「Nothing」と一致するもの

Mount Eerie - ele-king

 映画について書く仕事をしているとレコメンドを訊かれることも多いが、そのとき「重い映画は勘弁してくれ」と加えてくるひとは案外多い。と書くと、映画がある種の気晴らしと捉えられていることに対する愚痴のようだが、そうではなく、映画が語りうるものの力を知っているがゆえにこそ「重い」作品に向き合うことは精神的に容易ではないという含意がそこにはある。この間も子を持つ友人に『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のプロットを簡単に説明すると、「自分はその映画を観られない」と言っていた。「観たくない」ではなく、「観られない」だ。人生における理不尽な悲劇とスクリーンを通して直面できない……という呟きを前に、何を偉そうなことを言えるだろう。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』には「重さ」だけではないユーモアや美があるのだけれど、子を持つ人生を選択した彼を前にして、子を持たない僕は押し黙ることしかできなかった。
 では、重い音楽はどうだろう。誰のためにあるのだろう。妻の死と、その後も続いていく人生に震え続ける自身をドキュメンタリーのように綴ったマウント・イアリの昨年のアルバム『ア・クロウ・ルックト・アット・ミー』は、テーマとしてはもっとも重い部類の作品だった。共感するとも感動するとも簡単に言えない、個人的な悲劇の赤裸々な描写がひたすら続く。弱々しく、いまにも壊れそうなフォーク・ミュージック。同作を2017年における最高のアルバムに選んだタイニー・ミックス・テープスによれば、この作品を愛することはとてもアンビヴァレントな想いを喚起する。つまり、誰かの人生の悲劇に音の震えとともに涙することは、それ自体が傲慢なことなのではないか、と。その答はわたしたちにはわからない。歌い手であるフィル・エルヴラムにもわからない。わからないまま、ひたすら歌に身を任せるしかないという時間がそこには収められていた。

 前作からほぼ1年で発表された『ナウ・オンリー』は、当然のことながら『ア・クロウ・ルックト・アット・ミー』の続きである。エルヴラムは幼い娘を遺して他界した妻ジュヌヴィエーヴ・カストレイに向けて、「僕はきみに歌う」とアコギを小さく鳴らしながら囁くばかりだ。生前のジュヌヴィエーヴと読んだ『タンタン チベットをゆく』を思い出しながら(“Tintin in Tibet”)、ジャック・ケルアックのドキュメンタリーを観ながら(“Distortion”)、あるいはスクリレックスが派手なショウをするフェスティヴァルで「死についての歌を ドラッグをキメた若者たちに向けて歌い」ながら(“Now Only”)。『クロウ』が妻の死から時間が過ぎていく様を順に描いていたのに対し、本作ではより断片的にエルヴラムの心情が浮かび上がるのだが、前作で繰り返していた「死は現実である」という真実にギターのアルペジオとともにうなだれている姿は同様だ。
 だが明確に違う点もある。ほとんどギターと歌による一筆書きだった『クロウ』に対して、ディストーション・ギターやノイズ、ピアノ、ドラムといったバンド・アンサンブルが『ナウ・オンリー』では復活している。復活、というのは、ザ・マイクロフォンズからマウント・イアリへと至るエルヴラムの長いキャリアのなかで見せてきたローファイなサウンド構築がここで再び姿を見せているからだ。90年代にサッドコアと呼ばれた音楽を思い出すひともいるだろう。とりわけタイトル・トラックである“Now Only”ではギター・ポップのような軽やかなバンド演奏すら聴ける。……が、それはあるとき床に手をつくように不協和音とともにフォルムを崩し、力なく鳴らされるばかりのギターのコード弾きと音程を取らずにまくしたてられるエルヴラムの嘆きへと姿を変える。かと思えば、またギター・ポップになり、かと思えばまた崩れ落ちる。この音のあり方は、エルヴラムの引き裂かれる内面をそのまま表しているだろう。妻を想う彼の言葉は何度も詩的な描写へとたどり着こうとするが、次の瞬間、彼自身がそのことを否定する。妻の死を詩や歌にすること、それを共有することの無意味さをエルヴラムはアルバムのなかで何度も何度も噛みしめている。だが、それでも言葉の連続はやがてメロディとなり、重なる音はアンサンブルとなる。その、情景が何度も揺れ動く生々しさにはただ呆然とするしかない。最愛のパートナーを喪った悲しみは僕にはやはりわからない。わからないまま、胸が締めつけられる時間が続いていく。
 ノイジーなギターとともに始まる“Earth”はそのもっとも究極的な一曲だ。オルタナティヴ・ロック調の導入は、やがて単純なコード弾きの連打とエルヴラムの飾らない歌、それに微かに後ろで鳴っているノイズへと姿を変えてゆく。「きみはいま 庭の外で眠りについている」と言った次の瞬間には、「何を言ってるんだ? きみは眠ってなどいやしない/きみにはもはや死んだ身体すらない」と自分の詩的な表現を拒絶する。だがそれでも、曲の後半3分、こぼれ落ちてくるように畳みかけてくるメロディをエルヴラムも聴き手であるわたしたちも押し止めることはできない。そのか細くも美しい音の連なりに、僕はどこかでこれが永遠に続けばいいと願っている。だが、歌はあるときあっけなく終わりを告げる。それ自体が誰かとの別れのように。

 『ナウ・オンリー』を聴くことは、フィル・エルヴラムそのひとの内面の揺らぎをそのまま体験することだ。だがそこには重さだけではない、浮遊するような心地よさがたしかに宿っている。9分以上に渡って人生の意味を問う“Two Paintings By Nikolai Astrup”、前作から引き継いだカラスというモチーフとともに妻の不在にあらためて浸るヘヴィなアシッド・フォークの終曲“Crow pt.2”に至るまで、シーンの片隅でひっそりと歌い続けてきたフィル・エルヴラムの誠実なソングライティングの輝きは消えない。
 多かれ少なかれ、早かれ遅かれ、僕たちは別れや悲劇や――それぞれの人生の重さに向き合わねばならないのだろう。フィル・エルヴラムは歌うたいとして、そのことにただ向き合ったし、これからも向き合っていくに違いない。その歌はセラピーでも自傷行為でもない。わたしたちが人間性と呼ぶものに、そっと触れることだ。

RAINBOW DISCO CLUB 2018 - ele-king

 会場を静岡の東伊豆に移してから4年目。今年も「RAINBOW DISCO CLUB」の時期がやってきました!
 ダンス・ミュージック好きにはたまらないラインナップと、ハンモックカフェ、東伊豆の地元食材など充実のフードコート&バー、さらにキッズエリアも備えた、子供から大人までが一緒に楽しめる空間は、心に残る最高の経験を提供してくれます。

 今年の見どころ1。Four TetとFloating PointsによるB2Bセット。ジャズからテクノを横断する、今日のエレクトロニック・ミュージック・シーンにおける2人のキーマンによるB2Bからは最高のグルーヴが生まれること間違いなし。
 今年の見どころ2。DJ Nobu とJoey AndersonによるB2Bセット。はっきり言って、このふたりがいっしょにやるのはテクノ・ファンにとって夢。いや、ほんと、だってあなた、ジョイ・アンダーソンとDJノブなんだぜ〜。期待しかない!
 今年の見どころ3。Gonno × Masumuraのライヴ。これはやばい。元森は生きているのドラマーの増村和彦とGonnoとのプロジェクトがついに始動。これも期待しかないです! 
 
みんなで最高のGWを送りましょう! ピース。

https://www.rainbowdiscoclub.com
https://www.redbull.com/jp-ja/events/rainbow-disco-club-2018


STRUGGLE FOR PRIDE - ele-king

 彼らはある意味、再開発が加速する東京の申し子だった。街を遊び場とするボヘミアン、まあかなりハードコアなボヘミアンだが、あたかも自由の限界を確かめるような、そのひとつの象徴的なバンドとして、ストラグル・フォー・プライドは21世紀初頭の東京のアンダーグラウンドにおける脅威として存在した。彼らの2006年のファースト・アルバム『YOU BARK WE BITE』のアートワークをよく見て欲しい。

 そしてSFPは復活し、5月23日に12年ぶりのセカンド・アルバムを発表する。タイトルは『WE STRUGGLE FOR ALL OUR PRIDE.』。2枚組BOX仕様、発表されているゲスト陣がすごい。カヒミ・カリィ、中納良恵(EGO-WRAPPIN’)の他、GORE-TEX、NIPPS、FEBB、KNZZ、敵刺、BBH、BUSHMIND、小西康陽、杉村ルイ、 酒井大明(OHAYO MOUNTAIN ROAD)、DRUNK BIRDS、DJ HIGHSCHOOL、ECD……。
 SFPは、ele-kingでもお馴染みのハードコア&ヒップホップのレーベル〈WDsounds〉やサイケデリック・ヒップホップを標榜するブッシュマインドたちの仲間。彼らの音楽は雑食性が強く、パンクでもテクノでもラウンジでもお気に入りのものならなんでも取り入れているわけだが、SFPが新作においていったいどんなサウンドを聴かせてくれるのか注目したい!
  ちなみにDISC2は初のライヴ音源で、ECDのラスト・ステージも収められている。また、発売を記念して、HMV全店でCD+刺繍ポケットT-SHIRTS付セット、ディスクユニオン全店でCD+T-SHIRTS付セットの限定販売あり。


STRUGGLE FOR PRIDE
WE STRUGGLE FOR ALL OUR PRIDE.

WDsounds / AWDR/LR2
詳しくはこちら


 また、長いあいだ入手困難だったファースト・アルバム『YOU BARK WE BITE』も4月25日再発される。こちらには80年代関西ハードコア・シーンの重鎮MOBSの“NO MORE HEROES”のカヴァーも追加で収録。さらにラッパーKNZZも参加、ライナーノーツはヴォーカルの今里が執筆。12年前を知らない若い世代にも、その時代の東京という街で生まれた彼らの圧倒的なノイズコアをぜひ聴いて欲しい。

STRUGGLE FOR PRIDE
YOU BARK WE BITE
cutting edge
https://www.amazon.co.jp/YOU-BARK-BITE-STRUGGLE-PRIDE/dp/B078HCS9G5/

Daniel Avery - ele-king

 アンディ・ウェザオールをして「いまもっとも注目すべき新しいDJ」と言わしめた男、2013年にエロル・アルカンの主宰する〈Phantasy Sound〉からデビュー・アルバム『Drone Logic』を放ったDJが、来る4月6日、待望のセカンド・アルバムを発表する。それに先駆け、新曲“Projector”がMVとともに公開された。どこか90年代的なウェイトレス感を漂わせるこのトラック……いや、これは昨年のバイセップに続く良作の予感がひしひし。要チェックです。

●DJ MAG 9.5獲得! UK気鋭DJ、ダニエル・エイヴリーが新曲“Projector”のMVを公開!
●英著名音楽媒体がまもなく発売される新作を絶賛!

英エレクトロニック・シーンの新鋭DJ、ダニエル・エイヴリー。エロル・アルカン主宰レーベル〈Phantasy〉から4月6日に世界同時発売される待望のセカンド・アルバム『ソング・フォー・アルファ』は、既にDJ MAGにて9.5 / 10点を獲得するなど英著名音楽媒体で高い評価を得ている。

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DJMAG (9.5 / 10) 「自分の正しさを証明しようとするのではなく、何か特別なことを伝えようとしているアーティストのサウンドだ」

LOUD & QUIET (9 / 10) 「前作が稲妻のような衝撃だったとすれば、『ソング・フォー・アルファ』はプロデューサーからの革新的な雷であり、エイヴリーの能力の最高点に近づいている」

UNCUT (9 / 10) 「内省的なアンビエントと緻密なテクノは、待望のセカンド・アルバムにて美しくぶつかり合う」

MIXMAG (8 / 10) 「力強く、時に美しい。プロデューサーとして十分に成熟されたエイヴリーの作品」

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絶賛されている新作から新たに“Projector”のミュージック・ビデオが公開された。既に公開されている収録曲“Slow Fade”の映像を手掛けたロンドンのデザイン・スタジオ、Flat-eが今回も制作を担当している。エイヴリーはFlat-eが手掛ける映像について次のようにコメントしている。「Flat-eについて敬服している事は、彼らは神秘的なものの中にある美しさに気付いているということ。彼らは目を閉じたまま落ちていくことができる世界をつくり出している。」

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新曲「Projector」のMVはこちら:
https://youtu.be/PRMnGzznRMI
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収録曲「Slow Fade 」のMVはこちら:
https://youtu.be/ihl0ep0rnRg
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ツアーやクラブでの出来事などにインスピレーションを得て制作されたという本作は、今やイギリスを代表するテクノDJのひとりとなったエイヴリーの“テクノ・ミュージックの美学”が詰まった傑作だ。日本盤にはライナーノーツに加えて、ボーナス・トラック“Aginah”が追加収録されているので、ぜひ日本盤を手に取ってもらいたい。

■アルバム情報
アーティスト名:Daniel Avery(ダニエル・エイヴリー)
タイトル:Song For Alpha(ソング・フォー・アルファ)
発売日:2018 / 4 / 6 (金)
レーベル:Phantasy / Hostess
品番:HSE-4458
価格:2,400円+税
※日本盤はボーナス・トラック、ライナーノーツ(河村祐介)付

[トラックリスト]
01. First Light
02. Stereo L
03. Projector
04. TBW17
05. Sensation
06. Citizen // Nowhere
07. Clear
08. Diminuendo
09. Days From Now
10. Embers
11. Slow Fade
12. Glitter
13. Endnote
14. Quick Eternity
15. Aginah *

* 日本盤ボーナス・トラック

※新曲“Projector”“Slow Fade”配信中&アルバム予約受付中!
リンク:https://smarturl.it/htumhk

■EP配信情報
アーティスト名:Daniel Avery(ダニエル・エイヴリー)
タイトル:Slow Fade EP(スロウ・フェイド)
発売日:絶賛配信中!
レーベル:Phantasy / Hostess
価格:600円

01. Slow Fade
02. After Dark
03. Radius
04. Fever Dream

※絶賛配信中!
リンク:https://itunes.apple.com/jp/album/slow-fade-ep/1336927751

■バイオグラフィー:
英DJ/プロデューサー。2012年初頭に英DJ、アンドリュー・ウェザオールが“いま最も注目すべき新しいDJ”と絶賛し、ロンドンのタイムアウト誌の「DJ STARS OF 2012」に選出された。同年11月、ロンドンの人気クラブ〈Fabric〉のライヴ・ミックスCDシリーズ『FABRICLIVE 66』を手掛け、多大な賞賛を集めた。2013年、エロル・アルカン主宰の〈Phantasy Sound〉からデビュー・アルバム『ドローン・ロジック』をリリース。著名音楽媒体が軒並み絶賛しエレクトロニック・シーンのトップ・アクトへと躍り出た。2015年10月に、待望の初来日を果たした。ザ・ホラーズやプライマル・スクリーム等のリミキサーにも抜擢され、ダンス・ミュージック・ファンのみならずインディ・ロック・ファンにまでその名は知られている。2016年11月、ドイツの老舗レーベル〈!K7〉によるミックス・シリーズ『DJ-Kicks』を手掛けた。2017年、11月待望の再来日。2018年1月にEP「スロウ・フェイド」をアルバムに先駆けてリリース。同年4月、待望のセカンド・アルバム『ソング・フォー・アルファ』をリリースする。

yahyel - ele-king

 ヤイエルを聴いていると先進的な音楽性のみならず、「SF的なイマジネーション」を追求している姿勢も重要なキーワードに思えてくる。
 何しろ新作のタイトルが『ヒューマン』なのだ。そもそもバンド名からしてニューエイジの思想家バシャールの造語から取られているらしく、「2015年以降に人類が初めて接触する異星人(宇宙人)を指す」という実にSF的な「設定」である。
 これにはどうやら日本人が外国的な音楽を創作・演奏していると、「猿真似」と認識されることへの皮肉もあるらしいが(自らをYMOやコーネリアス以降の世界的人気の「バンド」と意識しているのかもしれないが、そういった世代でもないとも思う)、やはり重要な点はポスト人間的な世界観をイメージさせる点にある気がする。人間の終わり。世界の終わり。そして新世界の生成。
 この感覚がとても重要なのだ。何故か。現在、私たちの無意識は人間以降の世界を強く希求している。ゆえにSF的な感覚が現実を基底する無意識に抵触する。近年、『ブレードランナー2049』や『アナイアレイション -全滅領域-』などのSF映画の同時代的な重要作が相次いで制作・公開されているのも同様の理由ではないか。

 音楽の先端的領域でも同じである。例えばアルカやアクトレスなどの音楽とヴィジュアルを思い出してみれば分かるが、近年の海外の音楽における音楽とSF的なヴィジュアル表現の交錯は、「作品のトータル・イメージ」を形成する上で、より重要な表現になっている。
 政治・経済・社会の枠組みが20世紀的な問題を何ひとつ解決できず、00年代以降、世界/社会の急速な不穏化が進んだ結果、いわゆる20世紀的なディストピア観すら追い越して、「人間以降」の世界の想像力を刺激させている時代なのだから、「人の無意識領域」を刺激する音楽が、ポスト人間的世界観に接触するのは当然かもしれない。
 そこにおいて「ヴィジュアル/映像」と「音楽」の拮抗はより重要な方法論と表現方法になっている。むろんインターネット上で映像と音が同時に公開され、拡散されていくことが当然のことになってきた時代ゆえの変化という側面もある。
 つまり「音楽作品」は音だけあれば良いという時代でも、魅力的なジャケットのアートワークだけで通用する時代でもないのだ。音楽とヴィジュアルと映像がそれぞれ拮抗し合いながら、「作品」としてのより大きなイメージ/イマジネーションが必要とされる時代なのである。その意味で、現代人は映像と音響を包括しつつ、その無意識に作用する総合的な「作品」を求めているのではないか。

 ヤイエルも、そのような潮流と一致する音楽を生み出しているバンドである。「どのような音を作るのか」「いかにして音を鳴らすのか」「どのようなヴィジュアルでその音の持っている表現を拡張するのか」が表現意識として不可分になっているのだ。
 これは日本人にしては稀有な志向性だが、メンバーにVJ/映像作家の山田健人が存在することからも理解できるように意識的な方法論の発露のはずだ。ちなみに山田はバンドのMVすべてを監督しており、映像面でバンドの存在理由を提示する重要な「メンバー」である。
 もっとも音楽そのものが時代のセンスに追いついていなければ、そのバランスは一瞬にして壊れてしまう。ヤイエルはまずもって音楽が素晴らしい。その点は強く強調しておく必要がある。
 2016年のファースト・アルバム『フレッシュ・アンド・ブラッド』や、最先端のステージングでも高い評価を獲得する彼らだが、この新作『ヒューマン』においてはエクスペリメンタルなムードのエレクトロニック・ミュージックとシルキーなエレクトロニック・ソウルを交錯させるという世界的にみても独自の試みを実践している。簡単にいえばアクトレスとフランク・オーシャンの交錯である。これこそ彼らの「日本人であることに意識的な加工貿易戦略」なのかもしれないが、しかし、その音の見事さの前には、ただ「美しい」という言葉をつぶやくほかはない。
 篠田ミル、杉本亘、大井一彌らによる「トラック」「演奏」は、2010年代以降のインダストリアル/テクノなどのモダナイズされた先端的音楽の感覚を持った鋭くも美しいエレクトロニック・ミュージックの側面もあり、日本人離れした声質を誇るヴォーカル池貝峻によって歌われる「音楽」は、ジェイムス・ブレイク以降のニュー・エレクトロニック・ソウル・ミュージックの遺伝子を継承しているシルキーな官能的を有している。この両極の融合と交錯!
 まずはリード・トラックに選ばれた“Iron”を聴いてほしい。アブストラクトでインダスリアルなトラックと、感情を浮遊させるような池貝峻のボーカルが麗しい。

 そして“Rude”。隙間の多いトラックの間を縫うようにシルキーなヴォーカルが舞う。MVにおけるインターネット以降の世界を表象するようなイマジネーションが凄まじい。

 ダビィなビートと霧のようなヴォイスから始まるアルバム冒頭の“Hypnosis”からして、聴き手は、その自我を融解するように作品世界に惹き込まれてしまうだろう。楽曲全体のムードが波のように生成する見事なトラックだ。つづく“Nomi”のミクロのリズム/音響空間を彷徨かのごときトラックとマシン・ソウルなヴォーカルがアルバムの世界観を一気に全面化する。以降、本アルバムは、まるで崩壊した歴史以降の世界/物語のように、断片化と感情の発露が織り上げられていくのだ。

 彼らは今の時代の世界と無意識にアジャストする表現を生みだしている。世界は遠い場所ではない。インターネットを介した意識の先にある隣接・接触する領域だ。そしてインターネットは人の無意識の集積である。そしてインターネット以降の世界/無意識は、その境界線を限りなく無化させつつある。
 世界の最先端的音楽は、そんな「無意識」の官能性を表現する。ヤイエルもまたそのような表現を欲している。だからこそ彼らは先端的電子音楽や新しいR&Bなどの 世界的潮流に直接アジャストするのではないか。それこそが同時代意識=センス、ムードなのだから。
 音楽における現代性/同時代的なセンスは、その音楽を生かす重要なエレメントである。同時代的センスを欠いた音楽は、どの世代・年齢の手によるものであれ、精彩を欠き、色気がない。
 ヤイエルにはそれがある。「時代の華」のような「色気」が、まるで新しく調合された香水のように聴き手に向かって放たれている。

 そしてもっとも重要なことは、そんな「人間以降の世界」を希求する「無意識」にアクセスしつつも、彼らの音楽には人間存在への「深い愛」もあるように感じられる点だ。このアルバムの「官能性」の正体はそこにある。じじつアルバムのラストは“Lover”という曲で締めくくられるのだから。
 今という時代は、人間以降の世界への無意識の希求が、そのまま20世紀的な旧来の絶望へと直結せず、人間以降の世界(終わり)を意識しつつも、そのうえで、いちど反転するように「21世紀以降の新しい愛と希望」を求める感覚が強い。ヤイエルの音楽には、そんな新しい「希望」があるのだ。これこそがこのバンドが現代的で先端的な理由に思えてならない。

interview with DJ Nigga Fox - ele-king

 衝撃だった。
 アフロ・パーカッション、奇っ怪な声に素っ頓狂な弦のサンプル、ポリリズミックな音の配置、それらによってもたらされる絶妙なもたつき感――2013年に〈Príncipe〉からリリースされたDJ Nigga Foxの「O Meu Estilo」は、昂揚的なDJ Marfoxともまた異なるサウンドを響かせていて、リスボンのゲットー・シーンの奥深さを際立たせる鮮烈な1枚だった。キマイラを思わせるその音遣いは、アシッド要素の増した2015年のセカンドEP「Noite E Dia」にも引き継がれ、魅力的な才能ひしめく〈Príncipe〉のなかでも彼は頭ひとつ抜きん出た存在になっていく。同年には〈Warp〉の「Cargaa 1」に参加、翌2016年には〈Halcyon Veil〉の「Conspiración Progresso」に名を連ねるなど、国外からのリリースにも積極的になる一方、自らのホームたる〈Príncipe〉初のCD作品『Mambos Levis D’Outro Mundo』にもしっかりとトラックを提供。2017年にはがらりと方向性を変えた「15 Barras」を発表し、アフリカンな部分以外はわけのわからなかった彼の音楽の背景にテクノが横たわっていることも明らかとなった。

 そのNigga Foxが来日するという話が飛び込んできたのが昨年末。このチャンスを逃すわけにはいかないと鼻息を荒くしながら取材を申し込み、幸運にも1月26日、WWWβでの公演直前にインタヴューする機会に恵まれた。当日のDJはこれ以上ないくらいに強烈なセットで、曲の繋ぎ方なんかふつうに考えたら無茶苦茶なのだけど、それが破綻をきたすことはいっさいなく唯一無二の舞踊空間が出現させられており、まだ11ヶ月も残っているというのに今年のベスト・アクトだと確信してしまうほどの一夜だった。たぶん本人としてはとくに奇抜なことをやっている意識はないのだろう。記憶に誤りがなければマイケル・ジャクソンやリアーナが差し挟まれる瞬間もあって、彼がUSのメジャーなサウンドに触れていることもわかった。


DJ Nigga Fox
Crânio

Warp

TechnoAfricanVibe

Amazon Tower HMV iTunes

 そして、去る3月2日。なんとふたたび〈Warp〉から、今度はNigga Fox単独名義で新たなEP「Crânio」がリリースされた(以下のインタヴューで語られている「サプライズ」とはどうやらこのことだったようである)。この新作がまた素晴らしい出来で、かつてない洗練の域に達しているというか、“Poder Do Vento”にせよ“KRK”にせよ、彼特有のもたつき感は維持しつつよりテクノに寄ったサウンドが展開されており、「15 Barras」での実験を経て彼が次なるフェイズへと突入したことを教えてくれる。2018年の重要な1枚となることは間違いないだろう。いやもう正直、ここしばらく彼の紡ぎ出すヴァイブレイションに昂奮しっぱなしである。とうぶんNigga Foxのことばかり考えることになりそうだ。


郊外で育った自分たちにはプロデューサーも完璧なスタジオも、音楽活動をするためのサポートもなかった。

東京へ来てみていかがですか?

DJ Nigga Fox(以下、NF):とにかく東京は人が多いね。東京は、リスボンやポルトガルのどの街とも完全に違う都市だよ。大きな通りや、イルミネイションの美しい街だ。いろんな店が隣り合わせにいろいろ並んでいるのもおもしろい。うん、東京は好きだね。

東京はいまオリンピックへ向けてどんどん再開発が進んでいます。リスボンでは都市計画によってゲットーが隔離されているそうですが、じっさいはどのような情況なのでしょう?

NF:ええと……自分はいま東京にいるわけだけど、この街に関して詳しくはないんだ。テレビやネットの情報で知った東京のイメージが強い。再開発については知らなかったよ。大きなスタジアムや施設を建設するためなんだよね? 観光のためには良いことだと思うけど……。いまリスボンでは、ポッシュなコンドミニアムを建設するために、郊外の団地を破壊している。ちょっと悪いことだと思う。そこの以前からの住人や、すべてのポルトガル人がそういう大きな家やコンドミニアムを手にできるわけではないからね。平等じゃないよね。

あなたの音楽は、そういう場所だからこそ生まれたものだと思いますか?

NF:強く影響を受けていると思うね。街の人たちと違って、郊外で育った自分たちにはプロデューサーも完璧なスタジオも、音楽活動をするためのサポートもなかった。最低限のコンディションで音楽を作ってきたことや、自分たちの前向きな努力を、街の人たちも徐々に理解し始めてきていると思う。自分たちの音楽にはものすごい活力が込められているよ。

音楽を始めることになったきっかけはなんですか? 幼い頃から音楽に触れていたのでしょうか?

NF:17歳の時、家にあった兄のPCで音楽制作ソフトのFL Studioに触れたのがきっかけだね。兄は3歳年上で、DJ Jio P名義で音楽活動をしていて、それについていくような形で楽曲制作を始めた。クドゥーロ(Kuduro)っぽいものを作ってみたりね。そのあと、DJをしている友人たちからいろいろ教えてもらったりして。テクノやハウス・ミュージックが好きで、徐々にそういう音楽も取り入れていった。

〈Príncipe〉の面々は英米のダンス・ミュージックの影響をほとんど受けていない、という記事を読んだことがあるのですが、じっさいのところどうなのでしょう?

NF:ええと……〈Príncipe〉の他のメンバーに関しては何とも言えないから、自分のケースについて話すよ。昔はたしかにクドゥーロやアフロハウスを中心に聴いてた。その頃からテクノは聴いてたけどね。ポルトガル国外でも活動するようになってから、ハウスやドラムンベースとかにも興味を持って、それらの影響も自分のスタイルに取り入れていった。でも、それ以外の欧米の音楽からは、現時点ではあまり影響を受けていないんじゃないかと思うよ。

あなたの音楽はクドゥーロから影響を受けていると言われますが、それと異なっているのはどういう点だと思いますか?

NF:まず、クドゥーロはヴォーカルがあるよね、歌い手がいる。自分の音楽はインストゥルメンタル。そして、自分の音楽には、テクノのエッセンスをひとさじ加えてある。

Buraka som Sistemaについてはどう見ています?

NF:自分たちの作る音楽に注目が集まって世界中で紹介されるのは、彼らあってのこと。先駆者的存在だよ。彼らが活動していた頃は、曲を聴くのはもちろん、ライヴにも行ったよ。いまはメンバーそれぞれがべつべつに活動してるけど、中心人物のBranko(João Barbosa)のDJはいいよね。

〈Príncipe〉の面々のなかでもあなたはいちばん変わった、特異なトラックを作っていると個人的には思っているのですが、ご自身ではどう思いますか?

NF:〈Príncipe〉のアーティストそれぞれに、各々のスタイル、アイデンティティがある。たとえば、DJ Marfoxはもっとクドゥーロ100%って感じだし、他のアーティストも、よりアフロハウス風、ゲットー風とか、それぞれ個性がある。自分に関して言えば、よりテクノの影響が強いのが個性かな。〈Príncipe〉の他の面々はテクノを聴かないからね。テクノが好きなのは自分だけだ。そこが違いかな。

あなたや〈Príncipe〉の作品は複雑なリズムのものが多いですが、シンプルなビートを刻んではいけないというようなルールがあったりするのでしょうか?

NF:ノー、ノー、ノー(笑)。それぞれのアーティストが好きなことをする自由があるよ(笑)。自分はDJ Firmezaが大好きなんだけど、彼の音楽の独特のバランスを、自分の音楽にも取り入れることがある。互いに影響を与えあっているけれど、ルールはとくにない。メンバーそれぞれが、各々のイマジネイションから湧き出す音楽を作ってる。「複雑なリズムの音楽を作ってやろう」って意図はぜんぜんないね。たぶん、他の音楽に慣れた人が自分たちの音楽を聴くと、「何だこりゃ!?」って変なふうに感じる、ってだけなんじゃないかと思うね。

〈Príncipe〉所属のDJには名前に「fox」と付く方が多く、これはDJ Marfoxに敬意を表してのことだそうですが、あなたたちにとってMarfoxはどういう存在なのでしょう?

NF:これも自分のケースについて話すよ。2008年に、DJ Niggaって名前で活動を始めたんだけど、リスボンにはすでにべつのDJ Niggaがいることがわかったんだ。で、DJ Marfoxのことは知ってたし好きだったから、名前に「fox」を足すことにした。他のDJたちがなんで名前に「fox」って付けてるのかは知らないな。DJ Marfoxの影響かもしれないし、ただキツネが好きってだけかもしれない(笑)。自分は、DJ Marfoxのことをすごく尊敬してる。でも、〈Príncipe〉所属だから名前に「fox」って付けなければいけないってルールはないよ。〈Príncipe〉以前から名前に「fox」が付くDJはいたしね。ああ、他のDJの名前になぜ「fox」が付くのかは知らないけど、DJ Marfoxの名前になぜ「fox」が付くのかは知ってるよ。彼は『スターフォックス』っていうファミコンのゲームが大好きで、「fox」はそこから来たんだよ。

ちなみにキツネは好きですか?

NF:好きだよ(笑)。実物を見たことはないけど、かわいいよね(笑)。

あなたはアンゴラ出身だそうですが、〈Príncipe〉に集まっている面々はどういう出自の方が多いのでしょう?

NF:自分はアンゴラ生まれで、内戦を避けるため4歳のとき家族でポルトガルに移住して来たんだ。以来、アンゴラに戻ったことはないね。〈Príncipe〉のアーティストは、アンゴラ出身者、カーボ・ヴェルデ出身者、ポルトガル生まれ、DJ Marfoxはサントメ・プリンシペ出身だし、さまざまな国籍のアーティストが所属している。

リスボンではアフロ・ポルトギースは社会的にどのような立場に置かれているのですか? たとえば、いまアメリカでは人種差別が問題になっていますが、そういったことはポルトガルでもあるのでしょうか?

NF:昔はもっと複雑だったけど、いまは落ち着いてるね。以前は、アフリカ系の移民がピザ屋で働くのも大変だったというけれど。じっさい、ポルトガル人には少し閉鎖的なところがある。でもいまはふつうだよ、もっと落ち着いてる。いまは、皆が自分の可能性や才能を試すための扉が開かれていると思うね。

海に行って水平線を見ているのが好きだね。海が好きなんだ。音楽を作るためのエネルギーをもらえる気がする。

〈Warp〉の「Cargaa 1」(2015年)に参加することになった経緯を教えてください。

NF:自分が直接やりとりしたわけではないので詳しい経緯はわからないけれど、〈Warp〉のオウナーだったか誰かが自分のEPか何かを耳にして、〈Príncipe〉にコンタクトを取ってきたらしい。で、自分は2曲〈Warp〉に送って、それが使われたってわけ。おもしろかったよ。あの企画に参加できて楽しかった。

オファーが来る前、〈Warp〉の存在は知っていました?

NF:正直に言うと、知らなかった(笑)。そもそも、10年くらい前から楽曲制作はしていたけど、DJやプロデューサーとしての自分のキャリアを真剣に考え始めたのは、ポルトガル国外でもDJするようになった4年前なんだ。それ以前は、誰が有名だとか、どのレーベルがすごいとかの情報は気にしていなかったんだよね。

〈Halcyon Veil〉の「Conspiración Progresso」(2016年)に参加することになった経緯も教えてください。

NF:先方から来た話なのか、〈Príncipe〉側からのオファーなのか詳しくは知らないけれど、コンピレイション・アルバムに自分の楽曲を使いたいと言う話が出たので、OKと言ったんだ。自分たちの楽曲を広めてより多くの人に聴いてもらうチャンスだからね。

リスボン以外のレーベルから作品を出すことは、あなたにとってどのような意味を持ちますか?

NF:リスボン以外のレーベルから作品を出すことは、自分の音楽を自分の家の外に出すような感じだよ。国外でのリリースがきっかけで、自分たちの音楽は注目され始めたんだ。自分たちは立派なスタジオを持ってるわけじゃないし、限られたコンディションで音楽を作ってきた。自分の音楽が、自分のベッドルームから世界に飛び出て行ったことを、すごく誇りに思うよ。自分たちの音楽は、ポルトガル国内より、国外で注目されてきた。なんでかわからないけどね。でも最近ではそれも変わりつつあって、Sumol Summer Fest、Milhões de Festaみたいなポルトガル国内の大きな音楽フェスティヴァルや、Lux FrágilやMusicboxみたいなリスボンの大きなクラブでもパフォーマンスしている。

あなたや〈Príncipe〉の音楽はSoundCloudやBandcampなどネット上のプラットフォームを介して広まっていきました。アナログ盤もリリースされていますが、ご自身はふだんどのように音楽を聴いていますか?

NF:リスナーとしてもクリエイターとしても、完全にデジタルだね。自分の使いたいマテリアルはデジタル・フォーマットにしかないことが多いし、レコードを使ってDJしないしね。

インターネットは音楽にとって良いものだと思いますか?

NF:良いものだと思うね。レコードの再生機器を持ってない人も、インターネットを通じて音楽にアクセスすることができる。SoundCloud、YouTube、Spotifyにはいろいろおもしろいものが転がってる。うん、良いことだと思うよ。

ふだん曲を作るときは、アイデアがふっと湧いてくるのでしょうか? それともあらかじめみっちり構成を練って作るのですか?

NF:まず、ビートの断片が頭に浮かんでくる。自分のイマジネイションの世界からビートがやってくるんだ。でも、曲は1日では完成しないね。FL Studioで練ってみたり、インスピレイションが湧くまで1週間かかることもある。いろいろ混ぜてみて、次の日にはぜんぜん違う音楽になってることもある。こういう試行錯誤は、家でひとりでやるんだ。大勢に囲まれて「こうじゃない」「これはこうしたほうがいい」とかいろいろ言われながら作るのは好きじゃない。家で、ひとりで、静かに曲作りするのが好きだね。

では、これまで誰かと共作したことはない?

NF:あるよ。一度、〈Príncipe〉のほとんどのミュージシャンが曲の断片やアイデアを持ち寄って、1曲作ったことがある。DJ FirmezaやDJ Marfoxと曲作りをしたこともあるし。

トラックを作るときに、音楽以外の何かからインスパイアされることはありますか?

NF:海に行って水平線を見ているのが好きだね。海が好きなんだ。音楽を作るためのエネルギーをもらえる気がする。あとは、クラブに行って他のスタイルの音楽を聴くのも好きだね。クドゥーロ、テクノ、ポップ、トラップとかね。

「15 Barras」(2017年)は長尺の1トラックで、それまでとはがらりと作風が変わりました。インスタレイションのために作られたものだそうですが、この曲が生まれた経緯を教えてください。

NF:「15 Barras」はある種の実験だったんだ。「Nigga Foxの音楽とは完全に正反対のものを作ろう」という意図のもとに生まれた。15分のトラックで、完成までかなり試行錯誤したよ。何日もいろいろ考えて、あちこち切り貼りしたり、時間をかけてね。結果的に、良いフィードバックをもらったし、うまくいったと思ってる。あくまで単発の実験だけどね。「15 Barras」は朝4時にクラブで聴く類の音楽ではなくて、日中とか旅行中に聴く音楽、って感じだね。完全に違うトラックだよ。

今後アルバムを作る予定はありますか?

NF:もうすぐサプライズがあるよ(笑)。いまはまだ言えないんだけどね。2ヶ月後位にアナウンスできるんじゃないかな〔註:この取材は1月末におこなわれた〕。

あなたの音楽を一言で表すとしたら、何になりますか?

NF:VIBE。ヴァイブレイションだね。

Kumo No Muko - ele-king

 君はAlixkun(アリックスクン)を覚えているかい? 歴史に埋もれた掘り出し物をを求め、ほとんどの休日を関東圏のあらゆる中古レコード店めぐりに時間とお金を費やしている、日本在住のフランス人DJであり、正真正銘のディガーだ。Alixkunの最初の探索は、日本のハウス・ミュージックの発掘からはじまった。そしてその成果は、まったく美しいコンピレーション・アルバムへと結実した
 Alixkunの次なる冒険は、80年代の日本で録音されたアンビエント&シンセポップだった。綿雲のうえを歩くようなサウンドに彼は取り憑かれ、そしてレコードの狩人となって来る日も来る日も探求を続けた。そして出会った小久保隆、井上敬三、渡辺香津美、坂本龍一、井野信義、宮下富実夫、小山茉美、鈴木良雄、Dip in the Pool……彼は舐め尽くすようにレコードの1曲1曲を聴き続け、吟味して、それがいよいよコンピレーション・アルバムとなって発売される……
 タイトルは『雲の向こう A Journey Into 80's Japan's Ambient Synth-Pop Sound』。発売は6月27日だが、HMVのホームページにて予約を開始した。アートワークも最高だし、内容も素晴らしい。ぜひチェックして欲しい。

■V.A.『雲の向こう A Journey Into 80's Japan's Ambient Synth-Pop Sound』
CAT NO.:HRLP108/9
FORMAT:2枚組LP
発売日:2018年6月27日(水)発売

[収録曲]
A1. Underwater Dreaming / Takashi Kokubo
(Music by Takashi Kokubo)

A2. Kitsu Tsuki / Keizo Inoue
(Music by Kazumi Watanabe)

A3. Window / Nobuyoshi Ino
(Music by Kazumi Watanabe)

B1. A Touch of Temptation / Masaaki Ohmura
(Music by Masaaki Ohmura)

B2. Kuroi dress no onna -Ritual- (English Version) / dip in the pool
(Music by Masahide Sakuma / Words by Miyako Koda)

B3. Silver Snow Shining / Shigeru Suzuki
(Music by Shigeru Suzuki)

C1. Obsession / Chika Asamoto
(Music by Kazuo Ohtani)

C2. Love Song / Mami Koyama
(Music by Masanori Sasaji / Words Yuho Iwasato)

C3. In The Beginning / Fumio Miyashita
(Music by Fumio Miyashita)

D1. The Mirage / Yoshio Suzuki
(Music by Yoshio Suzuki)

D2. Watashino Basu / Yumi Murata
(Music by Akiko Yano)

D3. Itohoni / Chakra
(Music by Bun Itakura / Words by Bun Itakura / Mishio Ogawa)

interview with CVN - ele-king


CVN
X in the Car

ホステス

ElectronicExperimentalTrap

Amazon

 インターネットはある意味最悪だが、しかしいまだに可能性が残されていることは疑いようがない。こと20世紀末にインディーズと呼ばれていた音楽シーンのその後にとって、21世紀にそれをどのようにうまく使っていくのかは鍵となっている。ツイッターによる自己宣伝の話ではない。それはたとえばネット上に場を作り、オルタナティヴなメディアとして機能させながら交流を促していくこと。そのなかで音楽それ自身も変化していくこと。
 佐久間信行は、ダークウェイヴ風のバンド、ジェシー・ルインズとして活動していた5年前は、アナログ盤への偏愛も見せながら、クラブでのDJ イベントとも関わり、ひとつの現場感を作っていた。それは東京において小さなシーンではあったがローカリティと呼べるものではなく、また、いっさいの政治性と関わらない。そしていつかメジャーの目に止まることを期待しながらライヴハウスでがんばるインディーズとは別の次元の可能性を模索していたとも言える。
 佐久間信行はソロになってCVNを名乗り、完璧にエレクトロニックな音楽を志向する。そして国内外のレーベルから精力的なリリース(カセットテープ、データ、アナログ盤など)を続ける傍ら、ネット上に〈Grey Matter Archives〉(https://greymatterarchives.club/)を立ち上げて、国内外のアーティストのミックステープをアップロードすることで、彼の世界へのアクセスをよりオープンな状態に更新させた。そこは、ヴェイパーウェイヴ的ないかがわしさ、ウィッチハウス的なホラー感、そして鄙びたグリッチ・テクノやヒップホップが混在する異端者たちの広場となっている。なんのことかって? まずはCVNのアルバム『X in the Car』を聴いてみて。

これまでにはなかった影響のひとつとしてトラップはあると思います。

アルバム聴かせていただいて、サウンド面での佐久間君テイストというか、ジェシー・ルインズから一貫したものは感じるんだけど、方法論であるとか、活動形態みたいなものが、〈コズ・ミー・ペイン〉と一緒にやっていた頃と比べるとだいぶ様変わりしたなと思いました。なによりも、今回のサウンドを聴いて思ったのが、ヒップホップの影響が大きいなって。

CVN:そうですね、これまでにはなかった影響のひとつとしてトラップはあると思います。

CVN名義ではけっこう前からアルバムを出しているよね?

CVN:CVN名義は2015年からはじめました。

Discogsによると、最初が〈Orange Milk Records〉からのカセットと表記されているけどそうなの?

CVN:アルバムは2016年に〈Orange Milk〉から出しはじめて、2015年はEP単位では出していました。とくに2016年はアルバムをけっこう出したと思います。

1年のあいだに5枚くらい出しているもんね。

CVN:ポンポンポーンって感じで。

ジェシー・ルインズはバンドだったじゃない?

CVN:初期のライヴはバンドの形態でしたね。

生ドラムもいたし。でも、いまはもうエレクトロニック・ミュージックで、完全にソロ・プロジェクトということですよね。

CVN:そうですね。

コールド・ネームという名義でもやっていたじゃないですか。あれも佐久間君のソロ・プロジェクトでしょ?

CVN:ですね。もはや懐かしいです。フランスの〈Desire〉からLPリリースして、日本盤は〈Melting Bot〉から出しました。

コールド・ネームがありながら、敢えてCVNと名前を変えた理由は?

CVN:コールド・ネームはインダストリアルというか、そのときのテーマがはっきりしていたのですが、インダストリアルを主体にするのに飽きたっていうのもあって。もっと音が鳴ってない空間を作り込みたいのと、ビートの方法論も違うことが急にやりたくなって、もうイメージはっきりしてたんで、CVNの最初の曲も速攻できました。……すごい感覚的な話ですが、インダストリアルって僕のなかではちょっとザラっとしてゴワついてて砂を飲んでる感じで、それをCVNでは炭酸水飲みたいなって。微炭酸というか、少し気の抜けたやつ。

(笑)それがCVN?

CVN:ですね。グレーのものがクリアになるような。コールド・ネーム名義はジェシー・ルインズと並行して2年くらいやったんですが、やりきった感ありました。

話が前後して申し訳ないですが、ジェシー・ルインズはなんで終わってしまったの? てか、そもそも終わってしまったの?

CVN:完全に終わりました(笑)。

ジェシー・ルインズでやれることはやったと?

CVN:まぁそうなりますかね。コールド・ネームをやっていたときは、ジェシー・ルインズがメインで、ジェシー・ルインズでできないコアな偏った自分の実験をコールド・ネームでしていたという感じです。ある見方によってはジェシー・ルインズも十分偏ってるかもしれませんが。で、CVNも最初はそんな感じでしたが、途中からメインとサブが入れ替わってた。それでジェシー・ルインズは2016年に終了するわけです。

複数のメンバーでやることに対しての限界みたいなものはあったの?

CVN:それはあまりないですね。(メンバーだった)ヨッケやナーは気心知れている人たちだし。僕が曲を構築してそれぞれがライヴのために分解するという流れのように、作業が完全に分担されていたので。なので、活動する上でやりにくいとかはあまりなかったです。

でもなんで終わってしまったの?

CVN:引っ越しとかあったし……(笑)。

距離的に離れてしまったと。

CVN:いろいろ重なった感じではありますけどね。CVNはじめてから音もそっちに引っ張られていたので、ふたつのプロジェクトの音を自然に分けれなくなってきて。

CVNのほうが面白くなっちゃったと。

CVN:CVNの脳になってしまったので、その状態でジェシー・ルインズを消化することがかなり難しかしくなったていうのはあります。

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基本はベスト盤みたいな感じです。ベスト盤っていいなって。自分で通称グレイテスト・ヒッツって言ってます。ヒットしてないけど。

なるほどね。CVNのもうそうだけど、佐久間君が主催しているサイト、〈Grey Matter Archives〉もすごく面白いなと思いました。ネット上にこういうヴァーチュアルな広場を作っていろんな人たちと交流しながら音源を発表するっていうことは、CVNのある意味流動的な作品性ともリンクしていると思ったんですよね。それこそジェシー・ルインズ時代は〈コズ・ミー・ペイン〉というアナログ盤にこだわったレーベルが身近にあって、定期的なクラブ・イヴェントもやっていたわけで。

CVN:CVNはけっこう海外からリリースしているんですが、そのおかげで海外のミュージシャンとの繋がりが増えて。リリースするレーベルもいろいろなところからリリースしているんで、それぞれのレーベルの周りのアーティストとか、国とか、シーンとの繋がりができたんですよね。インターネット越しなので直接会ったことはないんですけど。顔は見せていないけど顔見知り的な人が増えて。

そういうことは、ジェシー・ルインズ時代にはなかったこと?

CVN:ジェシー・ルインズでも〈キャプチャード・トラックス〉周辺は多少はありましたが、CVNほど広がりはあまりなかったです。

エレクトロニック・ミュージックは、やっぱインディ・ロックの世界よりも、ひとつの文化形態としては、開かれている感じがあると思いますか?

CVN:速度が違うかもしれません。横の繋がりがスムーズに感じます。

ちなみに、どこのレーベルから出したときに、とくにそういうことが起きましたか?

CVN:〈Orange Milk〉と、イギリスの〈Where To Now?〉で出したときには、まずそこから出しているレーベルメイトからけっこうリアクションがありました。

〈Orange Milk〉って、食品まつりとかフルトノ君とか、DJWWWWとか、日本人アーティストを出しているけど、日本人に積極的なレーベルなの?

CVN:そうだと思います。オーナーがKeith Rankin(Giant Claw)とSeth Grahamというそれぞれミュージシャンなんですが、Sethは以前に日本に住んでいたんですよ。僕は彼とメールするとき英語ですが、実際会ったことある食品さんからは日本語が話せると聞いてます。なので日本の文化に疎くないというか。

しかし、それらのレーベルから出すことで、違う広がりが持てたと。それは佐久間君の長い活動のなかで、可能性を感じた部分?

CVN:すぐ行動に移して良かったなと思ったし、自信も持てたかなと思います。

そこはデジタルの良さであり、フットワークの軽さみたいなものがあるのかもしれないね。

CVN:〈Grey Matter Archives〉をはじめた理由のひとつに、海外との繋がりを生かしたいという気持ちとは別で、引っ越したということがけっこう大きいんです。東京から離れて、自分がいた周辺にあまり物理的に関われない状況下で、家がなくなった感覚だったんで、家が欲しいなと思いまして。どこに住んでいてもできることかもしれないけど、自分にしか作れない家。

〈Grey Matter Archives〉はいつからはじめたの?

CVN:去年の7月です。

送られてきたものをアップロードしているの?

CVN:基本は僕が声をかけてお願いしています。最初は繋がりのある人たちから声をかけていって、いまは面識はないけど僕が好きなアーティストに声をかけたりしてやってもらっているという感じです。

こういうのはやっぱ、ネットならではというか、日本人からいろいろな国の人がいて面白いよね。

CVN:はじめるときにこういうのをやりたいなと参考にしている〈Blowing Up The Workshop〉(https://blowinguptheworkshop.com/)という、ミックスシリーズのサイトがあって。サイトの作りも少し似ているので是非見てください。アーティストの名前が羅列してあって、開くとトラックリストがあり、ストリーミングができるんです。以前僕はこのサイトからミックスを提供しているアーティストの発見もできたし、トラックリストを見て、この曲ヤバいなっていう発見もあったし。けっこう感動した記憶があって、こういうキュレーション感がもっと増えたら面白いなと思ったことを思い出して、これやろうと。

ひとりの人のミックステープをアップロードすると、そこからさらにどんどん広がっていくという。

CVN:名前がアーカイヴされているということが重要で。すごく発見がある。過去のを聴くと見落としてた曲とかあって。

でもオリジナルをあげている人もいるでしょ?

CVN:そうなんですよ。オリジナルとか、Beat Detectivesはそのためにセッションしてくれたりとか。E L O Nは未発表曲を繋げたやつとか。

すぐ行動に移して良かったなと思ったし、自信も持てたかなと思います。


CVN
X in the Car

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では、今回リリースする『エックス・イン・ザ・カー』について訊きますね。これはいままで出した作品を編集したものなんだよね? 今回アルバムのために録音したわけじゃなくて、これまでの作品のなかのベスト盤的な位置付け?

CVN:そうですね。プラス新曲が何曲か入っています。基本はベスト盤みたいな感じです。ベスト盤っていいなって。自分で通称グレイテスト・ヒッツって言ってます。ヒットしてないけど。

(笑)聴いていちばん驚いたのは、最初にも言ったけど、ヒップホップの影響を感じたところなんだけど、それはやっぱりあるでしょう?

CVN:いや、かなりありますね。でもいつもギリギリ中間の混ざってる曲が好きで、そういうの自分的に楽しくて。

きっかけは何かあったんですか?

CVN:きっかけなんでしょうね。たとえば、Ghostemane、Wavy Jone$、Bill $aberとかっていうラッパーがいるんですけど。アートワークとかMVのヴィジュアルとか完全にブラック・メタル入ってるんです。僕ブラック・メタル好きなんですけど、ジャンル的にめっちゃ相性いいんだなと思って。日本だとCold Roseさんとか。

えー、マジですか? それはホント意外だな(笑)。CVNのセカンド・シングルは、初めて日本語タイトルになっているじゃないですか。「現実にもどりなさい」って。

CVN:これはサブタイトルのつもりだったんですよ。Discogsとか、レーベルのサイトなど見ると、『現実に戻りなさい』の方が本タイトルで、「Return to Reality」の方がサブタイトルになっているんですけど、本当は逆のつもりでした。〈Dream Disk〉のレーベルオーナーが勝手に差し替えた。まあ、結果的にはいいかもってリリースされた後、思ったんですけど(笑)。

初期のジェシー・ルインズや〈コズ・ミー・ペイン〉の曲はそのドリーミーさに特徴があったから、その線で考えると意味があるタイトルかなと。

CVN:あの頃の現実の反対は夢でしたね。仮想世界も現実世界も並列な感覚なんですけど、なんというかこれは自分に言っているんですけどね。

アルバムが、刃物の音からはじまるでしょ? あれはナイフとか包丁を研いでいる音のサンプリング?

CVN:切れ味鋭い系の音ですね。

あれ、恐いよ(笑)。

CVN:音として面白いなというか。それだけなんですけどね。サンプリングでも、ヴォイス・サンプルみたいなものは昔からよく使っていましたけど、リズムの音を……例えばSF映画で鳴ってる音、刃物のような音が、スネアとかハイハットの代わりになったら面白いじゃないですか。

で、スクリューされた声も入るわけですけど、佐久間君の意図としてはある種のホラー感を表現しているのかな?

CVN:曲によってですけど、ホラーは好きですし、恐怖感もあるけど同時にすごく切ない気持ちにもなりうる。いまだから言えるじゃないですけど、〈キャプチャード・トラックス〉から出した、ジェシー・ルインズ最初のEP、『ドリーム・アナライジス』は、レコードは45回転なんですが、33回転でも聴けるっていう。

それは意識して作ったの?

CVN:意識して作ったというよりか、勝手にそうなったんですけど、LSTNGTって友人から教えてもらいました。よりロマンチックに聴こえるところとかもあって。もともと視覚的な音楽なんですけど、より映像が見えてきます。

CVNが表現しているダークなサウンドっていうのは、時代の暗さとリンクしているっていうよりは、佐久間君の趣味の問題? そこは時代とは切り離されている?

CVN:切り離されていると思いますし、自分ではダークだとは思っていないです。

今回自分の作品の成果をアルバムにまとめようと思ったのはなんで?

CVN:ベスト盤が出したかった……。というより日本でもいくつかのレコード・ショップが輸入して取り扱ってくれたりして本当に感謝なんですが、けっこう短期間でアルバムなりEPなりをいくつも出したので、ひとつひとつの作品をじっくり振り返える機会があってもいいかなと思ったのと、そのリリースの機会を与えてくれたレーベルに感謝の意も込めて。あと周りの仲間にも。今回Cemeteryが主宰してる〈CNDMM〉からリリースした7インチの曲はあえて収録してなくて、その2曲はCVN的にもけっこう特別なので、7インチを買って聴いてほしいっていうのも付け加えておきたいです。感謝感謝ってJ-Popみたいですが。あとそれにこうやって出したことによって、野田さんとも久しぶりに話せましたし(笑)。

4月のライヴには行こうと思ってますけど。ちなみにDYGLみたいな若いインディ・ロック・バンドには興味ある?

CVN:DYGLのみんなは何年も前から友人で、新しいシングルの「Bad Kicks」もかっこいいなと思って聴いています。そういえば、ヨッケがDYGLのジャケや諸々デザインを担当しているんですよ。

4月のリリース・パーティに出演する人たちはみんな〈Grey Matter Archives〉で作品を発表している人たち?

CVN:発表している人たちと今後発表する人も入ってます。〈PAN〉のFlora Yin-Wongがたまたま来日している期間で彼女にもDJしてもらいます。彼女も〈Grey Matter Archives〉でミックスを発表してもらっていて。

〈PAN〉はテクノ・レーベルだけど、テクノの方向には行かないの?

CVN:いくかもしれないし、いかないかもしれないし、もういってるかもしれない(笑)。

はははは、今日はありがとうございました。

Menagerie - ele-king

 カマシ・ワシントンの『ジ・エピック』(2015年)は、その副産物として1960年代から1970年代にかけてのスピリチュアル・ジャズやブラック・ジャズの再評価も生み出した。しかし、『ジ・エピック』ほど大きな話題にならなかっただけで、それ以前にも同じような方向性を持つ作品はいくつかあり、たとえばオーストラリアのメナジェリーによる『ゼイ・シャル・インヘリット』(2012年)はそうした一枚だ。メナジェリーはニュージーランド出身で、オーストラリアのメルボルンを拠点に活動するランス・ファーガソンによるジャズ・ユニットである。ギタリスト/DJ/プロデューサーの彼は2000年頃から活動し、ディープ・ファンク・バンドのザ・バンブーズのリーダーとして有名だが、ほかにもオルガン・ファンク・トリオのクッキン・オン・スリー・バーナーズ、ソウル・グループのロス・アーウィン・ソウル・スペシャルのメンバーで、ソウル・シンガーのカイリー・オルディストのプロデュースも行なっている。ブラック・フィーリングというジャズ・ファンクやラテンのカヴァー・プロジェクトのリーダーもやっていた。一方、自身名義のラヌーやノー・コンプライというプロジェクトでは、トラックメイカーとしてブロークンビーツやハウスなどのエレクトリックなクラブ・サウンドを作るといった具合に、多方面に渡る活躍をしてきた。アコースティックとエレクトリックの両方を操り、ジャズやファンクからブロークンビーツまでを並行させるという点では、同じニュージーランド出身のマーク・ド・クライヴ=ローに近いかもしれないが、ランスの方がよりDJ的な嗅覚に富んでおり、メナジェリーもそうしたDJ感覚が生かされたジャズ・ユニットである。『ゼイ・シャル・インヘリット』は1970年代のブラック・ジャズやジャズ・ファンクのエッセンスに溢れた作品集で、伝説的なスピリチュアル・ジャズ・ユニットのブラック・ルネッサンスを彷彿とさせる表題曲は、ミュージシャン的な発想と言うよりも、DJ的な知識やセンスがないと生まれてこないものだ。“ザ・クワイエットニング”は現代的なブレイクビーツ感覚をラスト・ポエッツばりのスポークン・ワードと結びつけ、“ザ・チューズン”はロイ・エアーズ・ユビキティにブロークンビーツ的なエッセンスを注入している。そして、“リロイ・アンド・ザ・ライオン”ではそのロイ・エアーズをゲストに招き、彼のヴィブラフォンをフィーチャーしていた。“ジャマリア”や“ゼア・ウィル・カム・ソフト・レインズ”はモーダルなブラック・ジャズで、その後のカマシ・ワシントンの『ジ・エピック』の到来を先駆けていたと言えよう。

 イギリスの音楽シーンとも繋がりの深いランス・ファーガソンは、バンブーズやラヌーを出す〈トゥルー・ソウツ〉からメナジェリーの『ゼイ・シャル・インヘリット』をリリースしていたが、それから6年ぶりの新作『ジ・アロウ・オブ・タイム』はクッキン・オン・スリー・バーナーズやブラック・フィーリングを出す〈フリースタイル〉からのリリース。参加ミュージシャンは『ゼイ・シャル・インヘリット』からほとんど変更はなく、バンブーズのメンバーなども加えたメルボルンのジャズ~ファンク系ミュージシャンたち。男性シンガーのファロン・ウィリアムズもバンブーズに客演していたことがあり、女性シンガーのジェイド・マクレーは、1970年代にニュークリアスやパシフィック・イアドラムなどで活躍したデイヴ・マクレーとジョイ・イエーツの娘である。“エヴォルーション”はファロン・ウィリアムズが高揚感たっぷりに歌うナンバー。彼の歌声はゴスペル的でもあり、ラスト・ポエッツやギル・スコット=ヘロンのようなポエトリー・リーディングにも近い。ゴスペル的なテイストという点では、バックの女性コーラスの配し方などを含めてカマシ・ワシントンの作品との共通項も見出せるだろう。表題曲の“ジ・アロウ・オブ・タイム”は10分を超す大作で、テナー・サックス、トランペット、ピアノのソロが次々と披露されていく。女性コーラスを配したテーマのメロディーは、ファラオ・サンダースやスタンリー・カウエルなどスピリチュアル・ジャズのレジェンドたちを彷彿とさせるものだ。“エスケープ・ヴェロシティ”はアフリカ風味の野趣に富む作品で、躍動的でパーカッシヴなリズム・セクションとダイナミックなホーン・アンサンブルの融合が素晴らしい。“フリーダム・ジャズ・ダンス”に似たフレーズを持つ“スパイラル”は、グルーヴィーなフェンダー・ローズと鋭角的なホーンが印象的。1970年代前半のブラッド・スウェット&ティアーズとかプラシーボあたりを思わせるジャズ・ロック・ナンバーである。“ノヴァ”は牧歌的な雰囲気を持つワルツ曲で、叙情豊かなピアノとアルト・サックスがフィーチャーされる。アナログなレコーディング機材による録音もジャズ特有の音の奥行や厚み、豊かさを生み出しており、スタジオでの一発録音に近い形で制作されているのではないだろうか。こうした録音に対する拘りがジャズのレコードの生命線でもあるのだ。

dialogue: suppa micro pamchopp × Captain Mirai - ele-king


Various Artists
合成音声ONGAKUの世界

Pヴァイン

ElectronicPopVocaloid

Amazon Tower HMV iTunes

 ボーカロイドやその他の音声合成ソフトを用いて作られた音楽はいまその幅を大きく広げ、アンダーグラウンド・シーンも成熟へと向かっている(そのあたりの流れは『別冊ele-king 初音ミク10周年』『ボーカロイド音楽の世界 2017』を参照のこと)。そんな折、『合成音声ONGAKUの世界』なるタイトルのコンピレイションがリリースされた。帯には、まるでそれが正題であるかのように、「ボカロへの偏見が消えるCD」と記されている。監修を務めたのはスッパマイクロパンチョップ。1998年に竹村延和の〈Childisc〉からデビューを果たした彼は、最近になってボーカロイド音楽の持つ魅力に気がついたそうで、それまでの自分のように偏見を持った人たちに少しでも興味を持ってもらおうと、精力的に活動を続けている。今回のコンピもその活動の成果のひとつと言っていいだろう。じっさい、ここに収められているのはシンプルに良質なポップ・ミュージックばかりで、もしあなたがなんとなくのイメージで避けているのであれば、それはほんとうにもったいないことだ。そんなわけで、監修者のスッパマイクロパンチョップと、同コンピにも参加している古参のクリエイター、キャプテンミライのふたりに、このコンピの魅力について語り合ってもらった。あなたにとってこれがボーカロイド音楽に触れる良い機会とならんことを。

※ちなみに、スッパマイクロパンチョップのブログでは、今回の収録曲から連想される非ボーカロイド音楽のさまざまな曲が紹介されており、ロバート・ワイアットやエルメート・パスコアール、ダーティ・プロジェクターズやディアンジェロなど、興味深い名前が並んでいる。そちらも合わせてチェック。


たまたま耳に入った曲が自分の好きな感触じゃなかったら、そのイメージしか残らなくて、それ以外が想像できないという状況だと思うんですよね。 (スッパマイクロパンチョップ)

対バンした相手と表面上は仲良く話していても、心の底では「なんだあいつ」みたいに思っていたり(笑)。〔……〕ボーカロイドを始めてみたらみんなすごく開けていたんで、それもすごく驚きましたね。 (キャプテンミライ)

スッパさんがボカロの音楽を聴くようになったのはわりと最近のことなんですよね?

スッパマイクロパンチョップ(以下、S):そうですね。ボカロの音楽を聴き始めたのは去年の8月末からなんです。初音ミク10周年のタイミングですね。それまではあまり興味がなかった。でも、Twitterでたまたま流れてきたyeahyoutooさんとPuhyunecoさんのふたりの曲を聴いてとても感動したんですよ。それ以来ニコニコ動画でアーカイヴを掘りまくっていますね。そこから自分でも曲を作り始めるようになって、10月にはもうボカロに関するトークイベントをヒッキーPと始めていましたね。

キャプテンミライ(以下、C):最近スッパさんという方がボーカロイドに熱中しているという噂は僕も聞いていて、ちょっと前からTwitterとかでスッパさんの発言を拝見しているんですが、ようはその2曲がボーカロイド音楽を聴き始めるきっかけになったわけですよね。

S:そうですね。

C:僕も似たような感じで、ボーカロイドを始めるきっかけになった曲があるんですけど、やっぱりそれって、ボカロ云々を抜きにして音楽として良かったっていうことで、ようはすごくかっこいい曲に出会ったということですよね。

S:ですね。キャプミラさんの出会いの曲はなんだったんですか?

C:すんzりヴぇrP(sunzriver)という人の曲ですね。僕はもともとバンド畑の人間で、「ライヴハウスだ、バンドだ、ギターだ」みたいな世界でやっていたんですが、じつはその頃からすんzりヴぇrとは知り合いだったんですよ。彼は最近何をやっているんだろうと思って調べてみたらいつの間にかボーカロイドを始めていて。もちろん僕もボーカロイドの存在は知っていたんですが、なんとなくの見た目のイメージくらいしかなかったんですね。でも彼の楽曲を聴いてみたら、彼がそれまでやっていたものとぜんぜん変わらない、むしろボーカロイドによって魅力が増しているかもしれないと感じたんです。これはおもしろいなと思って、自分でもやってみることにしたという流れですね。

S:それは2008年ですか?

C:2008年ですね。

けっこう初期ですよね。

C:そうです。当時はまだ偏見もいまより大きかったし、バンド畑の人間だったので、ライヴハウスとかで周りに「ボーカロイドというのを始めてさ」って言うと、反応が冷たくて。「お前、何やってるんだよ」みたいな反応をされることが多かったですね。でもそれからどんどん初音ミクがメジャーになっていったので、やっている側としては広まりきった感はあったんです。でも今回のスッパさんの活動を見ていると、まだまだ広がりきっていなかった部分があったんだなというのを感じましたね。

S:その「広がった」というのも、もしかしたら偏見が広がったということかもしれないですよ(笑)。

C:まあ、同時なんでしょうけどね。ただ若い世代にはふつうに広まっている感はありますね。だからいまスッパさんが届けようとしているのは、若い子よりも少し上というか、ミドルで音楽好きの人たちという感じですよね。それこそバンド畑の人とか、ロックやエレクトロニカを聴いているようないわゆる音楽好きの層というか。

S:そこにも届けたいってことですよね。自分もライヴハウスとかクラブとかはよく出演しているんですけど、そういうところで出会う人たちの偏見ってすごく根強くって。キャプミラさんが「お前、何やってるんだよ」と言われたときと、いまもまったく同じ状況なんですよ。

C:そうなんですね。難しいですねえ。たとえば「初音ミク」という名前自体はそれこそ誰でも知っているものになっていますけど、じっさいにそれを聴いているかは別問題ってことですよね?

S:たまたま耳に入った曲が自分の好きな感触じゃなかったら、そのイメージしか残らなくて、それ以外が想像できないという状況だと思うんですよね。だから、このコンピを聴いて考え直してほしいってことですね(笑)。

C:でもどうなんでしょうね。偏見ってじっさいそんなに強いのかな……いや、やっぱり強いのかなあ。

S:強いと思いますよ。Twitterで「これ最高! ヤバい!」ってYouTubeのリンクを貼るのと、ニコニコ動画のリンクを貼るのとでは違いがあるというか。ニコニコ動画なんか誰も覗いてくれないんですよ。「そっちの世界は行きたくない」みたいな偏見はあると思います。

音楽ファンって、ほかの何かのファンと比べると、なかなかそういう壁を崩さない感じはありますよね。オープン・マインドに見えて、じつはすごく閉じているというか。

S:ですよね。だから今回はそういうボカロのネガティヴなイメージをすべて取っ払って、音楽だけに集中して見せたいんですよね。音楽活動をしている知り合いには若い子が多いんですが、若い子でも外へ出て音楽をやる人と、家のなかだけで音楽をやる人とではちょっと違いがあって。やっぱり外でやるおもしろさを知っている人は偏見を持ちがちですね。キャプミラさんの場合はボカロとの出会いが早かったから良かったというのもあると思うんです。すんzりヴぇrさんやディキシー(Dixie Flatline)さんとは、ちょっと仲間意識みたいなものもあるんじゃないですか?

C:そうですね。当時はボーカロイドをやっている人たちの横の繋がりがすごくあったんですよ。初投稿日が近い人たちなんかで良く会ったりしていて。バンドをやっていると意外にギスギスしているところがありますよね。たとえば対バンした相手と表面上は仲良く話していても、心の底では「なんだあいつ」みたいに思っていたり(笑)。ライヴハウスではそういう空気をバンバン感じることがあったんですが(笑)、ボーカロイドを始めてみたらみんなすごく開けていたんで、それもすごく驚きましたね。だから10年前に出会った人たちとはいまだに会ったりするような仲になっていますし、それが世代ごとにいろいろとあるんじゃないですかね。いまの若い人は若い人たちでコミュニティがあるんじゃないかという気はします。

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僕が言う「偏見」って、世代的な断絶でもあるんですよね。高年齢の音楽マニアとのあいだにすごく大きな壁があるというか。 (スッパマイクロパンチョップ)


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今回のコンピはどういった基準で選曲していったのでしょう?

S:これを聴けば偏見が吹き飛ぶだろう、という選曲ですね。よくあるボカロのイメージにそぐわない曲というか。「え、これボカロなの!?」って、あっさりボカロを好きになっちゃうような選曲のつもりです。とはいえボカロのおもしろい曲ってすごくバラエティに富んでいるので、それを「ベスト・オブ・ボカロ・ミュージック」みたいにひとつにまとめるのは難しい。そこへ、「音楽好きの人がさらっと聴ける」「BGMとして心地良く聴ける」のがいいというお話をいただいたので(笑)、それもテーマにしました。もちろん自分の趣味も入っているんですけど、それだけじゃなくておしゃれに聴けることを意識したというか。ボーカロイドってべつに「おしゃれ」のイメージはありませんよね。

C:そうですかね。

S:偏見を持っている人たちは、アニメとか萌えとか、そういういわゆるオタクな世界に悪いイメージを抱いていて、それは「おしゃれ」とは正反対だと思うんです。もちろん音楽ファンも「おしゃれ」だけを基準に聴いているわけではないですけど、やっぱりイメージってあると思うんですよね。「このサウンドがいまいちばんかっこいい」っていう感覚って、「(そのサウンドが)おしゃれ」ってことでもあると思うので、そのラインは守っているというか。「ボカロっておしゃれかもしれない」とか「意外と気持ちいいんだな」と思ってもらえるよう選曲していますね。たとえばでんの子Pさんの曲でも、選曲を間違えたら「え……」って思われちゃうかもしれないので(笑)。だから、突出した才能を持っているけど、その人のなかでも耳触りが良いもの、たとえばエルメート・パスコアールなんかと同列に聴けるもの、という基準ですね。キャプミラさんも名曲揃いですから、どの曲でもよかったんですが、せっかくなので僕がいちばん感動した“イリュージョン”を選びました。僕、ボカロを聴いて泣いたのはその曲だけですからね(笑)。

C:おお(笑)。ありがとうございます。

今回の収録曲のなかではいちばん古い曲ですよね。

C:そっか、ディキシーさん(Dixie Flatline)より古いのか。

S:ディキシーさんのは最近の曲なんです。2015年。古いのはTreowさんとキャプミラさんだけです。おふたりはクラシック代表なんですよ。

ということは、この曲で使われている鏡音リンのヴァージョンも初代ということですよね?

C:そうです。初代のリンってソフトウェアのエンジンがVOCALOID2という古いヴァージョンなんですけど、いまの環境で動かすにはちょっとめんどくさいんですよね。Windows10とかだとけっこう微妙な感じになっちゃっていて。データをコンヴァートしたりしなきゃいけなくて、かなりたいへんなんです。

この曲に感動して同じような音を鳴らしたいと思った人がいても、それはもう難しいという。

C:そうなんですよね。ソフトはどんどん新しくなっていって、もちろん内容は素晴らしくなっていっているんですけど、やっぱり声が違うので「初代のほうが良い」みたいなことはありえますよね。

楽器だといわゆるヴィンテージの機材を追い求める人たちもいますが、これからVOCALOIDもそういう感じになっていくのかもしれませんね。

S:そういう時代は来そうですね。

C:そしたらリヴァイヴァルするかもしれないですよね。いまのエンジンで当時の声がそのまま出るよ、みたいな感じのライブラリを出してもらえるといいんですけどね。

今回のコンピには入っていませんが、多くの人がボカロと聞いて思い浮かべるだろう、テンポの速いロック系の曲についてはどうお考えですか?

S:数年前に流行った高速ロックの流れもまだそんなに廃れていないというか、「ボカロと言えばとにかく速い」みたいなイメージが一般的にもあると思うし、じっさいそういうものがたくさん聴かれているのはすごく感じるんですよね。わりと再生数を稼げる人たちのなかでも、ボカロのそういう側面を追求する層と、どうやったら「おしゃれ」に作れるかで競っている層と、ロックか「おしゃれ」かみたいなふたつの線があるように思いますね。

C:いまのバンド・シーンの若い子たちのなかでも、あの頃の高速ロックの流れを汲んだバンドは多いですよね。BPMが速くて、四つ打ちで、速いギター・リフみたいな。中学生のときにもうボーカロイドがふつうにあってそれを聴いて育ったから、大きくなってバンドをやろうってなったときにおのずとそういう楽曲が出てくる、そういう世代がもうけっこういるのかな。やっぱり高速ロックは影響力ありますよね。

S:ありますね。だから僕が言う「偏見」って、世代的な断絶でもあるんですよね。高年齢の音楽マニアとのあいだにすごく大きな壁があるというか。若い子が音楽を始めようと思ったときに、いまだとやっぱりコンピュータで音楽を作るという選択肢があって、それで作ったものをアウトプットする場所としてボーカロイド・シーンがすごく身近なんだろうなと。曲を作ってアップロードするだけならべつにSoundCloudでもいいんですけど、若い子からしてみると華やかな感じというか、SoundCloudにアップするよりもキャラクターとビデオのあるボーカロイド・シーンのほうが注目されるんじゃないか、というような期待があるんでしょうね。そもそも音楽と最初に出会った場所がニコニコ動画だったという人も多いでしょうし。それでいろんなタイプの音楽が集まってきているような気がします。

キャプミラさんが今回の収録曲のなかでいちばん印象に残った曲はどれですか?

C:羽生まゐごさんの“阿吽のビーツ”かな。民族っぽいパーカッションのリフで始まる曲。でも、たしかに全体的におしゃれだなとは思いましたね。

S:1曲目とその羽生さんの“阿吽のビーツ”はガチでおしゃれだと思います。それ以外はオーソドックスな感じもあって、「エヴァーグリーン」という感じですね。僕はどんな音楽を聴くときも普遍的かそうでないかみたいなところでジャッジしていて、もちろんそうでなくてもいいんですけど、コンピを組む場合は50年後とかに聴いても古いと思わないような強度のある曲を選んでいるつもりなんですよね。それでいてサラッと聴ける曲。あまりにも濃いと引っかかっちゃうので。作業しながら聴いていて「えっ!」って(笑)。

僕は松傘さんやでんの子Pさんが好きなので、その両方が入っていたのは嬉しかったですね。でも、彼らの曲のなかではわりと聴きやすいというか、比較的癖のない曲が選ばれていますよね。

S:松傘さんの個性ってずば抜けているところがあるんですが、松傘さんが単独で作っている曲をこのコンピに入れるのはちょっとエグいかなあと(笑)。でんの子さんもそうなんですよ。でも彼らのおもしろさはなんとか伝えたいので、誰が聴いても「良いな」って思ってもらえそうな曲を選びましたね。

C:そういう意味では、最近のボーカロイドをそれほどチェックできていない僕みたいな人向けでもあるというか、ここからいろいろ漁っていくという聴き方もできそうですね。

S:そうなんです。たとえばある曲に惹かれて、もっと掘ろうと思ってその作り手の他の曲を聴いてみると、そっちはそれほどでもなかったり、というようなことがボカロではわりと多いんですよ。だから今回のコンピも、その曲に出会った人がもっと掘っていったときにがっかりしないように、そもそも作っている曲が全体的におもしろい人たちのなかから選りすぐっていますね。あと、ぜひ入れたいと思ったけど、そもそも連絡先がわからないというパターンもありました。連絡が取れないとどうしようもないので、現実的にコンタクトできてOKしてくれそうで、それでいて誰が聴いても良いと思える曲がある人、という基準で選んでいます。

C:そうなるとけっこう難しそうですね。連絡の取れない人、多そうだから(笑)。

S:難しかったですね(笑)。でも良い内容にできたとは思っています。

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試しに作ってみると世界が変わると思いますよ。声を合成するというのは、やっぱり音楽をやっている人ならおもしろいと思える部分があるはずですので。 (キャプテンミライ)


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今回のコンピに収録されているような、シンプルにグッド・ミュージックだったりちょっと尖った曲を作っている方たちって、やっぱり再生数は低かったりするんでしょうか?

C:たとえば鈴鳴家さんも音作りがものすごくて狂気じみていますけど、再生数の面ではそこまで評価されていませんよね。だからボカロ界にはもったいない人がいっぱいいますよ。

S:なぜなんでしょうね。プロモーションのしかたなのかなあ。

C:でもディキシーさんやTreowさんはすごく再生数の高い曲を持っていて、数字が付いてきているというか。

S:そうですね。ちなみに羽生まゐごさんはむちゃくちゃヒットしていますね。あと、1曲目の春野さんもわりとおしゃれ系でヒットしています。まだ20歳らしいですよ。

C:おお。いや、まさにそこなんですよね。最近の音楽自体ちょっとヤバいというか、いまは若くても本当にすごいものを作ってくる。むかしはそんなことはなくて、若い子は若い音楽しか作らなかった。町田町蔵が出てきたときに、「すごい10代」みたいに言われていたんですけど、ボーカロイドをやっていると、そのすごい10代がいっぱいいる感じがするんです。環境が良くなっているのかな。コンピュータで音源も安く買えて、いきなりすごい音が出せるみたいなことの影響もあるんですかね。

S:あると思いますね。

C:2007~09年にボーカロイドが盛り上がっていった時期って、いろんなインフラが整っていった時期でもあると思うんですよ。音楽制作をしたい人がコンピュータでそれをできるようになって、プラグインも安くなって手が届くようになった。動画もそうですよね。動画編集ソフトにも手が届きやすくなって、個人で作れるようになった。絵もデジタルで描く方法が確立されて、pixivのようなものが出てきて盛り上がっていった。そういった人たちが集まって何かを作ろうというところにちょうど初音ミクが登場して、ニコニコ動画という場もあって、「僕が楽曲」「僕が動画」「僕が絵」みたいな感じでどんどん盛り上がっていった。それがおもしろかったんですよね。同じような時期に、アメリカやヨーロッパではインディ・ゲームのシーンが盛り上がっているんですよ。それもたぶん同じように誰でもプログラミングできたりグラフィックを作れたりする環境が生まれて、じゃあ何を作るかってなったときに、日本みたいにニコニコ動画があるわけじゃないから、みんなでゲームを作ろうというような感じで盛り上がっていったんじゃないかと思うんです。それがいまはまた分裂して、絵を描く人は絵だけで行こう、みたいになっているような気がしますね。当時ボーカロイドをやっていた人のなかでも、いまはプロの作家にスライドして曲を作っているような人も多くなっているので、音楽は音楽でやっていこうという感じなんですよね。あのときにみんなでガーっとやっていたところからどんどんひとり立ちしていって。そう考えると10年の歴史の流れを感じるというか、じーんときますね(笑)。いや、でもやっぱりみんな若いんですねえ。

S:詳細な年齢まではわからないけど、新着の初投稿の曲を聴いていても、いきなり成熟したポップスみたいなものがわりと多いんですよ。そこは謎なんですよね。最初からスケッチ的なものじゃなくて、しっかりポップという。

C:ポップスってけっこう理論とかがわかっていないと作れないものなのに、それをさらっと作っちゃいますよね。それは、たんにツールが良くなっただけじゃできない。耳も良いのかな。

音楽活動はべつにやっていて、匿名で投稿しているケースもあるんでしょうね。

S:それはいっぱいあると思いますよ。

C:言いかたの問題もあるでしょうね。ずっと音楽はやっていたけどボーカロイドは初投稿です、みたいなケースもあるのかもしれないですしね。

S:いまはまだ偏見を抱いているクラブ・ミュージックの作り手とかが、いつか「ボカロっておもしろいんだな」と気づいて、自分でもボカロで歌ものを作ってみてハマる、そういう可能性を持った作り手ってじつは山ほどいるんじゃないかと思っていて。

C:僕がそうだったんですけど、イメージで偏見を持っていても、じっさいにボーカロイドを使ってみると、打ち込んで、機械が歌ったときにちょっと感動があったんですよね。「声が聴こえてきた!」みたいな。それで急にキャラクターにも愛着が湧いてくるというか、「このソフトはこんな声をしているのか」という感じで世界が広がったことがあったんです。だから作り手の人に、もちろんまずは聴いてほしいですけど、じっさいに作ってみてほしいんですよね。べつにニコニコ動画やYouTubeにアップロードしなくてもいいんで、試しに作ってみると世界が変わると思いますよ。声を合成するというのは、やっぱり音楽をやっている人ならおもしろいと思える部分があるはずですので。

S:そういうものを作らなさそうな人にこそ作ってみてほしいですよね。

C:あとは音質の話ですけど、ニコニコ動画にアップロードしている人たちには、ミックスやマスタリングの癖みたいなものがありますよね。とにかく音がデカくてバチバチにしているし、低音も切り気味だし。もしかしたらそれをクラブ・ミュージックの人が聴くと、物足りない感じに聴こえちゃうのかもしれない。パッと聴きでもう質感が違うと思っちゃうのかなという気もします。

S:自分は家ではデスクトップのパソコンに大きなスピーカーを繋げて聴いているんですけど、どんなにクオリティの低い曲でも小さな音で再生しているぶんにはなんにも気にならないんですよ。でも、ヘッドフォンで聴くと不快になるってことは多いですね。なので今回のマスタリングでは、全体的に高域をちょっと削ってマイルドで優しい聴き心地になるようリクエストしています。ボカロの声って高音が痛かったり刺さることが多いですし、そもそもそれが嫌いだと言われちゃったら薦められなくなりますからね。

C:じっさいに作っていると声の癖も気にならなくなるんですけどね。僕の場合、ボーカロイドはちょっと楽器的に使っているんですよ。使い方を楽器的にするということじゃなくて、人間が歌うときとはオケも変わってくるので、アレンジ含めてボーカロイドを楽器として扱ったほうがおもしろくなるんですよね。僕がボーカロイドですごく良いと思っているのは、歌詞がそんなに聴こえてこないところなんです。ものすごくクサかったり恥ずかしかったり中二っぽい歌詞でも、ボーカロイドが歌うと成り立つんですよ。人間がこれを歌ったらちょっと恥ずかしいだろうというものでもボーカロイドだとさらっと歌えちゃう。それはやっぱり機械が歌っているからこそで、ようするに歌詞の幅がものすごく広く取れるんですよね。じっさいボーカロイドの歌詞ってすごく個性的というか、振れ幅が大きいですよね。癖のある歌詞も多いですけど、それはボーカロイドならではですよね。

S:素人の方々の「歌ってみた」ヴァージョンを聴いて、ボカロ・ヴァージョンより良いと思うことはあんまりないんですよね。人間が歌うとエゴが入ってくるというか、味がありすぎて。

C:そうなんですよ。歌詞も聴こえてきちゃうんですよね。

S:たとえばライヴでどっぷり浸かるようなときはそれでもいいんですけど、部屋のパソコンで聴いていると、その人間の味がうるさすぎるよなって感じるケースが多い。だからたぶんボカロで曲を作ったことがない人は、そういう匂いの消し方とか、そういう力をあまり知らないというところもあるんじゃないかなと思いますね。だから、そういう人たちをうまい具合に引き寄せられたら、第二次ブームみたいなことも可能だと思うんですよね。いや、ブームになってほしいなあ。

C:まあ、ある意味ではずっとブームなんですけどね(笑)。

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