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interview with Jessy Lanza

interview with Jessy Lanza

ハイブリッドR&Bの輝きと彼女の近況

──ジェシー・ランザ、インタヴュー

文・質問:野田努    通訳:滑石蒼   Aug 26,2020 UP

 ジェシー・ランザは……、いやこれはもう、柴崎祐二君あたりが喜びそうなポストモダン・ポップのアーティストだ。カナダ出身で米国に移住した彼女と、その才能はJunior Boys名義の諸作で保証済みのカナダ在住のプロデューサー、ジェレミー・グリーンスパンとのコンビによって作られるエレクトロ・ポップな音楽は、過去現在のいろんな音楽の美味しいところの組み合わせによって作られているが、今回のアルバムで言えば、アレキサンダー・オニールもその影響に含まれる。
 80年代にポストパンクなんかを聴いていたリスナーからすると、ブラコンの代名詞はその対極の文化だったりするのだが、ジェシーと同じく〈ハイパーダブ〉のミサもジャネット・ジャクソンとブランディなどと言っているし……。もうこれは完全に文脈(歴史)は削除され、その表層(残響)だけが舞い上がっていると、しかしこれが時代におけるひとつのセンスであって、あるいはこれこそヴェイパーウェイヴがはからずとも描いたのであろうリアル無きあとの我らが幻影世界なのだろうけれど、この先の話は柴崎君に任せるとして話をジェシーに戻そう。
 そう、とにかくジェシー・ランザ(&ジェレミー・グリーンスパン)は、そのポストモダン的感性と抜群のミックス・センス(フットワーク、エレクトロ・ファンク、ハウス、ニューオーリンズのバウンス……そしてYMO等々、すべてがフラットな地平における広範囲および多方面からの影響のハイブリッド)によって2016年のセカンド・アルバム『Oh No』を作り上げ、いっきに評価を高めている。たしかに、シカゴのゲットー・ダンスと細野晴臣を混ぜ合わせるというのはなかなかの実験であり、まあ、その前にも彼女はカリブーの『Our Love』(2014)で歌っていたり、あるいは90年代から活動しているベテランのテクノ・プロデュサー、モーガン・ガイストとも共作したりと、シンガーとしての才能は早くから認められてきたのだろう。技巧的にうまい歌手ではないが、彼女には雰囲気があるのだ。
 去る7月、ジェシー・ランザは待望の3枚目『All The Time』をリリースしたばかりで、すでに欧米ではかなりの評判になって露出も多い(なぜか彼女は日本では過小評価されている)。今作をひらたく言えばよりポップになった作品で、まだ世界がコロナでパニックになる直前に聴いた先行発表の“Lick In Heaven”には、ぼくも心躍るものがあった。
 ほかに推薦曲を挙げておくと、フットワーク調の“Face”、ディープ・ハウス調の“Over And Over”、メランコリックなダウンテンポの“Anyone Around”や“Badly”、ブラコンの影響下なのだろう“Alexander”や“Ice Creamy”、あぶく音とアンビエントの“Baby Love”……と、すでにアルバム収録の10曲のうちの8曲も挙げているではないですか。総じてスウィートで、ファッショナブルで、洗練されていて、良く比較されるFKAツィグスより軽妙で、グライムスと違って自身のエゴよりも楽曲が優先されている。息抜きにはちょうど良いアルバムだが、もしジェシー・ランザと対面で話す機会があったら言ってあげたい。君が好きな音楽はその当時はね……いや、でもいまマライア・キャリーやニュー・エディションを聴いたら良かったりするのかな?

見渡してみると、怒っている人ってとても多いのよ。何でそんなに怒ってるの? って思わされる。地下鉄に乗っているときとか、周りにたくさん人がいるからイライラするのは簡単なのよ。

いまNY? カナダ?

JL:いまはシリコンバレーにいる。

シリコンバレーはどんな様子ですか? 後ろに木がたくさん見えますが……

JL:ここ数ヶ月、自分の自宅から離れたところに住んでいるのよ。義家族と一緒に過ごしているから、高校生に戻ったみたい。家の離れにツリーハウスがあるから、そこをスタジオみたいにして使っているの。

この数か月、ほとんどを家で過ごしていると思うんですが、日々どんな風に暮らしていますか?

JL:このツリーハウスをスタジオにするためにいろいろと設置していじったりしていた。それもひと通り落ち着いたから、いまは新しい音楽を作っているところ。『All The Time』のMVを作ったりしていたわ。ツアーができないから、アルバムを出したあともどうにかして忙しくしなきゃって感じ。

作品を出して、ライヴをやって、プロモーションしてという音楽ビジネスのルーティーンがいま通じなくなっていますが、こうした難しい事態をどう考えていますか?

JL:まさにその変化の過程だから、何もわからないっていうのが正直なところ。ライヴができるようになるまでには、まだかなり時間がかかるっていう状況を飲み込んでいる最中ね。幸いなことにいまは家族と一緒にいるから、精神的には安定しているかな。はっきり言って、災難よ。

答えは誰もわからないですからね……。いま、考え中というところでしょうか?

JL:そう。どうすればいいかなあ・・・って、考えているところ(苦笑)。

よく聴いている音楽をいくつか教えて下さい。やはり、ご自宅でもポップに拘った選曲なんでしょうか?

JL:バンドキャンプで友だちの曲を聴くことが多いわ。メインストリームのアーティストではないけど。ただ、音楽を聴くより本を読む時間の方が多いの(笑)。断然多いわね。アルバムが完成したあと、ちょっと疲れちゃって。ベッドに寝転んで本を読んでいたい気分だったのよ。

何を読んでるんですか?

JL:『SNSをやめるべき10の理由』みたいな本(おそらく『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』のこと)があるんだけど、それがけっこう面白いのよ。

ツリーハウスでそれを読んでるんですね(笑)。

JL:そうそう(笑)。いま読んでるのはそれで、他にはマヤ・アンジェロウの『歌え、翔べない鳥たちよ』も素敵だった。この2週間で読んだのはその2冊かな。

この状況で悲しくて落ち込むこともあると思うんですが、いまの話だと、そんなときも音楽を聴くよりも本ですか?

JL:そうね。いまはベッドでゆっくり本を読む時間にはまっているの。

『All The Time』はコロナ前に制作された作品ですが、それがコロナ渦にリリースされたことを、あなたはどんな思いで見守っていましたか?

JL:もちろん、もともとはツアーの予定もあったからそれができなくなったのは悲しい。でも、ライヴ配信でDJセットの配信をしたりとか、ツアーに行っていたとしたらできなかったことができた。それはポジティヴなことだと思う。それに、MVにも充分時間がかけられたしね。いつも通りツアーをしていたら、忙しくなって逃していたかもしれないことにゆっくり向き合えたのは、この状況のなかで良かったことね。

でも、こういう暗いご時世において、あなたの音楽はワクワクするものだと思います。その音楽面に関して、ジェレミー・グリーンスパンとあなたはどんな関係性で進めているのですか?

JL:作業自体は別々に進めたわ。私はニューヨークにいて、彼はカナダのハミルトンにいたから。会わないといけないときは私が車でニューヨークからカナダに行ってた。私の家族がカナダにいるから、そういう意味でもちょうど良かったの。週末にカナダまでドライブして、音楽を作って、また車で戻ってくるっていうのは楽しかったわ。彼との曲作りはエキサイティングだし。

ニューヨークからカナダまで車を運転するんですか?

JL:そうなの。ニューヨークで大きなバンを持っていて、それはこっち(シリコンバレー)にも持ってきたんだけど、それで8時間ぐらい。8時間って聞いたら長いけど、運転していると楽しくてあっという間よ。

『Pull My Hair Back』や『Oh No』では、いろんなクラブ・ミュージックを折衷しながら作っていましたが、今作の『All The Time』において参照した音楽があれば教えて下さい。

JL:今回のアルバムを作っているときはセンチメンタルな気分だったのよね。ホームシックになってたし。だから、郷愁を感じるような、エモーショナルなシンガーソングライターの曲なんかが心に刺さってた時期だった。そういう感情をアルバム作りに落とし込んでいたわ。

ということは、具体的な音楽というよりは、そのときの感情を活かして作ったという方が近いでしょうか? もしくは、本や映画からインスピレーションをもらいますか?

JL:本や映画は、音楽作りにかなり影響するわね。映画の映像とかセリフを参考にすることがけっこうある。それと合わせて、怒りの感情を抱いたときに曲を書いたりするの。なんで感情がこんなにかき乱されてるのか、なんでこんな気持ちになっているのかわからなくて、それを消化するために曲を書く感じ。だから、1ヶ月後とかにそのとき自分が作った曲を聴くと、その感情が思いっきり表われてて面白いのよ。

他のアーティストの音楽を聴いて、それを参考にしたり、感化されたりということもあるんでしょうか。もし具体的な例があれば、教えてください。

JL:もちろん、それもある。このアルバムを作っているときは、アレクサンダー・オニールの曲をたくさん聴いていたの。今回、かなり影響を受けたわね。彼の音楽がどんなものか知りたくて、カヴァーしてみたりもして。それを自分の音楽に反映させたの。

たとえば“Face”なんかユニークな曲だと思いましたが、あのリズムはどこから来ているんですか?

JL:あの曲は、モジュラーでいろいろと実験をしていたときにできた曲なの。今回のアルバム作りの前に、機材をたくさん買ったのよ。使い方がわからないものもいろいろ買って、いじってみようと思って。だから、あんな感じでちょっと変わった曲になったの。

そういう実験をしながらレコーディングしたんですか?

JL:そうそう。細切れに録音して、それをあとから組み合わせた。

今回は、よりポップなアルバムを作りたかったの。キャッチーで、みんなに覚えてもらえるような曲を作ることが今回の目標だったから。それがいちばん表われているのが“Lick In Heaven”かなと思うわ。

“Lick In Heaven”をはじめ、今作はより歌のメロディラインがはっきりしているというか、すごく気を遣っていると思ったんですね。やはりそこは意識しました?

JL:今回は、よりポップなアルバムを作りたかったの。キャッチーで、みんなに覚えてもらえるような曲を作ることが今回の目標だったから。それがいちばん表われているのが“Lick In Heaven”かなと思うわ。

ちなみに歌詞についてのあなたの考えを教えて下さい。あなたにとって良い歌詞とはどんなものなのでしょう?

JL:今回のアルバムに関して言えば、全体的に怒りが反映されているのよ。さっきも少し言ったけど、自分がなぜこんなに怒っているのかがわからないっていう感情がすごくあったの。制作当時にね。いつも怒っているような人になりたいわけでは全然ないのに、そうなってしまったから、それを自分の音楽作りに活かしたのね。最終的には、怒りっぽい自分を受け入れてた。(編注:とくに1曲目の“Anyone Around”、そして“Lick In Heaven”にも怒りがあります)

怒りの原因は何だったんですか? 自分でもわからない?

JL:あはは、それがわからないからさらにイライラしたのよ(笑)。原因になるようなことは何もなかったの。具体的にはね。でも、他人の苛立ちに気づいてしまって、それに影響されたっていうのはあるかもしれない。見渡してみると、怒っている人ってとても多いのよ。何でそんなに怒ってるの? って思わされる。アルバムを作っているときもそれを考えてた。ポジティヴに、平和な毎日を送った方がいいってわかってるのに、なんでわざわざ怒るんだろうって。

ニューヨークという、都会にいるときにその怒りを感じていたっていうことですか?

JL:そうね。地下鉄に乗っているときとか、周りにたくさん人がいるからイライラするのは簡単なのよ。いちど気になりはじめたら、ずっと気になってしまう。みんなが敵みたいに思えてくるというか。被害妄想よね。無数の他人の中で毎日過ごすのは、なかなか大変なことだから。

そういう感情を抱えていながら、キャッチーでポップなアルバムを作ったというのが面白いですね。

JL:どのアルバムのときも、そのとき抱えている感情とは逆の音楽性にしたいのよ。今回に関して言えば、自分がずっと醜い状態だったから(笑)、それとは逆の音楽を作りたかった。それが、感情の整理に役立つのよ。そう考えると、これは音楽に関しても歌詞に関しても言えることだけど、自分の感情を昇華させられるようなものがいいものだと思うわ。

この夏はどんな風に過ごす予定ですか?

JL:ずっとこのツリーハウスかな(笑)。カナダにも行きたいけど、アメリカとカナダの移動がまだ無理だから。最初は7月に解禁されるって言われていて、そのあと8月になって、またそれが延期になっちゃった。だから、しばらくはここにい続けるしかないわね。

でもすごく居心地が良さそうですよね。

JL:最高よ。空気もきれいで、ずっといても全然平気な環境だから、ちょうどよかったかも。

また、ライヴ配信などの予定もありますか?

JL:それが次の大きなプロジェクトね。実は、アルバムを最初から最後までプレイする配信を計画中なの。このツリーハウスで、いつもとはちょっと違うセットにしてやろうかなと思ってる。

文・質問:野田努(2020年8月26日)

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