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interview with Kassa Overall

interview with Kassa Overall

世界よ、後塵を拝せ。驚異のバックパック・プロデューサー登場

──カッサ・オーヴァーオール、インタヴュー

取材・文:小川充    通訳:原口美穂
photo: Aren Johnson  
Mar 05,2020 UP

良い音楽を作るためには生々しいトピックだったり、真実に基づいた経験についても触れなければいけない。そうしたリアルさ、複雑さがときにベストなものを作る。自分を振り返って、掘り下げた歌詞を書いていくことは、一種のセラピーのような行為でもあるんだ。

アート・リンゼイのアルバム『ケアフル・マダム』(2017年)では、あなたが現代的なビート感覚をもたらすなど重要な役割を担っていました。彼との活動があなたの創作活動にフィードバックされた点などありますか?

カッサ:『ケアフル・マダム』で学んだことは、アートの音楽に対するアプローチだね。それまでの僕のアプローチとはまた違うもので、彼の場合は音楽的なテクニックやスキルという部分よりも、世界観という部分で一枚のアルバムを作り上げてしまうことができるんだ。そうしたアートのアプローチを見ることは、自分自身をよりクリエイティヴにしてくれたと思うよ。

ファースト・アルバムの『ゴー・ゲット・アイス・クリーム・アンド・リッスン・トゥ・ジャズ』は、2019年のアルバムの中でもこれまでになかったジャズの新たな可能性を提示した素晴らしい作品でした。ジャズの生演奏とビート・ミュージックやヒップホップ、トラップやジュークなどエレクトロニック・ミュージックが融合し、フライング・ロータスなどを連想させる場面もありましたね。

カッサ:もちろんフライング・ロータスにも影響は受けている。彼は純粋なインストゥルメンタル・プレイヤー、即興演奏家ではないけれど、どうやって楽器を用いながらビート・ミュージック音楽を作っていくかというのは自分でやっていなかった部分なので、その面ではいろいろ影響を受けたと思う。『ゴー・ゲット・アイス・クリーム~』に関しては、フライング・ロータスのやってるジャズとビート・ミュージックとかの融合のまた別ヴァージョン、そんな面があるだろうね。フライング・ロータスのアプローチと僕のやっているアプローチには同じところもあれば、また違うところもある。そうした意味で別ヴァージョンということさ。

このアルバムではアート・リンゼイ、セオ・クローカー、カーメン・ランディなどのほか、ロイ・ハーグローヴとも共演しています。2018年に彼が亡くなる直前のレコーディングだと思いますが、どのようなセッションでしたか?

カッサ:素晴らしかったね。自分にとってとてもやりやすいものだった。ロイから本当に大きなインスピレーションを受けたわけだけど、彼は昔からニューヨークのジャズ・シーンの知り合いで、いつかコラボしたいねと言ってたんだ。なかなか機会がなくて時間がかかってしまったけど、こうやって一緒に演奏するときが巡ってきて、とても興奮したよ。彼がスタジオにやってきて、パーフェクトな演奏をしてくれて、2、3時間で全て録音することができた。
彼とレコーディングしたときは、まだアルバムとしてどうリリースするかまでは決まってなくて、いろいろ悩んでいた頃だったんだ。でも一緒にやっていい録音をすることができて、アルバムを出すのならこのタイミングだなと思ったんだ。そうした面でも彼の与えてくれたインスピレーションはアルバムを出すにあたってとても大きなものだったと思うよ。

ニュー・アルバムの『アイ・シンク・アイム・グッド』はジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド〉からのリリースとなります。どのような経緯で契約を結んだのですか?

カッサ:『ゴー・ゲット・アイス・クリーム~』をリリースしたとき、ジャイルスにラジオでかけてもらいたかったからアルバムを送ったんだ。彼も気に入ったみたいでかけてくれてね。そうして『アイ・シンク・アイム・グッド』が完成して、ジャイルスを含めていろいろな人にサンプルを送ったんだけど、そんなときにたまたまツアーでヨーロッパに行くからインタヴューとかをセッティングしてもらえないかと彼に相談したところ、『アイ・シンク・アイム・グッド』もすごくいいから彼のレーベルからライセンスして出せないだろうか、という話になってね。そんな具合にタイミングが重なってリリースすることになったんだ。

アルバムには来日公演でも一緒のモーガン・ゲリン(サックス)、ジュリアス・ロドリゲス(ピアノ)に、前作でも共演したサリヴァン・フォートナー(ピアノ)、セオ・クローカー(トランペット)から、ブランディ・ヤンガー(ハープ)、ジョエル・ロス(ヴィブラフォン)など現在のニューヨーク・ジャズ・シーンの期待の若手プレイヤーまで、多数のミュージシャンが参加しています。特にピアノ/キーボードではジュリアスやサリヴァンのほか、ビッグ・ユキ、ヴィジェイ・アイヤー、アーロン・パークス、クレイグ・テイボーンと多彩な面々とセッションしていて、それぞれ持ち味の異なる鍵盤奏者との共演がアルバムをよりクリエイティヴなものに導いている印象を受けるのですが、いかがでしょう?

カッサ:そのとおりだね。ひとりの優れたピアニストと組んでアルバムを作ることも、それはそれで素晴らしいことだと思うけど、このアルバムに関してはたくさんの優れたアーティストたちと組んで、それを一枚の作品としてまとめたいと考えた。その方が聴いている人たちも退屈しないからね。

“ショウ・ミー・ア・プリズン”には公民権運動の活動家で作家でもあるアンジェラ・デイヴィスが電話越しのメッセージで参加して驚かされました。この曲は監獄と囚人を題材とした作品ですが、彼女はどのようなきっかけで参加したのでしょう?

カッサ:アンジェラは『ゴー・ゲット・アイス・クリーム~』を出したときから僕をサポートしてくれていて、中でも“プリズン・アンド・ファーマスーティカルズ”という曲がお気に入りだったんだ。彼女の地元のオークランドやサンフランシスコやのラジオ局でもよくかけてくれて、いい曲だと言ってくれていたんだ。それで今回の“ショウ・ミー・ア・プリズン”を作ったとき、その歌詞の内容が持つヘヴィーさ、シリアスさというものを、どうすればより効果的に伝えられるかなと考えて、アンジェラの肉声が入ったらとてもいいんじゃないかなとアイデアが浮かんだんだ。それで彼女にヴォイス・メールを頼んだところ、快諾してもらえて入れたんだよ。

どこでも活動できるという意味でバックパック・プロデューサーと言っているわけだけど、スタジオだけじゃなく友だちの家でも、泊っているホテルでも、気がむいたらどこでも音楽はできる。時間を気にすることなく、納得がいくものができるまで続けられるというのも利点。

ヴィジェイ・アイヤーと共演した“ワズ・シー・ハッピー”は前述のジェリ・アレンに捧げた曲です。この曲に出てくる「ジャーニー(歌詞カードの和訳では「探求」)」という言葉はあなた自身の音楽や人生についても降りかかってくるのではと思うのですが、いかがでしょう?

カッサ:ジェリ・アレンが亡くなってからのある日、ヴィジェイとディナーをしてたときにジェリの話になって、彼から「彼女は幸せだったのかな?」と訊ねられたんだ。そんな会話がもとになって生まれた曲なんだけど、ジェリは彼女の人生や時間を全て音楽に捧げているような人だった。音楽は自分の使命であると、そんな風に考えるとてもまじめな人だったんだ。いざ音楽から離れて、彼女自身の幸せとか楽しみがあったのかなと考えてみるんだけど、でもジェリにはそんな時間なんてなかったんだよね。自分が尊敬するアーティスト、素晴らしいなと思う音楽家は、だいたいみなジェリみたいに音楽に人生を捧げて、真摯に取り組んでいる人たちなんだ。「ジャーニー(探求)」とはそうした人生を指しているんだよ。

今回のアルバムはあなたの詩人としての才能が大きく表れていて、そこにはかつて精神疾患を患い、躁鬱病で学生時代に入院した経験が反映されています。そんな体験から生まれた歌詞が多いのですが、そうした過去を隠す人が多い中、どうして自ら発信したのでしょうか?

カッサ:僕にとってのメインのゴールは良い音楽を作るということなんだ。そのためには今回のような生々しいトピックだったり、真実に基づいた経験についても触れなければいけないなと思ったんだ。そうしたリアルさ、複雑さがときにベストなものを作る。これまでは作品の中で深く自分自身を掘り下げていくということをあまりしてこなかったけど、今回はそうしたディープなところに挑戦したアルバムだと思う。同時にそうやって自分を振り返って、掘り下げた歌詞を書いていくことは、自身にとっての一種のセラピーのような行為でもあるんだ。

アルバム・ジャケットには少年時代のあなたの写真を使っているようですが、それもかつての体験に繋がっているのですか?

カッサ:あれは彼女のアイデアだから、訊いてみてよ。(同席していたガールフレンドを指す)

ガールフレンド:私とカッサは7、8才の頃に知り合ったんだけど、学校で同級生のときに撮った写真がこれなのよ。この写真のカッサの表情がずっと私の中には残っているわ。とても優しく笑っているんだけど、その中にちょっとプライドも感じさせて、すごくいい表情なの。それから彼が着ているバスケットボールのジャージもすごく似合ってるわね。彼がアルバムのことを話してたとき、この写真がジャケットにいいんじゃないかなと思って、それで勧めてみたの。

あなたは自身についてバックパック・プロデューサーだと述べていますね。リュックなどにラップトップを入れてどこでも音楽を作り、行く先々でいろいろなミュージシャンとセッションするということなのかなと思いますが、『アイ・シンク・アイム・グッド』はベッドルームで作ったトラックが、街に出てミュージシャンたちとのセッションによって完成されたものと言えますか?

カッサ:そうだね、どこでも活動できるという意味でバックパック・プロデューサーと言っているわけだけど、スタジオだけじゃなくて友だちの家でも、泊っているホテルでも、気がむいたらどこでも音楽はできるんだ。それとスタジオだとどうしても時間に縛られるよね。そんな時間を気にすることなく、納得がいくものができるまで続けられるというのもバックパック・プロデューサーの利点だと思うよ。

取材・文:小川充(2020年3月05日)

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Profile

小川充 小川充/Mitsuru Ogawa
輸入レコード・ショップのバイヤーを経た後、ジャズとクラブ・ミュージックを中心とした音楽ライターとして雑誌のコラムやインタヴュー記事、CDのライナーノート などを執筆。著書に『JAZZ NEXT STANDARD』、同シリーズの『スピリチュアル・ジャズ』『ハード・バップ&モード』『フュージョン/クロスオーヴァー』、『クラブ・ミュージック名盤400』(以上、リットー・ミュージック社刊)がある。『ESSENTIAL BLUE – Modern Luxury』(Blue Note)、『Shapes Japan: Sun』(Tru Thoughts / Beat)、『King of JP Jazz』(Wax Poetics / King)、『Jazz Next Beat / Transition』(Ultra Vybe)などコンピの監修、USENの『I-35 CLUB JAZZ』チャンネルの選曲も手掛ける。2015年5月には1980年代から現代にいたるまでのクラブ・ジャズの軌跡を追った総カタログ、『CLUB JAZZ definitive 1984 - 2015』をele-king booksから刊行。

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