「Nothing」と一致するもの

interview with The Temper Trap - ele-king


The Temper Trap
Thick As Thieves

Infectious / BMG / ホステス

RockIndie Pop

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コートニー・バーネットが今年2月に行われたグラミー賞の主要部門である「最優秀新人賞」にノミネートされたことはここ日本のインディ・ロック・ファンの間でも大きな話題となり、ツイッターでも授賞式の模様は全世界どこでもリアルタイムで実況された。彼女はまた独特の異彩を放っているが、その他にも、ハイエイタス・カイヨーテ、フルームなど、オーストラリア出身の新世代アーティストたちの活躍が止まらない。そしてザ・テンパー・トラップのヴォーカルのダギー・マンダギも「オーストラリアン・バブルかもね」と表現していたが、快進撃の先陣を切ったのこそが、まさしく彼ら、ザ・テンパー・トラップだった。

 彼らの2009年のデビュー作『コンディションズ』は世界で累計100万枚以上を売り上げ、YouTubeの再生回数にいたっては2000万回以上という記録を残している。グラストンベリーやロラパルーザなど主要フェスへの出演を含めた全世界ツアーも経験し、英米以外の新人としてじゅうぶんすぎる成功を収めた。

 いま音楽においてはインディとメジャーの垣根も、国境も、時差も、まったく関係ないに等しく、情報速度差なく世界中でヒットが共有されていくことは珍しくない。では、アーティストはその環境の変化の速度に付いていけているのだろうか? 今回インタヴューに答えてくれたダギーとジョセフはとても穏やかな口調ながら揺るぎない信念を目の奥に光らせ、「とにかく俺たちは好きな音楽をやるだけ」とばかりにその身を委ねているようだった。しかし、オーストラリア出身のアーティストの名を挙げ、「オーストラリアのアーティスト同士はお互い助け合いたいね」とさらりと地元シーンへの愛も見せる。変化の速度に呑まれることなく、ごく自然にアイデンティティを保持しながら、静かに勇敢に世界へと漕ぎ出している。

 セカンド・アルバムで実験的なサウンドに挑戦し、バンドとしては少し迷っていた時期やメンバーの脱退を乗り越えて、今作「シック・アズ・シーヴス」は制作された。長年のツアー・メンバーであったジョセフ・グリーアを正式メンバーに迎え、あらためて絆を強めた彼らは、兄弟のように親密であることを表すタイトルをニュー・アルバムに冠し、いまや世界で活躍するスタジアム・ロック・バンドとなったという使命感にあふれるように、スケールの大きい楽曲を展開している。

 垣根なく自由に世界を漂えるいまだからこそ、ザ・テンパー・トラップのような誠実なアーティストにとってはかえって帰属意識やバンドの結束が高まる場合もあるのかもしれない。「オーストラリア出身の」という説明はもはや世界で活躍する彼らにとって不要なようでいて、やはり彼らの重要なエッセンスであるし、「シック・アズ・シーヴス」とあらためてバンドの結束を表明することも、やはり彼らにとっては必要なことだったのだ。

 インタヴューの日にはブルース・スプリングスティーンの着古したTシャツを着ていたダギー。世界的にヒットしていてもけっして急に小綺麗になったりしていないごく普通のロック好きな隣の兄ちゃんといった風貌だったが、中身もきっとデビュー時とあまり変わらずそのままに、今日もどこかでスタジアムを熱狂で包み込んでいるのだ。


■The Temper Trap / ザ・テンパー・トラップ

オーストラリアはメルボルン出身。2005年に結成。2006年にオーストラリアでEPデビュー。世界デビュー前から英BBCの注目新人リスト「Sound of 2009」やNME「Hottest Bands of 2009」に選ばれ、2009年には彼らのために復活した〈インフェクシャス〉再開第一弾バンドとして契約。世界デビュー作『コンディションズ』をリリースし、同年夏にはサマーソニック09出演のために初来日、秋には東京と大阪での単独公演を行なうため再来日を果たしている。2012年、かねてよりサポート・ギターを務めてきたジョセフ・グリーアが正式メンバーとして加入し、新たに5人組となって制作されたセカンド・アルバム『ザ・テンパー・トラップ』をリリース。その後ギタリストのロレンゾの脱退を経て16年、4年ぶりとなる新作『シック・アズ・シーヴズ』を完成させた。同年8月には7年ぶりとなるジャパン・ツアーも決定している。

メンバーはDougy Mandagi(ダギー・マンダギ / vocals, guitar)、Jonny Aherne(ジョニー・エイハーン / bass guitar, backing vocals)、Toby Dundas(トビー・ダンダス / drums, backing vocals)、Joseph Greer(ジョセフ・グリーア / keyboards, guitar, backing vocals)

タイトルは、もともとは聞こえがよかったからっていう理由だけで付けたんだけど、忠誠心、兄弟愛という意味もあって。(ジョセフ)


新作のジャケとタイトルのコンセプトは?

ジョセフ・グリーア:ドラマーのトビーがタイトルを選んだよ。もともとは聞こえがよかったからっていう理由だけで付けたんだけど、忠誠心、兄弟愛という意味もあって。ちょうどメンバーが脱退してから初のアルバムでもあったし、よりメンバーの絆が深まったり忠誠心が強くなったりしている時期だったということもあって、偶然に意味合い的にもつながったと思う。ジャケットに関しては、ベースのジョナサンがハロウィンときに街中で撮ってインスタグラムに上げていた写真だよ。これを“シック・アズ・シーヴス(Thick As Thieves)”のシングルのジャケットに使って、僕たちの写真をアルバムのジャケットに使おうと思っていたけど、この写真(今作のジャケット)のほうが兄弟というイメージも強いので、これをアルバムに使おうということになったんだ。

ジョセフがサポートから正式加入するきっかけは?

ジョセフ:2008年、デビュー・アルバムの『コンディションズ』のときにツアーのサポート・メンバーになって、2011年か12年頃のセカンド・アルバムの時期に正式に加入した。その頃はまだギターにロレンゾがいたから、僕はキーボードをメインに演奏していたけど、彼が脱退したのでギターになったんだ。ツアー・メンバーだった頃からいっしょに時間を過ごしていたので、その頃からオフィシャル・メンバーのような感覚ではあったよ。

今作ではスタジアムでのライヴの光景を想像させる、アンセミックでさらにスケールの大きい楽曲が多いと感じました。インディから着実に積み重ね、だんだんと動員も増え、ライヴの規模が大きくなっていったことも曲作りに影響しているのでしょうか。

ダギー・マンダギ:ありがとう! 原動力になるというのはもちろんあるけど、何より演奏していて、曲を作っていって楽しいから自然とそうなることが多いんだ。この曲は会場が盛り上がってくれるだろうな、というのも想像したりもするけど、まずは自分たちが演奏していて気持ちがいいというのが最初にあるよ。

歌詞はパーソナルなもの? それともフィクション?

ダギー:両方だね。ほとんどはパーソナルな経験にもとづいたものだけど、たとえば今回のアルバムで11曲めの“オーディナリー・ワールド”なんかはすべてフィクションのストーリーだよ。

影響を受けたアーティストにプリンスをあげていますが、彼の魅力や影響は自らの音楽にどのように反映されていると思いますか?

ダギー:最初の頃はプリンスを参考にしたりヴォーカルのスタイルを彼のように意識していたというのもあったけど、彼の本当に素晴らしいところというのは自分の好きなことをやって自分でアートを生み出しているところだと思うんだ。誰かに言われてやるのではなく、自分でスタイルを作り出しているよね。そういう姿勢こそ彼の魅力だと思うので、テンパー・トラップとしてもそのようにやっていけたらな、と思っているよ。


女の子のために曲を書いたりはしないからなあ~。冗談だけどね(笑)。(ダギー)


映画「(500)日のサマー」であなた方の“スウィート・ディスポジション”が使用されたことについてですが、あの映画は見ましたか?

ダギー&ジョセフ:もちろん見たよ!

どうでしたか?

ダギー&ジョセフ:う~ん、まあ女の子向けの映画だよね(笑)。

曲が使用されることになった経緯は?

ダギー:マネージャーの友だちがその映画の音楽担当と仲がよくて、監督も僕らの曲のファンだということで話が持ち上がったんだ。自分たちがその映画を好きかどうかは関係なく、映画で使われることによって自分たちの曲がより多くの人に知られるきっかけになったのでとてもいい経験だったよ。

サマーのような奔放な女の子ってどう思う?

ダギー:でも今の女の子ってみんなそうなんじゃない(笑)!? 日本の女の子は違うかもしれないけど。

きちんと曲のことが理解されて使用されていると思いましたか?

ダギー:曲とシーンがつながっているかというとそうでもないかもしれないけど(笑)、キャリアにとってプラスにはなったと思うよ。

あなた方の曲の中には、繊細さやフェミニンな部分も含まれているように感じますが、どちらかというと違和感があると。

ダギー:女の子のために曲を書いたりはしないからなあ~。冗談だけどね(笑)。ソフトだったりフェミニンな要素はたしかにあるかもね。何も考えない商業的な歌詞というのではなく、意味のあるものだからこそ繊細さがあるように思われるのかもしれないね。


僕らが幸運だなと思うのは、オーディエンスの幅が広くて、15歳から60歳までいろんな人がいるんだよね。(ジョセフ)


ローリング・ストーンズのフロントアクトをつとめたと思うのですが、その経緯は?

ダギー:まあ正直ブッキングされて、という感じなんだけどね(笑)。だからそこまで自分たちの中ですごく大事件というほどではなかったんだけど、最初で最後かもしれない、いい経験だったよ。一夜だけだったので何か学んだとかもあまりないんだけどね。

ローリング・ストーンズといえば存在そのものが「ロック」とも言えると思いますが、あなた方には自分たちもそのロックというものを引き継ぐ存在であるという意識や、あるいはそれを前進させていきたいというような考えはありますか?

ダギー:もちろんストーンズから影響は受けているし大好きなバンドだよ。彼らのようにブルース・ロックンロールという感じに僕らがなろうとは思っていないけど、たとえば僕らの今回のアルバムでも“シック・アズ・シーヴズ”だったり7曲めの“リヴァリナ(Riverina)"はそういうストーンズのようなブルース・ロックの要素が全面に出ている曲でもあると思う。バンドをはじめた頃はよりそういう音だったけど、逆にいまはそれがより薄れて変化してきていると思うよ。

それは昔といまでオーディエンスが変わったからでしょうか?

ジョセフ:僕らが幸運だなと思うのは、オーディエンスの幅が広くて、15歳から60歳までいろんな人がいるんだよね。それは変わらないし、今回のアルバムも幅広く受け入れられる音楽だと自分たちでは思っているよ。


The Temper Trap - Fall Together (Official Audio)


同郷のコートニー・バーネットはグラミーにもノミネートされたりと世界的に注目を浴びていますが、あなた方はいまでも地元のインディ・シーンを意識していたり刺激を受けたりしますか?

ダギー:自分たちはそういうシーンも把握しているし、コートニー・バーネットもそうだし、フルームやテーム・インパラなどのオーストラリアのアーティストが国際レベルで活躍するのはすごく素晴らしいことだし、誇りに思うよ。オーストラリアのシーンから世界に出ていくのを互いにサポートしたいという気持ちもあるよ。

同じオーストラリアでもシーンとしては違うと思いますか?

ジョセフ:オーストラリアのバブルみたいなものもあるけど、自分たちは独特の音楽をやっていると思うし、ルーツは同じかもしれないけど、7~8年前まではロンドンに住んでいたのでそこまで意識はないかな。

7年ぶりの来日公演もありますね。日本で楽しみにしていることはありますか?

ダギー:食べ物だね!

ジョセフ:ファーストのときに来日してとても気に入ったからまた来たいと思っていたけどセカンドのときは来れなかったから、今回はまた来れるということで興奮しているよ。

ダギー:あ、でもウニは苦手だな(笑)。

Julianna Barwick - ele-king

 ジュリアナ・バーウィックは、登場から10年が経とうといういまだにタグ付けの困難なアーティストだ(これまでのレヴュー)。ときどき「歌姫」としてエンヤなどに比較されているのを見かけるが、それはまったくちがう。バーウィックは歌曲を歌うのではないのだから。発声したものをペダルでループさせるだけ。“歌わ”なくていい、演奏しなくていい、つくらなくていい、息をするだけ──そのミニマルなスタイルは、だからこそ消費されてしまうことなく、また、いかなるトレンドにもわずらわされない。

 彼女の音楽が、クラシックまがいでもヒーリング・ミュージックの類でもなく、〈デッド・オーシャンズ〉や〈アスマティック・キティ〉のようなエクスペリメンタルなインディ・レーベルからリリースされ、ダーティ・プロジェクターズやスフィアン・スティーヴンスなどに並んでカタログ化されているのは、ひとえにわれわれがそのスタイルに前を向いた自由とインディ精神を感じていたからだ。

 バーウィックは、女神の役割を負うことからも負わされることからも自由であり、しかもそれを拳をかざしたり男勝りのスタイルを身につけたりする必要もなく可能にしている。また、高度な音楽教育を受けているとはいえ、彼女の録音スタイルのDIYさ、ライヴ活動の地道さ、飾らなさはわれわれがイメージする通りのUSインディであり、ジュリア・ホルターらと並んで、2010年以降のシーンに爽やかな喜びを与えつづけてきた。バーウィックの自由……それはあの眩しい残響として筆者の心に波打ちつづけている。

 さて、今作は「ウィル」と名づけられている。『サングイン』『ザ・マジック・プレイス』『ネーペンテース』といった過去作品に対して、バーウィックにしては強い意味やニュアンスが出たタイトルだ。音楽性が大きく変わったわけではないため、それはなおさら、彼女の中に兆す変化を想像させる。

 音の特徴から整理するなら、本作はこれまででもっとも楽器が多用され、「伴奏」のともなったものだと言うことができるだろう。これまでと変わらず、クセのないハイトーンの一節がループされる冒頭の“セント・アポロニア”は、突如加わるチェロとピアノに印象的に縁取られる。つづく“ネビュラ”は頭からシンセサイザーのアルペジオに先導されてはじまり、それは曲中途切れることなくつづく。次の“ビーチド(Beached)”はピアノ伴奏が寄り添う。これらは単に彼女のライヴのスタイルが反映されたものでもあるだろうが、声以外の周波が加わって心地よさが増している。エッジイなイメージは後退し、ほっとするような柔らかさが感じられる。

 そんななかではっとするのは“Same”だ。リヴァービーにふくらまされたストリングスやトランペットが曲を先導する……そのようにいくつもの音色を持つのもめずらしいが、この曲にはカナダ出身のアーティスト、トーマス・アーセノールトの歌もフィーチャーされていて、彼の声が入ってきたときに彼女の世界に他の人間の主観と時間が混線してきたような、わずかな違和感が生まれ、驚かされる。深いエコーとループが交差しこだましあう彼女の音楽は、構成要素がほとんど自身の声ということもあり、言葉やメッセージがない場合でも圧倒的に主観的な世界を立ち上げる。彼女の音楽を聴くというのは、彼女の感情の球体、あるいは意識の球体、それに触れているという感覚だ。ここに他者が入り込んでくるというのは、その球体が球ではなくなるということ、破綻のない世界に異物が混じり、これまでに生まれなかったはずの可能性や偶然性が──まるで生命の誕生のように──生じてくるということを予感させる。他人との制作という点では、ヘラド・ネグロとのオンブレ名義での活動があるが、そちらはまさにコラボの体で、互いの協力によって一枚のアルバムを生むべく美しい予定調和が図られていた。しかし、今回そういうものとまったく異なる原理のもとに他者の声、他者の「will」が聴こえてくる。そのあたりに、バーウィックの次を見てしまう。

interview with Mala - ele-king

E王
MALA
Mirrors

Brownswood Recordings / Beat Records

DubstepLatinWorld

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キューバの次はペルーと来た。理由は以下に詳しい。70年代のナイジェリア音楽やガーナのヴィンテージ・サウンドがこのところエディットされたり、サンプリングされまくる傾向をワールド・ミュージックのリユースとするなら、トランス・ローカルな産物といえるDRCミュージックや『BLNRB』、あるいは〈サウンドウェイ〉から『テン・シティーズ』としてまとめられた初顔合わせの試みは完全にコンテンポラリー・サウンドに属し、過去の音楽を現代に蘇らせたものとは素直には言い難い。

 マーラがキューバに続いてペルーの現地ミュージシャンと作り上げたセカンド・ソロ『ミラーズ』もはっきりと後者に属し、1+1を3にも4にも膨らませようというダイナミズムに彩られた驚異の試行錯誤である。マーラが人気に火を点けたとも言えるスウィンドルがひたすら50年代のアフロ-キューバン・ジャズに執着しているのとは対照的に、マーラは「いま、そこ」で音楽活動を続けているミュージシャンの力量に基礎を置き、彼らが現在進行形で有しているスキルを時の流れにスポイルさせてしまうような方法論は取っていないともいえる。DJカルチャーならではの非常に回りくどいコラボレイションの方法論をつくりあげたというのか、ダブステップとはかなり懸け離れたイメージを漂わせてしまうかもしれないけれど、もしかしてそのアーキタイプはブライアン・ジョーンズの『ジャジューカ』なのかなとも思いつつ、南米を逍遥しつづけるマーラ自身に話を訊いた。

Mala / マーラ
ダブステップのデュオ、デジタル・ミスティックズの片割れとしても活躍するロンドンのプロデューサー、DJ。同ユニットにおいて初めてダブステップを本格的に普及させるきっかけとなったパーティ〈DMZ〉を主催してきた他、自身でもレーベル〈Deep Medi Musik〉を立ち上げてさまざまなアーティストの発掘、紹介に精力をみせる。2012年にジャイルス・ピーターソン主宰の〈ブラウンズウッド〉からマーラ名義では初となるアルバム『マーラ・イン・キューバ』をリリース、世界的な評価を浴びた。2016年6月には2作め『ミラーズ』がリリースされる。

異国の地に行って、現地のミュージシャンとの出会いだったり、そこで発見した新しい楽器、新しい食べ物、新しい文化、新しい物語、新しい経験をもとにアルバムを作りたいと思った。

『マーラ・イン・キューバ』(2012年)は現地のリズムを録音しながら随時エディットしていくというものだったそうですが、ペルーがインスピレイションの元になったという新作も制作の方法論は同じですか?

マーラ:同じだ。細かい部分での違いはあったけど、基本的には同じ方法をとった。つまり、異国の地に行って、現地のミュージシャンとの出会いだったり、そこで発見した新しい楽器、新しい食べ物、新しい文化、新しい物語、新しい経験をもとにアルバムを作りたいと思った。新しい発見は楽しいし、刺激的だ。まるで子どもに戻ったような感覚になる。異国に行って、右も左もわからないんだけど、だからこそまっさらな状態で新しいことを学び、吸収することができる。そうやって何かを創造することが好きなんだ。

(通訳)なぜペルーだったのですか。

マーラ:2つの理由でペルーになった。ひとつは、いまのパートナー(恋人)がいつもペルーの話をするんだ。出会ったときからずっと。俺の方は、ペルーについて何も知らないまま育った。学校でも教わらなかったし、育った環境もペルー出身の知り合いもいなかった。いままで全く接する機会がなかった。だから新しい発見があるにちがいないと思った。新しい人や音楽、あと、食べ物との出会い。ジャイルス(・ピーターソン)と〈ブラウンズウッド〉から「またアルバムを作らないか」と 言われたとき、彼らの方から「こういう国はどうか」という提案がいくつかあった。でも、ペルーは誰も予想していないだろうと思った。案の定、ジャイルズとレーベルのみんなも驚いていたよ。

“テイク・フライト”の試みはとてもユニークだと思いましたが、これもペルーのリズムなんですか?

マーラ:リズムに関してはなんとも言えないな。あの曲で主にペルーなのはギターだ。ペルーのギタリストが演奏している。でもドラマーはちがう。というのも、現地で録音したものとはまったくちがうドラムを組みあわせているんだ。というのも、(ペルーから戻ってきて)どうもピンとこなくて、元からあったドラムとパーカッションをすべて抜いたんだ。そこからどうしたらいいのか途方に暮れていた。とりあえずちがうドラム・サウンドやビートを重ねてみたりした。そこで、ぴったり合うようなドラム・パターンを見つけた。でも、サウンドがちがっていた。生ドラムの音じゃなきゃだめだと思ったんだ。



 ちょうどその頃、リチャード・スペイヴンというドラマー用のリミックスを仕上げたところだったんだ。彼はザ・シネマティック・オーケストラの作品にも参加しているし、ホセ・ジェイムズのバンドのドラマーでもある。あと、日本人トランペッターの黒田卓也ともやっている。とにかく、そのリチャード・スペイヴン用のリミックスを終えたところだった。で、例のトラック用に新しく作ったドラム・ビートには生ドラムのサウンドがいいと思って、最初はソフトを使って、スタンダードな生ドラムの音で作ったんだけど、イマイチだった。作ったドラム・パターンを録音しておくのによく使うスタンダードな生ドラムの音だ。だから彼に連絡して、「君が叩いたらぴったりだと思うんだ。やってくれないか」とお願いしたんだ。そして彼にトラックと自分が作ったドラム・パターンを送ったら、完璧にやってくれた。彼のドラムが 入ったおかげで曲が断然良くなった。俺が作って送ったフィル(ドラム・パターン)を叩いてくれているんだけど、彼は生きたドラマーだから、曲に息を吐き込んでくれた。あの曲の仕上がりには本当に満足している。

ギターという楽器を打楽器として再発見しているような印象もありますけれど、これは誰が演奏しているのでしょう?

マーラ:すべてペルーの現地のミュージシャンだ。アルバムに参加しているのは2人のギタリストだ。彼らにペルーの伝統的なリズム・ギターを弾いてくれ、伝統的な曲を弾いてくれ、とお願いするんだ。そうして録音したものをサンプリングして、一度解体して、また曲に再構築するんだ。

リズムに対する興味はかなり広範囲になっていると思います。とはいえ、無制限でもないようで、自分ではどのあたりで線を引いたということになるのでしょう。

マーラ:それは正直、自分でもわからないんだ。自分がどうやっているのか。アルバムを作るとなると、作品としての統一感や流れを持たせることを意識せざるを得ないわけで。でも、それでいいのかどうかという確信は最後まで持てない。アルバムを作る作業が進んで、さらに深く掘り下げながら、終わりに近づくにつれて、そういう考えがより明確に頭の中をよぎる。そして、「この曲の後にはどの曲を持ってくる」といった具体的なことを考えるようになる。それをする上で 決まった作業の進め方があるわけではない。個人的には、アルバムを作るのには苦労する。たくさんの楽曲を作って、ひとつにまとめる作業というのはけっして簡単なことではない、と思っている。

キューバ同様、いくつかのちがうリズムがペルーにも存在する。さまざまなアフロ・ペルーのリズムが。

“インガ・ガニ(Inga Gani)”はDJニガ・フォックスやポルトガルのクドゥロに影響を受けたものに聴こえます。これもペルーのリズムなんですか?

マーラ:ペルーのリズムではあるけど、さらにその前にまで遡れば、今日のペルーの文化にはアフリカに由来している部分もある。かつてスペイン人がペルーにたくさんの奴隷をアフリカから連れてきているからね。人口の1割はアフリカ系ペルー人だ。だから、地域によっては、アフリカの流れを組む音楽を耳にすることができる。だからキューバだろうと、アンゴラ、ポルトガルだろうと、アフリカ音楽が土台にあるから、似た雰囲気に聞こえるのだろう。リズムにしても、6/8拍子だったりとか、すごく似ている。この曲のリズムもペルーのリズムだ。アフロ・ペルーと呼ばれている。ノヴァリマ (NOVALIMA)というバンドとも共演しているマルコス・モスクエラ(Marcos Mosquera)というパーカッショニストがこの曲に参加している。もう一人著名なアフロ・ペルー音楽のミュージシャンのコチート(Cotito)もこの曲に参加している。彼らは二人ともアフリカ系ペルー人だ。

(注*アフロ・ペルー音楽に興味を持つのは国外の人が多い。ペルーで一般的なのはサルサやロック。もしくはケーナやチャランゴといったフォルクローレ。クラブ系ではテクノ・クンビアことチチャ。ちなみにペルーの首都リマにちなむノヴァリマは元はスラッシュ・メタルだったという噂も)

(通訳)ちなみにタイトルにはどんな意味があるのでしょう?

マーラ:インガ(Inga)というのはあるリズムを意味している。キューバ同様、いくつかのちがうリズムがペルーにも存在する。さまざまなアフロ・ペルーのリズムが。たとえば、フェスティーホ(festejo)と呼ばれるものだったり、インガ(inga)、それからランドー(lando)、ザマクエカ(Zamacueca)といったものがある。「Inga Gani」のGaniは特に意味はない。インガ(Inga)はこの曲のインスピレーションのもとになったリズムを指している。

『ミラーズ』というタイトルは自分自身がさまざまなものを反映しているという意味ですか?

マーラ:たしかにここ数年、いくつかの辛いこともあった。そんな中で音楽だけは、自分が大人になってからの人生において心のよりどころになっている。音楽と向き合っている時間は、瞑想だったり、自分のスペースを見つけたり、思案する時間でもある。この数年、このアルバムに費やした時間と労力を振り返ってみると、「self-reflection(内省)」が大きな部分を占めていたと思う。そういう観点から、「ミラーズ」がアルバムのタイトルにふさわしいと思った。あと、「鏡」というのは、われわれが普段「鏡」と呼んでいる「光の反射を利用して形・姿を映す道具」のみを指すのではなく、自分の場合、たとえば山の中にいるときだったり、目の前に海があってそれを眺めているときだったり、スタジオにいるときなんかの、自分と向き合うことのできる瞬間のことでもある。「聖なる谷」にいるときのように。

「鏡」というのは、自分の場合、たとえば山の中にいるときだったり、目の前に海があってそれを眺めているときだったり、スタジオにいるときなんかの、自分と向き合うことのできる瞬間のことでもある。「聖なる谷」にいるときのように。

 ペルーにはウルバンバというクスコから車で1時間くらいのところに、「聖なる谷」と呼ばれている谷がある。あれだけ多くの星を夜空に見たのは、そこに行ったときが初めてだった。夜中1時くらいに、そこでただ夜空を眺めながら座っている瞬間というのは、大自然という野外の環境に身を置きながら、同時に非常に内省的な体験でもある。内なる自分と向き合いながら、宇宙とひとつになる瞬間だ。自分を見つめ直す瞬間なんだ。ペルーでの多くの体験に、この内省的な体験を 感じたんだ。だから「ミラーズ」がぴったりのタイトルだと思った。
当初は別のタイトルにする予定だった。制作開始から1年くらいは別のタイトルで作業を進めていた。でも、アルバムの完成が近づくにつれ、当初予定していたタイトルがしっくりこなくなった。そこで、別のタイトルにしようと思って、いろいろ探して、「ミラーズ」に行き着いた。おもしろいのが、「聖なる谷」 を訪れた際、あるシャーマンに会いに行ったんだ。そこで、そのシャーマンといっしょにアヤワスカの儀式を行った。その儀式の終わり近くになって、自分の頭の中 で巡らせていたいろいろな思いをどうしても書き留めたいという衝動に駆られたんだ。そのときに、日記に書き留めた文章の最後の言葉が「ミラーズ」だったんだ。でも、そのことに気づいたのは、アルバムのタイトルを決めた後だった。決めた後に、「もしかしたらもっといいのがあるかも」と思って日記を読み返したら、最後に「ミラーズ」と書いてあって、「そうだよな、やっぱり『Mirrors』だよな」と思った。全部が理にかなっていた。

(注*アヤワスカはDNTとして知られる地上最強のドラッグの材料。ロサンゼルスで体験する人も多く、フライング・ロータス『パターン+グリッドワールド』のジャケット・デザインもおそらくDMTの幻覚に由来)

トライバルなリズムに浮かれた気分を持ち込まないのはあなたの性格の表れですか? それとも、実際にいま、そういったリズムが生まれる場所の社会情勢がそういう気分にさせるとか?

マーラ:いくつか理由はあると思うけど、俺自身の性格が大きいと思う。というのも、普通にアフロ・ペルーのリズムを聴くと──たとえばアフロ・ペルー音楽を奏でるスペシャリストのバンドなんかの演奏を聴くと、それはむしろアップ・ビートでまさにカーニヴァルやお祭りで人々が踊って、騒いで、笑顔で手を叩いているのがぴったりくる。だから、メランコリックなサウンドになるのは、俺の性格や人間としての気質の表れだと思う。この世界には光や美しいものもたくさんあると思うし、そういう世の中のいい面も見えてて、外向きな面も自分にはあるけど、同時に悲惨で、恐ろしい、破壊的なことが継続的に起きていることを見ないふりはできない。だから、その両極の間のどこかに自分をつねにおいているんだと思う。

『マーラ・イン・キューバ』にそこはかとなく感じたメランコリーは『ミラーズ』にはストレートに受け継がれていないように感じたのですが、自分自身ではいかがですか?

マーラ:正直、自分ではわからない。今作を作るにあたって、ものすごく苦労したし、悪夢のように感じた瞬間もあった。その一方で、自分がすべてを掌握していると思えて、方向性にも非常に満足できた瞬間もあった。自分にとって、これは自分の人生そのものなんだ。この3年間に起きたことすべて、さらにはその前の出来事もすべてが、この作品を作る糧になっている。だから、今作が前作と比べてメランコリックかどうかと、俺からは言えない。音楽の素晴らしさ、ひいては人間の素晴らしさっていうのは、自分の頭で考えることができることだ。「この音楽はこういうものだ」という説明ができるだけない方がいいと思っている。俺にとってのこの作品は、人が感じる印象とはまったくちがうかもしれない。だから聴き手が自分たちの好きなように解釈してくれれば、それでいいと思う。どう解釈しようと自由なわけだから。

今作に関して自分にとって重要だったのは、共演しているミュージシャンに対して、彼らの音楽の魅力を十分に引き出すことだった。

『マーラ・イン・キューバ』は世界中で大絶賛でしたし、日本でも音楽誌一誌で0点が付いたのを除けば満点評価に近いものがありましたが、自分で反省点などはありますか?

マーラ:プロデューサーとして、自分は音楽を2つの観点で見る。ひとつは、科学者的な見方だ。つまり、分析的で、批評的な観点から、とかく考えすぎなくらい、すべてが完璧であるようにと何度も確認を重ねる自分だ。でも、同時に人間でもあるわけで、自分の感覚をもとに音楽を作っている。クラシックの教育を受けたミュージシャンではないからね。だから作品を作る際は、自分の感覚に従うしかない。でも、その感覚も日々変わるわけだ。自分のその日の気分だったり、 その週に自分の身の回りで何が起きたかといったことが、自分の見解に影響を与える。だから、すごく前向きになれるときもあれば、落ち込んだり、疑心暗鬼になることだってある。でも、心に留めておくようにしているんだ。「完璧な作品を作るのは不可能だ。むしろ完璧である必要なんてないんだ」ってね。プロデューサーとして、自分の中の科学者的な自分に言い聞かせなければいけない。「完璧でなくたっていいんだ」ってね。肝心なことは、自分が何を意図してその音楽を 作っているか、ということ。
さらに、今作に関して自分にとって重要だったのは、共演しているミュージシャンに対して、彼らの音楽の魅力を十分に引き出すことだった。というのも、今回参加してくれたミュージシャンは誰もが、とにかく寛容で、寛大だった。非常に快く、惜しみなく捧げてくれた。だから俺も、そんな彼らを尊重し、敬意を表したかった。彼らが今作を聴いた際、気に入ってくれるものを作りたかった。今作はまた、『マーラ・イン・キューバ』や『リターン・トゥ・スペース』(ディジタル・ミスティック名義)や、何年も前に出した最初のアルバム同様、俺の人生のある瞬間を切り取ったもので、後になって振り返ってみて、「ああ、あそこをもっとこうできた。こうやってればよかった」と思うこともできるけど、俺はむしろ、振り返ったときに「いい経験をさせてもらった。ペルーに行って、現地で新しいミュージシャンたちや新しい楽器と出会い、その結果、独創性に満ちた作品を作る機会を与えられて自分はなんて幸せなんだろう」と思いたい。実際、今回ペルーには1ヶ月、パートナーと子ども2人の家族で滞在することができた。このアルバムにはそういう思い出も詰まっているんだ。だから自分の作品を振り返って、重箱の隅をつつくことだってできるけど、俺はありのままを受け入れて、それを作る機会をあたえられたことに感謝することを選ぶ。

日本に行ったときの、人から受ける印象やおもてなしは他とは比べものにならない。

世界中のさまざまな場所を旅していますが、仮にイギリスを追放されるとしたら、どこに住みたいですか?

マーラ:素晴らしい国はたくさんあるけど、中でも行くのが大好きな国が2つある。今年で9度めの来日になるわけだけど日本は間違いなくいちばん好きな国の一つだ。理由はまず「人」。日本で多くの素晴らしい人たちと出会った。日本に行ったときの、人から受ける印象やおもてなしは他とは比べものにならない。食べ物もそう。日本食は間違いなく、世界中を回る中で、もっとも美味しくて、健康的な食べ物だ。日本から帰ると、行く前よりも自分が健康的になったと思える。全部の国がそうではない。新鮮で健康的で清潔で美味しい食べ物を食べたくてもなかなかありつけない国もたくさんある。それから日本の風土も。特に日本の田舎は本当に美しい。俺はこれまで2度ほど朝霧ジャムに出る機会に恵まれた。朝霧に行って、富士山を目の当たりにしたり、京都もそうだし、南に下がって沖縄に行っても、美しい景色がたくさんある。だから日本にはぜひ住みたいと思う。
それか、ニュージーランド。世界中で心から好きなもう一つの場所だ。あと正直な話、ペルーもぜひもう一度行ってみたいと思っている。人が優しくて、美味しい食べ物もペルーにはたくさんある。深く力強いエネルギーに満ちた場所だと思った。

子どもたち2人とも、生まれて最初に聴いた音楽がオーガスタス・パブロの曲だ。彼らに最初に聴かせたレコードだ。

ちなみにアメリカとキューバが国交回復をしたことについて、なにか思うところはありますか?

マーラ:俺は政治家じゃないから政治の話はできない。俺は音楽で人と人を結びつけたいだけだ。

また、カストロはいつもアディダスばかり着ていますけど、政治的なリーダーとしては親近感を持ちますか?

マーラ:う~ん。自分なりに意見はあるけど、ここでは政治的なことよりも、音楽の話に留めたい。

すでに亡くなっているミュージシャンからあなたが尊敬する人をひとり選ぶとしたら誰になりますか?

マーラ:残念ながら多くの偉大なミュージシャンが亡くなってしまった。……。もしかしたら、安易な答えに聞こえてしまうかもしれないけど、もっとも深く影響を受けているミュージシャンとなると、オーガスタス・パブロかな。1人選ぶとしたら彼だろう。彼の音楽は俺が自分の音楽を確立する上で大きな存在だった。オーガスタス・パブロがメロディカを弾くのを聴くといつも「自由」を感じる。彼の音楽には決まった構造やアレンジがなく、自由を感じた。そういう音楽を作る上での既存の定型にとらわれない姿勢というのを彼から学んだ。自分の子どもたち2人とも、生まれて最初に聴いた音楽がオーガスタス・パブロの曲だ。彼らに最初に聴かせたレコードだ。自分が最初にやったDJライヴでも、最初にかけたのはオーガスタス・パブロの曲だった。というくらい、オーガスタス・パブロの音楽は俺にとって大きな存在で、彼の存命中に彼と会って、いっしょに音楽が作れていたらどんなによかっただろう。

あー。

Christian Fennesz & Jim O'Rourke - ele-king

 クリスチャン・フェネスとジム・オルークの競演盤が〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた。長尺2曲収録の大作である(加えて国内盤は9分ものボーナストラックを収めている)。発売前は、ぼんやりとフェノバーグからピタ(ピーター・レーバーグ)が抜けたような音だろうか? と勝手に想像していたが、1曲め“ アイ・ジャスト・ウォント・ユー・ステイ”が鳴り初めた瞬間に予想を覆された。シルキーな弦楽のような音に、微かな電子を少しずつレイヤーされるという、まさにフェネスらしいロマン派的なアンビエント音響に、いかにもオルーク的のラップトップ作品的なポップネス&センチメンタリズムが交錯する楽曲であったのだ。ここまで衒いなく、両者が自分の音楽性を交錯させているとは予想しなかった。楽曲終盤の炭酸水のようなノイズと弾けるような電子音の交錯が最高に気持ちよい。

 つづく2曲め“ウドゥント・ワナ・ビー・スウェプト・アウェイ”も圧倒的だ。フェネスの傑作『マーラー・リミックス』を思わせる後期ロマン派的なアンビエンスに、オルークは『アイム・ハッピー・アンド・アイム・シンギング・アンド・ア・1・2・3・4 』的なセンチメンタルでポップな電子音を繊細にレイヤーしていく。対して、フェネスは叙情的なノイズを細やかに生成し、空間をロマンティックに震わすのだ。そして、途中から鳴り始めるフェネスによるノイジー/叙情的なエレクトリック・ギターの凄まじさときたら! そして、その天空に上昇するような強烈なギターノイズに寄り添うように静かにベースラインが打たれていくのだが、これはオルークによるものか? ともあれ、静寂から雄大なノイズ、水平線のような静かさへ、といった趣に構成されるこのトラックは、両者のファンなら確実に悶絶ものである。それぞれが自由に存在しながらも、しかし、二人の演奏者/音楽家は、互いの音には繊細かつ大胆に反応している。まさに理想的な競演盤であった。

 そして、ほぼ同時期に〈エディションズ・メゴ〉からピタの新作(!)がリリースされた。ちなみにピタことピーター・レーバーグは〈エディションズ・エゴ〉主宰にして中心人物である。彼は先に書いたようにフェノバーグ、そしてスティーブン・オマリーらとのKTLなど、ユニットでの活動は継続していたが、いわゆるソロ・アルバムは、しばらくの間、音沙汰がなかった。2010年のカセット作品『メスメル』以来、6年ぶりであろうか。

 しかも、その待望の新作の名が『ゲット・イン』とくれば、さらに期待が高まるというものだ。そう、1999年に〈メゴ〉からリリースされた電子音響・グリッチ作品の傑作『ゲット・アウト』、2002年に同〈メゴ〉から発表された『ゲット・ダウン』、2004年に〈ハプナ〉から出た『ゲット・オフ』に続く、待望の「ゲット」シリーズ新作なのだ。ちなみに一連の「ゲット」シリーズは、90年代末期からゼロ年代のグリッチ=電子音響を語るうえで欠かせない作品群。その硬質かつ無機的なノイズの持続の中に不意に表出する微かなセンチメンタル=叙情性は、ゼロ年代のエレクトロニカ/電子音響特融の空気感を決定付けたといってもいい。

 というわけで期待に胸と耳を震わせ聴いてみると、かなり驚いてしまった。私はこのアルバムに2度、驚いた。最初の驚きはアルバムの冒頭である。何しろ、00年代の作品群のような、クリアにして重力を反転させたかのような電子音響のレイヤーではなく、霞んだダーク・アンビエントな音色の持続音が流れだしたのだから。一瞬、音盤を間違えたのではないかと思ってしまったほどである。なにしろ1曲め“FVO”など、インダストリアル・ノイズと言っても過言ではないサウンドなのだ。とはいえ、あの傑作『セブン・トンズ・フォー・フリー』のリリースから20年、ピタもまた変化しているのだろう、そしてKTLとしての活動からも影響を受けたのではないかなどと思い直す。続く2曲め“20150609 I”ではグリッチを経由したオールドスクールな電子音が炸裂する。そうか。彼は「グリッチ以降」のサウンドとして電子音楽の歴史を包括するような音響を目指しているのではないか、などと考えながら聴き進めていくと、4曲め“ライン・エンジェル”という美しい曲名のトラックがはじまった。

 私はこの“ライン・エンジェル”に相当に驚愕した。本アルバム2度めの驚きである。なんという天国的な美しさか。かつてのセンチメンタルな叙情性を持った電子音響の、その先にある天国的電子音響とでもいうべきか。この7分33秒のトラックには、音響の生成によって聴き手にサウンドへのアディクションを起こした「90年代末期~00年代のグリッチ/電子音響/エレクトロニカ」以降の音が、静謐に、慎ましく鳴っていたように思えてならない。電子音による美的音響空間の生成である。

 この曲以降も、ディスコ調のコード進行のシーケンスフレーズを中心にした“S200729”や、まるで電子音による弦楽のレクイエムのような最終曲“MFBK”など、刺激的かつ美しい曲が続く。が、やはり、“ライン・エンジェル”に、もっとも耳が持っていかれた。この端正な音色の運動や蠢きによる美しさの生成に、グリッチ・サウンドのオリジネーターが生み出した「00年代以降」の音を、ついに聴いた思いがしたのである。

 それにしてもフェネス、オルーク、ピタという90年代から活動を続けるアーティストの作品が一気にリリースされたいまという時代は、20年におよぶグリッチ/音響/エレクトロニカなど非アカデミック領域の電子音楽の歴史について考え直す、ちょうどいい時期なのかもしれない。新たな総括が必要なのだ。彼らの「驚き」をもたらす新作を聴きながら、この20年の歴史と現在について改めて考え直してみたくなった。

追悼・蜷川幸雄(前編) - ele-king

 歳を重ねて、嫌だなと思うことは、わたしの場合あまりない。ただ、25歳前後に知り合いの結婚式ラッシュがあったように、歳を重ねると喪服を着ることが多くなるのだ。だが、この人は、まだ大丈夫と思い、覚悟をしてなかった人が逝った。80歳で、車椅子に乗り、鼻に管をしていたにもかかわらず、だ。蜷川幸雄さんは、その状態で、演出しながら怒り、あいかわらずの調子で台本を床に叩きつけている映像が流れたこともあったから、なんとなく油断していたのだ。
 蜷川さんは、女優としてのわたしと、歌手としてのわたしの両方でお世話になり、卑屈なわたしに、両方の自信をくれた人だ。
 亡くなる数年前にも、「サワコの朝」という番組で、まだ凄いことを言ってくださっていた。ソロになってからずっと好いてくださったのだ。自分で書くのは、あまりに恥ずかしいから、ネットで調べていただきたい。さいたまゴールド・シアターという、高齢者だけの劇団を作った、という話とともに、番組恒例の、今、心に響く曲、というコーナーでわたしの話をしてくれて、Vも流してくださっていて、テレビの前でわたしは涙が出るほど嬉しかった。勿論、俺は誰々に負けてるなあ、なんて、そんなことを言っても、世間的には「へー、負けてるんだあ」と誰も思わず、蜷川さんの巨星のような印象は全く揺るぎない、と無意識のうちに思っているから、そういう言葉が出たのだろう。それにしても、蜷川さんは、灰皿を投げる印象ばかりに思われてる人とは真逆に、とても謙虚な人でもあったのだ。だからこそ、巨星でありえたのだ。

 初めて接点を感じたのは、「レーダーマン」のレコーディングのときだ。そのときは、接点とは気づかなかった。これは何故だろう?という疑問だけだった。時間があったので、スタジオのロビーみたいなとこで、わたしは、たまたまながれていたNHKのテレビを見ていた。すると、局内の番組のCMで、あの、よく知られた怒鳴って激しく演出している蜷川さんが映り、CMは最後に
「特集・蜷川幸雄の世界。お楽しみに。」
でくくられていたのだが、そのCM中、ずっと、わたしの「諦念プシガンガ」がバックに流れていたのだ。わたしは当然、不思議で仕方なかった。
 それから少しして、わたしの所属していたレコード会社に、「諦念プシガンガ」と「蛹化の女」を劇中で使いたいのですが許可をください、という電話が入った。初日の前日であった。それで、NHKのCMと繋がった気がした。
(蜷川さんは、後日女優として使ってくださったとき「最初の3分が勝負なんだ。日常から劇空間に、観客を、かっさらっていかなくちゃならないからね。」と言っていた)
 わたしは、「タンゴ・冬の終わりに」という、平幹二朗と名取裕子主演、清水邦夫脚本の、そして蜷川幸雄演出という、そのメンツだけで、えらいことになっちゃった!と思う演劇の初日に招待されて、レコード会社のディレクターと観劇に行った。お芝居が始まるから客電が落ち、真っ暗になった。その中で、いきなり「諦念プシガンガ」大きな音で鳴り始めた。
 最初の3分が勝負、という演出家が最初の最初にわたしの歌う曲を使ってくれたのだ。そのときは、嬉しいというより、緊張してしまった。
 お芝居が終わってから、楽屋に挨拶に行った。すごくやさしい、嬉しそうな笑顔で、この芝居は戸川さんの曲なしではできませんでした!と言ってくださった。玉姫ツアーで東京でも、まだ狭いキャパでしかライブをやったことのない二十代前半のわたしにも、蜷川さんはそんな感じで接してくれた。わたしは恐縮してしまい、あがってしまったけど、それの緊張をほぐそうとするように、僕が自分でレコード屋さんに買いに行ったんですよー、誰かにもらったんじゃないですよー、とかいろいろ、無邪気な少年のように笑顔で次々言ってくれたので、わたしもやっと笑顔になれた。

 しかし、蜷川さんにとって、「諦念プシガンガ」は、ある特別な重い想いの意味が込められていたことを、のちのち知った。壮絶な想いであった。

 その前に、わたしの、やはり故人であるが、妹・京子の話をしたいと思う。
 妹は、その頃、雑誌「セブンティーン」の、真ん中のカラーページで、毎回いろいろな人にオシャレについてきくという対談ページを与えられていた。そのときの「セブンティーン」の編集部のことを考えると非常に面白い。なにしろ毎回、岡本太郎とか、蜷川さんに、オシャレについて京子にきくよう行かせてたのだから。勿論、名のあるモデルの方にきく回もあったが、「セブンティーン」のそのときの編集部は、企画会議でかなり笑いながら誰を取り上げるか決めていたのでは、とさえ思う。
 そこで、京子は蜷川さんと会う機会に恵まれ、気に入られた。
 近松心中物語の、ベルリン公演とベルギー公演で、狂言回しの、おかめという役をあてがわれたのだ(日本国内では、主演は太地喜和子、それを海外公演では田中裕子、そして市原悦子のやった役を、海外公演では京子がやることになった)。
 鴻上尚史に、京子が「実はあの芝居の本当の主役は、おかめなんだよなー」と言われて「もー、鴻上さん、そうやってプレッシャーかけるんだからあ!(笑)」と、さすがの京子も、おっかなびっくりであった。なんだか姉妹でお世話になってるなあ、とわたしは心底嬉しかった。京子も、それまでバラエティーや、キャピキャピの軽い役どころが多かったが、わたしは子役の頃からの京子を知っていたから、落ち着いた演技のできる実力派、と思っていて、狂言回しといえど、本格的な舞台で、実力を発揮できる機会を与えてくれた蜷川さんに、姉として心の中で感謝したのだ。蜷川さんは、ジャニーズ事務所のアイドルの人をよく使うことでも知られている。メインキャストには華がなければ、と思っていたからでもある。京子にもそれがあったのだ。誰からも、一目見ればそれはわかる子だった。その後、「ペールギュント」というお芝居に、広い青山円形劇場で前半の一ヶ月、後半の一ヶ月とジャニーズ事務所のアイドルの方がひとりずつ、主役だけを変えて出る公演に可燐なヒロイン役でも京子は出演した。主演以外、京子をはじめ大勢の蜷川さんのところの若い人たちが、同じキャストで出ていた。わたしは母と後半のほうを見に行った。母は、決してステージママではなかった。美空ひばりの母親みたいには絶対なりたくない、と、京子が子役のとき、仕事が夜遅かったり、泊まりだったりするので、付き人をやっている感じであった。「ペールギュント」のときには、京子はすっかり大人だったので、純粋にお客として、最初の一ヶ月の公演に、一回見に行き、お芝居が気に入り、また見たいというので、主演は違うけど、わたしと一緒にまた行ったのだ。

 わたしが、「ペールギュント」を見に行ったときに、終わってから京子の楽屋にいたら、そのときペールギュント役を演じていた男闘呼組という、もう解散してしまったがとても人気のあったジャニーズ事務所の岡本健一がその楽屋に入ってきて紹介されたり、いろいろな人に会った。そして、京子も母も、ちょうど別の楽屋に行っていて、わたしひとりになったとき、蜷川さんが、わたしが来ているというのできました、と入ってきてくれた。
 そのとき、蜷川さんは、「ペールギュント」とは関係のない、「諦念プシガンガ」について話してくれたのだった。決して短い軽い話ではなかったが、幸い、最後まできくことができた。重い話である。

 蜷川さんは、もとはアングラの出身であり、非常に左翼的な人であった。新宿の地下のコインロッカーの立ち並ぶ前で、演劇を敢行したりもしていた。メジャーの仕事も、俳優時代はしていたが、悪役や、特に斬られ役専門だった、というのは有名な話だと雑誌の記者や母からきいていた。メジャーが嫌いだったのだ。しかし、ある日、メジャー=商業演劇に呼ばれ、一応劇場を見に行ったところ、照明器具の豊富さ、大掛かりなセットを組める広さや美術装飾、そしてそれが好き放題に出来る予算、などに圧倒されたそうだ。演出家として、コインロッカーの前で、より、欲が出るのは当然のこととわたしは思う。その後の蜷川さんの作品を見れば。そして、悩みに悩んだあげく、蜷川さんはアングラから商業演劇に転向した。蜷川さんが、どんなにアートなことをやっても、自分の身を置いてる世界を、あくまで商業演劇、と呼んでいたのは、アート=アングラ、という図式が頭から離れなかったからだろう。
 そして、商業演劇に転向して少しした蜷川さんのもとに、ある青年が訪ねてくる。
 お芝居のあと、ファンだという青年がぜひ話をしたいというので、お茶を飲みに行き、蜷川さんとその青年が対峙したときのことである。ネットにも出回っている有名な話なので、知ってる方も多いと思うが、そのときは、わたしだから話すので聞いて欲しい、といってくれた。しかも、ネットに出回っている話とは内容が違う。わたしは、自分の記憶を信じている。自分につながる話だからだ。

 追悼番組やネットでの話ではこうだ。
 その青年は、蜷川さんの脇腹にナイフを突きつけ「あなたの芝居を見てきた。いま希望を語れますか。」ときいててきた。蜷川さんは落ち着いて「語らないよ、希望なんかあるわけないだろう。」と答えた。青年は去っていった。

 わたしがきいた話はこう。
 その青年は、蜷川さんの脇腹にナイフを突きつけ「あなたは商業演劇に行ったことを後悔しているか。」ときいてきた。青年があまりに思いつめた顔をしているので、こいつ本気だな、と蜷川さんは思った。蜷川さんは、俺はもうだめになるかもしれないけど、正直なことを言おう、と思った。「後悔してない。」すると青年は、ふっと柔らかい顔になり「それが聞きたかった。あなたはアングラを裏切り、商業演劇に転向して、その上で後悔してるなら、アングラのファンを二度も裏切ったことになる。もうあなたの演劇は観に来ないけど、頑張ってください。」そう言って青年は去っていった。

 なぜわたしが、自分の記憶を譲りたくないか、というと、そのあとがあるからである。
 蜷川さんは、あらためて俺は大変な選択をしたんだな、と思った。
 しかし、蜷川さんが自分に対して、お前はアングラを裏切って商業演劇に転向したんだ、という自責の念に苦しんだ結果、その青年に会って、あらためて自分の進む道を揺るぎなきもの、としたのだという。だから、蜷川さんは、生涯、商業演劇の現役で走り続けたのだろう。よくある言葉で恐縮だが、そのときあらためて信じた道をひたすらにまっすぐ、太く長く。あの青年の激しさと、道は違うけどひたむきさを、自分と重ねて。
 そんな蜷川さんでも、やはり人間だから、裏切りという行為が、吹っ切れたわけではなかったそうだ。そういうとき、蜷川さんはどうしてきたかというと、わたしが書くのが本当におこがましい話なのだが「「諦念プシガンガ」を聴いて、慰めてもらうのです。」と言った。
 僕の魂に似て、その魂をえぐられる気持ちが、逆に慰さまるのです、と。
 迷わず全力で走っていた蜷川さんに、諦念などという言葉は、到底浮かばない気が誰でもするだろう。でも蜷川さんは、ひとつの大事なことを諦めて、そうして初めていさぎよく商業演劇の世界を一心不乱に走ってきたのだ、と思った。
 実は、蜷川さんの規模と比べられたら小さい世界かもしれないが、わたし自身、そういう気持ちで、あの歌詞を書いたのだ。ひとつ、諦めているのだ。若い頃からのいや、小さい頃からの、大きなひとつを。人に話す気はない。なぜなら、絶対わかってもらえるとは思えないし、わかってほしいともおもわないからだ。人様に話すはなしではない、とも思ってることであるし。
 いろいろな人が、あの歌詞について、解釈をしてきた。リリースしてしまえば、曲は聴き手のものになり、わたしはどんな解釈をしていただいても、楽しみなり慰めなりになってくれれば恩の字だと思っている。娯楽を提供している身だと思っているのだから。しかし、ある日ネットで、あの歌詞について解説している人を見つけて、これは非常に困る!と憤慨したこともあった。二番の頭の
「空に消えゆく お昼のドン」
のドンとは、ピカドンのことである、と書いてあったのだ。せめて、
「と、僕は解釈している」
といったことが書いてあれば、仕方ないか、とも思うが、まるで、わたしにインタビューして、裏をとったような本当の解説者のように書いてあったのだ。
 あれは、炭鉱とかでお昼ご飯の時間を知らせる意味の空砲を、お昼のドンと昔の日本では呼んでいて、その空砲が空に消えていく虚しさみたいなものを映像や音で表したつもりであった。諦めの念の表現のひとつである。
 他にも、あれは一応ラブソングの体裁をとっているからだろう、前つきあってた人が、単純に、俺と別れたことを歌ってるんだ、と言ってたときいたこともあった。
 そして、以前紙版エレキングの連載で書いたように、ニューミュージックの女性歌手何人かに、
「ハタチそこそこで、人生知った風な」
と、叩かれたりもした。
 そのニューミュージックの女性歌手の、伝え聞く、十代までの放任主義の自由さを生きた人には、諦念という言葉を、人生知った風な、と感じても、 まあそうなんだろうな、と思うが、本当にわたしは子供のときから、あることを誰より重い無念を持って諦めざるを得なかったのだ。
 そして、わたしの知る限り、蜷川さんだけが、そういった深い、自分の人生の諦念と重ねてくれたのだ。

(文中敬称略・続く

Cavanaugh - ele-king

 J・G・バラードのことを久しぶりに思い出したのはジャム・シティ『クラシカル・カーヴス』を聴いた時だから4年も前のことになる。それはそれだけのことかと思っていたのだけれど、去年になって『マッドマックス 怒りのデスロード』はJ・G・バラードの世界観をストレートに映像化したものだという批評を目にしたり、B級映画しか撮らないと思っていたベン・ウィートリーが『ハイ・ライズ』をクローネンバーグばりにみっちりと映画化したりということが続くと、さすがにそれだけのことではないのかなという気分になってくる。そこへキャバノーである。

 スフィアン・スティーヴンスらとシジファスを組んでいたことでも知られるセレンゲティが同じシカゴのオープン・イーグル・マイクと新たに結成したヒップホップ・ユニットのデビュー作。これがまたタイトルからしてそれである。「時間と物質」が無尽蔵の記憶として蓄積された砂漠に緩慢な速度で向かうこと。いわばエントロピーの増大がエロチィシズムと結びつく時、J・G・バラードの「生」は異様な歓喜とともに呼び覚まされる。冷戦時代の再来とともに「終末感」も更新されつつあるということなのか。だとすれば、それは核戦争の予感なしに現代人は生きられないということであり、世界がフラットではなくなりつつあることを示唆しているのかもしれない。現代は「自由」ではなく「監視」、「平等」ではなく「格差」、「博愛」ではなく「ヘイト」だと指摘したのは西部邁だったけれど、「監視」も「格差」も「ヘイト」も生前のバラードがすでに作品のテーマとしていたことである。

 キャバノーのサウンドは妙に快楽性を伴っている。トラップをスクリュードさせたシカゴ南部のサウンドはチーフ・キーフ以降、ドリル・ミュージックと呼ばれるようになり、彼らはこれにもう少しヒネリを加えていく(セレンゲティもオープン・マイク・イーグルもソロではここまでトリップ・モードではなかった)。それによって与えられるニュアンスは逃避というよりセラピー的だとする評もあり、歌詞は断片的にしかわからないので、サウンドに的を絞ると、思い出すのはやはり〈アンチコン〉である。セレンゲティは〈アンチコン〉のホワイ?ことヨニ・ウルフともほぼ同時期にジョイント・アルバム『テスタロッサ』をリリースしていて、〈リーヴィング〉から新作を放ったオッド・ノズダムといい、マイク・パットンらと新たにネヴァーメンを組んだドーズ・ワンといい、少なくともセレンゲティが〈アンチコン〉のセカンド・レイズに歩を揃えていることは間違いない。スモーカーズ・デライトというよりはモゴモゴと燻るハッパが燃え尽きるのを見守るかのように、どこか儚く、何もかもが簡単に視界から消え去っていく(全部で26分しかないし)。

 ゼロ年代初頭に〈アンチコン〉と連動していたのもシカゴ周辺のアトモスフィアだった。カニエ・ウエストが去ったシカゴはここ数年、チーフ・キーフやチャンス・ザ・ラッパーによって新時代を迎え、ここにまたオープン・マイク・イーグルとセレンゲティがオルタナティヴの橋頭堡を築こうとしている。ミック・ジェンキンズも同じくで、こちらはもっと展開が派手。こういう人もいる。シティーズ・エイヴィヴ、フロストラダムス、ミック・ジェンキンズ、マンマンサヴェージ……実験的過ぎてもうひとつ浮上できなかったクウェルやモールメンといった過去の亡霊とイメージがダブるほど彼らの試行錯誤はどこまでも果てしない。シカゴという街はどうしてもそういう場所なのだろう。

 フライングぎみの予告だ。今年の夏に出る雑誌版の『ele-king』の表紙がKOHHに決定した。そのニュースに前後して自分のiPhoneに見覚えのないメモをみつけた。日付は去年の年末、リキッド・ルームでのKOHHのワンマン・ライヴの真っ最中の時刻だ。「これを否定する奴らは、進化への意志を捨てた連中だ。放っておけ」。もしこのメモが本当に、まだデビューから3年とすこしの日本人アーティストのことをいっているのだとすれば、さすがにちょっと狂気の沙汰だと思う。でもあのときは本気でそう思ったのかもしれない。

 そして『DIRT II』だ。昨年10月末に発表されたエイジアン・トラップの極北的な怪物作『DIRT』、その続編が6月17日に解禁される。アメリカやフランス、韓国やジャマイカといった海外勢とのコラボレーションにくわえ、2枚組のうち1枚はこれまでの楽曲のリミックスだそうだ。驚異的なリリース・ペース、ということになるのだろうけれど、KOHHについては正直なところもう感覚が麻痺してきていて、とくだんの驚きはない。KOHHはこの3年超のあいだにミックス・テープをふくめて6枚のアルバムを発表し、アンダーグラウンドな日本語のラップとしては異例のポピュラリティと、海を越えた熱狂的なプロップスを獲得した。直近でいえばフジロックへの出演アナウンス、そしてグローバルな意味ではそれよりずっと意義深いかもしれないボイラー・ルームでのライヴ・アクト。これはもはや事件だ。

 そうだ。言葉の正確な意味で、KOHHとはひとつの事件だ。ジョン・ライドンがマルコム・マクラーレンと出会い、セックス・ピストルズという事件が生まれたように、KOHHがGUNSMITH PRODUCTIONのプロデューサーである318と出会ったことで、現在も進行中のこの事件は生まれた。「ポップ・ミュージック」という言葉が事実上の死語になってずいぶんたつ。いつのまにかみんな好き嫌いによって分断された居心地のいいサークルでのおしゃべり以上のものを望まなくなった。しかし、「ポップ」という言葉がもしもチャートの順位やテレビへの露出頻度を超えたなにかを指すのだとしたら、KOHHという事件は、いまの日本で最強のポップ・カルチャーだ。中指を立てても目を背けてもいい。だが好むと好まざるとにかかわらず、その異形の声は分割統治された安寧な領土に侵入する。ポップとはある静的な状態のことではなく、既存の秩序を破壊していくダイナミズムそのものを意味する。それは暴力的な共通言語の創造だ。

 これはたんなる直感だが、『DIRT II』はトラップ・ラッパーとしてのKOHHの殺害現場になるだろう。ずば抜けたアーティストはそもそもジャンルのカテゴリーなどに束縛されない。ベンヤミンにならうなら、すぐれた表現というのは、ひとつのジャンルを創出するか、ひとつのジャンルを破壊してしまうか、つまるところそのどちらかであり、究極的な場合には、その両方だ。震災後の叙情の涙を蒸発させるかのような熱気で盛りあがる日本のトラップ・ミュージック。かつてそのシーンを牽引したKOHHは早々と、トラップ・アイコンとしてのセルフ・イメージをみずからの手で破壊しつつある。アーティストは作品の中で永遠に生き続けるが、同時に決定的な作品を完成させるたびに何度も自死する。死が生の燃え尽きる速度によって決定されるのであれば、才能とはそのスピードのことだ。身を削る圧倒的な精神的/肉体的な能力の発現は、ほとんど閃光や爆発といった現象に近い。それは批評家の言葉が追いつくことを許さない。しばしばアーティスト本人にさえすべてを完璧にコントロールすることなど不可能だ。

 そしてこの事件は、現在まさに激動のさなかにある日本という社会の地殻変動ともけして切り離せないはずだ。2011年の震災、そしてその後の社会的な混迷から、正体不明のなにかが生まれようとしている。この島国の住人、誰もが事件の目撃者だ。このさきも生きてさえいれば、アーカイヴ化された2016年の音楽をずっと後になって聴くことだってできる。だが明日があるなんて、いったい誰が約束した? 死ねば残るのは歯と骨だけで、いくら美しくてもそれは過去の遺物にすぎない。いま生きているのは引き裂けば血の溢れる肉と臓器だ。すでに惨劇の予感はみちみちている。列島よ、眠らずにこの暗い夜を待て。(泉智)

アーティスト名 : KOHH(コウ)
アルバム・タイトル : DIRT II(ダート 2)
発売日 : 2016年6月17日(金)

仕様 :
3枚組(CD2枚組+DVD) [初回限定盤] 3,100円+税 (品番 : GSP-10)
CD2枚組のみ [通常盤] 2,700円+税 (品番 : GSP-11)
(※オフィシャル・サイト "https://やばいっす.com" 限定盤は500セットのネックレス、超先行ワンマン・チケット付など 4/19(火) 19時より予約開始)

[Track List]

(DISC-1)
01. Die Young
02. I Don't Get It (feat. J $tash, Loota, Dutch Montana)
03. Business and Art
04. 暗い夜 (feat. Tommy Lee Sparta)
05. Born to Die
06. Needy Hoe (feat. Dutch Montana, Loota)
07. Hate Me

(DISC-2)
01. Dirt Boys II
02. Living Legend II
03. Mind Trippin' II
04. V12 II
05. Tattoo入れたい II
06. ビッチのカバンは重い II
07. Hiroi Sekai II

(DISC-3 [DVD])
1. Die Young[Music Video]
2. Business and Art[Music Video]
3. Dirt Boys II[Music Video]
4. Dirt Tour at F.A.D. Yokohama[Live]
5. Dirt Tour in Jammin' Nagoya[Live]
6. Behind the Scene in Jamaica

※収録内容は予期なく変更の可能性がございます。予めご了承ください。

■オフィシャル・サイト
https://やばいっす.com

■LINE公式アカウント
友達追加→公式アカウント→「@kohh_t20」でID検索

■夏の大型音楽フェス出演
7/22(金) FUJI ROCK FESTIVAL '16

金曜夜のロック・パーティ! - ele-king

 「あの頃起こっていたこと」──それぞれの記憶の中でもっともロックが輝いていた瞬間、そのつづきを追いかけながら、現在形のリアルなシーンにつないでいるレーベル〈KiliKiliVIlla〉。東京も地方も、若者も中年も関係ない。大好きな音について語り合いながらパーティやリリースをつづける彼らは、あらゆる音楽が横並びにアーカイヴされる時代だからこそかけがえのないつながりを生み出している。そしてNOT WONKらの活躍は、彼らが時代からずれていない……どころか、いまその真ん中に躍り出ようとしていることを証している。
 さて、その熱を感じたいなら〈KiliKiliVIlla〉が主催する週末パーティに繰り出そう。タイムレスな音をフレッシュな感覚で楽しむことができるだろう。

■KiliKiliVIlla presents Friday Night DANCEHALL
6月3日 新代田FEVER
出演:LEARNERS、井の頭レンジャーズ、JAPPERS、The Wisely Brothers
DJs:高木壮太 and more
18:30 open 19:00 start
前売り2,500+1D、当日3,000+1D
チケットはFEVER、e+、ローソン(Lコード:75471)で発売中

https://www.fever-popo.com
kilikilivilla.com

KiliKiliVillaが送る週末のパーティー!
時代を超えた名曲を独自のスタイルでカバーしているLEARNERSと井の頭レンジャーズを中心にウィークエンドを盛り上げるハンキー・ロッキン・パーティー!
For all the young music lovers, dancing rudies and rockers!

*LEARNERS
モデル・歌手のSARAと松田"CHABE"岳二によるユニットから発展した5人組ロックンロールバンド、LEARNERS(ラーナーズ)。
2015年BLACK LIPSとの共演などを経て、本格的に始動。エディ・リーダーをフューチャーした7インチ『RHODE ISLAND IS FAMOUS FOR YOU feat EDDI READER』や昨年11月の2タイトル同時に7インチも即完売、12月にリリースの1stアルバムで全国に旋風を巻き起こし中。
ニール & イライザやキュビズモ・グラフィコ・ファイヴ、そして数々のアーティストのサポートを担当してきたプロデューサー兼リーダーの松田"CHABE”岳二、オーディエンスとミュージシャン両方から愛されている彼の選曲はフロアを最高に楽しませてくれる。

*井の頭レンジャーズ
2013年春、井の頭公園に憩う地元の若者(ルーディー)たちによって結成されたジャマイカン・スタイルのインスト・ファンク・バンド。
ドラム佐藤メンチ、ベース藤村明星、ギター万助橋わたる、オルガンいせや闇太郎。
Soundcloudに公開された音源が話題となり、これまでに7枚の7インチをリリース、2015年にはアルバムを発売。
69年UK・スキンヘッド・レゲエ・スタイルでカバーされた「徹子の部屋のテーマ」や「ひこうき雲」は大きな反響を呼び、2016年ついにライブ活動を開始。

*JAPPERS
6人組ロックバンド。2009年頃高幡不動で結成。
2012年に「Lately EP」、2013年に3ヶ月連続7インチシングルのリリースを経て、2014年にDead Funny Recordsより1stアルバム「Imginary Friend」をリリース。 以降も東京都内ライブハウスを中心に活動中。

*The Wisely Brothers
2010年都内高校の軽音楽部にて結成。真舘晴子(Gt.Vo)、和久利泉(Ba.Cho)、渡辺朱音(Dr.Cho)からなるスリーピースガールズバンド。
2012年初ライブ開催。高校卒業とともに下北沢を中心に活動。
2014年10月に初の全国流通盤「ファミリー・ミニアルバム」リリース。2015年12月ライブ会場限定盤「オリエンタルの丘」リリース。東名阪ツアー「ファミリー旅行記」を大盛況に終える。さまざまなメディアでピックアップされる注目のガールズバンド。



Andy Stott - ele-king

 前作『フェイス・イン・ストレンジャーズ』(2014)から2年、アンディ・ストット待望の新作は、アルバム名どおりに、複数の声と深いビートが交錯する作品に仕上がっていた。あの傑作『ラグジュアリー・プロブレムス』(2012)の系譜を継ぐアルバムといえよう。20世紀初頭的なロマンティシズムと、MV“バタフライズ”でも表現されていたストリートの乾いた感覚。それらが同時に活写され、交錯していく。

 とはいえ、先行公開されたMVで予想されたよりは、アルバム全体はロマンティシズムが濃厚な仕上がりではあった。そこに、このレーベルらしい見事なイメージ・コントロールがある。アートワーク、MV、サウンド、それらのイメージをまとめ合わせることで、一枚のアルバムを、煌びやかで、フェティッシュで、アーティな商品(それはまったく悪いことではない)に仕立て上げているのだ。そして、そこには必ずといっていいほど、甘いロマンティシズムの香水が落とされている。

 そんなアンディ・ストット/〈モダンラヴ〉が醸し出すロマンティシズムの芳香の極致が“ニュー・ロマンティック”や“オン・マイ・マインド”であろう。この2曲は本当に素晴らしい。加工されたヴォイスと電子音とビート。リフレインされる甘い旋律。本作はYMOから影響を受けたとアナウンスされているが、たしかに“ニュー・ロマンティック”などは、『BGM』に近い雰囲気も感じる。もしくは同時期の高橋ユキヒロ『ニウロマンティック』か。

 本作に収録されたトラックは、もはや楽曲といってもいいほどに洗練されている。彼の最高傑作なのでないかとも思えるほどに。たが、である。ならばアンディ・ストットの「次=ネクスト」はどうなるのだろうか、と素朴に思ってしまう。あらゆる洗練は一つの到達点である。それゆえ停滞を招く。たとえばレディオヘッドの新作にせよ、ジェイムス・ブレイクの新作にせよ、その過剰なまで洗練さゆえ、どうしても「次」が気になってしまう作品といえる(もしくは「次」があるのだろうか、とも)。この2016年は、話題作・傑作・注目作が次から次へとリリースされる豊穣な年に見せかけて、そのじつ、「ネクスト」を模索するような時期だったといえるかもしれない。アンディ・ストットも同様だ。この過剰なまでの洗練は、たしかに、ひとつの完成形である。その完成の後には、継続か、破壊か、もしくは「第三の道」を見つけ出すかしかないはずだ……。

 私としては、『ラグジュアリー・プロブレム』で、いったん置いてきた『ウィ・ステイ・トゥギャザー』『パスド・ミー・バイ』(2011)の原初的なビート/リズム「以降」のエレガント/野蛮なサウンドを望んでしまうが、それこそ余計なお世話というものだろう。アーティストの行き先はアーティストが決めることであり、そもそも未知の領域を模索するからこそアーティストなのだ。ゆえに先のことなど誰もわからない。聴き手は、ただ「次」を待つことが大切なのである。あえていえば、この「次」を待つ姿勢/思考の所作こそが「批評」である。
 
 しかし同時に、「ネクスト」を感じさせる要素が、そこかしこに散りばめられているのも事実だ。たとえば、1曲め“ウェイテング・フォー・ユー“のドローンの中で唐突に鳴る、どこか鳥の鳴き声を思わせる分断的なシーケンスフレーズに、「ネクスト」の可能性を感じてしまうのだが、いかがだろうか?

 むろん、普通に聴く分には、香水のような芳香を放つモードなインダストリアル/テクノ・アルバムである。私はラスト・モダニスト(!)として過剰な洗練を愛するので、このアルバムは好きな作品だ。しかし、同時に、2010年代前半のインダストリアル/テクノ以降のネクスト・フェーズに移る直前の過渡期的な作品であることも事実だろう。洗練か過渡期か。停滞か更新か。この両極のはざまで、本作は濃厚なロマンティシズムを放っている。まさに孤高のアルバムといえよう。

Kaytranada - ele-king

 いまもっとも旬のプロデューサーと言っていいだろう。ケイトラナダことルイ・ケヴィン・セレスティンが初のアルバムをリリースした。ハイチ生まれで生後間もなくカナダのモントリオールに移り住んだ彼は、現在まだ23歳の若者だ。J・ディラ、マッドリブ、ア・トライブ・コールド・クエストなどの影響を受け、14歳でDJを、15歳で楽曲制作を始め、最初はケイタラダムス名義(シカゴのトラップ・プロデューサーのフラストダムスに憧れて命名している)で作品発表を行っていた。その頃はアンオフィシャルなリミックスものやミックス・テープが中心で、ヒップホップやトラップ、ビート・ミュージック系の作品が多かった。2013年からケイトラナダに名前を変えるのだが、その前後に手掛けたジャネット・ジャクソン、エリカ・バドゥ、ティードラ・モーゼスらのリミックスが話題を集める。姉の影響で幼少の頃からR&Bに慣れ親しんできた彼は、こうしたリミックスでR&Bやヒップホップ方面からの仕事をゲットしていくのだった。彼の手掛けたリミックスは公式、非公式も含めてビヨンセ、ファレル、ディスクロージャー、アルーナジョージ、ロバート・グラスパー、ミッシー・エリオット、アジーリア・バンクス、タキシード、フルームなど多岐に及び、プロダクションでもモブ・ディープ、タリブ・クウェリ、フレディ・ギブス、ミック・ジェンキンス、ジ・インターネットなどの作品制作を行っている。今年に入ってからもアンダーソン・パーク、ケイティ・B、チャンス・ザ・ラッパーと、彼が参加したアルバムには話題作が尽きない。

 ここ2、3年の間に大注目のプロデューサーとなってしまった彼は、ヒップホップ、R&B、ハウスなどあらゆるダンス・サウンドに通じ、ジャズ、ファンク、ブラジリアンなど多彩な音楽的モチーフを引き出しの中に持つ。メジャーとアンダーグラウンドの間を行き来できるプロデューサーで、ヒップホップを軸としつつもオールマイティな才能を持っている点では、マッドリブやDJスピナなどヒップホップの枠を超えた活動するプロデューサーを思い起こさせる。『99.9パーセント』では、そんなケイトラナダのプロダクションの魅力を十二分に満喫できるだろう。

 参加ゲストも豪華で、フォンテ、クレイグ・デイヴィッド、アルーナジョージ、ゴールドリンク、リトル・ドラゴン、ジ・インターネットのシド・ザ・キッド、同じカナダのバッドバッドナットグッドらがフィーチャーされる。トリッキーなエレクトリック・ブギーの“トラック・ウノ”、ドリーミーなジャズ・ファンクの“バス・ライド”、クレイグ・デイヴィッドのシルキーなヴォーカルが映えるR&Bナンバー“ゴット・イット・グッド”というオープニングからの3曲を聴いても、多彩なサウンドを操りながらもしっかりと自分の世界を構築していく能力が感じられる。アルーナジョージとゴールドリンク参加の“トゥゲザー”、リトル・ドラゴンをフィーチャーした“バレッツ”など、BPM110~120あたりのハウス系の作品が結構多いのだが、それでもヒップホップを出自とするトラックメイカーというのがわかるブレイクビーツのプロダクションだ。フォンテが歌う“ワン・トゥー・メニー”はハウスとヒップホップとR&Bの中間にあるような作品で、こうした全方向に通じるところがケイトラナダのいちばんの魅力ではないだろうか。フットワークにも通じるような“ライト・スポッツ”ではガル・コスタのトロピカリア期の作品を、“デスパイト・ザ・ウェザー”ではアンビエンスのスピリチュアルなボッサをサンプリングするなど、ジャズ系のネタ使いも多く見られる。そうした彼のジャズ・センスが発揮されたのがバッドバッドナットグッドをフィーチャーした“ウェイト・オフ”だろう。なお、ケイトラナダはこれからリリースされるバッドバッドグッドナットのニュー・アルバムにお返しとして客演している。

 ちなみに、アルバム発表に先駆けたインタヴューで彼はゲイであることをカミングアウトしている。最初、彼の母親にそのことを受け入れてもらえなかったのだが、だんだんと認めてもらえるようになり、いまは姉や弟とともにサポートしてくれているそうだ。そうしたことを含め、いままではどうしても自身を開放できないところを抱えていたケイトラナダだが、現在の心境はより100パーセントに近いハッピーなものへと変わってきているという。アルバム・タイトルの『99.9パーセント』には、そうした想いも込められているようだ。

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