「Nothing」と一致するもの

Peng and Andy Compton - ele-king

 キミが家で打ち込みの音楽を作っているなら、ハウス・ミュージックは聴いておいたほうがいいと思う(もちろんクラブでも聴いたほうがいい)。なぜなら、ハウスをある程度わかっているだけで、キミの音楽がより多くの人に聴かれる可能性はいっきに高まるんだから。ことネット時代の今日においては。
 シンプルでありながら、ハウスのビートの上にはいろいろなものを載せることができる。ハウスほど雑食的に多くを受け入れるビートはほかにはない。ソウルやジャズ、エレクトロニックな響き、実験的な音響、クラシカルな旋律、オールド・ロック,すべての歌モノ、そしてダブ、アフロ、アラブ、ラテン……この音楽が何かを拒むことはないように思えるし、本当にあらゆる音楽はハウスの上でミックスされる。
 ここで用語解説。ディープ・ハウスとは、90年代半ば以降に意識して使われはじめたタームで、別に深さを競って生まれたわけではない。当時は、いまでは信じられないくらいにハウスはメジャーな(コマーシャルな)音楽で、数多くのスターDJが生まれ、いまで言うEDM状態だった。シカゴやデトロイトやNYやニュージャージーのアンダーグラウンドは切り捨てられ、テンポもアッパーになり、若い白人向けの音楽になった。ディープ・ハウスはそうした状況へのカウンターとして、主にUK中北部で広がった。当時ぼくもこのシーンを追いかけ、力を入れてレポートしたので、個人的にも思い入れもある。サブカル的に受けているのではなく、そのへんで働いている普通の姉さんや兄さんが週末ハウスのパーティに出かける。無駄に着飾らず、ロンドンよりも自分たちのほうが正しい音楽を好んでいるんだという自負も彼らにはあった(数年後にダフト・パンクがフックアップするロマンソニーのような連中もグラスゴー~ノッティンガムあたりでは人気だったし、ピッチをなるべくマイナスにしてミックスするという技法も彼らは早くから好んでいた)。
 UK最良のディープ・ハウスの多くにはソウルやジャズの成分が含まれている。それはノーザン・ソウルの伝統だという分析は当時もあった。ブリストルを拠点にする〈Peng〉とアンディ・コンプトンは、UKディープ・ハウスの精神とスタイルを継承している。1999年にはじまったこのレーベルは、伝統を守りながら、デジタル環境もポジティヴに受け入れて、毎年コンスタントなリリースを続けている。ちなみにアンディ・コンプトンはThe Rurals名義では、すでに10枚以上のアルバムを発表しているほどの多作家。
 インターネット時代は、地球の距離が縮まったというけれど、実際ele-kingは海外からのアクセスも少なくない。先日掲載したブリストル・ハウスの記事を見て、アンディ・コンプトン本人から編集部にメールが来た。ブリストルには俺もいるぜということなのだろう。良いレーベルだし、ちょうど良い機会なのでメール取材した。彼は南アフリカのシーンとも強い繋がりがあり、そのあたりの面白い話も聞けた。
 記事の最後には、アンディ・コンプトンに選んでもらったUKディープ・ハウスの名曲も紹介している。これを機会に、UKディープ・ハウス、そして〈Peng〉とアンディ・コンプトンの音楽の温かい魅力に触れて欲しい。



あなたはどのようにしてブリストル・ハウスの記事を知ったんですか?

A:Facebookで知ったんだよ。良いプロデューサー、アーティストが日本でも気に入られているのを知って嬉しかったよ。

ぼくはUKディープ・ハウス・シーンのラフでパワフルな感じが本当に好きなんですけど、あなたの名前を初めて見たのは、1997年のDiY(※)のコンピレーション『DiY: Serve Chilled Volume 1』でした。

A:俺は、1992年/1993年とノッティンガムに住んでいたんだ。それまでは南西部で暮らしながらロック・バンドをやっていたんだけど(ギター担当)、ナイトクラブに行きはじめてからエレクトロニック・ミュージックとディープ・ハウスに恋してしまったんだ!
 幸運だったのは、俺が住んだノッティンガムにはDiYがいたってこと。なにぜ俺は彼らのイベントに行くようになって、最良のディープ・スピリチュアル・ハウスを聴いたんだからね! 俺はそれからデヴォンに戻って、友だちのピート・モリスといっしょにハウス・ミュージックを作るようになった。そしてデモをDiYに送ったんだ。1997年に彼らのレーベル〈DiY Discs〉からリリースされた「Groove Orchard EP」がそれだよ。

1997年ぐらいにぼくがイングランド中部で経験したディープ・ハウスのシーンは、ロンドンのともすればファッショナブルなそれと違って、ごくごく普通の労働者たちが踊っていることに衝撃を受けたものでしたが、この20年のあいだでディープ・ハウス・シーンはどのように発展したのでしょうか?

A:昔のシーンは大きかったよな。エクスタシー文化によって、誰もが愛と良いヴァイ部ブの素晴らしい週末を望んでいたからね。今日の事情はあの頃とは少々違っている。ディープ・ハウスは玄人の音楽、通の音楽になっているんだ。それに、現代の多くの労働者階級が好むのは、おおよそコマーシャルな音楽なんだよ。

あなたはなぜブリストルに越したんですか?

A:ブリストルに来たのは3年前。それまではデヴォンに住んでいた。デヴォンは美しいところだった。The Rurals(彼のプロジェクト)はそこで生まれたからね! とはいえ、音楽シーンはとても静かなんだ。だから俺はブリストルに引っ越すことにした。ブリストルのシーンは驚異的で、多くの偉大なミュージシャンがジャムしたがっているし、音楽を作っているんだ。

あなた自身のレーベル、〈Peng〉はどのように生まれたのですか?

A:90年代後半、俺はThe Ruralsとして多くのレーベルと仕事をしてきたんだけど、自分たちのジャジーでソウルフルな音楽のためにレーベルをはじめようと思った。〈Peng〉といえば高品質だって、みんなもうわかっているよ!

あなたはいまでは南アフリカとの繋がりも深く、南アフリカの人たちといっしょにプロジェクトもやっていますよね。

A:2000年、〈House Afrika〉という南アフリカのレーベルがコンピレーションのためにうちらの曲をライセンスしたいと言ってきたんだけど、そのコンピが10万枚売れているんだよ! それで俺は、南アフリカにはでっかいハウス・ミュージックのシーンがあることを知ったんだ。それからも〈House Afrika〉に〈Peng〉の楽曲や俺の曲をライセンスしていたんだけど、2011年、思い切って南アフリカをツアーしてみることしたんだ。自分で日程を調整ながらね。素晴らしい体験だったよ。俺は主に白人が住んでいないエリアでまわすんだけど、彼らは本当にハウス・ミュージックを愛している。ハウスは彼ら(南アフリカ)の文化の一部なんだ!! ちなみに来月は、俺の18回目の南アフリカ・ツアーだよ! 
 南アフリカでは、ハウスはもっとも人気のあるジャンルで、ラジオもTVもすべてハウス・ミュージックを流している。俺のグループ、Ruralsだってあそこじゃ有名なんだ。南アフリカこそハウス・ネーションだ!
 2014年、俺はソウェト(ヨハネスブルグのエリア名)でAndy Compton's Sowetan Onestepsというグループを結成したんだよ。来たる4月にその最初のアルバムが出る。それが俺にとっての30枚目のアルバムになるんだけどな!





Andy Compton’s Sowetan Onesteps
Sowetan Onesteps

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ダンス・ミュージックは細部化されて、シーンにはトレンドがあります。しかし、ディープ・ハウスはそうしたトレンディなシーンとは距離を置いているように思いますが、いかがでしょう?

A:ハウス・ミュージックは本当に重要なジャンルで、あらゆる多くの他のジャンルのなかで大規模に進化している。いまUKでディープ・ハウスと呼ばれているものは90年代にそう呼んでいたものとは別モノだな。現代のそれはテック・ハウスよりだし、チャートを意識したり、まったくトレンディな音楽だよ! とはいえ良いこともある。この時代、一部の人たちはより深く掘って、ハウスのルーツを見つけているんだ!

UKのオリジナル世代はいまどうしているんですか?

A:ほとんどの90年代世代のレイヴァーはいまは落ち着いて、もう家族があって、それほど出かけていないね!

若い世代がいまディープ・ハウス・シーンに入って来ているって本当ですか?

A:その通り! ブリストルのディープ・ハウス・シーンでは、1000人の若者に会うことは珍しくない。ここブリストルにはアンダーグラウンド・ミュージックを扱っている小さなクラブとともに素晴らしい繁栄がある。キミも知っているように、ブリストルからはどんどんすごいプロデューサーが出てきている。

〈Peng〉はこの15年、コンスタントに作品をリリースしていますが、それはどうしてでしょう?

A:俺たちはこの時代、130枚のEP、35枚のアルバムを(フィジカルあるいはデジタルで)発表している。俺が焦点を当てているのはサウンドが新鮮であること、そのことにエネルギーを注いでいる。デジタルの時代においては、実験はやりやすくなっている。フィジカルと違って、かかる諸経費はないからな。デジタルではより安価にリースできるんだ!

あなたの将来の計画は?

A:音楽を作り続けること! 俺は30枚のアルバムを発売できて満足している。そして俺はさらに世界をツアーするつもりでいる。うまくいけば、日本にも行けるかもしれないな! 俺は、すでに驚くべきに場所に行けて幸せだ。俺の使命は、できるだけ遠くに俺の音楽と愛を広げることなんだ!

(※)ノッティンガムのフリー(無料)パーティ集団。1989年に発足され、英国最大規模となったフリー・レイヴでは、当局が軍をもって鎮圧させたほど。かずかずの伝説を残している。のちにレーベルも運営して、英国中部/北部のディープ・ハウス・シーンの拠点となった。



Dot Product - ele-king

 このアルバムでデビューを果たすドット・プロダクトは、ウェッジ名義で活動していたアダム・ウィンチェスターと、ライデンやカミカゼ・スペース・エクスプローラーとして知られるクリストファー・ジャーマンのふたりからなるプロジェクトだ。本作の制作にあたって彼らが音源として使用しているのは、フィールド・レコーディングにより採集されたライブラリーや、生活環境の中に漂っている電磁波を音声化したサウンドだ。そうした音素材にサウンドプロセッシングを施してトラックにまとめ上げたのが本作に収録された9曲である。

 「テクスチャーを強く意識してダンス・ミュージックを制作してきたふたりが電子楽器に飽き足らず新鮮な音源を求めて自然界へ、ひいては、知覚領域を超えた電磁波へ目を向けた」
 そう書くとあまりにもおおげさに思えるのは、フィールド・レコーディングや電磁波を音声化するという行為そのものは決して目新しいものではないからだ。2013年のフリードミューン・ゼロでは電磁波によって引き起こされるドーンコーラスに合わせて演奏がおこなわれているし、電子機器から発せられる電磁波を音声化するエレクトロスラッシュという機材が安価で発売されてもいる。

 本作が面白いのは、ふたりがそうした行為を目的にするのではなく、制作手段のひとつとして取り入れて、楽器の表現力に匹敵するレベルまで高めている点だ。例えば1曲目の“バルーンズ”では、採集してきた音素材がキックやベースとして使えるように加工されているし、中盤に配置される物悲しげなムードを醸すサウンドは、マックス・ローダーバウアーのフィンガーボード演奏を聞いているかのようだ。4曲目の“アトモスフィア・プロセッサー”というタイトルは非常に言い得ていて、散り散りのノイズが打ち寄せるなか、叙情的で壮大な雰囲気が醸し出されている。単なる自然音に過ぎないフィールド・レコーディングや電磁波に叙情性がもたらされているのは、ドット・プロダクトの手腕と音楽性の表れだといっていい。ただ音を持ってきて張り付けただけでは、このような仕上がりにはならないだろう。

 一方で、複雑な倍音構造を持つ自然界の音を加工したことによるテクスチャーの豊かさも際立っている。6曲目の“アニメーション”での圧搾ノイズや統制されたフィードバック音、そして、最後の“エクストリーミス”における激しいハムノイズやハウリング音など、変化に富んだ聴き応えのあるサウンドが散りばめられている。
 しかし本作の聴きどころはやはり、ふたりが異質な素材を単に羅列するのではなく、一見、無機質に思えるテクスチャーから発露される一種のムードを捉えて、冷ややかな雰囲気の漂う楽曲を生み出している点にある。『ぼくのエリ 200歳の少女』の上映時にドット・プロダクトのサウンドを流すという企画が依頼されるのも、映画を演出するに足る雰囲気をふたりが生み出せると期待されているからだろう。彼らがテクノからドラム&ベースまで様々なダンス・ミュージックを制作してきたことを踏まえると、個人的には、今回のコンセプトに則ったうえでフロア志向のトラックを制作すれば面白い結果になるのでは? という気がしている。

Brain Eno - ele-king

 昨年のブライアン・イーノは、アフリカ・エクスプレスやコールドプレイのアルバムにひっそりと参加したり、失われたアルバムと言われていた『マイ・スケルチィ・ライフ』を正式にリイシューしたりするなど、散発的な動きは見せていたものの、とりたてて目立つ音楽活動を行っていたわけではなかった。
 とはいえイーノは決して隠遁生活を送っていたのではない。労働党党首ジェレミー・コービンへの支持を表明したり、ギリシャの元財務大臣ヤニス・バルファキスと対談したり、パリ襲撃事件の後にはシリアへの空爆に反対するデモで演説したり、ベーシック・インカムの会合でデヴィッド・グレーバーらとともに講演したりと、昨年のイーノは音楽以外の分野で精力的に活動を行っていたのである。
 年が明けてすぐにボウイという盟友を失ったイーノだが(ふたりはもう一度一緒に仕事をしよう、『アウトサイド』について再考しようと話し合っていたらしい)、おそらくいまの彼には涙に明け暮れている時間的余裕などないのだろう。昨年から続く政治活動の一区切りとなるイベントが2月9日にベルリンで開催され、DiEM25 というプロジェクトが正式に発表された。
 DiEM25 とは Democracy in Europe Movement 2025 の略で、昨年バルファキスによって起ち上げられた、EUの改革を目指す政治運動である。その参加者リストにはイーノの他にも、ジュリアン・アサンジ、スーザン・ジョージ、ケン・ローチ、クリスティアン・マラッツィ、アントニオ・ネグリ、サスキア・サッセン、スラヴォイ・ジジェクなど、錚々たるメンバーが名を連ねている。この新たなムーヴメントのアンセムとしてイベント当日に公開されたのが、イーノによる書き下ろしの新曲 “Stochastic Processional (DiEM)” である。



 ドラムとベースが不穏な雰囲気を形成しながら、暗くも美しい旋律を誘導する。そう、これがいまのイーノのムードなのだ。このトラックは DiEM25 という運動のテーマ曲であると同時に、あまりに混沌としたUKの、ヨーロッパの、そして世界の情勢に対する、イーノなりの切実な応答でもあるのだろう。
 そのような緊迫したムードの中、ソロ名義としては3年半ぶりとなる新作『ザ・シップ』のリリースがアナウンスされた(4月27日、日本先行発売)。同時に公表されたイーノ自身によるメッセージを読むと、来るべき新作にもこのアンセムのような痛切なムードが引き継がれているのではないかと想像させられる。
 なお、イーノは3月9日にリリースされたフォウヴィア・ヘックスのEPおよび3月18日にリリースされたジェイムスの新作にひっそりと参加している。また、4月1日にリリースされるスリー・トラップド・タイガーズ(TTT)のセカンド・アルバムにもカール・ハイドとともに参加しており、TTTのトム・ロジャーソンとイーノとの共作アルバムも年内にリリースされる予定だそうだ。さらに、イーノは同じく年内リリース予定のU2の新作『ソングス・オヴ・エクスペリエンス』のプロデューサーも務めており、今年は音楽の分野でも精力的に活動を行っていくようである。(小林拓音)

Oneohtrix Point Never - ele-king

 1月23日、ファッションブランドのケンゾーがパリ・コレクションにてメンズの新作を発表した。そこでOPNがジャネット・ジャクソンのヒット曲をカヴァーしている。

https://www.facebook.com/nowfashion/videos/10154566478983289/
https://m.nowfashion.com/video-kenzo-menswear-fall-winter-2016-paris-18139

 原曲は1989年リリースの「リズム・ネイション」。これまでのOPNにも声に対する意識は垣間見られたが、実際に合唱隊まで従えた曲を公表するのは今回が初めてだろう(因みに合唱隊のアレンジを手掛けたのは、ジェフ・ミルズとの仕事でも知られるパリの作曲家トマ・ルーセル)。キャッチーなR&Bだった原曲がまるで別物のような声楽ドローンへと生まれ変わっており、なるほど、『ファクト』誌が「脱構築」という言葉を使いたくなるのも頷ける。


(ジャネット原曲)

 2年前にルトスワフスキの「前奏曲」を独自に解釈してみせたときもそうだったけれど、ここまで大胆に改変してくれるとやはり聴いている方も楽しい。カヴァーたるもの、かくあるべし。今後何らかの形で音源化されることがあるのかどうか、気になるところだ。

 2月19日。フォー・テットはOPNの “Sticky Drama” を1時間のロング・ヴァージョンへと仕立て直し、ボイラー・ルームにてストリーミング配信を行った。そのお返しなのか、3月4日にはOPNによるフォー・テット “Evening Side” のエディットが公開されている。まるで往復書簡のようなやりとりだが、もしかしたら今後この二人が本格的にコラボレイトする可能性もあるのかもしれない。



 2月29日。テックライフの一員であるDJアールは、OPNと一緒にアルバムを制作していることを明らかにした。ローンチされたばかりの同クルーのレーベル〈テックライフ〉からリリースされる予定とのことだが、アールによれば、ダニエル・ロパティンは彼に自身のレーベルである〈ソフトウェア〉に来て欲しいとまで語ったそうで、今回の共同作業はOPNからの熱烈なアプローチによって始まったものなのではないかと想像させられる。
ともあれ、このふたりの出会いに興奮するリスナーも多いだろう。なぜならこの邂逅が示唆しているのは、「上」も「下」もどちらも面白い音楽が生み出される可能性なのだから。昨年行われたリキッドルームでのライヴでも明らかになったように、OPNの弱点は「下」にある。「下」とはつまりベースやドラム、ビートやリズムのことだ。これまで圧倒的な強度の「上」を呈示し続けてきたOPNが、フットワークすなわち「下」の精鋭とコラボレイトする。これは期待せずにはいられないだろう。

 そして、ようやくである。昨年から何度も報じられていたアントニー・ヘガティによる新プロジェクト、アノーニのアルバムが5月6日にリリースされる。この新作でOPNはハドソン・モホークとともにプロダクションを手掛け、全編に渡って参加している。3月9日に公開された “Drone Bomb Me” のMVはナオミ・キャンベルが主演を務めており、アントニーとハドモーとOPNというそもそもなぜ成立したのかよくわからない不思議なトライアングルの緊張感が伝わってくる映像になっている。(小林拓音)

https://itunes.apple.com/us/post/idsa.c9f49974-e62f-11e5-a769-f18b118b72da

Prins Thomas - ele-king

 2004年、ノルウェーの首都オスロからの、リンドストロームのダビーでスペーシーなフュージョン・ディスコは、ダンス・ミュージックを更新した。イタロ・ディスコ・リヴァイヴァルと共振し、それは〝コズミック・ディスコ〟とタグ付けされた。当時のリンドストロームの作品には、エディットやミキシングでプリンス・トーマスが関わっていたし、ふたりはコンビとして何枚かのアルバムも残している。そういえば、2014年、『It's Album Time』のヒットも記憶に新しいトッド・テリエは、プリンス・トーマスのレーベル〈Full Pupp〉のカタログ#の1番目のプロデューサーだった。
 ブームがひと段落したあとも、ノルウェーのコズミック・ディスコは相変わらず広範囲にわたっての調査を続けているようだ。作品のクオリティの高さによって人気を確保しているのだ。プリンス・トーマスの新作の評判がすこぶる良い。

 CDで2枚組、通算4枚目のアルバム『プリンシペ・デル・ノルテ』に加味されたレイヤーはアンビエント──そして例によってミニマル、プログレッシヴ・ロックめいた電子音、70年代ベルリン・スクールのクラウツ・シュルツおよびマニュエル・ゲッチング、テリー・ライリーの『A Rainbow In Curved Air』、スティーヴ・ヒレッジの『Rainbow Dome Music』(個人的にかつて熱心に聴いたものばかりなので、懐かしい)──そう、このレヴューがなかなか書き終えられないのは、聴いているとぼーっとしてきて寝てしまうからなのだ。ゆっくり進む乗り物のなかで微妙に揺られながら、意識が遠のいていく。
 (1時間経過)
 70年代風のシンセサイザーのアルペジオが規則正しく繰り返し、繰り返し、繰り返し……は、北欧特有の透明感をともなって再現される。サイケデリックの要素はあるが、過剰でも極少でもない。綺麗な渦がぐるぐるまわるような、ヒプノティックで、幻覚性を孕んだこの宇宙サウンドは、わりと誰もが入りやすく、わりと誰もが現実を忘れることができる。宇宙の4次元空間を知ることはできないが、ルーティーンから逃れることはできる。穏やかなトリップだ。
 しかしこの人は70年代のベルリン・スクールが本当に好きだ……いかん、また眠たくなってきた。CD1の最後のトラックは、90年代のアンビエント・テクノへのオマージュだ。さっさと結論を言おう。2016年になったからといってエスケーピズムが要らないわけではないのであり、目眩がするかもしれないが、二日酔いの朝聴いていいのは陶酔的なCD1のほうで、ファンキーなリズムが通ったCD2ではない(そっちはそっちで良いのだが)。

対人対物無制限 - ele-king

 東京の音楽好きオリエンテッド・クラブシーンにおける立役者、Toby Feltwellと1-Drinkによるテクノ・パーティ、対人対物無制限が3月20日曜日(祝前日)に開催される。その突き抜けた感性で彼にしかできない世界観を作り出すプロデューサーのBRF、〈The Trilogy Tapes〉など数々の人気レーベルからリリースを続けるAnthony Naplesといった面々が登場してきた不定期開催なのが惜しいほどのパーティだ。今回ゲストには、ヤング・マルコなどでお馴染みのレーベル〈ESP Institute〉といったレーベルからのリリースが、コアなDJやリスナーの心を掴んでいるPowderが登場し、ラウンジではThe Very Best of Rare Groove (Vol's 1-42)がその名の如く、ホットなレア・グルーヴをなんとオープン/ラストでプレイする。毎回表情を変えるパーティに是非足を運んでみたい。フライヤーが今回も秀逸です。

対人対物無制限

会場:
CIRCUS TOKYO
3-26-16, Shibuya, Tokyo 150-0002 Japan
+81-(0)3-6419-7520
circus-tokyo.jp

日時:
2016.03.20 (Sun) 11:00 pm ~

料金:
2,000 Yen

*20歳未満入場不可。要写真付身分証明書

Powder
2015年、Born Free Records(SWE)、ESP Institute(US)より12インチアナログをリリース。
2016年4月、自身3枚目となる12インチアナログをBorn Free Records(SWE)よりリリース予定。
soundcloud.com/thinner_groove

1-Drink
TECHNO、HOUSE、BASS、DISCOの境界を彷徨いながら現在にいたる。 DJユニット"JAYPEG"を経て現在は個人活動中。 ときどき街の片隅をにぎわせている。
soundcloud.com/1-drink
soundcloud.com/t-o-b-o-r

Toby Feltwell
英国生まれ。1996年からMo'WaxのA&Rを担当。2003年にはXL Recordings傘下の音楽レーベルPlatinum Projectsを立ち上げた。2011年よりC.Eのディレクターを務める。
www.cavempt.com

Location Services - ele-king

 ロケーション・サービスは、〈1080P〉からのリリースでも知られるポートランドのR&Bユニット、マジックフェードのマイク・ガルバレクと、ジョシュア・ウォードによるアンビエント・ユニットである。マイク・ガルバレクがギターやシンセ、フットレスベースなどを、ジョシュア・ウォードがハープを担当している。リリースは〈ビール・オン・ザ・ラグ〉。同レーベルの新ラインナップともいえるCDシリーズの一作である。

 本作は「OPN以降」の状況を考えるための重要なキーになるように思える。なぜか。それはOPN的な人間以降の世界観を、極めて優雅な音楽性で表現しているからである。このアルバムの楽曲を簡単に表現すれば、「人間絶滅以降の世界で鳴り響くようなアンビエント・フュージョン」ということになるだろうか。透明なシンセサイザー、やわらかく澄んだギター、ハープ。そこから生成する2016年的な無菌/清潔な音楽。

 完璧に管理されたオフィスで、それとも病院の無菌ロビーで、もしくはヒトが消滅した世界で稼動しつづけている「施設」で、静かに、環境に溶け込むように、ヒトの感情をいたずらに刺激しないように、もしくは、そんなものなど最初から存在しないように、つまりは美しいヴォイドなBGMのように、ただ、ただ流れているような音楽がここにある。一聴、単にBGM的な作品に聴こえるかもしれないが、そんなことはまったくない。この音楽は美しく、そして異様だ。聴き進むにつれ、誰しもが、どこか人間消滅以降のニヒリティックな感性/コンセプト/美学/思想を感じとってしまうだろう。

 本作のアートワークは、そんな「アフター・ヒューマン」なイメージ/コンセプトを象徴している見事なものである(メンバー自身が手がけている)。青い手袋をした「医師」たちが奏でるムード音楽? だが顔のみえない彼らは、本当に人間なのだろうか。それともゾンビや幽霊なのだろうか。人間消滅以降の世界で、人工知能的アンビエント・フュージョンを奏でる「医師」たちとは……?

 ともあれアルバム冒頭の“アバイア・トランスファー”の音使いは鮮烈であった。大病院のロビーや、会社のオフィス内で鳴っているような音たち。電話の音、キーボードをタイプする音、何かの通信音、ヒトの声やコップを置く音、ペンを走らせる音などが、美しいシンセサイザーやギターの音などにレイヤーされていく。それらの環境音は、ありがちな「ドローン+フィールド・レコーディング的」な使われ方をしていない。いわば楽曲における重要なサウンドエレメントとして導入されているのである。事実、これらのオフィス的音響は、コンポジションされ、ループし、ヒトの気配、ヒトが動き、働いていた気配を生んでいる。だが、その音響は、いわば天国的なアンビエントのむこうで鳴っているのである。まるで消滅した人間世界の記憶=結晶ように……。

 2曲め“ノー・プロジェクションズ”以降は、人間社会の終局以降のような天国的ともいえるアンビエンス/アンビエントな楽曲が、軽やかに、かつ濃密に展開されていくだろう。3曲め“バリーズ”など、サイケデリックな音像に、微かに不穏な空気感も生まれており、フェネスの音楽を思わせもする。ラストの曲“エクセプション・エグザイル”では、再びオフィス音が聴こえてくるのだが、それは即座に消え去り、緊迫感のあるシーケンス・フレーズの反復が楽曲を覆うのだ。

 終末以前の人間社会の記憶→人間消滅以降の無人で平穏な世界→人間世界終末のカタストロフィと時間を入れ子構造にしながら展開している構成とでもいうべきか。私は本作を聴きながら、テレンス・マリックの映画『ツリー・オブ・ライフ』を思いだしてしまったほどである。

 ヒトが消滅した清潔な世界で鳴り響くアンビエンス/アンビエント。そのような音楽が、「いま=2016年」という時代においては、とても心地よく感じられる。人がいない世界=空虚への憧憬か。これこそニューエイジ・リバイバル以降、人間絶滅以降の世界を射程(=イメージ)に入れたような新しいアンビエント・シーンの動向/鼓動に思えてならない(2本のMVは彼らのアフター・ヒューマンな世界観を見事に表現している。アルバム・ティザー映像は20年前のCGのような建築プレゼンテーション・ビデオのようであり、“バリーズ”のMVは、たぶん、廃墟となった原子力発電所らしき場所を撮影した映像であった)。

 本作とともに、カラ・リズ・カバーデール(Kara-Lis Coverdale)の神話的なアンビエントを聴いてみてもよいだろう。人間絶滅以降の新しい世界観のアンビエント・ミュージックの現在が、いっそう浮き彫りになるはずだ。

Submotion Orchestra - ele-king

 サブモーション・オーケストラは2010年にデビューEPを発表した当時、人力ダブステップ・バンドと評されることが多かった。グループのリーダー的存在のドム・ハワードはラックスピン名義で活動してきたダブステップのプロデューサーであるし、そもそも英国芸術委員会から教会でダブステップの演奏をしてほしいという依頼があったことからグループが結成されたので、こうした形容は間違いではない。ただし、それは彼らの一面をとらえただけに過ぎなかった。ファースト・アルバムの『ファイネスト・アワー』(2011年)においては、確かにリズムはダブステップのそれを踏襲するものだが、同時にジャズやファンクなどの要素も見受けられた。ピアノやトランペットの哀愁に満ちた音色はジャズとダブの融合の賜物であるし、グループの紅一点のシンガーであるルビー・ウッドの憂いを帯びた歌声はとてもソウルフルだった。ダブステップ云々というより、むしろマッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどに代表されるUKのダウナーなソウル・ミュージックの系譜を受け継ぐものでは、という感想を抱いた。セカンド・アルバム『フラグメンツ』(2012年)はドラマティックにスケール・アップしたサウンドで、全編を通じてストリングスやホーンのアンサンブルがより強化されていた。深く、美しく沈み込んでいく場面と、エモーショナルな高揚感を放つ場面の対比が鮮やかで、サウンドの構成力やクオリティはシネマティック・オーケストラにも比類すべきものとなってきた。サード・アルバムの『アリウム』(2014年)あたりになると、もうダブステップ・バンドという括りが必要ないように感じる。もちろんダブステップも要素のひとつにあるが、ベース・ミュージック、UKガラージ、ジャズ、ソウルなどが結び付いたクロスオーヴァーなサウンドで、同時に今までの作品からよりポップに進化した面も見せた。

 『アリウム』から2年ぶりとなる通算4枚目のアルバム『カラー・セオリー』は、セオ・パリッシュとの共演で知られるガーナ系のシンガー・ソングライターのアンドリュー・アションはじめ、ビリー・ブースロイド、エド・トーマスなどゲスト・ヴォーカリストが多く参加する。ルビー・ウッドの歌声だけでなく、男性ヴォーカルの導入によって今までにない面を引き出そうとしている姿が伺える。そして、全体的に今までの作品と比べて生演奏の比重が弱まり、それによってエレクトロニックな要素の強い曲が増えている。プロデュースもドム・ハワード(ラックスピン)と個人名になっているように、どうも彼の個人ユニット的な色彩の強いアルバムだ。新鋭プロデューサーのキャッチング・ファイルズやロイス・ウッド・ジュニアらとコラボする曲があるが、そうしたバンド・サウンドでない側面がいろいろなアーティストとのコラボに表われているのだろう。その結果、今までとはまた違うサウンドの方向性を生み出しており、アンドリュー・アションとの“Needs”がその代表だ。アションの歌とギターによるフォーキーなテイストはかつては見られなかったもので、それとエレクトリックなサウンドの融合はザ・xxなどに近いだろうか。“キモノ”はタイトル通り和風の旋律を持つ作品だが、今まではあまり使ってこなかった四つ打ちのビートを用いている。キャッチング・ファイルズとの共作“Ao(エイオー)”も四つ打ち系だが、こちらはゆったりとしたテンポのアンビエントなテイスト。ビリー・ブースロイドが歌う“モア・ザン・ディス”、エド・トーマスとルビー・ウッドのデュエットによる“エンプティ・ラヴ”はジェイムズ・ブレイクの作品に通じる美しい楽曲。エレクトリックなダンス・ビートの“アミラ”や“ジャファ”はボノボの作品を彷彿とさせる。“レッド・ドレス”、“イン・ゴールド”、“イルージョンズ”のような従来の路線の作品も、ドラムの音色などでエレクトリックなテイストが強くなっている。『アリウム』でバンドとしての完成形を見せたサブモーション・オーケストラだが、『カラー・セオリー』では今までとは作品制作のプロセスなども変えているようで、また新しいスタイルに挑戦しようとしているのではないだろうか。

Kendrick Lamar - ele-king

 抗議のための音楽というのは過去のものではない。たったいま起きている音楽だ。それもかなり大きい。

 ポップスターになるべく育てられ、実際メガスターになったビヨンセの、現在のような政治的な姿を、“クレイジー・イン・ラヴ”の時代にいったい誰が予想しえただろうか。スーパー・ボウルというアメリカ最大の祭典に出演した彼女は、BlackLivesMatter(ネットの草の根運動=Netrootsをフル活用した現代の黒人運動)へのシンパシーを表明するかのような、ことPVにおいて政治的かつ扇情的な映像をふくむ新曲“Formation”を披露して話題となった。彼女がフェミニズムを主張して久しいけれど、世界的ポップアイコンの彼女がここまで徹底的にやるとは……。
 2014年末にリリースされたディアンジェロの『ブラック・メサイア』も激しい抗議と祝祭の音楽だった。そしてケンドリック・ラマーはグラミー授賞式において囚人姿でパフォーマンスを見せている。60年代末や70年代にジミ・ヘンドリックスやカーティス・メイフィールド(あるいはマイルス・デイヴィスやスティーヴィー・ワンダーなどなど)が訴えてきものが、21世紀のいま新世代の手で蘇り、たったいま演奏されている。悲しい時代であり、非常事態だとは思うが、まさにその非常事態に突きつけるメッセージと創造性、感情に訴える力、抗議音楽としてのブラック・ミュージックの強度という観点で言えばすごいものがある。

 革命を望んでいるのは音楽だけではない。影響はジェイムズ・ボールドウィンとリチャード・ライトで、最初に読んだ文学はヒップホップだったと答えるノンフィクション作家のタ=ナハシ・コーツのアレックス賞受賞作は、アメリカへの憤怒が込められている(という話だ)。他方では、警察による暴行はエリカ・バドゥやタイラー・ザ・クリエイターらを声優に迎えたアニメ『Black Dynamite』の特別編でも描かれている。
 BlackLivesMatterはクリントンにも、サンダースにも抗議している。オバマという象徴的な人物の時代の末期という今日において、これらブラック・パワー・ムーヴメントが無視できないところにまで顕在化していることは注目に値する。もうリップサーヴィスはいらない。自分たちの政治的主張を訴えるのに黒人を利用するのは止めて欲しい。BlackLivesMatterは、積もり積もった政治不信の噴出とも言えよう。
 ポップと政治を混同させるつもりはないが、しかし、なんだか気がつけば、このポリティカル・ムーヴメントに共振しているように見えてしまっているのがいまのビヨンセであり、ディアンジェロであり、そしてケンドリック・ラマーというヘヴィー級のスターたち……なのだ。

 なかでもケンドリック・ラマーは別格だ。今年の6月で29歳になる彼の2015年の『To Pimp a Butterfly』に収録された“Alright”(ファレル・ウィリアムスが参加した曲)は、(ラマー本人が望んだことではないにせよ)抗議運動のアンセムになっている。
 そしてこんなにも早く新しいアルバムが出た……新しいといっても『To Pimp a Butterfly』セッション時の未発表音源集らしいのだが、そう、それでも素晴らしい。『To Pimp a Butterfly』と同様、ソウルやファンクといった20世紀ブラック・ポップ・ミュージックを吸収しつつも、ヒップホップとジャズと最新エレクトロニクスを折衷させた、じつに優雅な、21世紀の型破りなソウル・ミュージックと呼びうるものだ。人びとの内なるエネルギーを喚起させうる音楽、実験的で、荒々しくも気品を忘れない。
 ラマーの気迫を前面に打ち出した1曲目も良いが、本作からは『To Pimp a Butterfly』とはまた別の、リラックスしたフィーリングを聴くことができる。メロウさはこちらのほうがあるだろう。白眉を挙げれば、フリー・ジャズの断片とファンクを繋げる2曲目とか、5曲目とか、エレクトロ・ファンキーな8曲目とか……いやいや、やっぱ全曲いいね。『To Pimp a Butterfly』より、こちらのほうが好きだと言う人は少なくないかもしれない。
 詩人ラマーの歌詞が読めないのは残念だけれど(本作にはブックレットがない)、音だけでも充分。時代が悪くなれば音楽が輝くというのも皮肉な話ではあるが、我々も彼らも矛盾のなかを生きている。いまこれを聴かずして何を聴けというのか。

インディ・レーベル文化が根強い町と言えば、ロンドン、マンチェスター、デトロイト、シカゴ、NY、LA、アムステルダム、ベルリン……などいろいろある。日本でもその町のファンは多いイングランド南西部の港町ブリストルにも特徴あるサウンドと数々のユニークなレーベルが存在している。ザ・ポップ・グループやマッシヴ・アタック、バンクシーを生んだ町の現在をレポートする!

文:Yusaku Shigeyasu

 「形式的になって新鮮味を失ってきたダブステップに対するリアクションとしてアイドル・ハンズ(Idle Hands)を始めた」と語るのは、レーベルと同名のレコード店をブリストルで運営しているクリス・ファレルだ。ダブステップが持っていた創造性からの影響を認めつつも自身を「テクノ/ハウス人間」と称する彼は、重低音を強調させたタフな非4つ打ちテクノや、素材を削ぎ落した骨格剥き出しのハウスなど、型にハマらないダンストラックを紹介し続けている。ファレルは「ブリストル産」にフォーカスしたレーベル、Brstlも運営している。ブリストル産でありながら、ディスコ、ソウル、ガラージなど、ブリストルではない場所で生まれた音楽からの影響を取り入れた同レーベルのサウンドは、これまで話題にされていなかった同市のテクノ/ハウスの動向に注目を集める契機となった。共同運営者であり音楽制作も行っているシャンティ・セレステ(Shanti Celeste)がベルリンに活動拠点を移すと決断したことも、その人気と需要を裏付けている。

 こうした状況に惹き寄せられたレーベルもある。ドント・ビー・アフレイド(Don't Be Afraid)を運営し、デトロイト色の強いシンセを多用したハウスを紹介しているセムテック(Semtek)は、2013年にそれまで住んでいたロンドンからブリストルに引っ越してきた。ブリストルで音楽やアートに携わっている人たちと出会って彼が気付いたのは、みんながビジネス面の情報を喜んで共有し合うことだったという。「すごく助かっているよ。小規模のインディ・レーベルをやっていると、音楽業界を孤独な場所だと思うことがあるからさ」とは彼の言葉だ。相互扶助の空気が漂うブリストルは多くのレーベルにとってオアシスのような場所だろう。

 一方、「新鮮味を失った」と言われてしまったダブステップはというと、ブリストルにはかつて20以上のダブステップ・レーベルが存在していたが、現在その数は激減している。2005年にテクトニックを設立し、ブリストルにダブステップシーンを築き上げたDJピンチは次のように語っている。「最近はテクトニックをダブステップのレーベルだと思っていない。初期のダブステップが進化的だった頃にテクトニックは誕生したけど、それはダブステップが『誰が一番大きくハードな低音を出せるか競うコンテスト』になってしまう前の話だ」。進化性のある音楽領域でのレーベル運営を心掛けている彼は、バトゥ、イプマン、エイカーといった新世代プロデューサーたちをフィーチャーしたコールドを2013年に発足させた。近年のテクトニックと同様、コールドも初期ダブステップのバイブスを感じさせながら、既存の構造に抗うような複雑なビートを配置した意欲作を発表している。

 DJピンチと共にブリストルのダブステップシーンに大きな貢献を果たしたペヴァラリストも現在はリヴィティサウンド(Livity Sound)や、そのサブレーベル(Dnuos Ytivil、読みは同じくリヴィティ・サウンド)を通じて、既出感を抱かせない新鮮なダンストラックを提供している。テクノ的なテクスチャーを伴いながら、4つ打ちと裏打ちのハイハットではなく、UKガラージの影響を感じさせる不規則なビートとベースのコンビネーションにより構築されるトラックが同レーベルの特徴だ。

 ピンチ、ペヴァラリスト、ファレルたちは自身のレーベル運営で培った経験を惜しげもなく次の世代に共有している。そのため自らレーベルを立ち上げる若手アーティストたちは少なくない。バトゥ(Batu)によるタイムダンス(Timedance)や、アススのインパス(mpasse)、ケリー・ツインズによるハッピー・スカル(Happy Skull)はその代表例だ。

 ブリストルのルーツ・レゲエ筆頭レーベルであるサファラーズ・チョイス(Sufferah's Choice)を運営するDJストライダ(DJ Stryda)と、彼を師として敬愛するオシア(Ossia)にも触れておきたい。オシアはブリストルの新時代を切り拓く存在として注目を集める集団ヤング・エコーの一員だ。ペン・サウンド(Peng Sound)、ホットライン(Hotline)、ノー・コーナー(No Corner)など数々のレーベルを手掛ける他、オンライン・レコードショップ、RwdFwdを運営する彼のDIY精神は、10歳以上年上のストライダの多岐に渡る活動に強く影響を受けたものだ。近年、ふたりはイベントを共同開催するなど、ますます信頼関係を深めている。自分の活動にはアーティストからの信頼が欠かせないというオシアにとって、イベント開催は重要な意味を持っている。「まだレーベルとして実績が無かったころは、ちゃんとした形で音楽をリリースできることをアーティストに証明できなかった。でもブリストルでイベントをやって音楽を一緒に楽しんでいたから、そこには信頼が生まれていたんだ」と語るオシアは、ストライダとディジステップ(Digistep)によるダブカズム(Dubkasm)の作品を2014年にリリースしている。

 先のセムテックによる発言や、世代を超えた交流は、こうした信頼を構築する基盤がブリストルに整っていることを示唆している。マーケットの縮小による逆風が吹く中、引き続きブリストルから数多くの音楽が発信され続けているのは、信頼、共有、助け合い、といった価値観が同市のレーベルを支えているからなのだろう。ブリストルに魅了される人が後を絶たないのも無理はない。

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