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Serpentwithfeet Soil Tri Angle / Secretly Canadian / ホステス |
アルカ以降の重々しくインダストリアルな感覚のビートがあり、フランク・オーシャン以降のオルタナティヴR&Bがあり、それらをオペラのようにシアトリカルなオーケストラが華麗に彩っている。そしてジェンダーに縛られないエモーショナルで甘美な歌……サーペントウィズフィートを名乗るボルチモア出身の新鋭、ジョサイア・ワイズの音楽を要約するとそうなるのだろうが、ここで問題にしたいのは、この自然体の広範さがどこから来たのかということである。
その異物的だが艶やかなヴィジュアルを一目見ればわかるように、サーペントウィズフィートは新世代のクィア・アーティストである。それはニューヨークのアンダーグラウンド・パーティが育んだものだ。そこに集まった彼ら/彼女らは奇抜なファッションに身を包み、エッジーな音をたっぷり取りこんで、社会常識や規範を撹乱するダンスを踊ろうとした。エレキングに日々アップされるディスク・レヴューを見ていると意図せずしてクィアなミュージシャンが増えているように感じられるが、いまはクィアネスがサウンドも価値観も拡張している時代ということなのだろう。サーペントウィズフィートに関して言えば、昨年ビョークの“Blissing Me”のリミックス版のヴォーカルに招かれたことが話題になったが、クィア・ミュージシャンを寵愛し続けてきたビョークが彼の存在それ自体の先鋭性と華を見落とすはずがなかった、というわけだ。
5曲入りEP『ブリスターズ』ではハクサン・クロークがプロデュースを務めているが、デビュー・アルバム『ソイル』にはケイティ・ゲイトリー、mmph、クラムス・カジノといった名前が並ぶ。ポール・エプワースという大物プロデューサーも参加しているが、ジョサイア・ワイズはそちらよりも明らかにアンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージックとの回路を保持しようとしているように思える。自分がどこから来たのかを忘れていないのだ(リリースはEPに引き続き〈トライ・アングル〉から)。そこに管弦楽の絢爛なアレンジを加えて、ワイズ自身が中心で歌い、舞い踊っている。アルバムはときに過剰にドラマティックな展開を通過しながら、聴き手の美的価値観を揺るがし、更新しようと促しているようである。彼自身の言葉を借りれば、その境界を押し広げようと。とりわけラスト、“Bless Ur Heart”の眩い恍惚が圧倒的だ。
驚くほどミニマルだったフジロックのステージから数日後、ジョサイア・ワイズに会って話を聞いた。意外とシンプルな服装だが、銀色に光る鼻ピアスの存在感にどうしても目を奪われる。饒舌なタイプではなかったが、質問に答える度に楽しそうに笑う姿がなんともチャーミングだった。
僕にとって音楽はセラピーや癒しではないんだ。僕が音楽で扱っているのはいま直面している問題ではなくて、整理できている過去についてなんだよ。だから内面を出すことに居心地の悪さを感じたことはなかったよ。
■フジロックでのステージを観ましたが、短い時間で濃密な空気が生み出されていて圧倒されました。で、どんな服装で出てくるかを楽しみにしていたんですが――
ジョサイア・ワイズ(Josiah Wise、以下JW):ふふふ。
■赤いポンポンのようなものを腕につけているのが印象的でした。あなたのこれまでのヴィデオでも赤が印象的に使われていますが、あなたにとって赤とはどういう意味を持つ色なのでしょうか?
JW:フジロックではとくに赤を使うプランを立てていたわけではないんだけど、赤が僕にとって重要な色だというのはたしかだね。赤はパワーがある色だし、行動を促すものだと思う。動きが表現できるんだよね。
■ライヴではサウンドは比較的シンプルにして歌にフォーカスしている印象だったのですが、これは意図的でしたか。
JW:うん、やっぱりヴォーカルはすごく自分にとって重要だから。
■シンガーとしてお手本にしているひとはいますか?
JW:フェイヴァリットはブランディだね。
■へえ! ブランディのどういうところが好きですか?
JW:やっぱりヴォーカル。甘くて優しい感じがするし、健康的なところもいいね。
■今回のステージはあなたひとりでミニマルな構成でしたが、今後、たとえばビョークみたいにクワイアやオーケストラを入れるようなもっと大きい編成のものもやってみたいと思いますか?
JW:予算がかかるからね(笑)。可能性はあるけど、様子見だね。
■個人的には、ダンサーが入るようなシアトリカルなステージも観てみたいと思います。
JW:それも様子見だね(笑)。
■なるほど(笑)。いまいきなりステージの話からしてしまったのですが、今回はじめてのインタヴューなので、少し基本的な質問もさせてもらいますね。
JW:オッケー。
■サーペントウィズフィートの音楽にはすごくたくさんの要素がありますが、それに影響を与えた欠かせないミュージシャンを3人挙げるとしたら誰になりますか?
JW:ブランディ、ビョーク、ニーナ・シモンだね。
■全員女性アーティストというのは何か理由がありますか?
JW:いや、女性だからということは関係なくて、純粋に彼女たちが素晴らしいと思うからだね。
■聖歌隊にいたそうですが、ゴスペル・ミュージックから受けた影響はありますか? あなたの音楽にはホーリーな響きもあるので、宗教的な意味合いもあるのかと思ったのですが。
JW:宗教的な部分ではないかな、僕は宗教的な人間じゃないしね(笑)。宗教的な言葉を使ってはいるけどね。ただ、クワイアにいるのは本当に好きだったんだ。すごく影響を受けたし、自分を変えてくれたと思う。
■影響を受けたと言えば、ニューヨークのクィア・カルチャーやクィア・パーティにもインスパイアされたとお話されていたのを読みました。それらのどういった部分が刺激的だったのでしょうか?
JW:何と言っても、その自由な感覚だね。ニューヨークのクィア・カルチャーに属しているひとたちは、誰もが自分の境界を押し広げようとしているんだ。僕もそれにインスパイアされて、そういった姿勢を実践しようとしているよ。
■なるほど。何か具体的なエピソードはありますか?
JW:僕は昔、すごく静かなほうだったんだ。だけど、ニューヨークのクィア・カルチャーに関わっているたくさんのアーティスト――ミッキー・ブランコやケレラなんかはとくに、自分自身をラウドに表現していると思ったんだよね。彼らの姿を見て、自分も深い感情というものを表現できるようになったと思う。
■クィア文化からはヴィジュアル面でも影響を受けたように感じますが、ファッションも含め、何かポリシーはありますか?
JW:ファッションに関しては、出身のボルチモアのカルチャーから影響を受けているんだ。すごくオリジナルで。あとはサンフランシスコ。アーバンなファッションに煌びやかさが加わったようなところだね。あとストリート・ウェアが好き。楽だからね(笑)。
■そうなんですか。どっちかと言うと、気合いが入ったファッションをするほうなのかなと思っていました(笑)。
JW:全然(笑)。カジュアルなほうがいいね。
■そうだったんですね。ではサウンドについても訊きたいのですが、EPではハクサン・クロークを起用していたり、アルバムではケイティ・ゲイトリーやクラムス・カジノ、mmphが参加していたりと、アンダーグラウンドのプロデューサーが活躍していますよね。こうした人選の基準はどこにあるのでしょうか?
JW:EPに関しては、僕がハクサン(・クローク)といっしょに仕事がしたかったから。アルバムではレーベルからの推薦と僕の希望のミックスなんだけど、自分が選ぶときは、自分がそのひとの音楽を聴いて良いと思ったらプロデューサーを調べて、それで決めるようにしているよ。
■アルバムではとくにケイディ・ゲイトリーの貢献が大きかったそうですが、彼女のどういったところが良かったのでしょう?
JW:彼女はイカれてるんだ(笑)! これはいい意味でね。彼女の作るトラックは何もかも燃えているようで、僕はそれが欲しかった。クレイジーだよ。
僕は音楽だけじゃなくて、ライフそのものに官能性は重要だと思うんだ。鳥のさえずり、花、木の揺らぎ……そういったもののすべてが、僕にとってはセンシュアルなんだ。
■あなたの音楽はエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの要素も重要ですが、そうした音楽もハードに聴くほうなのですか?
JW:そうだね、けっこう聴くほうだと思う。革新的でエキサイティングなプロダクションというのはいつも気にしてる。とくにティンバランドやトータル・フリーダムのサウンドが好きだね。
■アルカはどうですか? あなたと近いところにいるアーティストだと思いますが。
JW:うん、すごくいい作品を作っていると思う。彼の音楽が出てきたとき、たくさんのひとが新しいと感じたと思う。そこがいいよね。僕と似ているかについては、彼以外にもゲイのアーティストが同時期に出てきたと思うんだけど、(自分たちは)場所に関係なく共通して持っているものがあるかもしれないね。
■他に、とくにシンパシーを感じるミュージシャンはいますか?
JW:フランク・オーシャン、ソランジュ、SZA、ブロックハンプトン……たくさんいるよ。
■いままっさきにフランク・オーシャンが出てきましたが、やっぱり彼の存在は大きかったんですね。
JW:うん、そうだね。フランク・オーシャンの成功があったからブロックハンプトンの成功があったんだと思う。ただ、これはゲイとストレート関係なく、タイラー・ザ・クリエイター、SZA、ウィロー・スミス、ジ・インターネットみたいなひとたちも共通しているけど、彼らに影響を与えたのはファレルだと思う。ゲイ/ストレート関係なく、自分自身を表現するという点でね。
■もうひとつ、あなたのサウンドではオーケストラの要素が重要ですね。これはオペラや演劇からの影響ですか?
JW:子どもの頃からオペラがすごく好きだったら、そういった部分が出ているのかもしれないね。
■子どもの頃っていうのは、本当に小さいときからですか?
JW:ええと、たぶんそうだね。小学生くらいのときだから。
■へえー! オペラを聴いてる小学生ってけっこう珍しいと思いますけど(笑)、どういったところが好きだったんですか?
JW:両親の影響なんだ。もうただただ、美しいと思ったよ。
■それは早熟ですねー。それで、いまお話したようなこと――ソウル/ゴスペル、R&B、アンダーグランドのエレクトロニック・ミュージック、クィア・カルチャー、オペラ――がアルバムには全部入っていますよね。基本的なところなのですが、アルバムの最も重要な課題は何だったのでしょうか?
JW:『ソイル』についてはその言葉通り、泥や土みたいにすごく「詰まった」アルバムにしたかったんだ。ものすごく濃密なもの。
■ええ、本当に濃密なアルバムだと感じました。サウンド面でも感情面でもそうですよね。内容もけっこう生々しいと思いますが、そんな風に自分をさらけ出すことに恐れや不安はなかったですか?
JW:いや、僕にとって音楽はセラピーや癒しではないんだ。僕が音楽で扱っているのはいま直面している問題ではなくて、整理できている過去についてなんだよ。だから内面を出すことに居心地の悪さを感じたことはなかったよ。
■それは面白いですね。それからすごく官能的でもありますが、なぜなぜあなたの音楽にエロスが必要なのでしょう?
JW:うん、重要だね(笑)。僕は音楽だけじゃなくて、ライフそのものに官能性は重要だと思うんだ。鳥のさえずり、花、木の揺らぎ……そういったもののすべてが、僕にとってはセンシュアルなんだ。
■なるほど。とくにアルバムの最後の“Bless Ur Heart”は官能性も濃密ですし、非常に重要な一曲だと思います。歌詞に「Boy」や「Child」という言葉が出てきて、これはあなた自身のことを指していると思ったのですが、あなたにとっては何を象徴するものなのでしょう?
JW:その通りだよ。あの曲では、いまの僕自身に向けて語りかけている。テーマは優しい心を持ち続けることについてなんだ。雲とか木や幽霊が、(そうしたメッセージを)僕に語りかけているイメージなんだ。
■すごく美しい曲ですが、なぜラスト・ナンバーに置いたのでしょう?
JW:僕にとってはすごくスウィートな曲で、アルバムもそういうムードで終えたかったんだ。それにピッタリな曲だと感じたからね。
■ええ、本当にそう思います。では、クィア・カルチャーについてももう少し訊きたいのですが、最近は、アノーニ、アルカ、フランク・オーシャン、ソフィーなど、たくさんのクィアなアーティストがそれぞれの表現で活躍していて、日本から見ていてもすごく勢いがあるように思えます。ただ、あなたからすると、いまのアメリカでもクィア・アーティストとして表現することに困難はあると思いますか?
JW:いや、あまり感じないね。日本ではどう?
■いやあ、まだまだ難しいと思います。
JW:そうなんだね。僕の場合は、単純に自分がクィアだからそれ以外の選択肢がないんだよ(笑)。
■あなたの音楽には、クィアに対する祝福があるのでしょうか。
JW:もちろん。それはアルバムを通してつねに感じていることだよ。音を作っているときからね。
■あなたの言葉でクィアを定義するとどうなりますか?
JW:expansive(拡張的な、展開的な)。
■ああ、それはすごくしっくり来る定義だと思います。では最後の質問ですが、いまの目標を教えてください。
JW:これもexpansive、だね(笑)。
取材・文:木津毅(2018年8月28日)