「Nothing」と一致するもの

Steve Jansen - ele-king

 美しい写真のような音楽だ。もしくは、まだ観ぬ/存在しない映画のサウンド・トラックのような音楽でもある。シルキーで、エレガントで、ときに仄暗く、ときに眩い光が射し込むかのごとき優美な楽曲たち。柔らかいストリングスや水滴を思わせるピアノ、細やかなリズムと緻密な電子音、多彩なボーカリストたちの声が交錯し、聴き手に深いイマジネーションを与えてくれるだろう。だが、しかし、それらは、過剰なロマンティシズムに変化する直前に、音楽の具体性に慎ましく留まる。誠実さ、慎ましさの美徳、具体的な音そのものの美に。音楽の美しさに。かといって現実のキャズムから目を背けているわけではない。彼は世界の矛盾や陥没地点に透明な眼差しをむけるのだ。まるで、彼の写真集『スルー・ア・クワイエット・ウィンドウ』のイメージのように、静謐で、誠実で、寡黙で、透明な意志のロマンティシズムが、このアルバムには満ちている。そう、スティーヴ・ジャンセン、9年ぶりソロ・アルバムのことである。

 スティーヴ・ジャンセン 。彼はいうまでもなくデヴィッド・シルヴィアンの実弟としても知られているミュージシャン/音楽家である。ジャパンからナイン・ホーセスまで、ドラマーとして、コンポーザーとして、サウンドデザイナーとして、シルヴィアンと密接なコラボレーションを続けてきたジャンセンは、2007年に最初のソロ・アルバム『スロープ』をリリースする。シルヴィアンが運営する〈サマディサウンド〉からのリリースであった。このアルバムは当時のエレクトロニカ的手法を用いつつも、ジャンセンのソングライティングとサウンドデザインによって、いわばアダルト・オリエンテッド・エレクトロニカとでも呼びたいエレガントなアルバムに仕上がっていた。シルヴィアンはヴォーカルで2曲、ギター演奏で1曲参加している。

 本作は、その『スロープ』から9年ぶりのセカンド・ソロ・アルバムだ。リリースは〈サマディサウンド〉を離れ、〈ア・スティーヴ・ジャンセン・プロダクション〉から。まずはバンドキャンプで配信され、CDはオーダー制となっていた。一般販売は、この「国内盤」が初という快挙である。本作にはシルヴィアンは参加していないが、ほとんどの楽器演奏を彼自身が手掛け、前作同様に電子音楽を基調したパーソナルでロマンティックな作品集になっている。制作は、ほかのプロジェクトと並行しながら、3年もの月日をかけたという。じっさいトーマス・ファイナー、
メレンティニ、ペリー・ブレイク、ティム・エルセンバーグ、ニコラ・ヒッチコックなど魅惑的な声の質感を持つヴォーカリストたちを招いているが、作品のトーンは彼のスタティックな美意識で見事に統一されており、まさに「ソロ・アルバム」といった仕上がりだ。

 1曲め“キャプチャード”のヴォーカルはトーマス・ファイナー。彼は〈サマディサウンド〉からアルバム(音源)をリリースしているヴォーカリスト/音楽家で、シルヴィアンを思わせる低音ヴォイスが魅力的なシンガー。彼の歌声とともに、朝霧のような弦の響き、ピアノの香水のような音、グロッケン、ベース、電子音が繊細に折り重なり、緻密にしてミニマルなオーケストレーションが展開する。2曲め“サッドネス”を歌うメレンティニは、ジャンセンがサウンドクラウドで見出したシンガーとのこと(村尾泰郎氏による国内盤ライナーノーツ参照)。管楽器とベースとシンセサイザーが折り重なり、曲名どおり深い悲しみを表現する。3曲め“ハー・ディスタンス”のゲスト・ヴォーカルはアイルランドのシンガー、ペリー・ブレイク。この曲もミドルテンポの曲で、ジャンセンらしい打楽器のグルーヴを感じることができる。ティム・エルセンバーグがヴォーカルを担当する5曲め“ギブ・ユアセルフ・ア・ネーム”も打楽器のリズム感が魅力的だ。ソングライティングは伝統的な構成になっており、ナイン・ホーセスの曲を思わせる。元マンダレイのニコラ・ヒッチコック歌唱による7曲め“フェイスド・ウィズ・ナッシング”は、50年代のポップソング・バラードのようなシルキーな曲。ジャンセンの作曲力とトラックメイクのセンスのよさも満喫できる名曲といえよう。

 そして忘れてならないのが、ジャンセン自らがヴォーカルをとった8曲め“メンディング・ア・シークレット”と、10曲め“アンド・バーズ・シング・オール・ナイト”である。とくにアルバムの最後を締める後者は、短い収録時間ながらアルバム屈指の名曲。イントロで聴けるスウェーデンのフルート奏者ステリオス・ロマリアディスの演奏は、どこか日本の雅楽を思わせ、時間と国境を超越するようなフォーキーな楽曲に仕上がっている。またインスト曲も素晴らしい。徳澤青弦がチェロで参加する4曲め“メモリー・オブ・アン・イマジンド・プレイス”、マイクロなサウンド・エディットとギターによる幽玄なエレクトロニカ的トラックである6曲め“ダイアファナス・ワン”、曲名からしてミニマルなアンビエント曲といえる9曲め“シンプル・デイ”など、彼の慎ましやかなロマンティシズムの本質がよく表れているトラックばかりだ。どの曲も都市の光景に寄り添う(存在しない)映画のサントラのようにも聴こえてくる。物語性、もしくは旅の光景=記憶のような情感があるのだ。

 いや、そもそも本作は、アルバムとおして「旅」の(ような)記憶が結晶のように生成している作品ではないか。全10曲、まるで彼の写真集のページを捲るように、記憶の結晶のように音楽が展開していくのだ。それは具体的な音による記憶ともいえる。まるでスティーヴ・ジャンセンの美意識と人生そのもののように。本年、翻訳が刊行されたクリストファー・ヤングの評伝『デヴィッド・シルヴィアン』には次のような一節が出てくる。シルヴィアンはジャンセンについてこう語る。「スティーヴと僕は多くの問題で、ことに哲学や精神性、信念体系に関する問題で、けっして目と目を合わせずにきた。彼を不可知論者と呼んでいいのかどうかわからない。独我論者かもしれない。彼はどんな神でもなかなか認めることができないんだ。自分自身の経験の範囲外にあるものはなんでも、存在を認めることを拒絶する」。だが、これはジャンセンの特有の美意識、つまり「見えるもの」や、「記憶」を、いかに大切に慈しむか、という意味にとれるだろう。そう、まるで彼の写真作品のように。音楽のように。

 ラストを飾る“アンド・バーズ・シング・オール・ナイト”は、ジャンセン自身が「パーソナルな曲」と語っていたが。じじつ、ステリオス・ロマリアディスのフルートと、イオルゴス・ヴェアリアスのギターとジャンセンの詞と歌と電子音によって奏でられる「微かな諦め、続いていく人生と、別れの曲」である。ここでの彼は、人生の淡い情景の中で、終わりを誠実に見つめている/歌っている。何かが終わり、そして、何かがはじまること。音楽とともに、芸術とともに続いていく人生。世界がどれほど醜悪になっても、微かな光を見出すために。まさにスティーヴ・ジャンセンの「アート・オブ・ライフ」である。むろん、私たち聴き手の人生にとっても……。

イギリスの国民投票とデモクラシー - ele-king

 いまとなっては進むも地獄戻るも地獄だろう。EU離脱に一票を投じた右翼でもリバタリアンでもない、ギリギリで生きているイギリスの人たちにとっては。これは彼らの切り札だった。少なくともそう使える価値のあるものだった。議会に自らの代表も持たず、誰も守ってくれるものもないかつての労働者、今では労働者とは名ばかりの、だからと言って失業者にもカウントされない「ゼロ時間契約(オン・コール・ワーカー)」に象徴される人々である彼らの最後の切り札だった。だけど、誰もそのことに気づいていなかったのだ。保守党のキャメロン首相はもちろん、労働党党首になった筋金入りの左翼、ジェレミー・コービンも、そして誰より有権者自身も気づいてなかった。そうやって、ほとんど最後の1枚だったかもしれない切り札をみすみす無駄にしてしまったのだ。離脱派が勝ってからうろたえて「離脱派は無知だ」と怒る(ネオも含む)リベラルのインテリたち、喜びの雄叫びを上げる極右のナショナリストたち、イギリスはもう終わりだ、EUはもう終わりだと嘆くメディアの人びと、その他(「プーチン高笑い」など)世界を巻き込んで繰り広げられるこのスラップスティックみたいな選挙には、とてもたくさん、日本の崖っぷちの人びとが参考にできることがあったと思う。
 
 選挙期間中からの残留派の宣伝通り、為替や株価が下がろうと上がろうと自分の生活には関係ない、だいたいその数字が信用できない、その情報を流すシティも大手メディアも利害関係者じゃないか。極右が流す情報だって同じくらい信用はできないにしても、「いままで」の体制で生活が悪化してきたことは確かで、それなら「いままで」とは違う体制を試してみてもいいじゃないか。もう失うものは何もないんだ──これって日本の私たちと同じだ。アベノミクスで円安株高、求人率は1倍以上だと胸を張られても、自分の生活にはまるで関係のない出来事でしかない。政府はしたり顔で「ヘイトスピーチは悪い事だ」と言いながら、やってることは難民受け入れ拒否に外国人「研修生」という名の奴隷制度まがい。なぜか消費税しか財源にできなくされた社会保障の問答無用の削減で、老後はもちろん病気も災害も、それどころか子供が生まれることさえ人生の不安材料になる──。そんな時、「自分の国ことは自分で決めようじゃないか!」なんてね。たぶん、そんなことをしても別にいいことなんか起きない。イギリスがEUを脱退したとしても、離脱に投票した人たちの生活は何も良くならない(残留派の宣伝ほどには悪くもならないとしても)。その人たちの中には、すでに100万人にも及ぶというゼロ時間契約の労働者が多く存在したという。これはオン・コール・ワーカーと言われる、つまり待機労働者というか、勤務時間はゼロで、雇用者が必要とする時だけ働いてその分だけの時給を受け取る働き方で、日本政府もお得意なあの「柔軟な働き方」のナイス・アイディアなのだ。さらに、仕事が減っているのも移民に奪われているせいとばかりは言えない。そもそも全体的に仕事は減っているし、これからも減っていくのだ。少々の移民入国制限が仮にできたとしても、ゼロ時間契約(あるいは派遣社員)のようなふざけた(雇用者に好都合な)仕事以外のまともな仕事が増える見込みは、どの先進国にもない。

 この現象を、「EUの終わりの始まり」「国民国家の復権」なんていう論調もあったけれど、私にはむしろ国民国家の断末魔だろう。スコットランドやウェールズ、北アイルランドばかりかロンドンまでが「独立してEU加盟」を目指したいとか言っている。グローバル経済は、「国民国家」の内側に、第三世界、(永遠に発展しない)発展途上国を作ったのだ。そんな「国内」で、意見がまとまるはずもない。国民国家を絶賛分断中のグローバル経済はもはや止めようはない。だってこれは人権のグローバル化と裏表の関係なのだ。グローバル経済は「格差を拡大する」のではなく、むしろ地球上の普通の暮らしをする人たち(中流層)の「格差を縮小する」。ただ、それが世界規模で起こるから、国レベルくらいの狭い地域だけで見れば、先進国では貧困が増えてしまう。先進国が発展途上国の人たちを差別して搾取して豊かになっていた時代の人権意識はすでに更新されていて、どの国で生まれようと人権は尊重されるという考え方を、人類はもう捨てることができない。何十年も先になれば、ベイシックインカムが普及して、働かない(消費するだけの)人の地位も上がり、貧困は仕事に就くことによってではない形で解決に向かうだろうが、いまのところはまだ、貧困は世界中に拡散中なのだ。21世紀になって、EUのエリート官僚をはじめ、アメリカでさえも、大金持ちからもう少し税金を徴収できないかと考え始めている。オキュパイ運動やパナマ文書への反応、ユーロ圏で合意済みの金融取引税、アメリカ大統領選では民主党左派のサンダースばかりかトランプまでが富裕層への増税を主張している。
 それでもゼロ時間契約は禁止されようとはしない。だから「離脱」が勝たざるをえなかったし、私はそれを「勝利」と感じるを禁じえなかった。テレビの中でこの「勝利」に快哉を上げるのは排外主義の極右ばかりだったけれど、これほどたくさんのイギリス人がレイシストなはずがないだろう。なぜ、キャメロンもコービンも彼らを説得できなかったのか。いや、説得しようともしなかった。本当なら、離脱派にはどうやって仕事を増やすか、あるいは社会保障をどうやって守るかを説明し、残留派の中の金持ちたちには「国は分裂の危機にある、どうかもう少しだけ増税させてくれ」と説得する姿を見せなければならなかったのに、そもそもそれをEUの責任だとする論調を、国内の緊縮財政や再配分の問題から目をそらさせるために利用したのだ。極右ナショナリストはさらにそれをイデオロギーのために利用し、ブライアン・イーノが控えめに訴えたように、企業経営者や富豪のリバタリアンたちがEUの規制を逃れられるとほくそんでいた。
 ゼロ時間契約の、最もマネー経済の割りを食った人々の訴えは、つまりは目的を共有していない人たちに食い物にされ、彼らはいまや最後の取引材料を失った。この選挙は最後の取引になるはずだった。その仲介をコービンが果たすべきだったのに。そうして、フランス革命よりも平和的で知性的な変革の一歩となすべきだったのに。彼らは、かろうじてEUの規制で守られていたささやかな労働者や消費者としての権利さえ失うかもしれない危機に立たされている。

 さて、こんな風に、イギリスのこの国民投票に関しては参考になることばかりだ。まず、「これはキャメロンの失敗だった、議会制民主主義の破壊である」というよく聞く意見について。これは右派左派関係ない。穏健派も急進派も関係ない。だいたい選挙なんてもんは、自分が肩入れしている側が勝てば正しい選挙だし、そうでなければ何かしら問題のある選挙になるんだ。けれども日本も含めたこれからの世界では、国民投票や住民投票はもっと一般的になるはずだ。議会制民主主義は基本的に信用を失いつつあって、それは大メディアと同じだ。テレビと代議士選挙の時代から、インターネットと住民投票の時代へと変わっていくだろう。いくべきだ。そして、選挙は「正しい意見」を決める制度ではないということもよくわかった。「正しい意見」なんてないんだ、ということについて、これほど世界の(ものを考える)人たちに突きつけた選挙は他になかったんじゃないだろうか。アメリカ大統領選でトランプが勝ち続けるのも、イギリス労働党でコービンが党首に選ばれることさえ、メジャーな人たちから見れば「正しい選択ではない」。ということになる。つまり、投票するときには「正しさ」より自分自身に必要な人、をストレートに選べばいいし、1人も「正しい人」がいなくても「よりマシな人」で我慢するときがあってもいい。なので、選挙結果についても、多数をとったから絶対的に正しい、とか絶対的に選ばれた、なんて思う必要もないのではないか。結果は尊重するにしろ、それは何かの偶然や喜劇的な「判断ミス!」があったからかもしれない。いずれ次の選挙までの話だ、絶対権力、白紙委任状を渡したわけじゃない、そんなに威張るな、という姿勢でいればいい。
 それから、どこかの選挙はなにがしか、世界と関係があるってこと。スペインの選挙では、左派政党ポデモスの勝利という大方の予想が外れたが、これはイギリスの国民投票の影響だ。どこかの国でナショナリストが勝利すれば、遠い国のナショナリストが力を得る。富裕層への増税やタックスヘイブンの規制なんかも一国や一地域ではできない話だ。何もかもがグローバル化しているのだ。グローバル経済、とつぶやけば、グローバル化は良くないことのように思えるかもしれないけれど、人権も富裕税もグローバル化していて、そのことで自国政府に圧力をかける可能性も出てくる。例えばロンドンの若者たちが、「この選挙では、私たちがよその国に出て勉強や仕事を自由にできる可能性を奪った」と怒っていた。多額の奨学金を背負い、苛烈な競争にさらされる若者の多くが、ナショナリズムではなく欧州人であることを選んだのだ。これはきっとイギリスだけではないだろう。きっと日本で同じような選挙をしても同じような結果になる。このことは大きな希望だ。崖っぷちの底辺生活者の切り札は無駄になったが、この新しい若者たちが、ギリギリの賭けにしか使えない切り札なんかより有効な、正当な取引きに最も近いように思えた。
 やっぱり投票には行く方がいいと思う。そして、白票ではなく、誰かの名前を書こう。いちばんマシな人を選ぼう。自分の意図をより反映していると思える人を。失うものなど何一つなくなったある日、いつの間にか積み上げられた掛け金を見せつけられ、ギリギリの切り札を切らなくて済むように、地味なことをやっとこう。たとえ負けても、その一票は得票率には反映される。

ROSKA Japan Tour 2016 - ele-king

 すべての音が出尽くしたとさえ言われているダンスミュージック。けれども、クラブで流れる曲は絶えず表情を変え、様々なスタイルが生まれている。もちろん、そのなかでトップDJとしてプレイし続けるのは容易なことではなく、今回来日するロスカの遍歴を見るだけでもそれが手に取るようにわかる。UKファンキーの重要プレイヤーとしての顔も彼にはあるが、時にはコールドなテクノから、図太いダブステップ、さらに艶かしいハウス・ミュージックまでも彼のDJデッキからは飛び出してくるから驚きだ。
 2015年に若手のスウィンドルと共に来日したときは、両者の相互作用もあり、ときに激しくときに緩やかにフロアの腰を突き動かす、UKブラックミュージックの「黒さ」を体感することができた。現在もラジオやクラブの一線で活躍するロスカが、どのように現在のシーンを切り取るのか注目しよう。イベントは今週末、東京(3日)と大阪(2日)で開催される。パート2スタイルやハイパー・ジュースなど、東京ベース・シーンのプレイヤーたちも出演。

Yumi Zouma - ele-king

 少しのもの足りなさ、少しの空腹感は、切ないという感覚と根本を同じくするのではないだろうか。何かが足りていないために生まれた隙間、それを埋めたくてやみくもな希求が生じる。いずれも空腹と切なさのメカニズムだ。そしてユミ・ゾウマの“バリケード(マター・オブ・ファクト)”は、それを具体的に証明してくれる。絶妙な隙間に支配されたこの曲を前に、私たちはわずかな渇きを、そしてもっと欲しいという願いを感じずにはいられない。

 ニュージーランドのシンセ・ポップ・ユニット、ユミ・ゾウマのデビュー・フル・アルバム。なんて「足りない」んだろう……音数もだが、プロダクションもヴォーカルも世界観も、どれも得がたい引き算によって隙が生じている。整えられ過ぎず、かつ粗雑さもない、情感に頼ることなく、しかしドライになることには慎重な──ごく上品な彼らのシンセジスは、無限に薄い空腹感を生みつづけ、満たすということがない。空いた心の隙をあるかないかの力で刺激して、さらに求めさせる。

 ほんの少し聴くだけで、すぐにエール・フランスからの影響を感じとることができる。タフ・アライアンスやJJなどの名を挙げるまでもなく、2008年前後はそうした北欧発のシンセ・ポップに大きな風が吹いていた。バレアリックと呼ばれながらも、潔癖的でどこか厭世感もにじませる彼らの音楽は、当時の一大潮流であったチルウェイヴに並行するように、ヒプノティックで逃避的なムードを表現し、時代の音として多くの人に記憶された。

 2013年にニュージーランドのベッドルームではじまったこのささやかなポップ・プロジェクトも、その影響をもろに浴びているようだ。何よりも音がそれを雄弁に語っているが、実際にエール・フランスをカヴァーしてもいて、それがきっかけでコラボレーションにまで発展している(※)。

※ユミ・ゾウマ・フィーチャリング・エール・フランス「イット・フィールズ・グッド・トゥ・ビー・アラウンド・ユー」。彼らの音は〈Cascine〉のアンテナにかかり、最初のシングル「EP I」や、それにつづくこれまでのリリースとして結実した。前掲のタフ・アライアンスやエンバシーらを擁する、スウェーデンのエレクトロ・ポップ~ソフト・ディスコ・レーベル、〈サーヴィス〉と縁の深いレーベルだ。

 しかしながら、2013年にもなっていまさらのエール・フランス・フォロワーかと若干の警戒をする向きもあっただろう。2015年にもなればなおさらだ。そう思うのももっともだし、事実として、それっぽいバンドやユニットはひっきりなしに生まれてきた。そして、そのすべてを切り捨てるわけにはいかないが、突出した存在を認めることもまた難しい。

 だが、そんな中でユミ・ゾウマはまったく段違いに輝いている。この日系ふうの名もまたよけいな先入観を抱かせてしまいそうだが、まったくの辛口のキレ、でなければ渋みを持ったユニットだ。音はもちろんドリーミーで甘やかだが、それを生む美意識は磨かれている。

 とにもかくにも“バリケード(マター・オブ・ファクト)”だ。アルバム中、もっとも忘れがたい面影を残していく。2、3年前の登場時のイメージからさらに垢抜けている。コード感とともにリズムを与えているシンセがハタと途切れるとき、わたしたちはユミ・ゾウマのデビューという完成形に触れるだろう。

 これまでのシングルには、〈サラ〉や〈エル〉などのギター・ポップに通じるところがわずかに感じられたが、このアルバムはもう少しダンス・オリエンテッドで、“テキスト・フロム・スウェーデン”や“ヘミスフィア”などのハウシーなディスコ・ナンバーにそのひとつの極点を持ち、“ドラクマ(Drachma)”のギターが刻む16ビートで幕を引く。だが全編を通して熱くなることはなく、チルアウト感も心地いい。時代の風の影響を受けずに立つ作品であり、かつ、シンセ・ポップ・リヴァイヴァル・ブームの残した最良の種が芽吹いている印象だ。お祭は一過性のものだが、あのとき残されたものが、ただのレトロ・ブームではなかったこと──新しいスタンダードとなるフォームを生んだということを、この作品を通して感じることができる。

 ちなみに、ニュージーランドと言われればついついとキウイ・ポップばかりを思い浮かべてしまうけれども、もちろんのこと、いろんなバンドやユニットが存在している。ネット時代だというのに、思いがけず聴こえてきた北欧バレアリックのフィーリングに驚いてしまった。ベッドルームに国境はない。ちなみにメンバーは故郷のクライストチャーチと、ニューヨーク、パリと、現在はバラバラに生活を営んでいる。

粉川哲夫 - ele-king

 前宣伝を見てリドリー・スコット監督『オデッセイ(原題:Martian)』はメンタルな映画だと思い込んでしまった。「火星にたった独り取り残された宇宙飛行士」だとか「奇跡のSFサバイバル」と謳われていれば、そう思わない方が不思議ではないだろうか。そして、その謳い文句は間違っているわけではなかった。実際に「火星にたった独り残された宇宙飛行士」が「奇跡のSFサバイバル」をやってのけるのだから。ただし、それは『127時間』や『ゼロ・グラビティ』のように「独り取り残された宇宙飛行士」が絶望したり、希望を抱いたりという精神的なプロセスには微塵も時間を割いていなかったのである。
 何をしていたのか。
 手作業である。
 「独り取り残された宇宙飛行士」は植物学者という設定なので、頭を抱えるシーンもなくいきなり食料をつくり始め、記録(=自撮り)を開始し、あちこちを修繕し、地球とも交信(=チャット)ができるようにする。主人公はまったく手を休めることがない。マット・デーモンによるそれらの演技はとくにコミカルな描写というわけではないものの、ゴールデン・グローブ賞ではコメディ/ミュージカル部門賞を受賞する。全編に流れるディスコ・ミュージックがそうした方向性を決定付けた気もしないではない。最初に予想したような悲壮感は地球に戻れるかもしれないという段階になって初めて訪れる。「独り」でいることはまったくネガティヴな響きを持たなかったのに。

 この作品を観る前に、粉川哲夫著『アキバと手の思考』を読んでいれば、リドリー・スコットの問題意識にもっと深く分け入ることができたかもしれない。タイトルから察することができるように、これまで逸早くニュー・メディアやコンピュータ社会を先取りしてきた著者が、本書ではこれからは「手作業」だと示唆している。粉川氏にしては珍しく、自らの生い立ちを導入部とし、戦後の秋葉原に通いつめた話から自由ラジオ、そして、執拗に繰り返されるのは半田ゴテでパーツを繋ぎ合わせていく手作業のプロセスで、時にはケガをすることから多くのフィードバックを得ていることがよくわかる。「自己責任」という言葉が秋葉原では早くから使われていたという指摘なども興味深い。
「手作業」の対極に置かれているものはパッケージ化された商品である。ラジオやコンピュータを自分で組み立てるのではなく、秋葉原でも始めから出来上がっているものが売られるようになっていくことを粉川氏は快く思っていない。パッケージ化されることで、身体性は疎外され、能動性を失っていくことに危惧があるからである。『オデッセイ』に即していえば、想定外のことが起きて物流が絶たれた場合、食料もつくれないし、地球との交信も確保できない人間が量産されていくことを意味している。
 粉川氏の本の書き方もパッケージ型とはだいぶ性格が異なっている。部品だけを並べたような構成で、これはデビュー作が書かれた80年代からまったく変わっていない。たとえばそれは「手作業の復権」というような思想をマニュアル化して読者にそのまま流し込もうというような性質からは遠ざかり、どの部分からでも好きに思考を発展させて下さいという書き方なのである。要するに使える人と使えない人が出てくる。僕は、まあ、上に書いたように『オデッセイ』という作品に手作業の復権という解釈を当てはめてみたと。

 マッチョの両義性にこだわってきたリドリー・スコットは、なんでも「手作業」でやってしまうことに同種のオブセッションを投影してみたのかもしれないけれど、ただ単純に「手作業」の面白さを伝えてきた映画監督には、たとえばミッシェル・ゴンドリーがいる。ダフト・パンクのクラスメートだったことから知名度を得たせいか、僕のまわりでは非常にバカにされているムードしかないものの、『僕らのミライへ逆回転』や『ムード・インディゴ』で全面展開される手作業の数々が類まれな爽快感を運んできたことは間違いない。そして、ハリウッドに疲れ、フランスに戻って撮った最新作『グッバイ、サマー』には彼の原点である少年時代の「手作業」が同じように爆笑を伴って再現されていた。子どもたちは廃品を集めて自動車をつくりあげる。ライセンスを取得できなかった二人は自動車にさらなる手を加えて、まんまと旅に出てしまう(どうやら実話らしい)。『オデッセイ』は追い詰められて仕方なく始めた「手作業」だった。しかし、『グッバイ、サマー』のそれは勝手に始めた「手作業」である。それが楽しかったからという以上の理屈は存在しない。粉川氏が「(アートの誕生日を祝う)「アーツ・バースデイ」は、「自主独立というよりも「勝手」にやるお祭りでありパーティである」(P110)と評した箇所にどこか重なるものがある。しかし、無条件で楽しいはずの「手作業」が実際にはパターン化され、お祭りからはほど遠いものになっていることも確かで、たとえば僕は自動改札の普及がすぐに思い浮かぶ。

 鉄道の改札が自動手改札に切り替わった頃、僕はボーッとして切符を入れる穴に家の鍵を差し込もうとしたことがあった。あの時、僕の手は何も考えていなかった。いまではパターン通りに動くようになってしまったけれど、自動改札に切り替わってすぐに、切符を裏にしたり横にしたり、様々なインサート方法を試みていた人もいた。そこにはこの世界とどう付き合うかという方法論や距離感が、ただ単に馴れてしまうだけではなく、予想外の回路を開くことがないかと「考える手」が躍動しているという印象があった。ヒドいのになると、前の人に続いて自動改札を通り抜ける時に、自分の切符は隣の自動改札に入れてしまうというのもあった。隣の改札は人数に対して一枚切符が多いだけだから、流れに支障は生じないけれど、その人が通り抜けた改札では自分は次の人の切符でゲートが開くものの、次の人は自分の切符がリターンしてくるにもかかわらず、ゲートが閉じてしまうという目に合ってしまう。この人は、しかし、わざとそうしたわけではない可能性もあることに僕は気がついた。利き腕の問題なのである。自動改札というのは右手で切符を入れるようにしかつくられていないので、左利きの人がそれに慣れていなければ=右手で考えるようにしなければ、システムには順応できないのである。どうして自分のなかからそんな動作が出てくるのか、本人にもきっとわからないに違いない。そういうことを目撃してからしばらく僕は左手で切符を入れるようにしてみた。いつしかそれにも馴れてしまったけれど、それだけのことがけっこう大変だったという記憶が僕の「左手」には残っている。

 自動改札が機能しなくなった時に、それを復旧させて通り抜けるのが『オデッセイ』なら、既存の自動改札の横にもう一台、自動改札を設置してしまうのが『グッバイ、サマー』だろうか。あるいはマルクス・ディートリッヒ監督『ビームマシンで連れ戻せ(原題:Sputnik)』はさらに面白い次元に辿り着いている。これは旧東ドイツの子どもたちが「ベルリンの壁」を無効にしてしまう装置を発明してしまうという映画で、裏打ちされている政治性とファンタジーの交錯がここまで見事だった作品はそうはない。それこそ自動改札にはなんの特権性もなくなり、自動改札がそこになければならない理由まで解体してしまうからである。「手作業」でここまで飛躍してしまうことは現実にはありえないけれど、なんとも面白い話を考えたものである。

 興味深いことに糸井重里もこのところ「手作業」の見直しを繰り返し訴えている。粉川哲夫と糸井重里はまったく接点がないし、それどころか資本主義に対する考え方は正反対のような気がしなくもない(?)。さらには思想的にも相容れなかった花田清輝と吉本隆明の思想をそれぞれに伝えるなど、場合によってはいがみ合う位置に行ったとしてもおかしくはないにもかかわらず、しかし、おそらくはまったく違う回路を経て同じことを予見しているのである。機械いじりが極端に苦手な僕としては、とにかく耳が痛い予見ではあるけれど(ちなみに糸井重里が「ほぼ日」のトップ・ページで毎日書いていることの全部とは言わないけれど、90%はミッシェル・ゴンドリー監督『僕らのミライに逆回転』にすべて盛り込まれている)。

Fishmans - ele-king

 今年は『空中キャンプ』と『ロング・シーズン』から20周年。フィッシュマンズ結成25周年ということで、1996年12月26日赤坂BLITZでのライヴがCD2枚組でリリースされる。名曲“ナイトクルージング”や30分にもおよぶ大作“ロング・シーズン”が演奏された感動的な夜の録音である。ちょうどそのライヴの少し前に、水越真紀さんと当時バンドの拠点だった淡島通り沿いのワイキキ・ビーチ・スタジオを訪ねた。リハで捻挫したといって、松葉杖をして佐藤伸治がやって来た。
 その当時も時代は大変だった。フィッシュマンズの強い気持ちのあり方は、しかしやがて訪れるよりハードな時代を生きるためのリハーサルだったかのようだ。この揺れ動く世界から逃げずに、そして「歩き出そうよ」と歌えたら、それはいま素晴らしいことに違いない。
 本作『LONG SEASON’96~7』は、zakが新たにミックスを加えている。彼はまったく音の魔術師だ。あらためて最高のダブ・ミキサーであることを確信した。あの日いた人もいなかった人も、必聴である。


フィッシュマンズ
LONG SEASON’96~7 96.12.26 赤坂BLITZ Live

ユニバーサル ミュージック

Amazon

Interview with Stuart Braithwaite (Mogwai) - ele-king

 2011年の9月、グラスゴーの小さなフェスでモグワイのライヴを見る機会があった。デリック・メイからジ・オーブ、ワイルド・ビースツなどのジャンル、新旧織り混ざったラインナップ、さらにザ・フォールの次という出番のなか、堂々とメイン・ステージの大トリを務めていた。ステージ上にはファンには馴染み深いセルティックのタオル、エフェクター、そしてスコットランドの国旗のシールが貼られたギター。客席にはスコティッシュ・アクセントで騒ぐ、スコティッシュ・ピープルたち。「荘厳」や「轟音」といったモグワイにかぶさる常套句ももちろん当てはまるライヴだったが、サウスロンドンのグライムMCが畳み掛けるような息づかいで自分の団地についてラップするのを聴いたときのような、圧倒的なローカリティに打ちのめされた夜として記憶に残っている。

 その年に出たアルバムは『ハードコアは死ぬことはないが、お前はちがう(Hardcore Will Never Die, But You Will)』だったが、彼らはそこにシリアスな意味を込めたわけではない。モグワイは2015年に結成20周年を迎えた平均年齢40歳のレペゼン・グラスゴーの「ヤング・チーム」だが、その20年という短くない期間において、彼らはこれまで音楽について、またそれ以外の事柄についても、あまり深くは語ってこなかったし、言葉を使うときは、シンプルなイメージ表現かジョークかのどちらかだったように思う。モグワイを取材した経験のある先輩ライターが「モグワイって音を聴くと思慮深そうだけど、メンバーはそこまで考えているわけでもない」なんて言っているのを聞いたこともある。音楽がすべてを語っていると言えば、それまでなのだが。

 だが近年のモグワイの活動を見ればわかるように、彼らの音や行動の裏には確固たるステートメントが存在しているようだ。2014年にスコットランドのUKからの独立を問う国民投票が行われ、独立派のカルチャー・アイコンとしてキャンペーンの先陣を切っていたのは、何を隠そうこのヤング・チームである。投票が近づくなか、彼らはインタヴューに応え、同郷のミュージシャンたちとライヴまでも行った。投票の結果、反対票が過半数を上回りスコットランドは独立することができなかったのだが、ギター上のナショナル・フラッグが一度もなびかなかったわけではない。彼らのホームであり、スコットランド一の人口を持つグラスゴーでは独立賛成票が過半数を超えていた。あの日、彼らの音楽は人々の声になっていた。


Mogwai - Atomic
Rock Action Records / ホステス

RockPostrock

Tower HMV Amazon

 10年代も折り返した2016年、モグワイから強烈な1枚『アトミック』が届いた。ドキュメンタリー作家マーク・カズンズがイギリスの公共放送BBCのために作成した、広島の原爆投下以降の原子力と人間の関係を描いた作品『アトミック・リヴィング・イン・ドレッド・アンド・プロミス(Atomic Living in Dread and Promise)』のサウンドトラックをモグワイが担当し、その楽曲を発展させアルバムに仕上げた作品というだけあって、楽曲の内容もタイトルも、いままで以上にヘヴィーだ。ドキュメンタリーにはヒロシマだけではなく、フクシマも出てくる。つまり、モグワイの音はスコットランドから遠くに住むわれわれにとっても無関係ではないのだ。何度も繰り返し聴くのには適さないかもしれないが、聴かないでいることはためらわれるアルバムである。

 偶然にも米国オバマ大統領が広島を訪問した翌週、モグワイは『アトミック』を携え、広島を終着点とした日本ツアーを行った。取材に応じてくれたのは、チームのキーマンであるギターのスチュアート・ブレイスウェイトだ。彼らが考えてないって? まったくそんなことはなかった。原子力の特別な知識をいっさい使わず、「なんかおかしいよな」という素朴な疑問から編み出された彼のシンプルな言葉にはちゃんと切れ味がある。わからないことであっても閉口しないこと。2011年のあの日以来、列島の人々が学んだ教訓を彼の言葉から思い出す。六本木EXシアターの楽屋裏、スチュアートが口を開けば、そこはグラスゴーだった。

■MOGWAI / モグワイ
1995年にスチュアート(G)、ドミニク(B)、マーティン(Dr)、バリー(Vo,G, Key)によって結成されたグラスゴーの重鎮バンド。翌年、自身のレーベル〈ロック・アクション・レコード 〉 よりシングル「Tuner/Lower」でデビュー。数枚のシングルなどを経て、グラスゴーを代表するレーベル〈ケミカルアンダーグラウンド〉と契約、97年にデビュー・アルバム『モグワイ・ヤング・チーム』を発表する。以来、現在までに7枚のスタジオ・アルバムをリリース。フジロック'06でのトリや、メタモルフォーゼ'10の圧巻のステージその他、来日公演も語り草となっている。2015年10月、ベスト・アルバム『セントラル・ベルターズ』を発表。この4月には、広島への原爆投下70年にあわせて昨年放送されたBBCのドキュメンタリー番組『Atomic: Living In Dread and Promise』のサントラのリワーク集『アトミック』もリリースされた。5月には3都市をまわるジャパン・ツアーを開催し成功を収めている。

去年はまるまる『アトミック』の制作をしていたってことになる。

とうとう東京、大阪、そして広島を回る日本ツアーの開始ですね。けっこうスケジュールは詰まっているんですか?

スチュアート・ブレイスウェイト:いや、そうでもないな。今日は金曜日に日本に着いてから、伊豆に住んでいる友だちの家でゆっくりしていたよ。

すごく良いところじゃないですか(笑)。スチュアートさんはまだグラスゴーに住んでいるんですよね? バリー(・バーンズ)さんはドイツに住んでいるようですが、他のメンバーの方もグラスゴー在住ですか?

スチュアート:俺の住んでいる場所はあいかわらずグラスゴーのウエストエンドだよ(笑)。バリー以外はグラスゴー近郊に住んでいるけど、彼もグラスゴーに家を持っている、集まろうと思えば簡単に会える。

あなたが運営しているレーベル〈ロック・アクション(Rock Action)〉の調子はいかがですか? 

スチュアート:おかげさまで忙しくしているよ。2016年に入ってからもマグスター(Mugstar)とデ・ローザ(De Rosa)のアルバムを出したばかりだし、2015年もセイクレッド・ポーズ(Sacred Paws)やエラーズ(Erros)のアルバムを出せたしね。おっと、それから俺たちモグワイの新作も〈ロック・アクション〉からのリリースだ(笑)。グラスゴーのバンドが多い。リメンバー・リメンバー(Remember Remember)のグレアム(・ロナルド)は最近アメリカへ引っ越しちゃったんだけどな。

ではモグワイの新作『アトミック(Atomic)』について訊いていこうと思います。今作は2015年に放映されたBBCのドキュメンタリー番組(『Atomic Living in Dread and Promise』)のサウンドトラックのために作られたアルバムだとのことですが、制作にはどのくらいの時間がかかったのでしょうか?

スチュアート:最初にできた曲は“ファット・マン(Fat Man)”で最後にできたのは“イーサー(Ether)”だ。制作は2015年の春からはじまって、夏にサントラのためにレコーディングをして、秋にはアルバム用に作業をしていたね。だから去年はまるまる『アトミック』の制作をしていたってことになる。

たしかに、いままでの俺たちのやり方とはぜんぜん違うよな。ジョークを言う余地はなかった。

Mogwai / Ether

これまでのモグワイのインタヴューを読み返してみると、曲名やコンセプトにそこまでこだわっていないという趣旨の発言もされています。ですが、今回は「原子力」というとても明確なテーマがあり、曲名も“リトル・ボーイ(Little Boy)”や“ファット・マン(Fat Man)”といった、その黒い歴史を象徴するワードが多く、いままでのモグワイとはかなり対照的な作品だとも言えるでしょう。今回は制作にあたって、テーマに合わせて一から曲を作っていったのでしょうか?

スチュアート:まず「原子力」というテーマがあって、それに合わせて曲を作っていった感じだ。核技術、核爆弾、原発事故といったトピックがドキュメンタリーには登場するんだけど、それらに準じた事柄から名前がとられている。曲ができてから曲名をつけたんだけどね。たしかに、いままでの俺たちのやり方とはぜんぜん違うよな。ジョークを言う余地はなかった(笑)!

曲を作る段階でBBC側からあらかじめ映像や脚本を渡されていたのでしょうか? 

スチュアート:曲を作りはじめた初期段階から、監督のマーク・カズンズ(Mark Cousins)とは打ち合わせをしていて、そのときに映像に使用する予定の映像を見せてくれた。戦争や科学など、いろんな側面から核を捉えた映像だったね。ドキュメンタリーが完成する前だったから、そのときに見た映像の時系列はバラバラだったんだけど、着想を得るには十分だった。

映像制作陣から具体的な曲のディレクションはありましたか?

スチュアート:マークからディレクションがあったわけじゃなくて、基本的にバンドで自由に曲を作っているよ。もちろん映像に曲をフィットさせた部分もある。良いコラボレーションができたと思う。

広島を訪れる前から核兵器に反対していたけど、実際に平和記念公園へ行ってみたら自分は原爆についてほとんど何にも考えていなかったんだなって思わされたよ。

このアルバムの曲名には、一般的な日本人にはあまり馴染みのないものがあります。たとえば“U-235”は広島に投下された原爆に使用されたウランの同位体のことですが、恥ずかしながら僕はいままで知りませんでした。このサウンドトラックを作っている間、ご自分で原子力の歴史についてお調べになったのでしょうか?

スチュアート:ラッキーなことに、俺たちには化学者の友だちがいてさ。彼にも監督との打ち合わせに参加してもらって、そこで具体的な技術や核の歴史についても話してもらった。じつはその友だちに曲のタイトルをつけるのを手伝ってもらったんだよね(笑)。監督のマークにもテーマに関する助言をしていたよ。名前はアンディ・ブルー(Andy Blue)っていうんだけど、重要人物なのにアルバムにクレジットするのを忘れていたぜ(笑)! ははは!

アンディさんはモグワイのブレーンですね(笑)。一応事実確認なんですが、スチュアートさんはCND(注1)のメンバーなんですよね?

スチュアート:そうだよ。ドラムのマーティン(・ブロック)もメンバーだ。

メンバーになったきっかけを教えていただけますか?

スチュアート:俺はずっと核兵器には反対の立場をとってきた。10年くらい前にギグで広島へ行ったんだけど、そのときに平和記念公園にも行ってね。あれはでっかい体験で、その後にCNDのメンバーになることを決心した。  広島を訪れる前から核兵器に反対していたけど、実際に平和記念公園へ行ってみたら自分は原爆についてほとんど何にも考えていなかったんだなって思わされたよ。

スコットランドでは一般の人々は核兵器や原子力についてどのようなイメージを抱いているのでしょうか?

スチュアート:核は悪いものだって思っている人は多いと思うよ。とくにグラスゴーは近くに原子力施設があるから、核エネルギーに関して危機感を持っている人は一定数いる。それなのに政府は、「原発は雇用をつくっています」的ないい加減な情報を流しているんだよね。数千人規模の雇用を生み出しているって言っているくせに、実際に働いているのは数百人ってところだ。

原発の問題は原子力そのものだけではなくて、かなり複合的な問題だ。

日本でも同じようなことが起きていました。原発の安全神話が広告やメディアを通して世間に流布して、真実が見えにくくなっていった。原発産業の構造もいびつで、原発周辺住民にはお金を払っていたりしますね。住む場所によっても問題に対する意識が違ったりもします。

スチュアート:うんうん、そうだよな。原発の問題は原子力そのものだけではなくて、かなり複合的な問題だ。スコットランドには人口の少ない北部にも原子力施設があるんだけど、その地域の人々は違った考え方をしているかもしれない。

2011年の6月に、大量発生したクラゲが冷却装置に侵入したことが原因で、スコットランドのトーネス原発が停止しました。福島の原発事故の後だったので、日本でも反応している人が多かったですね。ちょうどその出来事の後、僕はグラスゴーにいて、それについて現地の人と話してみたんですけど、原発の停止を知らなかったり、「まぁ、事故が起きたわけじゃないだし」と言う人もいたりしました。原子力関連のニュースはあまり話題にならないんですか?

スチュアート:あの事件はよく覚えているよ。スコットランドのメディアはたいしたことないからなぁ(笑)。情報をかなり絞っているから、詳細がなかなか一般層に伝わっていないんだ。

まずはサン・ラーだろ。それからウィリアム・オニーバー(William Onyeabor)の“アトミック・ボム”。あとボブ・ディランの“戦争の親玉”だな。こういった曲を聴ききながら、原子力について考えるようになったのかもしれない。

スコットランドに限ったことじゃないですよ。ところで、日本には『ゴジラ』や『鉄腕アトム』など、原子力を背景に生まれた文化のアイコンがありますが、そういったものには馴染みはありますか?

スチュアート:『ゴジラ』は大好きだよ! あの作品に原子力と関連した背景があるとは考えて観ていたわけじゃないけど、たしかにその繋がりはかなり説得力があるね。

原子力について歌った曲で、何が真っ先に思い浮かびますか?

スチュアート:何曲か思い浮かぶな。まずはサン・ラーだろ。それからウィリアム・オニーバー(William Onyeabor)の“アトミック・ボム”。あとボブ・ディランの“戦争の親玉”だな。こういった曲を聴ききながら、原子力について考えるようになったのかもしれない。
 自分たちが曲を書いているときも、もちろん同じようなことを考えていた。でも同時期に作っていたすべての曲が、原子力に関する曲だったわけじゃない。自分がやっているもうひとつのグループのマイナー・ヴィクトリーズの曲を作っていたんだけど、その時は気持ちを切り替えて作っていた。自分が作る曲は、その時々でその裏にある伝えたいものは変わってくる。

[[SplitPage]]

人間なんだからそれぞれの自分の考えを持っていて当然だし、俺たちがやることに対して反対意見があって当然だと思う。それでも俺は自分の意見を持つことが大事だと思うし、自分とは違った意見を持つ人々に対しても耳を傾けるべきだと思うし、そうすることに間違いなく価値があるんじゃないかな。

2011年の福島での原発事故のあと、日本では多くのミュージシャンたちが反原発を表明しました。彼らは賛同得た一方で、もちろんさまざまな批判にもあいました。今回、モグワイも原子力への考えを明確にしたわけですが、異なる立場の人々から自分たちが批判を受けるであろうことは予測していたと思います。なぜあなたたちは、そのようなリスキーな選択をする決心をしたのでしょうか?

スチュアート:人間なんだからそれぞれの自分の考えを持っていて当然だし、俺たちがやることに対して反対意見があって当然だと思う。それでも俺は自分の意見を持つことが大事だと思うし、自分とは違った意見を持つ人々に対しても耳を傾けるべきだと思うし、そうすることに間違いなく価値があるんじゃないかな。
 多少はリスキーなことかもしれないけど、今回のプロジェクトは素晴らしいものだってわかったから、自分たちの主張を前に出す決断をすることができた。原子力に関するステートメントだけではなく、俺たちのアティチュードや信条とも共鳴する部分がこのプロジェクトにはあったしね。
 もし自分たちが特定の意見??今回は原子力に関するもの??がなかったとしても、このプロジェクトを進めることができたかもしれない。俺たちの役割は曲を作ることだったからさ。このレコードにある政治的なテキストは監督のマークが考えたもので、俺たちはその考えを広める役割を担っただけだしな(笑)。でも音楽にだけではなく、さらには俺たちの考えにも耳を傾けてくれた人たちもいて嬉しかったよ。

原子力に関するバンドのなかでの意見はみんな一致しているのでしょうか?

スチュアート:もちろん。メンバー全員が同じ意見を100パーセント共有している。

偶然ですが、あなたたちが広島公演を行うのとほぼ同タイミングで、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問するんですよね。

スチュアート:彼が訪問するなんて思いもよらなかったよな。日本の人たちがどの程度、普段から広島について考えているかわからないから、今回のオバマ大統領の訪問がどんな意味を持つのか、俺にはよくわからないんだけどね。モグワイがほぼ同じ時期に広島に来ることになるなんて、すごい偶然だよな。

本当に核兵器が必要なのかどうか疑問だし、核兵器を管理するお金を貧困層にまわせばいいのにと思う。なんかおかしいよな。

核軍縮を訴えたプラハ宣言が大きなきっかけとなり、2009年にオバマ大統領はノーベル平和賞を受賞しました。しかし、現段階でアメリカは核軍縮に向け具体的な努力をしているとは言えません。オバマ大統領に対して何か意見はありますか?

スチュアート:彼が核軍縮を訴える姿はかっこいいけどね(笑)。本当に核兵器が必要なのかどうか疑問だし、核兵器を管理するお金を貧困層にまわせばいいのにと思う。なんかおかしいよな。

このアルバムやドキュメンタリーのプロジェクトを通して、あなたたちが成し遂げたいこととは何でしょうか?

スチュアート:このアルバムやプロジェクトがどのような効果を及ぼすまでは俺にはわからない。でも、歴史を振り返ってみて、過去に起きたことを知るきっかけになればいいと思う。具体的に何が変わるかはわからないけど、多くの人々が、この原子力について考えるようになればそれでいいんだ。

スコットランドの独立を支持する意見のなかには、UK全体の政治のなかで、スコットランド票がまったく機能していないというものがある。つまりUKの政治にはスコットランドの声が届いていないということだ。


Mogwai - Atomic
Rock Action Records / ホステス

RockPostrock

Tower HMV Amazon

それではスコットランドに関連する質問をさせてください。モグワイは2014年のスコットランド独立を問う国民投票に合わせて、独立賛成派として同じくスコットランド出身のフランツ・フェルディナンドらとともに、独立派を支援するキャンペーンを行っていましたが、投票の結果、賛成票が過半数に届かずスコットランドは独立することはできませんでした。現時点から振り返ってみて、あなたはスコットランドの独立をどのように捉えていますか?

スチュアート:いまだって俺はスコットランドの独立を支持しているし、そうするべきだと思っているよ。たしかに俺たちは国民投票前に独立派のキャンペーンにも関わっていたから、票を得られなかったのはけっこう辛い経験だったことは事実だ(笑)。でも機会があればまた俺たちは関わるだろう。

スコットランド人の学生やミュージシャンに独立について意見を聞いてみたのですが、リベラルな意見を持った人々も独立を支持していますよね。またイングランドの労働党のサポーターにも、スコットランドの独立を肯定的に捉えている人々がいます。ですが、周辺国や日本には、保守派や「クレイジーな右派」が独立支持の多くを占めていると思っている人が多い印象があるんですよ。

スチュアート:実際にはぜんぜん違うのにね。スコットランドの独立を支持する意見のなかには、UK全体の政治のなかで、スコットランド票がまったく機能していないというものがある。つまりUKの政治にはスコットランドの声が届いていないということだ。なぜスコットランドも構成国のひとつなのに、イングランド側が決めた方針で核兵器やイラク戦争に国の金が使われなきゃいけないんだ? 難民問題に対するUKの対応だってひどいよな。独立派のなかには、スコットランドが政治的に自由になって、よりリベラルで社会主義的な姿勢を国政に反映させることを望む声だってあったんだよ。クレイジーな戦争なんてうんざりだって意見もあった。いまは少し変わってしまった部分もあるけどね。そういった人々にとって、当時のSNP(注2)は良いオルタナティヴに見えた。

セルティックは60年代にヨーロピアン・カップで優勝したことがあるんだけど、そのセルティックとレスターが重なって見えてさ。

残念ながら、日本にはユナイテッド・キングダムがどういう仕組みになっているのか、スコットランドがどういう立場にいるのかを理解している人が多いとは言えません。モグワイがもし次に大きなプロジェクトに取り掛かるとしたら、スコットランドへの理解を深めるようなものがいいかもしれませんね。現に僕はあなたのギターに貼ってある、スコットランドの国旗のシールがきっかけになって、スコットランド人のアイデンティティについて考えるようになりましたから。

スチュアート:日本はスコットランドから遠いからなぁ(笑)。それはやってみる価値があるかも。国際的なサポートを集めるのは大事だよな(笑)。

最後に政治とはまったく関係のない、フットボールのトピックへ移りましょう。リーグは違いますが、今年イングランドのプレミアム・リーグでは地方の弱小チームだったレスターが優勝しました。あなたはグラスゴーのセルティックの熱心なファンだと知られています。レスターの優勝はあなたのセルティック愛へ何か影響を及ぼしましたか?

スチュアート:隣の国のことだけど、めちゃくちゃ良い話だと思ったよ。とてもインスパイアされた。セルティックは60年代にヨーロピアン・カップで優勝したことがあるんだけど、そのセルティックとレスターが重なって見えてさ。当時のセルティックはいまよりももっと規模が小さなチームだったんだけど、さらに大きなイタリアやスペイン、そしてイングランドのチームに勝利したわけだから。

去年、清水エスパルスという日本のJリーグのチームが下部のリーグへ降格してしまったんですが、エスパルス・ファンにもレスターは大きな希望を与えたみたいです。国際的にものすごく勇気を与える存在ってなかなかいないですよね。

スチュアート:うわぁー、それは残念だったね。いまもセルティックはヨーロッパのなかでは小さなチームだから、レスターの優勝にはすごく大きな希望をもらったよ(笑)。こんなに広い範囲でインスピレーションを与えるってすごいことだよな。

(注1)
CND(Campaign for Nuclear Disarmament)、核軍縮キャンペーン。1957年に設立された反核運動団体。

(注2)
SNP(Scottish National Party)、スコットランド国民党。スコットランドの地域政党で、UKからの分離・独立、親EUを主張する。2015年5月のUK総選挙で、 SNPは56議席を獲得し、保守党と労働等につぐ第三党になった。

 つい先日、yahooニュースでの原稿をまとめた『ヨーロッパ・コーリング』を岩波書店から発表したばかりのブレイディみかこだが、ブレグジットのインパクトがネットでニュースで騒がれている今日、彼女に休む時間はないだろう……なにしろ時間が進む速度は、あまりにも速すぎる。サッカーと同じだ。昔はブラジル型の遅攻が格好良かったが、いまでは速さがないと試合に勝てない。疲れるのは無理もない。
 そんな疲れる時代において、ブレイディみかこのコラムがその痛快さ、切実さをもっていまや多くの人に読まれていることは、同じ言葉を扱っている人間にとって実に勇気づけられることである。
 コラムニストは社会学者ではない、主語が「私」だ。ミュージシャンにも似て、「私」の目で世界を見る。その昔セックス・ピストルズに触発された彼女は、英国ブライトンで暮らしながら、きっといまでもセックス・ピストルズに触発され、彼女が好きな日本の文化(伊藤野枝、坂口安吾、えー、ほかにもいろいろ)を忘れることなく、同時にまた英国に同化することなく(イギリス在住日本人には、自分をイギリス白人だと勘違いしているが多い、アメリカにも)、しかし、日本ではあまり見ない、あまりに描かれてはいない、ある種の人たちに強い共感を寄せる。
 小さな政府が現れ、所得による階層分化がはじまったのは80年代だが、90年代にその流れは加速し、2000年代になってからはさらに深刻さを増している。いや、もうダムは決壊しているのだろう。我々の目の前で。ブレイディみかこは、まさにそのあり様=時代を捉えているわけだが、彼女が共感し、言葉にしているのことの多くは、新自由主義にひどい目にあっている人たち/抗っている人たちについてである。たとえるなら、ケン・ローチのようなアプローチでコラムを書いていると言えるだろう。
 
 さて、最高に格好いい装丁の『ヨーロッパ・コーリング』刊行に乗って、『アナキズム・イン・ザ・UK』も重版した。いま読み返しても、今回のブレグジット前夜の英国が描かれているし、彼女の洞察力やユーモアもさることながら、生きていくことの彼女の力強さには心が打たれる。音楽で言えばこちらはソウル・ミュージック。未読の方はこの機会にぜひ手にとって欲しい。


アナキズム・イン・ザ・UK
──壊れた英国とパンク保育士奮闘記──
ブレイディみかこ(著)

Amazon

Bim One Productions - ele-king

日本にいながらにして世界で活動することは、今日においてはさほど難しいことではなくなった。東京のビム・ワン・プロダクションズがそのなかで埋もれずに個性を発揮しているのは、楽曲制作の実力だけではなく、足を動かして海外に出向く行動力、そして誰と何をどうやるかを見極める鑑識眼も彼らに備わっているからだろう。ふたりの軌跡をたどってみれば、そこにはザ・バグことケヴィン・マーティンや彼が見出したイスラエル出身の新世代シンガーのミス・レッド、そしてグラスゴーのダブ帝国、マンゴズ・ハイファイなど優れたミュージシャンたちの姿がある。
国境を越えた相互のコミュニケーションから生み出された楽曲はレゲエ/ダブ、ひいてはベース・ミュージック全体で着実にサポーターを獲得してきた。今回リリースされるアルバムでは、独自の音楽ネットワークを通して、ビム・ワンのふたりが作ってきたリミックスや新曲が収録される。共同体とは何かが問われている現在、こうして移動と交流から作り出された音楽を聴くことができるのは嬉しいことだ。
発売は7月20日を予定。今回も数々のミュージシャンの名前がクレジットされ、解説はディスク・ショップ・ゼロの飯島直樹氏が担当している。

Easy Skanking ft. Sr.Wilson | Forthcoming Album - Crucial Works

Bim One Productionは東京をベースに活動するレゲエのリズムの進化を促すエレクトロニック・レゲエ・リズム・プロダクション。メンバーに東京オリジナル・ラガマフィン・グループRub-A- Dub Marketのサウンドの要であるe-muraと、DJ兼トラックメーカーである1TA a.k.a. DJ 1TA-RAWが在籍。「世界基準のサウンドシステム・ミュージック」をコンセプトにドスの効いたサウンドプロダクションを提供、国内のみならず海外のアーティストとのコラボレーション、Remixなど様々な形で作品を生産。2014年結成にて同年3月にはフランスのレゲエMC、Shanti Dとのコラボレーション曲が収録された「Gun Shot E.P.」を世界リリース。2015年行われたDry & Heavy Dubコンテストにて見事優勝、UKのBBC Radioでもデヴィット・ロディガンやトドラ・ティーなどがへヴィー・プレイし海を越えてスマッシュ・ヒットした「Don't Stop The Sound」など、勢いを増す新星レゲエ・クリエーター・チーム待望の作品集が『Crucial Works』だ。

(リリース情報)
アーティスト: Bim One Productions
アルバムタイトル: Crucial Works
レーベル: Bim One Productions / Riddim Chango
品番: BIMPCD-001
発売日: 7/20 (水)
定価: 2340yen(税抜)
解説:飯島直樹(Disc Shop Zero)
Track List:
1. Bim One Productions feat. Shanti D - Dubshot
2. Bim One Productions feat. Pablo Gad - Hard Times VIP
3. Natty King - System (Bim One Mix)
4. Bim One Productions feat.Junior Dread - No Cocaine
5. Bim One Productions feat.Macka B - Don't Stop The Sound
6. Pupa Jim - UFO (Bim One RMX)
7. Mungo's Hi-Fi feat. Mr.Williamz - Thousand Style (Bim One RMX)
8. Danny-T feat.Parly B - Dreader Than Dread (Bim One RMX)
9. Original One feat.Parly B - Mi Bredren (Bim One Mix)
10. Bim One Productions feat. Sr.Wilson - Easy Skanking
11. Mr.Williamz - Pull Over (Bim One RMX) - Pure Niceness
12. Bim One vs Dry & Heavy - Jam Rock (Respect Remix)
13. Bim One Productions feat. Sr.Willson - New Life
14. Mungo's Hi-Fi feat. Cornel Campbell - Jah Say Love (Bim One RMX)

Various Artists - ele-king

 アイスランドがイングランドに勝ったよ。ウェールズ(良いチーム!)の躍進も驚きだったが、これこそ大番狂わせだった。練習そのものが困難な雪と氷の国だ。そしてチャンネルを変えると、いかにも人の良さそうなオバマ大統領が、離脱に関してヒステリックになりすぎていると語っている。オバマ、広島まで来たもんな……。つーか、やっぱ温度差あるな。そこでぼくは思い出した。92年? 93年だったか、ジョン・メイジャー首相時代だったと思う。年は忘れた。が、その発言は忘れない。アレックス・パターソンに取材したときのこと、いまUK音楽は危機に瀕している……みたいなことを彼はいきなり言いだした。それはどういうことかと訊ねると、福祉予算がカットされ、これからミュージシャンは失業保険で生活できなくなる。これまでUK音楽が素晴らしい成果を残してきた背景には、バンドやってるフリーターも失業保険をもらえたからだと、そんな旨を彼は話しはじめたのだった。
 パンクに夢中だった70年代末、音楽誌でUKのパンク・ロッカーのインタヴューを読むと「失業保険」という単語がやたら出てくる。働いていない若者が金もらえるのか、日本でカッティングエッジなバンドをやって国から金もらっているなんて聞いたことがない、イギリスはやっぱ日本と違って福祉国家なんだなと、つくづくそう思った。そして、いくら「福祉予算がカットされる」と嘆かれても日本人には共感しようがなかった。そんな豊かな過去など聞いたことがないから。
 あくまでも個人的な経験に過ぎないが、もうひとつ思い出した言葉がある。イギリス人と結婚してロンドンに10年近くも住み続け、離婚して日本に帰ってきた友人の言葉だった。結局彼らはイギリス好きだしさーと彼女は言った。なるほど、とぼくは思った。バイクにスポーツ、音楽、ファッション、魅力的な文化をたくさん生んできた国、多少気候と景気が悪くても、そうそう嫌いにはなれないだろう。しかも福祉国家。右派リベラルと呼ばれうる人たち、気の良いイギリス好きのイギリス人、そのように括られる感情があるのもぜんぜんよくわかる。イギリス人であるピーター・バラカンさんの記事にもあったけど、昔のように……と思う高齢者が多いのは考えてみれば当然の話だ。

夜が永遠と等しく、朝は思い出しかないところに、いっしょに行こうという者はいないのか? サミュエル・R・ディレイニー『ノヴァ』(伊藤典男訳)

 アフロ・フューチャリズムと呼ばれるコンセプトがアメリカで生まれたのは必然である。アフロ・アメリカには心から寄り添うべき過去、懐かしむべき過去がないからだ。エイミー・ワインハウスとビヨンセとの決定的な違いはそのなかに横たわっている。1950年代の自分たちの祖先の暮らしを享楽的に振り返ることなどできない。テクノもジュークもドリルも、トラップもそうだ。日本の現代のヒップホップを聴けばわかるが、前を見るしかない。エレクトロニック・ミュージックがドイツやアメリカのアフロ・コミュニティでこそ拡大した理由もそこだ。EU離脱の日にリリースされたエイドリアン・シャーウッドの編集した〈ON-U〉のベスト盤は、アメリカに触発された時期の曲を集めたものである。
 疲れたときにはご機嫌なレゲエを聴くのがいちばんだが、このCDにあるのは緊張感だ。NYでシュガーヒルと出会い、エレクトロを吸収し、そしてインダストリアルと接触した時期のシャーウッドの手がけた音源が収録されている。リー・スクラッチ・ペリー、マーク・スチュワート、ミニストリー、KMFDM、アフリカン・ヘッド・チャージ、ダブ・シンジケート……、メタリックなダブ・ファンクで、好みが分かれるところだろうけれど、いまこの瞬間にはぴったりだ。まあ、楽してまとめれば新自由主義真っ直中で、ほかの文化と混合することを望んだ音楽の記録と言えよう。UKダブの果敢な冒険録である。
 トム・ヨークが再投票を呼びかけていると知って、最初はエリートっぽい上から態度だなーと思ったが、ひと晩寝て考えてみると、しかしそれはそれで捨て身の呼びかけにも思えてくる。新自由主義に対してのあれだけの批判者が、新自由主義にとって好都合な残留ということに躊躇無く必死になるということは、報道されている以上に複雑で深刻な状況があるのだろう。人は物事を単純化し、簡単に理解したがる。敵の敵は味方になり,事態は最悪になる。労働者階級の怒りが沸点に達したという報道もあった。しかしそれなら、あれだけ残留を主張していたUK音楽シーン(一部除く)をどう評価すればいいのかということだ。アレックス・パターソンが案じたように、福祉予算カットとともにクオリティも落ちたのか? 格差が生まれ,分断化されたことは事実だろう。24日、グラストンベリーのニュースを見ながら、若かったとはいえよくも行ったもんだよな、と思った。
 26日、スペイン総選挙では、ポデモス率いる左派連合が投票で敗れた。そのニュースとまるで交互に、英労働党ジェレミー・コービンの進退に関するニュースが流れている。そして27日、『ヨーロッパ・コーリング』を読んだ。いやー、なんというか、これではブレイディみかこさんも忙しいわけだよ。彼女はホント、タフな人だ。つーか、学者さんたち、がんばってください。オバマが言うように、インターネットはヒステリックなメディアだ。気をつけよう。足の引っ張り合いはよくない。ただ、知りたいことはたくさんある。アイスランドやウェールズが勝っているのは、技術ではなくチーム力ゆえだ。しかし、フランスとベルギーに勝つのは難しいだろうな。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972