「Nothing」と一致するもの

NRQ - ele-king

 「Retronym(レトロニム)」とは、元来あった概念や事物を、後に出現した同様のものと峻別するために生まれた表現のこと。例えば、音楽コンテンツのリリースにおけるデジタル配信が定着してからのちは、それまで単純に「リリース」と言われていた発売行為を、CDやレコードなどの有体物をもってする場合は「フィジカル・リリース」と派生的に言い換えることなどがわかりやすい例だろう。他にも、カラープリント技術発展後に、それまで単に映画といっていたものを「モノクロ映画」としたのも代表的なレトロニムの例。
 
 では一体、音楽における「レトロニム」とはなんだろう。それは、音楽ジャンル一般を概念化して言語で語る際には、頻出するものとなる。ポピュラー・ミュージックが発展していくときに逆説的に現れた様々なレトロニム。ガレージ・パンク、初期パンク、オーセンティック・スカ、戦前ブルース、ルーツ・ロック、オールドスクール・ヒップホップ。そしてそもそも、19世紀産業革命以降の大量消費社会出現後に現れた商業音楽とそれまでの音楽を隔てる「クラシック」という語がそうだし、「ワールド・ミュージック」という80年代以降に頻用されるようになった語も、かつては単に「世界の何処かの音楽」としてあったものがグローバリゼーションの発展により逆説的に発見され周縁的存在として再定義されたレトロニムであるといえるかも知れない。

 しかし。NRQ=New Residential Quartersとは、翻訳すればすなわち「新興住宅地」。新興住宅地とはまさに、サバービアの住宅地を思い起こさせる通り、旧来の都市中心部における住宅地の周縁に新たに開発された居住地のことであり、いわゆる「新語」とされるもの。即ち今回バンドが4枚目のアルバム・タイトルとして掲げた「レトロニム」の、全き反対概念に思われる。
 「ブルース、カントリー、ジャズなど過去の音楽遺産を継承するように様々な要素を消化し、オリジナルな編成で演奏する個性派集団」という、これまでバンドに与えられがちだった牧歌的評価とこのバンド名が孕むイメージの齟齬は恐らく、牧野琢磨氏の頭の中には活動当初から予測されていたものだったろう、と彼本人を知る私などは推察するのだけれど、ここへ来て4枚目のアルバムに「レトロニム」というタイトルを付けたことは、そうした齟齬の実相に自ら分け入っていくような勇敢さ(もしかしたら諧謔なのかもしれない……)を強く感じるのだった。
 だからこそ、この挑戦的とも言えるタイトル「レトロニム」について、さらに厳密に考えることこそ、ここから聞こえてくる彼らならではの音楽観を我々に引き寄せる正道であるとも思えるのだ。

 テクノロジーの発展やイノベーションによる後続の概念の提出により、それまで一般的に使われていた概念は、時間軸上においてレトロニムとしての語が与えられたときを基点として、過去の側へ意味を伸長する概念となる(「モノクロ映画」というレトロニムは「天然色以前の映画」という意味が与えられる)。しかしながら、語の指示するそういった意味論的レベルとは別の次元では、元来包摂的なものとしてあった概念が「その時点で」「あらたな語」を付与されるという作用がそこにあることに注目したい。この作用こそは、レトロニムが語としては過去向きの意味性を帯びるのとは無関係に、むしろ極めて現在的視点からの行為に引き起こされたたものであると言える。言い換えるなら、その指し示す意味内容に関わらず、レトロニムもまた、その時に生まれる「新語」であることに変わりはないのである。
 そして、この「新語」たるレトロニムを発生させるパースペクティヴこそが、現在から過去を眺める視点すなわち歴史意識と呼んで差し支えないだろう(現在のスマホの存在を知らない人はどうしてかつてのケータイのことを「ガラケー」と呼びかえるだろうか)。
 要するに、いまこの時点で獲得される視点をもってして、過去を位置づけようとするという意識がなければ、そもそもレトロニムは生まれてこない、という当たり前の事実を述べているわけだが、そうしたパースペクティヴと、逃避的懐古主義のようなものがいかに簡単に混同されやすいか、という問題もあるから話は単純でない……。ジョン・コルトレーンによる60年代のカルテット吹き込みを礼賛すること自体には、いわゆる懐古主義といったものは本来備わっていない。しかし、それに耽溺し、耽溺する自己が歴史意識を剥奪されたときにこそ、現代の視点から浮遊した懐古主義は顔を出してくる(「たかが趣味程度にそんな区別は不必要では……しかもインターネット空間において過去の遺産へのアクセシビリティが格段に向上して享受したいものをそれぞれが享受できるこの2018年に……」という議論もまあ、ある面では説得的かもしれないのだが、歴史意識を持ちつつ過去のものを愛でている健全な人たちが、単なるノスタルジストと混同されているのを耳にしたり目にすると心が痛むものだ)。
 やや脱線してしまったが、要するに、懐古と回顧は全く違うものなのだ。
 レトロニムとは、現代に生き、現代からものを見ることができる者のみが指し示すことのできる概念なのである。

 広範に渡る音楽知識、パースペクティヴ、そして膨大な演奏経験を持つ牧野琢磨、中尾勘二、服部将典、吉田悠樹の4人による2015年以来にして4枚目となるアルバムは、そんなレトロニミスト(この言葉いま作りました)集団の面目躍如というべき内容となっている。
 それぞれが腕っこきであることは勿論のこと、ここではエマーソン北村、おきょん、王舟、谷口雄というゲストプレイヤーが参加し、これまでの彼らの作品中でもっとも華やぎを感じる作品だ。
 昨年2017年にソロ・アルバムもリリースし高い評価を得た吉田による二胡の演奏は、よりスポンテニアスさを増しつつ、吉田以外にそのような奏法の者が見つからないという性質をもってして、この音楽に圧倒的且つ説得的な記名性を与える。そしてやはりテクスチャー上においても吉田が紡ぎ出す(二胡の演奏風景というのは本当に何か紡ぎものの手仕事を行っているように見える)サウンドこそが、NRQらしさの決定的要素であることを実感させてくれる。
 中尾勘二によるドラム・プレイは、「味わい」ということばをそのまま音素に置き換えたような変わらずの滋味とパンキーなチャームを振りまきながらも、意外な(?)ほどシャープ&ファンキーに疾走する時間もある(とくにM1“ADHD”の後半部やその名も“Funky Solitude”と名付けられたM5など)。また、今回はホーン・アレンジメントで遠藤里美が迎えられているが、中尾は一人多数の管楽器を操りそれを多重録音することで、アンサンブル全体のの広がりと彩りも格段に増すことになった。服部によるアコースティック/エレキベースは、トリッキーなプレイを挟みつつも、「バンドらしさ」を下支えする盤石と自信に満ちており、しかも「ベースラインだけを追っていても楽しい」という快楽を聴くものに提供してくれる。また、チェロやバイオリンのプレイによって、バンドのアンサンブルはいっそう豊かになっている。
 そして、何と言っても牧野のギターの卓越ぶりだろう。恐らくいま世界中を探してみたとしても、強い個性を持ちながらもこのようにブルース〜ジャズ〜ロック〜ラテン〜レゲエ etc.を横断するスキルと歴史的視点を獲得しているギタリストは簡単に見つかるものではないだろう。様々なギター演奏に精通していることを伺わせるネッチリとしたオブリガードやジェントル極まりないタッチ。それでいて即興音楽の濃密な「一回性」とも共通するような強烈な個性。ガボール・ザボやラリー・コリエル、マーク・リーボウやビル・フリゼールといった歴史性と革新性を兼ね備えたギタリスト達のプレイを受け継ぐ存在であると言えるだろう。
 コンポーザーとしての各人の魅力も縱橫に発揮される。中尾勘二によるM2“三鷹の人”におる「インストの歌もの」とでも言いたい歌謡曲的メロウネス。牧野作M6“在宅ワルツ”、吉田作M9“ロソロソ”などにおける東京サバービアへの哀感溢れる黄昏のサウダージ感。服部作M7の東ヨーロッパ風洒脱。そして、グルーミーな王舟のボーカルによって幕開けする、牧野の作によるM10“ナイトほ〜ク”の、まるでNRQ版ザ・フー“クイック・ワン”とでもいうべき壮大且つ躍動感に満ちた組曲世界。

 なるほどNRQという集団は、過去の音楽遺産へと愛に満ちたオマージュを捧げている。しかし、プレイにおいてもアレンジにおいても、そしてコンポーズにおいても、確かな歴史意識を持って自らの手でアウトプットする。そこに生まれる作用こそが、レトロニムが生まれる時に起こる作用と同じく、過去の音楽を現在の視点から相対化し、ひいては現在において「新語」を創り出すということそのものなのである、と確信を持って教えてくれる。
 飄々としつつも一筋縄ではいかないこの音楽家集団は、音楽における「新しい」レトロニム作りをせっせと行っている。今2018年、新興住宅が建つここ東京郊外でしか出来ないやり方、そして見方で。

 〈φonon (フォノン)〉は、EP-4の佐藤薫の〈SKATING PEARS〉のサブレーベルとして2018年に始動した、という話はすでに書いた。いまのところEP-4 [fn.ψ]『OBLIQUES』、A.Mizukiのソロ・ユニットで、ラヂオ ensembles アイーダ『From ASIA (Radio Of The Day #2)』という2枚のリリースがある。
 で、このたび第二弾のリリースありとの情報。

 そのひとつは、家口成樹セレクトのエレクトロ・コンピレーション、『Allopoietic factor』。いま最高にクールなエレクトロニック・ミュージック/ノイズが収録されている。そして、もう1枚は森田潤の初ソロCD『LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE。美しくも不気味な音を巧みにコラージュさせる音響センスは秀逸で、ユーモアもある。
 ぜひ、チェックしてくれ。
https://www.slogan.co.jp/skatingpears/

6月15日(金) 2タイトル同時発売!!

アーティスト:Various Artists
アルバムタイトル:Allopoietic factor
発売日:2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-003
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

01. Bark & Pulse / ZVIZMO
02. Suna No Onna / Turtle Yama
03. Fuzzy mood for backpackers / bonnounomukuro
04. Crepuscular rays / Singū-IEGUTI
05. Exocytosis / Yuki Hasegawa
06. Boiling Point / 4TLTD
07. Armor / Natiho Toyota
08. Sairei No Odori / Black root(s) crew
09. IN A ROOM / Radio ensembles Aiida
10. Proto-Enantiomorphous / EP-4[fn.ψ]

アーティスト:Jun Morita
タイトル:LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE
発売日: 2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-004
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

トラックリスト
01. Le Pli II
02. Poesia I
03. L'Arte Dei Rumori Di Morte
04. Corpus Delicti
05. Acephale Extravaganza
06. Poesia II
07. Live at Forestlimit,Tokyo 20-Jan-2018

Smerz - ele-king

 クラフトワークとFKAツイッグスが出会ったような……ラジオでたまたま彼女たちの“Worth It(価値がある)”が流れたとき、ぼくはこの音楽にいっきに持っていかれた。ジェシー・ランザDJラシャドからの影響を明かしているようだけれど、“Worth It”はランザよりもずっと尖っている。ビートは重くインダストリアルな質感で、骨太で、歪んでいる。2000年代初頭のオウテカのように歪んでいるし、寒々しくもダークで、歌はサイボーグと化している。ノルウェー出身のふたりの女性によるスマーズ、その8曲入りのEP(!)は、なかなか面白い。“No Harm(傷つけない)”は、触っただけで切れてしまいそうなカミソリのごときビートを有するR&Bで、“Oh My My”もまたサイボーグが夢見る暗いR&Bで……そのエレクトロニック・ノイズの響きにおいて、スマーズときたら、80年代のサイボトロンがイメージしたような、電子空間において変容する人間の姿が男性であったことに抗議しているかのようだ、と思わず言ってしまうのだった。

 まあ、ぶっちゃけて言えば現代っ子ってことなんだろうけど、“Have Fun(楽しんで)”という表題曲もまた暗く沈んだ曲で、恐怖をかき立てるような、セイバース・オブ・パラダイスめいたトリップホップ調だったりするのだが、うまい具合にお洒落にまとめている。“Half Life(半減期)”と“Fitness(フィットネス)”は明らかにシカゴのフットワークからの影響下にある曲だけれど、前者においては感情が排除された抑揚のない歌と悲鳴にも似た男の声がミックスされ、後者においては歌は削除されている。じつに思わせぶりな曲を作っているわけだが、ぼくのような人間はこうしてすぐに引っかかる次第なのだ。じっさいのところ、インスト曲の“Fitness”を聴いていると、彼女たちは商業主義おいて武器となる「女性の歌声」を放棄してもやっていけるんじゃないかと思うのだが、まあ、〈XL〉がそうはさせないだろうね(笑)。

 捻りのあるアートワークも悪くはない。露光不足の、暗い影におおわれた笑顔の少女たち。だが、『スターウォーズ』のレイア姫には心して話せる女友だちがなぜいないのかという20世紀の違和感はここにはない。

王舟 & BIOMAN - ele-king

 窓からはそれほど強くない、だがぬくもりに溢れた陽光が差し込んでいる。猫がひなたぼっこをしている。コーヒーの香りが一面に広がる。談笑が聞こえる。喫茶店あるいはちょっとした食堂の昼下がり、それも見知らぬ人ばかりが集う都心のそれではなく、訪れる者たちがみな顔見知りであるようなローカルなそれ。もしかしたらその場では陽気なギターの弾き語りなんかもおこなわれているのかもしれない。これはきっと、気心の知れた友人たちと楽しいひとときを過ごすための音楽なのだと思う。

 今年に入って起ち上げられた〈felicity〉の「兄弟」に当たる新レーベル〈NEWHERE MUSIC〉は、「エレクトロニック・ライト・ミュージック」すなわち「電子的な軽音楽」を標榜している。その栄えある第1弾リリース作品に選ばれたのが、これまで〈felicity〉から作品を発表してきたシンガーソングライターの王舟(NRQの新作にも参加)と、neco眠るや千紗子と純太での活動でも知られるBIOMANによる共作『Villa Tereze』である。エンジニアを務めるマッティア・コレッティは、2006年にイタリアのファエンツァでライヴ録音されたダモ鈴木ネットワークのアルバム『Tutti i colori del silenzio』にも参加したことのあるギタリストで、山本精一や古川日出男、オシリペンペンズらとの共演歴もある。その彼がEP「6 SONGS」でコラボした王舟と来日ツアーをおこなった際に、大阪でBIOMANと出会ったことからこのアルバムの制作がはじまったのだそうだ。王舟とBIOMANのふたりは昨年末、コレッティを訪ねてイタリア中部の小さな町まで足を運び、そこで本作が録音されることとなった。

 その町の名前が冠された冒頭の“Pergola”がこのアルバム全体のムードを決定づけている。その穏やかなギターの調べはどこまでも聴き手に安心感をもたらすが、背後で繰り広げられるさまざまな具体音の饗宴が、たんに本作がひとりきりのメディテイションを目的としているわけではないことを告げている。その姿勢は4曲目“Ancona”のコイン(?)や7曲目“Falconara Marittima”のニワトリ(?)のような微笑ましい種々の具体音に、あるいはギターとドラムがポストロック的な展開を聴かせる8曲目“Senigallia”の、ひねりの加えられたリズムにも表れている。心地良さの追求と手の込んだ音選び、生演奏と電子音との幸福なる融合。アルバムはそして、冒頭と同じ旋律を奏でつつも具体音を排除したギター1本の小品“Tereze”で幕を閉じる。それら本作に仕込まれたギミックの数々は、ミュジーク・コンクレートやアンビエントの手法がけっしてマニアックな好事家だけのものではなく、ふだんJポップにしか触れる機会のないようなリスナーたちにも開かれたものであることを教えてくれる。

 さまざまな趣向を凝らす一方で、どこまでも人間の持つ温かな側面を伝えようとするこのアルバムは、たとえば友だちのほとんどいない僕にとっては、けっして訪れることのない幸せな語らいの時間を擬似体験させてくれる、VRのような作品である。この軽やかにして喚起力豊かなアンビエント・ポップ・サウンドに、あなたもひとつ身を委ねてみてはいかがだろう?


Vincent Moon - ele-king

 パリ出身の映像作家、ヴィンセント・ムーンの名前は、2006年にはじまったウェブ向けの音楽シリーズ「Take Away Show」によって広まった。「Take Away Show」ではミュージシャンを街の至る所へ連れ出し、彼らの素顔を捉えたリアルな映像を収めている。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLB11F2A75B21884EC&feature=plcp

 ちなみに現在彼は、2019年の実施を目指し、日本のシャーマニズムや伝統音楽を追いかける「響 HIBIKI」プロジェクトの準備をすすめている。
 牧野貴もまた、映画、音楽、インスタレーション、オーディオビジュアルパフォーマンスなど多分野で活動し、ジム・オルーク、大友良英、坂本龍一など著名な音楽家とのコラボレーションも活発に行っている映像作家。3台のプロジェクターから作られるイメージの重なり合いが幻想的だ。

(『ENDLESS CINEMA』音楽:ジム・オルーク2017)

 当日は、ヴィンセント・ムーンと写真家で作家のプリシラ・テルモンによるライブ・シネマと、牧野貴 によるライヴ・パフォーマンスが予定されている。
 映像詩人たちによる当日限りの特別プログラムに足を運んでみてはいかがだろうか。

■ FOUNDLAND feat. VINCENT MOON + 牧野貴

2018年6月11日(月)@ VACANT
18:30 open / 19:00 start
前売 3,500yen / 当日 4,000yen(+1D別途)

出演:
Vincent Moon & Priscilla Telmon
牧野貴
音響:福岡功訓(Fly sound)
予約:https://foundland.us/archives/1961
イベント詳細:https://foundland.us/archives/1961

Vincent Moon web site:VINCENTMOON.COM
響HIBIKI project web site:https://hibikiproject.com
牧野貴 web site:https://makinotakashi.net/
Priscilla Telmon web site:www.priscillatelmon.com

K-HAND - ele-king

 1990年代初頭から活躍するデトロイトのDJ/プロデューサー、K-Handことケリー・ハンドの来日が東京、大阪で決定しました。この女性DJは、昨年は、Nina Kravizのレーベル〈трип〉から作品を発表しており、近年はまさに再評価を高めている。いまでこそ女性のDJ/プロデューサーは珍しくないが、ケリー・ハンドが自身のレーベル〈アカシア〉をデトロイトではじめた時代は、右も左もブースでレコードを回すのは野郎ばかりだった。まさに先駆者であり、偉人ではないだろうか。


K-HAND Japan Tour
5/26(土)大阪 @ALZAR
5/28(月)東京 @Contact K-HAND

≪Boiler Room DJ set 2015≫

≪Nina Kravizが選曲したK-HANDの15曲≫
https://www.youtube.com/playlist?list=PLnZOad80R4noDs94C1e6CsMgydiS_UWuE

あの時代が残したもの - ele-king


Simian Mobile Disco
Murmurations

Wichita / ホステス

TechnoElectronic

Amazon Tower HMV iTunes

 レヴューには書きそびれてしまったのだけれど、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でジャスティスの“Genesis”がかかったとき、何とも言えない気持ちになってしまった。それは主人公のクリスティアンが低所得者が暮らす住宅に脅迫めいたビラを配るのに向かう車のなかで流されるのだが、暴力的な気分を上げるためのものとしてドラッグのように「使用」されている。ジャスティスのファースト・アルバム『†』が2007年。当時、ニュー・エレクトロと呼ばれたエレクトロニック・ミュージックのイメージがまったく更新されないままそこで援用されている。まあジャスティスの場合はロマン・ガヴラス監督による“Stress”の超暴力的なヴィデオの印象を引きずっているところも大きいだろうが、いまから振り返って当時のインディ・ロックとエレクトロのクロスオーヴァーの思い出は大体そんなところではないだろうか。粗暴で子どもっぽく、刹那的。それ自体はけっして悪いことではない。ニュー・レイヴと呼ばれたシーンにまで拡大すれば、事実としてインディ・ロックを聴いていたキッズたちを大勢踊らせたし、自分もけっこう楽しんだほうだ。オルター・イーゴの“Rocker”で何度も踊ったし、ヴィタリックのファーストも買った。デジタリズム(ああ!)のライヴも観たし、クラクソンズの登場も面白がった。が、2010年に入るとかつてのニュー・エレクトロのリスナーの少なくない一部がEDMに回収されていくなかで、00年代なかばのクロスオーヴァーが何を遺したかと問われれば答に詰まるところがある。いや、はっきり言える……何も残らなかった、と。ジャスティスやクラクソンズのデビュー作が発売された2007年、まったく別の場所からべリアルの『アントゥルー』が届けられているが、どちらに史学的な意義があるかははっきりしていることだ。

 ジェームズ・フォードとジャス・ショウによるデュオ、シミアン・モバイル・ディスコ(以下SMD)もまたニュー・エレクトロ、ニュー・レイヴの渦中から現れた存在である。フォードは実際クラクソンズのプロデュースを務めていたし、彼が所属していたバンドであるシミアンの曲をジャスティスがリミックスしたシングル“We Are Your Friends”はニュー・レイヴのアンセムだった(覚えていますか?)。が、そのなかにあってSMDはどこか違っていた。粗暴でもないし刹那的でもない。チャイルディッシュな人懐こさはあったものの、フォードがプロデューサーということもあり何やら職人的な佇まいは隠されていなかった。何しろデビュー作のタイトル(これも2007年)は『アタック・ディケイ・サステイン・リリース』だ。音のパラメータを触ることによって生まれるエレクトロニック・ミュージックの愉しさ。同作はニュー・エレクトロの勢のなかでもじつはもっとも純粋にエレクトロ色が強い作品(つまり、オールドスクール・ヒップホップ色が濃い)で、じつにポップな一枚だが、同時に音色の細やかな変化自体で聴かせるようなシブい魅力もあった。
 その後ニュー・レイヴの狂乱が忘れ去られていくなかで、しかしSMDはアルバムを約2年に1枚のペースで淡々とリリースし続けた。その傍らフォードはアークティック・モンキーズやフローレンス・アンド・ザ・マシーンのような人気バンドのプロデュースを続け、職人としての腕も磨いていく。セカンド『テンポラリー・プレジャー』(09)の頃はゲスト・ミュージシャンを招いたポップ・ソングの形式――「ニュー・レイヴ」――をやや引きずっていたが、作を重ねるごとにエレクトロを後退させ、よりアシッド・ハウスやテクノに近づいていく。モジュラー・シンセとシーケンサー、ミキサーのみというミニマルな形態にこだわりながらクラウトロックの反復をテーマとした4作目『ウァール』を経て、 とりわけ、自主レーベル〈Delicacies〉からのリリースとなった『ウェルカム・トゥ・サイドウェイズ』(16)は非常にストイックなテクノ・アルバムとなった。ヴォーカルはなく、固めのビートが等間隔で鳴らされるフロアライクなトラックが並ぶ。とくに2枚目は50分以上に渡るノンストップのミックス・アルバムになっており、これはほとんどミニマル・テクノのDJセットである。そこにニュー・レイヴの陰はまったくない。

 そしてやはり2年間隔でのリリースとなった新作『マーマレーションズ』は、そうしたクラブ・ミュージックとしてのテクノの機能美を引き継ぎつつ、いま一度ヴォーカル・トラックに向き合った一枚である。ロンドンの女性ヴォーカル・コレクティヴであるディープ・スロート・クワイアをフィーチャーし、リッチなコーラス・ワークを聴かせてくれる。それはいわゆるカットアップ・ヴォイスのように断片的にではなく、比較的メロディを伴った形で導入されているのだが、やはりテクノのDJプレイのようにフェード・イン/フェード・アウト、カット・イン/カット・アウトするものとしてパラメータを絶妙に変化させながら現れては消え、また現れる。クワイア単体では演劇的な仰々しさがあるのだが、それが硬質なエレクトロニック・ミュージックと合わさることで異化され、抽象化される。モダン・ダンスを思わせるヴィデオとともに先行して発表された“Caught In A Wave”や“Hey Sister”などは比較的まとまったポップ・ソングとしての体裁があると言えなくもないのだが、アルバムでは長尺となる“A Perfect Swarm”や“Defender”辺りは一曲のなかで組曲のような壮大な展開を見せる。

 パーカッションなど生音が多く使用され、声が音響化されているため耳への響きは柔らかく、前2作の硬さとは対照的だ。あるいはビートレスのまま音の揺らぎが重ねられる“Gliders”などを聴くと、10年代のアンビエント/ドローンをうまく吸収していることがわかる。初期のローレル・ヘイローを思わせる部分もあるし、あるいはそのスケール感とエレガンスからジョン・ホプキンスと並べてもいいだろう。要はモダンなのだ。それは、彼らがデビューから静かに音の「アタック・ティケイ・サステイン・リリース」を細やかに練磨し続けてきた成果であり、『マーマレーションズ』ははっきりとキャリアでもっとも完成度の高いアルバムだと言える。
 フォードはアークティック・モンキーズの最新作のプロデュースに携わっており、プロダクションの面で大いに貢献している。裏方としての役割をいまも粛々とこなす彼には、ひょっとしたらSMDを過去の遺物として葬る選択肢もあったかもしれない。名義を変えてエレクトロニック・ミュージックをやるとか。だがフォードとショウのふたりはそんなことはせず、地道な変化と前進でこそニュー・レイヴではないテクノ・ミュージックをしっかりと作り上げていった。あの時代が残したものがそれでももしあるのだとすれば、それはシミアン・モバイル・ディスコという存在自体なのではないか……『マーマレーションズ』を聴いていると、そんな気分になってくる。


平岡正明論 - ele-king

よみがえる、戦後最大スケールの思考

『ジャズより他に神はなし』『ジャズ宣言』『チャーリー・パーカーの芸術』などのジャズ評論で知られるほか、政治思想、第三世界革命、犯罪、水滸伝、中国人俘虜問題、歌謡曲、映画、極真空手、河内音頭、大道芸、浪曲、新内、落語……と数多くのテーマに空前絶後のスケールで取り組んだ批評家・平岡正明。

本書では、その生涯と著作をたどる「本章三十六段」、120冊以上にのぼる全著作から厳選した「著作案内三十六冊」、すぐに使えるパンチラインを集めた「マチャアキズム・テーゼ三十六発」という108項目から、平岡の思想を紐解きます。

長く続くポスト・モダンの時代にあって、つねに世界規模・100年規模のスケールで「民衆の力」という「大きな物語」に全身で取り組んできた、その大思想の全貌がいまよみがえる!

●著者紹介
大谷 能生(おおたに よしお)
1972年生まれ。横浜在住。
音楽(サックス・エレクトロニクス・作編曲・トラックメイキング)/批評(ジャズ史・20世紀音楽史・音楽理論)。96年~02年まで音楽批評誌「Espresso」を編集・執筆。菊地成孔との共著『憂鬱と官能を教えた学校』や、単著『貧しい音楽』『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』など著作多数。
音楽家としてはsim、mas、JazzDommunisters、呑むズ、蓮沼執太フィルなど多くのグループやセッションに参加。ソロ・アルバム『「河岸忘日抄」より』、『舞台のための音楽2』をHEADZから、『Jazz Abstractions』をBlackSmokerからリリース。映画『乱暴と待機』の音楽および「相対性理論と大谷能生」名義で主題歌を担当。チェルフィッチュ、東京デスロック、中野茂樹+フランケンズ、岩渕貞太、鈴木ユキオ、大橋可也&ダンサーズ、室伏鴻、イデビアン・クルーなど、これまで50本以上の舞台作品に参加している。
また、吉田アミとの「吉田アミ、か、大谷能生」では、朗読/音楽/文学の越境実験を継続的に展開中。山縣太一作・演出・振付作品『海底で履く靴には紐がない』(2015)、『ドッグマンノーライフ』(2016/第61回岸田戯曲賞最終選考候補)では主演をつとめる。『ホールドミーおよしお』(2017/CoRich舞台芸術まつり!2017春演技賞受賞)。

■目次

前書

本章 平岡正明論 三十六段
Ⅰ.
1.崩れた状態の記述
2.きんたまの使用法
3.暴力装置としての韃靼人
4.ジャズの組織論/プロレタリアート文化とは何か?
5.六〇年代ジャズ・シーンの概観/コルトレーン神学批判
6.アカと黒/「第三世界」の浮上
Ⅱ.
7.マルクス&エンゲルス/ブルジョア革命と資本主義
8.レーニン&トロツキー/帝国主義と永久革命
9.ブンドによる日本戦後過程の分析
10.高度成長期におけるあらたな階級形成
11.武装のための理論武装
12.あらゆる犯罪は革命的である
Ⅲ.
13.反面同志の死
14.西郷隆盛における永久革命
15.『日本人は中国で何をしたか』/『中国人は日本で何をされたか』
16.群盗世に充てり/『水滸伝 窮民革命のための序説』
17.闇市テーゼについて/『南方侵略論』
18.『石原莞爾試論』/帰還者たち
Ⅳ.
19.霊感のあらたな源泉/ディスク・ジョッキーと極真道場
20.What is 「全冷中」? 
21.歌の情勢はどのようにすばらしいのか?
22.「山口百恵は菩薩である」
23.美空ひばりの芸術
24.大歌謡論/「俺の独裁」
Ⅴ.
25.大山倍達を信じよ/極真空手という体系
26.変態性と反体制/不具者結合の法則
27.「過渡期世界論」を読む
28.祭と縁/ヨコハマ・野毛の平岡正明
29.「平民文学」の系譜/平岡的六〇年代文学論
30.浪曲的/新内的
Ⅵ.
31.バードとマイルス/ビバップ革命の射程距離
32.記憶の技法/『昭和ジャズ喫茶伝説』
33.『志ん生的、文楽的』/道化の戦闘性について
34.「シュルレアリスム落語宣言」/幻想の長屋共同体
35.マチャアキズム・テーゼの魔界
36.黒人大統領誕生をサッチモで祝福するとは?/二一世紀のブラック・マーケットに向けて

マチャアキズム・テーゼ三十六発

平岡正明著作案内三十六冊

後書

平岡正明著作リスト

R.I.P. Glenn Branca - ele-king

 太平洋のむこうからグレン・ブランカの訃報が届いた日の朝日新聞東京本社版5月15日のオピニオン&フォーラム欄に「エレキ 永遠の詩?」と題した記事が載っている。米ギブソン社の経営破綻の原因のひとつであるエレキギターの売上減が意味することを各界の識者に問うこの記事では、シンガー・ソングライターの椎名林檎、社会学者の南田勝也、弦楽四重奏団「モルゴーア・クァルテット」を率いるヴァイオリン奏者荒井英治の各氏がそれぞれの専門領域からエレキギターないしそれが象徴するロックの現在について熱弁をふるっている、三者三様の談話はいずれも示唆に富み、私は新聞を読みながら激しく相槌を打ち家人を気味わるがらせたが、一方で電化したギターをロックのものとばかり考えるのは不当ではあるまいか。いやそれ以前にロックのイメージの画一化はどうにかならないものか。ロックとは産業の謂なのか、その集積が社会なのか。オルタナティヴやプログレッシヴとは王道のロックのフランチャイズにすぎないのか。そもそも感情と共感でリンクしえない音楽はロックたりえないのか。そうかもしれない。しかし社会と世界は同義でないように、そして世界の総体はけっして把捉できないように、ギターも、すくなくともここで議論になっているエレキギターなるものもまた、六本の弦の撓みと部材の重み、歴史の厚みと音の歪みをもつ、単一のイメージにたやすく回収でいない事物(インストゥルメント) であるのはまちがいない。

 グレン・ブランカはそのことにきわめて自覚的な作曲家だった。彼は現代音楽の分野にエレキギターを主楽器にした曲をもたらした最初の作曲家のひとりだった。むろんそのことが彼の価値を高めているのではない。現代音楽うんぬんを権威づけに感じたならご容赦いただきたいが、ブランカの耳を聾するばかりのアンサンブルには権威を吹き飛ばすほどの音圧があった。その中心はギターである。シーンに登場したのは70年代末のノーウェイヴの時代だった。1948年ペンシルベニア州ハリスバーグに生まれたブランカはコラージュでサウンドアート作品をつくるようなおませな中学生だったのが、上の学校で演劇を学び、実験的な演劇集団バスタード・シアターにかかわった1975年あたりには音響実験をはじめ、ニューヨークに拠点を移した翌年には演劇に片足をつっこみながらバンド活動もはじめている。のちにマラリア!やキム・ゴードンとのCKMなどをはじめるクリスティン・ハーンと、Yパンツをたちあげる写真家のバーバラ・エスのふたりの女性にブランカをくわえたザ・スタティックや、エスやジェフリー・ローンとのセオレティカル・ガールといったバンドでパンク後のニューヨークに興ったノーウェイヴ・ムーヴメントにブランカは参画する。かの有名な『ノー・ニューヨーク』(1978年)で、プロデューサーのブライアン・イーノはアート・リンゼイのDNA、ジェームス・チャンスのコントーションズ、リディア・ランチのティーンネイジ・ジーザス・アンド・ジャークスとマーズの4バンドをピックアップしたかわりにバスキアやヴィンセント・ギャロらがいたグレイやブランカのセオレティカル・ガールが選に漏れたのは比較的よく知られた話であろう。押しつぶしたコードをカミソリのようにふりまわすこのときのブランカの音楽にはのちの萌芽がかいまみえるが、総体はいまだノーウェイヴの圏域にとどまっている。そこを脱しはじめたのはESGやリキッド・リキッドなどをリリースした99レコーズからの「Lesson No.1」(1980年)であり、ブランカはこの12インチシングルで、単純化したスリーコードとも完全に不協和ともつかない鋭角的でありながら繊細な響きのコードによる作曲法を編み出している。響きを反復するため、リズムはメトロノミックな傾向を強め、それらを土台にギターのストロークはときに単純な、ときに巧緻な上部構造を組み上げるが、素材となる音色はおそるべき広さの階調を有している。ノイズともトーンクラスターとも見紛うばかりの和音の一打のなかでは微分音と倍音が氾濫をおこすが、習作の位置づけとおぼしき「Lesson」は81年のファースト・ソロ・アルバム『The Ascension』の冒頭で次章(「Lesson 2」)に突入し、同時に楽曲は多人数でのギターアンサンブルの色彩が強まっていく。と同時に、パンク~ノーウェイヴの記号性は薄れ、ブランカはあたかも20世紀初頭の印象派の面々のやり口をなぞるかのように、あるいはミニマルミュージックをディスコにもちこんだアーサー・ラッセルとすれちがうかのように、ノーウェイヴの方法論をクラシカルなフレームにうつしかえていく。最終的に16番まで作品を重ねた「交響曲」はブランカが生涯をかけて追求したその試みのすべてであり、数台ではじまり、やがて100人規模にまで膨れあがったエレキギターによる合奏は情動とは無縁の場所で交響するかのように音楽史のなかに孤立している。レコードのリリースこそまちまちだが、「Describing Planes Of An Expanding Hypersphere」の副題さながら曲率をもった平面がひたすら広がっていくような第5番や、128倍音までの微分音で構成する第3番「グロリア」の上昇する音階が時間のなかで停止するような感覚は、音に非(否)秩序をもとめるジョン・ケージの不興を買ったというが、ソニック・ユースのリー・ラナルドとサーストン・ムーア、ヘルメットのペイジ・ハミルトン、近年では交響曲第13番に参加したウィーゼル・ウォルターら、多くの異才をひきつけてやまなかった。その特異というほかない作家性はロックを現代音楽化するのでもなく現代音楽にロックを移入するのでもない、乗法の係数を備えており、それがゆえに整序の感覚を強く喚起するが、おそらくそれはエレクトリックギターという怪物的な楽器の構造と歴史に由来する。クラシカルな編成によっているときでさえそうなのだ。グレン・ブランカはそこにさまざまな角度から光をあてる。私たちは光のあてかたこそ音楽家の思想であり方法であると思いがちだが、ブランカの音楽の豊かさは光のなかに輪郭をあらわす事物そのものから生じるものなのである。21世紀はまだそのことに気づいていない。ブランカの倍音と反復による伽藍の偉容を発見するのはおそらくこれからだ。(了)

Paul White - ele-king

 〈R&S〉はテクノなどエレクトロニック・ミュージックの老舗レーベルであるが、そうしたなかでポール・ホワイトは異色のヒップホップ系プロデューサー/ビートメイカー/マルチ・ミュージシャンである。南ロンドンのルイシャム出身の彼は、もっとも目立ったところではダニー・ブラウンのプロデューサーとして知られるが、2007年頃から地道に制作活動を続けて数々のソロ作品を出している。ダニー・ブラウンのほかホームボーイ・サンドマン、ギルティ・シンプソン、オープン・マイク・イーグルなどUSのラッパーたちと組んでおり、エリック・ビディンズとのゴールデン・ルールズというユニットではヤシーン・ベイ(モス・デフ)とも共演している。US勢との絡みから〈ストーンズ・スロー〉や〈ナウ・アゲイン〉などで作品をリリースしており、ポスト・DJシャドウ、またはポスト・マッドリブという形容もされてきた。

 UKではモー・カラーズなどのリリースで知られる〈ワン・ハンディッド・ミュージック〉でも作品をリリースしているが、彼のサウンドはヒップホップの王道から外れたオルタナティヴなもので、いろいろな音楽的要素が見られる。とくにサイケデリック・ロックの影響が強く、ダブ、ビートダウン、民俗音楽などの要素が色濃いところはモー・カラーズにも共通する。また、2014年の『シェイカー・ノーツ』ではテンダーロニアス、ウェイン・フランシス(ユナイテッド・ヴァイブレーションズ)、ジェイミー・ウーンらを起用して、かなりジャズ寄りのアプローチも見せていた。フライング・ロータスやラスGなどLAのビート・シーンに近い立ち位置のアーティストで、〈ワープ〉におけるフライング・ロータスのような関係性が、ポール・ホワイトと〈R&S〉の間にはあるのだろう。

 そうしたポール・ホワイトの新作『リジュヴェネイト』も〈R&S〉からのリリースである。〈R&S〉においては『シェイカー・ノーツ』に続く2作目のアルバムとなり、今回も彼の兄弟でマルチ・ミュージシャン/ビートメイカー/シンガー・ソングライターのサラ・ウィリアムズ・ホワイトが参加している。そのほかの参加者はUKジャマイカン・シンガーのデナイ・ムーア、ジンバブエ出身の詩人/ミュージシャンのシュングドゥゾことアレクサンドラ・ゴアで、彼女たち女性アーティストと共演したアルバムとなる。“ア・チャンス”は変拍子のビートとスペイシーなサウンドスケープによるポール・ホワイトらしいサイケデリックなテイストのナンバーだが、もはやヒップホップ的な文脈からは完全に離れた音作りが『リジュヴェネイト』において行われていることも示している。デナイ・ムーアが歌う“セット・ザ・トーン”は、フォーキーでアコースティックな質感とコズミックな質感が見事に融合したUKらしいダウンテンポ。こうした生音とエレクトロニクスの融合が彼の持ち味でもある。同じくデナイが歌う“シー・スルー”はよりポップ色が強いナンバーだが、こちらはレゲエ/ダブ的なニュアンスが加味されている。

 “リターニング”はアンビエント色の強い作品だが、ブリティッシュ・フォークからグナワのようなエスニック・ミュージックのテイストもあり、いろいろな民族音楽にも通じるポール・ホワイトの一面が見える。シュングドゥゾが歌う“スペア・ゴールド”と“アイス・クリーム”はメディテーショナルなサイケデリック・ソウルで、とくにストリングスを交えてシューゲイズ的なアプローチを見せる後者は往年のゼロ7などを彷彿とさせる。“ソウル・リユニオン”もペイル・セインツのようなシューゲイズ・ロックに近い。ジャズ・ロック、ポスト・ロック、ドリーム・ポップなどいろいろな要素が入り混じった“リジュヴェネイト”はステレオラブ的と言えようか。サラ・ウィリアムズ・ホワイトが歌う‟ラフ・ウィズ・ミー“と“オール・アラウンド”は浮遊感のあるドリーム・ポップ。彼ら兄弟の子供の頃の記憶を楽曲にしたもので、随所に実験的な遊びも見られる。この2曲に象徴されるように、いままでのヒップホップのビートメイカー的な立ち位置から脱却し、自身のなかにある音楽を自由に表現していった『リジュヴェネイト』は、新たなポール・ホワイト像を見せるアルバムである。

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