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小川充   Nov 09,2017 UP
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 エレクトロニック・ミュージックの分野でオーストリアと言えば、ここ10年ほどではドリアン・コンセプトことオリヴァー・トーマス・ジョンソンの活躍が思い浮かぶだろう。彼はフライング・ロータスのツアー・ライヴ・バンドでキーボードを演奏していたことでも知られるが、もともとクラシックとジャズのピアノ教育を受け、そんな経歴は音楽の都のウィーン出身者ならではだ。彼のリリースした『ホエン・プラネッツ・エクスプローディッド』(2009年)はメタリックなグリッチ・ホップとアヴァンギャルド・ジャズとの邂逅で、『ジョインド・エンズ』(2014年)はアンビエント・テクノやミニマルにクラシックや教会音楽の要素を融合したエレクトロニカ作品と言えるものだった。ビートメイカーやDJ/プロデューサーという才能にキーボード奏者としてのスキルが加わったのがドリアン・コンセプトだが、同じくウィーン出身のチド・リムことクレメンス・バーチャーは、そんなドリアン・コンセプトとも交流の深いアーティストである。

 1990年代のウィーンにはクルーダー&ドーフマイスターに代表されるトリップ・ホップ~ダウンテンポのカルチャーがあり、ドリアン・コンセプトやチド・リムもそうした洗礼を受けてエレクトロニック・ミュージックの分野に進んでいったのだが、チド・リムの場合はビートメイカーであると同時にジャズやフリー・インプロヴィゼイションのドラマーという顔もあり、それが彼の音楽制作に大きな作用をもたらしている。チド・リムの名前が最初にクレジットされた作品としては、2009年にリリースされたザ・クロニアス(ポール・モワァヘージ)の『ビトウィーン・ザ・ドッツ』があり、この中ではチド・リムがドラム演奏、ドリアン・コンセプトがキーボード演奏を行っていた。そのほかチド・リム、ドリアン・コンセプト、ザ・クロニアスのトリオでライヴ活動も行っており、オーストリアのエレヴェイト・フェスなどでも演奏している。彼らのライヴはフローティング・ポインツのそれに近いエレクトロニクスと生演奏が融合したもので、チド・リムのパワフルなドラミングもとても印象的だ。

 チド・リムはこれまでにいくつかのシングルやEPを発表し、2012年に〈ラッキーミー〉から自身の名前を冠したミニ・アルバムを出している。ドリアン・コンセプトもリミックスで参加したこのアルバムは、基本的にベース・ミュージックに分類されるものだった。プログラミング・ビートが中心ではあるが、一部には生ドラムを用いてハドソン・モホークがジャズに接近したようなイメージの楽曲もあった。その後、EPの「ミュート・シティ」(2013年)やマイク・スロットやオート・ヌ・ヴなどによるそのリミックス集、ジェイムスズーがリミックス参加した「チェンジ」(2015年)などを経て、今回初のフル・アルバムとなる『マテリアル』をリリースした。参加メンバーはドリアン・コンセプト、ザ・クロニアスのほか、南アフリカのシンガー・ソングライター兼マルチ・プレイヤーのプティ・ノワールことヤニック・ルンガ、ブルックリンのシンセ・バンド、フレンズの元メンバーで、ブラッド・オレンジのガールフレンドとしても知られるサマンサ・ウルバーニなどがクレジットされる。

 ドリアン・コンセプト、ザ・クロニアスとの“フォー・エイティーン”は、ロイ・エアーズの“ミスティック・ヴォヤージ”を彷彿させるメロディのダウンテンポ・ナンバーで、どっしりとタイトなビートを刻むドラム、深く沈み込むようなエレピ、重厚なベース、電磁波のように響くシンセのコンビネーションが披露される。この曲にも示されているように、『マテリアル』は今までのチド・リムの作品に比べてずっと生演奏、及びその素材のサンプリングの比重が高く、ジャズ寄りの作品集である。アルバム・ジャケットにドラムを叩く自身の手元の写真を使ったところにも、そんな『マテリアル』のカラーが表われている。“クレイ”から“サージ”へと繋がる流れはフライング・ロータスに通じるもので、“サージ”ではミニマル・テクノ的なキーボードと変拍子風のトリッキーなドラミングが相乗効果を生んでいる。“ザンダー”は前述のミニ・アルバムにもあったハドソン・モホークとジャズが出会ったような作品で、中盤から後半にかけてのシンセで変調させたようなサックス・ソロ、その後の怒涛のドラム・ソロが圧巻。ベース・ミュージック経由ということで、スウィンドルあたりとの近似性も見出せる。ブロークンビーツ的なリズムとポップなアナログ・シンセの組み合わせによる“ムーシュ・ヴォランテス”、ジョルジオ・モロダー風のシンセ使いで昔のSF映画的なキッチュさを持つ“セラ・セラ”もそうだが、サンダーキャットなどロサンゼルス勢がやるジャズ・ロック/フュージョンとはまた異なる、欧州の最新エレクトロニック・フュージョンと言える作品だ。サマンサ・ウルバーニが歌う“リピート”でも、生演奏のサンプリングとプログラミングによってダイナミックなドラム・ビートが作り出されていく。プティ・ノワールが歌う“スウォナーヴ”も彼のヴォーカルの魅力を前面に打ち出しているのだが、それが映えるのもチド・リムが作る骨太なビートがあってこそ。“ザ・マテリアル”のビートは、ジャズ・ドラマーがヒップホップを演奏したようなイメージを、逆にサンンプリングとプログラミングで作り出している。現在はJディラなどヒップホップを咀嚼したビートを叩くジャズ・ドラマーも増えているのだが、それをさらにビートメイクやプログラミングで進化させたのが『マテリアル』である。2010年代に入って新しい世代のジャズ・ミュージシャンたちが注目されて久しいが、ミュージシャンとビートメイカー/プロデューサーの両方の視点を持つチド・リムが、また新たなエレクトロニック・ジャズの領域に踏み込んだと言える。


小川充