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THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本

THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本

ブレイディみかこ

太田出版

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栗原康   Sep 17,2016 UP

貧乏人は日本をほろぼす

 まいった。あいもかわらず、カネがない。さいきん、たくさん文章を書かせていただいたおかげで、年収が200万になり、やばいオレ、ブルジョアかもしれないとおもっていたのだが、ぜんぜんそうではなかった。この年収になると、急に税金があがって、所得税だの、住民税だのを、50万くらいとられるのだ。それに国民年金や国民健康保険をあわせると、80万、90万くらいぶんどられたことになる。収奪だ。けっきょく、手元にのこるのは、100万ちょい。しょうじき、年収100万で親の扶養にはいっていたほうが、生活的にはだんぜんらくだった気がする。はたらけど、はたらけど、カネはなし。こりゃもう、はたらけない。
 というかこれ、わたしがまだ実家暮らしだからいいものの、都内で一人暮らしだったら、死ぬレベルなんじゃないだろうか。やったぜ、金持ちになったとおもって、一日三食ちゃんと食べたり、本を借りるんじゃなくて買ったりしていたら、年明けになって、とつぜん借金みたいに多額の税をとりたてられるのである。地獄だ。いつの時代も、国家というのは、やることなすこと殺人的である。はたらけ、はたらけ、カネ稼げ、とにかく税を支払うために。人間が数字にしかみえていない。だから、国家はカネをぶんどることで、そのひとの生活がどうなるかなんておかまいなしだ。そして体をこわしたり、仕事をクビになったりして、支払い能力がなくなったら、税金ドロボウとかなんとかいって、ダメあつかいする。ほんとうは、なんの同意もしていないのに。強制的にカネをぶんどられるほうがおかしいのに。ドロボウはおまえだ、日本死ね。
 ちょっと長々と、自分のうさをはらすようなことを書いてしまったが、それは本書で、ブレイディみかこさんがいっていることと、おなじだとおもったからだ。ブレイディさんは、イギリス在住の保育士。この間、ライターの仕事を精力的にやっていて、書いている内容は、音楽、芸能ネタから、海外の政治情勢まで、とても幅広い。さいきんだと『ヨーロッパ・コーリング』(岩波書店)という著作が出版されていて、この本に所収されている「Yahoo!ニュース」の記事なんかが、たくさん読まれているんじゃないかとおもう。でも、なによりすばらしいのは文章そのものだ。ブレイディさんは大のパンク好き。心はアナキストということもあって、たとえば、ヨーロッパの政治情勢にふれて、左派政権に貧困の解決を期待するみたいなことが書いてあったとしても、そのことばのふしぶしに、政権がいいかげんなことをやったら、庶民がだまっちゃいないぞ、ぶちかましてやるぜというおもいが伝わってくる。そういう心意気にあふれた文章なのだ。ぜひ、インターネットでも読めるので、まずはいちど文章をみてもらえたらとおもう。ぞっこんだ。
 さて、本書はブレイディさんの日本滞在記である。今年の年明け、日本にやってきて、労働組合のストライキから、反安保法制のデモ、反貧困の集会、ホームレス支援の現場まで、いろんなところをまわっている。そのレポートだ。まず前半、ブレイディさんはフリーター全般労組の人たちと、キャバクラユニオンのストライキ支援にいく。キャバクラではたらくお姉さんの待遇改善を訴えにいったのだが、現場はもうど緊張だったそうだ。なにせ、黒服の男性従業員たちが、「敵が来たら、全員でぶっ潰す」つもりでかかってくるのだから。でも、ブレイディさんがほんとうにびっくりしたのは、そのおっかなそうなお兄さんたちじゃない。そうじゃなくて、おなじようにひどい条件ではたらかされている客引きのお姉さんが、味方をするどころか、敵意をむきだしにして食ってかかってきたことであった。そのお姉さんは、こちらにむかってずっとこうさけんでいたそうだ。「はたらけ! はたらけ!」。しみることばだ。
 そのことばをきいて、ブレイディさんは考える。なんで、そんなことを言われるのだろう。イギリスだったら、貧乏人は貧乏人の味方をしてくれるのがあたりまえなのにと。で、ブレイディさんがおもったのは、一億総中流主義が問題なんじゃないかということだ。みんながみんな、自分は中流だとおもっている、それが問題なんだと。ちなみに、ここでブレイディさんが言っている中流というのは、高度成長のときのような、終身雇用が保障されていて、マイカー、マイホームをもっている人たちのことではない。そうではなくて、自分よりも下の人たちがいる、もっと貧しい人たちがいる、だから自分はまだマシなほうなんだ、めぐまれているんだとおもってしまうということだ。それなのに、自分の待遇がわるいとかいって、会社にやいやいと文句をいってくるのは筋ちがいなんじゃないのか、あまえてんじゃないよ、はたらけと。客引きのお姉さんが、敵意をむきだしにしてきたのは、そういうことなんじゃないかというのである。
 じゃあ、その中流主義の根っこにはなにがあるのか。本の後半、ブレイディさんは、ホームレス支援の現場にいったりするのだが、そのなかでおもったのは、人間が支払い能力ではかりにかけられていること自体が問題なんだということだ。たくさん稼いで、たくさん買うことができるかどうか、あるいはたくさん借りてたくさん返すことができるかどうか。マイホームをたてるために、35年ローンをくむとか。そういうことができるひとが立派だといわれて、それができなかったり、かんぜんにドロップアウトしてしまうと、おまえは人間失格だ、ダメなやつなんだといってディスられる。すげえブラックな仕事でも歯をくいしばってはたらいている連中がいるんだから、自分もなんとしてでも支払い能力を維持しなくちゃいけない。みんなそうおもっているのに、ホームレスになったり、労働組合にたよったりするのは、あまえなんだ、世のなかにものもうしたければ、まともに稼いでから言えよと。ゼニだ、ゼニだと、損か得かで日が暮れてゆく。
 ようするにこれ、国家が徴税のために、わたしたちを数字とみなしているのとおなじことだ。それで、ひとがどんなにつらいおもいをしたのかとか、どうして支払えなかったのかとか、そんなことはおかまいなしだ。カネをとれればいいのである。しかも、そうおもっているのは、お上ばかりじゃない。みんなが上から目線でこう言ってくる。税金をはらうのはあたりまえ。それができなきゃドロボウだ。おまえらみたいのがいるから、国の借金が増えるんだと。奴隷のくせして、主人のマネごと。はたらけ、買うために。はたらけ、返すために。はらえ、はらえ、はらえ。それが中流主義ということだ。どうしたらいいか。ブレイディさんは、まずは自分が貧乏であることを恥ずかしがらない、というところからはじめようと言っている。貧乏にひらきなおれ、カネじゃ買えねえものもある。カネなし、さきなし、こわいものなし。どうせおさき真っ暗ならば、どんなことでもやれるはずだ。闘争に花束を。中流に石つぶてを。いくらでもやれることはある。たとえば、いま金持ちだけがタックスヘイブンだのなんだのといっているが、もともと徴税逃れというのは貧乏人の得意技であった。逃散だ。そろそろ、人間を数字ではかるのはやめにしよう。群れるな、バラけろ、トンズラだ。貧乏人は日本をほろぼす。

栗原康