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Shout To The Top

僕がアリアナ・グランデに惹かれる理由

僕がアリアナ・グランデに惹かれる理由

天野龍太郎 Feb 05,2019 UP

 2017年の8月にリリースした“Look What You Made Me Do”のブリッジで、テイラー・スウィフトは「申し訳ございません、『古いテイラー』は電話に出られません/なぜって? 彼女は死んだから」と言っている。カニエ・ウェストとのトラブルから生まれたとされるこの曲は、どこか不穏な復讐の歌であると同時に再生の歌でもある。「ギリギリのところで私はスマートに、強くなった/死から立ち上がったの、だっていつもそうしているから」。テイラーの「古い私は死んだ」というショッキングだが力強いステートメントは、2018年を通して僕の耳にこびりついて離れなかった。

 一方、勇気づけられるというよりは打ちのめされたのがカーディ・Bの言葉で、彼女はヒット・シングル“Bodak Yellow”で「私がボス、あんたはただの労働者」とラップしていた。また、YouTube Musicの広告で100回は耳にしただろうラテン・トラップの“I Like It”ではこうだ。「バッド・ビッチは男をナーヴァスにする」。カーディは怒張した男根をへし折る女として2018年のポップ・シーンに君臨していたように思う。

 テイラーやカーディに惹かれる一方で、2018年の僕にとって最も重要だったのはアリアナ・グランデの存在だ。彼女の「神は女性だ」という、あまりにもコントラヴァーシャルな宣言は、一つの楔として僕の心に打ち込まれた。ゆったりとしたテンポのトラップ・ポップに乗せて彼女は歌う。「あなたが『なれない』と言ったすべてのものに私はなることができる/私と一緒にいれば、あなたは宇宙を見ることができる/それはすべて私の中にある」(“God is a woman”)。“God is a woman”は典型的な女性優位を主張する歌だ(この曲はセックス賛歌でもある)。時計の針を50年分巻き戻してみて、ポップ・ミュージックの歴史をさかのぼってみれば、この曲がアレサ・フランクリンの“リスペクト”の系譜に連なる一曲であることがわかるはずだろう。オーティス・レディングから「盗んだ」その曲をほんの少し書き変えることで、アレサは男性優位主義を見事にひっくり返していた。


Sweetener
ユニバーサル・ミュージック

 “God is A Woman”が収録されたアリアナ・グランデのアルバム『Sweetener』は、2017年5月にマンチェスターのコンサート会場が自爆テロ犯によって襲撃された事件を経て制作され、翌年8月にリリースされた。モノクロームだった前3作のカヴァー・アートに反して、『Sweetener』はカラー。これについて彼女は、「これは新章。私の人生は初めて色彩の中にある」と語っている。アルバムに先立ってまずリリースされたのが“no tears left to cry”で、このシングルのカヴァー・アートは暗闇の中にいるグランデの顔に虹色の光が差している様が写し取られている。シリアスなムードのイントロでグランデは「流す涙はもう残っていない」と決意を表明する。その後の彼女は軽快に、そして自然体で、まるで何事もなかったかのようなトーンで歌っていく。「私は尽き果てた、でもね、もういいの/どんな方法で、何が、どこで、誰がそれをやったのだとしても/私たちは今、ここで楽しんでいる」。

 『Sweetener』を聴くたびに僕はこう思う。自身のコンサート会場で23人もの命が失われるという、あまりにも痛ましい悲劇を経てもなお、グランデはどうして歌うことができるのだろう? そのすべてをポジティヴな、そして女性的な表現へと見事に昇華してみせるグランデの力強さは、いったいどこから来るのだろう? なぜ彼女の人生は今、色彩の中にあるのだろう?

 「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と言ったのはテオドール・アドルノだが、グランデは「それでもなお」と歌っているかのように感じられる(もちろん、アドルノの言葉は単なるニヒリズムなどではないし、そもそも彼はポップ音楽なんて歯牙にも掛けないだろうけれど)。ポップ・ミュージックが聴き手をアップリフトし、鼓舞する。ポップ・ミュージックが聴き手とコミュニケートし、心の中に居場所を持ち、何かを肯定する──そういった、ものすごく平凡な言い方をすれば「音楽の力」をグランデは信じているとしか、僕には思えない。だからこそ、彼女はこの「人工甘味料」という皮肉めいたタイトルの感動的なポップ・アルバムをものにすることができたのだろう。

 例えば、イーグルス・オブ・デス・メタルはパリのコンサート会場がテロリストたちの襲撃に遭い、グランデと近い経験をしている。けれども、メンバーのジェス・ヒューズは事件の後、インタヴューでヘイトすれすれの発言を繰り返した。銃規制に反対するデモを「感傷的で悪趣味」だと批判し、ライヴ会場のスタッフがテロの共謀者だったのではないかと彼は言い放ったのだ。疑心暗鬼と憎悪――それは、グランデのあり方とはあまりにも対照性だ。月並みな表現をすれば、ヘイトとラブという二極。音楽の力を信じているのは、果たしてどちらだろう?

 『Sweetener』の後に発表し、記録的なヒット・ソングとなった“thank u, next”にしても、グランデの力強く肯定的なアティテュードは一貫している。この曲で彼女は、ビッグ・ショーンや亡くなったマック・ミラーといった“ex(元カレ)”たちを数え上げている。「ある人は私に愛を教えてくれた/ある人は忍耐を/ある人は痛みを教えてくれた」。なかには壊れて、ぐずぐずに崩れ、けっして元には戻らない関係性もあったはずだ。あるいは深く傷つき、消えない傷跡が残り、簡単なきっかけでそこから血が噴き出してしまうような関係性も、おそらくあったはずだ。それは僕の人生にも、そしてきっとあなたの人生にもあるもの。それでも、ノスタルジックなヒップホップ・ビートに乗せてアリは滑らかに歌う。「元カレたちにはファッキン感謝してる/ありがとう、次に進むよ」。優しく、包み込むように。


Thank U, Next
Republic Records

 “ex”とは「前の、元の」という意味の接頭辞だが、僕にはどうもグランデが単なる「元カレ」という意味で歌っているようには聴くことができない。あらゆる過去、過ぎ去っていった人や物、時の狭間に消えていった何か、以前はこの世界に存在していた人たち――そういったものすべてを“ex”という言葉に象徴させているようにしか思えないのだ。かつてはあったけれど、今、ここにはもうない何か、あるいは誰か。けれども、“thank u, next”で彼女が歌う“ex”は人生に憑りつく厄介なノスタルジーを喚起するものではない。グランデはその歌で、ノスタルジーを喚起する過去を糖衣でくるんでくれる。僕たちはその甘い過去を少しずつ、少しずつ飲み下して、一瞬一瞬到来し続ける未来をなんとかサーフするための推進力にすることができる。


7 Rings
Republic Records

 “thank u, next”をリリースしたのち、グランデは昨年12月に“imagine”を、そして今年1月に“7 rings”を発表した。ワルツにトラップ・ビートを取り込んだ静謐な前者は「そんな世界を想像しよう」と呼びかける、明確に未来へと意志を投げかける歌だ。一方、“私のお気に入り”のメロディを引きながらラップ・ミュージックを大胆に参照した後者は、それゆえにプリンセス・ノキアやソウルジャ・ボーイらから「フロウを盗んだ」と批判を受けている。リリックの内容も自身の財力を誇示する今時のラップをステレオタイプに模倣してはいるものの、そこには見逃せない言葉もある。セカンド・ヴァースでグランデは、「指輪をつけてはいるけれど、『ミセス』って意味じゃない/6人の私のビッチたちにふさわしいダイアモンドを買っただけ」と歌う。この一節は、既存の婚姻制度や決まりきった約束事としてのルール(「左手の薬指に指をはめていれば既婚者である」など)に一瞥をくれながら、経済的な自由を手に入れた女性たちによるシスターフッドを挑発的に称揚しているかのように聞こえる。

 マンチェスターの事件の5日後にグランデは、美しい長文の声明をツイッターに投稿した。そこにはこんな風に書いてある。「私たちは恐怖の中で立ち止まったり、行動したりはしない。私たちはあの事件によって分断されたりはしない。私たちは憎悪が打ち勝つことを許しはしない」。祈りのようでいて軽快な『Sweetener』の曲たちは、見事にそれを音楽で示している。それに、過去の悲惨さにうなだれるのでもなく、懐かしむのでもなく、それらを慈しんで乗り越えていく“thank u, next”のポジティヴィティは、何にも増して力強いものだった。街中で、コンサート会場で、ソーシャル・ネットワークのそこここで伝搬され、充満している憎悪という毒。アリアナ・グランデの歌はそれらを両手で掬い上げて優しく包み込み、甘く中和する。

Profile

天野龍太郎天野龍太郎
1989年生まれ。東京都出身。音楽についての編集、ライティング。

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