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Francisco López

AmbientField Recording

Francisco López

Untitled(2011)

Nefryt

デンシノオト   Sep 03,2014 UP

 フランシスコ・ロペスのアルバムは、以前〈ライン〉からリリースされた弱音饗楽曲を収録した『Presque Tout (Quiet Pieces: 1993-2013)』を紹介させていただいたが、今回はフィールド・レコーディング系列の新作アルバムを取り上げてみたい。彼のフィールド・レコーディングは、わたしたちの聴覚を拡張させてくれるものばかりだ。いわばアンビエントのハードコア。

 今回ご紹介するのは『アンタイトルド(2011)』という作品である。このアルバムは素晴らしい。なぜならロペスが長年制作しているアンタイトルド・シリーズであるにかも関わらず、一枚のアルバムとして成立しているように思われるからだ。収録している「楽曲」(今回はフィールド・レコーディング)、その構成、アルバム・ジャケットの凝り方などからわたしがそう推測しただけもしれないが、一枚を聴き通してみると、ストーリーのような流れが感じられた。

 本作は、ポーランドの実験音楽/ノイズ・レーベル〈ネフライト〉から444部リリースされたアルバムである。アルバム名どおり2011年に、東京、ブラジル、オーストラリア、北アフリカ、コスタリカ、メキシコ、ニュージーランド、モロッコ、スペイン、ペルーなど世界各地で録音されたマテリアルを使用している。本CDは、“#291”、“#278”、“#279”、“#289”、“#286”、“#287”、“#288”、“#292”の全8トラックで構成されており、それらフィールド・レコーディング音は、近年のロペス作品がそうであるように、音響空間の遠近法が極端に強調され、ときにはミュージック・コンレートのような音響が展開されていくのだ。まるで世界のザワメキを彼の耳と彼のマイクがこう捉えたという記憶/記録であるかのように。

 アルバムは東京での録音“#291”からはじまる。虫の声。鐘の音。どこかの寺での録音だろうか。否応にも日本という土地の刻印を感じる音だ。甲高いカラスの鳴き声。そしてまた虫の声。それらの音がロペス的なサウンド・パースペクティヴによって脳内に鳴り響く。その音響は、意味を剥ぎ取られ、まるで電子音響のようにも聴こえてくる。あまりに強烈に音の本性が剥き出しになった結果、その音が、音の意味を超えて、新しいサウンドとして生成したかのようである。

 この1曲めでわかるように、本作もまた近年のロペス的な「わかりやすさ」が全面化している。いわばミュージック・コンクレートを聴取するように、フィールド・レコーディング音をリスニングできるのだ。その傾向がもっとも出ているのが、2曲めに収録された“#278”である。この楽曲は、本作のどのトラックよりもエディットをされているように聴こる。もはや元音が何の音か聴き手はわからないほどだ。むろん、音の質感や運動感などから、この音が現実にあった何らかの音というのはわかる。しかし、録音によって極端に強調された音の蠢きは、まるで電子音のようにしか聴こえないのである。また曲内いくつものサウンド・エレメントが接続されているようにも思える。結果、この“#278”は、ほとんどミュージック・コンクレートのように聴こえるのだ。もしかすると、ほとんどノン・エディットの曲という可能性もあるが、仮にそうであるとするなら、なおのこと驚愕である。このように「世界」の音をとらえるロペスのマイクロフォンと彼の耳の独自性に唸らざるを得ない。

 そのエディット感覚がさらに全面化するのは、3曲め“#279”といえよう。冒頭、何か豪雨のような音が炸裂し、その後はしばらくロペスの微音系の楽曲のように、静寂で鼓膜を震わすような音が持続する。この曲は「 [Raw Material Provided By] incise」と記載があり、いわば インサイズによってロペスのマテリアルをエディットしたものなのだろう(インサイズはフランスの〈ドローン・スウィート・ドローン〉などからCD-R作品をリリースしている音響作家)。ここでは「Raw Material」の名のとおり、霞んだサウンドが編集され独自(ロペス作品としては異色な)持続が生まれている。曲の終わり近く少しだけ音が増大化する構成も見事だ。

 4曲め以降はロペスのサウンドに戻り、世界各国で録音されたサウンドが展開していく。4曲め“#289”は、ブラジルのマモリ湖で録音されたものだが、冒頭に、人が小さく囁くような声も録音されており(ロペス本人か?)、息を潜めて、孤独に世界と向き合って録音されたものだということがわかり感動的である。そしてこの“#289”が4曲めに収録されていることは、明らかに意図的であり、アルバム全体がひとつの流れ(ストーリー)によって構成されていることの証明にも感じる。録音、編集、別の人による再編集。そして録音者の囁き声、息吹、さらに世界の音へと。そう、このアルバムは、録音/編集による「世界」の音を横断/越境する耳の記録=旅ではないか。ここにはロペスの耳が、そのマイクが捉えた新しい音の風景とストーリーがある。そしてテーマがある。思想がある。それは言葉ではなく、この世界に満ちた音の蠢きの中にあるものだ。

 それはどういう思想か。世界の音は、マイクロフォンを経由することで、すべてまったく新しい「音楽」になるというものではないか。音楽=世界論。アルバムは雨、雷、鳥の声、風と音、虫の音などが交錯し、音の連鎖によって世界を巡るのだが、同時に本来の意味から切り離され、聴き手のイマジネーションによって再生成し「音楽」となる。そう、ロペスは世界には、そのような「音楽」が満ちていることを証明していくのだ。

 これは「ありのまま聴く」というケージ的な態度=思想とは似て非なるものといえよう。なぜなら、ロペスの音は独自の遠近法を獲得している。それは世界の音そのままではない。そのロペス的な音の操作は、聴き手の記憶に作用する。聴いたことのある音/聴いたことのない音の境界線が消え、新たな音響空間が生成する。本作は、そんなロペスの思想=音が、いくつもの楽曲によってコンパクトに構成された見事なアルバムである。

 最後に本年リリースされたロペス作品の傑作をもう一枚紹介。その名も『ハイパー・レイン・フォレスト』。マルチ・チャンネル用に作られたインスタレーション用の音源だが、それをステレオ音源に再構成。結果、音の密度と運動と移動の感覚が、これまでのロペス作品以上に強調され、聴いているとまったく新しい「世界」へと連れていってくれるような体験ができる。これもまさにアンビエントのハードコアだ。『アンタイトルド(2011)』と共にフランシスコ・ロペスの現在を刻印したアルバムとしてお勧めしたい。

デンシノオト