Home > Interviews > interview with Conner Youngblood - 心地いいスペースがあることは間違いなく重要です
個人的に今年は久しぶりに海外に出る機会を得たのだが、いろいろなひとと話すなかで、パンデミックが落ち着いてからいっそう旅に対する欲求が高まっているように感じる。日本に対する関心も強く、オーヴァー・ツーリズムや渡航費の高騰などの問題もクローズアップされているが、少なくとも世界の様々な文化への興味が広がっているのは悪いことではないだろう。
スフィアン・スティーヴンスやエリオット・スミスが引き合いに出されるフォークや室内楽をエクスペリメンタルなR&Bやアンビエント・ポップとクロスさせたデビュー・アルバム『Cheyenne』(2018)で注目されたテキサス出身のシンガーソングライター/マルチ・プレイヤー/プロデューサーのコナー・ヤングブラッドは、世界中に対する強い興味を自身の音楽の原動力にしてきた存在だ。様々な土地を巡った旅の経験を生かした『Cheyenne』は、そこで見た光景をどのようにサウンドスケープに落としこむかに注力した作品で、壮大な穏やかさとでも言うべきスケールを携えていた。ジェイムス・ブレイクの諸作や『22, A Million』の頃のボン・イヴェールのプロダクションをより穏やかでリラックスしたものと表現できるかもしれない。
約6年ぶりとなる新作『Cascades, Cascading, Cascadingly』もまた幽玄さや陶酔感を伴うサウンド・デザインが心地よいアルバムに仕上がっており、前半はエフェクト・ヴォイスが多用されることもありオルタナティヴR&Bの印象が強いが、聴き進めていくとフォーク、アンビエント、ロック、クラシカルと様々な要素が立ち現れる。使われている楽器も多ければ、音色もプロダクションも多様。さらに興味深いは母語の英語以外の言語もいくつか使われており、日本語タイトルの“スイセン”は日本語で歌われている。聞けばパンデミック中は複数の言語を学習していたとのことで、とにかくナチュラルに世界中の文化に触れて自分に取りこみたいひとなのだろう。その音楽性にしても、制作中にたくさん観ていたという映画のラインアップにしても、やや過剰に興味や関心が散らばっているようだが、それらすべてに対して素朴にオープンであることは彼の表現とそのまま繋がっている。
以下のリモートでおこなったインタヴューでは、日本の裏側のブエノスアイレスから日本語もたくさん使いながら話してくれた。「cascades」は小さな滝のように何かが連なった状態を指す言葉だが、コナー・ヤングブラッドは精神的な意味においても国境に囚われず、多くのものに対する純粋な好奇心を心地よい音楽の連なりへと変換する。
日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でした(……)毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。
■いまはブエノスアイレスにいらっしゃるんですよね?
コナー・ヤングブラッド(以下CY):はい、アルゼンチンに住んでいます。
■え、住んでいるのもアルゼンチンなんですか?
CY:はい、ナッシュヴィルに12年ぐらい住んでいたのですが、今年アルゼンチンに移住することにしました。ナッシュヴィルがつまらなくなってしまって。
■そうだったんですね。それではいろいろ聞いていきたいのですが、前作『Cheyenne』からパンデミックもありましたが、この6年間どのように過ごされていましたか?
CY:音楽と言語の勉強をしていました。日本語も勉強していたんですよ。昔日本語を勉強していたことがあったのですが、コロナ禍の時期は自分の部屋でYouTubeを観て、日本語やデンマーク語、ロシア語、スペイン語を学んでいました。音楽的にちょっと行きづまったところもあったので、語学を生かしてみたいと思ったんです。はじめは独学だったのですが、朝レッスンを取ることで生活リズムを整えて、いろいろな言葉を音楽に取り入れられるようになりました。
トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。
■あなたの音楽は海外での旅にインスピレーションを受けている部分が多いと感じるので、パンデミックはフラストレーションだったのではないかと思います。
CY:パンデミック以降は映画をたくさん観ていたので、そこからのインスピレーションが大きかったですね。そうやって世界を見ていました。それで、フィクションと現実を混ぜながら新曲に対するヒントを得ていきました。
■今回のアルバム『Cascades,~』は曲数も多く、アレンジも多彩ですが、制作した時期は楽曲によってけっこう異なるのでしょうか?
CY:コロナ前に作ったものがふたつあって、“Running through the Tøyen arboretum in the spring”と“Closer”という曲です。ただ、残りは同じ部屋で同じ椅子に座って同じ時期に作った曲でした。
■なるほど。というのは、本作はエレクトロニックなR&Bもあり、フォークもアンビエントもあり、プロダクションやタッチの面でヴァラエティに富んでいますよね。楽曲ごとのサウンドはどのように決まっていったのでしょうか?
CY:そこも、いろいろな映画を観たことの影響が大きかったですね。ホラーやSF、レトロなものと、いろいろなものを観て、そのときの気分で決めていったところがあります。自分を内観することで決まっていった部分もありますね。映画を観て抱いた感情と自分の人生を組み合わせて、いろいろな雰囲気が生まれていったのだと思います。あとは、いろいろな楽器を持っているので、しばらく使っていなかった楽器を引っ張り出して気分がフィットしたら使ってみたりと、その日のムードで作っていきました。
■ちなみに、とくにインスピレーションを受けた映画はありましたか?
CY:たくさんあります。日本だと『リリィ・シュシュのすべて』は印象的でしたし、『ゾディアック』、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『グリーンナイト』……ブライアン・デ・パルマも観てましたし……HBOのドラマ『LEFTOVERS/残された世界』も観てました。30本ぐらいの観ていた映画のリストがあるんですよ(と言って、ヴァイナルのインナースリーブに掲載されるというインスピレーション元の映画作品リストを見せてくれる。『アド・アストラ』や『A GHOST STORY』など比較的新しいものから、ジブリ作品、1993年のほうのスーパーマリオの映画『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』まで、じつに様々な作品が並んでいる)。
■なるほど……本当にいろんな作品にご興味があるんですね。
CY:毎日、レコーディングしながら映画を観ていました。歌詞も音楽も、その影響がすごく大きかったです。
ゴロゴロする音楽です(笑)。わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。
■一方で、サウンド・プロダクションの面でヒントになった音楽作品はありましたか?
CY:それもいろいろあります。レディオレッド、エリオット・スミス、ゴリラズ、コクトー・ツインズ……。レディオヘッドもですが、アトモス・フォー・ピースのような(トム・ヨークの)サイド・プロジェクトにより影響を受けたかもしれません。トム・ヨークのプロジェクトはどれも全部好きなんです。あと、映画のスコアにも影響を受けています。というのは、さっき言ったように音楽を作りながら映画をたくさん流していたので、そのスコアからが自然に自分に入ってきたと思います。
■あなたはマルチ・プレイヤーでもありますが、何か新しい楽器を習得されることはありましたか?
CY:1980年代のソビエトの時代のギターを買いました。
■え、ソビエトですか?
CY:はい、インターネットで買いました。ソビエト時代のシンセサイザーも買いましたね。新しい楽器を習得したわけではないのですが、その辺りが新しく手に入れたものです。マイクやエフェクターも、ロシア製のものを買いました。
■へええ、面白いです。こうしてお話を聞いていても、すごくいろいろな土地のいろいろなものにご関心があるのだなと感じますが、今回のアルバムで母語以外のいろいろな言語で歌われているのも興味深いですよね。あなたにとって、なぜ複数の言語で歌うことが重要なのでしょうか?
CY:わたしにとって新しい言語を学ぶことは、自分を表現するための新しい色を使えるようになるということなんです。外国語という別の色を持ってくることで、表現の仕方、リズム、歌い方が変わることがあります。たとえば日本語で歌うときとデンマーク語で歌うときだと、少し違ってくるんですよね。また、作っている最中は気づかなかったのですが、いま考えてみると、自分の両親が理解できる英語だと気恥ずかしかったりナーヴァスに感じられたりするものを、母語以外だと歌いやすい部分もあるのかもしれません。それにたとえば、ある外国語が理解できる女の子がいたとして、その相手にだけ伝わる言葉で自分を表現できる良さもあると思います。
■なるほど、興味深いお話ですね。アルバムに収録されている“スイセン”では日本語で歌ってらっしゃいますが、他の楽曲と歌い方がかなり違っていて、この曲では激しさが出ています。あなたにとって日本語は、どのような感情を表現する言語なのでしょうか?
CY:どうしてそうなったかはわからないのですが、日本語で歌った“スイセン”ははじめてわたしが叫んだ曲になりました。たぶん、アニメを見ていて「自分が架空のアニメのオープニング・テーマを歌ったらどうなるだろう」と考えたのが関係していると思います。短くて、ロックやスクリームがいっしょになっているものを想像しました。なぜそれがスイセンの花というモチーフになり、そこからナルシストというテーマになったのか(※スイセンの学名はギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する)はわからないのですが、自分がやりたかったことを詰めこんだ結果です。
■ただ、あなたの音楽は様々なタイプのサウンドがありながら、前作から基本的には心地よさは一貫していると思います。音楽において、心地いいことや気持ちを落ち着かせることはあなたにとって重要ですか?
CY:(日本語で)ゴロゴロする音楽です(笑)。
■ゴロゴロ(笑)。
CY:わたしの音楽にとって、心地いいスペースがあることは間違いなく重要です。ただ今回は、激しいとまでは言わなくとも、『Cheyenne』よりは切迫感や緊張感があるものを作ろうとは思っていました。でも結果としてはリラックスできるものになっているので、それがわたしの音楽ということなんだろうとは思います(笑)。たとえば“All They Want Is Violence”という曲ではホラー映画にインスパイアされたので怖い要素があるものを作ろうとしたのですが、結果としては落ち着いた曲になりましたね。
■なるほど。でもたしかに、そうした緊張感がアクセントになっている部分もありますよね。『Cascades,~』に関して、曲のモチベーションとなる感情はどのようなものが多かったと思いますか?
CY:感情というよりは、実験という部分が大きかったと思います。つまり、何かしらの変化を求める感情に突き動かされていたかもしれません。
本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。
■アルバム・タイトルの『Cascades, Cascading, Cascadingly』というのも変わったものになっていますが、これはどのように出てきた言葉ですか?
CY:まず「Cascades」という言葉の響きそのものが好きで、それに変化をつけてみたのですが、選びきれなくて並べたものをタイトルにしました。「Cascadingly」というのはおそらく文法的には間違っていて、検索すると使っているひとはいるんだけど、造語に近いものだと思うんですね。ただ、その連なっていくイメージがアルバムの曲の雰囲気にも合っていると感じました。
■本作はあなたのミュージシャンとしてのいろいろな側面が発揮されたアルバムだと思いますが、シンガーソングライター、プレイヤー、プロデューサーでいうと、どの側面でもっともチャレンジングだったと思いますか?
CY:ミキシングが一番苦労しました。エンジニアリングやプロダクションも含めて全部自分でやったのですが、ミキシングだけは友人といっしょにやったんです。一番楽しかったのはプロダクションですが、全部の要素をまとめるミキシングがもっともチャレンジングでした。それから、歌も大変でしたね。自分が歌っているのを聴いて、どのテイクが一番いいのか見極めるのが難しかったです。
■そんななかで、一番達成できたと感じられるのはどんなところでしょうか?
CY:アルバムのなかでは“Blue Gatorade”と“Solo yo y tú”が一番好きです。一番気に入っているのは“Blue Gatorade”なのですが、“Solo yo y tú”はプロダクションやミキシングまで全部ひとりでやった曲なので、とくに誇りに感じています。
■わかりました。また、ぜひ日本でもライヴで来てください。
CY:行くつもりです! 本当はアルゼンチンではなく日本に住みたかったのですが、手続きが大変で。でも日本語はずっと勉強してるから、近い将来に日本に住めるようになりたいです。ツアーに関してはまだ予定はないけど、実現できるよう努力します。
取材・文:木津毅(2024年10月04日)