ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  2. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  3. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  4. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  5. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  6. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  7. Brian Eno, Holger Czukay & J. Peter Schwalm ──ブライアン・イーノ、ホルガー・シューカイ、J・ペーター・シュヴァルムによるコラボ音源がCD化
  8. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  9. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  10. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  11. 三田 格
  12. Beyoncé - Renaissance
  13. Jlin - Akoma | ジェイリン
  14. HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS - きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか
  15. 『成功したオタク』 -
  16. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  17. KRM & KMRU ──ザ・バグことケヴィン・リチャード・マーティンとカマルの共作が登場
  18. Beyoncé - Lemonade
  19. Politics なぜブラック・ライヴズ・マターを批判するのか?
  20. R.I.P. Damo Suzuki 追悼:ダモ鈴木

Home >  Reviews >  Album Reviews > Stormzy- Heavy Is The Head

Stormzy

GrimeUK Rap

Stormzy

Heavy Is The Head

#Merky / Atlantic / ワーナーミュージック・ジャパン

Tower HMV Amazon iTunes

米澤慎太朗   Jan 15,2020 UP

 Stormzy の『Gang, Signs & Prayers』以来の2年ぶりのニュー・アルバム『Heavy Is The Head』が届けられた。前作リリース時には Spotify とのパートナーシップで、アルバム・カヴァーが街中に貼られ、彼自身もTVトークショーに出演するなど、一般人にも広く存在が広まった。この2年でも “Vossi Bop” や Ed Sheeran への客演でヒットを飛ばしてきた。

 待望の本作のアルバム・カヴァーには、UKの有名音楽フェスティヴァル《Glastonbury Festival》のヘッドライナーを務めた際に着用していた Banksy 制作の防刃ジャケットを見つめる若きラップスターが映されている。防刃であることがイギリスの都市で問題となっているナイフ犯罪へのアンサーであるだけでなく、ブラックで描かれたユニオンジャックはイギリスにおける「黒人」のあり方を問いかけるなどさまざまな意味を含んでいる。国旗をモチーフにしたアルバム・カヴァーという意味では、昨年リリースされたUKラップの傑作 slowthai 『Nothing About Britain』を思い出させた。

 ブラス・サウンドで幕を明ける本作。1. “Big Michael”はこの2年で成し遂げた功績を紹介するような1曲で、フェスティヴァルのヘッドライナーとして出演したことや、出版社ペンギンブックスとのパートナーで自身の出版レーベルを立ち上げたことを曲で誇っている。UKドリルのトップ・アーティスト Headie One を迎えた 2. “Audacity” では、Stormzy のストレートなフローと直接的なリリックに対して、Headie One は有名人や歴史上の人物を比喩に取り上げながらリリカルに展開し、勢いに乗る Headie One が一本取ったようだ。

 3. “Crown” ではアルバム・タイトルの「Heavy is the Head」の意味が、世間からの期待や止むことのない批判や重圧へのオマージュであることが明かされる。特に抜粋したラインは Stormzy の「優等生」を期待する声や批判への応答である。

Heavy is the head that wears the crown
王冠を被っている頭が重いんだ……

They sayin’ I’m the voice of the young black youth,
And I say “Yeah Cool” then I bun my zoot And I’m...

あいつらは俺が「黒人の若者の声」だって
だから俺は「あぁ、いいね」って言った後にズートに火を付ける

I done a scholarship for the kids, they said it’s racist
That’s not anti-white, it’s pro-black

俺はキッズのために奨学金を作ったのに、
やつらはそれを人種差別だって言いやがる
これは「アンチ・ホワイト」じゃなくて、「プロ・ブラック」なんだ

“Crown”

 静かに意見を表明する曲は続く。4. “Rainfall” では、アメリカの警察の黒人に対する暴力事件として知られ、後の Black Lives Matter 運動のきっかけとなった射殺事件の被害者トレイボン・マーティンへ哀悼の意を示し、「鎖につながれない黒人がどうなったか」を示したと再提起している。自制的に淡々と意見を表明していくラップには、かえって「静かな怒り」を感じる。アルバム中盤は家族などの身の回りの人々へ送る曲が並び、コーラスワークや弦楽器使いが光っている。姉へのリスペクトや家族とのストーリーを歌った 5. “Rachel’s Little Brother” に続き、J Hus の Snapchat をイントロに用いた 6. “Handsome” も実の姉でDJの Rachael Anson へのリスペクトを送る1曲で、彼のラップスキルが光る。7. “Do Better” は元彼女の Maya Jama へ送るラヴソングにも聞こえる。

 インタールードを挟み、アルバム後半ではシンガーの H.E.R を迎えた 9. “One Second” で物怖じしない姿勢でメンタルヘルスの問題を取り上げたり、テレサ・メイ前首相への痛烈な批判を加えたりする。マンチェスター出身の MC Aitch を迎えた 10. “Pop Boy” ではトライバルなダンス・トラックに乗せて、「ポップスター」であるという批判にクレバーに応答し、Ed Sheeran と Burna Boy というスターを迎えた 11. “Own It” でそのヒットメイカーぶりをまざまざと証明する。終盤は再びハードなチューンが並ぶ。グライム・チューンとしてヒットとなっている 12. “Wiley Flow” では、Wiley と自分を重ねるようにして、むしろグライムの「生みの親」の Wiley を持ち上げる1曲だ。しかし、アルバム・リリース後に Wiley と Stormzy の間にビーフが勃発した後で、Stormzy はこの曲をどのように思っているのだろう。邪推だが、Wiley は 13. “Bronze” で Stormzy が自身を「King of Grime」と名乗ったのが許せなかったのかもしれない。

Wiley へのディス曲 “Still Disappointed”

 ビーフの内容は脇に置くとして、数字面だけを見れば Stormzy の人気は圧倒的だ。アルバムを締めるダーティなクラブ・チューン 16. “Vossi Bop” は公開10ヶ月で YouTube で7000万回以上に達している。淡々としているが単調にはならないラップは唯一無二のスキルである。音楽的にはトラップやグライムだけでなく、中盤のピアノと弦楽器を基調としたトラックもあり、ゴスペルの要素も彷彿とさせる。家族や友人、人種や政治といった問題に応える Stormzy の良いサウンドトラックになっている。本作は商業面での期待に応えながら、自分に向けられた批判に直接的に応答する形で問題を提起する。そのふたつのバランス感が彼らしい、ユニークな一作だ。

米澤慎太朗