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interview with Francesco Tristano

interview with Francesco Tristano

日本らしいものを作っても意味がない

──フランチェスコ・トリスターノ、インタヴュー

質問・文:小林拓音    通訳:青木絵美 photo: Ryuya Amao   Jul 05,2019 UP

バッハは楽器に強いこだわりがない人だった。彼が作曲する音楽の言語は絶対的だった。彼は楽器という表現方法をもとにしていない。だからバッハは技術の進歩には興味を示すと思う。シンセサイザーにも興味を示していたと思うよ。

クラシカルは歴史が長い分、バロックや古典派、ロマン派、印象主義などさまざまなスタイルがありますが、そのなかでもとくに影響を受けたのはなんでしょう? バッハはよく取り上げていますし、あなたの大きなルーツのひとつだと思いますが、できればそれ以外で。

FT:僕はバッハを毎日聴くし、バッハを毎日聴いて育ってきたからバロックが第一のインスピレイションになっているね。でももうひとつの理由として、バロック音楽には現代の音楽と共通するものがあると思うからなんだ。とても遊び心があって非常にリズミカル。テクノやエレクトロニック・ミュージックと同じようにベースがとても重要で。すべてはベースの音が基本になっているだろう? テクノの曲からキックドラムとベースラインを取ったら、もうあまり何も残っていない。リズムの要素が少し残っているかもしれないけれど、やはり要となっているのはベースだ。だからバロック音楽には間違いなく強い影響を受けているね。

ピアノはいまでこそ古典的な楽器とみなされていますけれど、発明された当時の人びとにとってはとてもハイファイでデジタルな音に聞こえたのではないか、それこそ今日におけるシンセサイザーのように聞こえたのではないかと想像しているのですが、この考えについてピアニストとしてはどう思いますか? たしかバッハはピアノ曲をひとつも書いていませんよね。

FT:ピアノは非常に複雑な楽器だ。どう言えばいいのかな……。ピアノは未来から来た楽器だと当初から考えられていた。とても複雑で巨大で、出る音も大きかったから、作曲家はどうやってピアノを扱っていいのかわからなかった。バッハが弾いてみたピアノはおそらく最高級のものではなかったと思うんだけど、彼はピアノを好まなかった。そのときバッハはかなり高齢だったということもある。正直な話、バッハは楽器に強いこだわりがない人だった。キイボード楽器向けのバッハの音楽でも、ヴァイオリン向けのバッハの音楽でもまったく同じに見えるよ。彼が作曲する音楽の言語は絶対的だった。楽器という表現方法をもとにしていない。だからバッハは技術の進歩には興味を示すと思うよ。当時もそうだった。当時もっとも技術的に進歩していたのはオルガンだった。教会がすばらしいオルガンを所有していた。それはきわめて優れた技術を持つ楽器だった。バッハはオルガンに強い興味を持っていた。オルガンの技術に強い関心を持っていたから、彼は現代の考えに近い考えを持っていたと思う。シンセサイザーにも興味を示していたと思うよ。

あなたは2011年のアルバム『BachCage』でバッハとケイジを同時に取り上げていましたけれど、その2組を一緒に取り上げようと思ったのはなぜ?

FT:このふたりは対話しているんだ。互いに対してね。彼らは数多くの点でつながっている。ふたりの作曲家の対話というか、卓球のラリーのようなプレイリストをつくって、このふたりをつなげる要素を探していた。たとえば、各作曲家の作品に共通するメロディや、ある特定の音やリズムの参考になるような音の要素。僕が先ほど話したバッハについての内容は、バロック音楽全般に当てはまることだ。現代の音楽との共通点が非常に多い。だからケイジの音楽や自分の音楽と、バロック音楽のあいだに共通点を見つけることは僕にとって容易なことなんだ。

ケイジだと“4分33秒”に注目が集まりがちですが、彼はピアノ曲や数々の電子音響の実験も残しています。あなたにとってケイジのベストな作品は?

FT:そうだな……ケイジが何を作曲したということよりも、彼が作曲したということ自体が重要なことだと思う。彼のヴィジョンは、緊迫性や現代的という意味では、他の作曲家のヴィジョンよりはるかに先を行っている。ジョン・ケイジ前とジョン・ケイジ後がある。彼はすばらしい音楽をたくさんつくったけれど、重要なのは、彼の作品の底には非常に強力な概念的な基盤があったということなんだ。そのせいで音楽の影が薄れてしまった。彼は自分でも言っているけれど、ジョン・ケイジ後は著作者という概念が消えてしまった。ジョン・ケイジの登場により、作曲家という概念が消滅した。僕たちは、作曲家であれ演奏者であれ一般の観客であれ、みな同じ体験の一部である。同じ体験の一部であり、体験を共有している。作曲家が独裁的権力を持ち、演奏者は作曲家の忠実なメッセージを観客に伝えなくてはいけなくて、それを聴く観客も静かに従うべき、という構造/ヒエラルキーはもう存在しない。それがケイジの思想だ。ケイジ以降、僕たちは音楽をまったく新しい思想として捉えている。だから彼は20世紀における超重要人物だったと思う。彼のベストな作品にかんしては、僕はケイジの作品で大好きなものがいくつもあるけど、“In A Landscape”というピアノ曲はとても美しい作品だと思う(*『AMBIENT definitive』をお持ちの方は22頁を参照)。

バッハとケイジの作品で、ピアノで録音されたもののなかでは、それぞれどの演奏家によるものがおすすめですか? 前者はできればグールド以外で。

FT:僕はグールド以外のバッハ演奏家をあまり知らないから、おすすめするとしたらやはりグールドだな。それ以外だと誰がおすすめできるかな……坂本龍一も僕が好きなバッハを弾いていたかもしれない。でも、彼はむしろキュレイター的なことをしているのかも。ケイジにかんしては、ケイジ専門の演奏家という人がいないから答えるのは難しい。それにケイジはピアノ作曲家として有名なわけではないからね。でも、ひとりだけケイジのピアノ音楽をよく演奏していた人がいた。ケイジを聴くには、スティーヴン・ドゥルーリーという人がおすすめで(*『AMBIENT definitive』をお持ちの方は22頁を参照)、バッハを聴くならやはりグールドをおすすめするね。

昨年は『Glenn Gould Gathering』でアルヴァ・ノト、フェネス、坂本龍一と共演していますが、それ以前から彼らの音楽は聴いていましたか? それぞれどのような印象を持っています?

FT:現代に健在するアーティストたちのなかでもっとも偉大な3人だと思う。坂本龍一と共演することになったと聞いたときは、信じられなかったよ。僕にとっての3大インスピレイションのひとつに入るからね。だから彼と、アルヴァ・ノト、フェネスと共演できたということはほんとうにすばらしい体験だった。もちろん以前から彼らの音楽はよく知っていたよ。何年も前から彼らの音楽を聴いてきたから。だからこの共演は僕にとってとてもたいせつで、共演した1週間の期間は充実した時間を過ごすことができた。それも、もうひとつの「東京ストーリー」になるよね。あの3人と一緒に東京で1週間を過ごした。そのとき、彼らには強い影響を受けたよ。

デトロイト・テクノは都会の悲しみをもっともうまく捉えた音楽だと思う。僕たちは本来の故郷である地球や自然界とはまったく切断された世界に暮らしている。僕たちが見るもの、触るもの、つくるものはすべて僕たち自身が発明したものだ。デトロイト・テクノはその悲しみをいちばん上手に表現している。

2016年の『Surface Tension』はデリック・メイをゲストに迎え、彼の〈Transmat〉からリリースされました。彼とはいつ、どのような経緯で?

FT:デリックとは10年くらい前に出会った。カール・クレイグがデリックのことを紹介してくれたんだ。僕たちは車でデトロイトの街を走っていて、一緒に時間を過ごしていた。互いにいろいろなアイディアが浮かんで、一緒に音楽をつくろうという話になっていた。初めて彼と一緒に仕事をしたのはオーケストラのプロジェクトだった。5年くらい前にベルギーでやった公演だったけれど、とても良い出来で、デリックとは結局、オーケストラ公演をその後もデトロイトやパリなどでもやることになった。彼と共演した後、僕は毎回こう言っていたんだ。「デリック、今度一緒にスタジオに入って制作しようよ」って。デリックは「うーん、どうかな。音楽のレコーディングはもう何年もやっていないから、わからないな」と言っていたから僕は、「じゃあ、こうしよう。スタジオに来てくれさえすれば、僕が適当に録音しておくから、何か良いものができたら、そのときにまた考えよう」と伝えた。そうやって彼を僕のスタジオに呼んだ。そしてスタジオで僕は、彼が演奏したものをすべて録音したんだ。彼が僕のスタジオに入るなり、録音ボタンを押してずっと録音していた。僕たちはアルバムを1枚リリースしたけれど、まだまだ音源はたくさんあるから、その音源だけであと2枚はアルバムがつくれるよ。現時点では、あの8曲がリリースされるのにふさわしい音だと思うから、残りの音源は保留にしているけれどね。

デトロイト・テクノが成し遂げた最大の功績はなんだと思いますか?

FT:個人的に思うのは、デトロイト・テクノは、人類の都会の悲しみをもっともうまく捉えた音楽だと思う。あなたも東京に住んでいるからわかると思うけれど、僕たちは都会という、僕たちの本来の故郷である地球や自然界とはまったく切断されてしまった世界に暮らしている。僕たちが見るもの、触るもの、つくるものはすべて僕たち自身が発明したものだ。僕たちは、自然の要素というものに触れてはいないんだよ。水道から流れる水道水を自然のものと捉えるならべつだけど、たとえば手を洗って石鹸を使うときも、なんらかの化学物質が入っているし、手を拭くときにタオルを使うけれど、そのタオルも、綿を織ったり、工場で染められたりという技術が使われている。そういった、自然界の要素から切断されているという状態。僕だって建築物などのつくられたものは好きだし、モノが嫌いだと言っているわけではない。ただ、僕たち人間がそういうモノに溢れた環境に暮らしていて、自然の要素に触れていないという状態に悲しみを感じるんだ。デトロイト・テクノは、その悲しみをいちばん上手に表現していると思う。僕にとっては、とてもエモーショナルでポエティックな音楽だ。同時にとてもグルーヴィで、他の感情が付随してくるときもあるけど、悲しみを感じられる音楽でもあると思う。

2年前には『Versus』でカール・クレイグともコラボしていますが、近年はジェフ・ミルズがオーケストラとやったり、デトロイト・テクノがクラシック音楽と結びつく例が目立つ印象があります。それ以外でも、ここ10年くらい、クラブ・ミュージック~エレクトロニック・ミュージックとクラシカルが融合するケースが増えてきていますが、そういう動きにかんして「カウンター・カルチャーが正統なハイ・カルチャーの地位にのぼり詰めようと背伸びをしている」、あるいは「ハイ・カルチャーの側がカウンター・カルチャーの良いところをかすめとろうとしている」、そういう側面はあると思いますか?

FT:その両面があると議論できると思うけれど、それはあまり関係ないことだと思う。たいせつなのは、音楽に限界はないということだから。音楽を、ジャンルやスタイルがあるものだと捉える必要はないと思う。なんらかの基準を満たすからこれは○○の音楽だ、という考え方は必要ないと思う。僕は、音楽に限界や辺境というものはないと思っている。だから、オーケストラを使ってエレクトロニック・ミュージックを演奏したいと思うのは自然なことだと思うし、エレクトロニック・ミュージックのアーティストたちがクラシック音楽のミュージシャンを使って自分を表現してみたいと思うのは自然なことだと思う。そういう試みにたいしオープンな姿勢でいることは、さらに豊かな体験ができるということだから。エレクトロニック・ミュージックにもアジェンダがあって、クラシックな音楽ホールで演奏会をやりたいと思うだろうし、その一方でクラシック音楽も観客の層を広げたいと思っているだろう。だからいま挙がったような側面はたしかに正論として存在すると思うけれど、僕個人の意見としてはとくに気にしていないな。

いま注目している若手のテクノ・アーティストはいますか?

FT:もちろん! 最近は才能あるプロデューサーが大勢活動している。ほんとうにたくさんの作品がリリースされているから、僕はそのすべてをフォロウすることはできないし、すべてを知るなんてことは不可能だけど、たとえば日本だけでもシーンは盛り上がっているし、すばらしい音楽をつくっている人たちがいる。メインストリームな音楽や、ダンス・ミュージックでいまいちばんホットなものを知りたいのであれば、僕はそこまで知らないけれど、ライヴ・セットで最近いちばん気に入っているのは、ブラント・ブラウアー・フリック。最近新しいアルバムが出たんだ。『Echo』というタイトルで先週リリースされたばかりだ。すごくおすすめだよ! 彼らも東京が大好きなんだ。

ふだんテクノやエレクトロニック・ミュージックを聴いている人におすすめの、最近のクラシカルの音楽家を教えてください。

FT:僕がおすすめするのは、僕のメンターであるブルース・ブルベイカー。ピアニストであり、偉大な人でもある。すばらしいアルバムを何枚か出しているよ。フィリップ・グラスのようなアメリカのミニマル・ミュージックに傾倒しているけれど、僕がいちばん好きなのは『Codex』というアルバムで、2年前にリリースされた作品。『BachCage』同様、とても昔の音楽と、アメリカのミニマリスト作曲家のテリー・ライリーの作品とを行き来しているんだ。すごくクールだよ。


質問・文:小林拓音(2019年7月05日)

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