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Home >  Interviews > interview with Gengoroh Tagame - 『弟の夫』地上波放送記念:田亀源五郎特別ロング・インタヴュー

interview with Gengoroh Tagame

interview with Gengoroh Tagame

『弟の夫』地上波放送記念:田亀源五郎特別ロング・インタヴュー

取材・文:木津毅    撮影:小原泰広   May 02,2018 UP

血縁があってもいっしょにいると傷つけ合ったり苦痛だったりするのであれば、それは無理に家族でいる必要がないと思う。

 忘れもしない。田亀源五郎が一般誌で連載を開始すると聞いたときのことである。それは単純に、ゲイ雑誌や国内外のゲイ・アート・シーンで長く活躍してきた人物がこれまでとまったく異なるフィールドに挑むことに対する興奮もあったが、いまから振り返れば、それ以上に時代の変化を嗅ぎ取っていたのだとも思う。もしかすると、日本もゲイ・テーマの物語が広く伝えられる季節が来たのではないか……。実際にその作品、『弟の夫』が話題を呼び、時代を代表する一作となったのは周知の通りだ。
 だから、このたび『弟の夫』がNHKでドラマ化され、大きな話題と高い評価で迎えられたことはやはり画期的な出来事だったと思う。それは同性愛がお茶の間に受け入れられたとかそういったレベルの話ではなく、同性婚や多様な家族のあり方、新しい時代の人権について社会が真剣に考え始めたということを端的に示しているからだ。3月にはBSのみでの放送だったが、盛り上がりを受けて地上波での再放送が早々に決定している。まだ観ていないという方はこの機会にぜひご覧になってほしい。(公式サイトはこちら)奇しくもこの連休は東京レインボープライドが開催中であり、セクシュアル・マイノリティと社会のあり方について考える絶好の機会だと言える。


田亀源五郎(著)/ 木津毅(編)
ゲイ・カルチャーの未来へ

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 以下の対話は田亀源五郎初の語り下ろし本である『ゲイ・カルチャーの未来へ』の発表から約半年が過ぎ、そのアフター・トークとして軽く振り返る目的で企画されたものである。だが、話題は自然と最新のセクシュアル・マイノリティ・イシューに及ぶこととなった。そう、毎日いろいろなことが起きている。社会は確実に変わろうとしている。相変わらず複雑な問題は山ほどあり、さらに新たな課題にもわたしたちは直面している。だがそれは、時代が前に進んでいるという証明でもあるだろう。
 田亀氏は相変わらず明晰な語り口で『弟の夫』のドラマ化のこと、最近のセクシュアル・マイノリティ・イシュー、そして始まったばかりの新連載について話してくれた。ゲイ・カルチャー/ゲイ・アートにどこまでも真摯に向き合い、それを豊かなものにしようと取り組み続けてきた作家の最新の発言をお届けしよう。

『弟の夫』のドラマは3月のBSでの放送から大反響でしたが、どんな風に受け止められましたか。

田亀源五郎(以下、田亀):やっぱり漫画が届く層とドラマが届く層の違いをものすごく感じました。そういう意味ではドラマ化はすごく有効なんだな、と思いましたね。

具体的にはどのような違いを感じましたか?

田亀:それはやっぱり、漫画は全然読まないけれどドラマはいっぱい観るという層がいるので。私はそれほどテレビを観ない人間で、テレビドラマにもあまり縁がないんですけど、世のなかにはテレビドラマを楽しみにしている層というのがものすごくいる。テレビがレガシー・メディア的なものになったと言われているけれども、BSでもあれだけの反響になったというのは、まだまだ日本のなかではものすごい影響力を持っているんだな、とは思いましたね。

ツイッターで『弟の夫』がトレンドに挙がりもしましたし、ネットでも話題になりましたよね。そういう意味では、普段NHKを観ないような若い世代にも届いたのかな、とも思いました。

田亀:それはあったのかもしれないですね。普段からドラマが好きで「今期のドラマの当たり作」として観てくださった層もいるし、普段はドラマを観ないけれどもモチーフが気になったので観てくださったという層もいるし。あと出版との相乗効果で言うと、(『弟の夫』を)出版のときに存在を知っていたけれど、アクセスはしていなかった人がドラマになったから観てみたというのもあったし、知っていて何となく興味はあったけれど、買うところまで至っていなかった人たちが「ドラマ化決定」という帯で背中を押されて買った、というような動きは目に見えてありましたので。そういう意味では、メディア・ミックスの力はやっぱり大きいのだなと思いましたね。

なるほど。

田亀:もともと広い層に読んでほしいと思って描いた漫画だったので、ドラマ化の話が来たときも「それで広がってくれるのなら大歓迎」と思ってオッケーを出したんですけれど。そういう意味ではとても理想的な展開になったのかなと思います。

あと僕がもうひとつ思ったのが、世のなかにゲイ・テーマの作品を受け止める準備が整ったのかな、ということでした。

田亀:うん、それは思いますね。ちょうど『弟の夫』の直前に『女子的生活』というトランスジェンダーのドラマをNHKでやっていて。セクシュアル・マイノリティがテーマの作品が連続したことでNHKがそっちのほうに力を入れているんじゃないかという想像もあったみたいですけれど、それはまったくの偶然で。単純に制作時期が重なったそうなんですよ。ただ、その企画がNHK内で通るか通らないかというのが大きいので、そういう意味では世相が反映されて、その準備が整ったという感じはしますね。

いまこそオープン・リレーションシップをヘテロのほうにフィードバックする時期なんじゃないかなと思うんですよ。

ドラマの内容についてですが、田亀先生はどんな風にご覧になりましたか?

田亀:とても丁寧に真面目に、真剣に作っていただけたので、とてもありがたいなと思っています。私は原作者なので、ドラマにどれだけの距離を取って観られるかは自分でもよくわからなくて。自分が観て楽しめるかがすごく心配だったんですけれど、観ている間にすっかり忘れて引きこまれたので、そこはドラマとしての力があったのだと思います。

みなさんの反応を観ていると、キャスティングも好評でしたね。

田亀:そうですね。

把瑠都さんがかわいいと話題で。

田亀:あれは一種のアクロバティックなキャスティングでしたね(笑)。

(笑)素のままなんじゃないか、っていう存在感が効いていましたよね。あと、僕がもうひとつ良かったと思うのが、原作のエピソードをすごく丁寧に拾っていることでした。

田亀:そうですね。

たとえば、マイクと一家が温泉旅館に泊まるシーンで、耳栓を配るエピソードであるとか。あれは、ちょっとした配慮や思いやりで共生することが可能だと示唆するものじゃないですか。ああいった細かいエピソードが入ることで、ドラマとしての筋が通っているなと思いました。

田亀:ですね。自分が漫画のなかで描きたかったことのなかで、これは抜けているなというものも当然あるんですね。作者の立場からすると。ただ、観客の立場からすると、あの原作からどこをピックアップして、どこを切り捨てるかという点は考え抜かれてしっかり作られているなと感じられたので。なくなった部分に関しても、そこがないから背骨が抜けたみたいなことはなかったですね。独自の解釈も加えた良い作品を作っていただいたという感じです。

独自の解釈の部分というのは、とくにどういったところでしたか?

田亀:一番はラストの変更です。私はとくに恒久的な幸せの保証とか、もしくは血縁でどんどん広がっていく家族の絆とかをそこまで肯定はしたくなかったので、そこら辺は違うニュアンスになっていますね。でもそれに関しても、漫画の展開をそのままドラマでやるとエンターテインメントから遠すぎるかな、という気もしますので。ドラマだと寂しいと思っちゃうかな、と。漫画のように自分のペースで能動的に読み進められるものと、テレビドラマのように基本的に受け身で観賞するものとでは、文法やメディア特性が異なるでしょうし。そういう意味では、あのラストシーンは演出の方からご提案いただいたんですけれど、これはこれで多幸感があっていいな、と思いましたね。

なるほど。ほかにも原作にあったエピソードで言うと、マイクが弥一に「家事や育児も立派な仕事です」というシーンもしっかり反映されていて、あそこはすごく視聴者からの反響があったようですね。

田亀:そうですね。あれは常日頃から自分が考えていて、それで漫画に盛りこんだことではあったので。そこら辺は、専業主婦をしていてモヤモヤしている方も多くいらっしゃるだろうから、シングルファーザーの話で描いたとしても一般的な話題として反応してくれるだろうなとは思いましたね。

そういった部分に反応があっとことも含め、『弟の夫』が現代の家族の多様なあり方を探る作品だということがすごく伝わっているように思えました。

田亀:そういう意味では、離婚の理由を入れちゃったところなんかは、どちらかと言うと私の趣味ではないんですけどね(笑)。あの離婚の原因というのは、ちょっと昔からあるパターンすぎるので、私が考えていたものとはまったく違うとか、そういうのは少しありますけどね。

なるほど、たしかに。ただ、NHKは朝ドラなどで家族をテーマにしたドラマを多く作っていますが、そのなかではやっぱり新しいものだなと僕は感じましたし、意味のあることだなと思いましたね。

田亀:そうですね。

「おぎゃあ」と生まれたときからホモフォビアである人なんかいないわけですから。それは育っていく過程のなかで社会に植えつけられていく。そうすると我々にできるのは、社会がホモフォビアを植えつけてしまうことをどうやって防ぐか、ということ。

そこで急に大きい質問になるんですけれど、田亀先生ご自身は家族とは何だと思いますか?

田亀:(少し考えて)私にしてみれば、基本にあったのはやっぱり血縁なんですね。ただ、それは単純に私が問題のない家庭環境で育ったからであって、血縁があってもいっしょにいると傷つけ合ったり苦痛だったりするのであれば、それは無理に家族でいる必要がないと思う。だから……なんでしょうね。でもひとつ思うのは、ひとり暮らしの友人なんかで鬱病になったりする例を見ていると、何かがあったときにクッションになってくれる人や愚痴をこぼせる人が身近にいるというのは、精神衛生上とても有効なんじゃないかな、とつくづく年を取ると感じます。そういう意味では、サポートし合える環境を家族と呼べるのが一番かな、と思います。

そうですね。そういう意味では同性婚のイシューというのも、社会的な意味で時代がいかに前に進んでいるかということでもあるんですが、個人にいかに還元するかという問題でもあるということを、ドラマを観てあらためて感じたんですよね。

田亀:うん。ちょっと話が飛んじゃうんだけど、この間ちょっと面白いレポートを見て。『ゲイ・カルチャーの未来へ』のなかでもオープン・リレーションシップの話があったじゃないですか。特定のパートナーがいても、その外での性交渉についてお互いに許容し合うという。それがゲイならではのスタンダードみたいな言い方がされていたけれど、何かの研究で、若年層の――ティーンや20代のゲイのなかでは、モノガミー(一対一の性愛関係)のほうが主流になっているという結果が出たそうで、「へえー」と思って。

へえー!

田亀:それはアメリカの研究だったんだけれど、これはひょっとしたら同性婚の合法化によって、刹那的な「現在の幸福」でしかなかったゲイ・ライフというものを、ノンケと同じように結婚したり子どもを育てたりという、将来性も含めた長いスパンで捉えるようになった兆しなのかな、と思いましたね。

なるほどなー。でもたしかに、そうですよね。海外であればゲイも結婚できるだけじゃなくて子どもを持てる可能性であるとか、ライフ・プランニングの幅が広がっているということですもんね。

田亀:たとえば自分の若い頃を振り返ってみても、「自分は大人になったらどうなるのか」というモデル・ケースが日本社会にはなかったわけですよ。ゲイの大人の姿というものが。でも、ゲイ/ヘテロ関係なく「結婚したければ結婚して、子どもを持ちたければ子どもを持って家庭を築く」というような選択肢も存在するのであれば、それを望みたくなる気持ちもすごくわかるんですよ。

たしかに。『弟の夫』でも、マイクと涼二は自然な選択として結婚を選んだカップルとして登場しますもんね。

田亀:私は逆に、いまこそオープン・リレーションシップをヘテロのほうにフィードバックする時期なんじゃないかなと思うんですよ。

おおー。でもそれは、僕も思いますね。

田亀:ゲイだからオープン・リレーションシップという時代ではないかなと思いました。どちらかと言うと、すでに結婚をしている人たちで、結婚生活を破綻させたくないけれどセックスレスの問題なんかに直面しているカップルに有効なのかな、と。ゲイ/ヘテロ関係なく、パートナーシップをいかに存続させていくかという選択肢としてオープン・リレーションシップをみんなで考えたほうがいいんじゃない、と思いますね。

そうですね。実際、そういう動きも一部で顕在化し始めているように思いますしね。

取材・文:木津毅(2018年5月02日)

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Profile

木津 毅木津 毅/Tsuyoshi Kizu
ライター。1984年大阪生まれ。2011年web版ele-kingで執筆活動を始め、以降、各メディアに音楽、映画、ゲイ・カルチャーを中心に寄稿している。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)、編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(ele-king books)がある。

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