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interview with Bibio

interview with Bibio

もっとも美しいデジャヴ

──ビビオ、インタヴュー

質問作成・文:木津毅    翻訳協力:ビートインク   Mar 31,2016 UP

Bibio
A Mineral Love

BEAT / WARP

PopsFolktronica

Tower HMV Amazon

 これはビビオのソウル・レコードである。もちろんそこは「ビビオの」という注釈を強調しておかなければならないのだが、フォークとエレクトロニカ、それにヒップホップの愛らしい出会いを演出してきたビビオことスティーヴン・ウィルキンソンの8枚めのアルバム『ア・ミネラル・ラヴ』は、甘い歌声に彩られたポップ・ソングのコレクションになっている。“タウン&カントリー”や“フィーリング”のジャズとファンク、“ウィズ・ザ・ソート・オブ・アス”のエレクトロとハウス、“セ・ラ・ヴィ”のダウンテンポ、“ガソリン&ミラーズ”のシンセ・ポップと楽曲によってスタイルは異なれど(“レン・テイルズ”、“セイント・トーマス”のようなインストのフォーク・トラックを除けば)、とくに7、80年代のブラック・ミュージックの気配が消えることはなく、そしてほとんどの曲でスムースな歌を聴くことができる。オーガニックな感触の生楽器と、よくシンコペートするメロディ。ゴティエ、オリヴィエ・セイント・ルイスといったゲスト・シンガーの貢献もあるが、何よりスティーヴン・ウィルキンソン自身のヴォーカルが線は細くも情熱的になっており、“ライト・アップ・ザ・スカイ”では近年のR&Bメール・シンガーに引けを取らないファルセットを聞かせてくれる。

 とはいえ、ビビオが紡ぎ出す牧歌的なユートピアは、音の姿を変えることはあっても、あの美しいジャケットの『ファイ』から変わることはない。それはベッドルームで見る夢と言うよりは部屋から窓の外をふと見たときの風景であり、そのままぶらりと出かけるような足取りの軽さもある。緩やかなグルーヴが持続する『ア・ミネラル・ラヴ』ではゆっくりと身体を揺らしながら、子どもの頃の記憶をたどることもできるだろう。それはカラフルでどこまでも優しくて……聴き手のなかにあるピースフルな感覚を、たとえどんなに殺伐とした気分のときにも引っ張り出そうとする。たとえばいま、春の到来に胸の高鳴りがどうしたって感じられるように。
たくさんの音楽的な記憶が小さな生き物たちのように息づき共存しているビビオの音は、さらなる甘美さを携えつつ、いまも豊かな水彩画を描いている。

イギリス人プロデューサー。2005年に〈マッシュ〉よりデビュー・アルバム『ファイ』(2005)をアルバムをリリース。その後数枚のリリースを経て〈ワープ〉に移籍し、『アンビバレンス・アヴェニュー』(2009)、『マインド・ボケ』(2011)、『シルヴァー・ウィルキンソン』(2013)をリリース。CM音楽などを幅広く手掛け、2012年にはHONDAのCM「負けるもんか」がADCグランプリを受賞。2016年に7枚めとなるアルバム『ア・ミネラル・ラヴ』を発表した。

僕は、キャッチーでメロディックな音楽、そしてグルーヴと意味、永続性をもった曲を書きたいんだ。

あなたの新作『ア・ミネラル・ラヴ』を聴いて、私がこの作品をレヴューするとすれば「これはビビオのソウル・レコードである」という一文からはじめようと思いました。こうした意見をどう思われますか?

スティーヴン・ウィルキンソン(以下SW):はは。その意見には賛成だね。でも、僕は自分がソウル・シンガーだとは思わない(そうだったらいいんだけど)。このアルバムは、確実に70年代と80年代のソウル、ファンク、そしてディスコに影響を受けているよ。

もちろん、ソウル以外にも多様な音楽性が『ア・ミネラル・ラヴ』のなかにはあるのですが、あなたのディスコグラフィのなかでもっとも(「トラック」と言うよりは)「ソング」としての体裁が整ったものだと思えたんです。制作しているとき、本作をソングブックにしたいという想いはありましたか?

SW:そうでもないね。いまの自分がソングライティングにより興味を持っているだけだと思う。僕は、キャッチーでメロディックな音楽、そしてグルーヴと意味、永続性をもった曲を書きたいんだ。それはすごくやりがいのあることで、曲作りのあいだは気が抜けないんだよ。

あなたは好きなソウルやR&Bのアーティストとしてはスティーヴィー・ワンダー、ホール&オーツ、スティーリー・ダンなどを挙げていますが、いまでもあなたが好きなソウル・ミュージックは、やはり子どもの頃に親しんだものが多いですか?

SW:いや、昔はヘビメタにハマっていたんだ。でも音楽史を学ぶと、すべてはアフリカン・アメリカン・ミュージック、とくにブルースに遡ることがわかる。15か16歳くらいの時、僕はジャズやヒップホップ、そしてサンプリングを好みはじめた。ヒップホップを聴くという経験のおかげで、ソウル・ミュージックがいかに美しいかを知ることができたと思う。16歳のときは、DJシャドウのようなアーティストたちの作品を通じて、美しくてあまり知られていないソウル・レコードの存在を知ったし、その後はディラやドゥーム、マッドリブからそれを学んだんだ。ヒップホップは、70年代からソウル・ミュージックに影響を受けているからね。

最近のヒップホップのことはあまりよく知らないんだ。多くのヒップホップがトラップ・サウンドに移行しているし、たくさんの人々が808を使っているから、音が少しつまらなくなっていると思う。

ヒップホップからの影響はあなたの音楽においてとても重要です。Jディラやマッドリブへのシンパシーを以前からあなたは表明していましたが、とくに最近のヒップホップに評価しているものはありますか?

SW:とくにないね。最近のヒップホップのことはあまりよく知らないんだ。多くのヒップホップがトラップ・サウンドに移行しているし、たくさんの人々が808を使っているから、音が少しつまらなくなっていると思う。でも、すごく印象深いアーティストが一人いるよ。トゥリーっていうシカゴのラッパーで、彼は自分の音楽を「ソウル・トラップ」と呼んでいるんだ。彼のトラックのうち数曲か好きなものがあって、そのほとんどが加工されていないアグレッシヴなサウンドなんだけど、そこには同時にメロディと感情が含まれている。僕のお気に入りのトラックは“トゥリー・シット”。あと、KNXWLEDGE(フィラデルフィアのヒップホップ・アーティスト)っていうアーティストもクールだと思う。彼はたくさん作品をリリースするから、彼のすべての作品をチェックするのはすごく大変なんだけど、彼が作る作品はたいてい気に入るんだ。

本作ではゲスト・ヴォーカルを迎えていますが、あなたが歌う曲と、ゲストが歌う曲とを分けるポイントは何でしょう?

SW:“ホヮイ・ソー・シリアス?”は、僕がインストのパートをオリヴィエ・セイント・ルイスに送ったことからはじまったんだ。本当に強い声を持った本物のソウル・シンガーに歌われることでより価値を増す曲だと思ったから、素晴らしいシンガーであり、自分のトラックに適したスタイルとトーンを作り出すことができる彼に送ることにしたんだよ。僕には彼があのトラックでやっていることはできなかったと思う。僕には、あの曲に合う声やヴォーカル・スキルが備わっていないんだ。“ザ・ウェイ・ユー・トーク”は、じつは自分の声でいくつかのヴァージョンをレコーディングしたんだよ。それはそれで悪くはなかったんだけど、ゴティエの声の方があのトラックのスタイルに合ってると思ったんだよね。

イージーリスニングという言葉は現在あまりいい意味で使われないことも多いですが、いいものもたくさんありますし、のちに与えた影響も大きいですよね。という前置きをした上での質問なのですが、あなたにはイージーリスニングと呼ばれるものからの影響はあると言えますか?

SW:僕が思う「イージーリスニング」は、中古屋やフリーマーケットで見つけるような安いレコード、もしくは自分の祖父母が聴くような音楽。その多くがかなり時代遅れでお決まりのサウンドだけど、じつは、その多くのプロダクション・クオリティやミュージシャンシップは素晴らしい。時代遅れでダサいのはメロディなんだと思う。昔のイージーリスニングのレコードには、サンプルするのにいい要素やインスピレーションを受ける部分が多少はあると思うよ。どこかで読んだんだけど、ウィリアム・バシンスキは『ディスインテグレーション・ループス』の一部をミューザック・レイディオの音楽の断片をレコーディングして作ったらしい。すでに存在している音楽をまったく違うものに変えるというアートは大好きなんだ。ヒップホップのサンプリングというアートもそのひとつだと思うね。

本作の“ホヮイ・ソー・シリアス?”という曲名にも表れていますが、あなたの音楽ではリラックスしていること、心地よいことがとても重要なのだと感じます。それはどうしてだと思いますか?

SW:おもしろい意見だね。僕自身にとっては、そのトラックはダンスしたくなるトラックなんだけど(笑)。僕の音楽にとって大切なのは、さまざまなフィーリング。暖かみがあってリラックスできる音楽をたくさん作ってはいるけど、ラウドでアフレッシヴなものもときどき作るよ。

自分がどれだけ高い声で歌えるかを試したかったんだ(笑)。“ライト・アップ・ザ・スカイ”では僕のヴォーカルがすごく前面に出ているから、ひとの前でプレイするのがすごく恥ずかしい。

ラストの“ライト・アップ・ザ・スカイ”はとてもスウィートなR&Bで、私は本作でもっとも驚かされました。この曲において、あなたのチャレンジしたいテーマはどのようなものでしたか?

SW:自分がどれだけ高い声で歌えるかを試したかったんだ(笑)。何でかはわからないけど、そうなったんだよね。計画してやったことではなかった。クラビネットのコードからはじまって、そのあとヴォーカル部分を思いついたんだ。あのトラックでは僕のヴォーカルがすごく前面に出ているから、ひとの前でプレイするのがすごく恥ずかしい。でも、いまのところみんなのリアクションはいいよ。これまでの自分の作品とはぜんぜん違ったトラックだと思う。前にもファルセットで歌ったことはあるけど、今回の歌い方はとくに高いし、より中性的なんだ。プリンスとコクトー・ツインズのコンビネーションといった感じかな。でももちろん、プリンスとエリザベス・フレイザーは僕と比べものにならないくらい素晴らしいシンガーだけどね。

その“ライト・アップ・ザ・スカイ”や“フィーリング”ではファンク・シンガー風の歌を披露されていますが、本作において「歌う」という感覚はいままでのアルバムと異なるテーマやチャレンジがあったと言えますか?

SW:自分ではそう思ってる。訓練を重ねたから、ヴォーカルを前よりもよりコントロールできるようになっているんだ。だから、今回はこれまでに試したことのないスタイルを探求することができたし、もしそれを過去に試したことがあるとしても、もっとそれを単純化することができた。ニューアルバムでは、シンガーとしての自分がより前に出ていると思う。自分でできるのかどうか確信が持てなかったことを、このアルバムで試してみたんだ。

本作では子どもの頃に観たTV番組のテーマ曲がインスピレーションになっているそうですが、どのような番組が好きな子どもでしたか?

SW:メランコリックなギターやフルートの音楽が流れる野生生物のドキュメンタリーが好きだったね。そういった感じの番組や、『ナイトライダー』みたいな番組が好きだった。でも、イギリスの番組と見た目やサウンドがぜんぜん違うアメリカのテレビ番組もたくさん見ていたよ。そのときのサウンドをなんとなく覚えていて、それをこのレコードでは参考にしたんだ。何か明確なものから影響を受けているわけではないんだけどね。あと、『セサミストリートみたいに自分が子どもの頃とくに好きではなかった番組のことも思い出してみた。自分の好みとかけ離れていて昔は好きじゃなかったんだけど、あのスタイルとクオリティからは確実にインスピレーションを受けている。いまはそういうのがYouTubeで見れるけど、70年代や80年代の『セサミストリート』では本当に素晴らしい音楽が使われているんだよ。

いま自分が子ども番組を参考にするときというのは、悲しみや喪失感、純粋さを失う感覚を曲に取り込みたいときなんだよ。

あなたの音楽にはどこか、子どものような無邪気さや明るさが感じられます。あなたはご自身の音楽を通じて、子ども時代を再訪しているような感覚を持つことはありますか?

SW:子ども時代のものに大人のテーマを乗せたものを作るのが好きなんだ。“タウン&カントリー”のようなトラックでは、70年代や80年代のアメリカのテレビ番組のようなメロディが流れるけれど、歌詞の内容は葛藤や困難、逃避に関してだったりする。自分が子どもの頃でさえ、僕はすでに悲しい音楽や映画、テレビ番組が好きだった。いま自分が子ども番組を参考にするときというのは、悲しみや喪失感、純粋さを失う感覚を曲に取り込みたいときなんだよ。もしも何か過去のものを参照したりほのめかすことで人びとの心の奥底に隠れたフィーリングに刺激を与えることができるとしたら、それはすごく大きな効果だと思う。“ラヴァーズ・カーヴィングス”のようなトラックで聴くことができるノスタルジックな感覚は、トラックが成功した主な理由のひとつだと思うし、みんなにとってあの感覚は、なぜか馴染みのあるものでありながらも耳に新しい要素なんだよ。

あるいは“セ・ラ・ヴィ”のような曲ではあなたの得意とする心地よいメロウさがあります。「セ・ラ・ヴィ」というタイトルでこのような物悲しさが出てくるのがおもしろいなと思ったのですが、あなたにとってメロウな感覚は自分にしっくりくる、居心地のいいものなのでしょうか?

SW:あまり気にかけたことはないな。もちろんあのトラックには「メロウ」以外のさまざまなフィーリングが取り込まれている。だから、僕は自分の音楽が「チル」と呼ばれることが好きではないんだ。その言葉には何の意味もないし、使われすぎていると思う。僕は、音楽を言葉で表現しようとはしない。それは無駄なことだと思うね。

『ファイ』や『アンビヴァレンス・アヴェニュー』のアートワークのイメージが大きいかもしれませんが、あなたの音楽には自然や風景を聴き手に喚起させる力があるように思います。あなた自身が『ア・ミネラル・ラヴ』から連想する風景はどのようなものがありますか?

SW:それはトラックによるよ。“フィーリング” や“タウン&カントリー” のようなトラックでは、たぶん70年代のニューヨークがイメージできると思うし、“レン・テイルズ”のようなトラックでは、イギリスの牧草地に通じる隠れた小道のような風景が想像できると思う。トラックのなかにはそれがすごく抽象的なものもあるしね。僕は都会よりも田舎を好むけど、それと同時に僕の音楽の世界はいつもファンタジーでもある。だから都会についての音楽を書くこともできるし、それは何年もずっとやってきたことでもあるんだ。でも、それは8ミリフィルムを通して見える都会。もっとノスタルジックでユートピアのような都市。僕は都会には絶対に住めないけど、観光で行くのは好きなんだよね。美しい環境は僕にとって大切なんだ。もし自分がそうでない環境にいたら、僕は不安を感じてしまう。僕は歴史がある街が好きだし、そこから何かあたたかいものを感じるような、不安定なビルが並ぶ町並みが好きなんだ。

季節はどうでしょう? 私は『ア・ミネラル・ラヴ』には夏のはじまりのイメージを感じたのですが、あなたにとってはどんな季節、あるいはどんな天気のレコードですか?

SW:このアルバムは春にリリースされるけど、春はパーフェクトなタイミングだと思うね。まあ、南半球では春じゃないけど……。南アメリカとオーストラリアのファンにとっては違ってくるけど、花が咲き出し満開になる時期にみんながこのレコードを聴いてくれるのがすごくうれしいよ。

『ファイ』はいまでもアーティストとしての自分にとってすごく大きな意味のある作品だね。

『ファイ』から10年が経ち昨年リイシューもされましたが、ご自身のなかで、当時ともっとも変わったことは何だと思いますか? あるいは、本質的には何も変わっていない?

SW:もう11年経つんだよね。信じられないよ。いまはスタジオを持っていてるけど、『ファイ』を書いていたときのほとんどは、マイク、サンプラー、テープレコーダー、ミニディスクレコーダー、そしてG3 iMacを使っていた。でもいまは前よりも音楽プロダクションの知識があるし、歌にも自信が持てるようになっていると思う。でも、いまでも『ファイ』のようなサウンドを作ろうとするときもあるし、いつかそれをリリースするつもりだよ。『ファイ』の制作は、僕にとって本当に特別な経験だった。当時自分がどのようにして音楽にアプローチしていたか、自分が何からインスピレーションを受けていたかをいまでもよく振り返るんだ。僕はぐんと前進したし、いまはたくさんの「ポップ・ソング」を作ってはいるけど、『ファイ』はいまでもアーティストとしての自分にとってすごく大きな意味のある作品だね。

ビビオの音楽を聴いていると、私がいつも感じるのは「まぎれもなく人が作ったものである」ということです。手作りのものだと感じるのです。そのような、人の手が入った質感というのはあなたにとって重要なことですか?

SW:そうだね。僕はマシンも好きだけど、ひとの手から作られたもののほうが、サウンドが豊かになると思う。当時おそらく未来的であることとエレクトロニックであることを意識して作られていたであろう80年代のブギー・ミュージックを聴いていると、すごく豪華な質感を感じることができる。なぜかというと、それは経験を積んだミュージシャンたちによって楽器が演奏されているからなんだ。多くのモダン・ミュージックがコンピュータによって作られているし、それは効果的なアプローチだとは思うけど、僕はそれに加えて何か人間味を感じられる音楽を聴きたいと思う。自分の手を使って物理的にプレイすれば、ドラムマシンのパターンやシンセのメロディにグルーヴやフィーリングを取り込みやすくなるんだ。だから、たまにドラム・パターンを口を使って作ってみたり、それをさらに複雑にするために物を動かしてみたりする。本物の電子ピアノの音、本物のベースギターの音、本物のサックスの音なんかも大好きだね。そういったサウンドはソフトウェア・ヴァージョンよりも変化しやすいし、深みがある。それに、それを自分の手でプレイすることで、いい意味での不完全さが生まれる。それが、サウンドに手作り感を与えるんだよ。

質問作成・文:木津毅(2016年3月31日)

Profile

木津 毅木津 毅/Tsuyoshi Kizu
ライター。1984年大阪生まれ。2011年web版ele-kingで執筆活動を始め、以降、各メディアに音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心に寄稿している。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)、編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(ele-king books)がある。

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