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スペシャル・ゲストDJ (ウオン)主宰〈Experiences Ltd.〉がリリースする2020年最後の新作がログの『LOG ET3RNAL』である。ミニマムかつ優美なサウンドを聴かせるこのアルバムは、2020年の最後を飾るアンビエント・ミュージックに相応しい作品だ。
ログとは何か。その正体は、アメリカはフィラデルフィアを拠点とするアンビエント・アーティストのウラ・ストラウスことウラとロシア出身でベルリンを拠点とするペリラ(Sasha Zakharenko)のユニットだ。ちなみにペリラは元 Berlin Community Radio のデザイナー/プログラマーで、ロシアのオンライン・プラットフォーム「Radio.syg.ma」を共同主宰も務めているという。
この数年(つまり10年代末期から20年代初頭にかけて、だが)、新しいアンビエント音楽の動きが世界中で小規模ながらも目立ってきている。それらはヴェイパーウェイヴやニューエイジ・リヴァイヴァル以降の音でありながらも音響の空間性や緻密さについては、00年代の電子音響、ミニマル・ダブ、10年代のアンビエント/ドローンなどを継承し、それらをモダン化したようなサウンドを展開している点が特徴的である。サウンド・アート的な音響とASMR的な音の快楽性と瞑想的なサウンドがミックスされているとでもいうべきか。
その中にあってウラとペリラの活動は注目すべきものがある。ウラは現代のカルト・アンビエント・アーティストとしてマニアから注目を浴びている人物だ。2017年あたりからリリース活動をはじめたウラは、フエアコ・エスが主宰する〈West Mineral〉からポンティアック・ストリーター(Pontiac Streator)との共作『Chat』(2018)と『11 Items』(2019)をリリースしてアンビエント・マニアの注目を集めた。くわえて2019年にはニューヨークのアンビエント・レーベル〈Quiet Time Tapes〉からソロ・アルバム『Big Room』を送り出した。これはニューエイジとアンビエントの中間で煌くような秀逸なアンビエント作品だった。
そして2020年初頭には 〈Experiences Ltd.〉からウラ名義で『Tumbling Towards A Wall』をリリースした。やわらかさと緻密さがまるで微生物のように生成していくような見事なアンビエント作品で、個人的にも今年愛聴したアルバムだ。アンビエント的なトラックだけではなく、ミニマル・ダブ的なトラックも収録されており、形式ではなくサウンド全体としてのアンビエンスを追及している点にも好感を持った。ニューエイジを経由しつつも、エレクトロニカ、ミニマル・ダブ、アンビエント・ドローンの豊穣な音響を継承するアルバムであったのだ。私見ではウラのコラボレーションやソロ作品含めて、いちばんの出来栄えの作品と思っている。
対してペリラはマンチェスターの新鋭アンビエント・レーベル〈Sferic〉から2019年にポエトリーリーディングとASMR的な細やかで親密な音響空間が折り重なるアルバム『Irer Dent』をリリースしている。ちなみに〈Sferic〉は新しいアンビエント音楽を考えるうえで非常に重要なレーベルで、2020年はロメオ・ポワティエ『Hotel Nota』やジェイク・ミュアー『The Hum Of Your Veiled Voice』などの傑作アンビエント・アルバムをリリースしている注目すべきアンビエント・レーベルである。
2020年のペリラはスペインはバルセロナのミニマル音響レーベル〈Paralaxe Editions〉から『META DOOR L』、 〈Boomkat Editions〉から『Everything Is Already There』などをリリースした。どれもミニマムな音響と細やかな音響の粒が交錯する見事な作品ばかりだ。
『LOG ET3RNAL』はまさにそんな2020年的な新しいアンビエント・アーティストであるふたりによる待望かつ決定的な共作アルバムである(とはいえ LOG 名義を名乗る以前に2020年6月にはペリラ・アンド・ウラ名義で『Silence Box 1』もリリースしていることも付けくわえておきたい。この共作からユニットという流れのなかで二人のサウンドが熟成されていったのだろうから)。
じっさい本作『LOG ET3RNAL』のサウンドはとても洗練されたものだ。ふたりの個性が溶け合い、ひとつのアンビエント・サウンドを生み出している。アルバムには “LOG 1” から “LOG 11” までミニマルなタイトルが名付けられた全11曲が収録されている。サウンドにはほのかにタブな響きがあり、聴き込んでいくと深く沈み込んでいくような感覚すら得ることができる。
だが単に心地良い音だけを追求しているわけではない。“LOG 1” と “LOG 2” ではやや耳に痛い硬めの音が鳴る。最初はアンビエント的な心地良さとは違うこの音に驚くはずだ。しかし続く “LOG 3” と “LOG 4” では一転して深く沈み込んでいくような濃厚な安息を感じさせるアンビエンスを展開する。ミニマルにして残響的な音響交錯は微かにダブのムードも感じさせる。ウラのダビーな感覚とペリラのサウンド・アート的なサウンドが混然一体となり聴き手を音響の深海へと誘うようなトラックだ。
アルバムは、“LOG 6” のささやかれる声の絶妙なASMR的効果、“LOG 8” の硬質な音とノイズの静かなアンサンブル、“LOG 9” の断片的なピアノの音とベースなどをアクセントとしつつ、“LOG 11” のレコード針のたてるようなノイズとドローンが交錯する光のカーテンのような美しいサウンドで幕を閉じることになる。
全11曲、 聴き進めていくにつれ、硬質な音と霧のようなアンビエンスの音と細やかな電子音が見事に共存していく。そしてふたりがいかに音に対して鋭敏な感覚を持っているのかも分かってくる。つまり過去のアンビエント作品とは違う色彩=音色を用いながらも、聴き手をいつしか音の海へと耽溺させるような聴取体験へと誘う音響になっているのだ。
顕微鏡で拡大したようなミニマルな音響をコラージュしつつ、アンビエント・ミュージックに落とし込んでいく手腕はただ見事というほかない。近年の映画音楽的といえるどこかドラマチックなドローン作品とは違い、アルバムを通してミニマルアートのようにサウンドが生まれて変化をしていくわけだ。
これはログだけの特徴ではない。先にあげたロメオ・ポワティエ、ジェイク・ミュアーらのアルバムと並び、ミニマル+コラージュ+レイヤーによる新しいアンビエント音楽を象徴するサウンドに共通した傾向でもある。
これらのアンビエント音楽は明るくもなく、暗くもないという独特の質感が共通しているように思える。まるで時代の空気の中を浮遊するような感覚があるとでもいうべきか。このような新しいアンビエント音楽の流れが2021年以降、どのように広がっていくのだろうか。そう、アンビエントのサウンドスケープはいまだ変化を続けているのだ。
デンシノオト