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柴田聡子

Pop

柴田聡子

がんばれ!メロディー

Pヴァイン

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小林拓音   Mar 18,2019 UP

 いったいこの違和感はなんなんだ。羅針盤による“ロビンソン”のカヴァーを初めて聴いたのは高校生の頃だったと思う。既存のヒット・ソングをほかの誰かが歌ったときに不可避的に生じるような、たんなる印象上の齟齬ではない。もっと深いレヴェルでの違和、いうなれば恐怖体験にもつうじるもの──当時はその正体がなんなのかわからなかったし、それから20年近くが経過したいまでもけっして明確に分析できているわけではないけれど、遠近法をエクスキューズに振り返るならそれは、ポップ・ソングが歌唱法や音響上のアプローチの変更によっていかようにも異化されうるのだということにたいする、素朴な驚きだったんだろう。すでにトータスやザ・シー・アンド・ケイクには触れていたくせに、まだその勘所には気がついていなかったというわけだ。

 それとはやや位相の異なる話ではあるけれど、かつて ya-to-i のアルバムでゲスト・ヴォーカルを務め、山本精一をプロデューサーに迎えてアルバムを制作した経験もあるシンガーソングライター、柴田聡子の音楽もまた違和に溢れている。それはまず彼女の歌唱法にあらわれていて、その音量の大小のつけ方はちょっとほかに類を見ない独自性を有しているが、よりわかりやすいのは旋律のほうだろう。Jポップではメロディが次にどういう動きを見せるか予測できてしまうケースが多いけど、そんな聴き手の願望を彼女はいともたやすく裏切ってみせる。たとえば『愛の休日』の“あなたはあなた”。まるで THE BLUE HEARTS の“青空”をなぞるようにはじまったはずの主旋律は、しかしそこからは想像もつかない方向へと歩を進めていく。あるいは“思惑”。中盤で挿入される謎めいたパートは、曲全体を構成する典型的なコード進行を宙吊りにしようとしているとしか思えない。

 先日リリースされたばかりの通算5枚目となる新作『がんばれ!メロディー』において柴田は、これまで以上にキャッチーさを追求している。といっても彼女特有の違和が失われてしまっているわけではなくて、たとえば2曲目の“ラッキーカラー”は、コードじたいは王道の展開を見せるし、主題もいわゆる歌謡曲~Jポップのマナーに則っているものの、「なんでそこ行った?」と突っ込みたくなるような跳躍が随所に差し挟まれている。同じことは“結婚しました”や“東京メロンウィーク”についても言えるが、重要なのはそれらのギミックが、けっして奇をてらって施されたもののようには聞こえないという点だ。この違和感は彼女がいちリスナーとして、メインストリームなものとオルタナティヴなものとをとくに区別することなく平等に摂取してきたことの、きわめて自然なあらわれなのだと思う。あまりに自然な、不自然。
 柴田聡子のもうひとつの魅力はそしてもちろん、言葉にたいする音響的なアプローチだ。日本語を外国語のように響かせるその企みは、“好きってなんて言ったらいいの”や“悪魔のパーティー”(『柴田聡子』)、“大作戦”(『愛の休日』)といった曲に最良のかたちで実を結んでいたわけだけれど、それもたぶん彼女にとってはきわめて自然なスタイルなのだろう。今回の新作でも“アニマルフィーリング”の「ときどき」や「アン・ドゥ・トㇿワ」、“佐野岬”の「レジェンド」なんかは、こうやって文字を視覚的に認識しているだけでは想像もつかない、不思議な響きを伴って私たちの耳元へと降り注いでくる。

 とそんなふうに『がんばれ!メロディー』には、彼女のオリジナリティともいえる「自然な不自然」が相変わらずいっぱい詰め込まれているわけだけど、これまでとは異なっている部分もある。そのひとつは歌詞で、たとえば“ぼくめつ”や“サン・キュー”(『柴田聡子』)、“遊んで暮らして”(『愛の休日』)あたりで試みられていた、通俗的な価値観にたいする諷刺や皮肉(「オリンピックなんてなくなったらいいのに」「酒が飲みたきゃ墓場へ行けよ」「男やってたつもりないけど」)は影を潜め、比較的ストレートな言葉遣いが増えている(まあ“佐野岬”の「3万借りたら5万返す」なんかは、いわゆる奨学金の返済やリボ払いのようなローン地獄を想起させる点でアイロニカルではあるが)。
 サウンド面での変化も大きい。おそらくは前回の“後悔”が転機となったのだろう、弾き語りないしそれに準じたスタイルは減退し、そのぶんバンド・アンサンブルに磨きがかかっている。冒頭“結婚しました”における岡田拓郎のファンキーなギター・カッティング、かわいしのぶのベースとイトケンのドラムが織り成すじつに快活なグルーヴは、SSWとしての「柴田聡子」の成熟以上に「柴田聡子inFIRE」というバンドの結束力を伝えてくれる。

 中盤の“いい人”もおもしろい曲で、背後に忍ばされた佐藤秀徳のフリューゲルホルンは、柴田の発する言葉の響きを中和すると同時に、その「不自然さ」を増殖させる役を担ってもいるが、より強烈なのは“ワンコロメーター (ALBUM MIX)”だろう。ヴォーカルよりも国吉静治によるユーモラスなフルートのループ、柴田自身の手によるプログラミング~オムニコードのほうへと耳を誘導するこの曲のつくりは、前作の表題曲“愛の休日”のエレクトロニックな路線を発展させたものと言える(歌詞のうえでも「コロ」という共通項がある)。あるいは“セパタクローの奥義 (ALBUM MIX)”も異彩を放っていて、連呼される「セパタクロー」という言葉の音響性、ある時期のダーティ・プロジェクターズを思わせるコーラス、酩酊的な大正琴、ころころと耳をくすぐるSE、フルート、それらが渾然一体となってこちらへ押し寄せてくるさまは、Jポップ的なものとフォーク・ソング的なもの、その双方に喧嘩をふっかけているかのようだ。

 シンガーソングライターというポジションをしっかりとキープしつつ、歌謡曲やJポップの流儀にアレルギー反応を示すこともなく、他方で網守将平のエレクトロニカや《《》》のインプロヴィゼイションとも軽やかに接続していく柴田聡子は、かつて山本精一が開拓した尖鋭的な歌モノの系譜に連なる音楽家である──そう分類することも一応は可能だろう。けれども、しかし、彼女はもっとナチュラルだ。もっと自然な感じで、不自然だ。その違和感に勝る魅力なんて、そうそう多くありはしまい。

小林拓音