「Nothing」と一致するもの

St Germain - ele-king

 このレヴュー本編を書いたのは11月13日のパリ同時多発テロ前のことなので、意識的に取り上げたわけではないことを最初に断っておく。今回の事件については、さまざまな植民地を作るとともに多くの移民を受け入れてきた多民族国家としてのフランス共和国の背景、フランスとイスラム教徒やイスラム国家との関係などさまざまな要素が関わってくるのだが、政治だけでなくフランスの文化や芸術には多様な民族性が存在している。本作そのものは事件とはまったく無関係だが、イスラム圏の音楽を融合したフランスの作品ということで、結果的には何とも複雑な想いを抱かずにはいられない。その後、フランス政府はISとの戦争を始め、予断を許さない状況へ突入している。事件は終わったわけではないのでここでのコメントは差し控えるが、そのかわりにサンダーキャットが事件直後に発した「パリ」という追悼曲のリンクを以下に貼ることにした。
https://www.youtube.com/watch?v=GIMHOM2VSz8
https://ja.musicplayon.com/play?v=361659
https://soundcloud.com/brainfeeder/thundercat-paris

 1990年代からダンス・ミュージックを聴く人にとって、サン・ジェルマン(ルドウィック・ナヴァーレ)と言えばフレンチ・ディープ・ハウスの雄という答えが返ってくるだろう。ローラン・ガルニエ主宰の〈Fコミュニケーションズ〉、及びその前身の〈FNAC〉から、「アラバマ・ブルース」はじめ良質な作品を次々とリリースする90年代半ば。『ブールヴァール』シリーズに顕著なように、ジャズやラテンからの影響が強く、中にはDJカムに通じるようなジャジーなダウンテンポ作品もあった。当時のイギリスやドイツを筆頭としたヨーロッパでは、ジャズをキーワードにアブストラクト・ヒップホップやトリップ・ホップ、ドラムンベースからディープ・ハウス、デトロイト・テクノなどまでもが結び付いた時代だった。フランスでそうしたクロスオーヴァーな役割を担ったのが〈イエロー・プロダクションズ〉〈ヴァーサタイル〉〈Fコミュニケーションズ〉〈ディスク・ソリッド〉などで、それらを総称してフレンチ・タッチとも呼んでいた。

 そうした中、サン・ジェルマンはジャズ・ハウス・スタイルの洗練化にどんどん磨きを掛け、2000年には〈ブルーノート・フランス〉と契約し、名曲“ローズ・ルージュ”を含むアルバム『ツーリスト』を発表する。いまもジャズ・ハウスの傑作として語り継がれる1枚だ。しかしながら、『ツーリスト』は世界的にヒットしたものの、その印象があまりにも大きく、それからの活動では必ず引き合いに出されることになってしまう。2003年に〈ワーナー・フランス〉からトランペット奏者のソエルとのコラボ作『メメント』を出すものの、内容としてはラウンジ調のアシッド・ジャズというようなもので、音楽的には『ツーリスト』から後退したとも酷評された。そうした長いスランプの時代を経て、『ツーリスト』から早や15年という今年、サン・ジェルマンが復活作をリリースした。自身のユニット名をアルバム・タイトルとしたところに、改めて初心に帰るとともに、新生サン・ジェルマンという意思の表れが強く見える。

 新生サン・ジェルマンという点で、本作の大きな特徴としてアフリカのマリ共和国の音楽からの影響が挙げられる。ベルベル人系のトゥアレグ族に伝わるタカンバなどの伝統音楽をルーツに、現代性を取り入れていったのがソンガイ・ブルースで(砂漠のブルースとも形容される)、アリ・ファルカ・トゥーレ、アガリ・アグ・アーミン、ティナリウェイン、シディ・トゥーレなどの活躍で、近年は世界中から注目を集めている。ロバート・プラントからデーモン・アルバーン、フォー・テットやハイエイタス・カイヨーテなど注目するアーティストも多いのだが、フランスには昔からアフリカ移民が多く、アフリカ音楽が栄えてきた土壌がある。フランスとマリのアーティストがコラボしたドンソというユニットもあり、サン・ジェルマンの本作もその線上に位置する作品と言える。ナハワ・ドゥンビアはじめアフリカ出身のミュージシャンが多数参加し、生半可ではない本物のマリ音楽を自身の中に取り込んでいる。「シッティン・ヒア」や「リアル・ブルース」など、自身のルーツであるディープ・ハウスとソンガイ・ブルースの融合が基本にあるが、「ハンキー・パンキー」のように単なるハウス・ビートではないより自由なリズム・アプローチがあり、「ヴォイラ」や「ハウ・デア・ユー」のように密にブルースに根差した作品もある。タカンバを掘り下げることによって、「ファミリー・トゥリー」のようにジャズへの取り組みもより深いところで行われるようになった。もはや、『ツーリスト』の憑き物は完全に剥がれ落ちたと言っていいだろう。

Khalife Schumacher Tristano - ele-king

 ルクセンブルグの旗手にして、エレクトロニック、クラシックとジャズの音楽界で旋風を巻き起こし、カール・クレイグやモリッツィオとの共 演で世界にその名を知らしめた若き天才ピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ。ヨーロッパ・ジャズ界の代表選 手の一人であるヴィブラフォン奏者、パスカル・シューマッハ。そして、この二人の演奏に補完するリズム の礎を築き、このトリオの斬新なライヴを新たな音楽領域に導かすレバノン出身のパーカッションの最高峰、バシャール・カリフェ。このトリ オのライヴには魅惑的な音楽オーラが満ち溢れ、歓喜の静穏が浮かび上がり、円熟さが感じられる。彼等の新スタンダード・ミュージックの真骨頂を遂げようとする、壮絶なライヴが、 遂に日本初上陸! 今回のトリオのライヴで手厚いDJサポートするのは、何と松浦俊夫と、フランチェスコ・トリスターノと海外で共演したHIROSHI WATANABEだ!

2015年12月4日(金)
Dec. 4th, 2015 (FRI)
At CAY

開場:19:00時/開演:20:00時
Open: 19:00pm / Start: 20:00pm

前売:¥4、500 当日:¥5、500
Advance: 4,500 Yen Door: 5,500 Yen

〒107-0062 東京都港区南青山5丁目6-23 SPIRAL B1
Address: Spiral B1F, 5-6-23, Minami-Aoyama, Minato-Ku, Tokyo

For More Info: 03-3498-7840
https://www.spiral.co.jp/shop_restaurant/cay/
https://www.giginjapan.jp

Andrés - ele-king

 デトロイトを代表するデープ・ハウス・プレイヤーのアンドレスが来日する。東京公演は11月22日、今年20周年を迎えた青山蜂のアニヴァーサリー・イベントの3日目に出演し、翌日23日には名古屋のクラブ・マゴでプレイ。自身のレーベル〈ラ・ヴィーダ〉のリリースからも伝わるように、彼のセンスはいまだにずば抜けている。先日、待望のニュー・アルバムの発売も発表された。もうすぐデビュー20年を迎えるアンドレスがどんなセットを披露するのかチェックしたい。

Andrés aka DJ Dez ( Mahogani Music, LA VIDA/ from Detroit, California )
Andrés(アンドレス)は、Moodymann主宰のレーベル、KDJ Recordsから1997年デビュー。ムーディーマン率いるMahogani Musicに所属し、マホガニー・ミュージックからアルバム『Andrés』(2003年)、『Andrés Ⅱ 』(2009年)、『Andrés Ⅲ』(2011年) を発表している。DJ Dezという名前でも活動し、デトロイトのHip Hopチーム、Slum Villageのアルバム『Trinity』や『Dirty District』ではスクラッチを担当し、Slum VillageのツアーDJとしても活動歴あり。Underground Resistance傘下のレーベル、Hipnotechからも作品を発表しており、その才能は今だ未知数である。2014年、DJ Butterとの共作ラップ・アルバム、DJ Dez & DJ Butter‎ 『A Piece Of The Action』をリリース。2012年、 Andrés自身のレコードレーベル、LA VIDAを始動。レーベル第1弾リリース『New For U』は、Resident Advisor Top 50 tracks of 2012の第1位に選ばれた。パーカッショニストである父、Humberto ”Nengue” Hernandezからアフロキューバンリズムを継承し、Moodymann Live Bandツアーに参加したり、Erykah Baduの “Didn’t Cha Know”(produced by Jay Dilla)の録音では密かにパーカッションで参加している。デトロイトローカルの配給会社が運営するレーベル、Fitから作品を残すA Drummer From Detroitとは、彼である。アンドレス本人のInstagramでも公開していたが、現在new album『Andrés Ⅳ』を制作中との事であり、そのリリースを間近にひかえての緊急来日が決定した。

11.22(SUN)
Tokyo @青山蜂 Aoyama Hachi
- AOYAMA HACHI 20TH ANNIVERSARY - <DAY3>

Open 22:00
Door 2000yen with 1Drink

DJ
Andrés aka DJ Dez
THA ZORO
DJ SAGARAXX
Kacchi Nasty
DJ MAS a.k.a. SENJU-FRESH!
DJ TOKI
ADAPTOR
FLAG
FORCE OF NATURE
KOJIRO a.k.a. MELT
TATTI
G.O.N.
RYOTA O.P.P
TheMaSA
HOLY
ARITA

■SPACE DESIGN
VIDEOGRAM
■PHOTO
Nampei Akaki
■FOOD
虎子食堂

Supported by TOKYO MILD FOUNDATION

Info: 青山蜂 Aoyama Hachi https://aoyama-hachi.net
東京都渋谷区渋谷4丁目5−9 TEL 03-5766-4887

11.23(MON/勤労感謝の日)
Nagoya @Club Mago
- AUDI. -

Guest DJ: Andrés aka DJ Dez
DJ: Sonic Weapon & Jaguar P
Lighting: Kool Kat

Open 17:00
ADM 2500yen

Info: Club Mago https://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818


Ron Morelli - ele-king

 2010年代のNY地下ハウス・シーンにおける異能にして先端、そしていまやロウハウス(生ハウス!?)なんて界隈を牽引し、ある種のダンス・シーンの核心として世界中の注目を集め続けるレーベル〈L.I.E.S.〉。そんなレーベルのボスであるロン・モレリのサード・アルバムがリリースされた。

 リリースは前2作と同じく、プリュリエントやヴァチカン・シャドウ名義でお馴染みのドミニク・フェルノウが主宰する〈ホスピタル・プロダクションズ〉から。ということで、古き良きノイズ/インダストリアルを父に持つ、近しい親戚同士ともいえるロン・モレリと〈ホスピタル・プロダクションズ〉の「まぜるな! 危険!」印のついたイケナイ化学反応は本作でも並はずれ。トンデモナク深刻でアブナイ事態になっている。

 ファーストの『スピット』(2013)が、トレードマークのロウなマシンハウス・ビートを多様した、ポストパンク的で色気のある光沢ブラックだとすれば、つづくセカンド『ペリスコープ・ブルース』(2014)は、ビートを減退させて不吉な音響を増殖させるも、ところどころにアシッド臭とトレンドの香りを残した半光沢ブラック。そして本作『ア・ギャザリング・トゥギャザー』は、暴力的な切れ味といぶし銀な煙たさを主成分に、なめす前の皮のごとくむき出しの音の質感に身命を捧げるロン・モレリの騒音性癖がいよいよたけなわに突入。それが闇とともにどろり落ちてきて、すこぶるべっとり厚塗りされたツヤ消しブラックといったところか。

 壊れた重機が低いうめき声を発しているような地を這う屍ドローン“クロス・ウォーターズ”からはじまる9つの楽曲は、前2作品で耳にすることができたマシンビートの輪郭を削ぎ落とし、それと引きかえに内臓破りの鋭利な振動をたっぷり与えてくれる。こいつはいつになくノイジーだ! 分厚く重なるもっこりとしたロウファイ具体音が耳をまさぐる“ニュー・ダイアレクト”。ストレンジでリズミカルなハンドクラップがざわざわ耳をはやし立てるタイトル曲“ア・ギャザリング・トゥギャザー”。脈打つ軋みがギシギシと頭蓋骨まで到達したかと思えば、無為に鳴り響くクラクションが空虚極まりない“デザート・オーシャン”。デヴィッド・ジャックマン(オルガナム)ばりの穏やかでないマシンガン・ノイズがズバババババババ〜ンと炸裂する“ヴォイシズ・ライズ”。伝説のフリージャズ集団=ムジカ・エレットロニカ・ヴィヴァの乱痴気からサイケ色を払拭して、暗黒エレクトロニクス・ノイズ化したような“トゥ・セレブレイト・スルー・ザ・ストーム”など、重々しく生々しい鋼鉄エレクトロニクスが加熱と冷却を繰り返し、そこから生じるひずみと亀裂が世にも美しい断面をさらす。

 インダストリアル・ミュージックがずいぶんと手に取りやすくなり、明るくカジュアルに聴かれるようになったいま。そんな秩序の裂けめから産まれた—──なんとも掴みづらい陰鬱さを湛え、いわく言いがたい高揚を誘う—──不良の夜のためのインダストリアル・ミュージックに、両手両足のひらを交互にフルに使って拍手(とっちゃん叩き)を送りたい。

 風邪をひいたのかどうも喉が痛いです。そんなとき口ずさむのは破裂音が比較的少ない、フレッチポップあたりが喉に優しいのかもしれません(適当)。
 と言ったところで……、本日ご紹介するのはこちら!


注:手書きポップに書かれているイニシャル「W.A」とは僕のこと。このポップを書いた2012年当時は33歳だったが現在はもう少し歳をとっている。以後すべて同。

 このCDは、90年代以降のフレンチ・ポップを代表するミュージシャン、マチュー・ボガートの1998年のアルバム。端的にめちゃくちゃ小気味良くて超オサレサウンド。それだけでなくアンサンブルも重層感溢れる作り込みなのでかなり聴き込める内容です。最近では、齢を重ね小太りになったご本人が全裸でオルガン弾いているPVが、Youtubeで話題になったこともありましたね。

 まず、のっけから「おいおい、ジャケないじゃねぇか!」って感じなのですが、これは僕がなくしたのではなく、「CDだけ」を借りパクしてしまったパターンなのですよ。


ジャケはどんな感じだったかな……
Mathieu Boogaerts / J'En Ai Marre D'Être Deux / Island / 1998

 どういうことかと申しますと、たしか2000年代のはじめだったと思いますが、当時新婚ホヤホヤだった姉貴とその旦那(つまり僕の義兄)であるまっちゃんといっしょに車に乗っていたとき、運転しながら彼がこのアルバムをかけてくれたんですよね。まっちゃんは音楽好きで、学生時代にベースも演っていたらしく、ちょくちょく音楽の話もすることがあったんだけど、彼の口から出てくるミュージシャンはELLEGARDENとかマキシマムザホルモンとかまぁざっくりエモ系ロック(まずその2つをいっしょにすんなよって感じですよね……、でも音楽ジャンルの詳細は本コラムではひとまず置いておいて……)だったんですよ。そんな彼が突然、超クルーナー・ヴォイス(つぶやき系)バリバリのフレンチ・ポップをかけてきたもんだから、車中で思わずびっくりしちゃいまして。しかも、それが良かった。そして「ねぇ、これなに?」って訊いたら、彼も「ええっと、マシュー、いやいやマチュー……えー、ボガ、ヴォガ……」みたいになってしまって要領を得なかったので、自分であらためてネットで調べてみたのでした。まずは自分でマチューのCDを買う「参考までに」ですね、彼からこのCDを拝借。家にあるPCでCD-Rに焼いてその日中に返すつもりだったからジャケもケースも借りず、CDだけを裸で頂いた記憶があるんだけど、でもなぜ返さなかったのかが未だに思い出せず……。

 この「家族・親族ネタ」っていうのは、「いつでも会えるしね……」という謎の余裕感のもと、結局、お盆も、年末年始も、返すことはないのですよ。まだまだありますよ。親父からはあれを、姉貴からはあれを……。それはおいおい紹介していくとして、まずはまっちゃん、ごめんなさい。お仕事頑張ってますか? 改まって訊きますが、そもそもなんでこのCD、持ってたんですか?


Illust:うまの


パクラーのみなさまからのお便り

お名前:賭博食事録ヒマンジ
性別: 男性
年齢:23

借りパクした作品:
LIBRO / 雨降りの月曜(12インチ限定アナログ盤)(2007)

借りパクした背景、その作品にまつわる思い出など:

 高校生の頃の私は家が貧乏で小遣いも少なく、そこから部活動に必要な道具を買っていました。そして余ったお金を少しずつ必死に貯めて、中古とはいえ念願のターンテーブルを手に入れたところで貯金が尽きてしましました。田舎に住んでいたのでネットでしか物が買えず、送料等を考えると貧乏高校生にはとても買えるものではありませんでした。そこで、遠くに住んでいる音楽が好きな従兄に電話をしました。「何でもいいから、一枚でいいからレコードを貸して! 送って! ちょっとしたら返すから!」と。従兄は笑いながら承諾をしてくれて、数日後にこのレコードが送られてきました。うれしかったですよ。初めての生のレコード。興奮したのをいまでも覚えています。返さなきゃと思いながらも、もったいなくて返せずにいました。もう返すこともできません。従兄は事故にあって他界してしまいました。返してくれと一言も言わず、ずっと貸してくれていました。長くなってしまいましたし、本来の意向とはちがうものかもしれませんが、こんなことを思い出し投稿してしまいました。これが私がいまのところ人生で一度だけしてしまった借りパクです。

借りパク相手への一言メッセージ:
いまでも大事に持ってるよ。音楽が、日本語ラップが好きになったきっかけだよ。おかげで音楽に携わる仕事に就くことができています。ありがとう。

※文字表記等は一部編集部にて変更させていただいております


LIBRO / 雨降りの月曜


アサダからのエール

 賭博食事録ヒマンジさん、お手紙ありがとうございます!!
 じつはヒマンジさんはいちばん最初にお便りをくださった方なんです。あらためて御礼を申し上げつつ、僕なりにエールを送らせてください。

 まず返そうと思っても返す相手がもうこの世の中に存在しないという空虚さについては、正直僕はまだ経験したことがないので、軽はずみなことは言えないなと思っています。
 でも、この従兄さんの一枚のレコードがとにかくヒマンジさんの人生を確実に変えたこと、それ自体は僕はとっても素晴らしいことだと思います。

 そのレコードがLIBROの「再発盤」だったということがとても気になりました。
 LIBROの“雨降りの月曜”が収録されているアルバム『胎動』はたしか1998年リリースで、まさに僕にとっては10代後半のもっとも音楽に多感な時期に聴いたものでした。
 そしてこの頃聴いていた音楽というのは30才を越えてからなぜだか再び聴きたくなるもので、いまでもそういった音楽が僕のまわりにはたくさんあって心の中で「リサイクル」されています。
 従兄さんの世代はお手紙ではわかりませんが、ひょっとしたら1998年やそのあたりにこの“雨降りの月曜”をリアルタイムに聴かれていたのではないでしょうか?
 それを「懐かしい」と感じて2007年に再発された限定アナログ盤を再び聴き、その音楽をヒマンジさんのようなさらに若い世代に引き継ぐ責任(もちろん直感に近いものだと思いますが)のようなものを持ちながら、あなたにこのレコードを貸したのではないかと、勝手に妄想してしまうのです。

 そう、あくまで僕の妄想です。でももしそうだとしたら、まさに、いまヒマンジさんがJ-HIPHOPに目覚め、そして、音楽に携わる道へと導かれたことは、月並みな言い方なのは覚悟の上ですが、きっと従兄さんは空の上からそのことをとても喜んでいるのではないかと思うのです。なんだか勝手なことを申してごめんなさい。

 とにかく、僕も久しぶりに『胎動』をApple Music‎で堪能しながら、この返答を書いています。この曲、ほんといいですね。
 まとまりがありませんが、どうぞ、これからも音楽のお仕事頑張ってくださいね。


■借りパク音楽大募集!

この連載では、ぜひ皆さまの「借りパク音楽」をご紹介いただき、ともにその記憶を旅し、音を偲び、前を向いて反省していきたいと思っております。
 ぜひ下記フォームよりあなたの一枚をお寄せください。限りはございますが、連載内にてご紹介し、ささやかながらコメントとともにその供養をさせていただきます。

P-FUNK ALL-STARS - ele-king

 オリジナルは90年に発売され、近年は廃盤になったままだったが、先ごろ知らないうちにリイシューされていた。タイトルの中に記載はないが、83年の「Atomic Dog Tour」の終盤のLA公演を収録したものだ。“Atomic Dog”と言えば、スヌープ・ドッグでもおなじみのフレーズ「Bow-wow-wow-yippie-yo-yippie-ay」を含むオリジナル曲。82年にジョージ・クリントンのソロ名義で発表された『Computer Games』から大ヒットした曲で、サンプリングに使われることの多いPファンクの曲の中でも、アイス・キューブ、ビッグ・ダディ・ケイン、デジタル・アンダーグラウンド、2パック、レッドマン、NASを含め、もっとも多くサンプリングされているのではと言われる有名曲だ。80年代に入って、Pファンクは様々な事情から急激に失速し、81年には一派離散の状態にまで追い込まれたが、この曲の大ヒットによって、しばし休止されていたツアーを再開できる状態に持ち直した。そして本作は、久々のツアーを楽しむメンバーたちの最高のパフォーマンスが収められた名盤だ。

 だからいつ聴いても、こうやって固唾をのんで聴き入ってしまう。ヒップホップ世代が好むあらゆる音色を70年代にすでに作り出していたと言っても過言ではないキーボード奏者のバーニー・ウォーレルのソロによる“Chocolate City”が流れる中、JBのバンドでサックスをブロウしまくっていたメイシオ・パーカーが、ほどよい緊張感を伴う煽り効果抜群のMCをはじめ、演奏が“P-Funk”に切り替わると、待ちきれないオーディエンスが歌い出す。バーニーの演奏がバッキング風に移行し、“Do That Stuff”と“Joyful Process”を調子よく挟みながら進行すると、ドラムスのデニス・チェンバースとベースのロドニー・スキート・カーティスの鉄壁のリズム・セクションが加わり、気が付くとギターも加わっている。メイシオの紹介に導かれてPファンク・ホーンズの3人も元気よく加わり、ここでも“Do That Stuff”のフレーズが挟まる。
 そしてジミ・ヘンドリックスに勝るとも劣らない天性のギタリストのエディー・ヘイゼル、高校卒業と同時にPファンク入りしたマイケル・ハンプトン、ジャズからロックに至るまで高度に対応できるブラックバード・マックナイトらのギタリストが紹介され、ドラムスの合図で全員での演奏が一丸となって最高潮に達する。その後、すっと音量を控えると、ロン・フォード、ピーナット・ジョンソン、マイケル・クリップ・ペイン、ゲイリー・マッドボーン・クーパー、ライジ・カリーのヴォーカル陣によるタイトなコーラスが加わり、次いで再度、演奏が爆発するとギター・ソロが絡み合い、トドメはオムツのゲイリー・シャイダーの強力なシャウト! このメリハリ効きまくりのオープニングの高揚感には、聴くたびに同じだけワクワクする。その後のすべての曲も、3本のリード・ギターの大音量の絡み合い、パーカッション奏者が別にいるのかと思うほど千手千足観音のドラムス、メロディアスにグルーヴするベース、解き放たれた奔放なキーボード、やたらに勢いのあるホーン隊、息の合った美しいハーモニー、ナスティな大声の瞬発力のあるリード・ヴォーカル。これらがひとかたまりになって、ぐわんぐわん転がり抜けていくスリリングな演奏の連続だ。

 でも、このライヴはみなさんが思い描いているPファンクのライヴとは、ちょっと様子が違うかもしれない。通常、Pファンクのライヴは、実際はきちんとオーガナイズされているにせよ、もっとルーズでごちゃごちゃした猥雑な楽しさが前面に出ることが多い。だがこの時は、60年代終盤からの“Go crazy!”(クレイジーにいこう!)という方針はそのままに、高度な音楽性との融合が実現された奇跡的なライヴなのだ。それゆえ、あまりPファンクらしくないと言われることもあるが、何と言われようと私はこのライヴ盤が大好きだ。

 中でも特に好きなのは、Disc 2 の2曲目の“One Nation Under A Groove”だ。ゲイリーの“Is this one natiooooooon?”という渾身のシャウトに続き、序盤こそオリジナル通りだが、中盤以降は小刻みに跳ねるリズミックなブリッジを挟んで、ぐっとジャジーで柔らかく幻想的な彩りのアレンジとなる。このPファンクらしからぬ美しいアレンジは、メイシオのMCにも聴き取れる「ボルティモア・コネクション」というバンドが鍵。Pファンクのツアー休止中に、スキート、デニス、Pファンク・ホーンズを含むボルティモア周辺のメンバーたちが組んでいたバンドだが、彼らが自分たちのショーで同曲を演奏していた時のアレンジが、ここにそのまま持ち込まれたのだ。こんな名演奏にも関わらず、アナログ(2枚組)では収録時間の制約のため未収録、そのためCDではボーナス扱いになっているのが泣ける。そしてこの曲に限らず、このライヴでのボルティモア・コネクションが果たした役割はとても大きい。

 ところでこのライヴには3つの特徴がある。まずはPファンク名物のひとつである女性コーラス隊の不在、つまりバンドは完全なる男の世界であること。その理由は未確認だが、みんなが待ち望んだツアーの再開にあたって、惚れた腫れた的な余計なことで集中力が削がれないように、ジョージがあらかじめその可能性を排除したのでは、というのが私の推測だ。ふたつめは、このツアーの音楽監督でもあったメイシオがサックスを吹かずMCに専念し、演奏は唯一、“Maggot Brain”のイントロのフルートだけであること。これはたぶん先のボルティモア・コネクションとも関係があり、すでにまとまっているPファンク・ホーンズに先輩格のメイシオが加わって調和を乱すより、MC役に徹したということではないかと思う。最後のひとつは、久々の晴れ舞台のわりに、ジョージの出番が思いの外、少ないこと。いつのショーでもオープニングから登場までや、ギター中心のインスト“Maggot Brain”をはじめ、ジョージが袖に引っ込んでいる時間は結構あるが、本作の音を聴く限り、“Knee Deep”と“One Nation Under A Groove”も、ほとんどゲイリーに任せっきりで、いつも以上に存在感が薄いように感じる。でもこれは逆に言えば、ジョージの存在感に頼る必要がないほど、この時のバンドは充実していたということでもあるのだろう。

 そういうわけで、いろいろな意味で珍しくも素晴らしいPファンクのライヴを、何度でも聴いて、ひとりひとりの演奏の隅々に至るまで存分に味わってほしい。何度、繰り返して聴いても飽きないどころか、そのたびに新発見があって楽しさが増すことは、本作が発売された90年から四半世紀、いまだにその体験を継続中の私が保証する。

 最後に、冒頭のMCでブーツィーの名前が聞かれるので不思議に思った人もいるかもしれないが、ブーツィーは兄のキャットフィッシュとともにこのツアーに同行しており、本作には未収録ながら、ショーの後半で“Body Slum”を披露していたことを付記しておこう。

Kangding Ray - ele-king

 カンディング・レイの新作が〈ラスター・ノートン〉からリリースされた。本作もまた、『OR』(2011)、『ソレンズ・アーク』(2011)から続く、ダークで重厚、そして強い同時代性と物語性を内包した2010年代的なインダストリアル/テクノである。彼特有の鈍く光る黒いダイヤモンドのようなトラックは本作でも健在で、細やかなテクスチャーとヘビーなビートの融合が実に巧みだ。
 ところで私には、このカンディング・レイによる2010年代3部作は、末期資本主義崩壊の「符号」を送信するトリロジー・アルバムのように思えてならない。じじつ、『OR』の主題は資本主義のメインキャラクターともいえる「金」をテーマにしていたし、『ソレンズ・アーク』も「科学の脱構築」をテーマにしていた。共通するのは20世紀の終焉と21世紀の不穏なのだが、それは新作『コリー・アルケイン』でも共通している。それは何か。

 このアルバムを手にすると特徴的なアートワークに驚くだろう。〈ラスター・ノートン〉的なミニマム/幾何学的なアートワークから大きく逸脱するビジュアル。これはマリナ・ミニバエヴァ(Marina Minibaeva)というフォトグラファーの作品である。彼女は「ヴォーグ」などにも作品を発表しているモード・カメラマンであり、その作風は女性の崩れそうなほどの繊細な強さを香水のようにふりかけている美しいものだ(https://www.marinaminibaeva.com/)。では、なぜカンディング・レイ=デイヴィッド・ルテリエは彼女の作品をアートワークに用いたのか。そこでルテリエが本作のリリースに先立って発表した、ある女性の物語/概要のようなテクストに注目したい(http://www.raster-noton.net/shop/cory-arcane?c=9)。

 主人公の名をコリー・アルケインという。そう本作と同じ名だ。彼女はインターネットに心の解放を見出すが、それはアルコールやドラッグなどの依存も強化することになった。破壊衝動も強まり、キッチンを崩壊させた。そして広告とジェンダーへの闘争と逃走。やがて彼女は巨大都市の片隅にしゃがみこみ、世界の騒音=ノイズを受け入れるのだが、同時に世界のシステムが崩壊していくさまも垣間見る。そのとき彼女のヘッドフォンからは音楽が流れていた。その音を、ルテリエはこう美しく描写する。「彼女のヘッドフォンで音楽は混合するだろう。都市の音は美しく着色され、ピクセル化された表面には、複雑なリズムと未来的なテクスチャーは織り込まれていく」と……。

 このように本作は明らかに高度情報化社会を生きるある女性の崩壊を仄めかしながら、私たちの社会の崩壊をイメージしている。ルテリエは主人公コリー・アルケインを象徴としてマリナ・ミニバエヴァの作品を採用したのだろうし、彼女の耳から脳に流れていた音が、本作『コリー・アルケイン』なのだろう。なんというコンセプト/物語性か(そもそもカンディング・レイは00年代のエレクトロニカ/IDMアーティストの中でも物語性や思想性の強いアーティストであった。それゆえインダストリアル/テクノの潮流の中でも強い存在感を示し得たわけだが)。

 私はこのカンディング・レイの新作を聴きながら同時にOPNやアルカなどの新譜も聴いていたのだが、『コリー・アルケイン』は、『ミュータント』や『ガーデン・オブ・デリート』を繋ぐアルバムのようにも思えた。何故ならカンディング・レイの描く「崩壊」は、OPNやアルカの音楽=人間のオーバースペックとでもいうべき「クラッシュ」的な状況へと繋がっていくからである。崩壊からクラッシュへ。人間からミュータントへ。いま、世界は激変し、電子音楽も変貌を遂げている。『コリー・アルケイン』もまた、そんな2015年的状況を象徴するアルバムではないかと思う。

interview with Floating Points - ele-king


Floating Points
Elaenia
[ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]

Luaka Bop/ビート

JazzAmbientElectronic

Amazon

 レコード文化がリヴァイヴァルしているとか、あれはもう終わったとか、ここ数年のあいだ正反対のふたつの意見があるんだけど、フローティング・ポインツを好きな人は知っているように、彼=サム・シェパードの〈Eglo〉なるレーベルは、ほぼアナログ盤にこだわって、自らのレコード愛を強く打ち出している。なにせ彼ときたら、12インチにせよ10インチにせよ、そのスリーヴには、エレガントで、風合いのある贅沢な質感の紙を使っている。実際、いまじゃ12インチは贅沢品だしね。
 昔は12インチなんていったら、ほとんどの盤にジャケはなく、レーベル面でさえも1色印刷が普通だった。12インチなんてものは、カジュアルで、ハズれてもいいやぐらいの気楽さがあった。が、いまでは12インチ1枚買うのにも気合いが必要だ。ええい、これを買ったるわい! うりゃぁぁぁ、とかいってレジに出しているのである。
 フローティング・ポインツの傑作「Shadows」(2011年)を買ったときもそうだった。ええい、買ったるわい! うりゃぁ、これぐらいの気合いがなければ、いまどき12インチ2枚組なんて買えたものではない。家に帰ってからもそうだ。うりゃぁぁぁ、気合いを入れながらビニールを開ける。レコード盤を取り出し、ターンテーブルの上に載せる。針を下ろし、ミキサーの音量をそうっと上げる。さあ、キミは宇宙の旅行者だ。

 ようやく出るのか……そうか、良かった良かった。現在29歳の、見るからに大学院生風のサミュエル・シェパード、デビューから6年目にして最初のアルバム『Elaenia』は、待望のアルバムだ。ベース好きもハウス好きもクラブ・ジャズ好きも、みんながこれを待っていたのである。この5年、レコード店で新譜を買っていた人のほとんどが彼の作品を知っている。ダブステップ全盛期のUKから登場した彼の作品は、同世代の誰よりも、圧倒的に洗練されているからだ。
 ディープ・ハウスとジャズ、アンビエントやクラウトロックまでもが折衷される彼の音楽は、彼のレーベル・スリーヴ同様にエレガントで、若々しく、そしてロマンティックだ。さあ、キミも気合いを入れてレコード店に……いや、この度は、彼の作品が初めて、そう、初めてCDで聴けるのだ。まあいい。家に帰って袋を破り、再生ボタンを押すんだ。いまもっとも陶酔的で、コズミックで、ファンタスティックな冒険が広がる。あるいは、こんな説明はどうだろう? フローティング・ポインツとは、フライング・ロータスより繊細で、カール・クレイグよりもジャジー、ジェイミーXXよりも音楽の幅が広い。



 以下にお見せするのは、去る9月に彼らが来日した際の取材記録である。彼がいかに新しくて古い男なのかよくわかるだろう。取材日は、安保法案が可決された日の翌日だった。

僕には政治的な部分がありますし、世界の痛みも感じます。いま起こっていることに怒りを覚えることだってあります。それが自分の音楽に直接関係しているとは断言できませんが、何かしらの形で影響はあるでしょう。反民主的なものと日々戦うひとびとの姿は、僕の心を揺さぶります。

昨日の日本はけっこう大変な1日だったんですけど、ご存知ですか?

フローティング・ポインツ(Floating Points、以下FP):はい。テレビでデモの様子を見たことがあります。

どこのテレビですか?

FP:イングランドのニュース番組です。

今回のあなたのアルバムからは、70年年代初頭のハービー・ハンコックであるとか、チック・コリア、あるいはスピリチュアル・ジャズみたいな要素を感じ取りました。

FP:ははは(笑)。そうですか。

あの頃のジャズは、彼らが生きていた当時の社会やポスト公民権運動みたいな政治的なものと、どこかで繋がっているものですけれども、あなた自身の音楽は社会とどのように関連づけられると思いますか?

FP:えーっと……。

最初から大きい質問でごめんね(笑)。

FP:いままでで一番難しい質問ですね。「イエス」と答えることもできるでしょう。ぼくには政治的な部分がありますし、世界の痛みも感じます。いま起こっていることに怒りを覚えることだってあります。それが自分の音楽に直接関係しているとは断言できませんが、何かしらの形で影響はあるでしょう。反民主的なものと日々戦うひとびとの姿は、ぼくの心を揺さぶります。
 今回の日本の出来事だって同様です。こういったことは必ず自分の音楽へ感覚的に還元されると思います。ですが、それが感情のサウンドトラックであっても、特定の政治的なものに対する音楽であるとは言えません。このアルバムにはアメリカの銃社会に着想を得たものがあります。幼い少女が自分の父親を誤って撃ってしまったという事件がありましたが、それはぼくにとってかなりショッキングでした。そのときに感じた悲しみを曲にしたんです。
 このように社会の出来事はぼくの音楽に影響をもたらします。ニュースは毎日必ず見ますし、国内外の出来事に関心があります。でも音楽的に、その出来事からというよりは、もっと「大きなスケール」で影響を受けています。

良き回答をありがとうございます。

FP:こちらこそ素晴らしい質問をありがとうございました(笑)。

ぼくは、初期の「ヴァキュームEP」(2009年)からすごく好きで、あなたの〈イグロ・レコーズ〉のリリースをコレクションしているくらいなんです。だからいつアルバムを作るんだろうとずっと思っていたんですが、すっごく時間がかかりましたね。アルバムってことで、気合いが入りすぎていたのでしょうか?

FP:大学の博士課程に在籍していたことがひとつの理由ですね。自分の頭が科学に集中した時期で、音楽のリリースは趣味のようなものになっていました。なのでアルバムの“大きな物語”に意識を傾けるのが難しかったんです。博士課程に進んでからの4年間でも、音楽はわずかですが作っていました。それで去年の4月に修了して、それから3、4ヶ月でアルバムを完成させたので、制作期間が長かったわけではないんです。同時にふたつのことができない不器用な人間なんです(笑)。

趣味とおっしゃいましたが、あなたにとって音楽が趣味でなくなったのはいつですか?

FP:博士課程に進む前から音楽を作っていて、自分の〈エグロ〉からリリースしていました。音楽活動は単純にすごく楽しいですからね。Ph.D.の研究が進んでいくうちに、レーベルも自分の音楽もどんどん成長していきました。音楽がちゃんと軌道にのりそうだったので、3、4回は博士課程を断念しようかとも考えました。ただ研究の終わりが見えてきていたので、投げ出さずに頑張ることにしたんです。その間は、音楽とPh.D.が戦いを繰り広げていましたね。
 それで博士課程が終わったときには、〈エグロ〉は立派なレーベルになっていたので、心境は前の続きをやるという感じではありませんでした。なので、Ph.D.を取得した次の日からスムーズにぼくはフルタイムのミュージシャンになれたのかもしれません。

あなたの神経科学の研究とあなたの音楽は完全に別のものと考えてもいいですよね?

FP:全然違います。科学と音楽がどう繋がっているのかよく訊かれるんですが、実はそれは自分にとっても謎です(笑)。

ははは(笑)。でも、フローティング・ポインツというネーミングは、サイエンスからきているかと思ってました。

FP:とってもつまらない回答になってしまうのですが、自分が音楽を作るときに使っていたソフトから採りました。そのうちの設定に「フローティング・ポインツ」と表示されていたんです(笑)。

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ひとつだけ明確な物語が表現されている曲があって、それがタイトル曲の“エレニア”です。冬になると南アメリカの中央へ向かって飛ぶ渡り鳥についての話で、その鳥の名前がエレニア。そういう夢を見ましてね……。夢って、あの寝ているときに見るやつですよ(笑)。


Floating Points
Elaenia
[ボーナストラック1曲収録 / 国内盤]

Luaka Bop/ビート

JazzAmbientElectronic

Amazon

あなたの初期のレコードは〈プラネットμ〉と〈R2レコーズ〉から出ていますが、それは2009年で、当時はUKでダブステップがすごく強かった時期だったと思います。あなたの作品は日本ではハウスのDJがかけていて、時代はあなたにダブステップを作らせたかったんだろうけど、あなたはディープ・ハウスやテクノをすごく作りたかった、という印象を受けました。

FP:当時はロンドンに住んでいたんですが、プラスティック・ピープルで開催されていた〈FWD〉はダブステップの世界的なホームのような存在でした。ですが、ぼくは〈FWD〉に行った次の日には、同じ場所へセオ・パリッシュのプレイを聴きに行きました。当時から違ったジャンルを聴くことがぼくは大好きでしたね。聴くだけではなく、様々なスタイルの曲も作っていました。ときにクラシカルなもの、ハウス、ダブステップといった具合です。周りのプロデューサーがリリースしそうな音楽を作っていたことはたしかですね。でも、ダブステップを作ることを期待されていたときも、他のジャンルであっても作りたい曲を作っていました。

あなたの〈エグロ〉のスリーヴ・アートは、デザインもそうですが紙の質までこだわっていて、すごく丁寧に作っています。それはいまのレーベルには珍しいというか。昔のレコード全盛期に対するあなたの特別な感情を感じるんですけど、その辺はいかかですか?

FP:お世辞でも嬉しいです(笑)。おっしゃる通り、かなり気を遣っています。ぼくはコレクターとしてたくさんレコードを買い集めてきました(1万枚のコレクションらしい)。〈ブルー・ノート〉の日本盤も買ったりしました。オリジナルの日本盤は、アメリカでプレスされたものよりも質が良いんですよ。紙も厚いですし、帯付きで中にはビニールのスリーヴやライナーが入っていて、細部へ注意が行き届いています。
 短い時間でレコードを量産しなければいけないシングルの市場では、そういった点が無視されがちですよね。でも、ちょっと時間をかければ紙もいろいろ試せて、同じ予算で質のいいレコードを作ることができるんです。ぼくはロンドンで、芸術を先攻している友だちといっしょに住んでいたので、アートワークに関する意見を出し合っていましたね。〈エグロ〉のアートワークは全部がその友だちによるものです。デザインだけではなく、なかには紙のサンプルを持っているひともいましたよ。

じゃあ主にはレコードを買うんですか?

FP:どんなフォーマットでも買いはしますが、ほとんどはレコードです。実は、いま家にCDプレイヤーがないんですよね(笑)。

あなたの世代だと相当な変わり者なんじゃないんですか?

FP:もちろん。ぼくの次の世代だと、完全にMP3ですよね。6、7歳若かったらぼくもレコードを買っていなかったかもしれませんね。

あなただって十分若いですよ(笑)。

FP:いつからレコードを買ってるっけな……、たしか12歳のときからですね。

それはどういう影響からなんですか?

FP:単純に安かったからです。ぼくはマンチェスター生まれなんですけど、当時はどの家庭でも親はCDを買っていました。ちょうどCDが出はじめたときで、値段がとても高かったんですよね。そのときぼくはクラシックにはまっていたんですが、例えばショスタコヴィッチの作品を新品でCDで買うとなると、60ポンドはしたんですが、中古レコード屋に行けば昔のヴァージョンが60ペンスで買えたんです。自分が必要とする音楽を聴くために、レコードを買うのが一番手っ取り早い方法でしたね。

ショスタコヴィッチみたいな作曲家の名前が出てくるとこがあなたらしいですね。

FP:彼はひとつの例えですが、ぼくにとって大きな影響源のひとりですね。ぼくはピアノを習っていて、クラシックのトレーニングを受けていました。メシアンやショスタコヴィッチ、ストラヴィンスキー、武満徹がお気に入りです。いまでも彼らの音楽をよく聴いていますよ。それと同時に、ビル・エヴァンズ、ハービー・ハンコック、チック・コリア、ジョージ・デュークも好きです。彼らにはたくさんの共通点を感じるんです。それらをひとつの世界として見ていて、境目はありません。同じ世界にジャズとクラシックとエレクトリック・ミュージックが存在しているんです。
テクノやミュージック・コンクレートは全然詳しくなかったんですが、エイフェックス・ツインなどを初めて聴いたときは、以前から自分が聴いてきた音の文脈で十分に理解することができたんです。ハウスやディスコだって同様です。でも最初にテクノから聴きはじめていたら、クラシックを理解できなかったかもしれませんね。

アーサー・ラッセルみたいですね。あのひとも現代音楽とディスコ、みたいな感じでしたから。でもあなたはジャズがあるからまた違うのかな。

FP:アーサー・ラッセルはぼくのヒーローです。彼とクラシックの間にも境界線はないと思います。

コンピュータ1台でアルバムを作った方がよかったかなと思います。アナログ機材をたくさん使ったぶん、故障が多くて大変だったんです(笑)。とってもイライラしました。せっかくストリングスを録音したのに、ミキサーが壊れていてたりとか……。これがコンピュータ上の作業だったら何の問題もないのになぁ、と(笑)。

今回のアルバムっていうのは、すごく大きな曲が7曲あって、時間がかかったのもわかるんですけど、教えていただきたいのが、あなたが先ほど言いかけていた大きな物語というものですね。それから、このアルバムがどのような録音をされたのかということ。生の音とかを使いつつも、完全にあなたのなかでコントロールされて作られていると思いました。

FP:必ずしもプロットがある物語ではなく、抽象的なものですが、自分にとっては一貫性が感じられる作品が完成したと思っています。そのなかで、ひとつだけ明確な物語が表現されている曲があって、それがタイトル曲の“エレニア”です。冬になると南アメリカの中央へ向かって飛ぶ渡り鳥についての話で、その鳥の名前がエレニア。そういう夢を見ましてね……。夢って、あの寝ているときに見るやつですよ(笑)。
 イメージのなかで渡り鳥の群れが南へ向かって飛んでいるんですが、1羽だけはぐれてしまって冬の森へと落ちてしまう。そこで何が起きるかというと、森が鳥を助けようとようとその体を包み込みはじめるんです。風が吹いて、木々の枝が動いて……。意味わかんないですよね? まぁ、夢ですから(笑)。結局鳥は助からないんですが、森が命を吸収し、その生を森全体が引き継ぐんです。我ながら、なかなかポエティックですね(笑)。
 曲は電子音を背景にはじまって、ピアノによるメロディは鳥たちの歌声を表しています。曲が半分くらいまで進むんで森の場面になると、こんどはピアノがバックになって電子音がメロディを刻みはじめます。つまりここでは曲のパートそれぞれが、物語の要素を語っているんです。 

それをアルバムのタイトルにしたのはなぜなんですか?

FP:この曲の持つ明確な物語が、アルバムの中核を成すように思えたからです。それに語感もとてもいい(笑)。

録音は、どうやっておこなったのでしょうか? 

FP:ロンドンにある自作のスタジオで行いました。博士課程がはじまるときに作ったもので、大きさはこの部屋(8畳ぐらい?)の5倍ほどありますね。ロンドンのほぼ中心にあってロケーションも抜群で、その場所を見つけられて本当にラッキーだったと思います。作業は木材を切るところからはじめました。音楽を聴いたり作ったりするのと同じで、スタジオを作るのも趣味のひとつになっていました(笑)。頑張ったのでけっこうちゃんとしたスタジオになりましたよ。
 『エレニア』を録音したのはそのスタジオです。日本製のテープ・レコーダーのオタリMX-80を使っていますよ。すっごく大きいやつです(笑)。それとコンピュータ、シンセサイザー、マイク、大きいミキシング・デスクがあります。曲を作るときはまずスコアを書いて、それをプレイヤーに渡して演奏してもらいました。

何人くらいのミュージシャンが参加したんですか?

FP:少しずつセッションを進めていったんですが、もっとも多いときで5人はスタジオにいましたね。10人くらい詰めようと思えばスタジオに入ります(笑)。ドラムとベース、ピアノとストリングスをいっしょに録音して、そこに電子音を加えていきました。メインのモジュラー・シンセサイザーはブクラ(Buchla)を使っています。パッチを組むのが複雑で大変でした。このシンセはノイズを作るのに役立つんですが、今回のアルバムではレコーディングの中心に据えて、ストリングスの音をブクラに通してエフェクトを掛けたりしています。それから、テープ・レコーダーは後から修正があまりできないので、正確に演奏し、目的の音を作るように心がけていましたね。

今回のアルバムの制作を通して、あなたが得た番大きなものは何ですか?

FP:そうですね……。あんまり奇をてらわずに、ここはマジメに答えた方がいいですよね(笑)?

別にジョークでも大丈夫ですよ(笑)。

FP:わかりました(笑)。振り返ってみると、コンピュータ1台でアルバムを作った方がよかったかなと思います。アナログ機材をたくさん使ったぶん、故障が多くて大変だったんです(笑)。とってもイライラしました。せっかくストリングスを録音したのに、ミキサーが壊れていてたりとか……。これがコンピュータ上の作業だったら何の問題もないのになぁ、と(笑)。
 ぼくが前に出した「シャドウズ」(2011年)のことを、みんなはEPと呼ぶんです。たしかに5曲しか入っていませんが、曲はけっこう長くて全部で40分くらいあるので、ぼくは「シャドウズ」をアルバムだと思っています。その経験から「アルバムって何だ?」と思うようになりました。ぼくにとって「シャドウズ」には一貫性があるので、楽曲群をひとつの音楽作品として捉えることができます。でも周りは「5曲しか入っていないから、やっぱりEPだよ」としか言わない。でも今作は「シャドウズ」より2分長いだけなんです。違いはそれしかないのに、『エレニア』はアルバムと呼ばれているわけです(笑)。

それはいいことを聞きました。「シャドウズ」は、音楽的な繋がりという意味で今作と似ていると思っていたんですよ。あなたのは、もっとフロア向けのシングルもありますし。

FP:どうして「シャドウズ」の話をしたのかといえば、当時はスタジオを持っていなかったので、あの作品はエレクトロニクスで作られているんです。1日だけスタジオを使える日があったので、ちょっとだけストリングスが入っていますけどね。だけどいまはスタジオが完成して、毎日ストリングスの録音ができる(笑)。これからはもっと演奏を取り入れていきたいです。

ちなみに「シャドウズ」のCDは出ていないですよね?

FP:出ていないですね。日本で海賊盤は出回っているかもしれない(笑)。CD化の話もしているんですけどね。

出さなくていいです(笑)。でも、『エレニア』はCDで聴きます。

FP:はははは。『エレニア』はバンドで作った作品なので、そのメンバーでヨーロッパとアメリカをツアーをする予定です。11人の大所帯ですよ。ドラム、ベース、ギター、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、トロンボーン、サクソフォン、クラリネット、フルート。このメンバーでクロアチアでライヴを行いました。まだボイラー・ルームにアーカイヴが保存されていると思いますよ。ツアーで日本に来れたらいいですね!

Arca - ele-king

禍々しい美
木津毅

 faggot、すなわちカマ野郎――という言葉が消えていく。性の多様性が正しいこととなっている現在において、不適切な単語はより無難で口当たりの良いものによって覆い隠されていく。まるで「カマ野郎」への侮蔑も消え失せてしまったかのように……。だが、まだそのワードに出くわすところもある。インターネットと、そしてアルカの新作である。
 アルバムの最後から3曲めに収められた、アルカにおけるアンビエンスがより追求されたそのトラック、すなわち“ファゴット”がなぜそのタイトルとなったのかまず自分は引っかかった。抽象的かつインダストリアルな感触の残るビートと複雑に折り重なっていくように鳴らされるほのかに東洋的なメロディとピアノの単音。アルカの入り組んだ美への探究は明らかにここで繊細な進化を見せている。このトラックを“ファゴット”と名づけずにはいられないところに彼のアーティストとしての姿勢が見て取れるが、これに呼応するのはアルバム・タイトルでもある“ミュータント”だろう。そこで金属音は地を這いずり回っている。それはミュータントなる生命体がもがき苦しんでいる姿が音像化されたようであり、そしてそれはもちろん、前作のタイトル『ゼン』から連なる、無性の生命体――アレハンドロ・ゲルシが変身した姿である。

 その作品においてセクシャリティが抜き差しならない問題となっている点、あるいは進んで異形の者であろうとする点において、アルカは現代のエレクトロニカにおけるアントニー・ハガティである。『ゼン』においてはおもにアートワークからその連想をしたのだが、『ミュータント』においてはむしろ音からそのことを思う……よく歌っているアルバムだからだ。もちろん、相変わらず圧倒的な情報量がおもにビートにおいて分裂的に次々と姿を変えていくのだが、ゲルシが奏でるメロディはトラックによって色を使い分ける彼自身の声のようであり、それらは本作でよりダイレクトに体感できる。4曲め、“シナー”でガシガシした打撃音の上からピアノの音が降り注いだかと思えば、“スネイクス”や“フロント・ロード”のようにはっきりとしたメロディ・ラインが牽引するトラックもある。そしてそれらはとてもエモーショナルだ。内省的だった『ゼン』と対比すれば、ファッション・ショウのために書き下ろされたためある意味で企画ものだった『シープ』を挟み、より外交的でそのポップ・センスが磨かれたアルバムだと言えるだろう。ほぼノン・ビートの“エルス”の静謐さなどに顕著だが、クラシックへの素養をさらに前に出し、その優美さも高めている。チェンバロやハープを思わせる音色。“グラティテュード”から“エン”へと至る、荒々しく吹き荒れるエディットのなかで陶酔的なメロディが宙を回り続けるときの息を呑むテンションこそが、アルバムのピークを描いていく。それはミュータントのエクスタシーだ。
 アルカ本人が出演する本作の一連のヴィデオによく表れているが、身体ごとさらけ出し、自身の深い、そしてたぶんに抑圧されていた官能をゲルシはここで解放し飛翔させようとする。OPNやD/P/I/よりもストレートに感情のひとだろうと思うし、その異物感において、オート・ヌ・ヴの『エイジ・オブ・トランスパレンシー』の狂おしさと並べられるものであるとさえ思う瞬間もある。前提として自らを忌避されるような存在――「ファゴット」と呼ばれるような――と規定し、ときに過度にグロテスクなものとして現れつつ、しかしそこから立ちのぼる禍々しい美でアルカはわたしたちを引きずりこんでしまう。

木津毅


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赤いやつの進撃
橋元優歩

「アルカのノイズって、世間に爪を立ててるんだと思うんだよね」と言うのは隣でPCを叩いている編集長だ。

 まったく、筆者にもそうとしか聴こえない。
 作風が変化したというほどではないが、このアルバムはどこか威嚇的で、外に向かって刃物を振りまわすようなかたくなさがある。神経に障る音が次々と落ち着きなく現れ、ビートからは快楽性が剥がれ落ち、メロディはなかなか形を成さない。しかし閉じない展開の中で発信者の心拍数は上がりつづける。OPNの余裕、コ・ラのふてぶてしさともまったくちがう──それはちょうど、手負いの生き物が「爪を立てている」姿を彷彿させる。

 そしてたいてい、そんなふうにしてつけられた傷は世間の側にではなく自分に残るのだ。本作『ミュータント』は、24、5にもなろうという人間にしてはあまりにピュアな、闘争意識と傷を全身に貼りつけたアルバムである。そしてそれは、正体不明のプロデューサーとして『&&&&&』の奇怪な生物(https://www.ele-king.net/review/album/003367/)の向こうにハイ・コンテクスチュアルな音を揺曳させていた頃のアルカに比して、むしろ痛ましいほどにみずみずしい。

 アルカことアレハンドロ・ゲルシは、ベネズエラ生まれのプロデューサー。政情不安と神秘の残るかの国で多感な時期を過ごし、高校時代にニューロの名で楽曲制作をはじめ注目を浴びるが、その後アルカを育んだのはニューヨークのアンダーグラウンドだ。音楽、映像、ファッション、多様な文化や性が混淆したトレンドの一大発信地として知られるパーティ〈GHE20G0TH1K〉などを通じ、ミッキー・ブランコやケレラといった、その後の一時代を築いていくことになるヒップなシンガーたちと出会ったばかりか、カニエ・ウェストの6作め『イーザス』への参加を請われることになった。その後のビョークとのコラボレーションや、オルタナティヴR&Bのアイコン、FKAツイッグス『LP1』(2014)などへの参加といった活躍は詳述するまでもない。

 しかし年端もいかないまま、アンダーグラウンドから突如世界的なステージに上げられたゲルシは、ただ時のプロデューサーとして以上の混乱や葛藤を抱え込むことになったようだ。メディアからの取材もほぼ受け付けないから、その思いの在り処は、ただ音と、そして彼に伴走するジェシー・カンダによる造形からしか量ることはできない。

 関節の崩れた真っ赤な塊は、腐敗した実の表面のように膨張あるいは萎縮して、しかし関節こそが身体の謂となるベルメールの人形にせまるほど、われわれにそれの存在を思い出させる。デビュー・アルバム『ゼン』における「ゼン」とは、sheでもheでもある自身の分身だったが、それがただオルタ―・エゴの類、つまり人格や精神としてだけではなく、分「身」としてジャケットに写る体を与えられたことは興味深い。性的なアイデンティティをめぐる若き苦悩があったということを知っていても知らなくても、ゲルシにとって身体こそが重要な表現の命題であるのだろうということを多くの人が感じただろう。そして、今作リリース前に、能面のような頭部を持つ赤い塊と、露出させた肌にハーネスで武装を施した本人のヴィジュアルが公開されたときに、そのテーマはよりはっきりとした。
 しかし、ゲルシはそれを「ミュータント」と呼ぶのか──突然変異体であると? もし自身をそう認識し、リプリゼントするのだとすれば、『ミュータント』はすさまじい自己肯定と、それと同程度の自己否定を含んだ、やはりなかなかにへヴィで痛ましいアルバムだと言わざるをえない。

 ヒップホップに軸足を置きながらも、クラシカルなピアノの素養もあるゲルシだが、それがジェイムス・フェラーロやゲームスなどとともに〈ヒッポス・イン・タンクス〉周辺のアブストラクトな音像を伴って表われていたこれまでのEPや『ゼン』を聴くと、彼の境遇やアートワークをふくめ、彼がなぜカニエやビョークといったハイ・カルチャー志向のセンスに好まれるのかということが察せられる。しかし、たとえばノイズといっても、アルカはインダストリアルに興味があるとか、クリックやグリッチといった方法を検証したいといった研究肌のノイジシャンではない。当人にもさほどノイズという意識はないだろう。とても感覚的で、若いエネルギーがそのひとつひとつの音に過剰に情報をつけくわえ、ノイジーさを生みだしている。

 2、3分ほどの短いトラック群には、“シナー”のようにビートとテーマが溶けてしまったようなインダストリアルな断章もあれば、“セバー”のチェンバロのように旋律が押し出されたものもあり、全体としては楽曲というよりはこのミュータントの挙動に付随するSEのようだ。もしくはサウンドトラック。その進路には天然の光はなく、金属の花々が咲き、赤い生命体は自らの収まるべき場所を求めて破裂や収縮を繰り返す……そんな妄想をゆるすほど、たとえば“サイレン・インタールード”から“エクステント”への流れなどには、とくに映像喚起的なものがある。物語と情感と映像を収める装置、楽曲というよりはそうしたメモリのようにトラックが並び、ひとつひとつに罪や痛みの名がラべリングされている。
 かつてネット・カルチャーにおけるラディカリズムを、ポスト・インターネット的な感性で描き出す若き才能として認識したアルカだったが、それだけではむしろ時代に消費されてしまっただろう。アルカがなにか素通りできず、シーンの空気をざわつかせるのは、そうした時代性を持つという以上に、これだけ正面から、存在証明という古めかしく大上段なテーマ性を抱えてのたうっているからで、われわれは結局、それに向かいあう人間への興味を捨てきることはない。
 傷がつけられるのは身体を得てこそだ。爛れ、膿んだ赤い塊から新たな生命の萌芽を見ることができるのか、見れなかったとしても、このときゼンが生き、ミュータントが動いていたことを、未来覚えている。

橋元優歩

旅するDJ(西日本編) - ele-king

 2013年から2015年にかけて、ぼくがDJした西日本のCLUB/DJ BARの中から、特に記憶に残っている10軒のお店を南から順に紹介します。
 ぼくは日本各地のいろいろな箱に行ってDJをする機会があり、毎回満員御礼になっているわけではないけれど、今回紹介しているお店は全て満員御礼か、それに近い盛況な時間帯があったところで、どのお店もおすすめです。これらのお店の地元の人や旅先で音を浴びたい時などにぜひ行ってみてください。

 ぼくは毎年何か作品をリリースしようと心がけていて、2015年はUKのレーベルからリリースする話が進行中ながらいまだリリースの契約にいたらず……踊ってばかりの国の下津に歌ってもらった曲もあるけどこちらもリリース日は未定。
 そのいっぽうで、スイスの老舗レーベル〈Mental Groove〉から出る日本人ユニットのPsilosibe Qubensisの曲をDJ Yogurt&MojaがRemixしたVersionが、10月にまずTest Pressで少数枚限定リリースされて即完売。このRemixは自分も今年よくDJ プレイしてダンスフロアが盛り上がったお気に入りの仕上がりなので、正式なリリースを心待ちにしつつ……2016年には海外からの作品のリリースが続くかもしれないのでひき続きCheckしてもらえたら嬉しいー!

2015/11/10

1. 【沖縄県・石垣島】 - 【Mega Hit Paradise】

 石垣島で一番大きな箱。自分はここで2009年と2015年の2回DJして、2回共に出演者多数のBig Partyになり、お店を仕切る力さんやオーガナイザーの力もあってお客さんが100人以上来てくれて盛り上がりイイ思い出に。この箱から歩いて5分くらいの場所にもう一軒「グランドスラム」という天井までスピーカーを積んだ素敵な雰囲気の箱や、Reggae系DJ BARの「Chaka Chaka」もあるので石垣島でクラブ巡りするのも楽しいことになりそう。

https://www.facebook.com/mhp.jp


2. 【沖縄県・那覇市】 - 【Love Ball】

 DJ光が2012年から始めて自分も呼んでもらったことがあるGood Party「OK? Tropical Ghetto」がレギュラー開催されている那覇の箱。大箱なんだけど店内の使い方が工夫が凝らされていて小箱にいるような居心地の良さを感じることも。Rittoらの楽曲をリリースする沖縄発のレーベル「赤土Rec」の拠点。スピーカーの出音は強烈かつ強力。那覇では他に国際通り沿いにある「熱血社交場」やTechno系のDJが出演していることが多い印象のある小箱「桜坂g」、りんご音楽祭・主宰DJ SLEEPERが経営するDJ Bar「On」もおすすめの箱。

https://loveball.ti-da.net/


3. 【沖縄県・沖縄市】 - 【音洞(Oto Bola)】

 那覇から車で一時間の沖縄市にあるコザ中央パーク・アヴェニュー入口右手つぼ八地下にあるお店「音洞(おとぼら)」。現在は三代目店長の潤がお店を仕切り、「音へのこだわり」を感じさせてくれるお店。小箱というには中はかなり広く、超満員になったら100人くらい入りそう。スピーカーの出音も良く、音好きの人たちにおすすめ。コザには他にTheo ParrishがDJしたことがある小箱「BPM」もあって音楽好きな人なら侮れない街。

https://otobola.ti-da.net/


4. 【福岡県・博多市】 - 【PEACE】

 これまで博多ではBlackoutやKeith Flack、イビサルテ、いまはなきデカタンデラックス等でDJしたことがあるけど、LIVE HOUSE兼CLUBの博多PEACEでDJしたのは2015年が初めて。
 メインフロアとBARラウンジがはっきり分かれている広いお店で、メインフロアは満員だと200人くらい入りそう。自分がCro-magnonのLive後にDJした夜は、メインフロアのスピーカーを増設して四隅に置き、素晴らしい出音でPartyの雰囲気も良かった。LIVEの無い日はBARラウンジのみ営業していて、30人くらい来たら盛り上がりそうなラウンジだけでも居心地良い感じ。

https://www.peace-livehouse.net/


5. 【福岡県・北九州市】 - 【Rockarrows】

 北九州市の小倉には地元の音楽好きDJのMoureeが自分をほぼ毎年呼んでくれていて、Moureeの前に呼んでくれていたMomoちゃんの頃から数えると既に10回くらい行っている小倉には思い入れがあり、日本の中でも特に気になる都市のひとつ。
 小倉ではこれまでにMegaheltzやいまはなき名店DIG IT!DIG IT!でもDJしたことがあるけれど、ここ数年はずっとRockarrowsでDJしていて、2015年に行った時はVJのHiralionと共演して、主催のMoureeも頑張ってくれて100人近く来て朝まで大賑わいの一夜に。ロックアロウズは川沿いにあって、外で和むのも気持ち良い場所。縦長の店内は200人くらい入れそうな広さで、ガンガン踊りたい人たちには特にお勧め。

https://www.facebook.com/Rockarrows


6. 【愛媛県・松山市】 - 【音溶】

大街道のすぐ近くにあるビルの3階にあって、50人入れば満員の小箱ながらスピーカーの出音の迫力は四国屈指で、四国のクラブの中でも特にTechno好きにお勧めの箱。
 オーナー兼店長のチャーリーがDJ NOBU、DJ光、CMT、OLIVE OIL等、数多くのUnderground系の凄腕DJ達を松山に呼んでいて、これだけ頑張り続けている箱は四国にそれほど多いわけではないと思う、音好きにとって貴重な存在。
 自分はこれまでに3回ここでDJして毎回盛り上がっていることもイイ思い出になっている。

https://www.oto-doke.com/


7. 【高知県・高知市】 - 【Love Jamaican】

 高知で初めてDJした箱はいまはなきオタマジャクシーだったけれど、その後はほぼこの箱・Love Jamaican。高知の大きな商店街からすぐ近くのビルの地下にあり、レコードを鳴らした時のスピーカーの出音は、四国のクラブの中で1、2を争う気持ちイイ音ではないかと感じることも。
 このお店はREGGAE~HIP HOP系のPartyが普段は多いみたいだけど、自分がこの箱でDJする時はDisco Dub~HouseをDJ Playすることが多く、日曜午前9時までDJしたこともあるほど、延々と盛り上がっていることもあるお店。
 日曜昼前に店長のITA-SANが店内のソファーで寝始めると、常連のお客さん達がBarカウンター内に入って普通に店を切り盛りして、営業を続行している場面を見た時はトバされた。

https://lovereggae.net/shop/shopdetail/shop_id/45


8. 【広島県・広島市】 - 【Cafe Jamaica】

 自分は2013年までに広島では3回DJしたものの毎回盛り上がりに欠けていて、お客さんも夜中3時には帰り始める状況で残念に思っていたけど、2014年12月にオーガナイザー兼DJのまさたろ率いるParty Crew/Crossbreedに呼んでもらって、カフェ・ジャマイカで初めてDJした時は、DJ FUMIさんのDJ生活20周年記念Partyということもあり朝6時まで盛り上がり、広島でもこれだけ盛り上がることがあると感動。ここのスピーカーの出音は広島随一の印象で、卓球さんやフミヤさんが出演しているのも納得。

https://www.cafe-jamaica.com/

9. 【大阪府・大阪市】 - 【circus】

 ここのところ自分が大阪でよくDJしているのがこの箱「サーカス」。自分の好きなDJを大阪によく呼んでいる印象のあるお店で、DJとダンスフロアの距離が近く、ここでモーリッツ・フォン・オズワルドのDJ Playを聴いた時は胸にくるものがあった。広すぎず狭すぎずな長細い店内で、音のパワーが体に伝わってくる感じが好き。東京だと大箱に出演している外国からのGUEST DJを、大阪だとDJから近い距離で体感できるCIRCUSで見ることができるのは貴重ではないかと思う。
 大阪では最近だとサーカスの他に「Union」でもDJしたことがあり、ユニオンのHOUSE愛漂う店内の雰囲気とスピーカーの出音も忘れられない。

https://circus-osaka.com/


10.【福井県・敦賀市】 - 【Tree Cafe】

 N.Y.に長期滞在していた事もあるベテランDJのChikashiさんがオーナーのお店。2015年にOshareboysと共に行って初めてこのお店でDJした時は、PM6時OPENからDJして、LIVEを挟んで夜中0時過ぎまで1人でDJすることになり、House~Disco Dub~Jazz等、5時間越えのLong Playに。
 この時に来てくれた人たちのおかげもあり自分も驚くほど盛り上がって、夏にはCro-magnonと同行して再びTREE CAFEでDJ。またしてもイイ雰囲気の中でDJすることになり、すっかりお気に入りのお店のひとつに。
 路面店ということもあり、Partyは夕方から夜中1時頃までの開催が多く、気になるPartyの時は早めにお店に行くことをお勧め。

https://www.tree-cafe.com/

HP : https://www.djyogurt.com/
Twitter : https://twitter.com/YOGURTFROMUPSET
Facebook : www.facebook.com/djyogurtofficial

■DJ Schedule

11/22(Sun.)Commune246@東京都・表参道
11/22(Sun.)Unice@東京都・代官山
12/5(Sat.) Melbourne@Australia
12/11(Fri.)Byron Bay@Australia
12/12(Sat.)Byron Bay@Australia
12/18(Fri.)AERA@静岡県・富士宮市
12/19(Sat.)Mushroom Project Japan Tour with DJ Yogurt@表参道Arc
12/21(Mon.)Integration@代官山Air
12/27(Sun.)Oneness Meeting@代官山Unice/UNIT/Saloon
12/28(Mon.)DJ Yogurt And 下津光史Solo Live@渋谷Cosmoz Cafe
12/29(Tue.)Cro-magnon,Deep Cover and DJ Yogurt@元住吉POWERS 2

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