「Nothing」と一致するもの

interview with Shuntaro Okino - ele-king

   沖野俊太郎は、ヴィーナス・ペーターという、その真価を未だ十分に認められたとはいえないセカンド・サマー・オブ・ラヴ直系のインディ・ダンス・サイケデリック・バンドフロントマン/ヴォーカリストとして知られている。彼は90年代初頭に世に出た新しい世代のなかでも、その才能とポテンシャルに比べ過小すぎる評価を受けたアーティストの筆頭格といっても過言ではないヴィーナス・ペーターの初期からの支持者として、ぼくもまたそんな現状に歯がゆさと苛立ち、ぼく自身の力不足をも感じてきた。

   しかし、沖野昨年リリースした、ソロとしては15ぶりのアルバム『F-A-R』は、そんな不当な評価をくつがえすに足る素晴らしい内容の復帰作として、ヴィーナス・ペーター以来の根強いファンのみならず、2000年代に国境を越え反響を呼んだ『LAST EXILE』や『GUN×SWORD』などのTVアニメの主題歌・挿入歌で彼を知った新しいファン驚喜させ、ひいてはヴィーナス・ペーターのさらなる再評価を促す最高傑作となった。

 

「全てあきらめてしまったわけじゃない/すこし疲れただけなんだ/心配なんかいらないんだよ」(“声はパワー”)

「オレは光/オレは光/闇夜/引き裂く/Im the light,everlast」(“The Light”)

「この夜にさよなら/この夜にさよなら/その後はあてもない/だけどこの夜にさよなら」(“この夜にさよなら”)

 

   アルバムの冒頭の3曲を聴いただけで、漲るような生命力と充溢を感じるF-A-R』は、インストのインタールードを除くすべての楽曲に自作の日本語詞が付いている。メジャー、インディーを問わず当たり前のように英語詞のバンドが受け入れられている現在からは考えられないほど、英語詞というだけで賛否を呼んだ(日本語詞で歌わないというだけで否定的な反応が多かった)過去の葛藤が嘘のように、飾らない言葉とあまくとろけるメロディ、これまでの音楽遍歴を血肉化した変幻自在のサウンドにのって、聴き手の体を揺らし、心を躍らせてくれる。

   93年、ヴィーナス・ペーターの〈トラットリア〉からのラスト・アルバムとなった『Big Sad Table』のなかで、「ほしいものは何もなくて/待つ者も誰もいなくて/のろのろ歩くしかなくて/見えてるものも見えなくなる」(“The Tripmaster Monkey”)と酩酊していた若き日の姿は、そこにはない。彼自身の人生観の変化と人間的成熟を感じポジティヴなトリップマスター、それが最新型の沖野俊太郎だ。

(あくまで私見だが、“宅録マスター”としての沖野の資質には、ぼくここ数年来、密かに耽溺しているマック・デマルコ、マイルド・ハイ・クラブ(アレックス・ブレッティン)、アリエル・ピンクといった、2010年代のデイドリーミングなローファイ・サイケ・ポップの精鋭たちと共振する先駆的センスを感じる)

 

   そして、この度リリースされた『F-A-R』と対になるリミックス・アルバム『Too Far』には、十代の頃、velludo(ビロードというバンドを共に組んでいた盟友・小山田圭吾(コーネリアス)をはじめ、サロン・ミュージック、シュガー・プラント、元シークレット・ゴールドフィッシュの三浦イズルと山本アキヲ、元スーパーカーのナカコー、GREAT3の片寄明人ら、90年代に同じフィールドを共有していた同世代、もしくは近い世代のアーティストから、リン・モリのように沖野とはこれまで接点のない若い世代のアーティストまで多彩なリミキサーが参加し、「遠くへ!」という沖野の呼びかけに対して「遠すぎるよ!」と賛辞を贈る最高にフレッシュなトラックを提供している。

 すべての創造行為は、どんなものであれ、作者自身のリアル・ライフと夢想との間に横たわる気の遠くなるような距離を、イマジネーションの力で超越する冒険だ。サイケデリアは逃避のための夢想ではなく、どれだけ遠くまで行けるかという人間の限界への挑戦なのだ。ロックは、何時でも現実と対決し乗り越えるための天啓となりえる。

 

「物語は自分次第でそう/変わっていくんだ/We are stories(“We Are Stories”)


 2016513日、ヴィーナス・ペーターの再結成時を除けば、95年のソロデビュー・アルバム『HOLD STILL-KEEP GOING』のリリース以来、21年ぶりの再会となった沖野とのインタヴューには、やはり同世代の盟友であり、当時ヴィーナス・ペーター、シークレット・ゴールドフィッシュ、デボネア、ビヨンズらが所属していたインディ・レーベル〈Wonder Releaseの創設者、現在は元銀杏Boyzの我孫子真哉らと共に注目の新レーベル〈Kilikilivillaを運営するDJ/ライター/オーガナイザーの与田太郎も同席、対話に加わってくれた。


■沖野俊太郎 / SHUNTARO OKINO
  (ex. Venus Peter / aka. Indian Rope / Ocean)
1967年3月23日、東京生まれ。1988年、小山田圭吾とvelludoというバンドでインディーズ・デビューするも沖野本人のニューヨーク行きにより活動停止。1990年、ニューヨーク+ロンドンから帰国後、Venus Peterに加入。〈UKプロジェクト〉及び〈ポリスター(trattoria)〉よりアルバム3枚を発表。1994年のバンド解散後、ソロ・アルバムを2枚リリース。小泉今日子他、アーティストへの楽曲提供を行うかたわら、2000年にはソロ・ユニットであるIndian Rope名義にてEP3枚、アルバム2枚を発表。テレビアニメ『LAST EXILE』(2003年)や『GUN x SWORD』(2005年)のテーマ曲や挿入歌の作曲でも知られる。2005年には1年のみの期間限定でVenus Peterを再結成。2006年には13年振りのアルバム『Crystalized』をリリース、ツアーも行う。2008年、Venus Peterのギタリスト石田真人とのニュー・プロジェクトOCEANのミニ・アルバム発表後、ソロ活動を続けながら昨年2014年にはVenus Peterの8年振りとなる新作『Nowhere EP』をリリース。2015年、ソロとしては15年振りのフル・アルバム『〈F-A-R〉』が完成。同年秋、サブ・プロデューサーであるタカタタイスケ(PLECTRUM)を含むバンド、The F-A-Rsを率いてライブ活動を再開。ニュー・アルバム 『〈F-A-R〉』を11月11日にリリース。2016年、アルバム『〈F-A-R〉』を総勢12組のアーティストによって再解釈したリミックス・アルバム 〈Too Far [F-A-R Remixes〉を発表する。

復活、うーん。どちらかと言うと「整理した」というか。


SHUNTARO OKINO
Too Far [F-A-R Remixes]

Indian Summer

Rock

Tower Amazon


SHUNTARO OKINO
F-A-R

Indian Summer

Rock

Tower Amazon

ぼくは『Too Far』、すごく好きです。いいトラックがいっぱいあるし、なによりも沖野くんのパワーが、参加したリミキサーの人たちにしっかり届いてる。みんなが沖野くんのセンスに共鳴していて、「沖野くんのこういうところがカッコいいんだよ」って、いろんな角度からプレゼンテーションされてる気がしました。その結果、それぞれのトラックを通してリミキサー自身の資質も見えてくる。そういう意味で、愛のある理想的なリミックス・アルバムだなと。リミックスって、オリジナル曲のトラックの中から「俺はここが好き」という部分を拡張して、さらにカッコよくするというのがひとつの理想だと思うのですが、ぼくの個人的な好みで選ばせてもらうと、断トツに好きなのがシュガー・プラントのリミックス(“When Tomorrow Ends(speakeasy mix)”)。これは超クール! 7インチ・ヴァイナルで欲しいなと思いました。

沖野俊太郎(以下沖野):レーベルの社長もあれがいちばん好きなんですよ。

構造的にはシンプルだけど、トラックを構成してる要素の一個一個が素晴らしい。ダンサブルなベースライン、クールなエレピ、そしてドラム・ブレイク。その上で沖野くんのヴォーカルが際立つという。余計なものが一個もなくて、本当に理想的だなと。ダンス・トラックとしても、リスニング・トラックとしてもいけるし、これぞロックだという感じ。2016年にそういう新作を聴けることがどれほどうれしいことか。
いまや“ロック”という言葉や概念そのものが完全に形骸化して、とっくに終わっているようにみえるけど、ぼくは、ロックは死ぬ、しかし何度でも蘇ると思ってるんです。誰か一人でもロックに価値を見出せたら、ロックは生きてると。そういう意味では、沖野くんがロッカーとして、いまの日本に存在しているという事実が、すごくうれしい。この曲(“When Tomorrow Ends(speakeasy mix)”)聴いてると、気分が上がる。オープニングの三浦イズルくん(The Lakemusic)の“I’m Alright,Are You Okay?(lady elenoa mix) ”も最高にいい。この2つのトラックに挟まれた他のトラックも、みんなそれぞれの佳さがあって、とても楽しめました。
沖野くんは「感覚だけでいままで生きてきたし、音楽を言葉で説明するのが好きじゃない」と言う。その気持ちもわかる。だけどカルチャーって、作り手に対する受け手の「俺は、私はこう受け取った」という解釈があって、つまり双方向のコミュニケーションがあってこそ成り立つものじゃないかな。良質なジャーナリズムがロックのカルチャーに貢献することがぼくの理想で、そういう意味でライティングにも力を入れて世代間を繋ごうとしている、与田(太郎)さん(kilikilivilla)の最近の活動にもすごく共感しています。『Too Far』というこのリミックス・アルバムは、オリジナルの『FAR』が企画されたときから両方出そうと考えていたのですか?

沖野:いや、ぜんぜん考えてなくて。コーネリアスにリミックスを頼んだのも、正直、宣伝に使わせてもらおうというようなところもあった。

でも、単なる宣伝なわけないでしょう? 小山田くんとの対談を読んでグッときたしね。

沖野:(照笑)『F-A-R』のアウトテイクが数曲あるんですよ。それをEPで出そうか? みたいな話になったときに、誰かのリミックスも入れたいね、じゃあコーネリアスがいいね! ということになったんだけど、流れで他にもいろんな人に頼むことができて。だったらもうアルバムにしちゃえ! っていうふうに、なんとなく決まりました。

これは作ってくれて本当によかった。オリジナルとリミックスの両方があって初めて見えてくるものもあると思うし。リミキサーのセレクションは沖野くんが全部考えたの?

沖野:そうですね。この人がやったのを聴いてみたいという基準で頼みました。

それは曲ごとの指名?

沖野:いや、それぞれのアーティストに選んでもらいました。選ばれなかった曲はしょうがないから俺がやるという感じ(笑)。

I'm Alright,Are You Okay? (lady elenoa mix)

全体を通して聴いてみて、とてもおもしろかった。普段はリミックスとかあまりやっていない人もいて、自分の音楽ではなかなか出せない部分を出していたり、そういうところも興味深くて。それでは1曲目から順に訊いていきたいと思います。まずイズルくん(The Lakemusic)の“I'm Alright,Are You Okay? (lady elenoa mix) ”から。

沖野:イズルくんは「やらせて」と言われた(笑)。彼はそんなに自分の作品を作ってる感じでもなかったけど、映像制作の関係で付き合いはあって。仲はずっと良かったんだよね。

彼がこういうメンバーの中にいてくれないと寂しいというのもあるけど、一曲目だからね。いきなりヴォーカルとストリングスだけで始まって、そのまま最後まで引っ張る大胆なプロダクションに驚きました。

沖野彼は河口湖の地元でミュージカルのオーケストラの作曲とかもやってて、オーケストレーションを僕の作品に活かしてみたいから「自分にも参加させてくれない?」って。

アルバムのオープニングにふさわしいし、沖野くんの声を強調することで、マジックを生み出してると思った。あと、“I'm Alright, Are You Okay?”というタイトルの曲を選んだことにもメッセージを感じます。「ぼくは大丈夫、きみは大丈夫?」――それはイズルくんからのアンサーでもあると同時に、リスナーへのメッセージも含まれてる気がする。昨年リリースした『F-A-R』を聴いて、「沖野くん、久しぶりに復活したな」という印象を持った人も多かったと思いますが、そういう意気込みで新作を作ったのですか?

沖野:いやあ……復活、うーん。どちらかと言うと「整理した」というか。中途半端で終わっちゃったような曲がものすごくストックしてあって、とりあえず1枚出さないと次に進めないという状態が10年くらい続いちゃってて。そういうときの気分で選んだんですよね。

何かしらの基準はあったの?

沖野:うーん……どうだったけな(笑)。そのときアルバムにするなら、という感じで選んだかな。コンセプトはなかったんで。

「自分はこれをやるんだ!」という吹っ切れた感じがすごく伝わってきて、楽曲も粒が揃ってたし、沖野くんの最高傑作だと思いました。オリジナルの『F-A-R』の中で、ぼくがいちばん好きな曲は“Welcome To My World”なんです。これはまさに沖野くんの世界を構成している要素が、サウンドにもリリックにもいろいろ入っているなと。ウェルカム・トゥ・マイ・ワールド――それは、言ってみればアーティストの基本姿勢というか、それに尽きると思うんです。だから、もう一回自己紹介する、というニュアンスもあるのかな? 昔の友達やリスナーへの「久しぶり!」という挨拶、もちろん新しいファンに向けている部分もあったと思うし。

沖野:詞を書いたきっかけは、基本的にはもっと個人的なことなんですけどね。

たとえば何かエピソードはありますか?

沖野:いやあ……ぶっちゃけると、再婚して子どもができて。妊娠してお腹の大きい嫁を見て生命というか、そこからなにか感じたものを歌詞にしていった感じだったかと。時期的にはそうですね。

そうなんだ……これはぼくの勝手な解釈なんだけど、ある意味、引きこもりアンセムみたいだなって(笑)。それは肯定的な意味で言ってるんだけど。ぼく自身、引きこもり的な感覚をいまの自分の中に感じざるを得ないところもあるし(笑)、もはや引きこもりをポジティヴに捉えられないと、現代をサヴァイヴできないという認識もある。

沖野:2012年くらいから曲は書いてあったから、その頃は引きこもってるつもりはないですけど、潜ってましたからね。間違ってないです(笑)。

ぼくの解釈を押し付けるつもりはないので、念の為(笑)。この心地よい浮遊感を音楽に還元できるというのは、沖野くんの素敵な才能だと思っていて。自分の世界の中で自由に遊び、感覚を解き放つのは素晴らしいこと。

沖野:でもいろいろとやる気を出してきた頃ですよ。

「あぁ こころはもう雲の上まで/上昇したまま/宇宙まであと少し」って歌ってるしね。このリリックが好きなんです。「光を纏い/命の深い闇の中/泳ぐ幸せ/君に似合うよ/Welcome to my world」。こういう詞を書けるようになったんだな、と思って。この曲は大好き。トリッピーな曲が多いのは相変わらずだけど、本人はそんなにドラッギーな感じではないなと。

沖野:もう、だって……更生したというか。

(笑)。もうひとつ訊きたかったのは、『F-A-R』のラスト・ナンバーで最後に赤ちゃんとの会話が入ってる“Mood Two”というインストのリミックスが『Too Far』には入ってないけど、あれは誰にも渡さずにおこうという感じだったの?

沖野:べつに誰にも選ばれなかったという……。

これは手をつけちゃいけないとみんな思ったんじゃないかな。沖野くんがまたどういうふうに作るのかなあ、と思ってリミックスを聴いたら、あれだけは入ってなかったから、やっぱり手を付けなかったんだと思って、それはそれで感動しました。では、とくに意味はなかった?

沖野:意味はないですね。

「オーケストラのみ×歌」って、やりたいと思いつつ自分でやったことなかった。それをやってくれたのでうれしかったですね。

了解(笑)。ではあらためて、イズルくんのリミックスをもらったとき、どういう感想を持ちましたか?

沖野:すごいグッと来ましたねえ。昔からちょっと“エリナ・リグビー”とかを意識してて。

なるほど! ふたりともビートルズ大好きだもんね。

沖野:「オーケストラのみ×歌」って、やりたいと思いつつ自分でやったことなかった。それをやってくれたのでうれしかったですね。メロディがこういうふうに響くんだなあって、自分でも思った。正直、期待してなかったんですよ(笑)。

(一同笑)

沖野:最近は彼、あんまり真面目に音楽やってる感じじゃなかったから。「良かったら使うよ」みたいな依頼で(笑)。そういうところは気さくに話せる。

イズルくんは映像制作の仕事が多いけど、〈fantasy records〉という自らのレーベルを立ち上げて、音楽活動もマイペースで続けてるよね。

沖野:そしたらすごい良かったなあ。嬉しかった。

これは1曲目に置きたいなと思った?

沖野:それは、その時には思わなかった。曲順は本当に悩んで。曲順を決めるために聴き飽きちゃったくらい。

誰かに相談して、という感じじゃなくて、やっぱり自分で決めたかった?

沖野:いや、相談もしました。リミキサーを決めるにあたって、一応自分の中で、90年代からいまもリミックスなりトラックなりを作ってる人、現役でやってる人がいいというこだわりがあったんで。初めは頼みたいと思っていても、最近やってない人には、結局頼まなかった。だから複雑な気持ちの人もいると思う。

The Love Sick(Akio Yamamoto mix)

2曲目の“The Love Sick(Akio Yamamoto mix)”は、オリジナル・ヴァージョンもヴィーナス・ペーターを想わせるファンキーなロックで大好きだけど、アキヲくんにはどういう頼み方をしたの?

沖野:アキヲくんは『FAR』のマスタリングもやってもらってるし、彼のトラック・メイキングの仕事をずっと知ってて。アキヲくんとイズルくんって元Secret Goldfishだし、いまだに仲良くて。で、ちょうど電話がかかってきて「あ、アキヲくんがいたよ!」と思って、本当にそんな感じで決まりました。いろいろ彼の作品を聴いたりして、音に対する鋭さというか、感性がすごいから、どういうトラック作るんだろうと思って。

沖野くんの志向性として、浮遊感だけじゃなくてエッジーな尖った部分というのもあって、そういう表現を別名義のOceanとかIndian Ropeでやってるし、きっとそういうものが欲しかったんだろうな、って。

沖野:とにかく徹底的に自分の音楽を追求している人だよね。

アキヲくんは本誌の古くからの読者にはお馴染みのHOODRUM(田中フミヤとのユニット)とか、『Too Far』に“The Light(I’m the 2016 light years home mix)”を提供してる高山純(Speedometer)さんと組んだAUTORAとか、他にもAkio Milan Paak、Tanzmuzikなど複数の名義を使い分けて多彩な活動を続けてるアーティスト。曽我部(恵一)くんのベスト・アルバム『spring collection』のマスタリングも彼が手がけてて驚きました。「The Love Sick」のリミックスはテクノ寄りのマッドチェスターという感じで、沖野くんにぴったりハマってる。3曲目の「The Light (bluewater mix)」のbluewater(Hideki Uchida)さんは、ぼくは不勉強で知らなかったけど、すごくカッコいいトラックを作る人だなと。

Shuntaro Okino&The F-A-R’sによるライヴの模様。曲は“The Light”

沖野:彼は与田さんが出たりしてる〈SUNSET〉っていうイヴェントでレギュラーDJをやっていて、立候補してくれたんです。リミックス・アルバムを出す話が出る前だね。彼はストーン・ローゼスの“エレファント・ストーン ”かなんかのマッシュアップをやってたんだよね。それがすごい良くて。

“The Light”のオリジナルって、マッドチェスターのフィーリングがあるサイケデリック・ロックでしょう? リミックスは4つ打ちなんだけど、「オレは光」っていう歌詞のキー・フレーズに着目して、言葉のパワーをさらに増幅するような解釈が新鮮で、こう来るか!と。

沖野:彼もマッドチェスターとか全部通ってて。

このリミックスを聴いた感想は?

沖野:この曲はアシッド・ハウスっぽくて、すごく気に入りましたね。あれなんだろう、アシッド・ハウスっぽいよねえ。

与田:しかもフロアで聴いたときにすごくダンサブルだった。実際にクラブで掛けたんですけど。踊るオーディエンスの気持ちがよくわかってる。

Summer Rain(Shunter Okino mix)

4曲目の“Summer Rain(Shunter Okino mix)”、これを自分でやったというのは何かあるの?

沖野:意味はないです(笑)。これは余ってたので、自分でやりましたね。

これもサイケデリックなヴィーナス・ペーター以来の王道というか、このラインは沖野くんの専売特許で、いつやってもいい十八番。それを自分でリミックスしようとなると、どういうふうにやろうと思ったの?

沖野:もう何も考えないでやりましたね。

同じ曲でもいろんなヴァージョンがあったりするのかな?

沖野:最近ハードディスクを整理して出てきたんだけど、この曲はあと2つくらいヴァージョンがありましたね。そっちを出してもおもしろかったなあ。

Welcome To My World(YODA TARO welcome home remix)

そして5曲目は与田さんの“Welcome To My World(YODA TARO welcome home remix)”、これは素敵です。愛を感じますね。

与田:『F-A-R』の中でいちばん好きな曲なので選びました。

沖野:与田さんは俺のことを本当にわかってるんで。与田さんが好きな世界もわかってるし、ああ与田さんだ、みたいな(笑)。

「ウェルカム・ホーム・リミックス」っていうネーミングもいいなあ。

沖野:ちょうど欲しかったタッチの曲になってくれた。

やっぱり2人とも音に対して繊細なところがあるので、とても丁寧に音を構築しているところが好きですね。ネオアコ的な清涼感もあって、すごくいいアクセントになってる。

与田:僕はミュージシャンじゃないんで、むしろ元ネタありきで、この沖野くんの声にこの曲のビートとこの世界観を合わせてみたらどうなるんだろう、というやり方なんです。サンプリングで作っているような感覚なんですけど。この曲はインディ・ダンスにしたかった。テンポ遅めのインディ・ダンスにしようと。

自分のパーティーで掛けたい曲?

与田:そうですね。

Swayed(Linn Mori Remix)

これとその次の“Swayed(Linn Mori Remix)”が隣り合わせているのは、必然性があるというか、よく馴染んでいていいなあと思いました。リン・モリさんはどういう方ですか?

沖野:リン・モリくんはサウンドクラウドで適当にたどっていたら、ぶち当たって。彼の作ってるトラックが全部良くて。まだ25才かな。自分でいろいろ調べましたね。ずっと印象に残ってたんですよ。それで今回リミックス・アルバムをつくろうということになったとき、直接お願いしました。

オリジナルは初期のデヴィッド・ボウイを想わせるアコースティックなバラードだけど、上がってきたリミックスは、ほぼピアノとシンセのインストゥルメンタル。

沖野:全部再構築してくれて。でも基本的にはこういう感じのアルバムを考えてたんですよね。アキヲくんとかもトラックメイカーだから、歌とか使わないでもっと切り刻んでものすごい尖ったものを作ってくるかと思ったんですけど、ちゃんと歌ものにしてきたので意外でしたね。俺のことを知ってると、どこかでやっぱり歌を使いたいと思うのかも。

そう思うし、尊重しようという気持ちがあるのかも。

沖野:たぶん尊重してくれる部分もあると思うんですよ。リンくんは原曲を活かすというよりは、俺のことを知らない分、自分でぜんぜん違う世界を作ってきたという感じだよね。リンくんとは世代も違うし、思い切りがいいし。それがすごいよかった。

原曲はデリケートなラヴ・ソングだし、いっそのこと詞はなしで、みたいな方向なのかな(笑)。これも好きですね。

The Light (Indian Rope Remix)

次の7曲目、“The Light”のIndian Rope名義でのリミックスは、ヘヴィかつドープなサイケでじわじわ上がっていく感じがよくて。煙っぽいサックス・ソロも効いてるし、最後は残像をのこしてドローンと消えていくところも洒落てますね。沖野くんの持ってるコアな部分が出てると思うんだけど。

沖野:これはIndian Ropeを意識しました。Indian Ropeだったらどういうふうにやるのか思い出しながら、最近やってなかったようなベタなIndian Ropeをやった感じですね。

Indian Rope名義では久しぶり?

沖野:15年ぶりくらいかな。

〈トラットリア〉以降はこの名義は使ってなかったの?

沖野:使ってないですね。

Indian Ropeだったらどういうふうにやるのか思い出しながら、最近やってなかったようなベタなIndian Ropeをやった感じですね。

インディアン・ロープを始めたときってどういう感じだった? ソロといっても、もっとトラック・メイキングに特化してやりたかったのかな。

沖野:そうですね。当時はいまと違ってまだパワーマックとかの時代だったんですけど、いちおう自分ひとりでできるという時代になってはきていて。昔からデモは作りこんでいたんですけど、他人に頼んでボツにしちゃったりしてたんで……やっぱ全部自分でやろうと思って。

そう、沖野くんの曲はデモの時点でほとんど完成しちゃう。

沖野:凝ってましたよね。

ヴィーナス・ペーターの初期の名曲“Painted Ocean”もデモの段階でほぼできていた?

沖野:そうですね。そんなに変わってないですね。

ぼくは本当にシンプルに、あの曲が好きなんですよ。あれ一発で惚れた。しかもいちばんいいと思えるような曲を惜しげもなく『BLOW-UP』(※〈Crue-L Records〉のファースト・リリースとなった91年発売のコンピレーション・アルバム。参加アーティストはブリッジ、カヒミ・カリィ&ザ・クルーエル・グランド・オーケストラ、マーブル・ハンモック、フェイヴァリット・マリン、ルーフ、ヴィーナス・ペーターの6組)に入れたところがカッコいいと思った。自分たちのファースト(『Love Marine』)に取っておかない気前の良さに(笑)。

Moon River(Salon Music Remix)

次の8曲目、Salon Musicの“Moon River(Salon Music Remix)”は絵画的というか、音で絵を描いてる感じが素敵だなと。沖野くんの中に意識せずしてあるものが形になって提示されていると思うんだけど。音でこういうことができるのが、音楽の素敵なところだと思います。

沖野:あと2人でやってくれてるというのがすごく大きいですね。仁見さん(竹中仁見)の声とかファズ・ギターが入っていたり、うれしさがありますよね。サロンを選んで、自分ながらこれはよく思いついたなあと(笑)。

サロン・ミュージックは〈トラットリア〉のレーベル・メイトだし、吉田仁さんはヴィナペの2014年作『Nowhere EP』もプロデュースしてるし、ずっと近くでやってたじゃないですか(笑)。

沖野:近くにいるんですけど、意外とあんまりリミックスは聴かないですよね。

たしかに、リミックスはそんなにやってないかもしれない。

沖野:ライヴにもしょっちゅう来てくれてるんですけど、あんまりつながらなかったですね。

あの人のセンスを100パーセント信用できるというか。俺はYMOやはっぴいえんどをぜんぜん通ってないんで。

でも沖野くんって、雰囲気がちょっと仁(吉田仁)さんと似ているところもあるし、シンパシーみたいなものがあったんじゃない? あとサロン・ミュージックは英語詞だけでやる先駆者でしょう? 今回の『F-A-R』は日本語詞がメインのアルバムだから、直接そこは関係ないけど、ヴィーナス・ペーターが登場したときとか、その前にフリッパーズ・ギターがデビューしたときとか、仁さんとの出会いはとても大きかったと思うんだけど。

沖野:そうですね。唯一付き合いのある先輩なんで(笑)。あんまりねえ、ミュージシャンとの付き合いがダメなんですよ。苦手なんで。仁さんだけはライヴにも来てくれて、話が合うんですよねえ。

それは音楽性が共通しているというだけではなくて?

沖野:あの人のセンスを100パーセント信用できるというか。俺はYMOやはっぴいえんどをぜんぜん通ってないんで。

YMOを通ってないというのは、世代を考えると意外なところはあるよね。小山田くんだって、別にリアルタイムでは通ってないと言ってたけど。いまはほぼバンド・メンバーだけどね(笑)。

沖野:もちろんあの時代の人たちを尊敬はしてますけど、影響されてないというか。サロンは、昔からやってることが本当かっこよくて。そういう意味ではいちばんセンスを信用している先輩が、あのおふたりですね。

洋楽志向というより、最初から洋楽だった先輩という感じだよね。ぼくだって80年代初頭に“Hunting on Paris”の12インチを聴いて、「完璧に洋楽だよ!」ってびっくりした。YMOはそれぞれ一角のキャリアのある人たちが組んだスーパー・グループだけど、サロンは突然現れてロンドンから逆輸入という感じだったから。

この夜にさよなら(Cornelius Remix)

インディアン・ロープ~サロン・ミュージック~コーネリアスという並びは、個人的には「トラットリア・ストライクス・バック!」という感じで盛り上がりますね。“この夜にさよなら(Cornelius Remix)”は、意外といえば意外だった。沖野くんのオリジナルは『F-A-R』のリード・トラック的な曲だし、この爽やかな感じはこれまでなかったから、パッと聴いていいなと素直に思ったけど、小山田くんの解釈がいわゆるコーネリアス調じゃないのがおもしろかった。小山田くんのリミックスって、たいていの場合は原曲のタッチをほとんど残さずコーネリアス調に作り変える作業だけど、これはそうじゃないと思って。非常にレアなケースじゃないかな。

沖野:この曲は、聴いているうちにあー、やっぱコーネリアスだなあ、って思うようになりましたね。

うん、まさしくそういう感じ。だから、いつもの感じでやらなかった、ということ自体にスペシャル・トリビュート感があるなと。音数は少なくて、隙間を活かしたすごくシンプルなアプローチというところは小山田くんらしいけど。

沖野:コード感とかが小山田くんの中にあるものと合ってて、たぶんこれだという直観で選んだ部分があると思う。彼も忙しいし、これがいちばん料理しやすいと思った、って気がするけどね。

さらっと仕上げているようで、飽きずに長く聴ける感じ。沖野くんに対するリスペクトを感じますね。原曲の歌詞は、最初に聴いたとき、亡くなった人へのレクイエムのように聴こえたんだけど、そういうことってあったりしますか?

沖野:うーん、そこははっきりと明言するのは避けたいです。ただ実は自分史上、最高に悲しい曲ではありますね。

切ない曲だよね。友達なのか家族なのかわからないけど、いまはこの世にいない大切な人に捧げた特別な曲、という気がしました。

沖野:うーん、やっぱりそこもノーコメントで。ただこの一行は彼、とかこのくだりは彼女、とかそういうのはあります。基本的には大きい括りなんですけど。

沖野:(いま世の中で聞こえてくるものが)みんな「悲しいことを乗り越えよう」っていう歌ばかりだったんで。そうではなくて、俺は本当の痛みや悲しみってのは大切に墓場までいっしょに持っていくもんなんだ、という考え方だから。そういう意味で書いたんだよね。

すごく秘められたドラマを感じる曲だったので……。

沖野:そこに気付いてもらえたのはすごくうれしいです。単に爽やかな曲というふうに言う人も多いんですよ。

でも、爽やかな曲調でこの詞だから、よけいにグッとくるところがあって。さっきいちばん好きな曲は“Welcome To My World”と言いましたが、リリックは“この夜にさよなら”がいちばん印象的でした。沖野くんの個人的な世界というよりは、誰かにこの思いを伝えたいという気持ちが溢れている感じがしました。

沖野:そういうことは思ってるんですよね。

「この夜にさよなら」というリフレインも、「その後はあてもない/だけどこの夜にさよなら」という最初のヴァースからしてハッとさせられるというか、この曲は違うぞ、とまず最初に思って。でもその後に「その胸の暗やみ/この胸の苦しみ/いつまでも一緒さ/だからこの夜にさよなら」と続いて、いろんな人と出会う中で傷ついたこととか、つらい思い出みたいなものを、捨て去るのではなくて、それを持ったままいっしょにさよならする、というところにものすごくグッと来る。

沖野:(いま世の中で聞こえてくるものが)みんな「悲しいことを乗り越えよう」っていう歌ばかりだったんで。そうではなくて、俺は本当の痛みや悲しみってのは大切に墓場までいっしょに持っていくもんなんだ、という考え方だから。そういう意味で書いたんだよね。

それは強い決意だなあ。実際、痛みも傷も闇も、なかなか消えないじゃない? 本音を言えば、そんな簡単に消えるわけないだろ、という。ちょっとの間は忘れていられても、不意にフラッシュバックしちゃう。ぼくもそこは一緒で、だけどそれをこういうふうにさらっと歌えるというのが、いまの沖野くんの大きな成長だと思う。

沖野:少ない言葉でそれを表現したかったというか。

この曲のリリックは最高。すごい名曲だと思う。最後のヴァースがまたグッと来るんだよな。「悪い夢で構わない/いつか/夜の彼方で彷徨う君を見つけよう/また会おう」。「さよなら」と言ってるんだけど、最後に「また会おう」と言って終わるというのが……ニクいね(笑)。日本語詞でこれだけのものを書けるんだから素晴らしい。それを小山田くんが選んでるというのがまた……。

沖野:その話はしてないですけど、そこはうれしかったですね。

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Dream Of You(Akito Bros. remix)

次の10曲目、Akito Bros(アキト・ブラザーズ)の“Dream Of You(Akito Bros. remix)”。メロディメーカーとしての沖野くん史上屈指の名曲にさらに磨きをかけた感じ。繊細な音作りが素晴らしくて、これもすごく好き。片寄(明人)くんに頼もうと思ったのは?

沖野:いま、沖野俊太郎 & The F-A-Rsでギターを弾いてくれてるタカタタイスケくんのバンド、プレクトラムがGREAT3と対バンしたのを観に行ったのがきっかけ。GREAT3ってじつはちゃんと観たことなくて、音源もほとんど聴いてなかった。たぶんGREAT3が活躍している頃(90年代後半)は、わりとテクノとかばっかり聴いてたから。でも、そのライヴがすごい良くて。

ぼくは、GREAT3がいまいちばんカッコいいロック・バンドだとマジで思ってるよ。片寄くんのことは昔から知ってるし、デビューのときからGREAT3は大好きだったんだけど、どの時代のGREAT3よりもいまがいちばんいいと思えるくらいカッコいい。

沖野:じゃあちょうどいいときに見たんだ(笑)。ずっと3人でやってるんですか?

オリジナル・ベーシストの(高桑)圭くんは脱退したけど、若い新メンバーのjanくんが加入して、オリジナル・ドラマーのケンちゃん(白根賢一)は変わらずに3人でやってる。ライヴはギターとキーボードにサポートが入るときと、サポートなしでトリオ編成でやるときがあって、いろいろだね。

GREAT3のライヴがすごい良くて。

沖野:片寄くんがリミックスやってるの聴いたことないな。あれだけすごい知識を持ってるし、プロデューサーもやってるのに。でも、わりとそういう発想があったんですよ。この人がリミックスやったらどうなるんだろうという。

それはヒットだね。じゃあ、これまで交流はそんなになかった?

沖野:ぜんぜんなかった。それからライヴとか呼んでくれて。

そうなんだ。片寄くんもめちゃめちゃサイケな人だし。いまは菜食主義者だけど(笑)。沖野くんとの相性は絶対いいはずだと思ったけど、案の定、片寄くんらしいメロディアスな風味のリミックスで、仕上がりもバッチリだった。

沖野:今回やってくれた人たちの中ではいちばん、元の素材をそのまま使って組み立てなおしたという感じですよ。他の人は歌だけ使うという感じなんだけど、片寄くんと5ive(COS/MES)くんは唯一、俺のトラックを全部使ってくれましたね。彼らはリミックスするというよりも……。

リ・コンストラクションした感じ?

沖野:そうそう。

元の曲のトリップ・ソングらしさを活かしつつ、メロディの良さをさらに際立たせようという意図は十分伝わってきたよ。

The Light(I'm the 2016 light years home mix)

次の11曲目、Speedometer(スピードメーター)の“The Light(I'm the 2016 light years home mix)”。リミックスのタイトルはモロにローリング・ストーンズ「2000光年のかなたに」(2000 Light Years From Home)から採ってるなと。高山純さん(Jun Takayama a.k.a Speedometer)はイルリメともSPDILLというユニットをやってるし、SLOMOSという名義でソロ音源を発表したり、多彩な人ですね。

沖野:俺、高山さんのことがいちばん知らなくて。アキヲくんが彼とバンド(AUTORA)をやってて、レーベルの社長がSpeedometerの大ファンというのもあって、アキヲくんに紹介していただけないか、という感じになったんだけど。Speedometerの音源も聴いたけどすごいカッコよくて。高山さんは絶対に歌を使わないだろうと思ってたら使ってて、アンドリュー・ウェザオールみたいな印象で、すごく良かったですね。どこかしらにあの頃の匂いを入れてくれてるというのがね。

これも原曲はマッドチェスターっぽいサイケデリック・ロックだし、たとえばストーンズでも、時代が移るごとに惹かれる部分が変わるじゃない? マッドチェスター華やかなりし90年代初頭は、やっぱり『サタニック・マジェスティーズ』とか『ベガーズ・バンケット』に目が行く時代だったと思うんだけど。トリッピーな世界観みたいなものを沖野くんと共有してるのかな?

沖野:ああ、そういうことはぜんぜんお話してないんですよ(笑)。高山さんは大阪在住なので。いろいろ聞きたいんですけどね。大阪に行ったときにはぜひお会いしたいですね。

We Are Stories(The F-A-Rs Remix)

次は12曲目、“We Are Stories(The F-A-Rs Remix)”のリミックスは、バンド・サウンドからそんなに大きく変えたりしてない?

沖野:この曲は、ライヴではバンドでアレンジしてやっていて、それをリミックス的に録ってみようかと言って録ったのが、あまりに普通だったので、思いきり編集したという感じですね。ぜんぜん違う感じに。バンドっぽく聴こえるんですけど。

元はわりとデジタル・ロックな感じだよね?

沖野:そうですね。

これは自分でも気に入っている?

沖野:そうですね。まあこういうのもおもしろいというか、自分らしいとは思ってますけど。

「自分たちの物語は自分次第で変わっていくんだ」という歌詞の一節にもあるように、“We Are Stories”というタイトルにもポジティヴなメッセージが込められてる。トリッピーだけど、全体的にポジティヴな感じもこのアルバムの特徴かな。引きこもりアンセムも入ってるけど(笑)、基本的には開けてるよね。

沖野:新しく歌詞を書いた曲に関しては、だんだん明るくなってる(笑)。

声はパワー(Koji Nakamura Remix)

そういうストーリーもあるんですね(笑)。そして13曲目、ナカコーくん(Koji Nakamura)が手がけた“声はパワー”のリミックスは、ほとんどピアノの残響音だけで歌声と歌詞を聴かせる思いきったアプローチで、意表をつかれたけど、すごくいいなと思いました。

沖野:そうですね。これはナカコーくんらしいというか。まさかピアノ・メインで来るとは思わなかったんですけど。もっとエレクトロな感じかと思ったら、現代音楽じゃないけど、かなりそういう要素があったので、衝撃でしたね。まずこの曲選ぶ人がいなかったんですよ。逆にいちばん難しいじゃないですか。ナカコーくんがこれを選んでくれたのがすごくうれしくて。それでこういうアプローチだったんで、びっくりしたけど素晴らしいと思いましたね。

原曲は女性コーラスがフィーチュアされてて、ナカコーくんはそれも活かしてデュエット・ソングに変えてる。そこもおもしろいなと思ったけど、「声はパワー」と言ってるのに──ヴィーナス・ペーターの初期曲“Doo Be Free”では、プライマル・スクリームが“ドント・ファイト・イット、フィール・イット”でデニス・ジョンソンのソウルフルなヴォーカルをフィーチュアするような発想で、真城(めぐみ)さんをフィーチュアしたと思うんだけど――今回はいわゆるパワフルなヴォーカルじゃなくて、ガーリーな感じの女性ヴォーカリストを起用してるのが意外だった。

沖野:歌ってるのはadvantage Lucy(アドバンテージ・ルーシー)のヴォーカルのアイコちゃんなんだけど、彼女はすごく強いものを内に秘めていて。かわいらしい女性っていうイメージが強いんだけどね、ルーシーの曲とか聴いてると……。

ごめん、決して彼女のヴォーカルが弱いと言ってるわけじゃないんだ。ただちょっと意外な組み合わせだなと思って。

沖野:うん、意外なのはわかります。そういえば彼女を推薦してくれたのもタカタタイスケくんなんです。俺も直感でこの曲はアイコちゃんだなって思ったんですよね。なにか感じるものがあった。

こういうアプローチだったんで、びっくりしたけど素晴らしいと思いましたね。

原曲のイントロでヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「サンデー・モーニング」みたいなグロッケンが鳴ってるし、元々チャーミングな曲でしょう? サックス・ソロとかピアノ・リフが効果的に散りばめられてて、曲調もゆるやかに飛翔していく感覚があって、『F-A-R』の中でもいちばんカラフルな印象がある。そういうアレンジを全部取り払って、沖野くんとアイコさんの声とピアノだけで世界全体を作りかえた。このトラックも『Too Far』の白眉だと思います。

沖野:俺とアイコちゃんのヴォーカルの混ぜ方が上手いなと思って。SUPERCAR(スーパーカー)も男女ツイン・ヴォーカルだったから、そこもどこかで勉強してたんじゃないかと思うんですよね。ナカコーくんにそういうコントラストの感覚があったのかなとは思いましたね。

たしかに、沖野くんとアイコさんの組み合わせには、SUPERCARみたいなチャームを感じます。ナカコーくんに頼もうというのは、どういうところから来た発想?

沖野:やっぱり独自の作品を追及してるからですかね。そんなに近くはないんですけど、スーパーカーも好きだったし。

スーパーカー以降の、自分の世界をストイックに追求する感じも共通している気がします。

沖野:彼は昔からIndian Ropeを好きだと言ってくれてて、それも覚えてたので、やってくれるかなあと思ってお願いしました(笑)。ツイッターでヴィーナス・ペーターのこと書いたりしてくれてたんで、頼みやすかったです。

世代的にはちょっと下くらいだけど、やっぱり通ってたんだね、フリッパーズ・ギターやヴィーナス・ペーターを中高生のときに聴いて……。

沖野:(日本のバンドでは)唯一、聴いてたみたいで。

ジャンルを超えて、いろんな名義を使い分けながら活動してるところも沖野くんと似てるよね。

When Tomorrow Ends (speakeasy mix)

そして最後にSugar Plantの“When Tomorrow Ends (speakeasy mix)”。これは選曲もハマってるよね。

沖野:これはね、この曲でお願いしたんですよ。

これをSugar Plantで聴いてみたかったの?

沖野:じつはこれしかなかったというのがきっかけなんだけど。この曲は、はじめぜんぜん合わないと思っていて。あんまり想像できないじゃない? それをあえて頼んでみたんですよね。

このアレンジはショウヤマさん(ショウヤマチナツ)とオガワさん(オガワシンイチ)がふたりで……?

沖野:いや、これはオガワくんひとりでやったみたいです。

壮太くん(高木壮太)とかは参加してない?

与田:壮太くんは参加してない。

めちゃくちゃカッコよくてびっくりした。オルガンは入ってないけど、ドアーズみたいにヒップな、ヒリヒリくる感じがすごくあって、これは本当にすごいよ。

沖野:彼らの話を聞くと、元のヴォーカルだけ抜いて、ヴォーカルに導かれて……ドアーズとか共通して好きなんだよ。はじめはスピリチュアライズドの線を狙ってたらしいんだけど、でも結局ドアーズになったらしいですね。

ドアーズとか共通して好きなんだよ。はじめはスピリチュアライズドの線を狙ってたらしいんだけど、でも結局ドアーズになったらしいですね。

やっぱりそうなんだ。このトラックは最近の新譜と比べても飛び抜けてカッコいいと思った。こういうマジックが起きるからリミックス・アルバムって作っておくもんだね、というくらいカッコいい。

沖野:本当に何回鳥肌が立ったか……『Too Far』は、自分がいちばん元の曲のことを知ってるんで、「ええっ! こうなるんだ!?」という変わりようがおもしろかったですね。

自分がいちばん楽しい?

沖野:気楽だしね(笑)。

今回はリスナーとして純粋に楽しんじゃいましたね。

オリジナル・アルバムとリミックス・アルバムの両方が揃ってみて、何かあらためて自分で発見したことはありますか? もしくは再確認したこととか。

沖野:何かあったかなあ(笑)。今回はリスナーとして純粋に楽しんじゃいましたね。いまは次のことやりたくてしょうがない。

「次はこういうことをやりたい」という具体的なアイデアはある?

沖野:それもまだ見つかってないんですよね。

モヤモヤと自分の中で渦巻いてる感じ?

沖野:渦巻いてはいるんですけど、いまはよくわからないですね……。

それを手探りしていく作業なのかな? でも、みんな次の仕事にとりかかる前はそんな感じかもしれないね。与田さんは今回の2枚のアルバム聴いてどんな感想を持ちました?

与田:今回はまず『FAR』の方で、いままでの沖野くんと明らかに違うということに驚きましたね。『F-A-R』の宣伝を手伝いつつ、僕も沖野くんにインタヴューしながら、その理由がわかってきた。The F-A-Rsと一緒にやったバンド編成のライヴを3、4回観て、僕はヴィーナス・ペーター以外のバンド形態をあまり見たことがなかったのですが、それがすごくよかったんです。で、バンドと沖野くんにだんだん焦点が合ってきて、定期的な活動ができるようになったのがいいなあと思って。あとは、『Too Far』に参加したリミキサーのラインナップは、僕もほとんどが知り合いみたいな感じなので、同世代感はありますね。みんな90年代を通して活動してた人が多いじゃないですか。しかも90年代って、ダンス・カルチャーがロックにものすごく侵食していった時代でもあるので、それをリアルタイムで体験してる人たちの作品が集まってくると、不思議なもので共通の感覚があるなあと思いましたね。

なるほど、まさにそういう人たちが集まった感がありますね。

与田:そうですね。ダンスフロアとロックがクロスしたのをリアルタイムで体験して、実際に踊っちゃってた方なんで。いまは逆にそういうリアリティを伝えづらいのかなあ。だからこういうタイミングでこういうアルバムが出てくると、自分としては、世代感覚的にもすごくうれしいですよね。とにかく楽しかったので。

あらためて(いまの日本の音楽シーンにおける)自分の立ち位置の違和感みたいなものに気づいて、今後どうしようかな……とも思う。アルバムを出したことで状況がよくなったわけでもないし、でもべつに悔しがったりしているわけでもなくて。いろいろ考えてる。

沖野:でもね、2枚続けてアルバムを出して、改めて(いまの日本の音楽シーンにおける)自分の立ち位置の違和感みたいなものに気づいて、今後どうしようかな……とも思う。いまの日本の若者の中で流行っているものとかぜんぜん好きじゃないし。アルバムを出したことで状況がよくなったわけでもないし、でもべつに悔しがったりしているわけでもなくて。いろいろ考えてる。結局、やるしかないんだけど(笑)。いまはSNSとかあるから、何が流行っているかわかっちゃうじゃないですか。本当の現場はどうかわかんないけど、でも俺はそういうところとはズレてる、というのを認めざるを得ないかなあ。もちろん後ろ向きではなくて。もっとどうやって(自分の音楽や状況を)良くしていくかということを考えつつ、でも生活に追われてることもあるし、難しいというのはひしひしと感じてますね。

日本のメジャー・シーンだろうとインディ・シーンだろうと、そこに対する違和感のみが、沖野くんにはあったと思うんですよ。ヴィーナス・ペーターだって、いまでも早すぎる解散だったと思うけど、沖野くんが自棄になった理由というのは、「これで変わらなかったら、何をやったらいいの」という歯がゆさだったんじゃない?

沖野:ありましたね。どうしたらいいんだろう、というのがいまだに続いているけど。

最近の若いバンドとか聴く機会もあるでしょう?

沖野:一応聴かなきゃという感じで聴いてますけど。

〈kilikilivilla〉のサイトで沖野くんとCAR10(カーテン)の川田晋也くんの対談を読んで、すごくおもしろかった。川田くんは91年生まれで、〈kilikilivilla〉の先輩たちを通じてヴィーナス・ペーターの存在を知って、まさにその年にリリースされた『LOVE MARINE』をブックオフで発見するんですよね。

与田:僕から見ると、CAR10とか、いま地方で活動してる若い子たちが洋楽ロックが好きでやってる感じが、90年代前半に僕らがやってた感じと似通ってるなと思ったんですよ。だからヴィーナス・ペーターとか聴かせると、みんなものすごく反応してくれて。

それは現行のJポップへの違和感から?

与田:完全にそうだと思いますね。

沖野:普通だったら違和感を抱かないわけないよね。「なんでこんなに分かれてるの? なんかおかしくない?」という感じ。

与田:中間がないですよね。

沖野:ここまで離れちゃうと埋めようがないくらい(笑)。

やっぱりバンドが好きですねえ。

与田:でも、90年代もそうだったんじゃないですかね。もちろんRC(・サクセション)とかブルーハーツとかいましたけど、イカ天とかホコ天あたりのイヤーな感じのバンドがわんさか出てきて。だからフリッパーズのファーストは、音楽好きにとって衝撃だったんじゃないかなあ。その感じと、いまの20代前半のバンドの、自分の好きな音を見つけてきてそれをやってる感じは、よく似てると思いましたね。ただ、いまの子たちはみんなしっかりしてるんですよ。僕らは自分たちの思いだけで突っ込んじゃって、後先考えずに突っ走った部分はあるんですけど、いまの若者はみんなきっちり仕事持ちながらやってますよね。いいことだと思いますけどね。

いまはロック・ドリームを抱きようがないというか、それはロックに限らないと思うけど、自分たちの将来に巨きな夢を持ちにくいんじゃないかな。

与田:夢、見ないですよねえ。まだ〈kilikilivilla〉の若者たちは自分の世界を作ろうとしますけど。一般的には夢とか見れない、って言われるとしょうがないですけどね……。

もちろん地に足がついてるのはいいことだけど、バンドに巨きな夢を持ちにくいというのは世知辛いよね。いつの時代の若者にとってもドリーミーなカルチャーのはずなのに。でも、理想と現実の相克というテーマは永遠のものだから、きっとまたすごいバンドが現れると信じてるけど。
そういえば、沖野くんって曲作りは自己完結してるのに、つねにバンドがあったほうがいいというジレンマがある気がして。バンドのフロントに立って歌ってる姿がいちばんサマになるし、仮に曲作りは自分ひとりで完結できるとしても、パフォーマーとしてソロでやるという感じではないよね。弾き語りの人じゃない。

沖野:ダメということはないけど、やっぱりバンドが好きですねえ。

つまりポップス・シンガーじゃないということ。沖野くんはあくまでロッカーなんだよね。そういう意味では、ボビー・ギレスピーみたいな人って日本にいない。たとえばスカイ・フェレイラとデュエットしたら、日本だとどうしても芸能界っぽい世界になりがちじゃない。ボビーは、あくまでロック・アイコンとしてポップ・アイコンと絡んでる感じがカッコいいよね。沖野くんはそういう冒険もできる人だと思うから、ロック道を突き進んでもらいたいですね。

沖野:そうですね、がんばります。

ピーチ岩崎 - ele-king

それでもおとずれる夏のために!ラテン音楽10選!
いろいろあるけど楽しくやろうぜ!

R.I.P Muhammad Ali - ele-king

 スポーツの場に政治を持ち込むなと人はいう。個人的にその意見には賛同する。いちいち政治的背景を気にしていたら、サッカーなんて見れたものではない。しかし、彼は違った。その全盛期を放棄してでも、行きたくない戦争に反対した。彼はスポーツを通じて社会的な声明を上げて、ポスト公民権運動にも影響を与えた。
 2016年6月3日に永眠したモハメッド・アリは、ある意味すごいタイミングでこの世を去ったボクサーは(#BlackLivesMatter は自らの存在はアリのおかげだと表明している)、死後のシナリオを用意していた。イスラム葬の後には、生まれ故郷であるケンタッキー州西部ルイヴィルの町をまわった。ぼくは先週末の深夜、TVが放映するその光景をずっと、ただずっと見届けた。もっとも人種差別の激しかったその町のなかをチャンピオンをのせた車が走る。現地は素晴らしい快晴で、ルイヴィルはいかにもアメリカ南部の田舎といった風情だった。アリが行く先々で、次々と、人びとがアリを迎える。老人も大人も子供も。ありがとうチャンピオン、おやすみなさい。青空の下、葬儀とは思えないほどの明るさで。どんな映画よりも、それはぼくの目頭を熱くさせた。
 ぼくは現役の全盛期のカシアス・クレイを見ているわけではない。ぎりぎり、復帰してからの試合を見ている世代で、彼の烈々たる人生を理解するのはずっと後のことだった(まあ、ノーマン・メイラーとか読んだり)。とにかく彼の政治的表明は、ぼくが小学生の頃は番組中にあまり語られていなかったように思う。そんな重要なことを、だ。ある意味ノックアウトよりも重要な、現代がまさに直面していることを……、まあ、スポーツの場に政治を持ち込むな、ということなのだろう。
 だが、彼は明らかに物事を変えた。腕っ節が強い以上の希望をもたらしたのは事実だ。ぼくの知り合いには、何十年も前から、気合いを入れるときにはつねにアリのCDを聴いている男がいる。重要なことは、彼が「蝶のように舞い蜂のように刺す」ボクサーだったことなのだろうか。いや、才能に恵まれながら、いままさにその蝶のような華麗さでもって全盛期を迎えようとする20代そこそこで、ベトナム人は俺をニガーなどと呼んだことはないと言ってのけ、キャリアを棒に振ってでも自分を貫いたことなのだろうか。
 もちろんそのどちらか片方だけでは、彼はここまでの大人物にはならなかった。ただ、彼の強さとは、そのパンチだけではない。誰もが言いたくても言えないことを言ったことでもある。ええい、言ったるわいというのは、彼のカウンターパンチのように勇敢だったということだ(ぼくのまわりには、言いたくても言えない人が少なくない。言えない人を責めるなと現代の優しい社会は諭すが、ぜひアリの勇気に学んで欲しい)。
 最後にもうひとつ加えるのなら、彼はパーキンソン病になって、どんなに病状が悪化してもボクシングのことを批判しなかったということだ。彼は、そう、ボクシングが悪かったなどとは言っていない。スポーツマンらしいし、彼にとってのボクシングとはただたんに王座に昇ることだけではなかったからだろう。追悼文が遅れてしまったけれど、偉大なるチャンピオン、ありがとう、おやすみなさい。

Gobby - ele-king

 粗悪なエイフェックス・ツイン・フォロワーといったところだろうか、いや、そんなことを言ったらエイフェックス・ツイン・フォロワーに怒られるかもな。2年前、わりとインターネット・アンダーグラウンド界隈で騒がれた『Wakng Thrst For Seeping Banhee』を聴いたときにそう思った。アルカやミッキ・ブランコなど実に強力なリリースで知られる配信レーベル、UNOからの音源である。
 ジャングル? ローファイ? えー、まじかよ、こりゃひでーや、聴けたもんじゃねーな……しかし、こうしたある種のバッド・テイストがここ数年のUSアンダーグラウンドの支流として確実にある。私見では、OPNの昨年の展開もこの流れに共鳴しているもので、つまり、これはその少し前のチルウェイヴがひっくり返った感性の表出だと言えるだろう。例を挙げればキリがないが、卑近なところを言えば、これとかさ、直感的に言えば、悪戯心満載のTOYOMUがいきなりUSで受けたり、あるいは食品まつりがUSで高評価なのもこの機運に準じているのだろう。
 つまり、ドリーミーからバッド・ドリーミーへの反転である。そして音楽ライターのひとりであるぼくもこの悪い夢に付き合っていると、そういうわけだ。
 そして、これは、最初に(なかば敬意を込めて)粗悪なエイフェックス・ツイン・フォロワーと喩えたように、ゴシック/インダストリアルのディストピックな重々しさ、かったるさとは別物である。驚くほど、シメっぽくない。容赦なく悪い詩。なかばヒステリックだがギャグが混ぜられ、下らない。そういう意味では、AFXの『ORPHANED DEEJAY SELEK』もこの時流に乗っているわけだが……。

J9tZiBwtoxE

 ヴェイパーウェイヴを経て、そして終わって終わってどうしようもなく終わってゴミクズしか残っていない現在へのあらたなる門出なのかどうかはわからないが、もうひとつぼくがここにかぎ取るのは、アンチ・ダンスの意志だ。これはEDMの母国たるUSならではの反応なんだろうけれど、とにかくグルーヴというものがここまで無いのもすごいというか、まあわからなくもないな、ユーロ2016開幕式のデヴィッド・ゲッタの動きなんかを子供心に見ていたら、DJなんかになるものかと誓っただろうし。
 ゴッビーが〈DFA〉からリリースというのは、おや、ここまで来たのか、という感じである。そして、この〈DFA〉レーベルの根底にパンク的なものがもしまだあるのなら(40周年だしね)、これまた理解できる。時代は動き、音楽も動いている、間違いない。ベッドルームは汚れ、そしてポスト・エレクトロニックポップの時代はすでにはじまっている。

interview with Gold Panda - ele-king

 ゴールド・パンダの音楽は“ゴリゴリ”じゃないからこそ共感され、愛されてきた。クラブとも、エレクトロニカやIDMとも、ましてワールドともいえない……彼の中で東洋のイメージが大らかに混ざり合っているように、彼の音楽的キャラクターもゆるやかだ。

 しかしそこにゆたかに感情が流れ込んでくる。過去2作のジャケットが抽象的なペインティングによってその音を象徴していたように、具体的な名のつくテーマではなく、さっと翳ったり日が差したりするようなアンビエンスによって、ゴールド・パンダの音楽はたしかにそれを伝えてくれる。ちょうど仏像の表情のように、おだやかさのなかに多彩な変化のニュアンスが秘められている。


Gold Panda
Good Luck And Do Your Best

City Slang / Tugboat

ElectronicTechnoAbstruct

Tower HMV Amazon

 “イン・マイ・カー”が強烈に“ユー”(デビューを印象づけた代表トラック)を思い出させるように、新作『グッド・ラック・アンド・ドゥ・ユア・ベスト』でも基本的に印象は変わらない。しかしくすむこともなく、いまもってその音は柔和な微笑みを浮かべている。変化といえばジャケットに使われている写真の具象性だろうか。後に自身のガール・フレンドとなる写真家とともに取材した「なにげないもの」が、この作品にインスピレーションを与えているということだが、もちろんそれはそこに映されている日本の風土風景ばかりでなく、ふたり分の視線やダイアローグを通して見えてきた世界からの影響を暗示しているだろう。ビートや音の色彩もどことなく具象性を帯びているように感じられる。

 彼の音楽には、そんなふうに、音楽リスナーとしてよりも、互いにライフを持った個人として共感するところが大きい。言葉はなくとも。しかし以下の発言からもうかがわれるように、ゴールド・パンダ自身はその魅力を「幼稚な音楽」と称して、知識や文脈、シリアスなテーマを前提とした諸音楽に比較し、韜晦をにじませる。もしそうした言葉でゴールド・パンダを否定する人がいるのなら残念なことだ。そのように狭量な感性をリテラシーと呼ぶとするならば、いっそ私たちは何の知識も学ぶ必要はない。アルカイックな彼の音の前で、同じように微笑むだけだ。

 グッド・ラックそしてドゥ・ユア・ベスト、この言葉は彼自身のその守るべき「幼稚さ」に向けて、聴くものが念じ返す言葉でもある。


■Gold Panda / ゴールド・パンダ
ロンドンを拠点に活動するプロデューサー。ブロック・パーティやリトル・ブーツのリミックスを手掛け、2009年には〈ゴーストリー・インターナショナル〉などから「ユー」をはじめとして数枚のシングルを、つづけて2010年にファースト・フルとなる『ラッキー・シャイナー』をリリース。「BBCサウンド・オブ2010」や「ピッチフォーク」のリーダーズ・ポールなど、各国で同年期待の新人に選出。また、英「ガーディアン」ではその年デビューのアーティストへ送られる新人賞『ガーディアン・ファースト・アルバム・アワード』を獲得。2013年にセカンドとなる『ハーフ・オブ・ホエア・ユー・リヴ』を、本年は3年ぶりとなるサード・アルバム『グッド・ラック・アンド・ドゥ・ユア・ベスト』を発表した。日本でも「朝霧JAM'10」や「街でタイコクラブ(2014)」にも出演するなど活躍の場を広げている。

マダ、ジシンガナイ。

ゴールド・パンダ:(『ele-king vol.17』表紙のOPNを眺めながら)彼とは飛行機で隣になったんだよ。

ええ! 偶然ですか? 最近?

GP:2年くらい前。僕はよく乗るから、ブリティッシュ・エアウェイズのゴールド・カードを持っていて、機内でシャンパンをもらえたんだ。でもそんなに飲みたくなかったから彼にあげようとしたんだけど、スタッフの人から「あげちゃダメ」って怒られちゃった(笑)。

ははは。音楽の話はしなかったんですか?

GP:ぜんぜん。音楽のことはわからないから、話したくない(笑)。

ええー。

GP:ブライアン・イーノが言ってたよ。ミュージシャンは音楽を聴く時間がないって……グラフィックデザイナーだけがそれをもっているんだって。

あはは。でも、以前からおっしゃってますよね、「クラブ・ミュージックに自信がない」っていうようなことを。

GP:マダ、ジシンガナイ。

いやいや(笑)。とはいえ、今作だっていくつかハウスに寄った曲もあったり、全体の傾向ではないかもしれないですけど、クラブ・トラックというものをすごく意識しておられるような気がしました。これはやっぱり、あなたがずっと“自信のない”クラブ・ミュージックに向い合いつづけているってことですよね。

GP:でも、いまだにつくれないんです。前作(『ハーフ・オブ・ホエア・ユー・リヴ』)でもやろうと思った。でも、失敗して。だから今回はむしろ、「つくろう」としなかったんだ。それがよかったのかもしれない。でも、「クラブ・ミュージック」っていうのは、いまは存在していないともいえるんじゃないかな。ただの「ミュージック」になっているというか……いろんな人が、とても幅広いものをつくっているよね。

Gold Panda - Time Eater (Official Video)


あなたもまさにその一人ですね。

GP:はは。ベン・UFOとか、とても知識があって、いつもいい音楽を探し求めているDJたちがたくさんいる。インターネットのおかげで選択肢も増えて、より自由に活動できるようになっているし、それはすごくいいことだよね。

そうですね。そしてあなたは、そのインターネット環境を前提にしていろんな音楽性が溶けあっている時代を象徴しつつも、自分だけの音のキャラクターを持っていると思います。『ラッキー・シャイナー』(2010年)から現在までの5、6年の間だけでも、その環境にはめまぐるしい変化がありましたけれども、むしろあなたにとってやりづらくなったというような部分はありますか?

GP:今回のアルバムに関しては、「ゴールド・パンダっぽいもの」をつくるのをやめていて。もっと曲っぽい構成になっていて、この作品ができたことで、ゴールド・パンダの3部作が完結すると思う(※)。1枚め、2枚めでやりたかったけどできなかったことが、今回の3枚めではできていると思うんだ。1枚ずつというよりは、今回3枚めが出てやっとひとつの作品を送り出せたという気がする。だから、ゴールド・パンダとしてはじめた音を何も変えずに、ここまでくることができているかもしれないです。いまはそのサウンドに自信が持てているから、それを変える自信もついている。次はちがうものをつくっていきたいなって感じていて。

※ゴールド・パンダのフル・アルバムは今回の作品をふくめてこれまでに3作リリースされている(『ラッキー・シャイナー』2010、『ハーフ・オブ・ホエア・ユー・リヴ』2013、本年作)

自分はポップ・ソングをつくっているつもりでやっていて。

前の2作は、たとえばインドっていうテーマがあったりだとか、メディアが説明しやすい性格があったと思うんですけど、今回はそういうくっきりした特徴はなさそうですよね。そのかわり本当にヴァリエーションがあって、いろんな曲が入っています。

GP:うん。

ぐっときたのは、“ソング・フォー・ア・デッド・フレンド”とか、曲名に「ソング」という言葉がついてたりするところです。これは歌はないけど「歌」なんだっていうことですよね。

GP:ああ、そうそう、どっちだと思いました? 自分はポップ・ソングをつくっているつもりでやっていて。ポップ・シーンがあるとしたら、自分はその端っこでつくっているという感覚があるし、自分の音楽にはソングとか曲としての構成があると思っているんだ。どうですか?

私は、これを「歌」だって言われてすごく納得できました。ただメロディアスだっていうことじゃなくて、何か思いみたいなものがあるというか……。では、音が「歌」になるのに必要な条件って何だと思います?

GP:そうだな……、人それぞれの感じ方があるから、それを歌だって感じれば歌だと思うんだけど……。

音楽的なことじゃなくてもいいんです。きっと、この曲に「ソング」ってつけたかった気持ちがあると思うんですね。それについてきいてみたくて。

GP:野田(努)さんに言ったことがあるんだけど、僕にはもう亡くなってしまったフィルという友人がいて。この曲はそのフィルに向けたものでもあるんだ。彼は、僕にずっと音楽をつくれって言ってくれてた人なんだけど、僕はそれをずっと無視してたんだよね。そして、彼が亡くなったときに、初めて音楽をやってみることにした。そしたらうまくいって……。音楽をつくるってことに対して、彼がいかにポジティヴだったのかってことをいまにして思うんだ。
僕が思うに、曲にタイトルをつけると、人はその曲につながりを持ちやすくなると思う。そういうことが、ある音楽を「ソング」にしていくんじゃないかな。タイトルを操作すると、人の気持ちを操ることができる。

なるほど。音楽の感じ方を広げてもくれると思いますよ。

GP:だから、次のアルバムはタイトルなしにしようかな! もっと長かったりとか。

ははは。あなたの曲は、タイトルの言葉もおもしろかったりするから、それは大事にしていただきたくもありますけどね。

GP:いや、実際タイトルをつけるのは楽しいんです。制作の中でいちばん好きなことかも。

音楽は楽しいしハッピーになれるはずのものなのに、どこかマジメにとらえられがちで、ダークでシリアスなものが凝ったものだ、頭のいい音楽だ、って考えている人もけっこういると思うんだよね。

へえ! じゃあこのタイトルはどうです? “アイ・アム・リアル・パンク”。実際はまあ、ぜんぜんエレクトロ・アコースティックじゃないですか(笑)。「パンク」というのは?

GP:これは〈ボーダー・コミュニティ〉の人がミックスしているんだけど──彼はノーリッジの実家にスタジオを持っているんだ!──で、彼が僕の音楽のことをパンク・ミュージックだっていうんだよね。彼が自分の楽曲をつくれないからかもしれないけど。何かをつねに気にしながら凝った音楽をつくるっていうんじゃなくて、楽しく作っているから、そういうことを指して言っているのかもしれない。これは2004年につくった曲なんだけど、ルークに「アイ・アム・リアル・パンクって曲があるんだよ」って言って聴かせたんだ。そしたら彼がその上に即興でシンセサイザーをのせて、それをリバースして……。初めはジョークのつもりでつくってたんだけど、このアルバムに馴染むなって思って、入れたんだ。
音楽は楽しいしハッピーになれるはずのものなのに、どこかマジメにとらえられがちで、ダークでシリアスなものが凝ったものだ、頭のいい音楽だ、って考えている人もけっこういると思うんだよね。エクスペリメンタルな音楽にもおかしなものはあると思うんだけど、ついつい評価しなければならない、そういう強迫観念があるように思う。好きじゃない、嫌いって言うこと、それから理解してないって思われることを恐れている人が多いんじゃないかな……。だけど、僕のこの作品は、ハッピーでポジティヴなポップ・レコードなんだ。だからもし気に入ってもらえなかったら、僕はみんなにハッピーになってもらうことに失敗しているということになる。
逆に言えば、これは嫌いになってもらえるレコードかもしれない。……もし“エクスペリメンタルな”音楽を嫌いだと言ったら、きっと「きみは理解してないんだよ」って言われちゃうよね。でも、このポップなアルバムを嫌いだと言う人がいても、僕は「理解していない」とは言わない。

ふふふ、では、これはきっと頭の悪い人を試すレコードになりますね。

GP:いや、これはバカなレコードなんだ。

(笑)

GP:メロディを持っているとからかわれるかもしれないけど、メロディを持っていたっていいじゃないか、って思ってる。パンクっていうものを「怒れるもの」だって思っている人をからかっているレコードなんだ。

パンクっていうものを「怒れるもの」だって思っている人をからかっているレコードなんだ。

いや、でも日本のリスナーはそんなにバカじゃないので、これがいい音楽なんだってことはみんなわかると思いますよ。

GP:そうだね! ゴメン、そういう意味じゃなかったんだ。

ええ(笑)そして、ポップ・ミュージックの素晴らしさもよくわかります。では、これはあなたにとってのひとつの反抗の精神ではあるわけですよね。

GP:うん。そして、やりたいからやっているんだ。べつに大きなコンセプトがあるわけじゃないし、ただ音楽をつくっているだけなのに、それを人が喜んでくれるっていうのは本当にラッキーなことだとは思うよ。アートってそもそもそういうものだと思うんだ。90%くらいは、とにかくつくってみたというだけのもので、あとの10%くらいに手を加えただけなんだよ。よく自分も音楽をつくってみたいって言う人がいるけど、つくればいいのにって思う。ピアノを習うんじゃなくて、いま弾いてみればいいじゃない?

なるほど。いまの時代、自由さとか楽観性みたいなものは、表現をする人間にとって難しいものなのかもしれないと思います。あなたがそれを貫いているのは素晴らしいですよ。

GP:そうだね。自分はついているんじゃないかな。よく、忙しくて時間がないって言っている人がいるよね、でもじつは料理をしていたりとか、それが好きだったりとかして、趣味といえるものをやれているのに、それに気づいていないっていうことがある。何かを修理したりとか子どもに服をつくったりとか。……僕は、そういうこともクリエイティヴだしアートなんだって思う。それを突き詰めてみたっていいよね。自由なものはまわりにいっぱいあるはずなんだよ。

僕が日本語を学んだ学校があるんだけど、そこで近く北京語を勉強したいと思ってるんだ。

ところで、これまでは〈ゴーストリー・インターナショナル〉からのリリースだったわけですが、今回は〈シティ・スラング〉からですね。私はそれがおもしろいなって思って……だって、キャレキシコとかヨ・ラ・テンゴとか、ビルト・トゥ・スピルとか、本当にロックだったりエモだったりをフォローする、USインディなレーベルじゃないですか。これはどんなふうに?

GP:〈ゴーストリー〉とは揉めたりしたわけじゃなくて、契約が終わったから出たというだけなんだけど──その、「レーベルのアーティスト」みたいになりたくなかったから。「ゴーストリーを代表するアーティスト」みたいにね。僕は自由が欲しいんだ。僕のマネジメントをしてくれている〈ウィチタ〉と仲のいいひとが〈シティ・スラング〉にいて、それでつながったんだ。ヘルスといっしょに仕事をしていた人なんだけど。それで、僕はいろんな種類の音楽をリリースしているレーベルと契約したかったから、ちょうどいいと思ったし、自分が好きな人といっしょに仕事をするのがいいことだと思う。

なるほど、音楽もそうですけど、人の縁でもあったわけですね。でも、ゴールド・パンダのスタンスや自由さっていうのが伝わってくる気がしますよ。
そういえば、前作では「インド」がひとつのモチーフにもなっていましたよね。あなたは日本も好いてくださっていますけれども、東洋という括りの中で、「インド」「中国」「日本」っていうのは、それぞれどんな違いを持ったものとして感じられていますか?

GP:そうだね、まず日本は何度も来ているから、自分の一部というか、自分のサウンドそのもののインスピレーションのひとつになっているんだ。インドは、僕の母方のルーツで……まだ行ったことはないんだけどね。おばあちゃんが聴いていた音楽ってことで、インスピレーションがわくんだ。中国は行ったことがあるけど、まだぜんぜんわかってなくて、もっと理解したいと思ってるんだ。ぜんぜんちがう場所だけど、香港とか台湾とかも含めてね。中国は国としての存在感をどんどん大きくしていると思う。でもイギリスではそれを感じているひとがあまりいないんだよね。中国の人はしばらく前からどんどんイギリスにも入ってきていて、いろんなところにいるし、すごい田舎にまで中華のレストランが建ってたりする。でも、なかなか混ざらないんだ。だから、世界中いろんなところを旅行していてもいろんなところに中国の人がいるけど、そのアイデンティティって何なんだろうっていうのがわからなくて。僕はちょっと漢字は読めるんだけどね。(メニュー表などで)ニクがハイッテイルカドウカトカ(笑)。ロンドンには、僕が日本語を学んだ学校があるんだけど、そこで近く北京語を勉強したいと思ってるんだ。それが何か僕の音楽にいいフィードバックをもたらしてくれるかもしれないしね。音楽のセオリーも学ぼうかなって思ってたんだけど……でも僕はそんなに音楽が好きじゃないから(笑)。

つまらないもの、とるにたらない普通の場所。日常を撮りたかったんだ。でもロンドンではそれができなくて……。

ええー(笑)。でも、ちょっとリズムコンシャスな音楽をやる人って、たとえばアフリカとかに関心が行きやすいと思うんですよね。東洋に関心が行ってしまうのはなぜだと思います?

GP:なぜだろう、僕もよくわからないんだよね。でもアフリカの音楽って幅が広くて怖いっていうか。僕は14歳で『AKIRA』を観て日本に興味を持つようになったんだけど、その経験が僕をつねに日本へ呼び戻すんだ。でも、けっして僕は「オタク」じゃない。マンガやアニメだけが好きというのじゃないんだ。僕の場合、インスピレーションはアフリカのドラムとかリズムからじゃなくて、もっと雰囲気みたいなものから来るんだ。目で見たものとか、イメージとか。

もしそういう視覚的な、映像的なものから影響されることが大きいのだとすると、今回のアルバムは日本の風景との関わりが深いとうかがっているので、そのあたりのお話をうかがいたいですね。

GP:これまでも、わりとずっとそうだったんだ。ただ、それをヴィジュアルとして表現する機会があんまりなかったんだ。だからフォトグラファーのローラ(・ルイス)といっしょに日本に来て、それをやれたのはうれしいよ。彼女はそういうことを表現するのがすごくうまいし、僕らはものの感じ方がすごく似てるんだ。……僕の彼女なんですけど。

わあ、そうなんですね!

GP:カノジョニナッタ。その過程で……(照れ笑い)。

ははは、それはよかったですね。でも、日本でもとくにここを題材にしたいって思う場所はあったんですか?

GP:つまらないもの、とるにたらない普通の場所。日常を撮りたかったんだ。でもロンドンではそれができなくて……。イギリスだと自分が慣れすぎてしまっていて、何がそれで何がそれでないかということが見えにくいんだ。でも日本だと考えられる気がした。日本だからできたことだと思うんだ。

なるほど。東洋の話がつづいてしまいましたけど、一方で“アンサンク”なんかは教会音楽的なモチーフが使われていて、これはこれであなたの音楽の中では珍しいなと思いました。この曲はどんなふうに発想されたんですか?

GP:これは間違いなんだ。

ええー(笑)!

自信があるからバカって言えるんだって、いま気づいたよ(笑)。

GP:ローラはキーボードもやるから、それを借りてレコーダーにプラグインしてワンテイクで録って……それだけなんだ。本当はそれをサンプリングの素材として使おうと思ってたんだけど、聴きなおしたらこれはこれでいいじゃないかって思って。僕はあまりピアノができないから、自分でも何をやっているのかよくわかってなかったんだよね。さっきも、ピアノを弾きたければ弾けばいいっていう話をしてたけど、そういう感じでちょっと弾いてみたものなんだよ。

じゃあ、意識してつくったんじゃない、偶然的なものだったのかもしれないですけど、でもだからこそ自分の無意識の中にあった西洋的なモチーフが出てきていたのかもしれないですね。

GP:自分にとっていい音楽っていうのは、ただ楽しんで、さっさとできてしまう音楽。あんまり考えすぎたりしないけど、後から聴いていいなって思えるもの……。まあ、よくなくてもリリースはできるけどね(笑)。

考え過ぎる音楽が多い中で、そうじゃなくていいんだっていう勇気にもなりますね。

GP:ローラも写真を撮りたいなら撮ればいいじゃない? って言ってる。それと同じかもしれないよね。フォトブックをつくろうとしてたときに、どうやったらいい写真が撮れるの? って質問したんだよね。そしたら、どんなものでも、いちど出版してしまえば、それがいいかどうかは見る人がそれぞれ決めてくれることだ、って。だから、いい写真を撮ろうとするんじゃなくて、ただ撮って、それを出版してしまえばいい。それでいいと思うんだ。

なるほど、とにかくやりたいならやって、出して、あとは「グッド・ラック・アンド・ドゥ―・ユア・ベスト」ってことなのかな。

GP:そう、自分がやりたくて、しかもできるんじゃないかって思うんだったら、きっとできると思うんだ。だからやってみたらいいと思う。中流階級の白人男性ならきっとできちゃうよ(笑)。自分の小さな世界で、かもしれないけど。

ははは。じゃあ、つまらないことを難しく言う人にこの音楽を届けましょうね。グッド・ラック! って。

GP:うん、シンプルでバカなこの音楽をね。

それは自信の表れだと解釈してもいいですか?

GP:そうかもしれない。自信があるからバカって言えるんだって、いま気づいたよ(笑)。


Tugboat Records presents Gold Panda Live in JAPAN 2016

待望の新作を携えたGold Panda、
10月に東阪京ツアーを開催!

『BBCサウンド・オブ2010』や『Pitchfork』のリーダーズ・ポールなど、世界各国で2010年期待の新人に選出。
また、英『Guardian』からは新人賞『Guardian First Album Award』を獲得。
「朝霧JAM’10」や「街でタイコクラブ(2014)」にも出演するなど、日本でも確固たる人気を確立している
英のエレクトロニック/プロデューサーGold Pandaによる3年振りのサード・アルバムが遂に完成! !
既にGuardianのthe best of this weekにも選ばれている1stシングル“タイム・イーター”ほか、
全11曲を収録し、日本は世界に先駆け先行リリース! !
そして最新作を引っさげて10月に東京・大阪・京都での来日ツアーが決定!!


2016/10/15(土) CIRCUS OSAKA

OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥4,000(ドリンク代別)
レーベル割価格(限定50枚)¥3,500(ドリンク代別)
[Buy] : Pコード:294-444/Lコード:55101/e+(4/11~)
peatix https://peatix.com/event/156835


2016/10/16(日) 京都METRO

OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥4,000 (ドリンク代別)
レーベル割価格(限定50枚)¥3,500(ドリンク代別)
[Buy] : Pコード:294-836/Lコード:55977/e+(4/11~)


2016/10/18(火) 渋谷WWW

OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥4,500 (ドリンク代別)
レーベル割価格(限定100枚)¥4,000(ドリンク代別)
[Buy] : Pコード:294-783/Lコード72961/e+(4/11~)


主催・企画制作 Tugboat Records Inc.

ふたたびの熱狂を - ele-king

 ふたたびの来日、ふたたびの熱狂。2014年もっとも重要なアルバムの一枚『タイー・ベッバ』で記憶されるイタリア人プロデューサー、クラップ・クラップことクリスティアーノ・クリッシの再来日公演が目前に迫った。アフロにジュークにベース、ダンス・ミュージックのトレンドが見せてくれるエキゾの夢はまだまだ醒めない。今週末の公演について、最終ラインナップが発表されている。先月リリースされた日本独自企画盤『Tales from the Rainstick -EP & Singles Collection-』もあわせてチェックだ!


CLAP! CLAP!
Tales From The Rainstick -EP & Singles Collection-

Pヴァイン

Tower HMV

5/4に日本独自リリース・アルバム『Tales from the Rainstick -EP & Singles Collection-』をリリースしたイタリアの奇才トラックメイカー/DJ、CLAP! CLAP! が、同作を引っ提げて待望の再来日を果たす! 先日リリースされたポール・サイモンの新作『Stranger to Stranger』への参加でも世界に話題を巻き起こしているこの男、今回もヤバい一夜になることは間違いない!

■UNIT / root and branch presents
CLAP! CLAP! - Tales from the Rainstick Release Party

ビートミュージック~ベースミュージック・リスナーから辺境・民族音楽ファンやサイケ系インディーロック・ファンまでを巻き込んで大ヒットとなったファースト・アルバム『TAYI BEBBA』を経て、昨年11月に熱狂の初来日公演を果たしたCLAP! CLAP!。そのライヴは密林ジャングル・グルーヴを掛け値なしに体現する熱量マックス/アグレッシヴでオーディエンスを昇天させる圧倒的なモノだった。話題沸騰中の最新アルバム『Tales from the Rainstick -EP & Singles Collection-』(日本独自企画盤)を携えての再来日となる今回の公演は、前回以上にヒートアップすること間違いなし!お見逃しないように!

そして、出演者の最終ラインナップもついに発表!
UNIT公演には<VIDEOTAPEMUSIC × cero>名義でフジロック出演が決定しているVIDEOTAPEMUSIC、ヨーロッパの重要フェスティバルの一つUNSOUNDへの出演がアナウンスされた食品まつり a.k.a Foodman、前回のCLAP! CLAP! 初来日公演に引き続きの登場となるやけのはら、そして、テクノからビート~ベース・ミュージックまでボーダーレスな現場最前線でのパーティー・メイキングに絶対的信頼の1-DRINKの参戦が決定!

6.18 sat UBIK VERSION @ 東京 UNIT
Live: CLAP! CLAP (Black Acre), VIDEOTAPEMUSIC, 食品まつり a.k.a Foodman,
DJs: 1-DRINK, やけのはら
Open/ Start 23:30
\3,500 (Advance), \4,000 (Door), \3,500 (Under 25, Door Only)
Information: 03-5459-8630 (UNIT) www.unit-tokyo.com
You must be 20 and over with photo ID.
Tickets: LAWSON, e+ (eplus.jp), diskunion CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, JET SET TOKYO, clubberia, RA Japan and UNIT
Information: 03-5459-8630 (UNIT) www.unit-tokyo.com

6.17 fri GOODWEATHER @ 名古屋 Club JB’S
Live: CLAP! CLAP (Black Acre)
DJ UJI, Misonikov Quitavitch, NOUSLESS, Chouman
Open/ Start 22:00
\3,000 (Advance), \3,500 (Door)
Information: 052-241-2234 (JB’S) www.club-jbs.jp

■CLAP! CLAP! (Black Acre, IT)
https://soundcloud.com/clakclakboomclak

CLAP! CLAP! は、ディジ・ガレッシオやL/S/Dなど多数の名義で活躍するイタリア人プロデューサー、クリスティアーノ・クリッシがアフリカ大陸の民族音楽への探究とサンプリングに主眼を置いてスタートさせたプロジェクトである。様々な古いサンプリング・ソースを自在に融合して、それらを極めてパーカッシヴに鳴らすことによって実に個性的なサウンドを確立している。彼は伝統的なアフリカのリズムをドラムマシーンやシンセといった現代の手法を通じて再生することにおいて類稀なる才能を持っており、その音楽体験におけるキーワードは「フューチャー・ルーツ/フューチャー・リズム」。CLAP! CLAP! の使命は、トライバルな熱気と躍動感に満ちていながらも、伝統的サウンドの優美さと本質を決して失わないダンス・ミュージックを提示することである。2014年にリリースされ昨年CD化されたファースト・アルバム『TAYI BEBBA』は、ビートミュージック~ベースミュージック・リスナーから辺境~民族音楽ファンやサイケ系インディーロック・ファンまで巻き込んで大ヒットを記録中、その勢いを更に加速させる日本独自企画アルバム『TALES FROM THE RAINSTICK』を本年5月にリリースしたばかりである。



MOODYMANN - ele-king

 年々評価が高まっているのでは……? デトロイトのハウス・マスター、ムーディーマンが来日する。今年の頭に出たミックスCDも好評で、思えば、先日亡くなったプリンス・ネタ(デトロイトでのラジオ出演時の喋りを使ったものもあった)も有名。彼ならやってくれるでしょう。


DUB. Steppers for Techno & House - ele-king

 レゲエのステッパーズにはテクノやハウスと共通する魅力があるように思う。BPMや使われる音素材、サウンドデザインに違いはあれど、低域を強調したベースラインと4つ打ちのキックによってトラックの土台となるリズムが組み上げられ、反復するグルーヴの中へとグイグイと引きずり込まれるようにハマっていく快楽性は、どちらにも共通している。
 しっかりと組まれたサウンドシステムでステッパーズを鳴らすと、そのサウンドは突き抜けるように身体を振動させる音圧となる。そうして聴覚以外の器官も刺激されることで得られる高揚は、一般的なスピーカーでは味わえないものだ。リヴァーブ/エコー・エフェクトのかかったウワモノは、ダブテクノ/ハウスと同様、意識を遥か彼方まで心地よく飛ばし、堅牢なリズムによる重低音は身体を丸ごと飲み込んでいく。
 ここに選んだのは、テクノ/ハウスと親和性の高いステッパーズ5曲だ。そそられるものを感じたならば、サウンドシステムの現場に出かけていって、自宅では味わうことのできない衝撃をぜひとも全身で体感してみてほしい。


Alpha and Omega - Rastafari

イギリスの二人組が90年代に発表したクラシック。2013年にパーシャル・レコーズから再発され注目を集めた。力強くうなりをあげるベースラインとキック上に、エコーのかかったハーモニカのメロディとボイスサンプルが浮遊するアツい1曲。

Henry & Louis f. Johnny Clarke "Love & Understanding" b/w dub version ZamZam 40 7"

アメリカのポートランドから現在進行形のダブミュージックを7インチで発信し続けているザムザム・サウンズ。最新作では、ベン・クロックやマルセル・デットマンらの作品を思わせる、残響に漬け込んだキックが特徴的なヴァージョンを収録。このモノトーンな雰囲気にはテクノ心がくすぐられるはず(試聴では2:00からヴァージョンになっています)。

Bim One Production ft. Pablo Gad - Hard Times VIP

東京の1TAとe-muraが結成したプロダクションユニットによる貫禄のステッパーズ。硬質なキックの下でベースラインが這うように攻め立てる中、次々と素材が放り込まれていく。リズムを崩した中盤の展開は盛り上がり必至。

Tapes & DJ Sotofett - Dub Happy

多才にして奇才、DJソトフェットのレゲエサイド。アレンジはオールドスクールなダブマナーに沿っているものの、ミックス処理はスッキリとしておりモダンな仕上がり。デジタル過ぎないデジタルダブ。

Burro Banton - Praise Up Jah Jah

これまでに何度か再発されている80年代ステッパーズ。エフェクトのかけ具合と素材の抜き差しによる微細ながら絶妙なアレンジで延々とグルーヴが持続するヴァージョンが秀逸。野太いベースがたまらない。

interview with Michael Gira(Swans) - ele-king


Swans
The Glowing Man [2CD+DVD]

Mute/トラフィック

RockNoisePost Rock

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 なんとやめるのだという。なにをって、スワンズを、だ。2010年に復活し、メンバーを固定し数多くの公演でアンサンブルの強度を高めに高め長大な作品におとしこむ、新生スワンズがとってきたサイクルは、私はちょっと考えれば、凡夫にかなわぬ道行きであったればこそ、彼らの新作を耳にし、ここ日本で演奏を観られることを望外のよろこびとしてきた。長い沈黙を破り発表した2010年の『My Father Will Guide Me Up A Rope To The Sky』でスワンズは、マイケル・ジラはゼロ年代的潮流の一部だったドローンを断片的なフレーズの反復に置き換え、彼のレーベル〈ヤング・ゴッズ〉が先鞭をつけたウィアードなフォーク感覚やダルシマーなどもまじえたワールド・ミュージック的な意匠と折衷することで特異な音響空間を現出させた。それがじっさいどのものであるかは、のちにライヴを観てはじめて腑に落ち、肌で理解することになるが、22年ぶりの来日の前年にリリースした『We Rose From Your Bed With The Sun In Our』も、前作とおなじくタイトルがおぼえにくいのをのぞけば、彼ら以外のロック・バンドではなかなかお目にかかれない熱、宗教的といいたくなる熱を帯びていた。
そもそも『My Father〜』は「No Words / No Thought」ではじまるのである。タワレコのキャッチフレーズを思わせるこの題名はしかし、あのようなふんわりした気分というよりも、あきらかに神の言であり、神としての父に導かれ天に昇ると題したタイトルに宗教的な意図を見出さないほうがおかしいではないか。それもあって、東日本大震災で中止となった来日公演のふりかえでもあった2013年の来日公演の直前、はじめてジラに書面でインタヴューしたとき、私はそのことをおりまぜ質問状をつくった、「私たち、宗教的に曖昧な日本人にはその意図は伝わりづらいかもしれない」との留保をつけて。ジラの回答は「私は音楽のスピリチュアルな面については特定の宗教に属してはいない」というものだった。くわえて、音楽の言葉を言葉で語ることへうっすら嫌悪をにじませてもいた。私はわかったようなわからなかったような、日本人らしい曖昧な気分だったが、ジラの忠告に背き、その後も彼らの言葉の意味を考えつづけるなかで、あのときのジラの言葉の重点は宗教よりスピリチュアルにかかっていたとおそまきながら気づいたのである。西欧人たるジラにはユダヤ/キリスト教、つまり一神教の価値観が支配的かと思いきや、仏教であり禅でありマニ教的である彼もいた。ジラ自身、おなじ質問への回答のなかですでにタントラといっていたではないか。宗教的な話をつづけるとヒクひともすくなくないだろうから、そろそろやめますが、つまるところジラの思考は神秘体験をもとにした汎神秘主義(パンミスティシズム)というべきものではないか。
『The Glowing Man』は新生スワンズの最後のアルバムになるのだという。『The Seer』『To Be Kind』と、私たちの望むが通じたかのようにタイトルを簡潔に中身をテンコモリに、ジラいわく音楽が不幸な時代に伽藍をうちたてるがごとき活動をつづけた新生スワンズがなぜそのサイクルを閉じなければならないのか、その理由は以下のインタヴューをお読みいただきたいが、20分を超える楽曲を3曲収めたこのアルバムは現在のスワンズのまさに集大成と呼ぶべきものだ。“Cloud Of Forgetting”“Cloud Of Unknowing”──人間の目から神を隠す遠大なベールとしての雲をあらわす冒頭の2曲、“The World Looks Red / The World Looks Black”はジラの詞にサーストン・ムーアが曲をつけ、ソニック・ユースがデビュー作『Confusion Is Sex』に収録した楽曲をジラみずから歌い直した同名異曲。アルバムにはコンパクトにアイデアを展開した楽曲もあるが、白眉は表題となった“The Glowing Man”であり、ジラとスワンズは30分になんなんとするこの曲で、メンバー個々が呼応し音楽があたかも巨大な生物になるかのような境地に達している。そのあとに訪れる終曲“Finally, Peace.”には動きが停まり収束するというより、ゆっくり歩み去るような力感がみちている。おそらく道行きにはまだ先があるのだ。

いまや、レーベルに所属することは愚か者がやることだ。当時がそうだったように、いまも、音楽をつくって世に出したいなら、自分たちでやるほかない。自分で戦って、何らかの方法を自分で見つけて世に出す。それしか道はない。

現ラインナップでのラスト・アルバムとの報、おどろきました。無数の方からこのことは訊かれるかと存じますが、やはりこの質問からはじめさせてください。なぜ、2010年に再結成した新スワンズをリセットする必要があったのでしょう? 

ジラ:これ以上バンドを続けるのはもうムリだと思った。私のほかの5人のミュージシャンたちと仕事をするのは好きだし、彼らとともに私はスワンズのキャリアにおける最高の作品をつくることができたと思っている。ただ、このライナップで挑むべき冒険はどれもすで探求し尽くした。だからいまは、友人である彼らとともに最後のツアーに出るのを楽しみしているが、その後は、やり方に変化を加えなければならない。おそらくスワンズの名前で私は今後も作品をつくるだろう、ツアーもすると思う。ただ、ライナップはそのつど必要に応じて変えていくつもりだ。これまで一緒にやってきたミュージシャンにも参加してもらうこともあるだろう。固定メンバーで活動するバンドではなくなる、ということだ。

『The Glowing Man』の制作には、いつごろでどのようなきっかけで入りましたか。

ジラ:アルバムの音楽自体は、前作のライヴ・ツアーの中で発展していったものだ。ライヴ中の即興から生まれた曲がほとんどだ。“Cloud Of Forgetting”や“Cloud Of Unknowing”、“Frankie M.”“The Glowing Man”はすべてそのようにして生まれ、ライヴをつづける過程で、発展し、繰り返し変化していった。レコーディングがはじまったのは2015年の7月か8月くらいだった。ツアーを終えてから、すぐにとりかかったんだ。レコーディングでは、私が曲のアレンジなど、ひとりでおこなう作業が先行したのでバンドはひと月ほどオフをとった。

アルバムの制作に入る前に、すでにこのアルバムを現布陣の最終作だと見なしていましたか。

ジラ:ああ。私の中では前回のツアーの終盤くらいから念頭にあった。アルバムの制作に入るころには、全員これが「この固定メンバーでのスワンズとしては最後の作品」だという認識だった。

『My Father Will Guide Me Up A Rope To The Sky』『We Rose From Your Bed With The Sun In Our Head』『The Seer』『To Be Kind』と『The Glowing Man』──新生スワンズは前3作で音楽性を提示し、『To Be Kind』を境にどんどん反復的かつシンプルになった観があります、2010年代のスワンズを俯瞰して、その変化をご説明ください。

ジラ:私の口から説明するのはむずかしい。なぜならわれわれは、本質的にはサーフィンをしているようなものだから。そのときどきの波に乗っているんだ。自分の前にあるものだけを見ている。そしてサウンドの推進力で前に進んでいる。私なりに微妙なニュアンスをところどころで見つけながら。これまでの楽曲がどうしてそういうものになったのか、私にもわからない。当時、直感的に「正しい」と思ったからそうなったんだろうというほかない。過去にはあまり興味がないんだ。ただし、そこから学べることもある。「自分が追求し尽くしものを捨て、次に求めるものの片鱗を見つける」というということだ。個々のアルバムそのものは私にさほど大きな意味をもたない。むしろ、そこに行き着くまでの音楽をつくる一連の過程に私は興味がある。作品にとりくみ、そこから学び、あるものを排除し、別のものを追及する、という経験。その過程がすべてだ。

あなたはスワンズをひとつの有機体とみなしますか、それとも個別の音楽の集合だと思いますか。

ジラ:私にとっては、35年続いているひとつのプロセスだ。学びと発見のプロセスであり歩みだ。

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できることなら、たとえばニック・ドレイクのように歌えるようになりたい。あるいはジム・モリソンとか。でも残念ながら私は彼らではない。だから、自分にあたえられた才能で自分にできることをやるほかない。

2年前のインタヴューであなたは当時のスワンズの音楽の状態を「雲のようなものだ」とおっしゃいました。『The Glowing Man』の冒頭の2曲のタイトルは“Cloud of Forgetting”“Cloud of Unknowing”です。「雲」はスワンズの音楽にみられる変化しつづける不動性が当時すでにあなたの念頭にあったことを物語ると同時に、その言葉に「忘却」「無知」という単語を重ねたのはとても示唆的です。表題に必要以上の意味を読むこむのは危険かもしれませんが、なぜそのようなタイトルにしたのか、教えてください。

ジラ:『The Cloud Of Unknowing』という中世のカトリック系キリスト教の僧侶が執筆した本がある(著者註:『不可知の雲』14世紀後半に成立したとされる瞑想の方法に言及した、キリスト教神秘主義ではよく知られた書物。作者不肖)。神とひとつになれる正しい方法を信徒達に教えるための教育的な指導書だ。その中で、“Cloud of Unknowing” とはつまり、現実に即した考えを捨てたときにたどり着く境地なのだと説いている。「自分が正しか、正しくないか」あるいは「自分はこういう人間だ」といった固定概念や、言葉さえからも自分を切り離し、神のいる「未知」の境地を信じて飛び込むこと。“Cloud of Forgetting”の方は、それと似ているが、自分が知っているすべてを忘れること。“Cloud Of Unknowing(不可知の雲)”に入るためには、まず“Cloud of Forgetting(忘却の雲)”に入り、われわれが日々の現実だとみなしている具体の根からみずからを断ち切らなければならない。その思考過程は非常に禅仏教に近いものがある。私としては、その心理状態が、自分自身の音楽と重なる部分があると感じた。曲の一節や、パフォーマンスの中で、音楽が絶対的な「いま」のなかで完全なる切迫感を帯び、我々の存在とそれ自身を消し去りながら我々を覚醒させてくれる。

その“Cloud of Unknowing”には韓国人ミュージシャン、オッキョン・リーが参加しています。彼女が本作に参加した理由を教えてください。また彼女はジョン・ゾーンのTzadikやスティーヴン・オマリーのIdeologic Organにリリースのある卓越した即興演奏家ですが、彼女の音楽をどう思いますか。

ジラ:彼女は過去に二度のツアーでわれわれの前座をつとめてくれたことがある。そこで私は彼女の演奏のアプローチに感銘を受けた。まるで楽器と精神的レスリングの試合をやっているみたいだった。彼女の演奏はものすごくはりつめたものがある。すばらしいパフォーマンスだから公演を見る機会があったら是非見るといい。君のいうように、彼女は即興演奏家だから、今回彼女には曲の内容、目指すところ、もちろん楽曲キーも伝え、彼女は私の説明をもとに演奏してくれた。

ほぼ1発録りだったのですか。

ジラ:そうだ。

あなたの書かれた“The World Looks Red”の歌詞はソニック・ユースのデビュー作『Confusion Is Sex』にとりあげられています。今回この歌詞を「The World Looks Red / The World Looks Black」として楽曲にまとめた理由をあらためてお聞かせください。

ジラ:曲はできているのに歌詞がない楽曲が手元にあって、ふと思いついたんだ。気づいたらあの歌詞を歌っていた。35年前に書いた歌詞なのに。曲に合っているように思えたから、そのまま進めた。君がイうように、あの歌詞はサーストンがソニック・ユースの曲で取り上げた。彼らとは1982年当時NYのイースト・ヴィレッジにある同じリハーサル・スペースを使っていた。彼は私のタイプライターにあったあの歌詞を見つけて、私に使ってもかまわないかと聞いてきたんで、「もちろん」と答えた。それから何十年も経ったいまになって、どういうわけだからあれがまた頭に思い浮かんだのだ。せっかくだから使おうと思った。

資料にある「もしかしたらある意味、一周回って同じところに来てるのかもしれません」との言葉は具体的にどのような意味なのでしょう。

ジラ:35年前に書いたあの歌詞を今回使ってみて、当時といまでは音楽性がまったくちがうと思ったんだ。でも、どういうわけだか、あの歌詞がいましっくりくると感覚、それをいいたかった。(あの歌詞は)おもしろい心の絵を描いているように思う(they paint a nice psychic picture)。あれを書いた若者が何を伝えようとしたのかはわからない(笑)。おそらく、ひどいパラノア状態に陥っていたのだろうね。思い返せばあの頃の私はよくそういう状態を経験していたからね。

“The World Looks Red”を書かれてからすでに30年以上の時間が経っています。ソニック・ユースも実質的に存在していません。80、90、2000、そして2010年とあなたの見つめつづけてきたオルターナティヴな音楽シーンはどのような変化したと思われますか。

ジラ:そういうことについて考えることはあまりないのだが、あえて答えるなら……じつは当時といまとでは状況はさほどちがわないのかもしれない、と思う。いまや、レーベルに所属することは愚か者がやることだ。当時がそうだったように、いまも、音楽をつくって世に出したいなら、自分たちでやるほかない。自分で戦って、何らかの方法を自分で見つけて世に出す。それしか道はない。どちらかというと、いまの方が、音楽をつくって、それで生計を立てることがこれまで以上に厳しくなったと感じる。どれくらい変化したかはわからないが、少なくとも、インターネット環境の到来で、聴き手側の音楽の入手方法は変わった。でも、音楽をつくる、それを経済的に支える、そして世に出て行ってそれをライヴで演奏する、ノウハウが必要な点では、ちがいはないように思える。

あなたの、とくに新生スワンズにスピリチュアルな側面を見出せるということについては以前のインタヴューでも話題になりました。私はそれは明確に上昇するベクトルをもつと思いますが(抽象的な話でもうしわけありません)、そのような志向ないし思考はあなたの人生観に根ざすものでしょうか。

ジラ:それは「探求すること」に根ざしている。私の人生観はつねに改訂を繰り返している。自分がいかなる価値観もほとんど理解していないことはわかっている。それでも私は、ただ存在しているという何も手を加えていない事実だけに根ざした本物の何かを探している。スピリチュアルな側面にかんしていえば、「われわれの音楽はスピリチュアルだ」といってしまうことは思いあがりにしか聞こえないかもしれないが、「何かを探求している」ものであるとはいえる。それはたしかだ。

あなたのいう「愛」とはイエスのいうそれでしょうか。もっとほかの意味がこめられているのでしょうか。

ジラ:「愛」を説いているのはキリスト教に限ったことではない。東洋の宗教においても「慈悲心」がもっとも尊いものとされている。それこそが私のいう「愛」なのかもしれないし、それはまたイエスのいう「愛」も同じなのかもしれない。つまり、そこには「捧げること」や「受け入れる心」、そして「解放」がなければいけない。ライヴ・パフォーマンスにおいて、スワンズが最高潮に達したとき、当然これはいつもあるわけではないが、それが起きたときは、愛の行為に似たところがある。完全に自己喪失しつつ、「捧げること」も同時に起きている。

偉大なポップ・ソングにかんしていえば、その形式は心から敬服している。とくに、60年代、70年代のポピュラー音楽全盛期のころのもの。ただ、自分にはその才がなく、やろうと思っても上手くできないから、はじめからやりもしないんだよ。

“The Glowing Man”にとりいれた禅の公案とはどのようなものでしょうか?

ジラ:ナゾナゾとまではいわないが、論理的思考を泡立て器で攪拌するようなものだ。もっとも有名なのは「隻手の声」というものだ。答えのない問いだ。そうやって考える視点を捻じ曲げることで、その慣れない視点から新しい発見を見出すのが目的だ。この曲の中で私が引用している禅の公案は、「what is is what」で、私からするとこれにすべてが集約されている。なぜなら、何の意味ももたないからだ(笑)。答えのない不可能な質問みたいなものだ。そういう思考方法に魅了を感じる。

今年は米国の大統領選の年です。ダニエル・トランプと、おそらく民主党候補になるであろうヒラリー・クリントについて、彼らの政策をどのように考え、どちらを支持しますか。またその結果、ジラさんを含む国民の生活はどう変化すると思いますか。

ジラ:その質問に答える前にはっきりさせておきたいのは、これはあくまで私個人の意見に過ぎず、私がミュージシャンだからといって、その意見がほかの誰かの意見よりも価値をもつものではないということだ。当然ドナルド・トランプには愕然としているし、おそろしいし、恥ずかしいし、不快に感じている。ヒラリー・クリントンはまあまあではあるけど、彼よりはいいのはたしかだ。私が政治の領域で一番関心があるのは地球の温暖化、気候変動の問題だ。それに対して、彼女なら何らかの改善策に向かって動いてくれるだろう。ドナルド・トランプになったら、完全に後退するのは明らかだ。

新生スワンズにおけるジラさんのヴォーカルはときに仏教の声明を思わせるほど朗々としたものになっていきましたが、ヴォーカリストとしてご自分を客観的に評価するとどうなりますか。

ジラ:自分は欠点だらけのヴォーカリストだと思っている。ただ、たまに、自分の声にある動力源を見つけて、自分なりのかたちで鳴り響かせられることがある。できることなら、たとえばニック・ドレイクのように歌えるようになりたい。あるいはジム・モリソンとか。でも残念ながら私は彼らではない。だから、自分にあたえられた才能で自分にできることをやるほかない。

3年前のインタヴューでは『The Seer』「Song For A Warrior」はあなたの6歳(というこはいまは9歳ですね)の娘さんへのラヴレターだとおっしゃっていました。またあなたはその曲はご自分の声でないほうがよいと判断したとおっしゃっていました。今回の“When Will I Return?”もそのような位置づけの楽曲といえるでしょうか。

ジラ:あの曲はジェニファーに歌ってもらうために書きおろした曲だ。はじめから自分で歌うつもりはなかった。人に歌ってもらう曲を書くのも好きなんだ。

アルバムに女性が歌った曲を入れたいという音楽的な判断もあったのですか。

ジラ:もちろん。でも、あの曲は個人的にどうしても書かなければいけない曲でもあった。彼女への贈り物として。彼女の人生に深い傷跡を残した経験を歌にして、彼女に歌ってもらいたいと思った。そうすることが、彼女が少しでも救われればと思ったし、ほかの人にも彼女の立派な生き方に共感してもらえたらと思ったんだ。アルバムにはほかにも女性ヴォーカルが入っている。女性ヴォーカルをとりいれるのが好きなんだ。特に女性の歌声がエレキ・ギターとくみあわさった感じが好きなんだ。

『The Glowing Man』では楽曲の多くは組曲形式ないし多楽章形式とでも呼ぶべきものになっています(またあるアルバムのある楽曲が別のアルバムの反復を担っていることさえあります)。音楽の内的必然性にしたがった結果、こうなったのだと想像しますが、現在のあなたにとってポピュラー音楽の楽曲やアルバムといった標準的な形式をどうお考えでしょうか。プロデューサーの観点からお答えください。

ジラ:偉大なポップ・ソングにかんしていえば、その形式は心から敬服している。とくに、60年代、70年代のポピュラー音楽全盛期のころのもの。ただ、自分にはその才がなく、やろうと思っても上手くできないから、はじめからやりもしないんだよ。

アルバムという形式はどうでしょう。

ジラ:世の中の動向は自分とはまったく関係ないものだから、関心はない。すくなくともいまのところアルバムはまだ自分にとって意味のあるもので、またわれわれの音楽を支持してくれるひともいる。ということはまだアルバムを聴きたいと思っている人たちがどこかに存在しているということなのだろう。ただ、音楽をつくるうえで重要かどうかといわれれば、そうではない、すくなくとも私にとっては。私は聴き手がその瞬間だけでもどっぷり浸れる音の世界を創造することに興味がある。それをやっているまでだ。

同じく音楽制作者の視点から、今度音楽シーンはどのように変化するとお考えですか。あるいはシステムの変化はスワンズとは無縁のことでしょうか。

ジラ:こういういい方をしよう。システムの中での自分の活動が終わりに近づいてきてうれしい、とね。

音楽活動は今後もつづけるんですよね。

ジラ:もちろん。でも私にはさいわい自分のレーベルがあって、自分なりの支援体制もできている。仮に自分がまだ若くて、現状の中で音楽活動をはじめたばかりだったら、どうすればいいのか途方に暮れただろう。そのようなことが毎日ニュースにもとりあげられている。日に日に状況は厳しくなっている。音楽で生計を立てるのが不可能になってきた。大工であれば仕事をした分の代金が当然支払われる権利をもっている。ミュージシャンだって同じはずだ。

インターネットによるシーンへの影響はどう見ていますか。

ジラ:自分たちの場合、旧譜のカタログがあって、その権利を私が自分でもっているから、収入の流れがどうであれ、私の手元にお金が支払われる。まだ駆け出しでこれからレーベルと契約をしたり、自分なりのシステムを築かなければいけないのに較べれば、そこまで先行きは暗くない。テクノロジーによって、この問題は改善、解決されると思っている。ただ、だれもそれをやろうとしないだけで。アルバムをつくるさい、あるいは曲をレコーディングするさい、すくなくと私の場合は、スタジオに入るから何万ドルとお金がかかるわけだ。さらに、これまでの人生経験すべてが注がれて、つくるのに何百時間をも費やす。そうやってできたものを、「そこにあったから奪う」権利はだれにもない。それは、たとえば大工が六つの非常に美しいテーブルを精魂込めて16ヶ月かけてつくったのを、だれかが彼の倉庫にある日やってきて、「これもらっていくよ」といって掠めるのとおなじことだ。

今後について。資料ではより小さな規模での活動をほのめかしていますが、それはある種の反動なのでしょうか。

ジラ:たえまないツアーとレコーディング、それに加えておこなう資金調達用のプロジェクトにしても、それに何百時間と時間をとられるのだよ。そうやってほとんど休むことなく、7年間働きつづけた。そろそろスタミナの限界だ。同じペースでつづけるのはもうムリだ。だから、このアルバムのツアーが終わったら、まずしばらく睡眠をとってから、次に何をするか考えたい。

以前お話をうかがったさい、本を書きたいとおっしゃっていましたが、その時間はとれそうですか?

ジラ:どうだろう。いまとなっては、自分が(本を書いて)何を伝えたいのかもわからなくなってしまったよ。それよりもまず本を読みむことが大事だ。じっくり本を読む時間をとることだ。脳のその部分をまず活性化させなければいけない。その結果何か出てくるかもしれない。

たとえばあなたひとりでアコースティック・ギター一本の弾き語りをするときでもスワンズの名義を使いますか。

ジラ:じつはソロのヨーロッパ・ツアーを終えたばかりだ。アルバムを完成させた後、1ヶ月のソロ・アコースティック・ツアーをおこなった。ソロの弾き語りはマイケル・ジラ名義でやっていくつもりだ。

ツアーを予定されているとのことですが、来日公演の予定はありますか?

ジラ:まだ具体的なツアー日程は決まっていないが、確実に行くとは思う。7月初旬からすくなくとも16ヶ月はツアーをやる予定だ。いずれはお目にかかることもあると思う。

私は2013年と2015年の東京公演を拝見しましたが、とくに後者は圧倒的な音響空間で、スワンズがライヴをひとつの音響作品として考えていることがよくわかりました。新生スワンズで6人のメンバーの固定したのも音楽の連続性を目したものだったのかもしれないと思いました。あなたが2010年以降のライヴ活動で得たものがあれば教えてください。

ジラ:ライヴ活動はいつだって私により高い場所を目指したと思わせてくれる。ライヴで曲を演奏し、その中からなにを省いて、なにをのこすかを感じとり、さらに追求して、新しいものを見出していく。曲をアルバムの通りに演奏するなんてことは絶対にやらない。それは極めて安易で愚かでなんの刺激もない。観客の前で演奏しながら曲を構築していくというやり方は今度のツアーでも変わらないよ。

talk with Takkyu Ishino × Stephen Morris - ele-king

余計な説明はいらないだろう。5月24日、都内某所、石野卓球とニュー・オーダーのドラマー、スティーヴン・モリスは40分ほど対話した。以下はその記録である。
前日の25日には、バンドは来日ライヴを成功させているが、石野はフロントアクトとしてDJを務めた。彼は、今回のアルバム『ミュージック・コンプリート』からのシングルの1枚、「Tutti Frutti」のリミックスを手掛けている。そして石野は……以下、どうぞ対談をお楽しみください!

失礼ですが、僕がそれまでに観た海外のバンドなかで1番ヘタクソだなって思ったんですよ(笑)。でもね、それがすっごくカッコよくてね。
──石野卓球

石野卓球:僕のニュー・オーダーのライヴの思い出なんですけど、会場は新宿厚生年金会館で、失礼ですが、僕がそれまでに観た海外のバンドなかで1番ヘタクソだなって思ったんですよ(笑)。でもね、それがすっごくカッコよくてね。他のバンドがみんな完成され過ぎていたから、身近に感じたんです。

スティーヴン・モリス:当時の私たちの演奏は「乱雑」って言葉がぴったりだったと思いますよ(笑)。セミ・プロ集団でしたからね。

石野:いやいや(笑)。

スティーヴン:あの日は40分くらいのライヴでしたよね? 1時間やらなきゃいけなかったから、しょうがないからアンコールをやったんですよ(笑)。

石野:僕が行った日の1曲目は“コンフュージョン”だったのをはっきり覚えてます。

スティーヴン:若かったのによく覚えていますね。

石野:『ロウ・ライフ』に関して質問があります。ジャケットにはスティーヴンさんの顔が使われていますけど、当時のロックのアルバムではヴォーカリストやギタリストがジャケットにくるのが普通だったと思います。どうしてスティーヴさんの写真が選ばれたんですか?

スティーヴン:デザイナーのピーター・サヴィルに大金を積んだんですよ(笑)。日本に来たとき、あのジャケットのおかげで、みんなが私のことをシンガーだと思ってくれて最高でしたね(笑)。CDヴァージョンは、カード式にして好きなメンバーをジャケットにすることもできるので、もっと民主的なんです。でも、当時のHMVでは、バーナードの写真を表に出して並べているところが多かったので、私はお店に出向いて自分の面を表にし直す必要がありましたね(笑)。

石野:ははは(笑)。たしか、そのとき、日本のスタジオに入ってレコーディングしたとか?

スティーヴン:そうなんですよ。コロンビアのデノン・スタジオでした。ヴィデオを撮影したので、録音した音を映像用にミックスする作業も行いました。曲は“ステイト・オブ・ザ・ネイション”。あれはとても興味深い体験でしたね。私たちは夜にスタジオに入ったんですが、エンジニアの方は昼間っからずっと働きっぱなしだった(笑)。通訳の女性も同じくすごく疲れていたみたいで、終盤はメンバーが「もっと低音がほしい(More Bass)」と言っても、彼女はエンジニアに向かって「More Bass!」と英語で話しかけてましたね(笑)。

石野:当時のレコーディング・アシスタントは交代がいなかったんですよね(笑)。

スティーヴン:あの日は、まだ出回りはじめたばかりのデジタル・テープで録音したので、技術的な面でも面白かったですね。でも新しい技術だったこともあって、意図を伝えるのがすごく難しかったです。それまではアナログ・テープでの録音が一般的でしたから。そのおかげで通訳の女性をかなり混乱させることに……(笑)。デジタル・テープなので、音声を組み合わせられることができました。だから、全部で3テイク録って、バースはテイク1のものを使用したりして組み合わせていきましたね。ひと通りレコーディングが終わったので何か食べにいこうと思って、エンジニアの人に編集にどのくらいかかるのか訊いてみたんです。そうしたら1日かかるって言われてビビりましたよ(笑)。デジタルだからテープの切り貼りができなかったんですね。私たちは「勘弁してよー」って感じでした。インタヴューをやる予定だった時間をレコーディングにまわしたりしたんですが、確保できた睡眠時間は2時間(笑)。それでも貴重な素晴らしい体験でした。初めての日本だったこともあって、別の惑星に来た気分でしたから。

石野:うんうん。その状況は想像できるな。僕が初めて行った海外って、実はマンチェスターなんですよ。

スティーヴン:なんだって(笑)!? 日本からしたらマンチェスターも違う星に見えるのかもしれないですね。

石野:プロダクションについても教えて下さい。ニュー・オーダーの楽曲にはプログラミングの要素がとても多く含まれていると思うんですけど、その点に関しては、バーナード(・サムナー)さんや他のメンバーと、どのように役割分担をしているんですか?

スティーヴン:私がプログラムしたものに彼が手を入れ直したり、その逆をやったり、その作業を繰り返しますね。とくにふたりの作業の割合とかは意識していないです。バーニーにはスタジオがあるし、私はバンドの演奏ができる大きな納屋を持っているので、そこで作業をしますね。アイディアが浮かんだら、すぐにそれを試すことができる環境は整えてあります。私がじっと座りながら考えたアイディアをバーニーに送って、いざ返信が返ってきたら、全く違うものになっていたなんてことはよくありましたよね(笑)。どちらかと言えば、私は大まかな部分を作るのに対して、バーニーは細かい作業を主にやっています。

石野:スティーヴンさんはセクション25のリミックスもされていましたよね。昨日、僕、あの曲かけたんですよ。

スティーヴン:何週間か前、別の人にもあのリミックスを褒められたんですが、あれそんなに良いですか(笑)? まだまだやりこめたかなぁと思うんです。というのも、あれは作業が途中だったので(笑)。

石野:そうなんですか(笑)。あんまりご自分の名前でリミックスはやっていらっしゃらないですよね?

スティーヴン:数はそんなに多くないですね。でもリミックス作業自体はけっこう好きですよ。ブライトンのフジヤ&ミヤギのリミックス、それからティム・バージェスやファクトリーフロアもやらせてもらいましたね。もし嫌いな曲だったらリミックスってできないんです。そういう曲を頼まれたら、「ごめんなさい、いまはめちゃくちゃ忙しいんです」って返答しちゃいます。ところが気に入った曲の場合でもうまくいかないことがある。もうそれ以上に付け加えることがないから、いくら私が作業を進めても、オリジナルとあんまり変わらなかったり、元に戻っていたりすることもありますから(笑)。

終始穏やかなスティーヴン。この日着ていたのはヨーダのTシャツだった。

ドラムマシンが出てきたとき、すごく興味深く思いました。つまんないことはマシンに任せて、人間は面白いことに集中できると思ったんですよ。
──スティーヴン・モリス

石野:スティーヴンさんがドラムをはじめたきっかけは? もともと好きなドラマーがいたんですか?

スティーヴン:ドラムをはじめた理由は、周りにギタリストが多すぎたからです。15歳くらいのときですね。私の父親は楽器は何も弾けないんですが、音楽はすごく好きだったので、私に楽器をやらせようとしていました。最初はクラリネットを習わせようとしていたんですが、私がドラムをやりたいと言ったら、「じゃあレッスンに通え」と(笑)。私が好きなドラマーは、カンのヤキ・リーベツァイトやノイ!のクラウス・ディンガーでした。それからキース・ムーン。彼は壊れたように叩くので、これには絶対になれないなと思っていましたけどね(笑)。人物的な面を魅力的に感じてたんです。

石野:なるほど。スティーヴンさんがジャーマン・ロックの人たちをお好きなのはすごくよくわかります。だから以前「私はドラムマシンになりたい」っておっしゃっていたんですか(笑)。

スティーヴン:アイロニックなことを言ったもんですね(笑)。ドラムマシンが出てきたとき、すごく興味深く思いました。つまんないことはマシンに任せて、人間は面白いことに集中できると思ったんですよ。ドラムマシンの音って、モノによっては全然ドラマーの音に聴こえないやつがありますよね。ワタシはとくにそういう機材が好きでした。

石野:カシオの音なんかまさに。

スティーヴン:そうそう! 少しおもちゃっぽいところがあってマジカルな感じがするんです。プログラミングしやすい機材だといいんですが、何時間やってもうまくいかなくて、自分でドラムを叩いた方が早いことも多々ありました(笑)。

石野:僕にとって、“ブルー・マンデー”の冒頭の、人間じゃ叩けない16分音符のドラムキックが本当に衝撃的でした。ラジオで聴いたとき本当に鳥肌が立ったんですね。当時、ドラムマシンが出てきてロックの人たちがそれを敵対視していたなかで、ニュー・オーダーはいち早く取り入れていましたね。

スティーヴン:テレビでスティーヴィー・ワンダーがリン・ドラムを使ってリズムを組みながら歌っていたのを見たんですが、それが信じられないくらいファンキーだったんです。それを見て、「アレを手に入れれば僕も彼みたいになれる!」って思ったんですよ(笑)。そんな流れで、リン・ドラムンを手に入れました。でもその後、私たちはベース音を調整できるオーバーハイムのDMXを使いはじめたんです。当時、DMXはリンよりも安かったんですよ。
いまは簡単にビート・パターンを保存できましたが、昔は保存するのも難しかった(笑)。ちゃんと保存しても消えたりしましたからね! みんな全部私のせいにしたりするんですから、たまったもんじゃない(笑)。だからカセットにデータを保存することにしたんですが、それも途中で巻き戻せなくなったりして。だから“ブルー・マンデー”のときは、最終的には大量の紙にドラムパターンを書き出していましたね。
ドラムマシンを使うのに、本物のドラマーみたいなパターンにしても意味がないですよね。当時はドラムを叩かないで、ボタンを押していただけだったのでちょっと不思議な感じがしたものですが。

石野:ドラマーがプログラミングをやるっていうのも珍らしいですよね。デジタルのドラムマシンを導入した結果、ドラマーがクビになったりってことも(笑)。

スティーヴン:80年代初期はドラマーたちにとって、まったく新しい仕事が作られた時期でしたね。ドラム・プログラムが重要になって、ドラマーが蚊帳の外になんて事態も起きました。私は両方やっていたので大丈夫でしたけど。でも現在はドラムとドラムマシンに対するが考えが巡りめぐって、ドラム以外がダメでも他がパーフェクトなら問題はないとする人々もいますよね(笑)。
さきほどドラムマシンがドラマーを困らせるという話をしましたが、サンプラーが登場したときも似たような心境になりました。今度はバンドそのものが盗まれる可能性が生まれたわけですからね(笑)。良い面もある一方で、アイディアが盗まれてしまう恐怖もありました。DJシャドウ『エンドトローデューシング……』は大好きなんですが(笑)。
私たちは80年代のはじまりからコンピュータを使いはじめました。当時のコンピュータはいまとは比べものにならないほど大きかったですが、そこから出てくるサウンドも想像がつかないものでした。でもいまは、もっと小さい機材でもっと複雑なことができます。音楽以外でもそうですよね。電話がポケットに入って、さらにそこにカメラが搭載されるなんて、30年前には誰にも想像できなかったでしょう。見方によっては、ここは狂った世界ですよね。

石野:クラフトワークの『コンピュータ・ワールド』みたいですね。

スティーヴン:まさにその通りです。

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どうしてマンチェスターでレコーディングすることにしたんですか? 私だったら絶対にニューヨークを選んでいたでしょうね(笑)。
──スティーヴン・モリス

石野:昨日のライヴを観ていて思ったんですけど、スタジオ・ワークと比較して、ライヴではかなりサブベースが鳴っている曲もありましたよね。例えば“ユア・サイレント・フェイス”とか。かなり図太いサブベースでした。ライヴのために誰がアレンジするんですか?

スティーヴン:バーニーが主にやっていますね。古い曲でも常にいろんなヴァージョンを準備しています。完ぺきなアレンジができたとしても、変えたい場所が出てくるんです。だからいつもリミックスをやってきる状態であるとも言えますね。「ここがあと2デシベル……」という具合に周波数にこだわったり(笑)。そういうのが好みなわけじゃないんですけど、頭がそっちにいってしまう。でもそれで曲が良くなるのなら、苦労をいとわないですね。

石野:30年前に初めて日本に来て、それから何回も来ています。僕は住んでいるからわからないですけど、日本に何か変化とかを感じますか?

スティーヴン:さっきも言いましたが東京に限って言えば、灰皿が町から消えましたよね(笑)。それから、じょじょにですが私みたいなヨーロッパ人に対しても、優しくなったようにも思います。昔はそこまで気楽に接してくれなかったのが、最近はリラックスして話せますね。それから日本人の男性には女性蔑視的な面を感じていたんですが、最近はそれも減ってきたように思います。昔はインタヴューの時に、ジリアン(・ギルバート)だけ無視されたりもしたんですよ。

石野:えー! それはたぶん距離と取り方がわからなかったんじゃないかな。とくに女性だったから。

スティーヴン:そうだったのかもしれませんね。でも最近はそういうことをあまり感じなくなってきました。いまは大丈夫なので、気にしないでください(笑)。

石野:これだけ長期間活動していて、ジリアンさんみたいに1回離れてまた戻って来たメンバーもいたけど、バーナードさんとスティーヴンさんはずっと一緒です。やっぱりニュー・オーダーはおふたりが中心になってやっている部分が大きいんですかね?

スティーヴン:ジリアンが一旦バンドを離れたのは、娘の病気の面倒をみるためだったのでやむをえなかったんです。本人もすごく参加したがっていて、抜けている間はフラストレーションを感じていました。レコードを作るよりも、子育ての方が大変ですからね。
バーナードと私は、なんだかんだでいっしょにやっている期間が長いですよね。今年で何年目だろう……、考えない方が良さそうですね(笑)!

石野:趣味で戦車を集めているんですよね?

スティーヴン:ええ。

石野:本物なんですか?

スティーヴン:ええ(笑)。

石野:おー。何台お持ちなんですか? もちろん動くんですよね?

スティーヴン:4台ですね。ちゃんと運転できますよ。大砲は打てませんが(笑)。軍は厳しかったです(笑)。

石野:それはイギリス製の戦車だけなんですか?

スティーヴン:イギリスの信頼のおけない戦車たちだけです(笑)。メンテナンスも大変なんですよ。だから問題を点検するために、いちいち写真を撮っているんですけど、あいにくいまは持ってないんですよ。

石野:メンテナンスを楽しんでいそうですね。

スティーヴン:常に集中していなきゃいけませんから、ニュー・オーダーみたいなものですね(笑)。メンテナンス中に指を切っちゃったりしますけど、楽しいですよ。

石野:何がきっかけで戦車をはじめたんですか? 

スティーヴン:最初は1947年製のブリストルの車が欲しかったんです。中年の危機ってやつですね(笑)。でも実物を見に行ったときに「高いからダメ!」ってジリアンに止められたんですよ。それでしばらく経ったら、戦車のパーツを置いているお店を見つけてしまって。そしたら「車よりもこっちを買うべきよ!」ってジリアンが言うんですよ(笑)。自分は買うつもりは全然なかったんですけどね。必要なパーツが全然ついていなくて、扱い方も最初はわかりませんでしたから(笑)。それでパーツをいろいろ買い集めることになったんです。
卓球さんはDJだけではなくバンドもやっているんですよね?

石野:電気グルーヴというバンドをやっていて、今年で26年目ですね。さっき初めて行った海外がマンチェスターだって言いましたが、それはファースト・アルバムのレコーディングのためだったんですよね。

スティーヴン:そういうことだったんですね! どこのスタジオでレコーディングしたんですか?

石野:スピリット・スタジオですね。

スティーヴン:録音した音源のスピードがすごく遅くなっちゃうテープマシンがありましたよね(笑)。もう直っているといいんですが。

石野:あのスタジオを使ったことはあるんですか?

スティーヴン:あります。そんなにたくさんスタジオがあったわけではなかったんですよ。どうしてマンチェスターでレコーディングすることにしたんですか?

石野:ソニーに所属しているんですが、会社がふたつの選択支をくれたんです。レコーディングをニューヨークでするか、それともマンチェスターでするか。それでマンチェスターにしたわけです(笑)。

スティーヴン:私だったら絶対にニューヨークを選んでいたでしょうね(笑)。住んでいる場所によって人がどこに行きたいかは変わるものです。私はニューヨークのディスコなどが好きなので、とても魅力的に感じるんですが、マンチェスターはもう……(笑)。

石野:ははは(笑)。でも当時の僕たちにとってはマンチェスターはニューヨークみたいなものだったんですよ。ハシエンダのイメージがありましたからね。

スティーヴン:まさに「隣の家の芝生は青い」ですね(笑)。バンドでは何をしてらっしゃるんですか?

石野:プログラミングとヴォーカルです。

みんなリミックス盤は聴いた? 今回のニュー・オーダーの来日をサポートした石野卓球。

当時の僕たちにとってはマンチェスターはニューヨークみたいなものだったんですよ。ハシエンダのイメージがありましたからね。
──石野卓球

スティーヴン:実は下の18歳の娘が日本の音楽が好きなんです。Jポップ、それから韓国のKポップも。いま日本語も勉強していますね。

石野:本当に隣の家の芝生は青いんですね(笑)。

スティーヴ:娘は日本の化粧品を買うようになってから日本語を勉強しはじめました(笑)。今回一緒に日本に来たかったでしょうね。日本に住みたいって言ってますよ。いつも卓球さんはどういうところでDJをしているんですか?

石野:いつもはクラブやフェスでDJをやっていて、プロデュースもします。

スティーヴン:CDJを使っていますよね。パソコンでDJをする人が最近は増えましたが、それについてはどう思いますか?

石野:パソコンでDJをするのはあまり好きじゃないですね。レコードでDJをはじめたもんですから。

スティーヴン:パソコンは編集にはいいんですが、DJのときは便利すぎてズルしてる気分になりますよね(笑)。

石野:僕はDJはあくまでディスク・ジョッキーだと思っています。

スティーヴン:その通り。いまはパソコンがあればいろいろ手の込んだことができますけど、もしパソコンが壊れたら何もできなくなってしまいます。でもレコードでDJをするのなら、レコードをターンテーブルに乗せればいいだけですから、いたってシンプルなんですよ(笑)。

石野:DJの場合、機材が運びやすいですよね。

スティーヴン:レコードを持っていくだけでいいですもんね。でもCDJでできることもすごいなぁと思います。グランドマスターフラッシュの“ザ・ホイール・オブ・スティール”が出たとき、なんで他人のレコードからこんなレコードが作れるんだって思ったものでしたが、CDJの機能を使えば、あれをやるのも夢じゃない。

石野:たしかに革新的ですよね。最初はCDJの音はクソだったんですが、いまはレコードとまったく変わらないですよね。

スティーヴン:最初CDJを使ってプレイをしている人を見ても、何をやっているのか意味がわかりませんでした(笑)。でもいまはCDを使わなくても、USBメモリだけで曲やサンプルを再生したりもできますよね。

石野:いまはUSBで世界を周れちゃいますもんね。

スティーヴン:そうなんですよ。いままで買ってきた何千枚ものレコードがもったいないですよね(笑)。

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