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interview with Eiko ishibashi

interview with Eiko ishibashi

音をはこぶ列車/列車をはこぶ音

──石橋英子、インタヴュー

野田努    Jul 19,2018 UP
E王
石橋英子
The Dream My Bones Dream

felicity

ExperimentalSound CollageMinimalPop

Amazon

いまだとらえどころのない、石橋英子の過去作品を簡略して言い表すことはできないけれど、そのすべては決してアプローチしづらいものではない。ポップと呼べるかどうかはさておき、その多くには歌があり、リズミカルな旋律があり、ピアノは美しく響き、なんだかんだ言いながらも優美で、曲によってはかわいいメロディや爽やかさもあったのではないかと思う。それは敢えて描かれた、廃墟から見える青空なのか、あるいは自然に出てきたものなのか、ぼくにはわからないけれど、たとえ破壊的な何者かがその奥底でうごめいていたとしてもそうそう気が付かれないような、表面上の口当たりの良さはあった。シンガーソングライターと勘違いされるほどには。
新作はしかし、そういうわけにはいかない。そして同時に、ムシのいい話で恐縮だが、この作品こそぼくがこの異端者に求めていたものではないかとさえ思う。『The Dream My Bones Dream』は、彼女の新しい文体、新しい描写による新しい冒険だ。まっさらなカンバスに描かれる時間の旅行。遷移する「瞬間」の連続。それがある種のミニマル・ミュージックを呼び起こす。型にはまらない音楽をやることは簡単なことではないし、また、それがゆえに人がすぐに理解しうるものではないかもしれないけれど、この作品には、ゆえに生まれたであろう美しい何かがあると思う。それは難しい話ではない。ただ耳を開けば、聞こえてくるもの。『The Dream My Bones Dream』は素晴らしいアルバムだ。

聴こえてくる音と外の世界と心のなかを混ぜてひとつの方向にむかう。そういう行為を続けているだけかもしれないです。自分がどう世界を見るのか、どう対峙するかというときに、これしかできないからというのがあります。この歳になってますますそう思います。

いやー、素晴らしい作品ですね。

石橋:ありがとうございます。

まずこの作品は、これまでとは音楽に対するアプローチを変えている作品ですよね。4年ぶりのソロ・アルバムになるわけですけれど、この4年の間にカフカ鼾であるとか、公園兄弟とかあって、石橋さんとしてはいろんなチャレンジがあったと思うんですけど、しかし、石橋英子のソロ作品だけを追っている人からすれば、今作には驚きがありますよね。とくに『アイム・アームド』みたいな作品を「石橋英子」というふうに思っている人からみたら、「おや?」っていう感じになると思います。だって、今回のアルバムには、ある意味石橋作品のトレードマークであったピアノの演奏がないんですから!

石橋:トレードマーク(笑)? “To The East”という曲だけピアノを弾いています。あとは、ローズとかCPとかシンセですね。

言ってしまえば、ドローンとかミニマルとか、サウンド・コラージュというかミュージック・コンクレートみたいなものを大幅に導入しています。やっぱり石橋さんの作品のひとつの特徴は、ピアノの響きと変拍子であったり、転調であったり……なんかひとつの石橋作品の世界があると思うんですけど、今回はいまで構築してきたそういう自分の世界をいちどまっさらにして、まったく違うアプローチを見せているんですよね。

石橋:そう聴こえるかもしれませんね。

そういう意味では、大胆な変化に挑戦した作品ですね。歌われている歌詞は、日本語でも英語でもなく中国語であったりしますし。この大きな変化はどのようにして起きたのでしょうか?

石橋:自分ではいままでのそういう特徴といわれているものは、作る音楽にとって必要とされ、自然に出てきたことなので、そういう意味では今回も同じといえば同じなのです。4年の間に、もっと言えば6、7年くらいかな、バンドキャンプにいろいろ上げていた作品とかあるんです。フルートだけで作ったりとか、声だけで作ったりとか、シンセの作品など。
そういうものと、4年の間で自分のまわりに起きたこと、いろんな作品、例えばお芝居や映画の音楽を作ったりとか、ノイズの方と一緒にやったりとか。そういうものが全部出ていると思うんですよね。自分がそれを意識してこのような作品になっていったというよりは、ライヴとかレコーディングとかがないときに、4年間、毎日音を探した結果ではないかと思います。今回のアルバムができるまでの行程はひとりの作業が多かった分、その結果がいままでよりも前に出てきたのだと思います。

じゃあわりとごく自然に?

石橋:そうですね。だから、アプローチとかを変えていったというよりは、例えばこのアルバムにとって列車の音というのがひとつのキーになったので、曲によっては列車をイメージしたドラムのリズムから作っていきました。

2曲目“アグロー”とか、3曲目“アイロン・ヴェール”とか?

石橋:そうですね。ドラムのある曲は全部ドラムから作っていこうかなと思って。

この4年の間に秋田昌美さんとコラボレーションをしたり、海外ツアーに行かれたり。そして最近は地方に引っ越しもされて、東京から離れた。いろいろな経験があるなかで、もっとも大きな影響を与えているものは何ですか?

石橋:作品に直接反映させるつもりはあまりなかったのですが、こういう作品になったキッカケとして、あるとしたら父の死は大きいかもしれないですね。音的なことで言うと、引っ越しをしたこともすごく大きいですね。ドラムをずっと叩いても大丈夫というか、長い時間ドラムを叩いても誰も何も言わない環境(笑)。

それは大きいですね。

石橋:大きい音でスピーカーから音を出しながら音を作っていても誰も何も言わないというのはすごく大きいと思いますね。

いままでは都内で叩いていたんですよね?

石橋:都内で叩いていましたよ。雨戸を閉めて(笑)。いまはドラムが家のなかですごく良い感じに響くんですよね。叩いていてすごく楽しくって。響きで何倍もご飯いけるみたいな(笑)。

しかしドラムから作ったというのは意外ですね。

石橋:1曲目の“プロローグ:ハンズ・オン・ザ・マウス”は、実験的にエレクトリック・フルートでいろいろ音を重ねていくうちにできたり。曲によってアプロ―チが違うのですけど、ドラムのある曲はそうですね。実際の録音のドラムは山本達久さんとジョー・タリアさんに叩いてもらっています。ふたりの繊細なドラムの響きは今回のアルバムの大きな特徴です。“Tunnels To Nowhere”という曲はシンセとコラージュから作りました。

お父さんの死というのは石橋さんにとってはすごく個人的なことであり、リスナーに共有して欲しいということを望んでいるわけではないと思うんですけど。

石橋:はい、全然そこは望んでいないですね。

お父さんの死別みたいなものがこの作品にとってひとつキッカケというか何か方向性であるとか、そういうものを与えたとしたらどんなことですか?

石橋:父は生前に全然語りたがらなかったんですけど、満州の引き上げの人で、そのときの写真とかが出てきて。父の死の前後、母と喋ったり親戚から聞いたりして。やっぱりそのことが気分というか頭を支配していて、いろいろ自分なりに調べていったことが曲に反映されていったということがすごくあると思いますね。満州のことについてどういう状況だったのかとか。父はどうやって引き揚げてきてそのあとどうなったのかとか。どういう状況で暮らしていたのかとか。学校でもそのときの歴史をあまり学ぶことができないので、そんな昔のことではないのに、遠い過去の出来事のようになっていると思いました。外国に短い間だけしか存在しなかった国があり、自分の国の人びとがそこにユートピアを求めたという異常な出来事なのに。

満州国ですね。

石橋:満州国の成り立ちを調べていくうちにいまの日本が置かれている状況とあまり変わらないと思いました。だからといってそのことをテーマの中心に置くつもりはなかったのですが、自分はいまの時代と、昔と未来とがすごく繋がっている感じがします。そのことを考えているうちにできあがっていった音が今回のアルバムを構成していきました。

アルバムの途中に出てくる汽車の音がすごく印象的でした。ところで、今回のアルバムを聴いていて、初めて石橋さんの言葉が耳に入ってきたんですよね(笑)。日本語で歌われている曲の歌詞が。

石橋:面白い(笑)。

いままでは、歌は入ってくるのですが、言葉までクリアに耳に入ってきたのは今回が初めてです。

石橋:歌い方が変わったかもしれないですね。

ぼくだけかもしれませんが(笑)。ところで、いまの満州の話を聞いて、なぜ中国語で歌われたのかもわかりました。

石橋:ドラムで作りはじめたときは考えていませんでしたが、曲になるにつれ、どうしても中国語を必要とする曲になっていったのだと思います。

これはどなたかが中国語に訳しているのですか?

石橋:程璧(チェン・ビー)さんというシンガーソングライターの方に私が書いた詩を翻訳して頂いて、デモを歌ってもらいました。

ぼくは日本人なので、すごく興味深い感覚にとらわれますよね。中国という遠くて近い外国、日本との歴史、当事者でありながら、東アジアをどういう風に見たらいいのか、まだぼくたちはよくわかっていないところがあると思います。

石橋:私も中国に実際行ったことがないし、遠くに感じるときもあります。でも実際、身の回りや歴史を見渡すと私たちの生活やルーツに深く関係している国だし、未来のことを考えるときに避けては通れないと思います。

そうですね。ところで、今回はなぜピアノを全面には出さなかったのですか? ある意味では石橋印と言えるじゃないですか(笑)。

石橋:いやいやいや! 自分がそう思っていないからかもしれないですね。自分をピアニストだと思っていないということはあると思いますね。

『アイム・アームド』みたいなアルバムを出しておいて(笑)。

石橋:そうですね。あれは平川さん(※felicityのA&R氏)の希望で(笑)

あれがすごく好きだって人が多いよね(笑)。

石橋:私は残念な事にまだ自分を「◯◯の人」と言う事ができないんです。

いつも思うのですが、石橋さんの音楽はジャンル分けができないんですよね。

石橋:どこに行っても居心地が悪いですよね(笑)。

いまでも良く覚えているのは、石橋さんに最初にインタヴューをしたときに、自分は本当はステージに立ちたくないんだと仰っていたことです。ステージに立ちたくないし、ピアノも楽しくないと。それがすごく印象に残っています。いまでもそうなんですね。

石橋:そうです、そうです。

で、あのあとも思ったのですが、石橋さんはなぜ音楽を作っているのだろうって。すごく大きな話で失礼ですけれど、そういうふうに思ったんですよ。

石橋:それは私もいつも思います。聴いたことのない音、自分を別の場所に連れていくような不思議な響きを追い求めているだけかもしれないです。楽器はなんでも良くて。ライヴをやっていてもそうだし、作品を作っていてもそうだし。聴いたことがない、見たことがない、音の世界を探しているだけという感じはします。

野田努(2018年7月19日)

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