「Nothing」と一致するもの

Likkle Mai - ele-king

 日本のレゲエ・シンガー、リクルマイ(exドライ&ヘビー)の新曲が12月10日に配信で、2022年1月21日に7インチ・アナログ盤でリリースされる。ご機嫌な90年代ダンスホール・サウンドをバックに、ばしばしと差別反対を訴える“ネット横丁”、そしてコロナ禍によるステイホーム期間の日々を温かく描いた“おこもり期のひきこもごも”の2曲。どちらの曲も、リクルマイらしく、いまきつい思いをしている人たちへの応援歌でもある。
 なお、2022年1月13日には代官山・晴れたら空に豆まいて、1月15日には大阪・CONPASSでシングル発売記念のライヴもあり。 
 

LIKKLE MAI (リクルマイ)
ネット横丁/おこもり期のひきこもごも

Lik'Daughter
※2022年1月21日発売予定
https://likklemai.com

突然段ボール - ele-king

 1980年、〈PASS〉 レーベルから「ホワイトマン」でデビューした日本のポスト・パンクにおける異端にして伝説、突然段ボール。蔦木栄一、俊二兄弟によるそのバンドは、2003年の兄栄一の病死を乗り越えて、コンスタントに作品を出し続けている。今年で結成44年目のバンドが、〈いぬん堂〉から新作をリリース。ポップでありながら抵抗と風刺のこもった作風は変わらず。
 なお、1991年の大名盤『抑止音力』と、ジム・オルークがミキシングを担当し故ECDや石橋英子もゲスト参加した2008年の『D』の2枚はアナログ盤として2022年に3月23日に〈Pヴァイン〉よりリリース予定。


突然段ボール
マイ・ソング

いぬん堂
2021/12/15発売



突然段ボール
抑止音力

Pヴァイン
2022/3/23発売



突然段ボール
D

PASS/Pヴァイン
2022/3/23発売

250(イオゴン) - ele-king

 90年代に電気グルーヴが日本に紹介したと言ってもいいだろう、いわば韓国演歌・ミーツ・テクノのミュータント・ディスコ、その名はポンチャック。このスタイルはしかし時代を重ねるなかで風化し、若者たちからは「オヤジの音楽」と切り捨てられて、いつしか忘却へと向かった。そんな現状のなか、ひとりの電子音楽プロデューサー‏‏/DJ 、250(イオゴン)が立ち上がった。K-POPから韓国ヒップホップまでと幅広く音楽制作に携わっているこの実力者は、韓国大衆文化の金字塔=ポンチャックの火を消すまいと、その現代再解釈に向き合うことにした。そして完成したアルバムが『ポン』である。これがまた、実験と大衆性(ユーモア)が両立した素晴らしい内容になっているのだ。ぜひチェックして欲しい。
 
 こちらは先行公開曲の“Bang Bus (ベンバス)”の衝撃的なMV。主演のペク・ヒョンジンは俳優としても有名で、是枝裕和監督が手がけ る初の韓国映画『ブローカー(仮題)』にも出演予定だとか。

250 - Bang Bus (Official MV) from BANATV on Vimeo.
韓国ではMVの無修正版がYouTubeで公開されるや否や大きな話題になったが、YouTubeのコンテンツ規制によって削除されたため、Vimeoにて再公開された。一方、YouTubeでは新たに公開された検閲版を見ることができる。

 というわけで、ポンチャックの逆襲がはじまります。2022年2月発売予定のデビュー・アルバム『ポン (Ppong)』を楽しみに待とう!

https://orcd.co/250_bangbus

Klein - ele-king

 その音楽のリスナーが、作り手の好む音楽を共有している確率は高い。いや、もちろんロレイン・ジェイムズのリスナーがマスロックを聴いている率は低いのかもしれない。が、しかしスクエアプッシャーやエイフェックス・ツインを聴いている率は高いだろうし、ボーズ・オブ・カナダのリスナーがMBVを聴くことになんの違和感はない。かつてはレディオヘッドのリスナーもがんばってオウテカを理解しようとしたものだった。しかしながら、クラインを熱狂的に支持した実験的な電子音楽を好むオタクたち(まあ、ぼくもそのひとりであろう)がジェイ・Zやブランディ、マライヤやブリトニーを聴く可能性は極めて低いのではないかと推測される。彼女が好きなオペラ歌手のルチアーノ・パヴァロッティなどもってのほかだ。クラインほど、自分が好きな音楽と自分が作っている音楽のリスナーとが乖離しているアーティストも珍しい。いったい、ラジオから流れるポップR&Bばかりを聴いている人が、どこをどうしたら『Only』『Lifetime』のような作品を作れてしまうのだろうか。いや、まだその2枚ならわかる気がする。まだその2枚なら……彼女はその後、活動場所をクラブやライヴ会場のほか、ICAやテートブリテン、MOMAのような美術館にまで広げ、英国の社会福祉制度をテーマにしたミュージカル(本人いわくディズニー風であり、『ナルニア国物語』風だという)にも出演した。アーティストとしての道を順当に歩んでいると言えるのだが、先々月の『Wire』のインタヴューでは、「ジェイ・Zのレーベルとサインするためのラップのレコードを作る準備もできている」と語っている。「それを冗談で言うこともできるけど」と付け加えて、「でも、私はマジだ」と。

 本作は2021年に自主リリースされた『Frozen』に続くアルバムで、オランダのクラシック音楽専門のレーベルからの、クラシック音楽を習ったことのないアーティストによる、決してクラシカルとは言えないが多少そんな響きをもった作風になっている。作品のテーマは、南ロンドン育ちの彼女が7歳から5年のあいだナイジェリアのラゴスで祖母といっしょ暮らした日々にあるという話で、タイトルの『ハルマッタン』とは西アフリカで吹く貿易風のことだ。
 でまあ、ナイジェリアといって日本の音楽ファンが頭に浮かべるのは、とにもかくにもアフロビートだろう。アフリカ大陸のなかでも大国のもっとも栄えた都市として知られるラゴスにはポップスもあれば消費文化もある。ところが、『ハルマッタン』はこうしたナイジェリアの音楽のどれとも似ていないと察する。ぼくなりに喩えるなら、R&Bと出会ったクラスター(クラウトロックにおける電子音楽のリジェンド)とでもいったところだろうか。
 アルバムは、クラインによるピアノにはじまる。自由奔放な独奏で、フリーキーかつ機敏、ジャジーかつ溌剌としている。本人の説明によれば「20年代からR&Bスタイルまでのピアノ史」ということだが、ピアノ一本でここまで表現してしまうのかと感嘆する。2曲目はその続きのごとくピアノから入ってすぐさま一転、熱気をはらんだカオスの世界──ホルン、サックス、ノイズ・エレクトロニカ、サウンド・コラージュ──に突入する。それから“ハ長調のトラッピング(Trapping In C Major)”における壮大なシンフォニー。コズミックなシンセサイザーと管楽器が交錯する“未知のオプス(Unknown Opps )”、ハーモニカ(?)による重厚なドローンを響かせる“優雅さの憑依(The Haunting Of Grace )”……、ヴォーカル無しの、彼女のシュールな音響世界が次から次へと繰り広げられる。“イバダンのために作られた(Made For Ibadan)”は歪んだエンリオ・モリコーネか、さもなければ蒸留されたエリック・サティというかなんというか。クラインはこのアルバムで、ピアノ、サックス、ハーモニカ、エレクトロニクス、ドラム、ギターを演奏しているというが、もちろんすべてが独学だ
 歌モノは1曲だけ。グライムMCのJawninoを擁した“スカイフォール”だが、これは過去作で見せたダブで水浸しのR&Bではない。たとえばPhewがゴスペルをやったらこうなるのかもしれないと。蜃気楼のような曲“ギャングスタではないが、それでも終わりから(Not A Gangster But Still From Endz)”を挟んではじまる“希望のディーラー(Hope Dealer)” はシンセサイザーとピアノが曲を盛り立てる美しいアンビエントで、この曲は後半のハイライトと言っていいだろう。

 かように『ハルマッタン』は強烈なアルバムであるが、もうおわかりのように、お決まりの“ブラック”ではない。彼女はひょっとしたら、ファンや音楽メディアがもとめる“ブラック”に反発しているのかもしれない。が、これはアフリカの乾いた貿易風の名を冠した彼女のアフリカ体験から生まれた作品なのだ。クラインはいつものように想像力を全開にし、魔法のようなサウンドスケープを創出した。おそらく感覚的に。彼女は、1週間に100曲作ることもあれば公園に行って遊んだりしてばかりの月もあるといい、1週間前には弾けなかった楽器を演奏して録音するともいう。次はまったく違うことをやるかもしれないというし、ドリルのレコードだって準備中だとうそぶく。ま、なんにせよ、彼女が本当にロック・ネイションから作品をリリースすることがあったら、ぼくもジェイ・Zを……(略)。

RP Boo - ele-king

 ご存じのかたは多いかもしれないが、2021年はフットワークのビッグ・タイトルが立て続けにリリースされた。いずれもジューク/フットワークを世に紹介した、マイク・パラディナスの〈Planet Mu〉からのリリース。まずは、DJマニーによるロマンティックな『Signals In My Head』から、次にヤナ・ラッシュによるダークでエクスペリメンタルな『Painful Enlightenment』。そのどちらも、シカゴ発のアンダーグラウンドなダンス・ミュージックを背景に、ときに前進を試み、ときにそのサウンドから逸脱しながら、僕らリスナーに素晴らしいエレクトロニック・ミュージックを提供してくれた。そして、その真打ちと言うべきか、今年度の「フットワーク三部作」と形容したくなる一連のリリースにトリとしてドロップされたのが、同ジャンルで最も名高いDJのひとり、RPブーによる『Established!』だ。リリースから随分と時間が経ってしまったが、紹介しよう。

 個人的に、DJマニーやヤナ・ラッシュにしても「これがフットワークなのか?」と思わせる、良い意味でフォーマットに縛られない作風だと感じた。続く『Established!』をその観点から比較すると、どちらかと言えばより正統的な音だというのがおおよその印象。DJマニーの “Havin’ Fun”、あるいはヤナ・ラッシュの “Suicidal Ideation” を初めて聴いたときの、あの「ガツン」としたサプライズ感は正直なところなかった。しかしそれでも、やはりそこはRPブーと言うべきか、いまだにシカゴのローカルなシーンの旗振りをしつつ、フットワークという物語を前進させるDJのひとりなだけあり、そこから繰り出される音は相変わらず最小限で最大限を生み出す類の逸品。まるで何十年もひとつの道を歩み続けてきた職人の、その熟練した技法をまざまざと見せつけられている気分になった。

 RPブー本人によれば、「ハウス・ミュージックの未来がフットワークで、その次に来るものもまたつながっている」と。例えば、“All My Life” のピアノはまさにハウス的であるし、実際、“All Over” や “Beauty Speak Of Sounds” などは「ハウスのコミュニティに捧げた」と語るように、どれもフットワークという短い歴史のスパンだけでなく、シカゴに受け継がれるダンス・ミュージックの長い歴史のスパンを想起させる音だ。つまり細かく言えば、それはシカゴにおいて連綿と続くゲットー・ハウスからの流れを汲むジューク/フットワークの歴史であり、彼はそれを『Established!』のサウンドにおいてひとつの重要なアングルとして提示している。ただむやみに未来を渇望するのではない、むしろ良い未来を作るためにはまず過去を見定める必要があるということだろう。彼はそのアングルを才能あるシーンの後進たちに向けていると語るが、それをフットワークという音の枠組みで完璧に示してしまうところがすごい。無論、それはRPブーというひとの技がすでにヴェテランの域であることを証左している。

 また、僕がフットワークを気に入っている理由のひとつとして、その過激なサウンドの反面、サンプリングされる素材は定番の大ネタも多く、わかりやすいという点がある。DJラシャドがスティーヴィー・ワンダーをズタズタにカットアップしたようにね。その点、『Established!』もサンプリングの側面において素晴らしいフットワーク作品と言える。クラス・アクションの “Weekend” を拝借した “Another Night To Party” は、ほぼひとつのフレーズから最後の奇妙なビッチダウンまで、全てが完璧のクローザーだし、フィル・コリンズのヴォーカルを効果的に利用した “All Over” も独特のミニマルな音のアレンジメントと完璧にマッチしている。そしてなにより、スヌープ・ドッグの “Nuthin But a G Thang” をサンプリングした “How 2 Get It Done!” は、もうそのままあのスモーキーなヒップホップ・トラックがフットワーク・ヴァージョンとして提供される間違いのない曲だ。大ネタをいかにドープに仕上げるか、フットワークにあるそんな精神性においても、彼は職人的な高みへと上り詰めていると感じさせられた。

 結論を言ってしまえば、『Established!』は見逃すべきではない作品。たしかに、これといった目新しさや衝撃はないかもしれない。しかし、今作をそういう視点から語るのはナンセンスだと僕は思う。このシカゴのフットワークの職人が紡ぎ出す音は、熟練された技巧が凝らされており、そこには僕らが耳を傾けるべき意味がある。

MAZEUM × BLACK SMOKER × Goethe-Institut - ele-king

 さまざまな分野の鬼才たちが集まり、展示とパフォーマンスを繰り広げる3日間。12月21日から23日にかけ、赤坂の東京ドイツ文化センターに、アートと音楽の空間〈MAZEUM〉が出現する。
 〈BLACK SMOKER〉とGoethe-Institutの協力により、会期中は多彩なアーティストが参加するエキシビションが開催(入場無料)、夕方からはDJ、機材ワークショップ、ライヴ・パフォーマンスなどがおこなわれる。出展アーティストはIMAONE、KILLER-BONG、KLEPTOMANIAC、TENTENKO、VELTZ、伊東篤宏、カイライバンチ、河村康輔、メチクロ。詳細は下記より。

[12月16日追記]
 同イベントの予告動画が公開されました。また、一部ラインナップの変更がアナウンスされています。日本国の水際措置の強化に伴い、残念ながら Sayaka Botanic および DJ Scotch Egg の出演がキャンセル。かわりに、食中毒センター(HairStylistics × Foodman)および Ill Japonica a.k.a Taigen Kawabe (Bo Ningen) の出演が決定しています。
 なお、ワークショップは定員到達につき予約終了とのことです。

Marcus J. Moore - ele-king

 ケンドリック・ラマー評伝の邦訳が12月頭に刊行される。
 著者はアメリカの週刊誌『ザ・ネイション』などで執筆する、ブルックリン在住の音楽ジャーナリスト、マーカス・J・ムーア。最近はピンク・シーフムーア・マザーについての記事を『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄せている。訳者はヒップホップ・ジャーナリストの塚田桂子。
 ケンドリックの生い立ちや作品を追いながら、現在アメリカのブラックのコミュニティでなにが起こっているのかなどまで含めて考察、時代を見据える1冊になっているようだ。楽しみです。

バタフライ・エフェクト
ケンドリック・ラマー伝

マーカス・J・ムーア 著
塚田 桂子 訳

河出書房新社
単行本 46
352ページ
ISBN:978-4-309-29171-0
Cコード:0073
発売日:2021.12.02(予定)

黒人たちの陰惨なる現実に救済を求め、ブラックミュージック史を根底から更新するラッパー、ケンドリック・ラマー。彼はいかに自身の表現を獲得したのか? その軌跡に迫る傑作評伝。

マーカス・J・ムーア(ムーア,マーカス・J)
音楽ジャーナリスト、編集者、キュレーター。「ピッチフォーク」「ザ・ネイション」「NPR」などで執筆やGoogleのプレイリスト監修。『カニエ・ウエストへの手紙』でエドワード・R・マロー賞を受賞。

塚田 桂子(ツカダ ケイコ)
翻訳者、ヒップホップ・ジャーナリスト。訳書に『ギャングスタ・ラップの歴史』がある。LA在住で、ケンドリック・ラマーへは、デビューした当時から取材を重ねている。

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309291710/

Mira Calix - ele-king

 耳に面白くて、頭にも刺激的で、心にも響いてくる。このアートワークほどに明るいとは言えない、ハードな内容を孕んでいるわりには楽しんで聴ける。似ているモノに何があるのだろうかと思って浮かんだのはたとえばザ・ビートルズの“レヴォリューション No.9”だったりするのだが、要するにカットアップ(コラージュ)による音楽、フランスの電子音楽の巨匠ピエール・シェフェールやリュック・フェラーリによる一連のミュージック・コンクレートめいた作風で、つまりリスナーが固定観念を外して感覚を解放すればサウンドは入ってくるし、興味深い音楽体験になること請け合いである。が、それだけなら、いま挙げたような音楽を聴けば済む話かもしれない。だからそう、このアルバムはそれだけではないということだ。

 ミラ・カリックスの名義で知られるシャンタル・パッサモンテはアカデミシャンではないし、何か特別クラシックの教育を受けているわけでもないはずだ。彼女は、およそ30年前はDJシャンタルという名義のアンビエント系のDJで、元々はクラブ系のレコード店のスタッフ、90年代の多くの年月を〈Warp〉のプレス担当としても働いている。AIシリーズを売るために奔走していたひとりで、ぼくの記憶がたしかなら、踊れないと批判されていた〈Warp〉音源が、(腕がたしかなDJにかかれば)むしろスリリングなダンス・ミュージックとしても機能することを証明させた『Blech』は彼女の企画である。

 シャンタルはヴァイタリティがある人だった。そしてものすごい駆け足で、独自の道を歩んでいったし、いまもそうだろう。ミラ・カリックス名義で実験的なエレクトロニック・ミュージック作品を発表するようになったのは、90年代後半になってからだったが、2003年の2ndアルバム『スキムスキッタ』でブレイクすると、アート・ギャラリーでのインスタレーションやロンドン・シンフォニエッタとの共演といったハイブローなところで活躍の場を得るようになった。昆虫の音を使って音楽を作曲するよう彼女に依頼したのは、ジュネーブの国立自然史博物館である。

 ほかにもシャンタルは手広くいろいろやっている。シェイクスピアのソネット集のための作曲を担当したり、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールで17世紀の合唱音楽に触発された作品を作曲したりと、近年ではエレクトロニカのプロデューサーというよりも、コンポーザーとしての活動のほうが目立っている。discogsや彼女のサイトを見ていると、2006年に〈Warp〉からの4枚目となるアルバム『Eyes Set Against The Sun(太陽に照らされた目)』を出してからは、ほとんど俗離れしたシーンこそが彼女の主戦場だったように思えてくる。2016年からは主にモダン・クラシカルな音源をリリースする自身のレーベル〈Mira Calix Portal〉もスタートさせているが、そのなかにはオリヴァー・コーツとの共作もある(ちなみにコーツをもっとも最初にフックアップしたのは2008年のシャンタルだった)。

 ゆえに2019年のシングル「Utopia」は久しぶりの〈Warp〉からのエレクトロニカ‏/IDM作品で、それに続いたのが本作『Absent Origin(不在の起源)』となるわけだ。しかしこれは『スキムスキッタ』のようなエレクトロニカ作品ではないし、「Utopia」ほどビートが強いわけではない。おそらく『Absent Origin』は、シャンタルがここ数年のあいだ試みてきたことが踏襲されたアルバムで、芸術的であり、政治性も秘めている。彼女のサイトによると、2017年のほとんどを第一次世界大戦に至るまでの地政学的景観を調査し、ロンドン塔における休戦を記念した音と光のインスタレーションのために費やしていたという話だが、その研究のさなかに当時のナショナリズムの台頭とそれに呼応したアート(ダダイズムとコラージュ)に感銘を受けたことが本作を作る前提になったという。じっさいシャンタルはこの作中に、詩人、政治家、抗議者からのより身近な話し言葉を差し込んだそうだが、その強い気持ちは音楽から感じることができる。

 1曲目の“Mark of Resistance(抵抗の印)”がまずそうだ。指を鳴らす音や抽象的な電子音、小さな声や物音、いろんな音が切り貼りされていくなか、フットワークめいたリズムが入り、ベースが落とされ、女の掛け声と女の詩の朗読が曲の高まりに同期する。これがデモ行進における高揚でなくてなんであろう。そして彼女の自由自在の音楽性は、そうした政治的な意図を含みつつも、やはりどうしても、耳を楽しませてくれるものでもあり、それが素晴らしく思える。

 2曲目の“There is always a girl with a secret (秘密を持った女の子は必ずいる)”にも同じことが言える。女の歌声(女のいろんな声は今作の重要な要素になっている)のコラージュ、そしてドラムのフィルインとパーカッションとの掛け合い(ベースが入るところは最高に格好いい)は、ぼくには彼女のフェミニズム的な主張が含まれているように感じられる。が、この曲もまたひとつの自由な音楽表現としての輝きがあるのだ。

 クラシカルなピアノが演奏されるなか、ハサミの音が断続的に聞こえ、子どもの声と大人の女性の声が交錯する“Silence Is Silver(沈黙は銀)”も面白い曲だし、反復する吐息と小さなメロディが浮遊する“I`m love with the end(私は終わりに恋をする)”はとくに魅力的な曲だ。バイオリンと女の古い歌、単調なドラム、女と男の声で曲を進めながら途中から場違いなファンクのベースやフルートで構成される“Transport me(私を運んで)”もユニークで、それこそ腕がたしかなDJならダンスフロアで最高のミックスをするに違いない。アルバムの最後を締めるのは、室内楽とモノローグが交錯する“The abandoned colony collapsed my world(見捨てられたコロニーが私の世界を崩壊させた)”、これは80年代以降のゴダールのコラージュを思い出さずにはいられないような切ない曲だ。

 以上に紹介した以外にも、『Absent Origin』には聴きどころがいくつもある。タイトルが示すように、さまざまなサウンドはコラージュされ別の意味を生成し、混迷した時代を生きる人たちを癒やすかのように、みずみずしい感性を醸成する。何度も聴くにつれ、ぼくにはなんだか彼女の集大成的な作品ではないかと思えてきた。

 で、最後にこの、あまりにも楽しそうな、なんとも無邪気に見えるアートワークのコラージュだが、これはシャンタルが本当にそういう人だからなのだろう。ぼくが彼女に対面で取材したのは一度だけで、あとは電話取材(まだ電話だった時代)しかないのだけれど、彼女はキビキビした人で、ユーモアがあって明るい人だったと記憶している。なお、シャンタルはオリヴァー・コーツといっしょに、2021年初頭ジョン・ケージのプリペアド・ピアノ作品のリミックス集『John Cage Remixed』もリリースしている。こちらもおすすめです。

〈Advanced Public Listening〉 - ele-king

 長らくベルリンに在住していた Miho Mepo によって設立された新たなレーベル〈Advanced Public Listening〉。その第1弾作品となるコンピレイション盤『ON IN OUT』が12月2日にリリースされる。フォーマットはCD(2枚組)とLP(4枚組)の2形態(配信はなし)。ハンス・ヨアヒム・レデリウスを筆頭に、マシュー・ハーバートリカルド・ヴィラロボストーマス・フェルマンムーヴ・Dデイダラスなどなど、エレクトロニック・ミュージックの錚々たる面子がトラックを提供している(下記参照)。しかも、全曲エクスクルーシヴというから驚きだ。要チェックです。

新レーベルAdvanced Public Listeningの第一弾コンピレーション『ON IN OUT』、2021年12月2日にリリース!

宇宙138億年、地球46億年… この作品が世代も世紀をも超えて人々の魂を浄化する
普遍的な正典であることに疑う余地はない。宇川直宏(DOMMUNE)

1998年に単身ベルリンに渡り、28年に渡って数々のアンダーグラウンドで良質な海外アーティスト、DJを日本に紹介し続け、
錚々たるアーティストから全幅の信頼を置かれる日本人女性、Miho Mepoが設立した新レーベルAdvanced Public Listeningの
第一弾コンピレーションが完成!
本作のコンセプトに賛同した世界各国の錚々たる豪華ミュージシャン達が提供したエクスクルーシヴ・トラック、全22曲を収録!
CDの発売はここ日本でのみとなる限定スペシャル・エディション!

参加アーティスト
ハンス・ヨアヒム・ローデリウス(クラスター/ハルモニア)
マシュー・ハーバート
リカルド・ヴィラロボス
ディンビマン(ジップ)
トーマス・フェルマン
ローマン・フリューゲル
アトム・TM
ムーブ・D
デイデラス
タケシ・ニシモト
など全21アーティスト作品

日本語解説:宇川直宏(DOMMUNE)

■アーティスト:Various Artists (V.A.)
■タイトル:ON IN OUT (オン・イン・アウト)
■発売日:2021年12月2日[CD]/12月12日[LP]
■品番:APLCD001[CD]
■定価:¥3,000+税[CD]
■その他:●日本語解説:宇川直宏(DOMMUNE)、●全収録曲、本作の為のエクスクルーシヴ・トラック。
■発売元:ADVANCED PUBLIC LISTENING

Tracklist
Disc 1
01. KARAPAPAK 「FM EMOTION」
02. Julie Marghilano 「Human」
03. Pierre Bastien 「Revolt Lover」
04. Takeshi Nishimoto & Roger Doering 「Dream」
05. Simon Pyke aka FreeFrom 「Mass Murmurations」
06. Thomas Brinkmann 「Ruti _ Sakichis dream」
07. Roman Flügel 「Psychoanalysis」
08. Move D 「Für Franz” (Live at Theater Heidelberg)」
09. Thomas Fehlmann 「phoenix」
10. Takeshi Nishimoto & Roger Doering 「Call」
11. Hans joachim roedelius 「Immer」

Disc 2
01. Seitaro mine featuring Elson Nascimento & KIDS 「dia e noite」
02. Tyree Cooper 「Classic Material」
03. ZAKINO(aka Seiichi Sakuma) 「What time do you think it is」
04. Low End Resorts (Phoenecia + Nick Forte) 「Drunkin’ Drillz」
05. Daedelus 「Denote」
06. Atom TM 「C4LP (F*ck Yeah)」
07. Pulsinger & Irl 「l Vicinity Dub」
08. Matthew Herbert 「PEAHEN」
09. Dimbiman (aka Zip) 「Väterchen Frust」
10. Ricardo Villalobos (ZEDA FUNK)
11. The Irresistible Force (aka Mixmaster Morris) 「MULTIBALL」

3D - ele-king

 マッシヴ・アタックの3Dが興味深い動きをしている。ソーシャル・メディアにおける、気候に関する虚偽の情報、誤解を招くコンテンツ、グリーンウォッシング(企業が消費者に対しておこなう、いかにも環境に配慮しているかのような誤解を与える訴求)などをフラグ立てするAIシステムを立ち上げたのだ。「イコボットネット(Eco-Bot.Net)」と呼ばれるそれが対象にするのは、フェイスブック、インスタグラム、ツイッター。アーティスト/研究者のビル・ポスターおよびデイル・ヴィンスと共同で開発したという。本気で環境問題に取り組んでいる3Dの姿勢が伝わるニュースだ。

「Eco-Bot.Net」公式ホームページ
https://eco-bot.net/

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