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Roméo Poirier

Ambient

Roméo Poirier

Hotel Nota

Sferic

デンシノオト   Nov 12,2020 UP

 2016年にロンドンのアンビエント・レーベル〈Kit Records〉からリリースされたフランス人電子音楽家のロメオ・ポワリエの『Plage Arrière』は、ギリシャの島々をモチーフにした美しいエレクトロニカ・アンビエントであった。瀟洒にして心地良いサウンドに虜になったリスナーも多かったのではないかとおもう。
 ポワリエはバンドやユニットのメンバーとしてはいくつもアルバムをリリースしているがソロ作品としては『Plage Arrière』が最初のリリースだった。ちなみに〈Kit Records〉は、ロンドンのNTSラジオでの放送からはじまったレーベルで、ハーピストのメアリー・ラティモアのように広く知られる音楽家のアルバムもリリースしているものの、多くの知られざる音楽家の良質な作品を送り出してきた信頼のおけるレーベルである。
 2019年には Robert Merlak のリリースで知られるUKのレーベル〈SWIMS〉から『Plage Arrière』がヴァイナル・リイシューされた。このリリースで『Plage Arrière』を知ったエレクトロニカ・マニアも多いのではないか。同年、ポワリエは詩人・作家ラース・ハーガ・ラーヴァンド(Lars Haga Raavand)と電子音とスポークン・ワードを組み合わせたアルバム『Kystwerk』を〈Kit Records〉からリリースしている。

 さて2020年、ロメオ・ポワリエは新作『Hotel Nota』をマンチェスターのアンビエント・レーベル〈Sferic〉からリリースした。この『Hotel Nota』もまた『Plage Arrière』と同様にノスタルジックでエキゾチックなムードが濃厚なサウンドに仕上がっていた。ドローン主体のアンビエントというより、いくつもの電子音がレイヤーされるエレクトロニカとして実にブリリアントかつエレガントな仕上がりだ。微かなダブ処理も耳を心地良く刺激し、音の旅へと誘うような感覚を生みだしている。ヤン・イェリネックのミニマルな電子音楽や、アンドリュー・パーカーの『Tristes Tropiques』や『Sounds From Phantom Islands』などのエキゾチックな電子音楽を思わせもすると書くと分かりやすいだろう。そしてマスタリングを手掛けているのはアンビエント名匠のステファン・マシューだ。素晴らしいアートワークともに「エレクロトロニカ名盤」の貫禄をすでに漂わせているとは言いすぎか。

 アルバムには全11曲が収録されている。どの曲も旅先のポストカートを想起させてくれるエレクトロニカ・トラックである。1曲め “Thalassocratie” から明白だが、単に耳触りの良い透明な音というわけではなく、どこかゴツゴツとした、しかしオーガニックな音によって構成されている。その音の質感はどこか1950年代、1960年代モノクロームのイタリア映画やフランス映画のようにノスタルジックな叙情を感じさせてもくれる(アンドリュー・パーカーの近作を少し思わせもする)。6曲め “Hotel Nota”、7曲め “Pénombre” で展開される遠くから聴こえてくるかのごとき音響設計も素晴らしい。アルバムの到達点ともいえる曲は9曲め “Ekphrasis” と10曲め “Raccordement” だろう。ミニマルなフレーズと微かなノイズが、まるで波の満ち引きのように展開していく。
 そう、『Hotel Nota』はまるで夏の記憶へと遡行するようなエレクトロニカ・アルバムなのである。この深い安息の感覚はロメオ・ポワリエの夏/海の記憶と濃厚に結びついているのだろう(彼は写真家でもありライフガードでもあるという)。音が鳴るたびに深まるノスタルジアの純度。フェネスの『エンドレス・サマー』以降、さまざまなエレクトロニカが追求してきた「永遠の夏」がここにもある。

デンシノオト