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interview with Ravi Coltrane

interview with Ravi Coltrane

母アリス・コルトレーンの思い出

──ラヴィ・コルトレーン、インタヴュー

小川充    通訳:渡瀬ひとみ   Jul 21,2021 UP

最新のものはつねに取り入れていた。テクノロジーの変化が彼女のスピリチュアルな人生への探求心と結びついて、音楽的な変遷や変化をもたらしたんじゃないかな。そして、変化とは局所的なものではなく、全てのものが有機的に移り変わっていったという感じだね。

今回のタイトルに用いた「キルタン」とは音楽に合わせて神の名前を唱えながら祈りを捧げるという、一種の「歌うヨガ」を指しているそうですね。あなた自身はこの作品についてどのように理解していますか?

RC:僕はこのCDは宗教音楽だとは思っていない。これはスピリチュアル・ミュージック(註6)、ディヴォーショナル(祈りの)・ミュージックだと思っている。ひとつの宗教教義を歌っているものではないと思っているし、全ての神聖な音楽を表わすユニヴァーサルなものだと思っている。この音楽を表現するとしたら、そういった言葉がいちばん適切だと思うんだ。献身的な愛というテーマを通して心と繋がる、スピリットと繋げてくれるものだし、この音楽はどこか優美で、幸福に満ちて、喜びに溢れている感じがする。母はこの音楽をサウンド・オブ・ピース(平和の音)、サウンド・オブ・ラヴ(愛の音)、サウンド・オブ・ライフ(生命の歌)と表現していた。幸福のサウンドとも言っていた。これらの音楽を聴いて瞑想していても、一緒にチャントをしていても、スピリットを高揚させてくれるものなんだよね。意識を引き上げてくれるんだ。それがこの音楽が作用するものだと思う。

註6:スピリチュアル・ミュージックはいろいろな解釈ができるが、たとえばヒーリング・ミュージック(癒しのための音楽)もそのひとつと言える。

オリジナル・カセットをリリースした〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉はアリスが設立した出版会社だったのですか? ほかにも『ディヴァイン・ソングス』『インフィナイト・チャンツ』などいくつか作品をリリースしていますね。

RC:そうだね、あれは彼女の作品をリリースしていくひとつのルートだった。そして、これは商業的な目的ではなく、個人的に使っていくために作られたもの。彼女のスピリチュアル・レコーディングがほとんどで、ほとんどの作品はカセットで録音されていた。チャント(註:サンスクリット語の歌や詠唱を指すと思われる)やそれらの翻訳を載せたブックレットが添えてあったんだけど、〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉はそうしたものの出版もおこなっていた。母はそのほかに本を2冊書いていて、1冊は『モニュメント・エターナル』、もう1冊は『エンドレス・ウィズダム』といって、2冊とも〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉から出版されている。

この作品がリリースされた1982年、あなたはまだハイ・スクールの学生だったのですが、当時のアリスの状況や本作について覚えていることはありますか? 1982年はあなたの兄であるジョン・コルトレーン・ジュニアが交通事故で亡くなった年でもあり、家族にとっていろいろ辛いことがあったかと思いますが。

RC:そうだね、そうした意味では家族にとってとても辛い1年だった。ジョンが突然車の事故で亡くなってしまうというのは、僕らも全く予想していなかったことで、本当にショックだった。でも母の力によって僕らは乗り越えることができ、先を進むことができたんだ。とても大変な時期であったけど、母は自分の夫の死ともうすでに向かい合っていた。3人の子供の父親を亡くして、そのころにはもう自分の母親と父親もすでに亡くしていた。人生のこういった移り変わりは避けられないものなんだ。もちろん家族にはなるべく長く周りにはいて欲しいと思うものだけど、神がそのときだと決めたら、そのときはくるんだ。そして、そうした不幸が訪れても、母のスピリチュアルな道への信念と鍛錬が彼女へ必要な力を与えてくれ、残っている子供たちがしっかりと支え合って生きていくことを可能にしてくれた。それは彼女自身が自分の内面に向かい合ったことによって可能になった。音楽というものがつねに癒しにつながっていたと思うし、スピリチュアルな目標みたいなものも癒しになっていたと思う。

1967年のジョン・コルトレーンとの死別後、アリスは心の探求からヒンディー教に傾倒し、1978年にトゥリヤサンギータナンダに改名しました。1975年にカリフォルニアでインド哲学のヴェーダーンタ学派のセンターを設立するなど、音楽、宗教、哲学、教育を繋ぐ役割を担う存在だったのですが、こうしたアリスの活動についてはいかが思われますか?

RC:1967年当時、僕はまだ2歳だった。父が亡くなり、母はスピリチュアルなものに目覚めた頃だったけど、とても幼くて何が起こっていたのか自身でも理解していなかった。そして僕ら家族が1971年にカリフォルニアに移り住んだ当時、僕はやっと6歳になった。でも振り返ると、その1967年から1971年の間、母はあらゆることを体験していたんじゃないかな。彼女自身のスピリチュアルな目覚めに気づき、神へ自分を捧げていくという決意、そして自分の子供たちを育てていきながら生きていくという責任、そのふたつを両立させていくということの確信を得ていたんだと思う。
まわりの友だちの母親と比べて、母はとてもユニークな存在だった。友だちが家に訪ねてくると、僕たち家族の様子を見て「これは何の宗教?」って訊かれるんだ(笑)。「一体何が起こっているの?」って(笑)。子供のころはそういった質問に答えられなかったのを覚えている。でも、それが僕らのママだったし、彼女の歩んだ道筋は驚くべきものではあったけど、思いやりのある母親で、愛情をたっぷりと注いでくれたよ。僕らの面倒もよくみてくれたし、必要なものは全て与えてくれた。一緒に遊んでもくれた。「かけっこしようよ」って言うと、スニーカーを履いて一緒に走ってくれたり。とても早かったよ。僕ら全員を抜くぐらい早かった。馬も飼っていて、馬に乗ってレースをしたりもした。映画館や遊園地にも連れてってくれていた。普通の親がやってくれることは全てやってくれていた。同時に母はとてもユニークなアヴァンギャルドな音楽を作って、国中をツアーして、音楽を演奏していた。スピリチュアルな道のため、インドへも旅行していた。色々な肩書きを持っていて、フルタイムで仕事をしていたよ。とてもユニークな人生を歩んでいたと思う。

彼女にとって、音楽というものは仕事としてやっているものではないんだ。何かの波長みたいなものと繋がって演奏するものだから、タイミングが合わないとその波長とは繋がることができない。

演奏家としてのアリスに関して話を伺います。もともとジャズ・ピアニストとしてスタートし、ジョン・コルトレーンのグループでも演奏してきたわけですが、1968年以降のソロ活動ではハープ奏者としての印象も強いです。ほかにもオルガンやシンセサイザーを演奏し、作曲やアレンジを含めたトータルでのサウンド・クリエイター的な側面を見せる彼女ですが、サックス奏者であるあなたから見て、彼女はどんなミュージシャンだったと思いますか?

RC:うん、そうだね、君の言うとおり母はいろいろやっていたね。僕にとっては、母の存在はそうした全ての活動に携わった音楽家だった。ミュージシャンとしてフルに活動していたよ。毎日家でも母の音楽は聴いていたし……。コンサートとかにも同行して一緒に行っていたよ。自分のコンサートに子供たちを連れていっていたんだ。コンサートのバック・ステージの記憶は結構ある。「演奏が終わるまで静かに待っていてね! コンサートは90分で終わるから、それまでふざけたり、遊び回ったりするのはダメよ! 終わったら帰ってくるから」って言われて(笑)。それが僕のいちばん古い母の思い出だよ。とにかく音楽には没頭していた。スタジオにもコンサート会場にも一緒に行ったね。
 僕が中学のときに最初にクラリネットをプレイしはじめたときも、基本的に母が僕の先生だった。母は仕事や自分のやっていることに対して、つねに熱心に取り組んでいた。最も崇高な形で自分の音楽、クリエイティヴィティを表現することに情熱を注いでいた。素晴らしいミュージシャンだったよ。

1970年代前半のアリスは、ファラオ・サンダース、ジョー・ヘンダーソン、カルロス・サンタナなどいろいろなミュージシャンと共演し、宇宙をテーマにした独特の世界観を持つ音楽を作りました。一般的にスピリチュアル・ジャズと呼ばれるこれら作品は後世にも多大な影響を及ぼし、あなたの親戚のフライング・ロータスもその影響を受けたひとりかと思います。一方、1980年代以降のアリスの作品はニューエイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックにカテゴライズされるものが多く、ゴスペルや宗教色が強いです。こうした彼女の変遷についてはどのようにとらえていますか?

RC:母の音楽の変遷に限らないけど、後になって分析して、スタイルやジャンル分けしたりするのは簡単なことだ。これはそう、あれはそうじゃないと言うのは楽だ。でも、その渦中にいるものからすれば、自分のスタイルが変わったという風には思わないんだよ。進化として捉えている。成長、前進としてみている。母もそうだったんじゃないかな。
 母は新しいテクノロジーに関しても、つねに目を向けていたので、70年代に多くのアナログ・シンセサイザーが出てきたとき、そういった楽器に対しても興味を持っていたんだ。そういうサウンドを追求したりしていた。そういった意味では、最新のものはつねに取り入れていた。テクノロジーの変化が彼女のスピリチュアルな人生への探求心と結びついて、音楽的な変遷や変化をもたらしたんじゃないかな。そして、変化とは局所的なものではなく、全てのものが有機的に移り変わっていったという感じだね。「今度はこのスタイルでやって、こうやって変えて」という意識でやっていたわけではないと思うんだ。そういう感じではなかった。自然な成り行きのなかでの前進だったと思う。ひとつのロジカルなステップがまた次のロジカルなステップに導いてくれる感じだね。

フライング・ロータスは子どものころ毎週アリスのもとを訪れていたそうですが、彼もこの作品を聴いていたのでしょうか?

RC:はとこのスティーヴ(フライング・ロータス)は、母の姉妹の孫なんだよね。母とその姉妹、つまり僕から見て叔母のマリリンはとても仲が良かった。スティーヴのお母さんのタミーはマリリンの娘で、僕の従姉妹にあたるんだ。タミーと僕の姉は1日違いで生まれたんだよ。1960年の10月にね。タミーは僕にとって従姉妹というよりも、姉のような存在だったけどね。カリフォルニアですごく近くに住んでいて、一緒に育ったような感じ。もともと母の一族のほとんどがデトロイトに住んでいたんだけど、叔母のマリリンは子供たち二人、タミーとメルヴィンを連れてロサンゼルスに移り住んだんだ。その後すぐ1971年に母もカリフォルニアに移り住んだ。だからマリリンたちと僕ら家族はとても近しい関係だったんだ。
 スティーヴが生まれたときも覚えている。ひとつの大きな家族のようなものだったね。スティーヴは母とも時間をいっぱい過ごしていたし、年上の従兄弟たちともいっぱい時間を過ごしていた。僕とか僕の兄弟、姉などと時間を過ごすことも多かった。彼はとても才能のある人だよ。ずっと才能があったと思う。

『トランスリニア・ライト』での共演などを通して、あなた自身はアリスから直接的に学んだことはありますか?

RC:(苦笑)音楽というものにはタイミングがあり、そのタイミングで作らなければならない、ということを学んだね。そのときが来たらレコーディングをしなければならない、ということを学んだ。タイミングが合わないときはレコーディングはおこなわない、ということもね(笑)。『トランスリイア・ライト』に関わった当時の僕は、24時間いつでもレコーディングできるようにスタジオを借りていたんだ。僕自身はスタジオに毎日8~9時間いることに慣れていたからね。何か作業して、休憩を取って、また戻って作業をする、というのを繰り返していた。スタジオを完全に朝から晩まで貸し切り状態で予約するんだけど、母は午後にやってきて1、2曲弾いたら、「今日はこれでいいわ」って言って帰ってしまうんだ。「ママ、まだ2時間しかやってないよ。スタジオは1日中借りているんだけど」って僕が言うと、「今日の分はこれでいいわ。充分録れたから。明日また戻ってきてやるわ」って言うんだ。
 彼女にとって、音楽というものは仕事としてやっているものではないんだ。何かの波長みたいなものと繋がって演奏するものだから、タイミングが合わないとその波長とは繋がることができない。そのタイミングが合わないと、「今日はここでおしまい。明日また戻ってやろう」ということになるんだ。言うなれば、辛抱強く待つことを覚える感じかな。身体とスピリットがもっとも繋がる瞬間を待ち、その瞬間に起こるべきことが促されるように根を張り、瞬間を待つことかな。例えばほとんどのジャズ・ミュージシャンは朝に演奏をしたがらない。朝に音楽を演奏するのがとても奇妙な感じがするんだ(笑)。夜に演奏するほうがとても自然に感じられるし、そういった時間帯のイヴェントのほうが身体に馴染んでいる。朝起きて、食事も何回かとって、太陽が落ちて、また違う時間帯になって、完全に違うエネルギーが流れている。だから、母の言うことはよくわかる。スタジオのなかでも同じようなことが起きるんだ。その音楽を作る適切な時間を作らなければならない。そのタイミングが来ないときは、もうその日は待ってもダメなんだ。

〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉のほかの作品について先述しましたが、今後もアリスの音源の再発や未発表音源の発掘などの計画はありますか?

RC:母は存命中にたくさんの音源を残してきた。〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉をやっていた期間はレコード会社には所属していなくて、〈インパルス〉やその親会社の〈ABC〉との契約も切れ、〈ワーナー〉との契約も切れていた。でも、音楽はずっと作り続けていたんだ。1980年代は完全にスピリチュアルのコミュニティに向けての音楽のみを制作していた。レコーディングもずっと続けていた。レコーディングした音源はいっぱいあるんだよね。適切な時期が来たらリリースしたいとは思っているんだ。

質問・文:小川充(2021年7月21日)

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小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

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