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完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ

第一回:イギリス人は悪ノリがお好き(日本人はもっと好き)

三田 格 Oct 21,2024 UP

シビル・ウォー アメリカ最後の日

監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、スティーヴン・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー
原題:CIVIL WAR
製作国:アメリカ・イギリス
A24/2024年製作/109分/PG12/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
10月4日(金)TOHOシネマズ日比谷 ほか全国公開

 近未来のアメリカで内戦が勃発するという戦争ファンタジー。3年前に起きた国会議事堂襲撃は確かに内乱の予感を孕んでいた。議事堂を埋め尽くす人々を見上げるように撮ったショットも南北戦争のひとコマとダブって見えた。だとすれば暴力的な方向に想像力を広げるという悪ノリはありなのだろう。アメリカが自壊するというファンタジーは世界的にも需要が高そうだし、オリヴァー・ストーンあたりが監督を務めれば内省の質も高くなり、別次元の面白さが期待できたと思う。アレックス・ガーランド監督による『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、しかし、19の州が連邦政府から離脱し、WFと呼ばれる反乱軍として政府軍に武力攻撃を仕掛けるところから話は始まっているものの、離脱した19の州には民主党の支持母体とされるカリフォルニア州と共和党の屋台骨であるテキサス州が両方とも参加していて内戦の主体が共和党と民主党の対立に基づくものではないことが前提となっている(南北戦争は英語だとCIVIL WARなので、南部連合の再現という可能性もなくはないものの、そうした説明はなかった)。つまり、現実の政治状況とはかなりかけ離れた世界が想定されていて、誰と誰がなんのために戦っているのか、その理由は最後まで明らかにされない。アメリカのような文明国家で内戦が起きているのにその理由が示されないというのはさすがにどうなんだろうと思うし、「国会議事堂襲撃事件」に少なからずの衝撃を覚えた者としてはやはりそこを省略するのは違うと感じたことは否めない。途中で差し挟まれる人種問題もイレギュラーな事態だと取れる説明があり、内戦の本質ではなく、便乗という扱いだった。そう、民主党と共和党の対立という構図を避けてしまったために『シビル・ウォー』は現実と向き合った作品ではなく、むしろアメリカの現状を無視した作品に見えてしまった。思想よりも暴力や戦争に関心があるという人はそれでもいいんだろうけれど、だったら『ダンケルク』でも繰り返し観ればいいのでは? 結論から先に言ってしまえば、『シビル・ウォー』はガーランド監督の母国であるイギリスがアメリカを途上国のひとつに成り下がったと見下す作品であり、ヴィクトリア朝の精神がいまだイギリスでは健在なんだなということがわかる作品だった。

 アレックス・ガーランドは96年に小説『ザ・ビーチ』でデビューし、脚本家としてダニー・ボイルと組んでからは映画業界に軸足を移したイギリスのマルチ・タレント。ショッキングな題材を好み、作品のほとんどはB級で、『シビル・ウォー』の監督がガーランドだとわかった時は「目端の効くやつだな」という感想が最初に湧き出てきた。本編はキルステン・ダンストらによって演じられるジャーナリストたちがスーサイド“Rocket USA”に乗って車を発進させるところから本題に入っていく(以後、戦闘シーンにデ・ラ・ソウル“Say No Go”などBGMはどうもピンと来ないものが多かった)。ストーリーのほとんどは彼らがワシントンへと向かうロード・ムーヴィーとして費やされ、一行は道中で様々なアメリカ人と出会う。その多くはエゴを剥き出した市民たちであり、アメリカ人がどれだけ市民として下等なのかということが逐一印象づけられる。彼らはいわば未開の風景のなかを旅して行くのである。ダニー・ボイルがレイヴ・カルチャーと重ね合わせて映画化した前述の『ザ・ビーチ』は、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公が冒頭でタイのホテルに泊まる際、『地獄の黙示録』から短いシークエンスを2回ほどインサートしていて、それはその後の旅で主人公が味わう苦難を先取りしたイメージとなっている。西欧人が未開のパラダイスを求めてアジアなどにやってきて、先に乗り込んでいた西欧人と対立するという図式は『地獄の黙示録』も『ザ・ビーチ』も『シビル・ウォー』もまったく同じ。要するにジョぜフ・コンラッドが『闇の奥』(1899)で提起した主題が踏襲され、さらにいえばガーランド監督による『エクス・マキナ』も『MEN 同じ顔の男たち』も遠くに出掛けて行って怖い目に会うという展開はやはり同じ感覚から発生しているといえる。大袈裟にいえばイギリス人にとってホーム以外はどこもかしこも未開で恐ろしい場所だという感覚があり、その感受性は『ガリヴァー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』といったグランド・ツーリズムの時代から何も変わっていないとすら思えてくる。『シビル・ウォー』の冒頭でアメリカの大統領が傍若無人に振る舞い、南米の独裁者のように認識される時点でこうした投影は始まっていた。ザ・ザが“Heartland”で「This is the 51st state of the USA(イギリスはアメリカの51番目の州)」と歌っていた現状認識とは真逆の精神性に裏打ちされている。

 そのように考えていくと、カリフォルニア州とテキサス州を含むWFというのは実はイギリス軍というキャラクターを背負っていたと僕には思えてくる。『シビル・ウォー』が描いているのはアメリカの内戦ではなく、独裁者に支配され、途上国と変わらなくなったアメリカにイギリス軍が攻め入り、ワシントンを陥落させるという近未来ファンタジーではないのか。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊船として描かれていたのは実際の歴史ではイギリス軍のことであり、イギリスの侵略マインドは相当に根が深く、ヴィクトリア朝時代のイギリスが19世紀にアフリカでどれだけの部族を根絶やしにしたことか。イギリスはジェノサイドの実行数では他の国家を圧倒的に引き離し、インド人がいまだにチャーチルを許さないという感情にも歴史の実像が反映されている。イラク戦争の時にも明らかにイギリスはアメリカを追随する存在だったのに、まるでアメリカと同等か、むしろアメリカを従えているかのような発言には違和感があり、昨年、イスラエルがパレスティナへの攻撃を始めた際にもアメリカとイギリスは瞬時にしてパレスティナの沖合に戦艦を派遣している。インドネシアが同じくパレスティナ沖合に医療船を派遣してけが人の治療にあたっているのとは対照的に、ただ単に戦艦を停泊させているのはなぜなんだろう(イギリス国内で強い影響力を持つユダヤ・マネーに気を使っているということなのか?)。いずれにしろワシントンはWFによって陥落させられ、イギリス軍の残酷さは『シビル・ウォー』のラスト・シーンに集約されている。ジャーナリストたちを主役にしているので、それは1枚のスナップ写真として示され、戦争の喜びと高揚感をこれでもかと表すものになっている。悪ノリに導かれたある種の本質といえるだろう。

 ちなみにアメリカの歴史が変わる瞬間を捉えた作品としては2年前に公開されたジェームズ・グレイ監督『アルマゲドン・タイム』がとてもよくできていて、ザ・クラッシュがカヴァーした“Armageddon Time”を階級闘争ではなくレーガンを支持した再生派キリスト教徒の終末意識と重ね合わせて表現した同作は政治的な知識がないと人種の差を意識した青春ものといった内容でしかないけれど、ドナルド・トランプの父が財政を牛耳る高校でトランプの姉が行うスピーチやユダヤ教徒が再生派に対して覚える絶望感など、宗教が政治を動かす様がよくわかり、政治的な文脈を理解できる人たちにはなにがしかの戦慄を覚える内容になっていた。いわゆるボーン・アゲインやエヴァンジェリストがレーガンを動かした経緯に詳しくない方はグレース・ハルセル著『核戦争を待望する人々』を読んでから観ることをお勧めします。(2024年10月5日記)

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