トーフビーツ、この男は本当に走り続けている。2009年の“しらきや”で笑わせ、2012年の“水星”ではヒップホップ・ビートのうえに切ない夢を描いた若者は、それからほぼ毎年のように作品を作っては出している。思春期にSNS文化に親しんだほとんど最初のほうの世代のひとりとして、シンプルなメロディを持った彼の音楽(主にヒップホップとハウスかる成るダンス・ミュージック)にはネット・レーベルの古参〈Maltine〉と同じように、非日常ではなく、日々の営みのなかにこそインターネットが存在する世代への感覚的なアピールがあったのだろうけれど、それと同時に、トーフビーツの汗をかいている感じ、自分の人生を一生懸命に生きている姿にも共感があったのだと思う。がむしゃらさは、彼の切ない夢の音楽と並列して、つねにある。この実直な思い、熱さこそ、大人たちから失われてしまいがちなものだ。トーフビーツの音楽を聴いていると、ぼくも走りたくなる(自転車だけど)。
“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”が特定秘密保護法への学生による抗議デモで使われたときには、自分の曲を政治に利用しないで欲しいと眉をひそめていた青年も、前作『FANTASY CLUB』では、それまでのスタンスをひっくり返したように、ありありと社会への異議申し立て(ことポスト・トゥルースに関して)を噴出させたのだった。新作『RUN』は、その問題作に続くアルバムだ。1曲目の、タフなビートを持つトラップ調の“RUN”には、閉塞状況をなんとかしようという思いに駆られた歌詞のように、力の入った彼のヴォーカルが挿入されている。
とはいえ今作『RUN』は、トーフビーツのポップスへのアプローチがより洗練された形となって聴けるアルバムでもある。『FANTASY CLUB』で見せた彼の社会への問題意識は継続させつつも、映画(『寝ても覚めても』)やドラマ(『電影少女』)の主題歌となった彼のポップ路線が、決して明るくはない主題のいくつかの曲──愛の不在を嘆く“SOMETIMES”、孤独が強調される“Dead Wax”など──とのバランスをなんとかうまく取っている。
まあ、それでも物憂いは今作でも重要な要素で、しかもそれは魅力的であったりもする。“NEWTOWN”という曲は21世紀の洒落たベッドルーム・ガラージであり、みごとなモダン・メランコリック・ハウスだ。ぜひチェックして欲しい。クラブの熱狂におけるふとした不安を歌った“MOONLIGHT”も良い。ある意味トーフビーツの現在のアンヴィバレンスな心情がそのまま反映されているようなこの曲は、いわば80年代末スタイルのポップ・ハウス、その現代版といった感じで、ほかにも今作には、彼の現場(DJ)からのフィードバックによるものなのだろう、ハウシーなトラックがいくつかある。『RUN』という動きを示唆するタイトルとも、これらダンス・ミュージックはリンクしているのだろう。動き続けること、それ自体が大きなメッセージのように思える。
そんなわけで、神戸を拠点に走り続ける男=トーフビーツに会ってきた。いつものようにいまの思いを率直に語ってくれた。
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『FANTASY CLUB』は、仲の良い人にはすごく評価してもらえたり、近しい人とかでわりとセルアウトしたと思っている人には、意外と真面目にやっていたんだみたいな(笑)。そういう近しい人で離れていった人がちょっと戻ってきたみたいな意味ではすごく効果があったアルバムでした(笑)。
■ちょうど『FANTASY CLUB』から1年?
tofubeats(以下、TB):1年ちょいですね。
■すごくコンスタントに作ってはいるけれど、自分で歌う楽曲を全面に打ち出すようになってからは2枚目とも言えるような(笑)。
TB:そうですね(笑)。第3期くらい。
■第3期トーフビーツ(笑)。
TB:今回こんなに自分が歌う予定はなかったんですよ。毎回そうなんですけど。『FANTASY CLUB』もあんなに歌うつもりじゃなかったんですよ。今回もこんなに歌うつもりではなかったのに、ここまで来てしまったみたいな。たとえば今回も最初はドラマのタイアップで作った"ふめつのこころ"という乃木坂46の子が歌うヴァージョンのためにほぼ当て書きした曲なんで、自分が歌うやつは暫定的というか、一応作るし出すけど、ピークはそこだよなと思って作っていたんです。けど、そのヴァージョンは出せなくなっちゃって(結局自分が歌ったものが収録されている)。映画の主題歌も書いている時点では人に歌ってもらうつもりで書いたんですよ。
■そういえば、『FANTASY CLUB』のリアクションはどうだったの?
TB:まぁ良いリアクションが帰ってきたとは思いますが、ちょっと不足している気持ちもあるというか……。
■どこが?
TB:いわゆる仲の良い人にはすごく評価してもらえたり、近しい人とかでわりとセルアウトしたと思っている人には、意外と真面目にやっていたんだみたいな(笑)。そういう近しい人で離れていった人がちょっと戻ってきたみたいな意味ではすごく効果があったアルバムでした(笑)。俺はずっと真面目にやっていたつもりなんですけど(笑)。ある意味あんまり良くない方の偏見が取れたというのはすごく嬉しかったんですけど、一方で、思ったよりもエンドユーザーというか、いわゆる普通のリスナーに届かなかったなと。例えばele-kingとかじゃない普通の雑誌のレヴュー欄とかそういうところで全然取り上げられなかったなみたいな。それこそ年末のベスト・アルバムみたいなやつとかでも、全然取り上げられなかったなぁっていうのはちょっとありましたね。
■それは悔しい?
TB:悔しいっす。あと、海外版もピッチフォークであんなに評価してくれたのに、出すのに1年かかって、バッて広がっているときに全然アクションが起こせなかったというのもガッカリ。作品としてはけっこう切り替わったタイミングでイメージを発信できたのに、そこらへんで手をこまねいてしまったというのが反省としてあります。
■『FANTASY CLUB』は、聴きどころはたくさんあるんだけど、ある意味では真面目で重たいアルバムという側面もあったからね。
TB:そうなんですよ。ファンぽい人にはこれまででいちばんうけたんですよ。それはすごく嬉しかったですね。これまで応援してくれた人にはうけたと思うんで。
■そのファンぽい人たちというのは、同じ時代感覚を共有しているというか、世代的にもすごく近い人たちということ?
TB:そうですね。
■それはトーフビーツが抱えているような問題意識、インターネット、デジタル時代以降が抱える可能性と、負の部分もひっくるめて。
TB:あとぼくがちょっとだけひそかな期待を抱いていて、世代が一緒で音楽ジャンルが違う人に刺さらんかなと思っていたんですけど、全然そんなことはなかったので、そこは残念かな。
■それはなんでだと思う?
TB:やっぱりクラブ・ミュージックだからじゃないですか(笑)。
■クラブ・ミュージックだからなの?
TB:自分で言うのもあれなんですけど、これ(『FANTASY CLUB』)以前にこういう問題意識を打ち出したアルバムは日本では出ていなかったと思うんですよ。別に自分のことをクラブ・ミュージックのオーソリティとは思わないですけど、いわゆるバンドの人とかほかの若手ミュージシャンとかいろんなミュージシャンがいまめっちゃいるじゃないですか。前回のインタヴューで「次は政治的になるぞ」みたいなことを野田さんが言っていましたけど、多少そういうものを孕んだものってけっこうみんな忌避しているじゃないですか。やらないところで、こういうのをやってみたみたいなことは、自分のなかでは一個前に何かを進めようとした行為だったんで、そういうことに対するリアクションは、思ったより、ミュージシャンサイドからこなかったな。なんかガッカリではないですけど、多少残念やったなみたいなのはあるというか。
「政治的になりたくない!」ってあのときも言っていましたけど、ただならざるをえないみたいな情勢というか、普通にこんな悪いニュースとかが入ってくる生活をしていて、それに対してなんも思わないほうがおかしいみたいなそういうことはこのときくらいから思いはじめました。そういうことを音楽とかを作っている人は思っていないんかな? みたいな。それで思ってないんや……と思って。『FANTASY CLUB』が出て1年経って、言い方が悪いですけど、相変わらずのんきって言ったらあれですけど、そこはそんなに別か? みたいな。音楽を作るってけっこう反映していないと。
■海外は多いけどね。そんなのばっかりとも言えるというか。
TB:そうなんですよね。そこもそれはそれでちょっと、俺はそこまではやらないで良いっていうか。
■OPNほどやらなくて良いと(笑)?
TB:そうそうそう(笑)。あとはそこを評価できるところはほんとにムズイ。日本においては、そことの距離感みたいなことはけっこう美学というか。美学というのもなんか綺麗な言葉ですけどね。そこを逆に言い過ぎることによって伝わらなかったりすると言ったほうがいいですかね。そういうことをある意味抽象的なやり方で、例えばこの(『FANTASY CLUB』)ときのインタヴューでも政治的なことは言いたくないということへの批判とかもあったんですよね。でも政治的なことは言いたくないと言うことはめっちゃ政治的じゃないですか。なんか難しいですけど。そういうことやのになぁとか思いながら、いまいち難しいというか。だからこれ(『FANTASY CLUB』)はこれで別枠として、このアルバム(『RUN』)はもうちょっと宣伝を頑張りたいなと思いますけどね(笑)!
■そうだね(笑)。
TB:こうして『RUN』も出ましたけど、契約のこととかもあって大急ぎで出たということもあって、『FANTASY CLUB』はもうちょっと長いこと宣伝しても良かったのかなとはいまでも思います。リミックス盤とかも出ましたけど。という感じですね。
[[SplitPage]]「政治的になりたくない!」ってあのときも言っていましたけど、ただならざるをえないみたいな情勢というか、普通にこんな悪いニュースとかが入ってくる生活をしていて、それに対してなんも思わないほうがおかしいみたいなそういうことはこのときくらいから思いはじめました。そういうことを音楽とかを作っている人は思っていないんかな? みたいな。
■トーフビーツはちょうど時代のターニング・ポイントというところからスタートしているから、ただ音楽を作っているということ以上にいろんな……。
TB:諸問題を(笑)。
■君は諸問題を抱えている青年なわけじゃない(笑)?
TB:でも諸問題はみんな抱えているはずなんですけどね(笑)。
■たしかに(笑)。でも、トーフビーツは、ひとつは音楽ということに対する諸問題を抱えていると。例えば自分が出てくるひとつの突破口でありツールとして有効だったインターネットというものが、しかし同時にやっぱり音楽の細分化を加速させているわけであって、それはトーフビーツが目指すところのポップ・ミュージックというものの存在を、やはりどこかで阻むものとしても機能してしまっている。それだけでもすごくアンヴィバレンスを抱えながらこの数年間、作っては出し続けているんだよね。今回はもう何枚目になるの?
TB:今回はメジャーで4枚目です。
■じゃあ『lost decade』とかは?
TB:『lost decade』と合わせると5枚目ですし、アルバムを出すのは前の諸名義と合わせると、10枚目くらいと言ってもいいですよ。(笑)。
■いろんなものが細分化されて、昔のようなポップスというものが生まれづらくなっている今日において、トーフビーツがとくに問題視しているものはなんなんだろうか?
TB:やっぱりそれは、音楽と音楽以外のものが悪い意味で混同されているということがけっこうあると思います。それこそ有名な人とコラボをしたら曲が……。これけっこう難しい話で、例えばぼくはいろんなゲストの方とやらせてもらいましたけど、結局売り上げって、ゲストが誰やから大きく変わるということはなかったんですよね。ただ、テレビに出たら曲が売れるとか、そういうことってなんとなくわかるんですけど、そんなことかな? みたいな。今回もすごい露出がいっぱいあって、そうなるとそういう数が回転していくとか、難しいですけど。つまりは聴いている人が判断していないということじゃないですか。自分が好きかどうかというのを判断していなくて、判断を人に委ねているという傾向で、これは昔からあることではあるんですけど、それが強まっているということがポスト・トゥルースとかだったりするわけじゃないですか。自分で見た情報から判断できないとか、自分で音楽を聴いて自分はこの音楽を好きか嫌いかということを自分で考えないみたいな。そういう判断力とかひいては、想像力みたいなことやと思うんです。そういうことが減っているということが、全体的な諸問題みたいなものの起源である気がするんですよ。
■その自分で判断できないってことは、同調圧力的なもの?
TB:同調圧力ともまたちょっと違うんですけど、単純にこれは誰かが言っているから正しいみたいな。
■売れているから買うみたいな?
TB:それもそうですし、例えば偉い人が言っているからこれは正しいとか。そういうことの強まり。あとは何かを判断するときに2つ3つ情報を集めて自分のなかで考えるとか。そういうことをできない人が増えているのか、ぼくの目についているのかわからないですけど、そういうイメージはめっちゃ強いし、世のなかの人もそうやって人を扱う。上のほうのひとも若い世代はそんな判断をできないと思っているというか。
■なめているんだ。
TB:なめた態度をとっているとはめっちゃ思う。人を馬鹿にしているということプラス、あとは判断ができないっていう。だから判断できないと思っている上の人と、それこそコピーコントロールCDとかもそうじゃないですか。客のことアホやと思っているみたいな(笑)。ひとに尊敬がないというのは想像力の話と一緒やと思うんで、結局は想像力と判断力みたいな。これはぼくのなかだったら、アートとかみたいなものをやることによって人っていうのは学ぶことができると思うんですよね。ぼくは音楽をやっていちばんよかったなと思うことは、絶対に会わないようなひとと会うことが増えたことなので。そういうことを音楽を通じて自分は学んできたので、音楽がそういうツールの代表格みたいになっているのはキツイことではありますね。
■トーフビーツには見えている風景が大人たちには見えないってことはあると思う。ところで、現場にいくのはDJがメインなの?
TB:DJを増やしています。ライヴばっかりにならないようにしたいなというのはあります。
■どんな感じ?
TB:いまめっちゃおもしろいですよ!
■それは興味があるな。
TB:それこそDJをやっていたら「トーフさんの曲かけて!」とか言ってくる人もいますよ。
■やっぱ"水星"がアンセムっていうか、いちばん盛り上がるの?
TB:いや、いまは"Lonely Nights”っす。いまめっちゃ自分の曲かかってんねんけどなぁと3日前も思っていました。DJでインストの自分の曲をかけていて、しかもホテルのラウンジでやっていて。「トーフさんの曲かけて!」って女性がずっと言ってくるんですよ。なんか悲しいなぁと思いながら、結局自分の曲がめっちゃ立て続けに10分くらいかかっていて。
■どのくらいの割合でやっているの?
TB:DJは週一でやっていますね。年間80本から100本弱くらいぼくの現場はあります。
■じゃあ全国。
TB:全国、週一で。ライヴももちろんやるんですけど、ライヴで地方に行っても2回目で行くときはDJとか、昼夜で行くときは夜DJさせてもらったりとか。
■お客さんはやっぱり大体20代?
TB:そうですね、でも上の方もけっこういますね。
■でもやっぱり20代という印象があるよね。
TB:多いと思います、大学生とか社会人入っているくらいの。東京だったらそうすかね。地方行くともうちょっと年齢層が上がる。
■お客さんの層というかそういうのが変わったという印象はある?
TB:年々普通のクラブとかに行かない人は増えていますよね。クラブに行ったことがない人がぼくらのイベントで初めてクラブに来るみたいなことはあると思います。
■すごく良いことだね。
TB:ただ、そこでクラブの遊び方がわからない人がいる。だからぼくの曲がかかっていないときにどうするのかみたいな問題が発生している(笑)。
■まあ、それはポップ・フィールドでやっている以上は仕方がないというか。DJはコンサートじゃないし、DJとしてはいろんな音楽を楽しんでもらいたいだろうし。
TB:そういうときにぼくが自分の曲をバンバンやるというのではなくて、DJというものをある程度は見せていかないと、ぼくの曲以外の時間楽しめなくなっちゃうというか。あとは、自分が行っていたクラブがそんなクラブじゃないから、もうちょっとちゃんとパス回しで朝まで楽しめるみたいな、そういうものが残れば良いんですけど。そこをいまぼくらもバランスをみながらやっている感じですね。自分の曲はとりあえずDJでかけるけど、DJ用にヴォーカルを抜いたやつにしたりとか、ちゃんとそのときの新譜は絶対かけるようにしたりとか、クラブ・ミュージックのバランスを見ながらトライしている感じですね。
■でもトーフビーツがクラブ・ミュージックの入り口になっているということはすごく良いことだと思う。クラブの主役はやっぱ20代〜30代だと思うから。
TB:そうっすね。それはけっこう意識してやるようにしていますね。
■それでも頑張ってはいるし、人気が出てきたし、トヨム君もデビューアルバムが出るし。
TB:頑張っていますね彼も。あとはいまはちょっと下が元気。それこそパソコン音楽クラブとか。
■世代は違うけど、食品まつりもすごいよね。
TB:上ですけど、食まつさんはすごいっすよ。それと2、3個下くらいの子がいますごく頑張っているイメージがあるので、ぼくらとはちょっと違った伸び方をしそうなんで楽しみですね。
■そういう明るい兆しもあるなか、今回のアルバムは初めてのゲストなしのソロになって、しかも音楽的にはポップスとして洗練されていると思ったんだよね。
TB:初めてのソロ(笑)。『FANTASY CLUB』のときと違ってポップスにちゃんと戻って来たとは思います。
■そういう意味ではすごくアプローチしやすいアルバムになっていて、背景には『ニュータウンの社会学』というコンセプトがあるにせよ、ポップとしてはすごく上手くまとめられていると思ったんだよね。ぱっと聴いたときにも思ったし、何回聴いていてもそう思う。とくに"NEWTOWN"っていう曲が最高だった。
TB:『FANTASY CLUB』のときの反省として、コンセプチュアルで難しいことを言い過ぎたがゆえにみたいなことはめっちゃあったんで。シンプルなモチーフで。
■そこまで難しいことを言っているとも思わないけどね(笑)。難しいことを言っているのはOPNみたいな人でしょ?
TB:『FANTASY CLUB』のときにぼくはお客さんを馬鹿扱いしないということを最大限しようと思って、インタヴューとかでも誠意を尽くしてやったんですけど、やっぱり難しいというリアクションは世のなかから返ってきた。「これ難しいのか?」ということは思ったんですけど。
■その「難しい」っていうのはあるよね。「洋楽って難しいっすよね」とか言われたり(笑)。
TB:そういう思考を停止しているのがいちばん腹立つみたいな。それは考えることを辞めているやん。考えてからわからんかったらええけど、聴く前に難しいとか言うなよとは思うんすけど、そういうことがあったので入り口としてはけっこう大胆な感じにしたくて、こういうでっかい文字とか。そういうものはありつつも作る制作半径はこのときのちっちゃい感じでやろうみたいなことがコンセプトです。これを作るときの制作上の課題でしたね。
■ポップ・ソングが入ってる感があるもんね。
TB:タイアップがちゃんとあったもので(笑)。
■そうはいっても、"RUN"もトーフビーツらしいなという感じで、これを1曲目にもってくるというのがトーフビーツの情熱を感じるよ。
TB:そうですよぉ。ぼくはけっこう情に厚い人間なんで。基本的には(笑)。
■たしかに前作から継承されている部分はあるんだけど、"ふめつのこころ"とか、バラード調の"DEAD WAX"みたいな曲もあって。映画の主題歌"RIVER"もすごく良い曲で、メランコリーとポップさとのバランスがとれている。
TB:嬉しいです。
■だから、『FANTASY CLUB』のときのアンバランスさを自分で対象化して、さらにポップスということを意識したのかなと。
TB:今回のアルバムは緩急がはっきりしているので、ポップスはポップス、クラブ・ミュージックはクラブ・ミュージックみたいな住み分けがわりとしっかりしています。わりとシャキッとした展開には。
■そうだね。シャキッとしている。"YOU MAKE ME ACID"みたいなハウシーなトラックも印象的だよね。
TB:そうっすね、中盤の流れが4つ打ち4つ打ちできて、8曲目("NEWTOWN")でいきなり抜けるみたいな感じなんで。
[[SplitPage]]![](https://www.ele-king.net/upimgs/img/3077.jpg)
『POSITIVE』のときは未来に期待したいと言っていて、『FANTASY CLUB』でいやちょっと期待できないかもしれないとなって、今回であぁもう自分でどうにかするしかないんだなという感じですね。それを『ニュータウンの社会史』を読んで思ったんすよ。
■いろんなタイプの曲をやっているけど、作っていて一段上がれたかなと手応えを感じた曲は何?
TB:やっぱり8曲目ですね。"NEWTOWN"はそうですね。
■"NEWTOWN"はアルバムのタイトルにしても良いんじゃないかくらいに素晴らしい曲だと思ったんだけど。でも、メランコリーな曲だし、それをやると重たくなるかな(笑)。
TB:そうすると思想というか、偏りが出る単語だなと思って。だからやめておこうと思いました。"NEWTOWN"はシンプルでちょっとしたことでわりとおっきく展開したように思う展開ができたので。ちょっとしか音は増えていかないですけど、めっちゃ変わったように感じる展開とか。そういうのはできると嬉しいですね。
■"NEWTOWN"は繰り返しのメロディこれだけでまず完璧だということと、サウンドの時代感覚みたいなことで言えば、こういう曲はトーフビーツの世代にしか作れないものだなと思うんだよね。たとえばヴォイス・サンプリングの使い方とか。
TB:今回は自分の声でやっているのでわりと作っていてもあれでしたけど(笑)。
■21世紀のエレクトロニック・ポップ・ミュージックというものがけっこう形になってきているなと思った。こういう曲は90年代にはなかったし。
TB:8曲目("NEWTOWN")9曲目(“SOMETIMES”)は技術的なところでいうとわりとピ―クというか。9曲目もポリリズムをパソコンで打ち込むみたいなことにけっこう挑戦しましたし、しかも簡単なやつじゃなくて7拍と8拍のポリリズムで、しかもヴォーカルをのせるみたいなことはけっこう頑張ったなとは思いますね。
■トーフビーツとしては1曲目がいちばん、これがポップスとして……。
TB:キャッチーみたいな。でもラップとか歌とかみたいな概念とかではなくて、ポップスとして"RUN"はどうですかねと思うんですけどね。
■でもトラップはあえてやったの?
TB:あえてやったというか、これはうわものだけでいうとグライムみたいな感じじゃないですか。あとトラップというかベースがデカい曲にしたい曲にしたいというのがあったんですよ。だから自分はトラップだと思って作ってはいないんですけど。
■トラップをやろうという意識ではないんだ。
TB:『FANTASY CLUB』くらいからそうなんですけど、とにかくベースがでかい曲を出したいみたいなことがけっこうありました。このアルバムはマスタリングを得能さんがやっているんですけれど、実は1曲目だけマスタリングもぼくがやっています。ベースが出過ぎていて、得能さんのいつものセットアップではさばききれないところがあったので、ぼくがさばくことになったんです。この曲だけはベースの鳴りを自分の思い通りにしたいから、マスタリングもやらせてもらいました。トラップであることはそんなに大事ではない。
■そういえばクレバの新作がトラップだったよね。
TB:そうっすね。おもしろかったですけどね。クレバさんのやつはサウンド的にはわりとテンプレというか、
■そうだね。わりとベタにトラップをやっている。
TB:"RUN"とかもベースのインパクトとか。
■グライムの要素を入れたと?
TB:あと技術的な話ですけど、半分から上と半分から下しか音が出ていないみたいな。真んなかの音が全然ない。そういうサウンド・デザインとか。そういうことをけっこう意識しましたね。あととにかく短尺。最初はこの曲は1分ちょいしかなかったんですけど、延ばそうかと言われてちょっと延ばしたんです。でも自分的にはすごくポップ・ソングだと思うんですよね、"RUN"は。別にあんまりラップという感じでもないし、歌といったら歌だし。そういうバランス感みたいなものをけっこう目指しているというか。これはラップだからとか、そんな時代でももうないでしょみたいなことはすごく思う。それこそ"NEWTOWN"とかもそうですよね。歌か歌じゃないかみたいな。
■"RUN"という言葉はいまの自分にふさわしいなと思ったんだ。歌詞のことなんだけど。
TB:ふさわしいというか、こういう状態みたいな。
■走っている感じ。
TB:そうっすね。あと自分で解決しないと仕方がないみたいなモードにようやくなってきて。『FANTASY CLUB』のときは世のなかがもうちょっと良くならんかな? みたいな感じだったんですけど、もう世のなかにも期待はできなさそうという感じですね。『POSITIVE』のときは未来に期待したいといっていて、『FANTASY CLUB』でいやちょっと期待できないかもしれないとなって、今回であぁもう自分でどうにかするしかないんだなという感じですね。
■なるほどね。
TB:それを『ニュータウンの社会史』を読んで思ったんすよ。ニュータウンができて、バスでピストン輸送してという。バスが通らへんのやったら自分らでバスを通すしかないやんけという姿勢にいちばん感銘をうけました。ニュータウンはそういうこととは真逆の人らが住んでいるところだと思っていたんで。でもそんな人でも最終的にやっぱりバスが通らんかったらやるしかないよねという。病院が無かったらやるしかないよねみたいな思想にけっこう感銘を受けたというか。というか普通に考えたらそうかみたいな。他人が助けてくれることなんてないよなみたいな。
■なるほどね。でも『ニュータウンの社会史』を読んだきっかけというのは何なの?
TB:それはJun Yokoyamaという写真家の人がいて、本人もたぶん読んでいないと思うんですけど、ニュータウンの本があったからってamazonのリンクのリプライがとんできたんですよ。これもなんかの縁やしと思って、そういう本をけっこう読んでいるので買って読んだら面白かったというだけ。でも今回のアルバムは、資料には書いていないけど本の影響が大きくって。"ふめつのこころ"のときは『中動態の世界』が出たときで。
■國分功一郎、それこそ難しいものを(笑)!
TB:めっちゃ難しかったんですけど(笑)、あの本を読んで受けた影響というのはちょっとあるというか。それこそ"RUN"ってすごく能動的な言葉じゃないですか。そういうところで読んだのですごくおもしろいなと思いました。やっているのかやらされているのか、昔のCM曲みたいですけど。言ってんのか言わされてんのかみたいなね。そういうことはけっこう今回考えましたね。だから俺は走っているのか、会社に走らされているのかみたいな(笑)。そういうこととかを考えましたね。
■この資料に書いてあるんだけど、ちょうど神戸にいたときに地震があったの?
TB:そうです。フラッシュバックしましたよね。
■こないだフライング・ロータスに取材したんだけど、フライング・ロータスの『KUSO』という映画があるって。すごいひどいよ(笑)。でもすごくおもしろい(笑)。
TB:ほんまに見にいった人からまじのスカムって言われて(笑)。
■でもおもしろいんだよね。よくできている。なんであの映画を作ったのかといったときに、子供の頃にロサンゼルスの大地震を経験しているんだよね。あれを経験しているからっていう話がでてきて。地震、いわゆる天災には人間なんてかなわないみたいなストーリーがはじまるんだよね。そういえばトーフビーツも1995年の神戸の大震災を経験しているよね。
TB:5歳ですけどね。でもけっこうダイレクトに被災していますね。あとは今回の台風やらもそうですし。
■それはいまでも自分のなかで影響していると思う?
TB:震災自体はそんなに影響はなくて、親戚も誰も死んでいないですし、どっちかというとそのあとの街の仕組みみたいな。たとえば、ぼくは5歳のときに被災していますけど、小学校を卒業するまで、小学校の横に仮設住宅が建っていたんですよ。ということは10年くらい仮設住宅があったんですよね。あとぼくの祖父母は、まだ退去は終わっていないですけど、つい今年の春まで県住という被災した人に割り当てられる公営住宅に住んでいたんですよ。だから震災によって街が作り変わった後の街に自分は暮らしているみたいな。前の大阪の地震もめっちゃ揺れたんですけど、まあ神戸は地震の後に建ったものしかないしなとか。台風が来たときも大阪は昔の建物が残っているから飛ばされているんですよね。神戸はそんなに古い建物とか残ってへんから大阪ほど屋根とか飛んだりしないんですよ。みたいなものは感じることはあるというか。昔は良かったみたいな話のときに、絶対震災が出てくる。
震災より前は神戸には外タレとかもめっちゃ来ていて、大阪に500人くらいの箱の場所がなかったから東京と神戸でツアーがくまれていた話とか、クラブがすごくもりあがっていたとかいう話はめっちゃ聞くんですけど、そういうのがなくなったあとの神戸に自分は住んでいるねんなみたいな、昔、かつてよかった街なんやなみたいなことはすごく思います。地震まで祖父母がけっこう大きい八百屋だったので、そういう個人的なところでも、地震の後にめっちゃ儲かっていたものがなくなったとか、そういうそこの断絶の後に暮らしているみたいなことはすごく思います。
■でも絶対トーフビーツの作品のなかでそういうものの影響がどこかにあるんだろうね。
TB:あると思いますけどね。
■"DEAD WAX"という曲は音楽が主題になっているでしょ、それは前からあるんだけど。Spotifyとか配信で聴くことが一般化されたいま、CDというフォーマットに関してどう思っている?
TB:もちろんSpotifyで聴いてもらっても全然いいし、ただ、CDはCDの良さがあるなぁくらいのもので、あとは紙が入る最後のメディアじゃないですか。イラストとか載せられる。そういうものとしての良さもあります。あとはお店に並んだりとか、物流にのせられたりとかそういう魅力はあるんですけど、別になくなっても、データはちゃんと整備されたデータで全然いいし、みたいなタイプやったりはしますね。自分は好きで買うだろうけど、世間一般にそんなに残らなくてもいいかなとは思ったり。それはデビュー当初からそうです。できて嬉しいなという感覚がなくなるのはもったいなけど、それはもう1回レコードとかが出てくるのかなという気もしますし。持っていて嬉しい人にはより持っていて嬉しいレコードとか。そういう二極化はアメリカみたいに日本も進んでいくと思うんですけどね。
■トーフビーツのファンはトーフビーツに何を求めているんだろう。
TB:"水星"ですかね(笑)。
■はははは。またああいう曲を作ってくれよと(笑)。
TB:言われますよめっちゃ。コメント欄とかを見ていても懲りずに"水星"をくれって言ってくる。"水星”聴いたらいいやん……って思うんですけど。でもそれはそれで良いですよ、"水星"っぽい曲もときおり書きたいなとはもちろん思っていますし、それは良いんですけど、本とか読んでいて、わかり切っているものなんて読みたくなくないですか? どうなるんだろうみたいな方が良くないですか。なんかそういうものというかそういう感じになりたいなと思いますけどね。
■そうだね。あともうひとつ、最初に会った頃から言っていたけど、昔は良かったって言わないで欲しいというね。自分が生きているのはいまのこの時代なんだからって。
TB:それはあります。だから神戸の話とかもそうなんですよ。神戸は昔は良かったよねっていまめっちゃ言われるんですよね、DJをやっている人とかに。実際いまは良くないよっていう。良くないけど、それはそういうことを言って良くしようと頑張ってこなかったやつらのせいっていう。客を馬鹿にしている人もそうですけど、そういう、なんでいま良くないんだって言ったらいまを良くせんかった自分らのせいやからねという話なんですよね。なので、そういうことは言わんといて欲しいなということはめちゃありますね。ぼくらの頃とかはって棚に上げるでしょ。若いやつは楽器もできひんとか、ちゃんと歌を歌わないとか(笑)。
■誰が?
TB:トーフビーツは機械を使っていてちゃんと歌わへんとか(笑)。
■そんなことまだ言っている人がいるの?
TB:いやーたまにありますよ。
■それは古すぎる(笑)。
TB:そういうこととか、あとはラッパーがミュージックステーションとかに全然でないとか、タトゥーが入っているからでられないとかいう話とかもそうですけど。
■そういうのはツイッターで言われるの?
TB:ツイッターとか、PVのコメント欄とかね。あとはぼくは自分でそういうのを見るので、どういうリアクションが返ってきたか。なんかそういう広い心みたいなのを(笑)。
■今回ゲストをいれなかったじゃない? これは成り行きなの?
TB:ゲストをいれたいなっていう気持ちはあったんですけど、具体的な名前は上がらなかったです。つまりはたぶん呼びたい人がいなかったということですね。
■自分のなかで、いつかは自分ひとりで完全なソロを作りたいという気持ちはあった?
TB:まったくなかったです。
■『POSITIVE』とかあの頃はそんなことを考えていなかったもんね。
TB:いまも考えてなかったんですけど、ただ、前回のこのメッセージを人に預けられる人が、自分で歌わないとちょっと話がおかしくなっちゃうみたいな話があったんですけど、それとはまた別で純粋に話題を共有できる人が減ってきた。今回も"RUN"では思っていることをわりと言うときに自分が思っていることを共有できる人があんまりいない。唯一"ふめつのこころ"だけは乃木坂の子へのあてがきだったので、それは入れることができたら入れたかったんですけど。いま自分が曲にしたいことを、歌ってもらって納得のいくようなヴォーカリストがあんまりいないなと思ったんですよ。それこそぼくらの立ち位置の特異性みたいなところがあるかもしれないですけど。いまぼくらが悩んでいるようなことを歌って、ぼくらが納得できるようなミュージシャンが見当たらないというのはちょっとありました。自分でやらなしゃあないというのは、誰もやってくれへんし、同世代のミュージシャンとかのことをめっちゃ信用してやっていこう! みたいな感じでもないというか。
■たしかにそういう孤独感も出ているし、表面的にはポップでも、じつは複雑な感情を孕んだアルバムだよね。
TB:そうなんですよ。『FANTASY CLUB』とかを作って、反応が友だちとかからはあったけど、もう一歩いったミュージシャンとかからあんまりなかった話とかもそうなんです。いまミュージシャンが持っている問題意識は、俺の持っている問題意識と違うんやっていうことが、これを作ってわかったんですよね。これを自分は音楽をやっているうえでぶつかる悩みやと思って作ったんですけど、音楽を作っている人はそんなことで悩んでへんねやみたいな。それやったらそれは他の音楽をやっている人には頼みにくいなみたいな話にどんどんなっていったというか。これを作ったことによってある意味呼びたい人がいなくなっていったというか。
■(笑)。
TB:例えばこれにすごくシンパシーを感じましたという人が現れてやっていこうってなったらあれなんですけど。それで言ったらSTUTSさんを今回呼びたかったんですけど、単純にそういう曲がデモでできなかったというのがあって。そういう曲ができたら呼びたいという感じやったんですけど。なかなかそこらへんは難しかったという感じですね。
■ある意味ではソロというよりもひとりぼっちで作ったという感覚も。
TB:そうそう。だからそういう曲がけっこう入っているみたいな。
■たしかにね。正直なアルバムだけど、ちゃんとサーヴィスもしているし、この取材も相変わらず発話量が多くて楽しかったです(笑)。今日はどうもありがとうございます。
TB:ありがとうございます(笑)。