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バーニング 劇場版

バーニング 劇場版

監督:イ・チャンドン『シークレット・サンシャイン』
原作:村上春樹「蛍・納屋を焼く・その他の短編」(新潮文庫)
出演:ユ・アイン『ベテラン』 スティーブン・ユァン「ウォーキング・デッド」シリーズ チョン・ジョンソ
2018年/韓国/カラー/148分/シネスコ/5.1chデジタル/日本語字幕:根本理恵/国際共同制作 NHK/配給:ツイン
©2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved
2月1日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

三田格 Dec 26,2018 UP

 この12月まで日本テレビ系『獣になれない私たち』でエキセントリックなファッション・デザイナー、呉羽を演じていた菊地凛子はなかなかハマリ役だったと思うものの、このまま日本のTV業界でイロモノ路線が定着しないことを祈りたいところ。菊地凛子といえば、やはり映画『ノルウェイの森』がいまだベストで、村上春樹の原作から言語をどのように使うかというファクターをすべて取り除いても、なお作品として成立させていたところがトラン・アン・ユン監督は恐るべし才能であった。そして、日本人には絶対に映画化させないということなのか、『ノルウェイの森』から9年ぶりとなる村上作品の映画化は短編小説の『納屋を焼く』を大胆に翻案した『バーニング』となった。監督は韓国のイ・チャンドン。キム・ギドクらと共に日本では早くから評価の高い監督で、民主化運動の中心となってきた元・教師である。映画界に進出して2作目となる『ペパーミント・キャンディ』がすぐにも熱狂的なファン層を生み出したとされ、この作品も『タクシー運転手』同様、時代背景には光州事件が横たわっている。以後も社会問題を射程から外すことはなく、民衆の視点に立ったハードな作品作りが続き、それこそ村上春樹とどこに接点があるのかというタイプで、結論から言うとストーリーの骨格は確かに『納屋を焼く』と同じだけれど、主題もジャンルも時代も醍醐味もすべてがまったくの別物だと考えたほうがいい。あるいはどうとでも解釈できる『納屋を焼く』からイ・チャンドンなりの「読み」を導き出し、好き勝手に脚色した「流用」とでもいうか。

 この作品を紹介する時に、宣伝も含めてほとんどの文章がミステリーとして紹介している。しかし、それはすでにネタバレを意味していて、僕も、だから、どこがミステリーなんだろうと思って観続けてしまった。そのせいもあって僕は『バーニング』は『納屋を焼く』よりも『太陽がいっぱい』に近い作品としか思えなくなってしまった。アンソニー・ミンゲラは1999年に『太陽がいっぱい』をリメイクし、『リプリー』と題してLGBT映画に変換した際、主人公たちの動きに「理由」を付け加えるという作業を行なった。『太陽がいっぱい』が公開された1965年には説明しなくてもわかることだったのだろう。しかし、『リプリー』が作られる頃には、主人公たちがどうしてそのような行動に出たのかということがさっぱり伝わらない映画になっていたのである。ミンゲラは、だから独自の「理由」を付与し、ある意味で、それ以上の解釈を許さない作品にしてしまった。『納屋を焼く』と『バーニング』はその図式をそのまま踏襲するものではない。ただし、『納屋を焼く』で作家とされている設定は農家に置き換えられ、「まるでギャツビイ」みたいだとされる貿易商が見せる羽振りの良さは原作とは大きくかけ離れた規模で展開される。当たり前のことだけれど、『納屋を焼く』が『バーニング』に置き換えられる際、それは韓国で広がる格差社会を背景に持つ作品となり、原作にはない緊張感が全体を支配することとなった。『バーニング』はカンヌでも大本命とされ(読売新聞などは確かそういう風に予想していた)、『万引き家族』よりも批評家が点けた点数は高かった。しかし、賞を取れなかったどころか、韓国では50万人ほどの集客で早々と打ち切りになり、その理由として多く挙げられているのは「あまりにも辛い現実を直視したくなかったから」ということになっている。当たっているかどうかはともかく、とにかくそのように受け止められている。

『納屋を焼く』は主人公が気になっていた女性に男の恋人ができ、二人がどうなったのかと気になっていたところで男とは再会するけれど、女性の行方はわからないというだけの話である(文庫版で30ページ)。「マリファナ」を吸ったり、「放火」を楽しむという反道徳性が平凡な作家の日常をひっくり返してしまうわけでもないし、気に入っていた女性が自分とは違う世界に惹かれていったという喪失感を印象付けるだけともいえる。例によって感情の揺れもなければ、そうした世界の構造のようなものに何かを仕掛けるわけでもない。イ・チャンドンは原作にはないセックス・シーンやマスターベーションを過剰に盛り込み、それが村上作品らしさの演出にもなり、感情表現とも重ね合わされている。主人公が置かれている位置は原作とはまったく違っていて、父親が裁判中であるとか、現実の韓国経済を反映して失業率が高いという報道が流れていたりと、ある種の焦燥感に常に苛まれている。原作とは違って主人公は引きこもるか動かざるを得ない精神状態にあり、そのようなディテールに詰め寄られていくプロセスが映画版の趣向を決定づけている。気になったのは彼女の旅行先で、『納屋を焼く』ではアルジェリア(イスラム圏)に設定されていたものが、『バーニング』ではケニア(キリスト教圏)に変更されていたことである。村上春樹にとってアルジェリアが何を意味するのかはわからないけれど、韓国はいまやアメリカ以上にメガ・チャーチの本場とされるほどキリスト教への改宗が進み、アルジェリアよりもケニアの方が精神的な救済度を旅の効果に加えることができるという意図があったのではないかと。また、ケニアでは既得権益を巡って世代間闘争が激化し、選挙戦のさなかに殺人まで起きていたので、韓国の世情ともオーヴァーラップする部分があったのかもしれない。いずれにしろ『シークレット・サンシャイン』で新興宗教という題材に挑んだイ・チャンドンならではの「変更」だったのだろう。

 身体障害者を題材にした『オアシス』ではルイス・ブニュエルそのままの演出で希望へと導いていたイ・チャンドンも最近のキム・ギドク同様、非常に絶望的なヴィジョンを描かざるを得ない現実がこのところの韓国には存在する。そのことは確か。それこそナッツ姫のような富裕層に対して抱いている感情が凝縮して押し寄せるラスト・シーンで、この作品が一気にミステリーに切り替わる瞬間はやはり言葉もない。あるいはそれが現実の世界で起きる予言のようなものになってしまうのではないかという危惧を抱いて、この作品の余韻としたい。なお、劇場版の公開は2月1日ですが、短くまとめたドラマ版がNHK総合で29日夜10時から放送予定です(セックス・シーンはないと思いますが)。

NHK特集ドラマ『バーニング』
https://www4.nhk.or.jp/P5336/

三田格