「Nothing」と一致するもの

Marie Davidson - ele-king

 君はマリー・デヴィッドソンを憶えているかい? そう、2018年に『Working Class Woman』(w.ele-king.net/review/album/006626/)なるシニカルでユーモラスで挑発的なダンス・アルバムによって世界を笑って踊らせたカナダのプロデューサーのことです。
 彼女がPierre Guerinea(DFAからの作品で知られる)とAsaël Robitaille(Orange Milkからの作品で知られる)の2人と組んだ新プロジェクト、Marie Davidson & L’Œil Nuのアルバムが出ます。
 まずはリリック・ヴィデオ。

 「このレコードはカネを生まない/負け組の見解を調査中/用語なんか気にしない/これは反逆の故障/あなたのアドヴァイスなんか要らない/あなたの政治的アジェンダになんか興味ない/あなたの意図は株式市場のように変動/あなたのスタイル、計算されすぎ」……
 前作はクラブ・ミュージックであることが通底していたけれど、今回のアルバムはハウスやシンセポップはもちろんだが、ギター・ポップからフレンチ・ポップ、はたまたバロック音楽までとヴァラエティーに富み、ポップ作品としての完成度がそうとうに高い。やっぱこの人、才能あるなー。


※Marie Davidson & L’Œil Nuの『Renegade Breakdown』は〈Ninja Tune/ビート〉より9月25日発売

Sufjan Stevens - ele-king

 コロナ禍で経済が落ち込んでいるなか、巷の噂ではゲーム業界は調子良さそうじゃないですか。昔エレキング編集部にいた橋元優歩もゲーム業界だし……。
 そんな折りにスフィアン・スティーヴンスの新曲はずばり“Video Game”。軽めの80年代風エレポップで、MVには10代のTikTokダンサーが大フィーチャーされております。うーん、これは面白い!

 「I don't wanna play your vdeo game....」。ラナ・デル・レイにも同名曲があって、彼氏の家に行ったけど彼氏はゲームに夢中で「一緒にやらない?」みたいな、これって昔からある風景なんですが、スフィアンの曲における“TVゲーム”は、なんつうか、ニューエイジへのアイロニーというか、メタファーですね。「あなたの神になんてなりたくない/自分自身の信者になりたい/宇宙の中心になんかなりたくない/自分の救世主になりたい/あなたのTVゲームなんかやりたくない」

※スフィアン・スティーヴンスのニュー・アルバム『The Ascension(昇天)』は9月25日リリース。

第4回 映画音楽と「ヤバい奴」 - ele-king

 最近家の近所で大量のミミズが死んでいる。
 夜になると近くの公園から大量のミミズが這い出て、蠕動する体をアスファルトに擦り付けながら幅およそ4メートルの道路を横断しようとする。どうやらその先に新しい土地があると信じているらしいが、そこに辿り着く者がいるようには思えない。毎朝律儀にのぼる太陽は彼らのことなど気にかけない。夏の日差しに焼かれ、干からび、蟻に食われることさえなく、風にその形を削り取られてゆくままになっている。この毎夜行なわれるミミズたちの狂気的な行進が報われる日は来るのだろうか。毎日のようにSNSのフィードに最悪のニュースが流れてくるのを目にしていると、人類もまたこの行進の最中なのだろうかと思わずにはいられない。しかし、より良い方向へ世界を変えようとする意志やエネルギーが存在していることも確かだ。そしてその希望と絶望的現実の狭間で「変われ!!!」と叫ぶ映画が公開された。豊田利晃監督の『破壊の日』だ。

 この二ヶ月の間のことを思い返す。もしかしたらもっと長かったかもしれない。体感は一週間ぐらい。豊田監督から映画の劇伴を依頼されてから公開までの期間は、だいたいそれぐらいだったように思う。これが僕にとって初めての映画音楽の制作だった。
 緊急事態宣言解除直前のある日、幡ヶ谷の小さな喫茶店で僕は豊田監督から映画の話を聞き、資料のデータが入ったUSBと共に劇伴音楽の制作を依頼された。「プリントアウトしようとしたけどコンビニのコピー機がUSBを読み込まなくて」と言って、監督はザックリとしたあらすじを話してくれた。その時はそれだけだったが、その中に面白さの気配が満ちていた。USBスティックをポケットに入れながら「やります。一応データ確認してからまた返事しますけど、でも、やります。とりあえずデータ確認しますが」という中途半端な返事を二、三度して、その幡ヶ谷の小さな喫茶店を後にした。家に帰る道中、頭の中では既に作曲が始まっていた。帰宅してすぐに MacBook Pro にUSBを挿し、データを確認しながら豊田監督に「やります」のメッセージを送った。そして、MacBook Pro に頭を突っ込み、数日で曲のラフが出来上がる。この時点では映画の冒頭約10分の劇伴を作る予定だったのだが、このあと監督の無茶ぶりによって大幅に増えることになる。
 というわけで「ここと、ここと、ここと、ここも作ってくれない?」と言われ大幅に増えたのだが、その増えた箇所のほとんどが「ヤバい奴」が出てくるシーンだった。以前にどこかでも書いたことがある気がするが、僕は曲を作るときにマインドセットをしっかりとやるタイプで、特定の世界を自分の中に作り込んでから作曲を始める。そういえば渋川清彦さんは、出演するにあたって監督から「狼入れてこい」と言われたそうだ。シーザーを理解するためになんとやらというのは、こういう場合にはうまく機能しないようで、僕はその「ヤバい奴」を何種類か入れる必要があった。この制作のスタイルについて、憑依型のシャーマンのようだと思うことがしばしばある。(脱魂型の人もいるのだろうか)シャーマンが自身に神や霊を憑依させた後に、それを祓ったり抜いたりする儀式が必要なように、僕も毎日就寝前に入れた「ヤバい奴」を抜く儀式が必要だった。うまくいかないとよく眠れなかったり悪夢を見たりする。悪夢は好きなので大歓迎だが、眠れないのは心身によくない。いずれこれを利用していい感じの悪夢を積極的に見る方法を編み出そうと思う。
 制作に集中したいタイミングで、ありがたいことに本格的な梅雨が訪れて外界への誘惑を片っ端から断ち切っていってくれた。作業は順調に進んで音楽は仕上がった。そして無事、映画は公開された。ここに至るまでのストーリーが少し雑だが、ネタバレしたくないし、自身の作品を詳しく説明するということほど野暮なこともそうないので、このあたり勘弁してもらいたい。とにかく劇場で観て、何かを感じて欲しい。あ、そうそう、音の最終調整を音響デザインの北田さんと東宝のスタジオで行なったのだが、その時、自分の感覚では程よく心地良い感じで音圧や低音の量を調整したので、まさか公開後に爆音や轟音と言った感想がたくさん出てくるとは思わなかった。物足りないなと思った人は、是非サウンドシステムを積んだパーティーに遊びに来てもらいたい。

 そして梅雨が明けて、ここ数日は灼熱の太陽が照りつける日々が数日続いている。「今年は冷夏になります」と言った誰かを恨んでみるが、数日前まで「7月なのに長袖来てるよ!」とか言ってたことを思い出してため息をつく。降り続く雨と肺にカビが生えそうな湿気は非常に不快だったが、もし今年オリンピックをやっていたら気温の面は意外と大丈夫だったかもしれない。そういえば『破壊の日』は当初、あらゆる利権と思惑が絡み合った東京オリンピックに向けて「強欲という疫病を祓う」という目的で構想が始まったそうだ。結果として本物の疫病が訪れて東京オリンピック自体は中止になったが、強欲をはじめ元々人類の中に巣食っていたものが新しい疫病に引き寄せられたかのように噴出し、結果として祓わなければいけないものが増えた。映画の公開前夜に行なわれた前夜祭では渋川さんと切腹ピストルズが宮益御嶽神社で祝詞をあげたあと、渋谷の街で練り歩きを行なった。車道を使ったデモの申請の都合で左折しかできなかった結果、宮益坂を下り、スクランブル交差点を左折し、246を左折、そしてヒカリエとスクランブルスクエアの間を抜けて、宮下公園の前を通るという、見事なまでに強欲の塊の中を抜けて行くコースとなった。Protest Rave をやってる者としても新しい抗議行動の形が見えるような気がして、思わず熱くなってしまった。
 特に宮下公園に対しては、渋谷区が公園を Nike に売ってホームレス排除をやっていた頃に抗議活動に参加したこともあって特別ムカついている。弱者やストリートに息づく文化を排除して、金を持ってる “勝ち組” たちのために作られた庭で飲むスターバックスのコーヒーは美味いですか? そこに入ることを拒否されたもの達が視界に入らない高台から眺める渋谷の景色は美しいですか? 空中庭園が限られた者たちのユートピアだって、SFの定番をよく分かっているじゃないか。そしてSFの定番では、もちろんバビロンは滅びる。Babylon must fall.

Stormzy - ele-king

 イギリスのグライムMC・ラッパーとして圧倒的な人気を誇るストームジーが、マイノリティの教育を支援する団体 The Black Heart Foundation へ50万ポンド(約7000万円)の寄付を行なったことを発表した。イギリス国内に暮らす、黒人、アジア人などあらゆるエスニック・マイノリティで、経済的に支援が必要な学生50人に対して、奨学金の形で支援する。この制度は年齢不問でどのレベルの教育を受ける学生も応募可能とのこと。

 The Black Heart Foundation は2013年に設立され、既に100名の学生が奨学金を受け取っている。これまでは、遠方の学校への通学費や、パイロットになるための訓練費、アルバイトをせずに大学での勉学に専念できるようにするために支払われてきた。
 今回の寄付は、彼がマネージメントとともに設立した #Merky Foundation が行なうもので、10年で1000万ポンド(=約14億円)の寄付を行なうという計画の一環。

 ストームジーはこれまでも人種不平等の是正に取り組んできた。2018年からケンブリッジ大学と提携し、毎年2名の黒人学生を支援する「Stormzy Scholarship」奨学金を創設し、イギリス最大手の出版社ペンギン・ブックスと連携、黒人の作家を世に送り出すレーベル「#Merky Books」を創設してきた。UKのラッパーのなかでも桁違いの成功を収めている彼は、その責任を果たし、フィランソロピー活動を積極的に行なっている。

 また、ストームジーの作品には常に人種不平等や差別へ対抗する姿勢がある。人種差別的な発言が多いボリス首相を名指しで批判し、自身のガーナのルーツや肌の色を誇る。バンクシーが制作した黒と灰色で塗りつぶされたイギリス国旗をモチーフとした防弾チョッキで、UK最大のフェス〈グラストンベリー・フェスティバル〉のメインステージに登場した姿は、イギリスにおいて黒人であることを端的に象徴していた。

 Black Lives Matter 運動に呼応しながら、長期的なプロジェクトとして制度的な人種不平等と戦うストームジー。彼のマネージメント、#Merky が発表している “誓い” は彼自身の力強い言葉で制度的な人種差別へ戦う姿勢を表明している。

私たちの国が認めようとしない不都合な真実は、イギリスの黒人は生活のあらゆる面で常に不利な立場に置かれてきたということです。今の立場にいる私は確かに幸運に恵まれていますが、「イギリスがそんなに人種差別的なら、どうやってここまで成功したんだ」と言って、イギリスに人種差別が存在することを否定する人たちの話をよく聞きます。私はこう反論します。私は、黒人が一生懸命働くと何が起こるかというイギリスの輝かしい例ではありません。私たちは何百万人もいます。私たちは遠くもなく少数でもありません。私たちは、積み重なった人種差別的な制度と闘わなければならず、私たちが生まれる前から失敗するように設計されているのです。黒人はあまりにも長い間、不均等なフィールドでプレーしてきましたが、ここに最終的にそれを均等にしようとする戦いを継続することを誓います。
https://www.stormzy.com/pledge/

(米澤慎太朗)

Oliver Coates - ele-king

 オリヴァー・コーツが話題となった2018年の『Shelley's On Zenn-La』以来のアルバムを〈RVNG Intl.〉からリリースする。先行で公開されているMVもなかなか良いので、これは期待できそう。

 新作のタイトルは『skins n slime』で、リリースは10月16日。(収益の一部はダウン症候群スコットランドに寄付される)日本盤は〈PLANCHA〉より30分を越えるボーナストラック付きです。

Cabaret Voltaire - ele-king

 時代が悪くなるとアートは面白くなる。昔からよく言われる言葉で、20世紀においてもっとも重要な芸術運動であるダダイズムは第一次世界大戦中に起きている。そのダダイズムの拠点から名前を取ったバンド、キャバレー・ヴォルテール(通称キャブス)が11月に26年ぶりの新作を出す。

 1970年代のUKはシェフィールドで結成されたキャブスは、UKで失業者が急増した時代におけるポストパンクの重要バンドのうちのひとつで、音楽的に言えば、感情を抑えたドイツ実験派(カン、クラフトワーク、ノイ!ら)からの影響とウィリアム・S・バロウズ仕込みのカットアップ(ミュージック・コンクレートともサンプリングとも言えるのだろうが)、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのノイズとミニマリズム、そしてジャマイカのダブやなんかが電子的に入り混じった状態で、レーガン時代の右傾化を予見した『Voice Of America』や中東の政治情勢を題材にした『Red Mecca』など政治性もはらみながら、彼らはディスコやハウス、デトロイト・テクノといったダンス・カルチャーとも積極的にリンクしていったし、初期〈Warp〉にとっての精神的な支柱でもあった。
 そんな大物の復活作、タイトルは『Shadow of Fear』(恐怖の影)という。公開されたばかりの曲“Vesto”を聴きながら11月を待とう。


 

Cabaret Voltaire
Shadow Of Fear

Mute/トラフィック
発売日:2020年11月20日(金)

Moor Mother - ele-king

 昨年の『Analog Fluids Of Sonic Black Holes』から、いったいどれだけ作品を出し続けているんだ。
 ムーア・マザー名義で知られるCamae Ayewaは、あのアルバム以降、メンバーとして参加しているフリージャズ集団Irreversible Entanglementsのアルバム『Who Sent You? 』を発表、Mental Jewelryとの共作、パンク的展開の『True Opera』のリリース、電子音響家Yattaとの共作『Dial Up』……、そしてジャズ系フルート奏者Nicole Mitchellとのライヴ盤『Live at Le Guess Who』を発表したかと思えば、先月はゲスト参加したNYのヒップホップ・グループ、Armand Hammerのアルバム『Shrines』がリリースされたり、今月に入ってからは『FREE JAZZ FOR THE FREE DOOMED』と、コロナ禍において毎月のように彼女絡みの新作を聴いているような気がする。
 で、ここにまたニュー・シングルのリリース。今度は〈Sub Pop 〉からの「Forever Industries」。A面はスウェーデン出身のビートメイカー、Olof Melanderとの共作。B面はMental Jewelryとの共作。
 ジャンルを横断しながら、彼女の快進撃はまだまだ続くと……。


別冊エレキング最新号『ブラック・カルチャーに捧ぐ』はムーア・マザー表紙。彼女のロング・インタヴューが掲載されています。
...

佐々木敦 - ele-king

 先般 ele-king books から『小さな演劇の大きさについて』を刊行したばかりの佐々木敦が、新たに著書『批評王──終わりなき思考のレッスン』を8月26日に刊行する。氏にとって31冊目の単独著作となる同書は、音楽、映画、演劇、アート、文芸、思想を縦横無尽に行き来した、528ページにもおよぶ大著に仕上がっている(ジャンル別でも時系列順でもなく、批評文のタイプによって分類された全78編収録のアンソロジー)。目次には「プリンス」「ヴェイパーウェイヴ」など、気になるキイワードが多数並んでいるが、凝られたブック・デザインにも注目です。

 なお氏は今年ほかにも『これは小説ではない』(新潮社)を刊行しており、さらに『絶体絶命文学時評』(書肆侃侃房)、『それを小説と呼ぶ』(講談社)も控えている。

佐々木敦
『批評王──終わりなき思考のレッスン』

工作舎
四六判ソフトカバー
528ページ
ISBN: 978-4-87502-519-1
2020年8月26日刊行
本体2,700円+税

【目次】

批評王の「遺言」 (序)
第1章 批評の絶体絶命 (「批評」という営み/試みの危機におけるマニフェスト)
第2章 批評の丁々発止 (批評対象およびそのコンテクストとの渡り合い)
第3章 批評の虚々実々 (虚構の中の真実、現実の中の仮構、その見通しと処理)
第4章 批評の右往左往 (迷子の快楽/迷路の至福、書くことによる発見)
第5章 批評の荒唐無稽 (意味や意図を摑まえようとする思考との追走)
第6章 批評の反射神経 (考えるよりも前に書く、書き終えたあとに考えたことを知る)
批評王の追伸 (あとがき)

【著者】

佐々木 敦(ささき・あつし)
文筆家。1964年、愛知県名古屋市生まれ。ミニシアター勤務を経て、映画・音楽関連媒体への寄稿を開始。1995年、「HEADZ」を立ち上げ、CDリリース、音楽家招聘、コンサート、イベントなどの企画制作、雑誌刊行を手掛ける一方、映画、音楽、文芸、演劇、アート他、諸ジャンルを貫通する批評活動を行う。
2001年以降、慶應義塾大学、武蔵野美術大学、東京藝術大学などの非常勤講師を務め、早稲田大学文学学術院客員教授やゲンロン「批評再生塾」主任講師などを歴任。2020年、小説『半睡』を発表。同年、文学ムック『ことばと』編集長に就任。
批評関連著作は、『この映画を視ているのは誰か?』(作品社、2019)、『私は小説である』(幻戯書房、2019)、『アートートロジー:「芸術」の同語反復』(フィルムアート社、2019)、『小さな演劇の大きさについて』(Pヴァイン ele-king books、2020)、『これは小説ではない』(新潮社、2020)他多数。

Atropolis - ele-king

 ニューヨークで閉店した飲食店の6割はアフリカ系の経営する店だったという(白人の経営する店舗は2割弱、ほかはアジアやヒスパニック系)。ニューヨークで新型コロナウイルスの犠牲になるのは圧倒的に黒人だという報道が流れはじめた当時、僕はついエイドリアン・マシューズ著『ウィーンの血』(ハヤカワ文庫)を思い出してしまった。2026年のウィーンを舞台に新聞記者が殺人事件の真相を調べていると、同じような死因で亡くなる人がさらに増え(以下、ネタばれ)特定の人種だけを殺すウイルスがばらまかれていたことが判明するという理論物理ミステリーである(ヒトラーのユダヤ殲滅思想はウイーン起源という説を下敷きにしている)。実際にはバーニー・サンダーズも激昂していたようにゲットーでは水道が止められていて手も洗えなかったとか、住宅が密集していて人との距離が取れず、エッセンシャル・ワーカーが多かったという社会的条件による制約が黒人の多くを死に追いやったことは追加報道の通りなのだろう。ニューヨーク文化といえば、人種の坩堝であることが活力の源であり、とりわけダンス・ミュージックが多種多様な生成発展を繰り返してきた要因をなしてきたと思うと実に悲しい話である。アフリカ系とヒスパニック系の出会いがヒップホップを誕生させた話は有名だし、2000年代にはジェントリフィケーションに反対してジャズからハウスまで、エレクトロクラッシュを除くすべてのダンス世代がデモ行進を行ったことも記憶に新しい。ニューヨークの音楽地図はこの先、どうなってしまうのだろうか。この3月から〈Towhead Recordings〉が『New York Dance Music』というアンソロジーをリリースしはじめ(現在4集まで)、スピーカー・ミュージック『Black Nationalist Sonic Weaponry』にも参加していたエースモー(AceMo)や飯島直樹氏が年間ベストにあげていたJ・アルバート(J. Albert )など無名の新人がダンス・ミュージックの火を絶やすまいとしている。ジョーイ・ラベイヤ(Joey LaBeija)やディーヴァイン(Deevine)といったニューヨークらしい外見のDJたちも健在である。そう、途絶えてしまうことはないにしても、しかし、何かが大きく変わってしまうことは避けられない気がする。

 クイーンズ区に住むアトロポリスはシェイドテックの〈Dutty Artz〉から2010年にデビュー。ホームページを開くと1行目に書いてあるのが「多様性に対する情熱が自分をインドやガーナ、コロンビアやメキシコ、そして南アフリカなどのミュージシャンとの仕事に導いてくれた」という趣旨のこと。そして、彼は自分の音楽がどれだけ多様性に満ちているかをくどくどと説明しだす(https://www.atropolismusic.com/about)。実際、彼の音楽は水曜日のカンパネラ以上にルーツのわからない雑種志向の産物で、初めて聞いたときはカリブ海出身だろうと思ったし、まさかギリシャ系キプロス人だとは予想もしなかった(ギリシャ人の音楽はもっと堅苦しいイメージがあったので)。テクノポリスならぬアトロポリスというネーミングもギリシア由来で、グランジ都市(国家)という意味になるらしく、ギリシアとカリブ海の共通点といえば海に近いことぐらいだった(レバノンの爆発はキプロス島まで振動が伝わったという)。久々となる新作もチャンチャ・ヴィア・シルクイトやノヴァリマなど南米のミュージシャンや日本のDJケンセイなどをアメリカに紹介するニコディーマスのレーベルからで、げっぷが出るほど多様性の嵐(失礼)。先行シングルはレゲトンのMC、ロス・ラカス(Los Rakas)をフィーチャーした“Gozala”。これがウイルスとか多様性とかがどうでもよくなるほど夏に涼しいさわやかモードだった。

 クンビアやレゲトンを基調としつつ『Time of Sine』は全体にシンプルで、ほとんど間抜けと呼びたくなるほど隙間の多いサウンドを、柔らかく、透き通るようにアコースティックなサウンドで聞かせてくれる。力が入るところがまったくなく、水曜日のカンパネラがフィッシュマンズをカヴァーしたら、こんな感じになるのかな。違うな。とにかく涼しい。そのひと言だけでいいかもしれない。ニューヨークに浸透したカリビアン・サウンドは様々にあるだろうけれど、そのなかで最も気が抜けているんじゃないだろうか。そよ風を音楽にしたようなもの。石原慎太郎が湾岸に高層建築を建てられるようにするまでは東京でも夜になると海から内陸に吹いてきた涼しい風。日中の気温は同じでも、東京の夜も昔は東北と同じく涼しかった。そんな人工的ではない涼しさを思い出す。後半には“Funk”などというタイトルの曲もあるけれど、汗が飛び散るようなファンクではなく、ガムランやアラビアン・ナイトの怪しげな響きがトライバル・ドラムを引き立てるだけ。ブラス・セクションが入っても涼しさは損なわれず、水の音が流れ、どの曲も見せてくれる景色がとにかく涼しいとしか言えない。言いたくない。涼しい、涼しい、広瀬……いや。

 ここ数ヶ月、これまでアフロ・ハウスと呼び習わしてきたものをオーガニック・ハウスとタグ付けを変えていく動きがあり、それはアフロと称しながらまったくポリリズミックではないことに気がついたからなのか、環境問題と親和性を持たせようとしているからなのか、それともニュー・エイジやスピリチュアルがマーケットをもっと低俗な方向に移動させようとしているからなのか、そのすべてのような気がするなか、呼び方だけが変わった「オーガニック・ハウス」をアルバムにして10枚分ほど聴いてみた結果、95%はクズでしかなかった(マイコルMPやキンケイドなど、ちょっとは面白いものがあるのが逆にやっかい)。「オーガニック・ハウス」自体は〈Nu Groove〉の時代からジョーイ・ニグロやトランスフォニックにヒット曲があり、北欧ハウスの始まりを告げたゾーズ・ノーウェジアンズ『Kaminzky Park』(97)や日本のオルガン・ランゲージ『Organ Language』 (02)などすでに傑作と呼べる作品はいくらでもあるものの、いわゆるムーヴメントと呼べるほど大きな波になったことはなかった。たぶん、『Bercana Ritual』『Sounds of Meditation』『Don’t Panic – It’s Organic』『Continuous Transition of Restate』と立て続けにコンピレーションが編まれ、アリクーディやレイ-Dがアルバム・デビューしている現在が「最高潮」である。さらにはダウンテンポやプログレッシヴ・ハウスもこの流れにまとめられはじめたようで、南アのゴムのなかにも4つ打ちはナシという基本からはみ出したものがこれに加算され、僕にはオーガニック・ハウスというものがただの「その他」のようにしか思えなくなってきた。しかし、「オーガニック・ハウス」を最初に聴こうと思ったとき、その言葉から期待していたものがすべて流れ出してきたのが『Time of Sine』だった。

ROVO - ele-king

 メンバーみずから「最高傑作」と説明しているらしい。勝井祐二、山本精一、芳垣安洋、益子樹らから成るバンド、ROVOが4年ぶりのアルバムをリリースする。タイトルもずばり『ROVO』とのことで、これは相当気合いが入っている模様。外で踊るのが難しいこの時期に、彼らはいったいどんなダンス・ミュージックを打ち鳴らすのか? 発売は9月9日、要チェック。

ROVO、4年振り12作目となるアルバム『ROVO』を9月9日発売決定!

ROVO結成24年目、 4年振りに12作目となるニュー・アルバム『ROVO』を9月9日発売することが決定した。自らのバンド名がアルバムタイトルについていることからも伺い知れるが、「ROVO結成24年目にしてバンドの意思と楽曲と演奏が完全に一体化した最高傑作」とメンバーが説明するほどの手応えを感じる1枚となっている。5月の配信ライブでは “家から宇宙へ” というコンセプトを掲げたROVOだが、今作もまさに宇宙空間へとトランスレートさせるダンスミュージック作品となっている。

そして、今回ジャケットのアートワークも発表となったが、メンバーの山本精一(Gt.)監修のもと、ROVOのVJを務めていた迫田悠がひさしぶりにデザインを担当し、壮大な仕上がりとなっている。

また、今作について勝井祐二(Vln.)がコメントを寄せている。「新型コロナウィルス感染拡大の前に録音したアルバムが、ウィルスの影響で自分と世界の置かれている状況が激しく変化している渦中で、何度も聞き返しているうちに不思議と聞こえ方や意味合いが違って来たように思います。世界と音楽との距離感がこれからも変化して行くであろう2020年に発表する事になったのはとても感慨深いです。その意味で僕らにとって特別なアルバムになったと思います。」

今年後半のROVOは、アルバム発売ともに活発化する予定なので、今後の情報にも、是非着目してほしい。

[アルバム情報]

アーティスト名:ROVO
タイトル:ROVO
品番:WGMPCI-071
価格:¥2,700 (税抜価格)+税
仕様:CD / 2面デジパック /全6曲収録

■収録曲

1. SINO RHIZOME
2. KAMARA
3. ARCA
4. AXETO
5. NOVOS
6. SAI

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972