「Nothing」と一致するもの

interview with Shonen Yoshida - ele-king


吉田省念
黄金の館

Pヴァイン

RockPops

Tower HMV Amazon

 彼の知遇をえたのは2013年夏から初秋。不幸な事件で逝去された山口冨士夫さんの本をつくるにあたり、調べていくうちに、村八分と親交のあった京都の美術家ヨシダミノルさんのご子息が音楽をやられていると知った。吉田省念は当時、前年の10作目『坩堝の電圧』を最後、というか最初で最後にくるりを脱退した直後で、ソロ・アルバムの制作にとりかかったばかりのころだったと以下のインタヴューをもとに時系列を整理するとそうなる。私の原稿の依頼を省念さんは快諾され、あがってきた原稿はヨシダミノルさんと村八分(ことにチャー坊)との交流を、子どものころの曇りのない視線から綴った滋味あるもので、私は編集者として感心した、というのもおこがましいが、味わいぶかかったのである。

 3年後、吉田省念がソロ名義では初のアルバムを完成させたと連絡を受けた。『黄金の館』と名づけたアルバムは冒頭のインストゥルメンタルによる起伏に富んだタイトル曲にはじまり、「伸びたり縮んだり 人によって違うかもしれない」(「一千一夜」)時間のなかの暮らしの匂いと無数の音楽との出会いを映し出すやはり旨味のあるものだった。情景はゆるやかに流れ、季節はめぐり、見あげると音楽のなかで空は高い。これはなにに似ているとか、なにが好きでしょ、というのは仕事柄やむをえないにしても、それが音楽好きが集まって話に花を咲かせるように思えるほど、『黄金の館』の細部には血がかよっている。尾之内和之との音づくりは残響まで親しい。末永く愛聴いだきたい13曲の「ミュージック・フロム・黄金の館」。そういえばあのときお寄せいただいた原稿の表題は12曲めと同じ「残響のシンフォニー」でしたね。

■吉田省念/よしだ・しょうねん
京都出身。13歳でエレキ・ギターに出会ってから現在に至るまで、宅録を基本スタイルにさまざまな形態で活動を続ける。2008年『soungs』をリリース。吉田省念と三日月スープを結成、2009年『Relax』をリリース。2011年から2013年までくるりに在籍し、ギターとチェロを担当、『坩堝の電圧』をリリース。2014年から地元京都の〈拾得〉にてマンスリー・ライヴ「黄金の館」を主催し、さまざまなゲスト・ミュージシャンと共演。四家卯大(cello)、植田良太(contrabass)とのセッションを収録したライヴ盤『キヌキセヌ』リリース、〈RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZO〉に出演。2015年、ソロ・アルバムのレコーディングとともに、舞台『死刑執行中脱獄進行中』(主演:森山未來、原作:荒木飛呂彦、演出:長谷川寧)の音楽を担当する。2016年、ソロ・アルバム『黄金の館』をリリース。

(中学時代は)90年代です。でも自分の生きている時代の音楽は意識して聴いたことがなかったんです。とりあえずまわりの連中が聴いていないものを聴いていたい──。

吉田:2013年に記事を書かせていただいたのをきっかけに、「残響のシンフォニー」という言葉が最初にあって、曲にしようと思ってつくったんです。そういった心構えはつねにありますし、冨士夫さんのギターはほんとうに子どものときから聴いていました。生演奏で聴いたというよりライヴ盤ですよね。2枚組の『村八分ライヴ』をよく聴いていて、完コピしようと切磋琢磨していた時期がありました。

原稿には十代のころ、ビートルズやビーチ・ボーイズをコピーしていて、チャー坊からギターをもらったくだりがありましたよね。

吉田:父親がチャー坊と仲がよくてつながりがあったので、自分が音楽に興味をもちはじめたのを聞いてギターをもってきたんだと思うんですね。最初に触るギターがいいほうが巧くなるからこれ使えって。

それは真理ですね。一方で村八分と関わりがありながら、ビートルズやビーチ・ボーイズにも興味をもっていた。省念少年が最初に感化された音楽といえばなんでしょうか。

吉田:まずはビートルズが大きくて、はじめてLPを買ったのは中学のころのビーチ・ボーイズです。『サーフィンU.S.A.』でした。

中学時代というと――

吉田:90年代です。でも自分の生きている時代の音楽は意識して聴いたことがなかったんです。とりあえずまわりの連中が聴いていないものを聴いていたい、でもコレクターになるほどのお金は当然ない。『サーフィンU.S.A.』はとくにあの時代のグループがツールにしていたというか、カヴァー曲が多いじゃないですか。カヴァー曲もありつつ、エレキ・ギターのテイストとコーラスがよくてそれを聴くのが好きでした。

もうギターは弾いていたんですね。

吉田:はい。

ビートルズやビーチ・ボーイズをコピーして、しだいにオリジナルをつくるようになった?

吉田:順序としてはそうなります。

最初につくったオリジナル曲も中学時代だったんですね。

吉田:憶えていませんが(笑)、たぶんギターのリフとかでつくったのだと思います。でもそれをバンドで演奏しようとはそのころ思っていませんでした。バンドはやっていたんですが、オリジナルをやるよりはカヴァー曲でした。そのうち、チャー坊のギターを預かっていたので彼の追悼コンサートに出るようになって、それが毎年やってくるなかで、村八分の曲を披露することになるわけです。それで、ああ日本語で歌うのって難しいんだなと思ったんですね。自分で曲を書くようになって、英語がそう得意なわけでもないですから日本語でやりたいと思うようになりました。
 それこそ、僕の学生時代はゆらゆら帝国が出てきたころで、坂本慎太郎さんの日本語の使い方がほんとうに衝撃的でした。ゆらゆら帝国の『3×3×3』にははっぴいえんどの『風街ろまん』と並ぶ衝撃を受けたんです。くるりはじつはほとんど知らなくて。当時京都では(京大の)吉田寮が話題でしたが、チェルシーを掘り返して聴いていたりとかは、あまりなかったんですね。

坂本慎太郎さんの日本語の使い方がほんとうに衝撃的でした。ゆらゆら帝国の『3×3×3』にははっぴいえんどの『風街ろまん』と並ぶ衝撃を受けたんです。

ゆらゆら帝国の音楽も日本語のロックという文脈で聴いていたんですね。

吉田:言葉のチョイスとリズムを崩さないのがすごいと思いました。はっぴいえんどが「ですます」調にいたるのもリズムを考えてのことだと思うんです。音楽としての歌詞のあり方があったと思うんですが、(はっぴいえんどは)時代がちがったし、リアルタイムでそれを感じていたわけでもないので、それこそ細野さんの音楽を聴いているといっても後追いですから。日本語の音楽、しかも新譜として衝撃的だったということを考えるとゆらゆら帝国は大きいですね。

『3×3×3』は98年くらいでしたね。

吉田:サイケ耳で音楽を聴くのがそこで一気に流行ったというか、再認識があったと思うんです。「スタジオ・ボイス」でもやっていましたね。

そういわれると、なまなかな気持ちで仕事しちゃいけない気になります。

吉田:(笑)ゆらゆら帝国のポップさは独特だったと思うんです。それこそニプリッツのヒロシさんもかわいいじゃないですか、ロック・スターとしてのアイドル的なものがあると思うんです。

そのご意見はよくわかりますが、「いいね」がどれくらい押されるかといえばやや不安ですね(笑)。

吉田:(笑)でも細野さんにもかわいらしさがあるし、それは必要な要素かなと最近思うんですが、自分にはどうも――

いや、かわいいと思いますよ。

吉田:やめてくださいよ(笑)。

売り方が変わるかもしれませんが(笑)。そういった先達のやってきたことは、ご自分で音楽をやる段になると意識されますか。

吉田:あると思いますよ。

デモをつくりこみすぎると、だったらそれでいいじゃんとなってしまう。その時期にたまたまエンジニアの尾之内和之さんに再会したんです。

それでイミテーション的になったり反動的になることもあると思うんですが、吉田さんの音楽はとても素直だと思うんです。おそらく批評的な視座は強くもたれていると思うんですが、そこに拘泥しないおおらかさを感じます。細やかですが閉塞的ではない。

吉田:素直にやった結果だとは思いますよ。自分は自分が好きなミュージシャンや尊敬するミュージシャンにたいして、こういうものをつくったんだよという、ミュージシャンにはそういうところは絶対あるじゃないですか。でもそれだけになってもよくないと思うんです。たとえば、ライヴに来ているひとのなかで、音楽をやっていないひとのほうがよく聴いてくれたりする。ミュージシャンが音楽をちゃんと聴いていないと、いちがいにはいえないですが、ライヴに来てくれる方には音楽をすごく細かいところまで聴いていて、こういったひとたちに聴いてもらいたいというのはどういうことか、このアルバムが開けているのだとしたら、そういったことを考えていたからかもしれない。

『黄金の館』の制作をスタートしたのはいつですか。

吉田:昨年の2月です。2014年にくるりを脱退してからとりかかってはいたんです。ソロ・アルバムをつくるために辞めたわけではないんですが、つくらないとはじまらないし、自分のエンジンをかけていきたいという気持ちもありました。とりあえず録音やなと思って、本格的にレコーディングに入る前にも1~2曲、録音も自分でやったんですが、自分で録音ボタンを押して演奏するのだとなかなかうまくいかないところもあった。デモをつくってどこかのスタジオであらためて録ろうとも思ったんですが、今度はデモづくりに自分のエネルギーがドンといっちゃった。デモをつくりこみすぎると、だったらそれでいいじゃんとなってしまう。その時期にたまたまエンジニアの尾之内和之さんに再会したんです。彼はドイツのクラウス・ディンガーのところにいたんですが、ディンガーが亡くなって、ドイツにいる理由がなくなって、日本に帰ってきたら震災が起こった。京都に戻り、これからどう音楽にかかわろうかというところでの再会だったんです。

再会したということはそれ以前からお知り合いだったということですね。

吉田:三日月スープの前にすみれ患者というバンドをやっていたことあったんです。すみれ患者ではそれこそ即興で灰野敬二さんや高橋ヨーカイさんといっしょにライヴしていたこともあったんですが、そのバンドのルカちゃんという女の子の旦那さんになったんですね、尾之内さんが。彼はもともと日本画をやっていたころに椹木野衣さんと知り合ったようで、これからはドイツだよと助言を受けたそうなんですね。

ノイさんですからね。

吉田:そうですね(笑)。尾之内さんがどういう経緯でクラウス・ディンガーにつながったのかはわかりませんが、サブトレというユニットでドイツで活動していたこともあったようです。彼は音楽をつくるというより録音を通して活動していきたかった。その時期にたまたま再会して、いっしょにやることになったのが2013年の暮れです。

省念さんとしては、ご自分の音楽を外から見る視点がほしかった?

吉田:それはあります。『黄金の館』は宅録のアルバムなんですね。僕も、スタジオを構えたといっても、録音する空間と使う楽器はありますが、さらに録音機材まで用意すると破産しますからね(笑)。

くるりに参加して感じたのは、彼らはことレコーディングではほんとうにいろんなことを試すんですね。そこで感じたのは、あっ、試していいんだということの再認識だったんです。

そのわりにはというとなんですが、すごくよい音録りですね。曲ごとにその曲に合った録り方をしていると思いました。

吉田:そこにはかなりこだわりました。そういっていただけるととてもうれしいです。

スピーカーで聴いているときとヘッドフォンで聴くとき、イメージもだいぶちがいます。

吉田:音については、CDにする前、マスターの段階でかなり迷いもあったんです。ここを聴かせたいという部分を再現するには、聴いていただく方の再生機器の壁があるのも事実なので。そこではだいぶ悩みました。尾之内さんとミックスをしながら、いまやっていることは無意味なんじゃないかといったこともありました。絵でいえばずっと下地を塗っているような感覚ですよね。

『黄金の館』はおのおのの曲の情景がはじまりと終わりでちがうような感覚をおぼえました。いろんな要素がはいっていますね。

吉田:くるりに参加して感じたのは、彼らはことレコーディングではほんとうにいろんなことを試すんですね。そこで感じたのは、あっ、試していいんだということの再認識だったんです。ホーム・レコーディングでそれを試すのとちゃんとしたスタジオではもちろん次元がちがいますが。僕は昨今、スカスカな音楽が流行っていると思うんですね。音数が多い曲でいろんなことを試すのは、それは難しいわな、と思う反面、尾之内さんとの挑戦でもありましたし、今後もいっしょにやっていくための雛形にしたい気持ちもありました。

くるりでの活動が糧になったということですね。

吉田:くるりはメジャーで活躍しているバンドですし歴史もあって、くるりにいたときはそれをどうにか身体にいれようと思っていたところはありました。そこにいたのもたしかに自分なんですが、いざひとりではじめようとするとそこにいた自分が身体中にのこっていて、いま考えるとそれもいいことなんですが、一発めにそれが出てもいいのかということは考えました。それで時間がかかったのもあったのだと思います。

名刺代わりというと軽く聞こえるかもしれませんが、『黄金の館』は吉田省念というミュージシャンのいろんな側面を出したよいアルバムだと思いました。

吉田:ありがとうございます、欲ばりました。この前、ようやく岸田さんにこんなのつくったんですと電話して、お会いして音源を渡せたんです。スッとしました、ホントに。どう思ったかはさておいて、音を渡せたのはよかったです。

省念さんにとって、くるりに参加された経験は大きくて、無意識にせよ、それをふまえていたのかもしれないですね。

吉田:それもあって丁寧につくりたかったんだと思います。そうじゃないとちゃらんぽらんになるというか、いままでの自分を否定することになるから。

80年代にニューウェイヴをガッツリ追いかけていたオッチャンがいまは会社をやっていて、時間みてライヴに来てくれる、そういう方がなにか感じて、いいやんといってくれるのは素直にうれしいですよ。

アルバムをつくるにあたり先行した構想はありましたか。

吉田:全体の構想は曲を仕上げていくなかでできていきました。曲の順番は不思議なもので、曲を用意したときに、これは1曲め、2曲め……といった具合に13曲めまですんなり決まりました。9、10、11曲めはちょっと入れ替えましたが、最終的にほとんど変わっていません。

7曲めの“夏がくる”からB面といった構成ですね。

吉田:そうです。

前半と後半に厳密に分けられるとは思いませんが、A面のほうがブリティッシュ的な翳りの要素が強くて、B面はアメリカっぽい印象を受けました。

吉田:そうですね(笑)。オタク的なものが出たんでしょうか。

私のようなオッサンがニヤリとするのはどうなんでしょうか。

吉田:開けている、というのはそのような意味でもあるのかもしれませんね(笑)。

うまいこといいましたね(笑)。

吉田:でも思うんですけど、80年代にニューウェイヴをガッツリ追いかけていたオッチャンがいまは会社をやっていて、時間みてライヴに来てくれる、そういう方がなにか感じて、いいやんといってくれるのは素直にうれしいですよ。あの感じ、それに近いと思われるのは、僕はイヤなことではないです。そもそも引用を隠す技倆もない(笑)。ストレートにやるしかないんです(笑)。

ギター、ベース、チェロ、鍵盤、マリンバ――『黄金の館』で省念さんは数多くの楽器を演奏されていますね。

吉田:楽しんでやっているだけなんですけどね。ひととかかわって音楽をつくることは、他者に自分のイメージを言葉で説明するとことからはじまるじゃないですか。それってすごくたいへんで、そこで生まれる食いちがい、化学反応こみでバンドをやるのは楽しいですが、今回のレコーディングでは基本的に自分でいろいろやりたいなとは思っていました。

フォークウェイズから出ていたエリザベス・コットンやバート・ヤンシュを聴いて、アコースティックでもこんなグッと来る、攻めてくる音楽があるんだと思ったんですね。

細野晴臣さんや柳原陽一郎さんにはどのような意図で参加をお願いされたんですか。

吉田:細野さんには直接お会いしました。ライヴに行ったときに「僕は晴れ男なんだよ」とおっしゃっていたのを聞いて、「晴れ男」という曲でシュパッパというスキャットを入れてもらいました。できればもう1曲参加していただきたかったので「デカダンいつでっか」でもコーラスをお願いしました。僕はレス・ポールが大好きで、「晴れ男」はレス・ポール風のアレンジにしたかったんです。彼も宅録でしょ。細野さんにお会いしたときも、メリー・フォードのこととかも話して、細野さんに「ビーチ・ボーイズではじめて買ったのは『サーフィンU.S.A.』なんです」と話したら、僕もなんだよ、とおっしゃられて、それでもりあがったこともあります。

時代はちがいますが。

吉田:そうなんですけどね(笑)。それで、まず音を聴いていただき、コメントもいただけたので、スキャットを入れていただけませんか、と。

細野さんのアルバムで好きなのは『Hosono House』?

吉田:いちばん聴いたんじゃないですかね。三日月スープのころ、ドラムがない古いスイングにのめりこんでいたときちょうど細野さんが東京シャイネスをやられていて、うわーっと思ったこともあります。なので『Flying Saucer 1947』もよく聴きました。いまの細野さんの音楽を聴いて、はっぴいえんどを聴き直したとき思うことはまたちがうんですね。


コーラスに細野晴臣を迎えた“晴れ男”


当時なぜアコースティック・スウィングに惹かれたんですか。

吉田:フォークウェイズから出ていたエリザベス・コットンやバート・ヤンシュを聴いて、アコースティックでもこんなグッと来る、攻めてくる音楽があるんだと思ったんですね。ロバート・ジョンソンを聴いたときとの衝撃よりもそれは大きくて、自分もマーチンのギターが要るな、と。ギターを買ったのもあって、その方面にいったのはあります。

ギター・サウンドの側面だけとってもノイジーなロックからアコースティックなスウィングまで、省念さんのなかには積み重ねがあるんですね。

吉田:自分の好きなものとやることがつねに混じり合うというのはなかなか難しいと思うんですよ。好きなことって、音楽だけじゃなく多岐に渡るじゃないですか。それを交えるのは時間がかかるし、難しいことだと思うんです。

ムリにやっても接ぎ木になるだけですからね。

吉田:自分のタイミングでそれをうまくやりたいというのはテーマとしてあるので、『黄金の館』はそこにすこしは近づけたのかなとは思います。

曲をつくり、13曲溜まり、必然的にこのようなアルバムになっていった。それが昨年の2月ということは、丸1年かかったということですね。

吉田:ホーム・レコーディングとはいえ、尾之内さんにも僕にも生活もあるから、そのあいだを縫ってつくっていたところもあり、時間がかかったのは仕方ない面もありました。最初というのもあって、時間をかけてやり方を模索するほうがいいと考えたのも大きいです。

制作でもっとも留意された点を教えてください。

吉田:ギターの音を聴いて反応していただけるとうれしい、というのはそこにこだわりがあったんでしょうね。ピアノにこだわるといっても、僕の拙いピアノだと限界がありますがギターは慣れ親しんでいるのでその分重視したかもしれません。

山本精一さんも、声を楽器として意識されているといったようなことをおっしゃっていて、その考えには共感できます。それがないとメッセージと伝えることが先行してしまうので。

歌もいいですけどね。歌手でだれか、省念さんが模範にされた方はどなたですか。

吉田:うーん(といってしばし考える)。

歌い手としてご自分を意識されないですか。

吉田:三日月スープをやっていたころ、僕は自分のことをギタリストだと思っていたんですね。歌ってはいるけど、僕にとっての歌は歌じゃない、ギターが弾けたらうれしいと思ってやっていたんですね。ところがあるとき、お客さんに怒られたんです。歌がよかったといわれたときに、「そうですか」と返したら、なんでそんなこというんや、と。舞台に立って声も出していて、声はなんといっても強いんやから、もっとそこに意識もてやといわれて、ビッとなったんです。山本精一さんも、声を楽器として意識されているといったようなことをおっしゃっていて、その考えには共感できます。それがないとメッセージと伝えることが先行してしまうので。

曲は部分からつくりますか、全体を考えますか?

吉田:全体像がバッと出てきます。全体が出てきて、今回はそれを自宅でそのまま(記録媒体に)写した感じでした。曲はライヴで変化することもあるんですね。歌詞の細かいところなんかはとくにそうです。自分にはマイブームのようなものがあって、言葉にすごく意識があるときとメロディや曲に意識があるときがわかれていて、それによって歌詞が先行したり曲が溜ったりします。冨士夫さんの文章を書いたときは言葉の時期だったので原稿を書くのも自然だったんですよ。最近は曲が溜まって歌詞を乗せる作業が後追い気味なんですが。

言葉の意味性、なにを伝えるかということについてはどう考えます?

吉田:なにかをうまく伝えられるほどの言葉の技倆は僕にはないです。でも自分も好きな音楽って、もちろん言葉は聞くんですが、音楽って曲が流れている時間をいっしょにすごすわけで、そのとき自分のなかに入れられる情報には限界があると思うんです。限界値までの言葉の選び方があって、自分にはそれしかできない。それを超えられれば、より詩的なものを伝えることもできるかもしれませんけど。村八分なんてものすごくシンプルじゃないですか。

「あっ!」とかね。

吉田:あれは日本語のロックの究極のかたちだと思うんです。あれを十代でやるのはすごい。

狂気さえ感じます。

吉田:でもいいんですよ、かたちを残したんですから。ひとから見たら普通じゃなくても、じっさいはバランスがとれていたんだと思うんですよ。音楽以外の表現に意識を向けたこともあったでしょうしね。

音楽以外への興味ということを考えると、たとえば親父さんと省念さんは畑がちがうわけですよね。ヨシダミノルさんについて、いまにして思うことはありますか。

吉田:絵の描き方を教わったことはないですが、美意識のようなものをもって、それを生活をつづけながら守るということをずっとやっていたんだと思うんです。そういうところは教えてもらったところです。美術だと物質的なことも大きくて――

とくに「具体」の方でしたからね。

吉田:そうです。音楽はかたちのないものを元につくるものですからその点ではちがいますが、意識の面では教えてもらった気もします。

音楽は年齢とともにあるものだし、自分のつくる音楽で意識的に若がえるより、自分の(美)意識がかたちになったときのよろこびみたいものをつねに高めることを望んで生活するのは、テーマでもあります。

生活によって音楽は変わると思いますか。

吉田:そう思います。

それはよいことですか、できれば生活と音楽は独立したものであったほうがよいと思いますか。

吉田:自然なことなんじゃないですか。音楽は年齢とともにあるものだし、自分のつくる音楽で意識的に若がえるより、自分の(美)意識がかたちになったときのよろこびみたいものをつねに高めることを望んで生活するのは、テーマでもあります。生活形態というのは流動的に肉としてついてくるものかもしないです。

10年後には10年の生活を積んだ味のある音楽をやっていると思いますか。

吉田:ねえ!

逆に若がえったりしてね。

吉田:よく老成しているといわれますからね(笑)。

いまでは固定したバンドはあるんですか。

吉田:京都で演奏するときは今年は吉田省念バンド、まだ名前はないですが、バンド形態でも演奏できるようにはしています。次の作品はそのメンバーもいいかたちで巻き込めたらいいなとは思っています。


ライヴでもお馴染みの曲“水中のレコードショップ”

『黄金の館』というタイトルはもともとはイヴェント名ですよね。

吉田:そうです。

それをアルバムのタイトルにもってきたのはどのような意図だったのでしょう。

吉田:イヴェントは次が27回めですから、2年とすこし、やっていることになります。それとともに学んだこともあったのでタイトルにしました。

そもそもその名前にした理由はなんですか。

吉田:自分だったら銀色が好きなんです(笑)。

なにをいいたいかよくわかりませんが、つづけてください。

吉田:(笑)金色って狂った感じというか、『メトロポリス』という映画があるじゃないですか。

フリッツ・ラングの?

吉田:そうそう。あの映画の金色のロボット、マリアの感じが金の魅力とともに深いなにかを物語っていて、それを出せたらいいんじゃないかと(笑)。

なるほど、といいたいですが(笑)。

吉田:館というのは空間ですよね。画家におけるアトリエ、ミュージシャンにとってのスタジオといった、空間=館からはじまったもいいんじゃないかと思ったのもあります。建築と音楽にも近いところがあるじゃないですか。

19世紀には建築は凍った音楽といったらしいですからね。

吉田:そうでしょう。音響は場所にもよりますし、それもあって館という言葉にも音楽との共通性があると思い名づけました。

つまりはビッグ・ピンクですね。

吉田:(笑)

そこからまたすばらしい音楽がうまれることを期待しています。

吉田:がんがんつくりますよ!



〈吉田省念ツアー情報〉
■5/24(火) 下北沢・レテ「銀色の館 #3」*弾語りソロワンマン
■5/26(木) 三軒茶屋・Moon Factory Coffee *弾語りoono yuukiとツーマン
■6/5(日) 名古屋・KDハポーン「レコハツワンマン」*京都メンバーでのバンドセット guest:柳原陽一郎
■6/14(火) 京都・拾得 「黄金の館」
■6/30(日) 下北沢・440 「レコハツワンマン」 *バンドセット Dr.伊藤大地、Ba.千葉広樹、guest:柳原陽一郎
■7/14(木)京都・拾得 「黄金の館」
■7/18(月) 京都・磔磔 *詳細未定
■7/24(日) 大阪・ムジカジャポニカ
■8/7(日) 京都・西院ミュージックフェスティバル

Savage Young Taterbug - ele-king

 これまで別名義も含め、気の向くままにカセット音源を発表してきた──ウェット・ヘアーのショーン・リードによるアートワークとプリントが美しいレーベル、〈ナイト・ピープル〉から──サヴェージ・ヤング・テイターバグが満を持してヴァイナル作品を発表。この作品は現在のローファイ・アメリカーナの記念碑となるだろう。

 もう3年も前のものになるがテイターバグやトレーシー・トランスのツアー日記から彼らの生活を改めて垣間みてみよう。

 〈ゴーティー・テープス(Goaty Tapes)〉のザリー・アドラーは、彼らのように拠点または定住地を持たない表現者を“カジュアル・ジャンク”と呼び、少し前にその表現と生活を紹介したカセット・コンピレーションやジンを出版していた(https://goatytapes.com/#!/record/casual-junk/)。こちらは醜悪なLAアートブック・フェアにて偶然遭遇したザリーより購入した。20ドルは暴利だがトレーシー・トランスをはじめオルファン・フェアリーテイル(Orphan Fairytail)、ロシアン・ツァーラグ(Rusian Tsarlag)などの世界各地の流浪アーティストが共有/昇華させる創造力をまとめてあるので、このテイターバグの『シャドウ・オブ・マルボロマン(Shadow of Marlboro Man)』を聴いて仕事を放擲する考えが浮かんだ人は読んでみるといい。

 ホーボー、ビートニク、ヒッピー、ドリフターといったホームレスのサブカルチャーはアメリカ人の開拓精神を体現しているのである。時に車の荷台なり長距離キセルの貨物列車なりで揺られながら、大陸を横断していくヤング・ホームレスの儚く美しい開拓精神をテイターバグはもっとも体現していると言えるだろう。ゴミクズ・デッドヘッズ、発狂ベッドルーム・アシッド・フォーク、なんとでも呼ぶがいい。昨年エリジア・クランプトンが自身の性的マイノリティーや血統のテーマを“アメリカン・ドリフト”と題したように、少数派こそが持ち得る底抜けの自由がここにはある。

The Field - ele-king

 いまからほぼ10年前、それがシューゲイズ・テクノと呼ばれたことは時代の悪戯だったのかもしれない。シューゲイズという言葉にそれなりの重みがある時期だったし、傍らにガイ・ボラットのようなひとがいるなかで、ストックホルムから現れたアクセル・ウィルナーはインディ・ロックとの絶妙な距離感で注目を集めたからだ。シューゲイズは2013年に『mbv』が決着をつけるまである程度有効なフレーズだったように思うが、さすがにフィードバックをいつまでも響かせているわけにもいかないだろう。そんななか、わかりやすい劇的な変化を見せてこなかったウィルナーが、しかし確実に自分の音を磨き上げてきたことを体感するには、単純に新作『ザ・フォロワー』とファースト・アルバム『フロム・ヒア・ウィ・ゴー・サブライム』を聴き比べてみるといい。『フロム・ヒア〜』はいま聴いてもひたすら心地よく美しい名作だが、たとえばシングル“サン&アイス”の高揚がとても素朴に感じられる。10年かけて彼は確実に自分の「道」を掘り下げており、だからその音楽をザ・フィールドと名づけたセンスにあらためて感心する。ウィルナーにとって反復で生み出す音楽は、果ての見えない平原のようなものなのだ。

 しかしながらはっきりとした転換点はやはりあって、それは突然ジャケットを黒くし、音にぐっと翳りを加えた前作『キューピッズ・ヘッド』(2013)だ。『ザ・フォロワー』は明確にその続きとしてはじまっていて、オープニングのタイトル・トラックはダークでアシッディなミニマル・テクノになっている。それは10年前とは違って簡単に快楽の出口を作っていないトラックで、上方向に螺旋を描いていた“サン&アイス”とはベクトルが逆向きだ。クラブで流されればダンスすることもできるだろうが、部屋でひとりで聴いてどこまでも潜り込むこともできる。反復自体をひとつのコンセプトとして求道的に追及していたザ・フィールドの音楽はより繊細で、より複雑なサイケデリアを展開しようとしている。ちょうど半分のところでブレイクを挟み、ビートとともに再びドライヴをはじめる構成もじつにこなれたもので、ゾクゾクするものがある。そしてアルバムは直球なタイトルの“ピンク・サン”、“モンテ・ヴェリタ”と続くが、トーンを保ったままより深いところまで聴き手を導こうとする。

 〈コンパクト〉にとってもザ・フィールドのヒットは転換点だったという。ミニマルの牙城というレーベルのイメージを補強しながらも、たとえば僕がそうであるように、インディ・ロック・リスナーの耳をもたしかに魅了したからだ。その理由は『ザ・フォロワー』においてもっともチャレンジングなトラック“ソフト・ストリームス”を聴けばわかる。微妙にシャッフルするリズムが貫かれるなか、インダストリアルな質感の音がやがて丸みの帯びたエレクトロニカへと姿を変えていき、そしてそれらがゆっくりと融合していく。できるかぎりオーガニックな感触であることにこだわっているであろうその叙情的な風景は、誰をも疎外しない優美さに満ちている。もはやシューゲイズ・テクノという2要素で表される言葉では説明できないほど繊細に多くのものがそこには織り込まれており、なめらかな曲線が自在に描かれているかのようだ。

 ラスト2曲、“レイズ・ザ・デッド”“リフレクティング・ライツ”は“ザ・フォロワー”とはまた違った、よりアンビエントなトラックとなっていて、アルバムの入り口と出口で景色が変わっていることに気づかされる……いつの間にか。とくに“リフレクティング・ライツ”においてギターとタブラがゆったりと酩酊感を演出していく様は、視界の色を変えそうなほどサイケデリックに気持ちいい。この感覚が次作に引き継がれるのではないかと予想するが、ザ・フィールドの音楽にはそうやってその繊細な変化こそをずっと見ていたいと思わされるようなところがある。反復というアクセル・ウィルナーのコンセプチュアル・アートは、せわしない時代を忘れそうなほどゆっくりとなめらかに、しかしたしかに途切れることなく続いている。そのマイ・ペースさのせいもあってどこか見落とされているような印象もある本作だが、招かれた人間はそう簡単には抜け出せないだろう。

interview with Seiho - ele-king


Seiho
Collapse

Leaving Records/ビート

ExperimentalEletronicadowntempo

Amazon

 世界の終わりには広告だけが残る。単位はピクセル、資本主義に食い尽くされた世界。エレヴェーターから景色を見る。高解像の過去と低解像度の未来。抵抗することはできない。感覚は麻痺しているが、ただクリックするだけでいい。なんてドリーミーな、このヴァーチュアルな広場……よそよそしいほどの無人のビル……
 たとえばこのように、我々の生活を浸食する仮想現実空間の、一見ノーマルな、その異様さ、その不穏さを捉えようとした音楽が2011年から2012年にかけて台頭した。OPNの『レプリカ』もハイプ・ウィリアムスもジャム・シティも、ファティマ・アル・カディリも、そしてヴェイパーウェイヴも、時代への敏感なリアクションだった。それはテクノとは呼べない。もちろんハウスでもエレクトロニカでもない。なにしろそれは感情を記述しないし、心地良い電子的音響でもない。視覚的な音楽という点では、アンビエントに近いかもしれないが……。
 日本にもこうした感覚の音楽がある。仮想現実のなかの薄暗いアンダーグラウンドに散らかっている音楽、テクノロジーに魅惑されながら同時に抵抗している音楽。セイホーのライヴにはそれを感じる。ピクセルの空間を切り裂くような感覚。彼の最新作『コラプス』にもそれは引き継がれている。

野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。

今作は本当に力作で、素晴らしいアルバムだと思うんですけど、ダンサブルな前作とはだいぶ印象が違う作品になりましたね。ジャズを粉々にカットアップしたはじまりも面白かったんですが、2曲目のパーカッシヴな展開もスリリングで、いっきにアルバムに引き込まれていきました。

セイホー(以下、S):ありがとうございます。この作品を作ったのが2014年から2015年なんですよ。前のアルバムが出たのが2013年。「I Feel Rave」が出て、『Abstraktsex』が出て、それから2年くらい止まったんですよね。ブレーキがかかっていたというか、エンジンがかからなかったというか。でもライヴは続いてました。

ここ数年は東京のクラブの月間スケジュール表を見ると10回くらいセイホーの名前が出てたんじゃない(笑)?

S:はははは(笑)。逆に言えばライヴに逃げていたというか。そうしないと制作モードに全然なれなくて。そのときに作っていた曲がこのアルバムの中核になるものですね。ライヴでは派手なことをやっていたんですが。

エンターテイメントもしていたしね。

S:だから途中からそこの折り合いがつかなくなってしまって。作品自体はこういうものがずっと作りたかったんですけど。

作っているときはどんな感じで作っているの? ライヴのような激しく動きながら作っているわけじゃないでしょ?

S:僕って作品を作るときとか……、たぶん人間性が変なんですよね。それをどう一般の人にわかってもらえるように折り合いをつけるかみたいな生き方をしてきたので。幼稚園のときも小学校のときも、自分の変なところをどうキャッチーに見せるかを考えていました。僕はあんまり普通にしようという気はあんまりなくて、変なところをどんどん包括してキャッチーにしていけば輪の中に入れるみたいな。

あのキャッチーさの裏にはそんな屈折した自意識があったんですね(笑)。

S:でも2010年に〈Day Tripper Records〉をはじめたときから2015年までのいろんな目標を立てていたんですよ。どんなフェスに出たいか、どんな作品を作りたいか、みたいな。でもそれが意外にも2013年くらいに全部かなってしまって。

なんとも、控え目なヴィジョンだったんだね(笑)。

S:はは、ほんまそうですね(笑)。

もっとでっかい夢があるでしょう!

S:いやいや(笑)。レーベル・メイト全員でフェスに出るのもソナーでかなったし、フジロック、サマソニに出るのも2013年で実現したし。だからこの2年間は目標がなく進んでいた惰性の期間でしたね。でもこのアルバムを作ってみて、そういう状態だったのは自分だけじゃなかったと気づいたというか。

世代的に共有する意識があったと?

S:「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。

その空気の止まった感じというのは面白いね。あの頃セイホー君がやっていたことは、強いて言えば、海外の〈Lucky Me〉が一番近かったよね?

S:近かったですね。

シーンの動きが止まって感じてしまったのって、たとえばどんな場面でそれを感じたの?

S:SoundCloudやBandcampが遊び場として利用できていたのが、そうじゃなくなってきたというか。twitterの発言もそれはまではラフだったのに、厳密でなければいけないというか、アーティストとしてどう見られているかが大きくなってきたり……。

かつてあったアナーキーさがどんどん制限させれていった?

S:経験は、1回しかできないじゃないですか。インターネットを介してみんなが繋がっていく高揚感って、たぶん1回しか経験できないんですよ。たとえばUstreamがはじまったとき、クリスマスに岡田さんがDJをして一気に(SNSを介して)注目されたときとか、やっぱすごい高揚感があったんですね。ぼくのように大阪でレーベルをはじめた人間に、東京のクラブからオファーがきたりとか。SNSを通して音楽が広がるのをダイレクトに経験できた時期が2010年以降にあったんです。でもいまtwitterでライヴをオファーされても、もはやそんなの当たり前の話ですからね。この間アメリカ・ツアーに行ったんですけど、「いつもfacebookを見てるよ」って言われたんですけど、そういうことが物珍しく感じられなくなったというか。それが2010年だったら、すごい新鮮に思えたのかもしれないんですけど。

先日、京都のTOYOMUというビートメイカーがBandcampに上げた作品が世界的にどえらいことになったばかりで、インターネットにまだポテンシャルはあると思うけどね。俺はセイホー君のライヴを見て、「新しいな」って思ったんですけど、それが惰性でやっているようには見えなかったんだけどさ(笑)。まだ大阪からやってきたばかりのパワーが、そのときはみなぎっていたんだろうね。

S:いまもライヴをするモチヴェーションが下がったわけではないです。でも、折り合いをつけるために、パワーを使っていたというか。どこの馬の骨かわからん若者を、どうしたら見てもらえるかを考えるじゃないですか? でもその環境がある程度でき上がったときに、それと同じパワーを使えなくなったというか。

俺はあの路線でもう1枚作ってほしかったけどね。

S:でもそういうことなんですよね。逆に言うと、あの路線で作らなくなったのも、たぶん何かがスタートしているからなんです。2015年の11月くらいに、僕のなかの2016年がはじまっている(笑)。2020年までの目標がそのときにできたんですよ。オリンピックをどうするか、みたいなところまで(笑)。

なんだ、それは(笑)。

S:はははは。そこから折り合いをつけていけば、いままでの作品はまた作れるから、今作は種まきから収穫が終わったあとの冬の時期なんですよね。でも冬の時期も悪くはなかったな、みたいな。

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「去年どんなアルバムがよかった?」と話したときに、みんな2013年の12月に出たものを挙げたことがあって。それはつまりみんな2年くらい新譜を聴いていないってことかと(笑)。それから同じ世代の間で空気がボヤッとして止まっているように思えたところがありました。


Seiho
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ライヴを「動」とすると、こちらは「静」なわけだけど、俺はセイホー君のライヴがすげーと思ったんだよね。あの、30秒と同じループが続かないスピーディーな展開、デジタル時代のスラップスティックというか、すっごい新しいと思ったんだよね。
 ちょうどセイホー君が脚光を浴びた頃は、ヴェイパーウェイヴとかシーパンクとか、新しいキーワードも一緒に出てきたでしょ。初期のジャム・シティみたいなベース・ミュージックも更新されたり、いろんなところで新しい動きが見えたときでもあった。そういうなかにあって、セイホー君がライヴで繰り広げるときの素速い展開って、インターネットの画面をどんどんクリックする感覚と重なるんだよね。すごい情報量が流れているというか。

S:上の世代から情報が多いって言われるんですけど。でもトーフ君とかまわりの人たちと話していると、情報が多いやつらはもっといるんです(笑)。情報量を多くした意図はないんですけどね。

なんていうかな、ここに情報過剰の竜巻があるとしたら、それを切り刻んでコントロールしているような音のイメージがあって。

S:そこは意識しているかな。サンプリングするにあたっても、食材の切り方よりも、食材をどう選ぶかって行為の方を重視しているっていうか。切るという行為に僕はフェティッシュをあんまり感じなくて。僕の選び方って文脈から外れているんですよ。サンプリングって脈絡を大事にするじゃないですか? でもそれはどうでもよくて、なんでそれを僕が選んだかが重要なんですよね。聴き心地とかフェチな部分で音を選んでいるんですけど、それが羅列されるので情報量が多いように聴こえるのかな。

展開の速さが情報量を彷彿させるんじゃないかな。曲で展開するって、じょじょに上がっていくとか、最初には白だったのに気がついたら赤になっていたとか、そういう言い方があるとしたら、セイホー君の場合は、白が来たと思ったらいきなり三角に展開するとか。そこにカタルシスがあるじゃない?

S:僕は音楽を作るときに頭に浮かぶヴィジュアルを参考にすることが多いですね。カメラの長回しは好きなのですが、ストーリーに沿った時間軸の組み立てに興味が無く、無駄な長回しや、ストーリーと関係ないカットが好きです。

そうでしょ。その感じは思い切り出ているよね。

S:たとえばSF小説を読んでいても、人の話を聞いていても、話の内容がまったく頭に入ってこない。でもラストのひとことで、理解はできないけど感動できる瞬間ってあるんです。それは『裸のランチ』みたいなビート文学を読んでいても、僕は同じ感覚があるんです。カットアップですよね。それが意味もなくチョップされているわけではなくて、その作者の選択によって切り刻まれることによってすべて経験したら、作者と似たような感情が芽生えてしまう、みたいな。

なりほどね。ぼくは、圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにしているんでね、本当に頭のなかが真っ白になるようなライヴだったんで。しかし、毎回あのテンションでライヴを続けるのもたいへんだよね。しかも、「新世代代表でセイホー」みたいなブッキングも多かったと思うし、「なんで俺はここにいるんだろう?」って思ったりもしたんじゃない?

S:あります(笑)。でも僕の場合は外に出ていないと自分の家に帰れないんですよね。

イベントに出まくってもストレスはなかった?

S:ないです。僕の場合、(ライヴを終えて)家に帰ってくる道が楽しいんですよ。崎陽軒のシュウマイ弁当を買って新幹線で食うっていう(笑)。帰ることによって、自分が来た場所を認識できるじゃないですか? ぼくが拠点を東京に移さないのも、大阪から来ているという点をみんなが見てくれているからで。自分がどこから来ているかはすごく大事なことですね。

じゃあ、とくに今回は、ライヴを終えたときの感覚が出ているのかな。しつこいけど、ライヴの激しさを残してほしかった気も正直あるなぁ。

S:2013年以降、みんなの高揚感が分岐しちゃったのも大きいんですよね。みんなが共有していた良さがあったのに、それをみんなが見てしまったがゆえにバラバラになってしまって。

世代の共有意識が分裂していったということ? たとえばトーフビーツが真面目にJポップを目指すようになったのもそういう話なのかな?

S:だと思います。何をしても許される世界にパッと入ったから、何をするかが重要になってしまって。13年、14年は散らばったというよりは、支度をはじめた感じですね。

あの頃はいくつだったの?

S: 23、24歳のときですね。

まあ、あの頃が時代の風に乗ってやっていたとしたら、今回は、ある意味では、自分がやりたかったことを自分できちんと見せることができたとも言えるよね?

S:でも僕はこの作品をあまり解釈できていなかったんです。作品が僕の思想や哲学の先を行ってしまっているんです。

それはたいへんだね(笑)。

S:いままでの作品って、作る前からそこがかなり明確だったんですよ。だから、すでに頭のなかにでき上がっている曲の設計図をコピーするだけだったのが、なぜかわからないけど設計図が渡されていてそれを作っても、やっぱりわからないみたいな(笑)。

はははは。

S:でもここ2年くらいのものを聴いていると、作品から哲学を教わることも多いんです。1曲目の“Collapse”を作ったときに、僕は人がいない世界を想像していたんですよ。

それはディストピア?

S:そうだと言えばそうなんですけどね。たとえば、50年後のTwitterを見てみたら何が書いてあるんだろう? みたいな。誰もいないのに広告だけが出続けている状態というか。現実世界では人は誰もがいないのにジュースは配送されているし、自販機でもジュースが買えるし、蛇口をひねれば水も出てくるし……。そういう世界ですよね。単純にわかりやすく説明しちゃいましたが、僕にとって自然現象(雨が降る、水が流れる)と人間社会の現象(商品の配送や、水道、コンビニに人がいて商品を買えるなど)は、両方とも同じ自然現象、事象として捉えていて。人間特有の社会形成も自然現象の一部として考えているんです。

へー、そういうイメージなんだ。聞かなければ良かった(笑)。

S:はははは。

それでなぜジャズなの?

S:あれをぼくはジャズという捉え方をしていないんですね。フィールド・レコーディングの音は、自分で録ったものとサウンドライブラリーの映画用の音源とふたつ使っているんです。演奏の方も自分で録ったものとサンプルのものが両方あるんです。これはどっちが良い悪いというわけではなくて、そこがずっとボヤッとしていて。想像のなかで言うと、スピーカーから流れているのか、そこで流れているのか、僕らにとって関係のない世界というか。演奏している人が人間であるかどうかも関係ないというか。そういう要素として、僕のなかでジャズには人の温かみがないんですよ。

その感覚が面白いよね。ジャズをカットアップして、それがコラージュと言われようがミュジーク・コンクレートと言われようが、そういうコンセプト自体は目新しいことでない。でも曲を聴いたときに「面白い」と思ったんだよね。なんかこう、異次元的な感じがしましたよ。

S:トランペットが宙に浮いて演奏していたら楽しいじゃないですか(笑)。

はははは、そういう感じあるよね。そうやって音を細かく設計するのには時間がかかるの?

S:全体を作るのはめちゃくちゃ早くて、それを削る作業の方が長いです。

音数を削っていくということ?

S:音数も、ニュアンスも。例えばジャズでブレスの音が入ると、一瞬で人が吹いてるってわかるわけだから、その音をカットしていく。ピアノもタッチの音がしたら人が弾いているってわかるから、そこを修正していくとうか。逆に人間味のないアナログ・シンセサイザーを、どう人間が演奏しているかのように見せるために削るというか。だから作り方は彫刻を削る作業に似ているんですよね。

今回は前作よりはいろんな曲が楽しめるじゃない? エイフェックス・ツインにたとえるならポリゴン・ウィンドウっていうかさ。

S:ここ数年であまりにも多くのジャンルが出てきたじゃないですか? それこそヴェイパーウェイヴやシーパンク、〈PC Music〉まわりの音もそうだし、ロウ・ハウスやハウスのリヴァイヴァルも含めて。それを僕らは大喜利的に楽しんでいたんですよ。このお題で自分がどうするか、みたいな。でもいろいろ出まくった結果、自分のなかでそれをひとつ決めるのも楽しくないというか。かといって、その全部から良いとこ取りの音楽を作ろうという気もしなくて、そのときの自分の気持ちに従ったらこうなったというか。ヴァリエーションをつけることが目標だったわけではなくて、いろいろ経由してきたから、結果的にいろんなジャンルが生まれてしまったんです。

なるほどね。さっき言ったようなコンセプトがある以上、アルバムの曲順は考えられているんだよね? 後半はアブストラクトになっていくもんね。

S:〈Leaving Records〉の要望に合わせたんですけど、ホントは2曲目と3曲目は逆がよかったんですけどね。でもおっしゃるように、曲順も含めて世界を表現したかったですね。

〈Leaving〉からリリースすることは意識したの?

S:マシュー・デイヴィッドといっしょにツアーを回ったのが2012年なんですが、楽屋裏でマシューがアルバムを作ろうと言ってくれて。そのときは「OK、OK」みたいな(曖昧な)感じで終わったんですけど、その後、僕がオベイ・シティというニューヨークのアーティストとEPを出して、マスタリングをしてもらったのがマシューだったんですけど、そのときに正式にオファーをもらいました。2014年ですね。僕のなかではストップがかかっていたときですね。「どうしようかなぁ。〈Leaving〉のカラーもあるしなぁ……」と思ったままいろいろ作ってました。でも2015年の真ん中ぐらいで、「もしかして、いままで作ってきたものって意外とまとまるんじゃないか?」と気づいたんです。それでこの作品ができたって感じですね。あとは、マシューがハマっているニューエイジ・カルチャーですよね。マシューが考えるヒッピー思想的な部分。

マシューが考えるヒッピー思想的な部分とセイホー君は全然ちがうんじゃないの?

S:その部分と、僕が思う人がいなくなった世界がミスマッチにリンクする部分があったんです(笑)。

ほほぉ。

S:僕が思うヒッピーたちって、自分が強いんですよね。キリスト教と対極的だと僕は思っていて。アメリカ人の友だちと話していてわかったんですけど、キリスト教ってひとつの運命というか結末を進むじゃないですか? でもヒッピーの人たちって、偶然の連続のなかに結末を見ていくみたいな。その偶然の連続みたいなものを決断するのは自分自身だから、人間が強くないとああいう思想は持てないなと。

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喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか? 


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今回の『コラプス』は魅力的な作品だけど、〈Leaving〉から出ているから良いのではなくて、この作品が面白いんだと思ったけどね。

S:このアルバムで現在やっていたことが、将来わかりやすいものになっているといかに証明できるか、みたいな。いまからそこに折り合いをつけていくと、2020年に普通の人が過去アルバムを聴いたときに「めっちゃポップやん! 当時にそんな難解に思われてたん?」って言われるような形にどうしていくか、みたいな。

それはまたよくわからないことを(笑)。しかし、まあ壮大な計画があるんだね。

S:はははは。

ぼくはさっきそのライヴとの対比を喋ったんですけど、よく考えてみれば、吐き出し方が違っているだけで、根本は変わってないというか、今回のエディット感もライヴの脈絡のない展開力と繫がっているんだろうね。

S:そうなんですが、そこはまだ僕もわかっていないんです(笑)。これをライヴでやるのも違うし、これをライヴでやれるような環境が2020年までにできるのか、いまのライヴ・セットにこれが組み込まれていくのかもわからないんです。けど、どういう曲を作りたいか決める前に、曲ができちゃうから難しいですよね(笑)。

実験的なことをやっても、セイホー君がやるとポップに見えるでしょ。そのキャラがそう思わせるのかもしれないけど。

S:大阪人っていうのもあるかもしれないんですけど、ギリ笑ってくれないと面白くないじゃないですか? 

ヨージ・ビオメハニカさんにも繫がる何かが(笑)。

S:それで阿木(謙)さんとの繋がりが出てくるんですね(笑)。僕が好きな映画監督もそうなんですけど、複雑な人であればあるほど、人懐っこいじゃないですか。

若い人はステージ上のエネルギッシュなセイホーが聴きたかったんじゃない?

S:今回はとくに僕よりも上の人に聴いてほしいんですよね。そもそも僕は同世代の音楽を全然聴いてこなかったし、上の人に聴いてもらって正直な感想が欲しかったというか。同世代って、何をしても繋がれるじゃないですか。音楽に限らずスポーツをやっているやつらとも、同世代だからわかるんですよね。音楽の良いところは、同世代じゃない相手ともわかり合えること。もともとの音楽体験が親とのコミュニケーションだった。オヤジやオカンと話すために音楽を聴いて、それについて語るみたいな。だから上の世代の人にも聴いてほしいし、逆に言えば、もっと下の世代にも聴いてほしいけど。

楽しみにしていることって何ですか?

S:最近はお茶会が楽しいんですよね。

面白い人だね、セイホー君って。

S:あと関西でやってるアポストロフィーってイベントがあって、同じメンバーで定期的にやっているんですが、そのイベントで生花をやっていて楽しいです。この前も東京でイカと生花のイベントをやりまして。まな板にイカを置いてそこに花を生けていくっていう(笑)。そういうのを仲間同士でやっているのが一番楽しいですね。

セイホー君が大切にしていることって何ですか?

S:僕は貧困層に生まれたわけじゃないですけど、家は商売をやっていて不安定だったので、品だけは良くしたいという思いがあって。貧乏人なのに肘をついて食べるのはカッコ悪いみたいな。だからこそ礼儀作法は大事やし、どんなに貧しくても品は保ちたいなと。さっきのコミュニケーションでいうと、礼儀さえ良くて学さえあれば、上の人とも喋れるじゃないですか。それがなかったら下とも話せないんですよね(笑)。お互い礼儀ができていたら小学生だろうが年寄りだろうが、フラットに喋れる。品というのは、レストランへ行ってマナー通りに使えるのが大事ということではありませんよ。例えばフレンチへ行って肘をつくのは礼儀が悪いし、けれども、アメ村の三角公園では友だちと酒飲みながらカップラーメン食べている方が品が良いんですよね。その場所に合った品の良さがあって、それってその場所に対する知識や学があるかってことにつながってくるんじゃないかと思うんです。

その場に合った品の良さかぁ……セイホー君はさ、ファイル交換世代じゃん? CDを買わない世代だよね? そういう世代に属していながら自分の作品は発売するじゃない? そこはどう考えている?

S:野菜がタダでできる時代になったらタダで配るかなぁ。そのぐらいの感じ。やっぱり作る時間があって、作る人がいて、そこに時間がかかっている以上は物々交換をしなきゃいけないというか。野菜も曲もオートマティックになって、なんでもかんでもタダになって、食材も送られてくるようになったら、僕の音楽もタダでいいです。

世のなかの動きはそれとは真逆へ行っているじゃない?

S:そうですよね(笑)。そうかー、ファイル交換か。でも交換は悪いことではないし。

音楽産業は遅れているように見える?

S:それよりも、音楽というものを、あまりにも聴くものにし過ぎたというか。例えばUSJにタダで行かないじゃないですか? 音楽を聴くという行為がエンターテイメントとして成立できる土壌を作らなかったことは、業界としては悪かったと思いつつも、いまだにそこをきっちりやっている人もいるし。

昔の音楽が好きだっていうけど、お父さん世代の音楽の消費のされ方といまは違うよね。フィジカルがないとか、アルバム単位では聴かないとか、そうしたことへの喪失感ってある?

S:喪失感よりも、機会が増えているだけなので、マイナスのものは僕らにとってひとつもないですよ。iTunesがない世界もアーティストとしては作れるじゃないですか? iTunesで働いている人は無理だけど、アーティストはiTunesで働いているわけじゃないから、iTunesがない世界も作れるわけじゃないですか? だからレコード会社がなくなろうが、マネージメント会社がなくなろうが、僕たちはギターが1本あって駅前で歌えばミュージシャンになれるので、……とは言いつつ、難しいですけどね。音楽業界の人たちも音楽が好きな人たちだから、全員で考えなきゃいけない問題ではあるんですよね。そこはちょっと最近大人になって言い切らないようになったんですよね(笑)。

まわりの友だちとかはCDを買う?

S:買っているやつはいますよ。買うというのも体験と一緒で、僕がお茶会やるのも、原宿の女の子がわざわざパンケーキを食べにいくのと、あんまり変わらないことなので。音楽を聴くという体験にまで持っていければ、問題はないのかなと思います。

お茶会って、どういう人たちが来るんですか?

S:おじいちゃんとかおばあちゃんですね(笑)。

だよね(笑)。……ちなみに2年間でライヴをやった本数はざっくりどのくらいなの?

S:月に6本くらいやっていたと思います。

すごいね。そういうもののフィードバックっていうものが、逆説的に今回の作品になったのかぁ……

S:けっこうそうですね。ライヴはライヴでめちゃくちゃ楽しくって、新しい出会いも増えるし。最近、クラブの店長と同い年ぐらいになってきたんですよね。これって大事なことじゃないですか。理解者が増えるほど理解が広まるから、上の世代と状況は変わらなくなるというか(笑)。

DJをやろうとは思わないの?

S:たまにやるんですけど、そんなに好きじゃないですね。でも、DJって自分が知らない曲もかけられるじゃないですか? あれはすごいですよね(笑)。これからはDJ的な立ち位置の子が増えてほしいですね。なんでかというと、作るということもそうなんですけど、キュレーション能力もどんどん問われていくと思うからです。オーガナイザーもキュレーターみたいなところがあるじゃないですか? DJでもそっちの立ち位置へいく人が増えるのかなと思って。

イベント全体を考えるってこと?

S:それもそうだし、あのアーティストとあのアーティストが一緒にやったらいいのになっていうのものの間を取り持つ役割をDJが担って、そこで完成したエクスクルーシヴを自分のセットで流すとか。そういうことができれば面白いかな。

欧米をツアーしてどこが面白かった?

S:アメリカが面白かったですね。とくにフライング・ロータスの後にやったときがいちばん震えましたね。フライング・ロータスが僕のことを紹介してくれて、そっからライヴやったんですけど、けっこう盛り上がって。

受け入れられたと?

S:はい。

やっぱオープンマインドなんだね。

S:意外とロンドンは今一でしたね。〈PC Music〉系のイベントだったこともあったと思うんですけど。

セイホー君の場合は、見た目では、そっちのほうに解釈されても不思議じゃないし(笑)。

S:まったくそうで、アメリカでもインターネット/ギーク系のオタクが集まるようなイベントにも呼ばれましたね。

そういうときはどうなの?

S:日本と同じですよ。

それはそうだよね(笑)。

Prettybwoy - ele-king

 東京を拠点に活動するガラージ/グライムのプロデューサー、プリティボーイ(Prettybwoy)が、5月17日にフランスの前衛的なベース・ミュージックのレーベル〈POLAAR〉から「Overflow EP」をリリースすることが発表された。強靭かつミニマルなキックの連打、卓越したメロディ・センス、ワイリーのデビルズ・ミックスを彷彿させる無重力感などなど、聴きどころ満載な力作に仕上がっている。大きな話題となった重要レーベル〈Big Dada〉のコンピレーション『Grime 2.0』への参加から早3年。プリティボーイは決して速度を落とすことなく、確実に前へ進み続けているようだ。

Prettybwoy – Overflow – POLAAR



 彼にだけ追い風が吹いているわけではない。この数年の間に現れたパキン(PAKIN)や溺死、ダフ(Duff)といったMCたちの活躍は頼もしい。またダブル・クラッパーズ(Double Clapperz)らに代表される新世代プロデューサーもめきめきと頭角を現し、彼らは日々シーンを活性化させている。「本場のヤツらと共演したらエラい」などと言うつもりは毛頭ないが、シーンのプレイヤーたちが〈バターズ〉のイライジャ&スキリアム(Elijah & Skilliam)や、若手最有力MCのストームジー(Stomzy)といったグライム・アーティストたちと共演するまで、日本のグライムは大きくなった。

 シーンが勢いづくこのタイミングでリリースされた作品の裏にある、プリティボーイの意図とは何だろう。また、現在のシーン全体を、彼はどのように見ているのだろうか。今回届いたインタヴューはそれをうかがい知れる興味深いものになっている。『ele-king』に登場するのは実に3年ぶり。ジャパニーズ・ガラージ/グライムのパイオニアに、いまいちど注目しよう。

文:高橋勇人

Prettybwoy(プリティボーイ)
UK GARAGE / GRIME DJ in Tokyo。DJキャリアのスタート時から、独特の視点からガラージ / グライムをプレイし続けるDJ/プロデューサー。 ガラージ、グライム、ダブステップ、ベースライン等、時代と共に細分化していった音楽全てをガラージと捉え、自身のDJセットでそれらを「1時間」に表現する孤高の存在。 国内シーンで定評のあるビッグ・パーティにも度々出演。 自身ではパーティ「GollyGosh」主宰 。 また、「レジェンド オブ UKG!/神」等と称されるDJ EZのラジオ番組KissFMで楽曲“Dam E”が紹介される。 2013年、英〈Ninja Tune〉の傘下レーベル〈Big Dada〉からリリースされたコンピレーション『Grime 2.0』に、グライム・オリジネイター等と共に、唯一の日本人として参加。収録曲“Kissin U”は英雑誌『WIRE』等にも評価され、インスト・グライム DJのスラック(Slackk)らによってRinseFM、NTS、SubFMなどラジオプレイされるなどして、独自のコネクションで活動中。

Artist: Prettybwoy
Title: Overflow EP
Label: POLAAR
Release Date: 2016.05.17
Truck List:
1. Overflow
2. Vivid Colour
3. Humid
4. Flutter


Interview with Prettybwoy

Interviewer:Negatine=■

EPのリリース、おめでとうございます。まずは今回のリリースまでの経緯、リリース元であるフランスのインディペンデント・レーベル、〈POLAAR〉について教えて下さい。

プリティボーイ(Prettybwoy以下、P):僕が「Golly Gosh」というパーティを久しぶりに開催したときに、期間限定でEPをバンドキャンプに発表したんですが、〈POLAAR〉がその曲をとても気に入ってくれて、SNSでメッセージをくれたんです。その時点で、2015年12月に出たコンピレーション『Territoires』の構想に僕の作品がぴったりだっていう話だったから、すぐ「いいよ、喜んで」って僕が返事したところから関係がはじまりました。EPのリリースも早い段階で決まっていましたね。ちょうど1年前のいまの時期でした。
 〈POLAAR〉はフランスのリヨンという都市に拠点を置くレーベルです。設立してから今年で2年目。「シネマティック・ベース・ミュージック」をコンセプトに掲げているとおり、メロディやムードと低音を大切にしていると思う。フロア(FLORE)という女性アーティストが中心になって活動をしています。実際、僕も連絡のほとんどは彼女としていますね。彼女は〈Botchit & Scarper〉などからもリリースしていて、ブレイクス寄りな作風だけど、好きなもの、聴いてきたものは似ているような気がします。レーベルのメンバーのひとりが最近日本に住みはじめました。それ以外はみんなフランスにいます。また、ゼド・バイアスやマムダンス、マーロ、スクラッチャDVA、アイコニカ、ホッジ、ピンチなども過去に出演したことのあるパーティを定期的に開催しています。

今回のEPの内容についてお尋ねします。とてもタイトで洗練されたラインナップですね。また、聴き手によっても色々な解釈が生まれそうな深みも持ち合わせていて、プリティボーイのスタイルが更に進化しているのが感じ取れます。このEPにはコンセプトみたいな物はありますか?

P:この4曲は作った時期もバラバラなので、明確なコンセプトというものはないんです。けど、いわゆるグライムっていうイメージから逸脱したグライム、みたいな作品群になっていると思います。グライム、ガラージDJっていう僕の経験と蓄積から、作りたい音楽を素直に作った結果がこのEPです。

自身が描いているそれぞれの曲のイメージなどあれば教えて下さい。

P:・“Overflow”
僕の製作のなかで、グライムっぽくないグライムが1周して、改めてグライムを作ろうって思って作った曲です。DJセットの中に欲しかったものを素直に作りました。

・“Vivid Colour”
僕、田島昭宇さんの絵が昔から好きで、そのなかでもとくに和服的なふわっとした衣服を着ている女性の絵が好きで、『お伽草子』という作品の弓矢を持った女性のイラストを見ながら、何となく作りました。因みにキャラクターで一番好きなのは『MADARA2(BASARA)』のバサラと芙蓉(フヨウ)で、その芙蓉のイラストから出来た曲もあります。僕なりのサイノ・グライム(注:東洋的な旋律をもったグライムのスタイル)です。

・“Humid”
グライムってどこまで拡大解釈していいのかな? そう考えるきっかけを作った曲で、このEPの中では最初に作りました。梅雨の時期に出来たのでタイトルもじめっとしてます。確か、メロディラインをMIDIキーボードで演奏して録音したのもこの曲が初めてだった気がします。いまはけっこうキーボードを弾いていますが。

・“Flutter”
この曲は、地下アイドルのCD-Rの曲をサンプリングしています。地下アイドルやそれに類する女の子に対して、僕がイメージする「儚さ」みたいなものが曲として具現化した気はします(笑)。

今回のEPの曲はマスタリングまで自身で行っているんですか?

P:いえ、自分で行ったのはミックスダウンまでで、マスタリングはレーベルの方でエンジニアに送っていると思います。誰に頼んでいるのかは定かではないんですが、出来上がりを聴いてとても満足しています。

使用機材などがあれば詳しく教えて下さい。

P:基本的にPC1台で全ての工程を行っています。ソフトはFL Studio、それにRolandのオーディオインターフェイスと、MIDI鍵盤がAlesis Q49とKORGのnanoKey2、モニターはヘッドフォンで行っていてRoland RH-300を使用しています。ソフトシンセはFL Studio純正のものしか最近は使用していません。

また作曲の過程など教えて下さい、コンセプトが先にあって組み立てて行くんですか? もしくはインスピレーションに任せて作曲して行くのでしょうか?

P:とくに決まった形はない……、かなぁ? 自分の経済状況だったり、日本や世界で起きているニュースに触発されたり、SNSを見ながら思ったことを音にしたり、お気に入りのまだそんなに売れてないタレントのインスタとかツイッター動画からサンプリングしてループを作ったり……。その時々の身の回りの空気とか自分の気分が要素として大きいと思います。もともと僕はガラージやグライムが音楽の基盤になっているので、今回はどう逸脱しようかとか、どんな要素をプラスしようかっていう思考で音楽を作っています。だから、iPhoneで音楽を聴きながら外を歩いている時とかに、そういうこと考えていますね。それ以外の時間は絶対何かしら他の作業をしているので。

曲作りの時、好みのルーティン等はありますか?

P:ボーカルもしくはサンプリング・ボイス、主旋律となるループ、キック、パーカッション……という順番が多いですね。ボーカルがないときは主旋律とサンプリング・ボイスの有無、たまにキックのパターンから決めることもあります。サンプリングは先ほど触れたSNS動画の事ですね。最近、かなりの頻度でコレは使っています。iPhoneのマイクで録音された音声、周囲の音、ノイズ、これら全てが面白く使えることもあります。一番面白いのは、それがアップロードされた時にそれを即サンプリングして曲に使うこと。「いま」っていう、妙なリアル感が生まれる気がします。また、何がUPされるのか予想できない面白さもありますね(笑)。

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このEPに先駆けて配信された“Hansei feat. Duff & Dekishi”も素晴らしい曲ですが、こちらはどういった経緯で完成した曲なのでしょうか?

P:ありがとうございます。もともとMCのDuff君と「何か作ろうよ」って話になって、仮のビートを送ったんです。そうしたら、それに仮録りを被せて送ってきてくれて、少ししたら溺死君も参加してくれることになって出来上がりました。トラックはディープにしたかったので、仮トラックより大分変えてしまったのですが、結果的にふたりの声とのハマリ具合も良かったと思います。

タイトルの「ハンセイ」にはどのような意味が込められていますか?

P: 意味はそのままで、特にひねりも何もないです。この曲のインスト・ヴァージョンを最初のレーベルのコンピレーションに入れるという話になった時に、「反省」を英語、フランス語に翻訳する話もしたんだけど、「『ハンセイ』の響きも字面もとても良いよ」って言ってくれたので、そのまま日本語で行くことにしました。

Prettybwoy - Hansei feat. Duff & Dekishi



これからグライムやガラージはどうなって行くと思いますか? またどうあるべきだと思いますか?

P:そのふたつを分けるべきではないと思います。その方が音が面白くなると思う。ガラージの時からそうだったんですが、「コレもガラージでいいの?」っていう新発見が一番楽しいんです。その面白さを自分も続けて行きたいし、アグレッシブな部分は残して行きたいと思っています。クールにまとまりすぎないのも大事なのかなと。

グライムやガラージで影響を受けたアーティストを教えて下さい。

P:多すぎて挙げきれないので、今回はJスウィート(J-Sweet)を選びます。ガラージとグライムの両面から見て良かったです。

またそれ以外のジャンルから影響を受けたアーティストなどがいましたら教えて下さい。

P:いま80年代の坂本龍一の作品群はだいぶ聴いていますね。

日本のグライム・シーンも少しずつですが盛り上がってきていますね。それについてどう思いますか? またこれからどうなっていって欲しいですか?

P:そうですね。先日もボイラールームにダブル・クラッパーズやグライムMC勢もスケプタ(Skepta)と一緒に出演していました。シーンの存在を着実に外へアピールできていると思います。僕が以前、〈Big Dada〉の『Grime2.0』に参加したときに比べたら、考えられないくらい前に進んでいると思いますし、良いコミュニティ関係が築けていると感じていますよ。今月5月21日に新宿ドゥースラーで行われる「That's Not Me! 2」がそれをよく表していると思います。楽曲的にもMC的にも、10数年前にグライムが誕生した時のような荒削りでアグレッシブなエネルギーで満ちている気がするんです。これをうまく取りまとめ、リリースやパーティを開催できるような集合体/レーベルのような存在があったらいいな。グライムだけじゃなく、ベース・ミュージックを総合的に扱えるようなものです。正直、いまの僕にはそんなに時間的余裕がないので、アーティスト以外にそういう人材がいたら良いですね。

日本国内にはグライムのレーベルは少ししかありませんし、活動もまだまだこれからだと思います。海外のインディペンデント・レーベルに見習うべき部分等がありましたら教えて下さい。

P:海外といっても、僕がやり取りしているのはごく限られたレーベルしかないんです。でもそのなかで共通しているのは、レーベルが扱うジャンルがグライムだけじゃないという点。ダブステップだったり、ジューク、テクノ寄りのものだったり様々です。もちろん、グライム一本で真っ向勝負もいいとは思うんですが、もっと幅広い層にアピールできるような作品群があっても良いんじゃないかと思います。
 それと、向こうのレーベル・オーナーは、ライターとかを他でやっていたりする人がけっこう多いですよね。だから、基本的なプレゼンの仕方は心得ている。または、そういった形を熟知しているからこそ、プロモーションをあえてしなかったりするレーベルもあるんです。でもこういう音楽をやっているだけでは、金稼げないと思うので、どうやってプラスに持っていくかは難しいのが現状なんです。日本で同じようにやるのはかなり大変です。同じようなプロモーション方法でやっていても、気づいて貰えないですからね。

■Prettybwoy Schedule

5/13 金 
OUTLOOK FESTIVAL 2016 JAPAN LAUNCH PARTY @ UNIT + UNICE + SALOON

5/17 火 
Overflow EP 発売

5/21 土 
THAT'S NOT ME! 2 Prettybwoy “Overflow EP” release party @ 新宿ドゥースラー
Special Guest : MC ShaoDow (from UK/DiY Gang)

6/3 金 
MIDNITE∵NOON - KAMIXLO JAPAN TOUR 東京 @ Circus Tokyo



吉田省念の繊細な歌の世界 - ele-king

 新作『黄金の館』の発売を目前に控えた吉田省念。ele-kingではインタヴューも公開する予定だが、お先にMV公開の情報が届いたので、ぜひご紹介したい。ともにささやかな空間でありながら対照的な2つの場所を舞台とする映像が、このシンガーソングライターの音楽を繊細に優しく伝えている。

京都発!
奇跡のシンガーソングライター『吉田省念』完全セルフプロデュースによる6年振りとなるニューアルバム「黄金の館」が5月18日に発売。
同アルバムより2本のMVが公開中!!

■コーラスに細野晴臣を迎えた「晴れ男」ミュー-ジック・ビデオ



■ライブでもお馴染みの楽曲 「水中のレコードショップ」ミュー-ジック・ビデオ



くるりの活動を経て、暖めてきた楽曲達が遂に完成。
正統なロック・ルーツサウンドからフォーク・ブルース・アヴァンギャルド迄、彼の歩んで来た道のりを凝縮し、京都から発散するほんわりとした甘酸っぱいサウンドにミックスし、ゆったりと濃密な時が進む。多岐にわたる楽器演奏を自ら紬ぎ、素晴らしい豪華ゲスト陣が寄り添う事でその魅力を存分に伝えるメロディアスで爽快なポップ・アルバム!
ゲスト参加ミュージシャンは、細野晴臣、柳原陽一郎(exたま)、伊藤大地、四家卯大、谷健人(Turntable Films)、植田良太、めめ、さいとうともこ(Cocopeliena)。
ドイツに渡り、NEU・クラウスティンガー(ex KRAFTWORK)と共に音楽活動を行っていた尾之内和之をエンジニアに、自宅・省念スタジオで収録した執念の快心作。

■ライ・クーダーや細野晴臣氏のように過去のさまざまな音楽のエッセンスを現代に蘇らせる名工が作った作品の佇まいがあるし、その飾り気のない純朴な歌いっぷりから、京都系フォークシンガーの佳曲集とも言っていいかもしれない。
【柳原陽一郎 ex.たま】

■言葉にならないです。果てしなく胸の奥の奥の真ん中の部分に触れる。揺れる。夢中で聴いている。 
【奇妙礼太郎】

■去年、舞台音楽の現場を長く共有した省念くんのソロアルバム『黄金の館』すばらしい作品でぼくもうれしい!なつっこいメロディに朴訥な歌声、かなりねじれたアレンジと底なしのギターアイデアが最高ですよ。こんな人と一緒に音楽を作れてたのが僕は誇らしいです。多くの人に聴いてもらいたい!!
【蔡忠浩 (bonobos)】

 


〈作品詳細〉
吉田省念 / 黄金の館
ヨシダ・ショウネン / オウゴンノヤカタ
発売日:5月18日
価格:¥2,500+税
品番:PCD-25199
Cover Art:HELLOAYACHAN

〈トラックリスト〉
1. 黄金の館 
2. 一千一夜 
3. 晴れ男 
4. 水中のレコードショップ 
5. 小さな恋の物語 
6. デカダンいつでっか
7. 夏がくる
8. LUNA 
9. 春の事 
10. 青い空 
11. 銀色の館 
12. 残響のシンフォニー 
13. Piano solo

[●作詞・作曲・演奏 吉田省念 ●録音 尾之内和之 ●MIX 吉田省念・尾之内和之]

<ツアー情報>
■5/14(土) 京都・拾得 「黄金の館」*バンドセット&アルバム先行発売有り
■5/17(火) 京都・磔磔 「月に吠えるワンマン」*ソロでの出演
■5/24(火) 下北沢・レテ「銀色の館 #3」*弾語りソロワンマン  
■5/26(木) 三軒茶屋・Moon Factory Coffee *弾語りoono yuukiとツーマン
■6/5(日) 名古屋・KDハポーン「レコハツワンマン」*京都メンバーでのバンドセット guest:柳原陽一郎
■6/14(火) 京都・拾得 「黄金の館」
■6/30(日) 下北沢・440 「レコハツワンマン」 *バンドセット Dr.伊藤大地、Ba.千葉広樹、guest:柳原陽一郎
■7/14(木)京都・拾得 「黄金の館」
■7/18(月) 京都・磔磔 *詳細未定
■7/24(日) 大阪・ムジカジャポニカ
■8/7(日) 京都・西院ミュージックフェスティバル

吉田省念:
京都出身のミュージシャン。
13歳、エレキギターに出会い自ら音楽に興味をもち現在に至る迄、様々な形態で活動を続ける。
18歳、カセットMTRに出会い自宅録音・一人バンドに没頭 これをきに楽器を演奏する事に興味をもつこの10年間は日本語でのソングライティングに力を入れ自らも唄い活動を続ける。
2008年「soungs」をリリース。吉田省念と三日月スープを結成、2009年「Relax」をリリース。
2011年~2013年くるりに在籍 日本のロックシーンにおける第一線の現場を学ぶ。在籍中はギターとチェロを担当し「坩堝の電圧」をリリース。
2014年から地元京都の拾得にてマンスリーライブ「黄金の館」を主催し、様々なゲストミュージシャンと共演。
四家卯大(cello)、植田良太(contrabass)とのセッションを収録したライブ盤「キヌキセヌ」リリース、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZOに出演。
2015年ソロアルバムのレコーディングと共に、主演:森山未來 原作:荒木飛呂彦 演出:長谷川寧 舞台「死刑執行中脱獄進行中」の音楽を担当。
既成概念にとらわれない音楽活動を展開中。
website:yoshidashonen.net



Anna Meredith - ele-king

 アンナ・メレディス。クラシックとインディ・ミュージックのハイブリッドとして、いまもっともエネルギッシュで個性的な作曲家と言えるだろう。しかしそれは、クラシカルな音楽をはじめとしたさまざまな音の素養を身に付け、また専門的に修めながらも、それらをすべて「忘れて」しまった人間による音楽だ。

 BBCスコティッシュ交響楽団のコンポーザー・イン・レジデンスとしても活躍するなど、彼女の素養の高さは「専門的」どころの話ではない。そしてクラシックばかりか、音の端々からはグランジ、ポニーテイルにダーティ・プロジェクターズらを思わせるエクスペリメンタリズム、アニマル・コレクティヴやシン・ファン・ブーに通じるドリーミーなサイケデリア、バトルスの構築性にタイヨンダイの現代音楽的な発想、デイデラスの引用する映画音楽やオールディーズを彷彿させる優雅なIDM、さらにはシンセ・ポップ様のものまでが片鱗を見せ、この作曲家の度量や音楽体験の豊かさを想像させる。

 でも、それらの要素も全部、いちど忘れられたものというふうに出てくるのが素晴らしい。きっと彼女はそういうふうに生きている人なのだ。あまたの音楽をめぐって、歴史を学び、構造を解析し、構築や表現の方法を知ったのだろうが、その音はけっして何かを覚えておいて応用するというようなものではない。それぞれの方法や要素は、アーカイヴされていつか引き出されるのを待っているのでも、憧れて真似したいと思われているのでもなく、ただただメレディスの中で溶け合っていて……何かの拍子に彼女の中に入ってきたまま記憶と感性の中に沈みこみ、まったく別のものとして書き出されてきているように感じられる。それは忘れるという体験の本質であるように思われる。失われるのではなくて変化するということ。おのおのの要素自体は、まるで異なるアルゴリズムを持ったものに変貌してしまって、○○を消化した音、とか、ジャンルをまたいだ音、とかいう言い方では少しもなぞることができない。

 彼女の作曲はそんな場所ではじまる。「作曲するときに何かを聴いたり参考にすることはない」とメレディスは言うが、おそらく「いま聴いたもの」は彼女にとって邪魔なものであり、忘れていたものこそが創作の素材でありモチヴェーションになるのだ。コピペを前提とする時代に(だからこそヴェイパーウェイヴが批評でありえる)、これほどコピー的でありながらコピーをはねつけるオリジナリティを持っているのは、ひとえに彼女が彼女自身をこそ信頼しているからであり、汲み出されてきた記憶が熟成と変色を経ているということによるだろう。

 これまでに2枚リリースしているEPは〈もしもし〉からで、そこもおもしろい。IDMや電子音楽の実験的かつ先端的なレーベルや、あるいはかつてのジュリア・ホルターのように〈リーヴィング〉や〈リヴェンジ〉といった境界的なアンダーグラウンド・レーベルからの発信ではなく、ホット・チップやフローレンス・アンド・ザ・マシーン、あるいはドラムスなどでおなじみのインディ・ポップの名門がバックアップしてきたというのは、メレディスの音楽が誰に聴かれるべきであるのかということを物語っている。複雑で高度で、しかしポップ。ピッチフォークが「イギリスのモダン・ミュージックにおける、もっとも革新的な精神のひとつ」と評しているが、もっとも革新的なものこそポップ・フィールドで鳴らされるべきで、その意味で〈もしもし〉が支え、フル・アルバムとしていま多くのメディアから高い評価を集める作品を送り出したことには大きな意義がある。

 “ノーチラス”や“ザ・ヴェイパーズ”のブラスと変拍子の高揚にきわまれれりというメレディスの有頂天が本作のコアかもしれない。いま彼女は音楽的な旅において「南中」状態にあるという。“テイクン”のガレージ―なサウンドに忘れられない歌メロ、“スクリムショウ”“R・タイプ”“Dowager”の本流のような上昇とクレッシェンド、“ラスト・ローズ”の讃美歌のような歌唱や“Blackfriars”の厳かなオルガンでさえも、抑制をしらない喜びや高まりに満ちている。メレディスはクラリネットとエレクトロニクスを担い、チェロやエレキギター、チューバ、ドラムなどの編成からなるバンドとともに制作しているようだ。

 彼女はまた、作曲家/ミュージシャンというだけでない顔を持つのも魅力である。もちろん、オーケストラとの仕事や、有名ブランド等への楽曲提供に映画の仕事、美術館の仕事など音楽だけでも多岐にわたる活躍だが、テレビやラジオにレギュラーを持っていたりと、タレント的な才能も併せ持ち、その活動はとても自由。今後さらに、いろんなところでメレディスの音を耳にすることになるのではないかと思うし、それが耳にできるかぎり、わたしたちは形式ではないもの……忘れたものからつくられた、見たことのない見たことのあるもの、その新鮮な感覚に、胸がすっとするような風通しを感じるだろう。

チエミのムード民謡 - ele-king

ミイは、にやにやしていいました。
「あんたのことで、おそろしいことをきいたわ。あんた、じぶんのご先祖を、戸だなから追いだしたんだってね。あんたたち、にているそうじゃないの。」
「えい、やかましい。」と、ムーミントロールはどなりました。
トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の冬(1957)』山室静 訳


 美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの「三人娘」が主演した1956年制作の映画『ロマンス娘』の中で「女学生」江利チエミは痩せるために始めた柔道がめきめき上達して男を投げ飛ばしたり、3人で応募したデパートのバイト先で1人だけ風呂ガマ売り場に配属されたり、お呼ばれした豪邸でウィスキー飲んで泥酔した挙句に森繁久彌(詐欺師役)に猛アタックしたり、と露骨なまでのオチ要員でしたが、それぞれのボーイフレンドと自転車に乗りながら変わるばんこに持ち歌を披露するラストシーンでは“黒田節(~酒は呑め呑め)”を熱唱したりと、3人並べてみれば江利チエミがオチなのは無難な選択とはいえ、そもそも何故この3人がセットなのだろう、という根本的な疑問は何も解決しない。

 その『ロマンス娘』から2年後の1958年、当時21歳の江利チエミは「第十三回芸術祭参加」と併記された『チエミの民謡集』という10インチ盤アルバムを発表する。バックバンドは見砂直照と東京キューバン・ボーイズ。以降1964年【東京オリンピック開催年】までにかけて5枚の「民謡集」10インチ盤が出ることになるこの民謡シリーズではキューバン・ボーイズ以外にも原信夫とシャープス&フラッツなど、一流のジャズメンたちを従えたチエミが何をするのかと思えば「ジャズ民謡」で、しかも全力投球。何と言うか、あの娘ダッシュで100メートル先まで走ってった、と思ったらこれまた猛スピードで99メートル戻ってきて「これ!!!」と(ほとんど『ちはやふる』における広瀬すず)眼の前で報告されているような眩暈を憶える楽曲群と、そして頭がおかしいとしか思えないほどのパッションがある。

 いまの感覚からすると、しかしキング・レコードもよくこんなの出したな(この頃ならまあ出したか)、と思うのですが、ただ当時かなり売れたらしい、と言うのはオリジナルのアナログ盤がヤフオクなどで安く(数百円~)で出回っているからで、数量としては結構な枚数をプレスされたのではないかと思われる。ただしここに収録されている音源(とりわけモノラル録音だった1~3集)はほとんどデジタル化されていないので、時間とレコードプレーヤーのある方は是非入手してみてください。あるいは実家の物置に仕舞ってある段ボール箱を引っくり返したらひょっこり1枚くらい出てくるかもしれません。

 なかでも強烈なものを10曲、挙げておきます(アナログ音源のみのものも含む)。

 “おてもやん”……文句なしの1曲。後に再録されたヴァージョンはまんまジャズ・ボッサ。
 “ナット節”……「淡く哀しみを帯びた軽さ」という離れ業。
 “相馬盆唄”……スウィングしまくりながら「米が穫れた」と歌う一曲。
 “会津磐梯山”……吃驚しているうちに終わってしまう2分弱。
 “田原坂”……服部克久編曲によるストリングスが沁みます。
 “草津節”……まるでコントの出だしのように始まる傑作。
 “伊那節”……『ナット節』と同じく、歌詞の言葉遊びが秀逸です。
 “金毘羅船々”……マンボのこんぴらさん。
 “安来節”……このヴァージョンで泥鰌すくいを踊るのは困難なバラード。
 “チエミのドンパン節”……あまりの脳天気ぶりに腰が砕けます。

 江利チエミがここで演ったのはあくまで「ジャズ調の民謡」であって「民謡モチーフのジャズ」ではない、というのは頭に置いておく必要がある。そもそも和声も伴奏もへったくれもない(アカペラでも充分成立してしまう)日本民謡を再現するフォーマットの提案としてのジャズ、またはラテン、もしくはストリングスを使って仕上げたのが「チエミのムード民謡」シリーズなのであって、本人(達)もこれでジャズやラテン音楽界に何らかの変革を迫るつもりは無かっただろうし、この場合の音楽の「スタイル」は個々の楽曲の良さを最大限に引き出すためのツールでしかなく、そしてそれはどうにも正しい。

 リアルタイムでも果たしてこの言い得て妙な「ムード民謡」というジャンルが成立していたのかどうかも怪しいのですが(ザ・ピーナッツが1963年に同じくキング・レコードから『祇園小唄~ピーナッツのムード民謡』というアルバムを出しているものの、質量ともにチエミの音源のほうが圧倒する)結局、「ムード民謡」はほぼ江利チエミに始まって江利チエミに終わったジャンルなのだろうし、そして21世紀の日本でこれを聴いた人間が「何故いまこういう音を聴かせる人がいないのか……」などと嘆くには当たらない(もしいまの音楽家が当時の譜面に忠実にこれを「再現演奏」なり「新解釈」なりをしてみても恐らく陳腐なものになってしまうだろう)。その時でないと出せない音、というものは確実に存在する。

 たとえ何百曲の「民謡」を掘り起こして録音したところでそれは「我が日本国」の存在理由を何ひとつ証明したりはしないのですが、逆に言うとこれだけバラバラな、例えば“おてもやん(熊本県民謡)”とか、関東育ちの人間には何を言っているのかよく判んないけど超かっこいい曲やってる、といった部分が辛うじて繋ぎとめているのが明治維新後の日本であって、とうの昔に葬ったはずのご先祖様(とは言え遡れるのはせいぜい徳川時代くらいまででしょうが)は、何故か江利チエミ(1937-1982)が蘇らせ、そして遺してしまった音源の中で「ご先祖様ズ」がまあ、踊るか?などと言いながら現代に生きる自分たちの着ている服の裾を引いてくる。歌った人が居なくなった後にも歌唱は残る──そして現在、ほぼそういったものだけが「正しくクニを愛する」という、言ってみれば健全な精神を支えもするのだろう。

 あたしァあんたに ほれちょるばい
 ほれちょるばってん いわれんたい
“おてもやん(熊本県民謡)”

【追記】ちなみに『ロマンス娘』と同じ1956年にスタートした江利チエミ主演の映画『サザエさん』シリーズ(~1961年)はムード民謡シリーズの制作とほぼ重なる。庭を箒で掃きながらラテン・ポップス(“陽気なバイヨン”とかだったような)を歌う、というアニメ版からは想像もつかないくらいにアグレッシヴなチエミのサザエさんを見るにつけ(本家に比べればものすごい地味ではありますが)ああかつてジャパンにもカルメン・ミランダ(1909-1955)がいた時代があったのだ、と再確認する。

KEIHIN (Prowler) - ele-king

2016/5/10

ジョン・グラントも再び来日! - ele-king

 大型夏フェスのラインナップがあちらこちらで発表されているが、インディ・ロック・ファンならば〈ホステス・クラブ・オールナイター〉の充実ぶりにちょっと心を動かされるだろう。8月20日の夜は空いていますか? ──ダイナソーJr.、アニマル・コレクティヴ、ディアハンター、マシュー・ハーバート、テンプルズ、サヴェージズ、アウスゲイル、そしてジョン・グラント。往年のUSインディ・ファンから、現在形のロックを牽引する中堅から新人まで重要な顔ぶれ、そしてエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックに音響的なアプローチのSSWまで、高い音楽性と人気とを併せ持った実力派がずらりと並ぶ一夜だ。公開されたばかりのインタヴューでジョン・グラントの魅力にやられた人にも、絶対に期待を裏切らない彼のショウをお勧めしたい。

 8月20日(土)の深夜、Summer Sonic内Midnight Sonicにて開催されることが決定したHOSTESS CLUB ALL-NIGHTER(以下HCAN)。昨年のラインナップに引けをとらない全8組の出演アーティストが発表となりました!

 ヘッドライナーには現在新作をレコーディング中というダイナソーJrと最新作『ペインティング・ウィズ』が絶賛を持って全世界で迎え入れられたアニマル・コレクティヴという最強の2組が決定。その他にも昨年のリベンジを果たすべくHCANに帰還するディアハンター、いま世界で最も熱いライブバンドと言っても過言ではない女子4人組サヴェージズ、ここ日本でも高い人気を誇るサイケバンド、テンプルズ、HCANレジデントDJに就任し2年連続出演となるマシュー・ハーバート、アイスランドが生んだ新星SSWアウスゲイル、そして先日Hostess Club Presents Sunday Specialにて初来日を果たしたジョン・グラントと世界を見てもなかなか揃うことのないような豪華なアーティストが集結しています!

 さらに先述のダイナソーJrを始めどのバンドも新作を制作中、もしくは新作リリース後という絶好のタイミングということもあり素晴らしいパフォーマンスを見せてくれること間違いなし。まさに今見るべき旬なアーティストをお届けするというHostess Clubのコンセプトとぴったりのラインナップが出来上がりました。

 まだステージ別ラインナップ、そしてタイムテーブルも発表となっていないこのタイミングでもう何を見ようか迷ってしまいそう。今後の動向にも要注目です!

HOSTESS CLUB ALL-NIGHTERチケット発売情報詳細はこちら:
https://ynos.tv/hostessclub/schedule/201608hcan/ticket/

■HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER

出演:
Dinosaur Jr. / Animal Collective / Deerhunter / Matthew Herbert / Temples / Savages / Asgeir / John Grant

日程:
2016/8/20(土)<サマーソニック2016 ミッドナイトソニック>

場所:
幕張メッセ

OPEN 22:00 / START 23:15

チケット:
●特別先行価格¥7,900(税込)
Hostess Entertainmentメルマガ会員・クリエイティブマン会員のみ対象 / 枚数限定 
申し込み受付期間:4/23(土)~4/30(土)

●通常価格¥8,500(税込)
枚数限定
5/28(土)より一般発売スタート!

詳細情報はこちら:https://ynos.tv/hostessclub/schedule/201608hcan/ticket/

<注意事項>
※サマソニ東京の各入場券をお持ちの方はご入場可能です。
※HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER入場券のご利用有効期限は8月20日(土)午後22:00~8月21日(日)午前5:00までとなります。
※出演アーティスト変更による払戻しは致しません。
※オールナイト公演のため20歳未満入場不可。
※写真付IDチェック有
※各ステージの入場制限を行う場合がございます。

<Hostess Clubとは>
数々の素晴らしいアーティスト作品をリリースしてきた独立系音楽会社Hostess Entertainmentが、音楽出版やライブ制作、マーチャンダイズを手掛けるYnos(イーノス)とタッグを組み、2011年からスタートさせたライブ公演シリーズ「Hostess Club」。
2012年から開催したイベント「Weekender」シリーズでは、新人から大御所まで独自の視点でセレクトした刺激的なアーティストを多数フィーチャー。2015年夏、新たな試みとしてサマーソニック2015内でHOSTESS CLUB ALL-NIGHTERを開催。2016年春には少し大人なイベントHostess Club Presents Sunday Specialも成功を収めた。

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