画『6才のボクが、大人になるまで。』を先月やっと観たのだけれど、あまりにも面白くて2回観た。ラストシーンが最高だ。あれは要するに、ネタを入れてちょうどピークが来ているときの会話で、あのときのふたりの表情と会話は、まさにバレアリックだと言える。子持ちの40歳以上の人間で、たったいまぼくがここで書いたことの意味が理解できる人があれを観たら、まず泣くよ(しかも夫婦仲でお悩みなら、なおさら)。もちろん、ぼくが感情移入するのはイーサン・ホークのほうだが、あの主人公の気持ちも痛いほどわかる。1億光年も昔のことのようだが……。

 そしていつかあのふたりは、ゴンノの繊細で、優しく、綺麗なダンス・トラックで身を揺らせるかもしれない。暖かい夕日を浴びながら。その瞬間はたしかに永遠だ。人生は美しいと思い出せって、いや、そういう前向きな気持ちになかなかなれない年頃なのだ!! ……けれど、ゴンノがそういうならそうかもしれない。
 

カニエ・ウエスト、大統領選に出馬表明 - ele-king

 ヒラリー・クリントンによる私用メール疑惑が転機となったか、保守系メディアを二分するほどドナルド・トランプが支持率を上げた(ネオ・ナチまでエールを送り始めた)ことに刺激を受けたとしか思えない……そう、MTVアワードのステージでカニエ・ウエストが2020年の大統領選に出馬を表明したのである。マスコミの反応はさすがというのか、もしもカニエ・ウエストが大統領になったらファースト・レディとなるキム・カーダシアンは何をするのかという話題に集中している。一般の人にとってはカーダシアン一家の方が知名度は高いので、なるほど、自然なバカ騒ぎはそっちへ向かうのかと。今年のグラストンベリー・フェスティヴァルでもステージで“ボヘミアン・ラプソディ”を熱唱していたカニエ・ウエストは冷笑されて一蹴という感じだったけれど(アメリカのラジオ局はカニエ・ウエストが歌うのを聴いてフレディ・マーキュリーが笑い転げるという動画まで投稿していた)、むしろ最前列で見ていたキム・カーダシアンに話題は偏っていた。しかも、カーダシアンの名を飛躍的に高めたセックス・テープの一場面をデカいフラッグにして振っていた客をめぐって論争が果てしなく広がっていく始末で、フェスが終わってからカニエ・ウエストが「オレはいま、地球最大のロックスターだ」という発言も、この論争から目をそらすためのブラフにしか感じられなかった。もはやカニエ・ウエストはキム・カーダシアンのコマーシャルみたいなものである。

 カーダシアン・ファミリーのことを知らない人に少し説明すると、まずはロバート・カーダシアンがO・J・シンプソンの裁判で弁護士を務めたことに遡る。アルメニア系の事業家として成功していたロバート・カーダシアンは、スカッシュか何かで知り合いになったO・J・シンプソンのために20年ぶりに法廷にボランティアで参加し、一躍、知名度を上げる。そして、金持ちの生活ぶりが見たいということだったのかなんだったのか、彼らの生活ぶりが当時のアメリカのリアリティ番組では最も高額のギャラだったと言われる『キーピング・アップ・ウイズ・ザ・カーダシアンズ(Keeping Up with the Kardashians)』として放送されることに。キムだけではなく、コートニー・カーダシアン、クロエ・カーダシアン、ロブ・カーダシアンが世間の目に触れることになる。セレブリティではなく、親の遺産を社会活動に使う子孫はアメリカではソーシャライトとして区別されているけれど、それ以前からTVに出演したり、『プレイボーイ』でヌードを披露していたキム・カーダシアンがさらに違う肩書きで知名度を上げたのがセックス・テープの流出であった。パリス・ヒルトンやファラ・エイブラハムと違ってゴシップの波に沈まなかったのはスゴいとしかいいようがないけれど、どこでどうしたか、キム・カーダシアンはその波にのって2014年にカニエ・ウエストと再々婚を果たし、彼女がインスタグラムにアップした結婚式の写真には2億6000万回の「いいね!」がついたとか。

 さらに、ロバート・カーダシアンの前妻、クリス・カーダシアンはオリンピック選手だったブルース・ジェンナーと再婚していたにもかかわらず、今年になってブルース・ジェンナーが性同一性障害であることをカミング・アウトし、クリスと離婚。性転換者として『ヴァニティ・フェア』の表紙を飾り、名前もケイトリン・ジェンナーに改めてスピーチを行ったところ、今年最高の感動的なスピーチだったと大評判に(ルポールまで人気復活)。ジェンナー夫妻にも何人か子どもがいて、そのうちのひとり、カイリー・ジェンナーはいわゆるセレブのような振る舞いで知られ、今年18歳になる誕生日にキム・カーダシアンと同じ髪型にしたことから、身内からバッシングを受けることになったり。この、いわゆる、アメリカではカーダシアン-ジェンナー一族として知られる親族が一堂に会した写真がやはりインスタグラムにアップされているんだけれど、このなかにカニエ・ウエストが混じっていることの奇妙さは何度見ても拭えない。カニエ・ウエストも音楽情報サイトではなく、一般的なメディアを見る限りではまるで“ウインドウリッカー”の頃のエイフェックス・ツインのような扱いであり、そこで大統領選に出馬表明をしても不思議はないというのか、もう、何が起きてもおかしくはないというのか。アメリカって、やっぱりスゴいかも。

まわるまわる! - ele-king

 オープン・リール・アンサンブルをご存じだろうか。オープンリールを楽器として「奏でる」この奇妙なオーケストラは、音の楽しさにくわえ、視覚的なライヴ・パフォーマンスも傑出しており、坂本龍一の〈commmons〉からデビュー作を出したのち、ISSEY MIYAKEのパリコレクションのために曲を書き下ろすなどの商業的な仕事のほか、オープンリールを解析した世紀の奇書『回典 ~En-Cyclepedia』の刊行や、飽かずあらたなコンセプトや挑戦をみせるライヴ活動など、持ち前のエクスペリメンタリズムをフル「回転」させながら、このたびセカンド・アルバムを発表した。リード・トラックのPVがついに公開、というニュースが届いたので、ぜひ観て(聴いて)いただきたい。ついでにいろんなライヴ映像なんかも上がっているはずなので、クルージングしてみてはいかがだろう。ついついと、この回転の渦から出られなくなるかもしれないけれど──。
 後日、ele-kingではインタヴューも大公開!

■Open Reel Ensembleの2ndアルバム『Vocal Code』から、錯視(目の錯覚)の効果を利用したMV「空中特急」が公開!!

9月2日(水)発売! Open Reel Ensembleの2ndアルバム『Vocal Code』から、錯視(目の錯覚)の効果を利用したMV「空中特急」が公開された。

旧式のオープンリール・デッキと現代のコンピュータをドッキングさせた圧倒的なパフォーマンスで世界中を熱狂させているOpen Reel Ensemble。”声”をテーマした今作では、七尾旅人、森翔太、Babi、Jan(GREAT3)、神田彩香、クリウィムバアニー等、豪華ゲスト陣が集め実験的ポップスに挑んだ意欲作。

今作のリード曲であり、中心メンバーの和田永が歌う楽曲「空中特急」のミュージックビデオは、錯視(目の錯覚)の効果を利用した映像となっている。映像はメンバーの吉田匡、吉田悠が監督、編集を担当。オープンリールを楽器として扱いメディア・アートの世界でも注目を集めるワンアンドオンリーな存在の彼らならではのユニークなミュージックビデオが公開された。


Open Reel Ensemble - 空中特急 short version (Official Video)

真ん中にある黒い点を目を離さずに見続けると
静止していた「空中特急」の世界が動き始めます。
※錯視の効果には個人差があります


■Open Reel Ensemble
Vocal Code
2015/09/02 release
PCD-25180
定価:¥2,500+税
https://p-vine.jp/music/pcd-25180

01. 帰って来た楽園 with 森翔太
02. 回・転・旅・行・記 with 七尾旅人
03. 空中特急
04. ふるぼっこ with クリウィムバアニー
05. Reel to Trip
06. 雲悠々水潺々
07. Tape Duck
08. アルコトルプルコ巻戻協奏曲 with 神田彩香
09. NAGRA
10. (Life is like a) Brown Box with Jan
11. Tapend Roll
12. Telemoon with Babi

A$AP Rocky - ele-king

 ずば抜けたラップに脳みそまで痺れるビート、誰もがうらやむウェアとキックス。あとは、最高のトリップとセックス。それ以外にいったい何がいる? ここには崇高なスピチュアリティも、深淵な思想もない。メランコリアや感傷も存在しない。A$AP ROCKY(エイサップ・ロッキー)はぶれない。ディオールのジャケットを着て『フォーブス』の長者番付リストに載るようになっても、相変わらずコデインなんていう貧乏人のドラッグをやっている。黒い肌のジェームス・ディーン。あるいはラップするヘンドリクス。彼の声はいつも、ひどく醒めて、乾いている。

 デビュー時からニルヴァーナやジミ・ヘンドリクスをフェイヴァリットにあげ、ザ・ヴァーヴの“BITTER SWEET SYMPHONY“を丸ごとサンプルしていたROCKYが、今回のアルバムでロックやブルーズ的なアプローチを取り入れたことに驚きはない。ヒューストンやアトランタ産のトラップとチルウェイブを融合させたこれまでのサウンドに、ゴスペルやロック・シンガーによるコーラスまで加わって、音のテクスチュアは混沌としている。
 初っぱなから聖霊を呼び出すゴージャスなイントロ“HOLY GHOST”に続き、一転してミニマルなビートで冷酷な勝利宣言を表明する“CANAL ST.”、あのM.I.A.が「新しいビッチにしゃぶってもらいなよ」と連呼するトリップ・ホップ的な“FINE WHINE”を経て、“JD”のインタルード的導入までの流れは、ひたすらダウナーでサイケデリック。それ以降も、ダークで享楽的なノリはいよいよ強まっていく。稲妻のようなシンセが飛び交い、スモーキー・ロビンソンの歌声が塗りつぶされ、ほとんど爆発音に近いスネアとベースが炸裂する。ROCKYはひたすら膨大な言葉をスピットし続ける。覚醒と酩酊を往復しながらも、そのフロウは決してぶれない。流麗なライミングで金言めいたものを口にしたかと思えば、「ケツを振れよガール、プッシーを濡らせ」と下品な煽りも忘れない。
 サウンド面での特徴はもうひとつ、KANYE WESTやLIL WAYNE、MOS DEFといった大御所と並んで最多曲数でフィーチャーされた無名のギタリスト、JOE FOXの存在だ。ROCKYがニューヨークの路上で偶然ピックアップしたという彼の、ハーモニーというよりは分裂症的なイメージを与える歌声が、本作の印象を決定づけているのは間違いない。
 けれど、最も異色で印象深いのは、ROCKY本人が陶酔感たっぷりの歌声を披露する“L$D”だろう。曲の前半は完全にビートレス。愛と、セックスと、一瞬のサイケデリアを成分とするこの4分間のトリップだけが、グロテスクな享楽と神経症的な焦燥に満ちたアルバムのなかで唯一、幸福と呼べる瞬間をもたらしている。狂騒からの逃避先が出会ったばかりの女とのアシッド・セックスというのも救えない話だ。それでも、この不埒でロマンティックな逃避行は、どうにも抗いがたい魅力を放っている。ハーレム生まれの黒人が歌舞伎町で見るハリウッドの夢、といったエキゾティシズムを漂わせるミュージック・ヴィデオも、息をのむほどに美しい。このきらめく数分間の快楽の芳香には、善悪の境界線を危うくさせる強烈な引力がある。

 かつて「俺が欲しいのは女と金とウィードだけ(PUSSY, MONEY, WEED, THAT’S ALL I REALLY NEED)」というパンチラインを生み出したROCKYは、本作でもヴィラン(悪党)のペルソナを演じ切ることを選んだようだ。爆発的な成功がもたらした苦悩に身悶えしながらも、そこに内省はない。冒頭で呼び出した聖霊も早々に追い払い、シャンパンとコデインに酩酊して悪態をわめき散らし、アシッドを口に放り込んで他人の恋人を奪い取る。悪逆を尽くすその姿はしかも、セレブリティ好きの紳士淑女の口にも合うように、あくまでクールでスタイリッシュにスタイリングされている。この辺のあざといセルフ・ブランディングも、Y-3のパーカに身を包んでコンビニ強盗に押し入っていた前作の延長上にある。最近の悪党は、メゾン・マルジェラやリック・オウエンスを着ているのだ。
 すでに多く指摘されているが、今回のアートワークでROCKYの顔面を彩る紫の痣は、このアルバムのリリース直前、おそらくはコデインの過剰摂取で急逝したA$AP MOBの精神的支柱、A$AP YAM$への追悼を意味している。しかし、その盟友に捧げられたと思われる“M’$”や“WAVYBONE”に、型通りの哀悼の言葉は見当たらない。そこで代わりに繰り返される「金を生み出せ」というアグレッシヴなメッセージはそのまま、A$AP(Always $trive And Prosper)の哲学そのものでもある。どんな困難にぶつかろうと、自分たちのビジネスを貫徹すること。それがA$APファミリーの追悼の流儀だということだろう。

 薬物は人にフィジカルな絶頂と疲労を往復させることで、人生の盛衰を早回しに見せてくれる。極端な快楽は痛みに似ているし、快感と苦痛は同じように人の顔を歪ませる。それでも、ROCKYは倫理や情緒にすがらずに、あくなき衝動と欲望を肯定する。ラップにつきまとうセクシズムや拝金主義、暴力やドラッグといったネガティヴなイメージへの反発から、まっとうな社会的メッセージや詩的な技巧を誇るアーティストが持ち上げられることは多い。けれど、崇高な思想や美しい詩をありがたがるだけなら、大統領のスピーチを聴くか、大人しく読書でもしてればいい。いまや現代のコンシャス・ラッパーの代表格となったケンドリック・ラマーだって、あのメッセージの表層的なモラリティのみをすくいとって賛美することなんて絶対に不可能だ。万が一そんなマヌケなことをするのなら、ラップを聴く意味など一ミリもない。
 この男は、キング牧師の演説の夢を見て、全米で相次ぐ黒人への凄惨な暴力事件のニュースを眺めながら、セックスとドラッグに溺れている。この退廃と混沌は、ポリティカル・コレクトネスに対する幼児的な反発ではない。心臓を氷漬けにし、致死量のドラッグを体に流し込み、南部の熱病にうなされてカス・ワードを口走る。良心的徴兵拒否によってチャンピオン・ベルトを剥奪されたコンシャスなモハメド・アリではなく、衝動まかせに対戦相手の耳を食いちぎる獰猛なマイク・タイソンの時代に、この音楽は生まれた。善悪の彼岸をひた走る人間にとっては、大統領の肌の色が黒だろうが白だろうが関係ない。この確信犯の反知性主義こそは、すべてのラップ・ミュージックをラップ・ミュージックたらしめる、根源的な力なのだ。
 アメリカだけじゃなく、状況は違えど、日本もこんなご時勢だ。気付けば震災以降、安易な涙を誘う感動ポルノや、相対主義どまりのシニカルな社会的メッセージばかりが蔓延している感は否めない。たとえそのフェイムがセレブリティ的なメディア露出によるものだとしても、ROCKYは現在の日本で、おそらく最も名の知れたヒップホップ・アイコンのひとりだ。洗練されたファッションや表面的な音楽スタイル以上に、この吹っ切れた悪の表現の与えるインスピレーションは大きい。ポリティカル・コレクトネスに中途半端な色目を使う優等生や、ケチな露悪をもてあそぶ反動的な卑怯者は知るよしもない、本物の悪人の享楽がここにはある。世界の悲惨を目の前にして、善人は泣くが、悪人は無理にでも不敵に笑う。悲劇を悲劇とも思わないタフな快楽主義は、ときに涙を乾かし、切実な怒りに寄りそう、強力な番犬にもなるのだ。

 豪勢にめかしこんで地獄めぐりの旅に出た。いったんは悪魔に取り憑かれ、魂だけは奪われずに帰還した。ありとあらゆる悪徳にまみれ、もがき苦しみ、それでも懺悔も贖罪もしない。どんなに虐げられても生き延び、繁栄する地下の帝国で短い一生を謳歌する。馬鹿で愚かだと思うんならそれで構わない。この音楽は強靭な生の哲学であり、大罪人の敬虔な祈りであり、善悪の彼岸への招待状だ。大事なことなので、最後にもう一度。ずば抜けたラップに脳みそまで痺れるビート、誰もがうらやむウェアとキックス。あとは、最高のトリップとセックス。それ以外にいったい、何がいる?

New Order - ele-king

 イアン・カーティスの死後、1980年の後半からニュー・オーダーとして再出発した彼らは、まず自分たちのサウンドをどのように創出するかで悩んだ。そして、新たなる音を創出するうえでヒントにしたものがふたつあった。ひとつは、ニューヨークで知り合ったDJから送られてくる最新のクラブ・サウンド。そしてもうひとつがベルリンに移住したイギリス人、マーク・リーダーから送られてくる音。バーナード・サムナーは、自分たちが“ブルー・マンデー”を生むまでの過程において、NYクラブ・カルチャーと同時にマーク・リーダーおよびベルリンからの影響をしかと記している。このくだりを読めば、日本のファンは思わずニヤッとするだろう。ちなみに、──これは本書には書かれていないが──、みなさんご存じのようにリーダーの〈MFS〉とは、1996年に電気グルーヴの「虹」をリリースしたレーベルである。つまりそれは必然だったと、いまは言えるのではないか。
 こういう、ファンにとっては嬉しい話が満載である。
 とはいえ、彼の内省的なところもよく出ている。たとえば冒頭の、サムナーがあの伝説のセックス・ピストルズのマンチェスターでのライヴに行くまでのところの、彼のサルフォードという労働者階級のエリアで過ごした家族との思い出ないしはその環境は、なるほど後のジョイ・ディヴィジョンへとつながる。彼が少年時代に経験した「コミュニティの解体」こそ、あのバンドが表した孤独、苦悩、ディストピア、終わりなき「終わり」と関わっていることをサムナーは明かしているが、そこまでの展開はヘヴィーである。そもそも、サムナーが、風呂さえまともにないような労働階級の出身だったことをぼくは知らなかった。
 そして、感動的な描かれ方をしているセックス・ピストルズの初ライヴを経てからは、物語は、いくつかの死を乗り越えて、ときにはユーモラスに進んでいく。あれだけヒットしたのにもかかわらず、忘れられがちなエレクトロニック(ジョニー・マーとのプロジェクト)に関する記述が多いのも嬉しい。
 しかし、総じて思ったのは、サムナーの語りのうまさである。寡黙で、一時期はインタヴューはいっさい受けない時期があったほどの人物とは思えないほど、饒舌に語っている。まさにこれは作者による作品への、最大の註釈とも言える。30年前の種明かしをいまされたようだ。

 10年ぶりのニュー・オーダーのアルバム、新生ニュー・オーダーにとっては最初のアルバムとなる『ミュージック・コンプリート』が控えているなか、その創設メンバーであり、ヴォーカリスト/ギター/エレクトロニクス担当のバーナード・サムナーが本国では昨年の9月に発売された自伝、その翻訳『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』を刊行します。ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーのファンは必読です。

バーナード・サムナー 著/萩原麻理 訳
『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』

ele-king books
3300円+税

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 家族に起きた悲劇の心揺さぶる描写が、温かいユーモアをもって自己憐憫におちいることなく語られる……。ロックンロールによって救われ、形作られた人生が明かされるのと共に描かれるのは、成功とスターダムを猛スピードで駆け抜けた人物の姿であり、武器はストリートの知性と簡素なマンチェスターのウィットだけだった……。ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーのファン、必読。──アーヴィン・ウェルシュ, 『エスクァイア』誌より

ジョイ・ディヴィジョン創設メンバーのでありそのギタリスト、ニュー・オーダーのリード・シンガーであるバーナード・サムナー。
彼の寡黙さは何年にも渡って知られてきた……。彼は1970年代以降のマンチェスターの音楽シーンに不可欠な部分を担い、これまでにもっとも影響力を持ったバンドを生んだ決定的瞬間に立ち会っている。
いま、初めて明かされるジョイ・ディヴィジョン/ニュー・オーダーの物語、マンチェスター、パンク、NYクラブ体験、“ブルー・マンデー"制作秘話、アシッド・ハウスとイビサ、バンドの分裂……そしてイアン・カーティスへの思い……
バーナード・サムナーの自伝、ついに刊行!

もし今ストーリーを語らねば、もう語ることはないと思える地点に私も差し掛かった。この後に続くページの中には、自分でも語るのがつらいこと、これまで公に言ったことがないこともあるが、それは私という人間、私が関わってきたバンド、その創造に関わってきた音楽を十分に理解するのにはとても重要だ。バンドや音楽以外のことについ て沈黙してきたことで、神話が作られ、真実ではないことが事実とされてきた。だがこれを書くことで、いくつかの誤解を解き、できるだけ多くの神話を葬りたいと思っている。何より、真実のほうがストーリーとしてずっと、ずっと面白いのだから。
──バーナード・サムナー/本書「序文」より


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