たとえ自分の音楽に長い時間をかけることになっても、ぼくはつねに「正しい」と思えてから初めてリリースすることにしている。 / 彼ら(=マッシヴ・アタック)のじっくり時間をかけて進めてゆく手法を見て、ぼくは自分で準備が整ったと感じるまで何もリリースするべきじゃないということを学んだ。
![]() Forest Swords Compassion Ninja Tune / ビート |
この男は何をしているのだろう。大地に転がる岩を持ち上げた後にバランスを崩し、ひっくり返ってしまったようにも見える。あるいは上空から落下してきた隕石を全身で受け止め、必死で支えているようにも見える。それとも何か宗教の修行の最中なのだろうか? いずれにせよ彼は、通常では起こりえない状況にその身を置いている。おそらく彼は耐えている。何に? わからない。だがおそらく彼は、苦しんでいる。
フォレスト・ソーズは、リヴァプール出身のプロデューサー、マシュー・バーンズによるプロジェクトである。彼は〈Tri Angle〉からリリースされた前作『Engravings』でウィッチハウスの隆盛の一端を担い、その後ゲーム音楽や映画音楽を手がけたりコンテンポラリー・ダンス作品のスコアを担当したりするなど、どんどんその活動の幅を広げていっている。最近ではマッシヴ・アタックとのコラボやビョークのリミックスも話題となった。そんな彼が満を持して〈Ninja Tune〉から放ったセカンド・アルバムが『Compassion』である。
タイトルの「compassion」は「同情」という意味だが、この単語は見てのとおり「passion」という語に「com-」という接頭辞がくっつくことで成立している。「passion」とは一般的には「情熱」を意味するが、その原義は「受難、苦しみ」である。つまり「compassion」とは「ともに苦しむこと」なのである。
ということは、アートワークで被写体となっているこの男は、自らの苦しみを誰かとわかち合おうとしているのだろうか? 『TMT』はフォレスト・ソーズのこのアルバムについて、スーザン・ソンタグの写真論『他者の苦痛へのまなざし』を引用しながら論じている。たしかに、僕たちはネットやテレビや新聞に掲載される写真を介して、遠くの戦場の惨禍を想像することができる。僕たちは「安全な」場所でリラックスして、いつもどおりの日常を送りながら他者の苦しみを眺めることができる。そして僕たちがその行為の暴力性を意識することはめったにない。では『Compassion』のこのアートワークは、そんな僕たちの残忍性を非難しているのだろうか? しかし石の下敷きになっているこの男の表情は両義的だ。不思議なことにこの男は、自らが置かれた状況を楽しんでいるようにも見えるのである。だからこのアートワークはおそらく、僕たちのまなざしを糾弾しようとしているのではなくて、もっと別の何かを伝えようとしているんだと思う。
この危機的であるはずの光景を中和しているのが、薄く差し入れられたブルーとオレンジの彩りだ。それらの差し色によってモノクロの原画は独特のセピア感を帯同させられているが、この繊細な色彩感覚はフォレスト・ソーズのサウンドにもよく表れ出ている。
映画のサウンドトラックのようなホーン、打ち込まれるパーカッション、むせび泣くコード、もの悲しげなメロディ、ところどころ顔を出す日本風のメロディ、何かを主張するエディットされた音声。それらのサウンドの見事な調和が、ダビーでサイケデリックな『Compassion』の音響世界に幽玄なムードをもたらしている。ダークではあるが、悲愴感はない。その絶妙な均衡感覚こそがこのアルバムの醍醐味だろう。
そもそも、苦しみ(passion)を共有する(com-)ことなど不可能である。そのことを踏まえた上で『Compassion』は、その事実を悲観的に捉えるのではなく、ポジティヴに呈示しようとしているのではないか。バーンズ自身は以下のインタヴューで「人を迎え入れるようなアルバムを作りたかった」と発言しているが、フォレスト・ソーズの『Compassion』は、「ともに苦しむこと」の不可能性を引き受けた上で、それでもなお他者の苦しみと向き合おうとする、そういうアルバムなのだと思う。
「なんだっていい。とにかくほれぼれするほどの傑作を作りなさい」とその教師はいつも言っていた。彼は数年前に亡くなってしまったが、ぼくが作るものはすべて彼に捧げている。
■今回の新作のアートワークはおもしろいですね。うっすらと入っているブルーやオレンジの色合いがとても綺麗ですが、写されているのはなんとも奇妙な光景です。彼は何をしているところなのでしょうか?
マシュー・バーンズ(Matthew Barnes、以下MB):このイメージがアルバムのサウンドにぴったり合っているように思ったんだ。この写真には、本当に美しい何かがある――もともとは白黒だったんだけど、上から色を重ねてみた。写っている男の表情がすごく気に入ってるよ。意味はわからないけれど。何かを瞑想しているようなところがあって、楽しそうにも見えるけれど、その印象は、男が支えている巨大な石があることで相殺されてる。あるいは、彼はこの石に押し潰されたんだろうか? ともかく、これは本当に多義的で目を惹く画像で、アルバムの音楽に込められた、たくさんの感情や音に本当にうまくフィットしているように思えた。
■日本には「石の上にも三年」という諺があって、「冷たい石でもその上に3年も座り続ければ温かくなる」、そこから転じて「辛抱すればいつかは成功する、うまくいく」ということを意味するのですが、このアートワークを見て「石の“下”にも三年」というフレーズを思い浮かべてしまいました。それは、ただ座っているよりもずっとハードな状況です。あなたはご自身を忍耐強い、我慢強いと思いますか?
MB:素晴らしい諺だね。ぼくはかなり我慢強いと思う。考えてみれば、完璧に仕上げられたという手応えがないままで、音楽を発表したことは一度もない。他の人なら、かなりフラストレイションが溜まるだろうね――いまでは多くのアーティストが、次から次へと作品を世に出しているから――でも、そういうやり方では、作品につぎ込む品質や労力が減少するということになりかねない。たとえ自分の音楽に長い時間をかけることになっても、ぼくはつねに「正しい」と思えてから初めてリリースすることにしている。質の高い基準を持つことは、いいことだと思っている。
■EP「Fjree Feather」や「Dagger Paths」、前作『Engravings』などでは、アートワークやサウンドに日本的な要素が盛り込まれていました。今作でもところどころ和風のメロディが顔を出しています。日本の何があなたをインスパイアしているのでしょうか?
MB:西洋の人間の多くが、日本のより進歩的な側面を敬愛している。その技術や食べ物、芸術といったものをね。ぼくに関して言えば、より古来の日本文化にずっと興味を持っていた――物語や歴史、環境といったものだ――そしてそこには伝統音楽や伝統楽器も含まれている。だから、日本の楽器やメロディを思わせる音が聞こえるのがわかると思う。ぜひいつか日本に行ってレコーディングをしたいし、しばらく時間を過ごしてみたいね。
■ちなみに『Engravings』以前の作品のアートワークでは、みな同じ構図で女性が映し出されていました。それにはどのような意図があったのでしょう?
MB:昔の作品、それに『Engravings』では、ヴォーカルの多くが女性だったんだ。ジャケットに女性を使うことで、きっと無意識のうちに、そのことを反映させようとしたんだと思う。今回のアルバムでは男性の声がもっと多い。というより、聞こえてくる音では、性別というものがいくぶん曖昧になっているかもしれない。だからもしかしたら、ジャケットに男性の画像を選んだのかもしれないね。たったいまきみが指摘するまで、まったく気づいていなかったよ! いままで手掛けたアルバムのジャケットの中では、たぶんこれがいちばん気に入ってるし、おもしろいくらい音楽とも調和していると感じている。
■前作『Engravings』は〈Tri Angle〉からのリリースでしたが、今回のアルバムは〈Ninja Tune〉からのリリースです。どのような経緯で〈Ninja Tune〉からリリースすることになったのですか?
MB:〈Tri Angle〉とはとてもいい関係を築いていたし、『Engravings』はレーベルに完全にフィットしていたと思う。だけど今作は、あのレーベルの色とは合わないように感じていた――今回のアルバムは前作よりずっと開放的で、感情豊かだ。前作はもっと暗くて、閉鎖的というか偏狭だったから。〈Ninja Tune〉としばらく話をしていたんだけど、彼らはデモをとても気に入って、アルバムの目指す方向性を理解していたし、すごく前向きに考えてくれた。だから自然にはまったという感じがした。どのレーベルと仕事をしてリリースするかということは、つねに柔軟に考えるようにしている。それぞれのアルバムにもっとふさわしいレーベルがあるのなら、別のレーベルからリリースすることに抵抗はない。いろんなものごとを切り替えられるようにして、契約に縛られることがないようにしたいんだ。すごく解放感があるよ。
■今回の新作『Compassion』のテーマやコンセプトはどのようなものなのでしょうか?
MB:『Engravings』よりも威圧的ではないレコードを作りたいと思っていた。前作はとても暗いアルバムだったから。さまざまな企画でさまざまなアーティストたちとコラボレイトしてきたことで、他の人に心を開くことや、異なる視点や環境を体験することの価値に気づかされた。当時は(いまもそうだけど)世界の大部分がシャッターを下ろして、利己的になり、他者に心を閉ざそうとしていた。だからぼくは、『Engravings』の激しさを保ちながらも、もっと正直で人を迎え入れるようなアルバムを作りたかった。
■今回のアルバムを制作するにあたって、音作りの面でもっとも注意を払った点は何ですか?
MB:それぞれの曲に任せて進むべき方向を決めていったらどうなるだろうということに、すごく興味を持ったんだ。ぼくがメロディやビートを明確な構成に収めるよりも、音楽自体にその道筋を決めさせようとした。そうしたことで、いくつかの楽曲にはかなり珍しい構成が存在することになった。
■あなたの音楽にはダブやサイケデリック、R&Bなどの要素があります。これまでウィッチハウスという言葉と関連付けられたこともあるかと思います。しかし、昨年リリースされたEP「Shrine」はコンテンポラリー・ダンス作品のスコアで、人の声や息を前面に押し出した実験的な内容でした。他にもあなたは、ビデオ・ゲームや映画の音楽も手掛けています。あなたの活動をひとつのジャンルにカテゴライズするのはとても難しいですが、ご自身ではそれらの多岐にわたる創作活動には一貫したもの、共通したものがあるとお考えですか?
MB:うん、自分のやっていることはすべて一貫していると思っている。もし、これまで手掛けたすべての作品を続けて聴いてもらえば、その全部に共通している流れに気づいてもらえると思う。ぼくが惹かれる特定の響きやメロディや音色が存在するんだ。そしてアートワークについても、同様に一貫していると思っている。ぼくの持つある種の美意識は、人びとにも受け入れてもらえるだろうと考えている。問題は、音楽ファンと音楽業界の双方が、いろんなものをジャンルの枠に当てはめて理解しようとするのが好きだということだ――それはぼく自身も同じだけどね――そして残念ながら、ぼくの音楽はひとつのジャンルにきちんと収まるようなものじゃない。みんなはそういうことで苦労をしている。最近では、ジャンルの境界がどんどんぼんやりとしてきているのに。ぼくは自分のことをエレクトロニックのミュージシャンだと捉えているけれど、自分が用いる響きや影響力といったものは、たくさんの異なる場所や時間に由来しているんだ。
[[SplitPage]]リヴァプールは旅行客にもっともフレンドリーな街のひとつとしてつねに名前があげられているんだ。みんな会話を交わすのが大好きだし、それはアーティスティックな眼で見れば、コラボレイト好きってことにもなる。
■最初に音楽に興味を持ったきっかけは何でしたか? また、そこからいまのような音楽を作るようになった経緯を教えてください。現在のあなたを形作ったもの、もっとも影響を受けたものは何だったのでしょう?
MB:リヴァプールのアートスクールでグラフィック・デザインを勉強していたときに、ジョンという教師がいたんだけど、彼はびっくりするような曲をたくさん聞かせてくれて、何時間もかけて、ものを作り出す方法やその理由を教えてくれた。すばらしい芸術作品を世の中に送り出すことの重要性についてもだ。「なんだっていい。とにかくほれぼれするほどの傑作を作りなさい」とその教師はいつも言っていた。彼は数年前に亡くなってしまったが、ぼくが作るものはすべて彼に捧げている。それは、彼がぼくと話すことに時間を費やしてくれたり、いろんな生き方があることを考えさせてくれたりしたおかげでいまのぼくがあるからだ。
音楽を始めたときのことだけど、ぼくは数年前にリストラされたんだ。そのときにノートパソコンのミュージック・ソフトで音楽を6ヶ月ほど勉強した。それででき上がったのがEP「Dagger Paths」だ。すべてオーガニックにゆっくりと時間をかけて生まれたものだ。適当に音を鳴らしたり、メロディを奏でたり、リズムを打ったりしていただけで、音楽をきちんと演奏する気はなかった。それが可能だとは思わなかったし、そんな野心もなかった。だから、ぼくのやっていたことに人が関心を示し始めてくれたのは嬉しい驚きだったよ。それで、徐々にフルタイムで音楽をやるようになったんだ。とても幸運だと思っている。
■リヴァプールのご出身とのことですが、当地はビートルズを筆頭に、多くのアーティストを生み出してきた都市です。リヴァプールが、ロンドンやマンチェスターなどの他の都市と異なっているのはどういうところでしょうか?
MB:リヴァプールはロンドンやマンチェスターに比べると小さな都市なんだ。80年代や90年代には多くの経済問題や社会問題があった。でも、この10年で街は自ら再生を果たした。いまは素晴らしい音楽や芸術や文化があって、観光業も栄えている。リヴァプールと他の都市の違いだけど、リヴァプールは、ぼくが行ったことのある英国の他のどの都市よりも、ずっと親しみやすくて開放的だね。リヴァプールは旅行客にもっともフレンドリーな街のひとつとしてつねに名前があげられているんだ。みんな会話を交わすのが大好きだし、それはアーティスティックな眼で見れば、コラボレイト好きってことにもなる。リヴァプールくらいの町の大きさだと、良い演奏会場やバーを安く開店できるチャンスもあるから、アーティストやミュージシャンが手軽にライヴをできるし、こういうエリアの出身だってことを誇らしく思うよ。
■あなたはショート・フィルム『La fête est finie』のためのスコアでマッシヴ・アタック(Massive Attack)とコラボレイトしています。かれらはあなたにとってどのような存在ですか?
MB:10代で初めて『Mezzanine』を聴いて以来、マッシヴ・アタックのファンなんだ。エレクトロニック・ミュージックに対してまったく違う見方をさせられた作品だった。彼らは、楽器の生の音やサンプリングやヴォーカルといった異なった要素をおもしろいやり方で取り入れた。音楽を始めたときに、自分の作品を作る上で彼らの方法が大きな刺戟になったよ。だからマッシヴ・アタックと手を組むことは、ものすごい特権だし、光栄なことだった。彼らのじっくり時間をかけて進めてゆく手法を見て、ぼくは自分で準備が整ったと感じるまで何もリリースするべきじゃないということを学んだ。彼らのいくつかの新曲にビートを書いたんだけど、望んでくれるならまたぜひ一緒に仕事をしたいね。
ビョークはいつも弦楽器、金管楽器といった伝統的な楽器とエレクトロニック・ビートを、作品のバランスを保ちながらおもしろい形で調和させている。それが、今回のアルバムでぼくがやろうとしたことだ
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■あなたの音楽のダークな部分には、トリッキー(Tricky)やポーティスヘッド(Portishead)の音楽に通じるものがあると感じました。90年代のトリップホップのムーヴメントからは影響を受けているのでしょうか?
MB:影響を受けているよ。ぼくは、この手の曲を聴くのが大好きだった。90年代に10代前半だったから、こういった音楽の影響力が大きい。ぼくの作るビート・プログラミングを聴くとトリップホップの影響がはっきりとわかると思う。90年代に流通していた多くのエレクトロニック・ミュージックと比べて、トリップホップのどっぷり浸れる感じが気に入っていた。本当にはまれる世界だったね。幾重にも重ねられた思慮深いサウンドが耳にも美しく響いた。圧倒されたよ。
■あなたは最近、ビョーク(Björk)とアノーニ(Anohni)のリミックスを発表しています。かれらの音楽のどういったところに惹かれますか?
MB:10代でビョークの音楽を知ってから、ずっと彼女のファンなんだ。ラッキーなことに何回か会えた。本当にすてきな女性だ。彼女の作品はぼくの人生に多大な影響を与えてきたし、作曲家、アレンジャー、プロデューサーとしての彼女もとても尊敬している。『Compassion』には彼女の影響が色濃くあらわれているよ。というのは、ビョークはいつも弦楽器、金管楽器といった伝統的な楽器とエレクトロニック・ビートを、作品のバランスを保ちながらおもしろい形で調和させている。それが、今回のアルバムでぼくがやろうとしたことだからだ。
■それらのリミックスでは、原曲がまったく別のものへと生まれ変わっています。特にビョークのそれは45分もの長大な作品に仕上がっていますが、リミックスという作業をする際に心がけていることがあれば教えてください。
MB:曲をリミックスしたいときには、いつもゼロから作るようにしている。だから新しい曲のような気がするんだ。オリジナル曲からはわずかな要素だけを使用しているけど、もとのアーティストがわかるように努力はしている。でもバランスが難しいね。だから、リミックスの完成までとても時間がかかるんだ。けど、仕上がりにはいつも満足しているよ。その曲に自分自身のアイデンティティを加えているわけだから。まるでコラボレイションのように感じる。ビョークの曲のオリジナルは短い繰り返しで終わるけど、その部分を聴くのがとても好きだったから、さらに40分間続くようにしたんだ。そのとき、ウィリアム・バシンスキー(William Basinski)をずいぶん聴いていたから影響を受けたのかもしれない。
■今後リミックスしてみたいアーティストや曲はありますか?
MB:ケイト・ブッシュ(Kate Bush)。彼女の曲作りも手がけてみたい。とても才能がある人だからぼくみたいな人間を必要としないだろうけど。
グライムは1970年代のパンク・ミュージック以降に英国で生まれたもっとも重要なジャンルだ。
■いまUKではスケプタ(Skepta)やストームジー(Stormzy)などが勢いに乗っていますが、グライムのシーンについてはどのように見ていますか?
MB:気に入っているよ。グライムは1970年代のパンク・ミュージック以降に英国で生まれたもっとも重要なジャンルだ。実際、グライムはある意味とてもパンクで、自分たちの力で活動しているアーティストもいれば、クリエイティヴな面で自分たちにプラスになるようにメジャー・レーベルを利用しているアーティストもいる。5年前まではグライムにメインストリームのリスナーはいなかったけど、スケプタやストームジーのようなアーティストたちが、どうやったらみんながグライムを手にとってくれるか、その方法を身につけたんだ。ルーツに忠実なままでね。彼らはいまでは大きな会場で演奏しているし、ラジオでも曲が流れている。賞もとっていて、大変な驚きだよ。他のグライム・アーティストや、女性のアーティストへの注目も続くよう、これが一時的なものでないことを祈っている。
■あなたはレーベル〈Dense Truth〉を主宰されています。現時点ではまだご自身の作品しかリリースされていないようですが、今後、他のアーティストの作品もリリースする予定はあるのでしょうか?
MB:Zurkas Tepla という、モスクワ出身のエレクトロニック・ミュージシャン&アーティストのEPをリリースしたばかりだ。銀行強盗を題材にしたコンセプト・レコードで、すごくワイルドだよ。他にも、〈Dense Truth〉では、今年から来年にかけて進行中のものがたくさんある。ぼくは映画やダンスのスコアといったプロジェクトを手がけているから、通常のアルバムやEPよりも挑戦的な作品をリリースするのに、〈Dense Truth〉のような販売経路があるのはとても有益なんだ。でも単なるレコード・レーベルじゃなくて、クリエイティヴ・スタジオでもある。ぼくはいろんなプロジェクト(例えば、ヴィデオなど)で、才能あふれる多くのコラボレイターたちと手を組んでいて、そういう意味でも、いわゆるレーベル以上のものである方がしっくりくる。将来的には、コンテンポラリー・ダンスや映画のプロジェクト、出版など、素晴らしいコラボレイターたちと手を組んで、やり甲斐があると思えることならなんにでも門戸を開いていくつもりだ。
■昨今は Spotify や Apple Music あるいは YouTube で音楽を聴くというスタイルが主流になっていると思いますが、そのことについてはどうお考えですか?
MB:音楽ファンのひとりとして、新しいものを発見できるそういったツールは大好きだ。最近ぼくはジャズやアンビエントをよく聴くようになったけど、いままでその辺のジャンルはあまり知らなかった。でも Spotify や YouTube のおかげでずいぶんわかるようになったし、おかげで素晴らしいレコードをたくさん聴くことができた。だからある意味、同じような方法で人びとにぼくの音楽も知ってもらえたらと思う。とはいえ、アーティスト本人が得られるお金は本当に少なくて、その状況がすぐに変わるとも思えない。規模の小さいアーティストたちをサポートする最善の方法は、物質的にレコードやTシャツを買ったり、チケットを購入してライヴに行ったりすることだよ。
■そろそろ昨年の国民投票から1年が経ちますが、ブレグジットという結果は今後アーティストたちの活動にどのような影響を及ぼすとお考えですか?
MB:ひどく厄介なことになるだろう。現実的な問題としては、英国のアーティストがヨーロッパの他の国でパフォーマンスをするのにヴィザが必要になってしまう。いま現在は国境を越えるのにヴィザは要らない。スペインだろうがフランスだろうが、飛行機に乗って演奏しにいくのにいまはなんの書類も要らないのに、それがまるきり変わってしまうんだ。それにレコード・レーベルとしては、製造コストがいまよりも高くなる。レコード盤に2ポンド上乗せしたら、音楽ファンたちはもう買わなくなってしまうかもしれない。交渉過程も長くなりそうだ。どちらの国にとっても、そしてぼくらの芸術や文化にとっても、悪い結果にならなければいいと思うよ。