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Kassel Jaeger

Experimental

Kassel Jaeger

Swamps / Things

Shelter Press

Bandcamp

デンシノオト   Jul 21,2020 UP
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 パリを拠点とするカッセル・イェーガー=フランソワ・J・ボネは、2010年以降、〈Senufo Editions〉、〈Editions Mego〉、〈Unfathomles〉などの名だたるエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルからアルバムをリリースしつつ、ジム・オルークオーレン・アンバーチステファン・マシューアキラ・ラブレースティーヴン・オマリーなどのアーティストと精力的なコラボレーションもおこなう気鋭のサウンド・アーティストである。フランソワ・J・ボネはフランスはGRMのサウンド・エンジニアとしても活躍し、〈Recollection GRM〉のディレクション、ジム・オルークの『Shutting Down Here』をリリースした新レーベル〈Portraits GRM〉なども運営をしており、いわば「いま」の時代にGRMの魅力を伝える伝道師のような役割を担っている。つまりは現代の電子音響/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンにおけるキーパーソンともいえる人物だ。

 そんなカッセル・イェーガーがモダン・エクスペリメンタル・ミュージック・シーンを代表するフランスのレーベル〈Shelter Press〉(http://shelter-press.com/)からソロ・アルバム『Swamps / Things』をリリースした。「沼/物事」と名付けられたこのアルバムは「言葉(テキスト)のみのオペラ」として構想され、彼の少年時代のお気に入りの場所であった永遠に続くかのような霧と清らかな水に満ちた「沼地」の記憶に基づいて制作されたという。じじつ、アルバムのそこかしこに「水」のサウンド/モチーフが繰り返し鳴っている。

 土、水、空気、そして霧。それらは土地と歴史のサイクルを表象している。いわば幼年期に見た不吉にして、しかし静謐で穏やかな場所である「沼」という灰色の記憶と、それへの親しみ、といったところか。2017年に〈editions Mego〉よりリリースした傑作『Aster』より本作のサウンドは丸みを帯び、環境録音や電子音、ミニマルな旋律らと渾然一体となって融合していく。一聴すると『Aster』のサウンドより刺激が少なく、つかみどころない、いわゆる地味な音に聴こえてしまうかもしれないが、しかし不思議と耳に残る音だ。繰り返し聴くと一音一音が非常に存在感を放ち、磨き抜かれた音であることがわかってくる。まるでサウンドアート/ドローンを基点しつつ、さまざまな音楽的な要素を重ね合わせた総合音楽作品のようなのだ(本作が「オペラ」である所以はそこにあるのかもしれない)。その意味で古いレコードからのサウンドコラージュとドローン、環境音、電子音な幽玄にミックスされるステファン・マシュー、アキラ・ラブレーとの共作『Zauberberg』と近い作風ともいえるだろう。『Zauberberg』は〈Shelter Press〉から2016年にリリースされた名作だ。

 本作『Swamps / Things』には全8曲が収められ、現代音楽的な弦の響きやミニマルなギターの音、ロマン派序曲を引き伸ばしたような電子音的弦楽などヴァリエーション豊かな曲/サウンドを展開している。彼の作品の中ではもっとも音楽的な要素が多いように聴こえるが、それら音楽的な要素はほかのサウンドと同様に音響作品としての本作を形成するひとつのマテリアルになっている。そしてそれらの音たちは、イェーガーの記憶と濃密かつ密接に繋がっているのだ。いわば物質と記憶の統合と融解から生まれる新世代のミュジーク・コンクレートの傑作とでもいうべきか(と、ここまで書いてふと思ったが音楽による総合作品という意味ではミュジーク・コンクレートとオペラには親和性が高いのかもしれない)。

 彼の音響音楽作品には、文学的なものへの希求を感じる。思えば『Zauberberg』はトーマス・マンの『魔の山』からインスピレーションを得たアルバムだった。私は本作の物質性と記憶が交錯し融解する作風にどこかル・クレジオ『物資的恍惚』を想起してしまった。記憶と音響、本作はそれらのアマルガム音による文学だ。「音による映画」は、リュック・フェラーリ以降、この種のミュジーク・コンクレート/音響作品によくあるものだが、「音による文学」というのは稀である。彼がリュック・フェラーリやピエール・シェフェールなど、20世紀フランスの電子音楽の系譜を継承しつつも、新世代の音響作家である理由はそこにあるように思える。「個」への接近だ。記憶と音響が交錯し、融解する。8曲めにしてアルバム最終曲の “Ré Island Fireflies (in a distance)” に至ったとき、これまで何度も立ち現れてきた水のモチーフが、虫の音や優美なドローンのなかに、アルバムの時間すべてが溶け合うように鳴り響く。なんと儚くも美しいサウンドだろう。記憶、音、融解、消失。沼というどこか暗いイメージをモチーフとしながらも、そのすべてを慈しむような感覚と時間の持続があるのだ。〈Moving Furniture Records〉から発表した『Retroactions』(2018)や、〈Latency〉からリリースされた『Le Lisse et le Strié』(2019)などの実験性を増したサウンドは興味深い出来栄えを示していたが、どこかで『Aster』以降の「中間報告的な」作品のようにも思えた。しかし本作は紛れもなく彼の新境地を実現した傑作である。大切な記憶の一瞬を永遠に引き伸ばしたようなこの曲に行き着くために、私はこれからも何度となくアルバムを再生することになるだろう。

 最後にカッセル・イェーガーは〈Shelter Press〉からフランソワ・J・ボネ名義で著書『The Music To Come』(http://shelter-press.com/francois-j-bonnet-the-music-to-come-la-musique-a-venir/)を刊行したばかりであることも付け加えておきたい。〈Shelter Press〉はレコード・リリースのみならず、書籍の刊行も精力的に行っている(音響論的な書物『SPECTRES』の1・2、ジュディ・シカゴ『To Sustain the Vision』なども出版)。まさにサウンドとアートとテキストを越境するレーベルといえよう。本年リリースのアルバムでは韓国出身、現ニューヨークを活動拠点とするチェリスト/インプロヴァイザーのオキュッグ・リー『Yeo-Neun』もエクスペリメンタルにしてクラシカルな傑作だった。本作『Swamps / Things』と共に聴いてみると、このレーベルの音楽的な豊かさが分かってくるのではないかと思う。

デンシノオト